- 『台所からお送りするマイクロ波メッセージ』 作者:ササ / お笑い ショート*2
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母さん、今日の夕飯もカレーです。
一昨日作った大量のカレーは未だ減る気配を見せません。
今日はちょっと頭を使ってナンでも焼いてみようかと思います。
私はどこからか春の寝ぼけた音楽が聞こえる脳内を叱咤して、どうにか台所へたどり着いた所だ。
小麦粉と分量の水を練って生地を作り、暖めておいたオーブンレンジにいれて焼こうと鉄板に生地を広げている。
どうやら昼寝と称して本気で寝てしまったのがまずかったらしい。
未だに頭はぼやーっとしているが、いかんせん腹が減った。
一昨日から食べ続けている恐怖の大量カレーと今日も一戦交えるべく、今日はご飯ではなくてナンを味方に付けようとしている。
十分に暖まったオーブンに生地をいれようと、レンジの扉を開ける。
「エッチ!!」
バタン。
私は驚いて扉を閉めた。
誰か家にいたっけか?
辺りを見渡すが、虫すら見つからなかった。
なんだか誰もいないという事実が身にしみて、痛い。
ああ、あたしの王子様は一体今どこでなにをしてらっしゃるのかしら・・・。
私はここです早く見つけて・・・。
いけない。危なく再び夢の世界へトリップするところだった。
気を取り直してレンジを開ける。
「人の腹勝手に開けるなよ」
再び私は扉を閉めた。
周りを確かめてからおそるおそるレンジをノックする。
「入ってます」
「なにがだよ」
思わずツッコミを口に出してしまった。
誰にも聞こえてないことを祈ろう。ご近所さんに独り言を言う変な人だなんて思われたら、あっという間に精神科に担ぎ込まれかねない。
噂に尾ひれ背びれが付くのはどこへ行っても同じだが、それを本気にするかしないかは土地柄だと思う。
それにしても、こんなレンジを開けたり閉めたりしていてはいつまで立っても夕飯にありつけない。
私は三度目の正直とレンジを開けた。
「人の腹勝手に」
「問答無用!」
熱気のこもったレンジに鉄板を素早く差し込む。
素晴らしい私!!やれば出来るじゃない!!
「うわーっ!不法侵入だ!!」
レンジが何事かを叫んだがもはや気にしない。
私はナンが焼けるまでカレーを温める事にして、レンジに背を向ける。
「こんなマズイ小麦粉の固まり!焦がしてやる!!」
「コンセント抜くぞ」
「卑怯だぞ!!」
「ふはは。最高の誉め言葉だよ」
くそう。結局レンジと会話してしまった。
微妙な敗北感を感じつつもコンロに火をいれる。しかもあいつめ、さりげなく人の料理を愚弄しおった。
コンロまで喋るんじゃないかと、少しはらはらしたがどうやらこちらはおとなしく使命を全うすることに決めたらしい。
「うんうん。道具はこうでなくっちゃね」
「道具!」
背後でレンジが喚く。
まるで私が致命的に冷血非道な事を言ったように大げさに喚きおる。
「道具!!俺達にだって意志はあるんだぞ!!もうあったまきた!覚悟しろ人間!!」
「喧しい!電子レンジの分際で人間様にたてつこうたあいい度胸だ!だが相手はしてやらん!おとなしくナン焼いてろ」
「電子レンジだとう!?」
「レンジじゃなくてなんなんだよ?箱か?」
ジュッとカレーが鍋の側面に付いて焦げた。
「俺はれ・ん・じ!恋の路と書いて恋路だ!!レンジじゃねえ!」
「レンジレンジ連発すんなうっとおしい。どこが違うんだよ」
「てめえ人の話聞けよ!」
「なんの話だって!?ええ?」
しまった。ずいぶん大声で怒鳴りあってしまったが、ご近所のみなさんに聞こえたかしら。
私の心配をよそにレンジは喚き続ける。
コンセントぬいたろか。
そろそろナンも焦げ目が付いてきた。っていうか焦げてきた。
「イヤーッ!私の夕飯!!」
慌ててレンジを開けると喚き続けていたレンジが絶叫する。
「イヤーッ!変態!!」
「誰がじゃ!!」
急いで鉄板を調理台に出す。
さすが私。真っ黒焦げ寸前でナン救出成功。
ああ、ナン達が私を救世主と崇め奉っているのが聞こえるよう・・・。
「おい!」
「なんだよ」
「キモイぞ!」
「やかましい」
レンジにまでキモイって言われた〜。
私は心の底でレンジに呪詛の言葉を吐きつつ彼に背を向けて涙を拭う。だって女の子だもん。誰がなんと言おうが女の子だもん。
そりゃあ人間にはさんざんキモイって言われたが、道具にまで言われたら私の立つ瀬がないではないか。
ということで今の一言は聞かなかったことにする。
「おいキモイ人間!無視すんな!!」
「ええいキモイキモイと連発しおって後一回言ってみろ、二度とターンテーブル回せないようにしてやる」
カレーの入った器とナンの入った器を両手にすごんで見せるとレンジは沈黙した。
そして
「キモイ」
ガシャーッ!!
