- 『私の願いが叶うまで』 作者:朔夜 / 恋愛小説 異世界
-
全角6167.5文字
容量12335 bytes
原稿用紙約19.05枚
『私は願いを叶える――ただそれだけのために生まれてきたの……?』夢、希望、そして野望。それに埋もれた人間達。その中で少女は生きている。今日も、そして明日も。
-
「寒いな……」
先程からちらつき始めた小さな銀の粉を、少年は見つめていた。吐く息が真っ白に染まる。人々の足跡が、ついては消え、ついては消え……。繰り返されるシーン、悴んだ指先。
少年は目を閉じた。愛しき少女が今にでも自分の目の前に現れるのではないかと。そしていつものように――ごめん遅れちゃった、などと冗談めかして自分を驚かそうと企んでいるのでは――と。来たらなんていってやろうかな? さあ、いつものように手をつないで一緒に行こう……。
だが少女は来なかった。否、来るはずはないと少年は知っていた。
何故なら、その少女は自分の目の前で死んだのだから。
序 〜少女〜
「ハル。俺は先に行くぞ」
カーナの声がし、数秒後に大きな物音がした。
「カーナ? また何か落としたでしょ」
ハルは髪ゴムを手首につけたまま、一階へと降りてきた。それを見たカーナが、あからさまに嫌そうな顔をするのをハルは見た。ハルは少しむっとしたが、ほうっておくことにした。
「お前、また髪縛るのかよ。そういうの男らしくねえな」カーナが自らの短髪を強調したいのか、右手で前髪を掻き揚げた。
「邪魔なんだよ。仕方ないだろ、髪なんか切ってる暇ないんだ。それより」
ハルはカーナの座っている椅子の横に目をやった。
「それ、どうしたの」
カーナはいやぁと頭をぼりぼり掻いた。その頭から無数の白い粉――フケが舞うのをハルは見逃さなかった。ハルはしかめっ面のまま、カーナを睨んだ。
「珍しいもんだからさ、触って……底も見ようと思って。そんで持ち上げたら……」
「重すぎて落とした、と……」わかりきったようにハルが言う。
「いや! 重すぎたのではない! 壺が勝手に俺の手から……」
「……割ったんでしょ?」
見事に真っ二つに割れた壺の欠片をカーナが拾う。
「しかしよ、コレにどんな価値があるってんだ?」俺にはわからん、とカーナが付け足す。
「価値なんてないよ」
ハルは肩まである自分の髪を、綺麗に後ろで一つに結った。
「価値なんて無いって、お前なあ」
「だってそれ、父さんが作ったものだもん」ハルは笑う。
「え? ミズミさんがか?」
うんと頷くハル。
「趣味でね。うちにいっぱいあるんだ、腐るほど」
腐るほど、と付け足したのをカーナは聞き逃さなかった。
「ところで、時間なんだけどそろそろ行こうか? カーナ」
「もうそんな時間か?」
笑いながらハルは頷いた。
「じゃあ、行くとするか」
ちょっと待って、と鏡を見て止まるハル。ハルは、結った黒髪を撫で付けるように押さえた。
「髪がはねて治らないんだ」
カーナが顔をしかめる。ハルはそんなことも気にせずに続けた。
「そんなこと気にしてどうするんだよ」カーナが言う。
「わからない。けど――」
カーナが立ち上がる。ハルはピシャピシャと水を髪に付けた。
「神様が直しておけって」
カーナは首をかしげた。またそれか、と呟くのも聞こえたが、ハルは無視した。
「いつもそれだ。神様、神様、神様。本当に居るのか? それ」カーナは椅子にどっしりと腰掛ける。
ハルは笑った。
「さあ?」
目を丸くしてハルを見た後、ため息をつくカーナ。ハルが前髪に水を吹き付けるのを見ながら、カーナは言った。
「居るかどうかもわからないんだろ? なのに、何でそんなこといえるんだよ」カーナはもう呆れた様子を見せた。
ハルは手際よくつかった霧吹きとブラシを片付ける。ブラシを入れた弾みで、洗面台と壁との間に一つ、細い櫛が落ちてしまった。ハルは慌ててそれを拾い上げた――が、遅かった。既に櫛には埃やら髪の毛やらが沢山ついていた。それに混じって一匹の小さな蜘蛛が居たので、ハルはそれをつまみ上げ窓から逃がした。
