- 『輪廻』 作者:華帥夜月 / 未分類 未分類
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原稿用紙約20.45枚
のどかな村に住む彼等は、豊かな自然に囲まれて幸せだった。あの時までは――。
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輪廻転生という言葉がある
この世に存在する、全ての魂は
何度も何度も
現世と迷いの世界を行き来し
永久に滅びる事がないという
では、彼女は――?
彼女の魂は
何処にあるという…?
輪廻
「輪廻転生って本当にあると思う?」
一言。あまりにも唐突なその言葉に、私は苦笑した。
「突然何だい?」
優しく問いかけると、彼女は赤くなって俯いた。
「あのね…本当にあるなら、いいなと思って」
「どうして?」
「だって…」
上目遣いでこちらを見る彼女がいとおしくて、私はそっと彼女を引き寄せて抱きしめた。当の彼女は抵抗もせずにじっとしている。
「巳雨(みう)?」
「……あのね」
彼女曰く。
輪廻転生があれば、何時までも一緒にいられるよね――だそうだ。
それを聞いた私は、くすくすと思わず楽しそうに笑ってしまった。
「もう、こっちは真剣なのに!」
もう知らないっ!と拗ねて彼女は顔を背ける。しかし、彼女は未だ私の腕の中だ。
その拗ねた姿を見て、また私は嬉しくなる。きっと本人は本当に怒っているのだろうが、この場合逆効果なのではないだろうか。
「巳雨」
彼女の耳に優しく囁く。すると、彼女は更に顔を赤くした。
「私は輪廻転生を信じているとは言い難いが…巳雨とずっと一緒にいられるというのなら、信じてもいいかな」
「本当…?」
「本当さ」
ぎゅっと抱きしめる。何よりもいとしく思う彼女の香りがした。
「…うん」
二人はしばらくそのまま甘い余韻に浸っていた。
名の無い山村だった。
偶に旅人が迷って来るくらいで、特に特出するものもない。
そんなところに、私達は住んでいた。
もっとにぎやかな所に住んでいる人達にとっては物寂しい所だと思うかもしれないが、空気が澄んでいて、水が美味しい。何より、喧騒というものがない事が嬉しかった。
春は、雪解け水が冷たい。そして、新緑が芽吹く時期でもあり、色とりどりの花が咲き乱れて心が温かくなる季節。
夏は、蝉。蝉の抜け殻が至る所で見られる。蝉が鳴くと、あぁ…夏だな、と思う。日が燦々と降り注ぎ、向日葵が太陽に向かって咲き誇る。
秋は、収穫の季節。栗や柿、梨や葡萄…さすがに、山奥なので海の魚は調達出来ないが、川魚なら川に行けば大抵泳いでいる。それに、主食である米が取れる。今後1年を過ごす為には欠かせない一品である。
さらには山が一斉に様変わりをする。紅葉が身近に感じられる季節でもある。赤、黄色に染まった木々は人を魅了してやまない。
そして、冬。静寂に包まれる季節。静かに雪が降り積もる。外界から遮断された世界は、一種の荘厳さを生む。
そんな自然に囲まれた中、好きな人と毎日を過ごすことが何よりも嬉しくて、幸せだった。
「私達、幸せよね」
時々、彼女は――巳雨は、そう呟く。
「あぁ」
必ず、私はこう答える。そして彼女を引き寄せる。その幸せを噛み締めるために。
何故そんなことを呟くのか。
もちろん幸せには違いないのだが、きっと心の中ではどこかで分かっていたのではないのかと、今にして思う。
この幸せは長くは続かない…その寂しさと切なさが、彼女の口を開かせていたのではないだろうか。 転機は突然訪れた。
お偉方が来る、という事を聞いた。
何でも、視察という名目での気晴らしなのだとか。
気晴らしに都から離れたこんな地まで足を伸ばすなんて、偉い人とはそんなに暇なのだろうか…と思っても誰も咎めはしないだろう。
その話をされた日から、村人達は一気に忙しくなった。
さすがにいつもの、ありのままの村を見たいのだと言われても、それをそのまま受け取る訳にはいかない。逗留は一番大きい村長の屋敷となったが、歓迎の宴を開くということで若い村人達はその準備に借り出される羽目になった。
女性陣は村長宅の掃除、及び食事や寝床の用意。
男性陣は肌寒くなってきたために、寒さ対策とばかりに薪を割る作業に入った。後は、村の外観を少しでも良くしようと努力するくらいか。
期日は、明日に迫っていた。
「偉い人って、どんな人なんだろうね?」
いかにも楽しそうな彼女の様子に、私は苦笑した。
「さぁ…傲慢な人かもしれないよ?」
「む、そんなのヤダ。想像と違うもん」
「じゃあ、どんな人がいいんだい?」
そう尋ねると、彼女はう〜ん、と唸り始めた。
真剣に悩んでいる彼女にくすり、と笑うと、額に唇を寄せた。
「明日はきっと疲れる。早くおやすみ?」
「ん…そうだね、夜まで忙しいだろうし」
彼女を寝かせるとその上に布団を掛けてやり、パフパフと優しく叩いた。
「おやすみ」
夜の挨拶を交わすと、私は囲炉裏の火をどうにかしようと立ち上がる。去ろうとした私の着物の裾を、誰かが不意に引っ張った。
誰だ?いや、答えは一つしかない。
この家には、自分ともう一人しかいない。ということは、犯人はそのもう一人以外にありえない。
