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『最期の幻想』 作者:千切雲 / ショート*2 未分類
全角3117.5文字
容量6235 bytes
原稿用紙約9.45枚

 皓々と光を湛える月はそこには無かった。灰色に展開する厚雲が、唸る夜風が紡いだ荒んだ流れに身を任せ重たげに浮かんでいる。
 まるで葬式の後みたいだと、私は思った。屍を葬り去るような冷たい空気を肌に感じながら、暗鬱に塗り固められた鉄柵に背を預けて目を閉じる。錆びた鉄の匂いが鼻を擽り、私は息を呑んだ。その音が嫌に大きく聞こえて、私は目を見開いた。
 女が私に背を向けて立っていた。私とは逆に位置する柵の前に、彼女は独り佇んでいる。風に揺れる黒髪に覗く彼女の白いうなじが、情緒的な感情を煽いだ。彼女の肩は震えているようだった。
「怖いのだろうか」
「だろうね」
私の呟きに、隣の少年は答えた。黒いフードを深く被り直しながら、彼は目を細めていた。私は彼をしばらく眺めていたが、その視線を払い除けるようにして彼が目を閉じてしまったので、私は再び女に視線を向けた。
 女は鉄柵を強く握りしめていた。錆が食い込む手は、元から白かったというのにさらに白くなっていた。彼女の足元には、彼女の靴が丁寧に脱ぎ揃っており、そこには一枚の紙が見られた。それを見つめる彼女の顔には、深い影が宿っているようだった。
「昔話に付き合ってくれないかな」
少年は私の呼びかけに黙って頷いた。
「……あれは、高校二年生の頃だったと思う」
ぽろりと、記憶が解けたようだった。

 ◆

 原因は忘れたが、その日は親と喧嘩をしたものだから家に帰りたくなかった。それだから、授業も部活も終わった学校の門の所で独り立っていた。黄昏に吹き抜ける風が心地よくて、私は校門に寄りかかって大きな欠伸を一つした。それからグッと身体を伸ばして、その時、視界に校舎が映った。白塗りの校舎が誰もいない敷地内に堂々と聳えていて、やけに堅苦しい印象を私に与えたものだった。
「ピンク色だよ」
不意に聞こえたその声に、私は振り返った。そこには少女が一人いた。まだ幼い顔つきで、その顔はちょうど私の胸の辺りにあった。
 私は彼女の姿をまじまじと見てしまった。幼いながらもどこか大人びた雰囲気が感じられた。灰色の地味な制服がそうさせているのだと、どこか冷静な考えが頭をよぎった。
「何が?」
「校舎が」
見れば、確かに校舎は淡い桃色に染まっていた。夕刻の光の加減であろうが、言われるまで気付かなかった。
「じゃあね」
「え」
唐突に話しかけてきて、唐突に別れを告げられる。その間の短さに、私は思わず疑問を含んだ声を発してしまった。それに気付いたのか、彼女は向けかけた背を一瞬止めて、それから少し俯いた。しかし、それもほんのわずかな時間であって、彼女はばいばいと言って校門から去っていった。
 彼女の姿が見えなくなると、私はふと視線を校舎へ向けた。まだほんのりと残る桃色に、私は柔らかな安堵を感じた。先ほど俯いた彼女の顔が、それと同じように染まっていたような気がして、私は当惑にも似た感情を覚えた。その場にいるのが恥ずかしくなり、私は家へ帰ることにした。足取りは軽かった。


