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『夢想の囚人』 作者:一徹 / ファンタジー SF
全角4068文字
容量8136 bytes
原稿用紙約13.5枚
 この世界は夢想であろう。ゆえに――
                (【統括の群像】訓示)


 あるところに、一人の少女がいた。
 少女は孤独である。周囲に人はいない。鉄柵の無い監獄。あてども無くさ迷い、そして、この世界には自分以外誰もいないことに気がついた。
 だから、一人水面に沈み込むように、夢を見た。


 強く願った夢は、決して覚めることが無いという。
 覚めぬように再びあの世界に帰還せぬように、少女は、強く自分を、そしてかつて本で読んだ、幸せな場所を夢想した。
 少女は夢の中、一人の騎士を見出した。孤独への寂しさ、誰もいない悲しさ、現実世界への恐怖に心震わせたときはもちろん、いつも傍にいて自分を護ってくれる支えを求めた。幸福に包まれた世界。飢えも渇きも老いも死も無く、蜂蜜のような怠惰に満たされた、理想の世界。少女は、現実を忘れ幸せだった。
「しかし」と。騎士は享楽に浸りきり自分を省みない少女を見て想う。「他に護るべき女性はいないものか」
 高潔で真っ直ぐで我が身を案じてくれる、自分が護るに値する女性。
 夢は叶う。
 少女とは別に女が生まれた。
 騎士は騎士として、女を護ることとする。


 少女は怒った。
 どうして自分の傍にいてくれないのかと、また独りになって、嫌だと想った。
 誰が悪い。騎士か。違う。女だ。女さえいなければ、騎士は、自分の傍に居ざるを得なくなるはずだ。
 少女は夢想する。女を殺す、凶悪な存在を。
 そして現われのは、一体の獣。かの獣は、女を執拗に狙い、爪を振るい、虚空に銀の軌跡を残す。口腔に覗く牙は、収まりきらぬほどに巨大化され、上顎から伸びる牙は下顎を、下顎からの牙は、上顎、そして頭蓋を破り天を指した。
 彼は、女に襲い掛かる前より血に濡れていた。
 得てして獣は、はからずも自らの理由に沿い忠実に、殺意に満ちた、言葉にならぬ言葉を世界に響かせた。
『死ね』と。
 騎士は女を護るため立ちはだかったが、
 騎士と同じ、いやそれ以上に、少女は獣を強く強く強く強く願った。
 獣は女を殺すためだけの存在となっていた。
 騎士は、誰か護れるほどに屈強であったが、生存が約束されているわけではない。
 騎士は怪物に深手を負わせ死亡する。
 怪物は生きていた。理由を、自己の存在を、示さなければと、本能が細胞が遺伝子が、生存を命じる。思考は不可。彼の脳は壊死している。
 騎士に比べれば脆弱な女を前に、生という苦痛から逃れるため、その腕を振るわんとし、

 両断された。

「あ、ありがとうございます……」女は颯爽と現れた、別の騎士に謝辞を述べた。
 世界は完璧であるが故、片方だけの想いは認められない。
 身体中の重要な諸器官を潰された獣は、しばらく生きていたが、行動することが不可能となって、生理的に死亡した。
 女は騎士に護られるべき存在であって、騎士もまた女に想われた存在。新しい騎士とは、上手くいったようである。


 残された少女は思った。夢想は、所詮幻でしかないと。一方的な具現化は悲しみしか生まない。不条理しか押し付けないし、押し付けられない。夢の世界は生きていくに値しない。
 だが、初め少女は夢を見たのである。この世界は、完全無欠、夢のように覚めることがない夢であると。
 少女は目覚めたかった。目覚められなかった。すでに夢に囚われていた。


 夢の中で生きざるを得なくなった少女は思う。
 夢を夢で無くすには、どうすればいいのか。どうすればこの、想いが形となって眼前に現れる、腐りきった世界を見ないで済むのか。
 答えは実に簡単で、それはかつて出来なかったこと。
 死ぬ、という、究極のゼロ。
 死ねば夢を見ることも現実を夢と思うことも無いだろう。
 世界は少女に縛られておらず、少女は世界継続に関与せず、ソレは実に簡単で。


 それはかつて出来なかったこと。
 死ぬことが出来なかったから、こんな世界が生まれるに到った。
 死ぬことが出来たら、こんな苦悩には立ち会わなかっただろう。
 そして、かつての現実世界に無かったものが、この世界にはある。
 夢想という希望。
 確かにソレは霞よりも影よりも欺きよりも何よりも偽りであった。だが実に簡単である。
 想えば全て上手く行く。
 先は失敗したが、これから、そう、これから。
 少女は生きることにした。
 幸い、世界は少女含め女含め騎士含め、そこから派生したもの含め、あらゆるものの夢想が混在していたから、昔いた世界のように、目に見えて孤独ということは無かった。


 長い間たって。


 ある日のことだ。
 遠くから、少女を殺しに来た男がいた。
 男は少女を見つけると「やはり」と呟いた。
 昔、少女が『死にたい』と想い、それを幇助するため、具現化したのだという。少女は拒否し、男から逃げようと思った。だが、男は少女がどこにいるのか解っているようだった。
「私は、君を殺すために生まれたらしいのだ。誰かに聞いたわけではないが、君を感じ星間街道(ミルキーウェイ)を通りここまで来て、そして、君を認めた途端、心の底から君の死を願うようになった」
 そのためになら殺害も厭わない。男は小ぶりの短剣を取り出し、
「これに塗られた毒は、理想(イデア)だ」
 切りかかった。
 逃げ惑う少女。騎士を想った時のように、再び護ってくれる存在を想おうとしたが、止めた。自分を殺しに来た男もまた、自分の夢想から生まれた存在である。大丈夫だと、夢の中で生きることは可能だと甘く見ていた自分が、悪いのだ。
 少女は逃げることを止め、男に向き直った。
「フム」男は殺すのをいったん止め、