「やばいことしちゃったかなあ?」櫛を眺めながら呟くハル。
「その櫛誰のなんだ?」
ハルは顔をしかめながら、櫛についた髪の毛を一本一本摘んで取っている。カーナは、そんなことしても無駄だという表情でそれを眺めていた。
「母さんのなんだ」
摘んだ埃を見て、ハルが呻いた。
「でもよ、ハル。そんなことやってる時間、ないんだぜ?」カーナが時計を指差す。ハルもそれを見た。
「しまった!」ハルが叫んだ。
「急ごう! あ――その荷物はこっちに置いたままでいいよ。それより早く!」
言うより早く走り出した二人。今のハルには、壺のことも櫛のことも頭に無かった。とりあえず早くしなければいけない、そう思っていたからである。多分カーナも同じだ、とハルは思っていた。
全速力でハルの家を飛び出し、二人は町の大広場へと向かった。そこにはもう既に沢山の人が並んでおり、真ん中の噴水の近くに二人のよく知る人が立っていた。
「長老!」
その声を聞き振り返った老人は、ブルーの瞳を左右に動かしハルとカーナを眺めた。老人は長いあごひげを右手で撫でた。
「ハル! カーナ!」
女性の声がし、ハルはびくりと体を振るわせる。――それはカーナも同じだった。恐る恐る振り返ると、綺麗なブロンドの髪をしたいくらか背の高い女性が後ろに立っていた。カーナは息を呑んだ。
「あ、ええと……お母さん」
おほんと咳払いをするハル。女性――ハルの母親は口をへの字に曲げた。
「既に式は始まっています! 二人とも、此処がどのような場かわかっているのでしょうね?」
「まあまあ……。ミナ、この子らにも何か事情があったのであろう。今は式の最中じゃ。説教は、終わってからにしようではないか。え?」長老が微笑んだ。目尻のシワがもっと増えたようにも見えた。
ミナはバツの悪そうな顔をしたが、すぐに「長老の言うことならば」と納得した。ハルとカーナは内心ほっとした。こんな公の場で叱られるなど、恥ずかしいからだ。
ハルは背伸びをした。人だかりで見えなかったが、噴水の傍には長老のほかに三人いたのだ。その人を見ようと、背伸びをしたわけだが――身長で大人に子供が勝っているわけも無く。見えなかったのでハルはあっさりと諦めた。
「さて、式の続きをしようかの?」長老が声を張り上げた。ざわめいていた町の人々がしんと静まった。
長老が、先程噴水の傍に置いた古い本をめくった。所々切れていて、全体的に黄ばんでいた。
長老が何か呟いた。ハルは耳を澄ましたが――ダメだった。少し離れすぎているせいなのか、それとも長老の声が小さすぎるせいなのか。一言もはっきりと聞き取れなかった。
やがて、その詠唱が終わり、長老がにっこりと微笑んだ。ハルはもう一度背伸びをした。目の前に居た背の高い男性が別の場所に移動したからであろう。今度はよく見えた。
「さて……。突然のことで驚かれたと思うが、これがこの町の『しきたり』なのじゃ。新しい住人を迎える、パーティのようなものだと考えてもよいじゃろう。どうじゃ? 気に入ったかね。……可愛い娘さんをお持ちで――私は娘に相当嫌われてましてなあ」
長老は笑った。その『新しい住人』の三人も笑っているように見えた。ハルはうんと背伸びをした。――背の高い金髪美女が一人、背の高い黒髪美男が一人、そして桜色の長い髪の女の子が一人。
「はい。気に入りましたわ。……私たちの新居まで用意していただいて。感謝の言葉もありません」女性が笑った。
「私どもなぞのために、このような式までしていただいて。いやあ、本当に……」
女性と男性は顔を見合わせ微笑む。その下で、少女も微笑んでいた。
「さて、式は終わりじゃ。これで、三人はこの町の住人じゃ」
数人から、わあっと歓声が上がった。女性の頬はぱっと紅葉を散らしたように赤くなった。
三人は確かに笑っていた。ハルはそれを見ていた。
ただそれだけのことなのに。
式が終わり、その日の夜。