「巳雨?」
振りかえると、巳雨が着物を引っ張りながらじっとこちらを見つめていた。
「巳雨?」
再度問いかけると、裾を掴んでいる手とは反対の手を使って彼女のすぐ側の布団をぱんぱんと叩いた。
「?」
彼女の意図する所が分からず、首を傾げる。そんな私を見て、彼女は怒った表情になり更に力を込めて布団をバンバンと叩き始めた。
「ここ」
「ここ?」
「隣」
「……あ」
思わず声を漏らしてしまい、次いで苦笑した。
つまり、一緒に寝ようと言うことだろうか。
「寒いの」
二人なら温かいでしょ?と平然としてそう言う彼女に、私は頭を抱えた。ここは、はしたないと怒るべきか、それとも…。
人を湯たんぽにしようと企んだらしい彼女に、「ちょっと待ってて」というや否や、急いで囲炉裏に近付いて火を消す。
そして、彼女の隣へと布団に潜り込んだ。
彼らの見る夢は、どんな夢だったのだろうか。
翌朝、鳥の鳴き声と共に私達は起床した。
朝餉を済ませ、急いで長老の家へと向かうと、既に村人達は慌ただしく最後の仕上げへと取り掛かっていた。
昼過ぎに、ようやくご一行が到着した。
駕籠の中から出てきたのは、想像していた偉い人とは大分異なっていた。
まず、年からしてかなり若いようだ。その精悍な顔付きは有能さを漂わせていた。
すっきりとした身のこなしに、村の独身女性はきゃーきゃー騒いでいた。もちろん、本人の前で騒ぐことなど言語道断、無礼に値するので、はしたない真似はしなかったが。
しかし、独身女性ならまだしも、夫がいる身である女性達も騒いでいるのだからたいしたものだと思う。歯牙にもかけない、その態度がまたいいのだろうか。
彼は村長の挨拶に「世話になる」とだけ言うと、案内の者の後について行ってしまった。
「何か…凄い人だったね」
「そうだな」
巳雨と私は顔を見合わせ、笑った。どうやら緊張していたのはお互い様だったらしい。
「巳雨ちゃん、こっち手伝っておくれよ!」
と声を掛けられた巳雨は、また後でねと言うと、急いで声を掛けた女性の元へと走り去っていった。
「さて、こっちも仕事をしますかね」
夜の宴は、この村にとっては盛大なものだった。
来ると分かった時点で注文した酒に、狩りで仕留めた猪の肉。いつもなら絶対に食べないであろうものが所狭しと並べられている。
ずっと静かに酒を飲んでいた、上座に座っている彼が不意に面を上げた。視線の先を辿ると、そこにはお酌をして回る巳雨の姿があった。
「…?」
そのまま視線を彼に向けていると、彼が近くの者を呼び寄せた。そして、耳打ちする。話が終わると、その二人はまた何もなかったように宴に戻った。
脳裏で、警鐘が鳴った。このままではいけない、と。
しかし、何がどういけないのか分からないまま翌日になった。
一夜明けても、巳雨は帰ってこなかった。
宴の片付けでもしているのかと思い、同じように宴の用意をしていた人達に訊くと、片付けは早々に終わり、皆すぐに帰ったとの事。
では、と質問を変えて「片付けの際に巳雨を見なかったか」と問うと、そういえば見なかったという返事が返ってきた。
「ありがとう」と礼を言うと、今度は村長宅に乗り込んだ。
「え、知らない?」
村長に直に訊いてみたが、知らないの一点張り。知らないとしか言わない辺りが怪しい。
少し圧力をかけると、村長はすぐに自白した。
「巳雨は殿に呼ばれて行った」
「何用で?」
「さ、さぁ。そんなことワシには分からぬよ。ただ…」
「ただ?」
言いよどんだ村長を、その先を言うように促す。
「夜呼ばれたということは…もしかしたら…」
最後まで聞かず、私は走り出した。
背後から制止の声が上がったが、今の私には何の音も聞こえなかった。
「止まれ止まれっここをどこと心得ている!?」
来客の――巳雨の元へと急いでいる所を護衛の侍に静止させられた。
「ここに巳雨が来ているはずだ。出してくれっ!」
「その様な名の者などここにはおらぬっ帰れ!」
「巳雨っ巳雨!」
悲痛としか言いようのない叫びと怒声が辺りを支配する。しかし、巳雨は愚か、眼の前の護衛しか人はいなかった。
その後、取り押さえられて自宅に強制連行された。村長からは自宅謹慎の命を受け、家の前には村長の命を受けた村人が交代で私を見張っていた。
そんな中、外で誰かの声が聞こえてきた。耳を澄ますと、かすかではあるが内容が聞き取れた。
「どうも早々にここを離れるらしい」
「予定を繰り上げてか?」
「あぁ…どうも、…ちゃんが原因ではないかって話だ」
「…まさか、あの噂は本当だったのか?」
「信憑性は高いらしいぞ。現にここで恋人は足止め喰らってるし、早々に離れる理由が他に思い当たらない」
「……何か、こうしてみるとお偉方って本当にいい性格してるよな」
「本当だぜ。人でなしって言ってもいいくらいだ」
その会話を聞いて、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
彼等は確かに巳雨、と言った。それに、あの来客は早々にこの地を離れるらしい。この2つが結びつくとしたら、巳雨には二度と会えないことになるのではないか?