「なぜ逃げないかね? 殺されたくないのではないかね」

 自己を否定する言葉を吐いた。
「貴方は……」
「馬鹿にするなよ女。たとえ根源に『君の死』があろうと、私は人だ。生きることを諦めていたり、君が生み出した業『私』の存在を否定し続けるようなら殺してやらなくも無かったが、気が変わった」
 男は短剣を鞘に収め、
「くだらんな。なら初めから『私』を想うな馬鹿者め」
 少女の天頂を握りこぶしで小突いた。


 男は少女の出生を聞き、同情した。
「私が、私が、想ったから、この世界は……」
 堰を切ったように、少女は泣く。
 生きようと思ったときから、少女は孤独ではなかった。見た目上。だが内面は、人と関わることで、何か、相手を傷つける夢想をしないのではないかと、恐れていて、極力人との接触を避けてきたのだ。
 男は少女の頭を抱いた。
「なに、君が気にすることはない。頭は少々内容物が足りないようだが、君は実に率直だ。夢を具現化するなど、それこそ誰もが夢想することではないか。君が想わねば、誰かが想ったさ」
「で、でも……」
「何年経ったと想っているかね? いや何千年か。詳しいところよく分からんが、君が夢を見始めて、確実に世界は拡大した。当然とも言える」
 人は日々夢想している。想像とも言う夢想。もし〜なら、と想像している。そのたび想像が具現化して形を成すなら、世界が始まって何年かも経てば、一生を費やしても渡航できない広大な世界が建築される。
「その中で君に会えたというのは、ある種奇跡だな。『死なせぬ』という不満が残るが、永遠命尽きるまで星間を漂うよりはマシだろう。なに、人の理性を甘く見てはいけない。実際『強くあれ』と望まれてもいるし」
 そして男は、最後に、もう離れることは無いだろう、と言った。
「帰郷するのは億劫だ。そもそも根源には君のことしかない」


 良かった、と少女は思った。
 長い間かかったが、ようやく、自分を想ってくれる人が現れたのだ。



 あまりにも夢の世界は完璧だった。
 少女に死をもたらす死神として生を受けた男は、いつも苦悩していた。人の理性は強靭で、かつてのようにただ根源に突き動かされることはなくなっても、衝動は消えない。それはいわば強迫観念、いや食べたい飲みたい息をしたいという生理的欲求に近いものだった。それでも、男は耐えていた。忍んでいた。
 しかし、息をしないというコトは死ぬというコト。
 少女を死なせることを理念として存在した男は、死にそうになっていた。自己否定。夢に融解してしまいそうだったが、それでも否定した。


 少女はその人がどうして苦しんでいるのか知っていた。知っていて黙って幸せを享受していた。
 自分が恨めしく思わなかったことがないわけではない。
 それでも決心が付かなかった。もしかするとこの夢の世界なら何か解決策があるのではないかと、おぼろげな希望にすがっていた。


 あるとき、死ねば、男を楽に出来る、と想った。
「想うなァ!!」男は息も荒く絶叫した。
 その叫びは、一体誰のためであったか。


 少女は、ついに心を決めた。
「死ねといってください」少女は男に願った。
 言えるはずが無い、と男は否定し、また苦しみ悶え、だから、少女は男を愛した。
 もはやその男の我慢も限界まで来ていた。ようやく水底に差し込んだ、明確な光。掴めば浮上できる。水圧から逃れたくさんの空気を吸い込むことが出来る。
「……死ぬ、なァ……!」
 泡を吐き始めた。
 少女は微笑んで「ありがとう」と言って死んだ。


 苦しみから解放された男ではあった。良かったとは思わず、だが後悔の念のみが募る。
 なぜ、少女が身を投げ出すほどにまで追い詰めてしまったのか。どうしてごまかし続けなかった、我が身が朽ちるまで。それまでの潜水は、本当に不可能だったか? 肉体が死ぬというわけではない。精神が止むだけだ。魂が、粉々に砕かれるだけだ。生理的に生きることは、可能であったはずだ。
 そして想う。あの、少女のことを。
「ぁ…………」
 死神は感じた。少女を。
 それは、この世界のどこかで少女が生まれたことを意味している。
 そうでなければ、また「死なせたい」と感じるはずが無い。
 男は高らかに笑って「くだらねェ」と吐き捨てた後、死んだ。
2005/10/27(Thu)02:21:56 公開 / 一徹
■この作品の著作権は一徹さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 ひっさしぶりっすなぁ。
 前回、自分でもよく解らないものを投稿し、恥ずかしくて今までもぐっておりました。それなら投稿すんなよ、と思われるかもしれませんが、書き終えた瞬間、最後「。」→「Enter」と押すと「やった〜、おりゃァ出来るんじゃァ!」と内容に関わらず興奮してしまい、こう、そのまんま勢いで、ぽいと。なんだか責任感無い感じですけど、まあ、それを直して今回挑んだ、という……か…………まあ、そうなんですよ。
 かといって、今回のは……ううん、と首を捻られるかもしれませんな。まず始まり「夢」というのが、どうも、ウム、とっつきにくいですな。
 ドラえもんとかFF]とかの「夢オチ」に対抗すべく造った世界なんでよね、コレ。だから私自身は「解っている」ので、まあ良いかな、反応を見てみよう、というので投稿しました。
 長々となりましたが、そこらへん、どうかご感想ご意見ご指摘お待ちしております。 
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