ハルは夕食後、日課になっていた森の散歩に出かけていた。
暗がりを照らす月明かりの中、愛読書を片手に持ちフラフラと歩いていた。昼間結っていた髪はいつの間にか解いていた。
しばらく歩いて、ふと誰かの気配に気づいた。ハルははっとして振り返る。
「あ……?」
後ろに居た少女はにこりと笑った。
「君、今日の……」
間違いなかった。今日引っ越してきた、あの少女だった。ハルは目を丸くした。
「迷っちゃった。……通りまで、案内して?」少女はハルの顔を覗き込んだ。
ハルはドキッとした。これまで、女の子に顔をまじまじと見られたことなんか一度も無い――暗くてよかった、ハルはそう思った。
「君ん家どこ?」
少女は首を振った。
「君じゃないわ。セラよ。……あなたは?」
「僕……僕はハル。ハルシヴィエルっていうんだけど、長いから皆そう呼んでる」
「へーえ」少女――セラは笑った。
「じゃあ、セラ。もう暗いから送っていくよ」ハルはセラの隣に立った。
「ふふ……。じゃあ、よろしくね?」
暗がりのなか、二人は歩いていった。
序 〜伝説〜
ハルは隣を歩く少女を横目で見た。うっすらと、月明かりで照らされる桜色の髪。時々吹く風が、それをふわりと攫って行く。
「ねえ」セラが不意に呟いた。
「今日、長老が読んでいた本。とても古そうだったわ。何か呪文みたいなのを呟いていたけど……あれはなんなの?」セラは足元にあった花を避けながら歩いた。
ああ、とハルは笑った。
「あの本には、この町……いや、この世界に伝わる伝説が書かれているんだ」
「伝説?」
「うん」ハルは頷いた。
「とても古い、神様の伝説だよ」ハルは、セラが少し微笑んだように見えた。ハルは歩きながら話し始めた。
「昔、深い森の泉にヴィシルファという男の神が居たんだ。ヴィシルファの仕事は、自然を守ること。泉の水をきれいにしたり、木を植えたりしていた。――あるとき、『願い事』を叶えてくれる女神カルオーレがヴィシルファの仕事中横を通ったんだ。……ヴィシルファは、その女神に恋をした。いつしかヴィシルファは、仕事を放り出してカルオーレに毎日会いに行った」
ハルは話すことに夢中になっていたが、急にはっと我に返りセラの顔を見た。セラが先を聞きたいという顔をしていたので、続けて話すことにした。
「最初はそっけない態度をとっていたカルオーレだったけれど、だんだんとカルオーレもヴィシルファに惹かれていった。そして、二人は恋仲になった」
ハルはまたセラを見た。嬉しそうに微笑んでいた。
「……でも」
セラの表情が急に変わった。
「それを見ていた時の神、イリスが怒った。『お前たちは、神でありながら許しがたい行為を行った。そんなに恋しいのなら、一生この者を愛し続けるがいい。呪われし時の鎖で、悲しき輪廻を繰り返すがいい』イリスは、二人に呪いをかけた――それは、二人があまりにも仲がよすぎて、自分の仕事を忘れてしまったためだった。二人は気がついた、でも――遅かった。そのときにはもう既に、二人は離れ離れにされていた。そして、イリスの力により決して結ばれない運命を歩まされた……」
セラが口を押さえた。
「じゃあ、二人は一生……」涙ぐみながらセラが言う。ハルは頷いた。
「そう、結ばれない。でも会うことは出来る。だけど互いが両思いになった時……」
ハルが歩くのを止めた。何か鳥の鳴き声が空に響く。
「どちらかが死ぬ」
セラが顔を逸らすのをハルは見た。いきなりこんな話はきつかったかな、とペロリとハルは舌を出した(勿論セラに見られないように)。そして、さっさと続きを言ってしまおうと思い、続けた。
「伝説には続きがあるんだ」セラが顔をあげた。
「それから何千年か後、一人の魔法使いが現れた。山奥の神殿で、一つの予言を残し死んでいる。『いつしか時の鎖は絶たれるであろう。一人の少女の命と共に』そういったんだ」
セラの目には、もう涙は無かった。かといって、笑っているわけでもなかった。