 こんなこともあった。
 私は塾帰りの夜道を独り歩いていた。その日は満月のはずだったが、曇り空はそれを頑なに否定しているようだった。浮かぶ厚雲が、それを顕著に物語っていた。
 不規則に点滅する外灯がぽつんと設置された公園の脇を通るとき、私はその不自然な光に照らされている彼女を見た。俯きかげんの顔には影が宿っているようで、重い雰囲気が漂っていた。まともな会話をしたことも無かったのだが、放っておくのはいけないという身勝手な義務感が働いてしまい、つい公園に足を踏み入れてしまった。
 砂を踏む音が静かな公園内に響いて、彼女はこちらを見た。目を大きく見開いて、それからすぐ俯いてしまった。私は鼻の頭を掻きながら、そっと近づいていった。彼女はまた、私を見た。今度は目を反らさなかった。彼女の瞳には、滲んだ夜空が映っているようだった。それが私の頭の中を掻き回して、掛けようと思っていた声を忘れてしまった。居心地の悪さだけが、目まぐるしく渦巻いた。
「えっと」
戸惑う私をよそに、彼女の目は私を捉えて離さなかった。
「どうかした?」
やっと紡ぎ出した言葉に、私は妙に満足してしまった。あとは返事を待って臨機応変に対応すればよい。その安堵は私の顔に出てしまいそうになり、頬の筋肉が緩むのを私は精一杯堪えた。
 やっと、彼女は私から目を反らした。代わりに、その視線は夜空へと向けられた。
「月って何で形を変えるか、分かる?」
予想外の展開であった。
「そりゃ、天体の授業で」
おそらく、これは彼女の期待した答えではなかったのだろう。あやふやな天文学で短い説明を終えた私は、苦笑いを浮かべる彼女の顔に当惑した。
 気の利いた一言が出れば、別の展開もあっただろうが、もう取り返しがつかなかった。
 狼狽する私に、彼女は寄りかかってきた。思わず身を引きそうになったが、私は足を踏みとどめた。
「教えてあげよっか?」
言って、彼女は黙ってしまった。私は彼女の肩に手を回してやった。彼女は泣いていた。涙を流して、肩を震わせて、泣いていた。
 私がロマンチストにでもならない限り答えは出ないのだろうと、その時は思った。

 ◆

「その人のこと、好きだった?」
「あぁ」
 だろうね、と言うように、少年の黒髪は揺れた。微笑んでいるように見えた。
 不意に、屋上の扉が開け放たれた。乱暴な音とともに、男は現れた。肩で息をして、辺りを見回す。そこに女の姿があることを確認すると、彼は駆け出した。女もまたそれに気付いて息を呑んだようだった。
 あまりにも一瞬過ぎるその光景を、私は眺めていた。女を抱きしめる男。その彼にただひたすら謝り、涙を流す女。霞む月を背景に、その絵はあまりにも美しすぎた。
「話の続きなんだけれど、彼女には賢い姉がいたみたいでさ」
話しながら、私は虚ろな気分が沈下していくのを感じていた。
「彼女は姉と比較されるのが辛かったのだろうね。だから、言ったのさ」
空虚と入れ代わりに訪れたのは嫉妬だったのだろうか。
「月は、陽光から逃げている。誰だって、自分で輝きたい。だから、月は満ち欠けしているように見えるんだって」
風が吹き抜けた。零れてしまった涙が、夜に消えた。それを美しいと思う自分がいることに、私は澄んだ喜びを覚えた。私は今、非常に朗らかな笑みを浮かべているであろう。清らかな満足の中に浮いているような、そんな気分であった。
「聞きたいことがあるのだけれど」
「なんだい?」
「私はロマンチストだったのだろうか」
また少年の髪が揺れた。伏せた目は笑っていた。
「最期に初恋の人を見たいだなんてロマンチックなこと言っていた人が今更何だい?」
少年の答えを聞きながら、私は眼前の女に目をやった。初恋の人――彼女はもう泣きやんだようだった。その肩が男にしっかりと支えられているのを確認してから、私は盛大に深呼吸した。これでよかったのだと、改めて思う。
「話を聞いてくれてありがとう。感謝するよ」
「仕事だから」
「素敵な仕事だな」
身体が浮かぶような感覚を覚えた。刻が来たのだと、すぐに分かった。
 生きてこそ、なのだろうと思う。在ったはずの命が、今頃ゆらゆらと波紋を広げて私を震わせた。夜空が滲んで見えるのが、ひどく悔しかった。命在るときに、こんな幻想的な感傷に浸れたら、それがどれだけ幸せなことであろうか。私は目を閉じて夜風に身を任せた。
「私はもう逝くのだろうか」
「あぁ」
「そうか」
最期にもう一度、彼女のほうを見た。目があったような気がした。初々しい恥ずかしさが、私を微笑ませた。
 光が、舞った。

2005/10/23(Sun)21:24:02 公開 / 千切雲
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■作者からのメッセージ
初めまして、千切雲と申します。
拙い文章ですが、感想、アドバイス等、何かありましたらお願いします。内容ぼかしすぎだ〜など、文句でも結構です。
ちなみに、主題は「生きてこそ」だったりします。はい。では〜。
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