私の華麗なかかとおとし(体が固いため膝が曲がり気味)はレンジの収まっている棚の一段上を粉砕した。
予想外のかかとの痛みにもだえ苦しむ私。
レンジは私の華麗な足技に恐れをなしたのか沈黙した。
普通は喋らない物なので、私の目がやっと覚めたのか、それともレンジが元に戻ったのか判断に迷うところだが、空腹の方が私にとっては緊急時だ。
結局私は足取りも軽く優雅なディナーを楽しむべくダイニングへ
「感動した!!」
総理か?古いな。
背後で感極まるレンジの声に私は足をとめる。
「俺が喋っても驚かないどころかまともに会話をこなしてみせる度胸!その上我が身を省みない捨て身の攻撃!素晴らしい!」
レンジよ、かなり引っ掛かる台詞だそれは。
捨て身の攻撃って、私は一体なんのために痛い思いをしたんじゃい。
我が身を、特にか弱く感じやすい繊細な乙女心を守るためじゃなければ一体なんのために攻撃したんじゃい。
捨て身じゃ元も子もねぇじゃねぇか。
哀愁漂う背中で語る私。
「キスしろ!」
レンジと以心伝心は失敗に終わった。
「何を言っているんだ?このトンチンカンは」
喜びや感動とはかけ離れきった動揺に声が震える。
「俺の花嫁にしてやる!キスしろ!!」
私は生まれて初めてのプロポーズをシンプルに切り返した。
「嫌だ!!」
「なぜだ!?」
私も聞きたい、なぜショックを受ける?
レンジの返答を聞くのが面倒だったので、素直に一つ理由を挙げる。
「レンジだから」
「人種差別!?」
「人種だったの!?」
私は本日初めて人型をしていない人種を見た。
レンジの告白を聞いた私の体を駆け抜けたのは驚きと言うよりは疑いに近い念であった。
「普通のレンジが喋るわけなかろう」
「異常の体現が普通を語ると妙に腹がたつんだなあ」
レンジは少し間をおいて再び喋り始めた。
「とにかく、おまえがキスすれば俺は人間になるんだ!」
どうやらさっきの間は私の発言の意味が分からなかったからできた間だったらしい。
「カエルの王子様か。絶対やだね」
ナンでカレーをすくいながら、カエルにイヤイヤキスしたお姫様を自分と重ね合わせる。
私は可愛らしいドレスを着て、自分の父親である王様に悲痛に訴えるのだ。
「お父様、わたくしカエルとキスなんて絶対に嫌です!」
よよよと膝元に泣き崩れた私に王様は憂いを含んだ目で無情にもこう答える。
「我が娘よ、おまえはなんでもするとその者と約束したのだろう。約束は守らねばならぬ」
にべもない言葉にショックを受け、私は息を吸うのも泣くのも忘れて立ちすくむ。
「我が娘ならなおさらだ。一国を背負う王の娘が嘘つきとあっては国民に申し訳も立たぬ」
さらなるおいうちに私はそのサファイアの瞳をかっと見開き
「この偏屈ジジイ、自分の娘よりもてめえの体裁を気にするか!一国の王が人でなしとあってはこの国先が知れたな!!」
と啖呵をきった。
あらやだ、また知らないうちに夢の世界へトリップしてたわ。
夢の世界でまで喧嘩腰なのは、別にあたくしが情緒不安定だからだとかじゃ決してなくってよ。
不毛な妄想で言い忘れたが、私はすでにダイニングへたどり着いて夕食を食べている。
「あんなせこいヤツと一緒にすんな!」
カエルの王子様のどこがせこいんだ。頭使って元に戻っただけではなく花嫁ゲットした辺り尊敬に値するぞ。
ナイスプレーだ王子。個人的に頭のいい人は好きである。
「俺はあいつよりもいい男だ!保証する!!」
対面式キッチンなのが仇をなした。
レンジのアホな保証は、見つめ合った形になったために男らしい正面きっての保証に成り代わってしまった。
「保証なんかされたら余計嫌だね!!自分でそんなこと言うヤツは信用ならねぇ」
「頼むよ〜。俺もうレンジはやなんだよ〜。」
泣き言を始めたレンジを本気で粉砕しようかどうか私が損得を計算し始めたところに一本の電話が。
この素敵なメロディーは、なんだっけあれ、えーっと、そうだジンギスカン!!じゃなくて母からだ。
カレーナンに泣く泣くしばしのおいとまを告げて私は再び台所に立った。
「もしもし?」
『加代?元気にしてた?母さんよ〜』
受話器から花でも咲きそうな浮かれた声が流れてくる。
「お母さん・・・」
電話口でなにやらはしゃいだ雰囲気の母に脱力した背後で不穏な雰囲気が。
「キスしてくれよ〜!!」
タイミングを見計らったように哀れっぽい声が発せられる。
『あら、誰かいるの彼氏?』
地獄耳。母の口調が一気に華やいだ。
私はレンジと向き合って母の次なる言葉に身構えた。
レンジよ肝に命じるがいい、次に口をきいたときがおまえの最期だ。
『加代ったら、今まで誰もお母さんに紹介してくれないから心配してたのよ』
してた割にはお隣さんのゴシップを見つけたときのような浮かれようじゃないか?
