- 『僕がいた空』 作者:もろQ / 異世界 未分類
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全角1086.5文字
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原稿用紙約3.2枚
キイチを追って丘を登り切ると、そこには見たこともないような青空が広がっていた。その青はどこまでも続いているようにも、ドーム状のガラスのようにも見えた。視界の端っこに浮かんでいる雲が空との遠近感を際立てて、僕の目は思わず吸い込まれそうになる。青色は地平線へ向かって段々水色になり、白に変わっていく。さらに下へ目をやるとそこには町が見下ろせる。
「すげえだろ。ここ連れてきたのお前が初めてだぜ」
キイチは得意げな顔をして隣に立っていた。僕はその横顔を見て心底驚いた。あの急斜面を登ったにも関わらず汗ひとつかいていないらしい。一方僕は心身共に疲れ果て、呼吸もさっきから乱れっぱなしである。ちょっと強い風が吹くだけで身体がすぐよろけてしまうから、僕は両足に無駄な力を入れて立っている。ベージュ色のコートがはたはた揺れた。
しばらくして、キイチは草に寝転んだ。僕が息を整えるのに精一杯でいると、キイチは自分と同じようにするように僕にせがんだ。この疲れ切った状態で体制を変えるのはかなり苦痛だと思ったが、仕方ないので自分も草の上に身体を預ける事にした。
「疑似体験、ってヤツだよな」
キイチが突然話しかけた。ようやく呼吸の整ってきた僕は、その言葉の意味を尋ねた。
「いや、だってさ、こんなすげえ空は見れるし、気持ちいい風は吹いてるし、これって空飛んでるときとまるっきり一緒なんじゃねえかな」
空を飛ぶというフレーズが言葉の意味をさらに難解にしたので、僕は考える事をやめて目を閉じた。確かに風は気持ちよかった。
僕はどこにいるんだろう。今何をしているんだろう。さっきまで何をしていたんだろう。
隣の人は誰。ここは一体どこだ。僕は何をしているんだろう。隣の人は誰? ……分からない。
「あっ、ヒコーキ雲」
突然発せられた声に飛び起きて、僕は辺りをきょろきょろした。つい眠ってしまったらしい。声の持ち主はいつの間にか立ち上がっていて、青い空の一点を集中して見つめている。僕も立ち上がってキイチの視線を追った。漂う雲の中から確かに一本、白く細い線がすっと伸び出ている。
「俺もあれを作ってやるんだ……」
キイチが呟いた。僕はまたはっとしてその横顔を見つめた。
「おおい、待ってろよ」
「明後日には、絶対飛んでやるからなっ」
唐突に発せられたキイチの言葉にあたふたとし、その影で劣等感のような、自分だけ取り残された感覚が身体の中で生まれた。風は相変わらずびゅうびゅう吹いている。
やがて、キイチは僕を振り返って言った。
「さて、そろそろ戻るか」
帰り道、僕が再び疲労困憊したのは言うまでもない。
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2005/10/31(Mon)00:37:52 公開 / もろQ
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■作者からのメッセージ
ちょっと長くなるかもしれないので一旦切ります。今回はとりあえず、プロローグという感じで読んで頂けたらと思います。