- 『Books on the World. (1)』 作者:ササ / ファンタジー 異世界
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一章 落とし物捜し
湿った空気が足下から吹き上がる。
悠里が空を見上げると、計ったように雨が降り出した。
ぽつ、ぽつとアスファルトが濃く黒くなる。
「来たな夕立め」
親の敵を見つけたように小さく呟いて悠里は走り出した。
華奢と言うよりやせっぽちの印象を与える手足を振って家路を走る。
制服のスカートを蹴り上げるようにして走る様はとても花をも恥じらう17才の乙女とは思えない。
だが、悠里はそんなことに頓着しなかった。
彼女には外聞よりも守らなくてはならない物がある。
「まだ本降りになるなよ・・・」
そう言ってやっとついた自分の家のベランダを見上げた。
やはり洗濯物が干しっぱなしになっている。
家へ駆け込もうと、悠里は勢いよく玄関前のアプローチに足を踏み入れた。
「はっ!?」
せっかく干した洗濯物のため、急いで家に入ろうとしていた体が一メートルほど後ずさる。
悠里は自分の胸の辺りを見た。
濡れている。
「何だ?」
何かが、彼女の体に触れたのだ。
訝しむ悠里の頭上をザアッと今まで小降りだった雨が大粒になって降り出す。
悠里は自分の目を疑った。
「何だコレ」
さっき自分が何かにぶつかった辺りで雨粒が立体的な何かにぶつかって跳ね返っている。
見方によっては子供がそこにいるかのように、宙で雨粒がはじけていた。
玄関への道を妨げるその現象に、悠里は戸惑う。
目の前に透明人間ジュニアでも出現したのだろうか。
悠里は目を閉じてからゆっくり深呼吸して、祈るように目を開けた。
祈っても現状は変わらない。
目を開けば、はじける雨粒がそこに何かがあることを訴えている。
悠里は胸を押さえて早くなる呼吸を精一杯飲み込んだ。
心臓の音が自分に聞こえるほど大きくなっている。
一体何があるのかと、恐怖に屈しようとする好奇心を鼓舞して震える手を伸ばす。
「ひっ!」
「うわっ!!」
何かに触った感触があったのと反応があったのに驚いて、熱い物を触ったように手を引っ込める。
さらに子供がいたという事と、その子供の格好と、今までの怪奇現象の驚きで悠里はのけぞり、のけぞった体をそのままざざっと後退させた。
オリンピックの運動選手でも出来まいと思われる異様な動き方だったと悠里は自覚した。
齢十七の乙女が・・・。とこの非常時に他人事のように嘆く心の声。
子供の方は大層驚いたようで、大きな目をまん丸に見開いて私を見上げていた。
何に驚いたかはあまり聞きたくない。目頭を押さえて悠里は思う。
あんまり驚きすぎて体が震え上がっている。
何メートルも走った後のように心臓も震え上がって、心臓麻痺でも起こしそうだ。
「おまえ・・・!」
子供はうわずった声で悠里を呼んだ。
綺麗な顔をした少年だった。風変わりな着物を着ていて雨に濡れたせいかそれとも元からなのか、かなり重くて動きづらそうだ。
「おまえだ!!トトラスを持っているな?返せ!!」
つかみかからんばかりの子供の剣幕と、全く身に覚えのない発言に悠里は頭が真っ白になった。
「何を持っているって?」
相手の発言に流されて聞き返したが、悠里は未だ相手が一体なんなのかすら分かっていない。
異常な怪奇現象に驚かされた余韻で混乱しきった頭が容量オーバーの危険信号を出している。
「それに、オタクどちら様?」
困惑しきった悠里問いに子供は、はたと止まって困ったような顔をした。
「私は・・・」
言いよどんで目を泳がせる。
悠里はその間にグルグル回る世界か自分を落ち着かせようと、何度も深呼吸して落ち着けと自分か景色に言い聞かせた。
子供は沈黙しきってしまった。いまだに目は何かを探すように泳いでいる。
大粒の雨に頭が冷やされたのか、やっと平常心が少し戻ってきた。
まだ足は震えているし、悠里は目の前の子供を見て少しためらったが、屋根のかかった玄関へ進んだ。
どうぞ、と言うように体をずらして子供を屋根の下へ入るよう無言で示す。
子供は素直に悠里の隣へ収まった。
「君、どうしてさっき透明だったわけ?」
まともな返事は期待していないが、平常心と一緒に戻ってきた好奇心が悠里に口を開かせた。
子供はさらに困ったようにして悠里を見上げた。
「私は創造神の一人で五天子四要冬帝コール。訳あって世界を作る道具を下に落としてしまった。」
分かってもらえるだろうか?と彼は悠里を見る。
「創造神?世界を作る?君、今、自分が神様だって言った?」
当然、信じられないと眉を上げた悠里に、子供は肩を落として頷く。
「トトラスと言うのがその世界を作る道具なんだ。頼むから返してくれないか」
濡れそぼって余計に哀れに見える子供は捨て犬のような目で悠里を見ている。
悠里は相手をどう扱ったらいいものか迷った。
からかわれているのか、何かのおままごと遊びなのか、それとも・・・と憶測が溢れるように出てきたが悠里はその中のどれにも信憑性を見いだせなかった。
何しろ相手は最初透明人間だったのだから。
「もの凄く悪いんだけど、頼まれてもトトラスなんて物知らないんですが」
仕方なく、相手をもっと知るために質問をぶつける。
「ああそうか」
ポンと手を打って子供は説明を始めた。
子供の方は全く悠里を不信に思っていないようだ。まるで友達にでも話しているような気軽ささえ感じる。
「トトラスというのは元々このくらいの半透明の物体だ」
言いながら子供は自分の顔ほどの大きさを示して見せる。
「だがおそらく下へ落としたときに砕けてしまっているだろう。今はどんな形を取っているか分からない」