「じゃあ、その二人は結ばれる……ってこと?」セラが聞いた。
「いつかはね」
ホッとしたようにセラが胸に手を当てた。
「よかった……」
「でも、そのためには一人少女が死んでしまうのね?」セラが不安そうに聞く。
「ああ。……そういうことになるね」
再びセラの表情が沈み込んだ。だが、先程のように涙は浮かんでいなかった。それだけでも、ハルはほっとした。
「新しい住人が来た時儀式を行うのは、そのものに神の祝福を与えるためなんだ。ヴィシルファとカルオーレのようなことは決しておこさぬようにと。そして、過去、未来、そして現在、全てを見ている時の神イリスへの祈りを捧げるためなんだ」
「私の前居た町には、神殿があったわ」セラが言った。
「そこで私はいつも欠かさずお祈りをしたの。神様に」大きなクリスタルの前で、とセラが付け足した。
ハルが風で少し乱れた髪を直しながら言った。
「うん。此処みたいに、近代化が進んだ町には無いけれど……もっと遠くの、西の方の町にだったら、まだあると思うな」
少し風が強くなってきたらしく、セラが後ろ髪を手で押さえた。ハルの黒髪を風が揺らす。
「私は信じているの」セラが笑った。翡翠の瞳が優しそうに空の月を見つめる。チカチカと瞬く星たちを、立ち止まってハルは見上げた。
セラが振り返り、ハルを見た。ハルは一瞬ドキッとしたが、すぐにセラを見つめ返した。翡翠の瞳に映るハル。紫水晶の瞳に映るセラ。
「神様は居るわ――そう、そうね……例えばこの風を操る神様。きっと、私たちに早く帰りなさいって言ってるんだわ」
「風の神様ってこと?」ハルは聞き返した。
セラはくすくすと笑みをこぼした。
「そうよ、この木一本一本を守っている神様も居る。私たちは――そう、そうよ……神様が見守っていてくれるから生きていられる。私たちはそれを忘れてはいけない」ハルはぎょっとした。セラが真剣な顔をして、ハルに訴えていた。セラは木の幹を指でそっと触れながら、そうでしょうと言う。ハルは頷いた。
「……そうだよ」静かにハルが言った。
二人の間を風が駆けて行く。ハルは大きく息を吸った。そして、金色の星がちりばめられた夜空を見上げた。――何処までも続いている。ハルはそう思った。此処は、広い世界の小さな小さな点でしかないのだ――否、点よりも小さいものなのだ。そしてそこに居る自分は無力で、その『神』の決めた運命通りにしか生きられない小さな小さな生き物なのだ。そう思うと、虚しさが胸からこみ上げてくる。
所詮、人間は神の引いた道を歩むことしか出来ないのだと。運命の輪を変えることは出来ない。なぜなら――それが決められた道であるから。
時の神イリスがかけた、人間達の運命の鍵。人はいつか死ぬ。それがイリスの定めた人間の運命なのだから。
――もし、もし本当に神様が居るのだったら。
ハルは隣にいるセラを横目で見た。さらりと長い髪をかきあげ、その瞳は遠くを見つめていた。イリスに呪いをかけられた、二人の神を思いながら。
――どうして僕は此処に生まれたのか。
ハルは歩き出した。
「行こう。遅くなってしまう」そういうとハルは、セラの手を取った。セラは驚いていたが、すぐににっこりと笑った。
――そして、どうして彼女に出会ってしまったのだろうかと、僕は思う。
-
2005/11/10(Thu)18:02:52 公開 / 朔夜
■この作品の著作権は朔夜さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
二話目書きおえました……。
レス返し
京雅さん>ご指摘ありがとうございます。
そうですね。
これからは、しつこすぎぬよう背景描写を取り入れたりしたいと思います。
甘木さん>ご指摘ありがとうございます。
容姿描写――ですね。
確かに、それは自分でも少ないと思っておりましたので、これからは想像できるようにちょこちょことでも掻いて行こうかと思います。
感想、アドバイス、ありがとうございました。