しかし、ここから脱走するのは不可能であった。
今日が、来客の滞在する最後の日となっていた。
今日を最後に巳雨と永遠の別離が待っているかと思うと、いてもたってもいられず監視の目を潜り抜けて外へと飛び出した。
「巳雨!どこだっ巳雨!?」
叫びを聞きつけて村人達、護衛達がこちらに向かって走ってくる。村長は見張りを立てていてここにはいないはずの人物を見たためか、目を見開いている。
「捕らえよっ!」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。だが、私の目的は巳雨だ。そんな声になど構ってられない。
「巳雨っ!!」
再びそう叫んだ時、後ろから熱いモノを背に受けた。
何だ…と思った瞬間、己の身体はぐらりと傾き、そして地に伏した。
目が霞んでよく見えなかったが、手に生暖かいものが触れた。目の前に広がっていく真っ赤なイロ。
(血、か……?)
こんな時でさえ、いや、こんな時だからこそ私は冷静だったらしい。意識が途絶えるその瞬間まで絶えず耳に入る音に、聞き覚えのある声がしたような気がした。
「お願いっ私はどうなってもいいから彼を助けて!!」
その声は、ここ数日間誰の眼にも触れる事がなかった巳雨だった。
その身に纏うは、色とりどりの布。けして、平民が着ることのない代物だった。
駆け寄ろうとした巳雨を、あの男が捕まえる。
「言質は取ったぞ」
そう言うと、問答無用とばかりに巳雨を駕籠へと押し込んだ。
「…様、こやつはどういたしましょう?」
「捨て置け」
言い捨てるや否や、男はさっさと自分も駕籠の中へと入っていった。
手当てをしてもらい、床に伏してから数日。
未だ私の体は癒えなかった。血がまだ滲み出てくる。
1日中看病をしてもらい、それでも言葉を発するどころか身じろぎ1つしない私に、村人達は無理はないと思っていた。
最愛の恋人を目の前で無理矢理連れ去られ、挙句自分は刀で斬られたのだ。
村人達は一様に同情した。どうして、こんなことに…と。
あの日から食事も、水すら喉を通さずにいる。これでは直るかもしれない傷も治らないし、むしろ悪化させるだけだ。
村人達は何とか食べさせようとしたのだが、生きることを拒否しているのか、食べたと同時にむせて吐き出してしまう。
徐々に彼に死の匂いが漂い始めてきた頃、目の前に一人の女性が現れた。
「……」
呼ばれた気がして、私はうっすらと目を開けた。久しぶりに眼を開けたので眼がチカチカする。
眼が慣れてきた頃、目の前に一人の女性がいるということに気づいた。その女性は――
「み…う…?」
訊くと、その女性はにっこりと笑って手を差し伸べた。
「行きましょ?」
私にはそれで十分だった。迎えが来たのだ、と頭のどこかで理解した。
他の誰でもない、巳雨が来てくれた事に私は感謝した。
手を取った瞬間、その家の全ての音が消えた。
彼が息を引き取ってからしばらくして、村に風の便りが届いた。
どこぞの偉い方が最近娶った側室が自殺した、と。
それを知った時、村人は安堵した。
では、彼等は死して後やっと結ばれたのだと。
村ではしばらく喪に服すことになった。
「何とかならなかったんですか?」
側にいた男が声を掛けた。
「運命は、誰にも覆す事が出来ないのだよ…それが例え、私であっても」
「しかし…今回の件はあまりにも」
「そうだね…」
一呼吸おき、口を開く。
「彼等は死ぬことによってようやく結ばれる事が出来た。
出来れば、命ある時に結ばれると良かったのだが」
それにしても、来世では幸せになって欲しいな。
そう言うと、傍らにいた男は「はいっ!」と元気よく返事をした。
輪廻を巡る。
数多存在する魂がただ一つの魂と出会うことは皆無に等しい。
彼等が出会ったのは偶然か、それとも必然か――?
答えは、神のみぞ知る
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■作者からのメッセージ
はじめまして、華帥夜月と申します。こちらに投稿するのは初めてなので、かなり心拍数が上がっているかと思われます(笑)。
何はともあれ、「輪廻」をお題に妄想を勢いで書いてしまいました。気付いた事等、何でもいいので貴重なご意見をお聞かせ下さい。よろしくお願いします。