彼は言葉を切って、次に何を説明すべきか考える。
悠里の方は日常生活から離れきった異次元のような説明にポカンとする。
「トトラスは状況に応じて形を変える。例えば石のような物体、動物や植物、手が込んでくると思いや願いなんかにも形を変えるんだ。私は元々の持ち主だから、近づいたり触れたりすれば分かるが、普通の生き物には感知できない。」
分かるか、と子供は悠里を見上げた。
悠里は頷いて先を促した。
文章の意味なら理解した。あくまで文章の意味だけだが。
「それで?ないと君自身も危ういって言ったよね?」
「ああ。さっき私の姿が見えなくなっていたのもそのせいだ。私たちはトトラスがなくなると徐々にだが在る事が出来なくなる」
「何?」
聞き慣れない言葉に悠里が聞き返すと彼はうんとうなって言いあぐねた。
「何というか、だんだん影が薄くなるんだ。さっきのように姿が見えなくなったり、存在が不安定になる。それが続くと消える」
「はあ」
ぴんとこない。
不信度は増した。
「つまり死ぬってこととは違うわけ?」
彼の方もぴんとこない顔した。
「死ぬ、とは多分違うんだろうな。私たちは在るんであって、生きているわけではないから。」
「ふうん」
悠里は分からないがとりあえず返事をした。
「私たちって事は他にもカミサマがいるわけ?」
「うん。五天子四要と言ったろう?創造神だけで二十いる」
悠里は自分の日常生活からかけ離れすぎた話に頭痛を感じた。
とりあえず、今はスルーしておこう。
「で、トトラスがあったら分かるんでしょ?なんであたしが持ってるって事になるわけ?」
「ああ、それは、おまえが近づいたら私の姿が見えるようになったろう?だからだ。トトラスは私たちの存在を安定させるから」
子供の口調には真実味があったが、悠里はそうそう手放しに信用できなかった。
「はあ。なるほど。で?そんな大切な物だったらお返ししますが、どれざんしょ?」
悠里は手を広げる。
ここで何も見つからなかったら、と相手を試すような意地の悪い考えと、相手がウソをついていたとしても、今の時点では対処できないな、と判断したから言外に『証拠を見せて』と言った。
子供はそんな汚い手に気付く様子も見せずに悠里を上から下まで眺め、小首を傾げて鞄を指した。
「多分、それ・・」
悠里は中学の時から愛用して相当色々キている鞄を掲げた。
「コレ?」
「いや、その中だ。多分」
子供は悠里の鞄の年期に恐れをなしたのか慌てて言い換えた。
玄関先に悠里は鞄の中身を広げる。
「筆入れ、携帯、お菓子、教科書、飴、ノート、辞書、教科書、あ、これ咲ちゃんのじゃん。あーあ、返すの忘れて来ちゃった・・・」
などと言いながら鞄の中身がだいたい玄関先に出そろった所で今度は悠里が首を傾げた。
「コレ、誰のだ?」
出てきたのは全く見覚えのない革張りの立派な本だった。
二十センチほどの大きさで、古くはないが使い込まれた物のように艶が入っている。
「それだ!」
子供の顔が一瞬輝いたがすぐに曇った。
「しまった」
小さくかすれた声が上がる。
「何?」
悠里が怪訝そうに子供を伺う。
「定着している」
「定着?あの、分かるように説明してくれません?」
また問答するのかといい加減少しうんざりしながら悠里は聞いた。
「トトラスが持ち主に定着しているんだ。持ち主が死ぬか、トトラスが持ち主から離れるかしない限り元の形に戻らない。」
「つまり?」
「私はおまえからトトラスを返してもらうことが出来ない」
「よって?」
「私は消えるかも知らん」
子供は言い終えるとがっくりうなだれた。
「どうしたらいいのだ。トトラスがないと上にも戻れぬし・・・・・・」
悠里は未だ話についていけないが、とりあえず目の前の子供が落ち込んでいるのだけは分かった。
いや、分からない方がおかしいほど、子供は心底落ち込んでいる。
やっと悠里は少し相手を信じてもいい気がしてきた。
そう自覚すれば元々子供好きの悠里だ。子供の小さい背中がいたたまれないほど可哀相に見えてくる。
ここは年上としてなんとかフォローを、と悠里は子供の小さい肩に手を掛ける。
「しょうがない。つまり君が対処できない事態に陥ったわけだね?あたしが何か出来るか分からないけど努力してやるから元気出せ」
何とも頼りない励ましの言葉を自信満々に胸を張って言い切って、悠里は子供に初めて手放しの笑顔を見せた。
もし相手がウソをついていたとしても、それが原因で取り返しのつかないような事が起きても、悠里は困った相手を雨の中に放り出すような悲しいヤツにはなりたくなかった。
「濡れて風邪引くのも何だし、どうせ帰れないんでしょ?上がって行きなさい」
子供は悠里を改めて見上げた。
不安げに曇っていた表情がはにかんだように崩れる。
「ありがとう」
最初見たときも思ったが子供は非常に綺麗な顔をしている。微笑んだ顔はまさに天使。
悠里は自分の顔にいささか疑問を感じながら少年を家に迎えた。
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2005/10/18(Tue)23:20:56 公開 / ササ
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■作者からのメッセージ
初めての投稿でがびがびに緊張してます。初めましてササです。
この話は長編としてまだまだ続ける予定で書いてます。
一章、読み返してみるとかーなり恥ずかしいですね。どうしよう!!コレ!?
でも精進したいので、びしばし突っ込むなり罵倒するなりしていただけると嬉しいです。(Mとかそういうことではなくて)
それでは、最後までおつきあいいただけると幸いです。