ところで、母のこのテンションは鬼も裸足で逃げ出す暴走トークの前触れである。
まずい。みんな逃げるんだ!!
マイク一本で人を倒せるのはジャイ○ンだけじゃないぞ!
「ちが」
私の攻防は二文字で撃砕された。
『キスくらいしてやンなさいよ。やあねぇ。恥ずかしがっちゃって。うふふ。ついに加代にも。お父さん!』
止めてくれーっ!
『加代か!!』
もう泣きそう。
「お父さん・・・」
『彼氏か!どんなヤツだ!?』
こっちが知りたいよ。
「レンジ」
『恋路?!変わった名前ねぇ。もしかして芸能人?』
いつの間に電話口の人が交代したんだ?
「っていうか違う。お母さん何で芸能人になっちゃったんだか、訳分かんないから」
『なに?芸能人か!加代お父さんはそういうテレビにでるようなヤツはゆるさんぞ!!』
今度はお父さんだ。この電話、一体どうなってるんだろう。
電話を耳から放してまじまじと見つめる。
なにやらワイワイ言っているのがここからでも聞こえるが
「えい」
しまった。ついうっかり手がすべって終話ボタンを押してしまった。
そういえば、なんの用だったのだ母よ。
「まあいいや。急用だったらまたかけてくるでしょう。さあ夕飯!」
「キスしてー」
今になってやっとカエルの王子様の「壁にカエルを叩きつけた方」のお姫様の気持ちがよく分かった。
スッゲーやなヤツ!
お姫様に同情したら感情移入しすぎてついでに手も出てしまった。
勢いよく電子レンジの側面がへこむ。
「あらやだ」
ナンを作るために出して置いた小麦粉の袋が振動でレンジの上にぶちまけられる。
もわわ〜ん。と小麦粉が舞ってまるで魔法の粉のよう。粉っぽいよう。
その中にゆらりと人影が立った。
手足がスラリと伸びていて、私よりも背の高い男が小麦粉の中からゆっくりと姿を現す。
「イヤーッ!!そこまでカエルの王子様と同じなのに何で頭がレンジのままなのよ!!」
「おまえの愛が足りないんだよ!俺だってこんな中途半端なかっこ嫌だっつーの」
頭が重そうによたよたとカボチャパンツの男が近づいてくる。
せめて顔が四角くても良いから人の顔だったならば・・・ついついそう言うことを考えてしまう自分が悲しい。
くっと目頭を押さえてから私は聞き逃してしまった重要な語句を思い出した。
「愛ってなんだー!?」
私は聞き捨てならない台詞に対して、そう青春のあの夕日を見たときの切なさにも似た疑問をレンジに叫ぶ。
「俺への感情だー!!」
負けじとレンジも叫び返す。
「誰のだー!?」
ひとつまみの希望をかけて聞き返すが
「おまえだー!!」
あえなく撃墜。
力無く床に手をついた私は、非日常的な現象に便乗して日常生活では影の薄い神々に訴えてみた。
神様、私が何かしましたか。
はっきり御啓司ください。でなけりゃもういっそ殺してください。
すると私の前に仏陀が現れ後光も神々しく一言。
「娘よ隣人愛を思い出すのです」
仏陀よ、隣人愛は宗教違いじゃないか?
主旨も違わないか?
慈悲深いはずの神々までもが怪しい発言をするのは私の妄想だからなの?
だんだんと意識が遠のいていく中で、私は愛と美の女神アフロディーテとその凶悪な一味キューピッドのせせら笑う声を聞いた気がした。
あれ、キューピッドってアフロディーテの子供だったけか。もういいや。どっちにしろ腹の立つことにはかわりないや。
ガクガクと肩を揺すられるのを感じながら、私は失神という現実逃避に走った。
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2005/11/06(Sun)23:20:10 公開 / ササ
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■作者からのメッセージ
こんばんは。どうにも中途半端なササです。
前回ちょっと誉められたので調子に乗って少し長く書き直してみましたが、しょうもないものしか書けないということが判明しました。
最後まで読んでしまった方には何とも申し訳ないです。謝ります。つまんなくてすみませんでした。
ちっとも成長してない(それどころか退化した)作品を罵倒するなりコケにするなり、どうとでもしてください。
再UPした時点で覚悟はしましたから!