- 『新世界』 作者:恋羽 / 異世界 ショート*2
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地球は滅びました。
理由は簡単なことなのです。つまりは太陽系の中心にあった太陽が滅びてしまったのです。太陽が滅びたことによって世界は光を失い、光の焼失と共に訪れた急激な温度の降下が生命の絶えうる限界を超えてしまったのです。液体としての水が存在しなくなり、一部の強固な微生物を除いて地球という星からあらゆる生命が滅びました。……はい? ええ、そうですね。今皆さん聞いてましたか? 彼は「燃え尽きない炎は無い」と言ったんですよ。詩人ですねぇ、まあそういうの先生は心の奥底から大っ嫌いですけど。もうちょっと現実を見つめろよ、虫けらの分際で。そう思いません?
ええっと、戯言はどうでもいいとして。え? よくない? なんですか、これぐらいのことで泣いてたらご先祖様に申し訳ありませんよ?
それでは話を続けます。私の授業に文句がある方は後で生徒指導室に来なさいね。
太陽が滅びたことによって、地球は宇宙の放浪を始めました。このことはよく知られていますね。長い長い旅でした。私達の寿命から考えると本当に途方もなく長い時間です。あらゆる生物の残骸が風化したり氷付けになったりしましたね。
ところでまだ地球が太陽系の軌道上にあった頃、生物の残骸が化石というものとして昔の地層から発見されていた、というのを皆さんは知っていますか? 何故地球が宇宙を飛び回っている間、化石化現象は起こらなかったのでしょう? ……ええ、細かい説明は省きますから後で地質学の先生に聞いて下さいね。化石というものが出来るまでにはすごく長い時間が必要なんです。でもただ放っておけば化石になるわけじゃない。そこには色々な条件があるんです。その条件の中に液体の水が存在していること、というものがあります。はい、だから宇宙放浪の旅の途中、地球には化石が出来なかったんですね。先生はよく知ってるでしょう、ふふん。だてに長く生きてませんよ。……何? ちょっと違う? ……先生は自分より優れている人間が大っ嫌いなので先に進みまーす。
はい、それから何が起こりましたか? そうですね。今の様にベルベラスカ第十二、と昔は呼ばれていた恒星の軌道に果てしなく偶然に拾われました。これが第二の地球の歴史の始まりです。永久氷壁は崩れましたし、凍り付いていた世界は第二の太陽の下で再び息を吹き返しました。もちろんそうなるまでにはひたすら長い時間が必要だったんですがね。はい、問題です。ベルベラスカ第十二恒星に拾われてから今現在に至るまでどれだけの時間がかかりましたか? ……え? それは太陽系での時間計算で算出するのかって? ……なんですか君は。何者ですか。もちろんベルベラスカ第十二恒星系の年数計算で出してください。君、ちょっとマニアック過ぎますよ。隣の女の子を見て御覧なさいな、思いっきり引いてるじゃないですか。
ちなみに、ベルベラスカ第十二恒星系と太陽系の年数の比って知ってますか? そこのマニアックな君、代わりに答えてもらえますか? ええ、小数点第三位以下はいりません。……はいその通りですね、皆さんマニアックな彼に冷たくてまばらな拍手をーー! 天体マニアなんですねぇ、彼は。はい、彼が言ったように比率はベルベラスカ第十二恒星系を百としたとき、太陽系の年数は一よりも小さいんです。つまりそれだけ太陽系の一年が短かったということですね。
さて、そのベルベラスカ第十二系の年数計算で算出すると、この天体に従属してから今までに約一千万年の時間がかかりました。すごく長いですね。生命の誕生というものはそれだけデリケートなものなんです。更に太陽系からベルベラスカ第十二に拾われるまでにも約八千六百年がかかったそうです。細かい年数は天体マニアの彼に聞いて下さいね。……誰が今話せといいましたか? 先生の授業の途中に私語をした者はこれからは引っ叩きますからね。気を付けてくださいね。これだから天体マニアは困りますねぇ。
ええと、どこまで話しましたか。……ああそうそう、とにかく長い長い時間が流れたんですよ。我々が今こうして社会に出てから全く役に立たないクソクダラネェ授業を出来るようになるまでには。……こほん……。たまに青春時代の口調が出てしまいますけど気にしないで下さいね、根は悪い奴じゃないので。PTAに言ったら絶対復讐しますから、肝に銘じておいて下さい。
ところで、生物学の時間にもう習いましたか? 例の太陽系の滅亡の時に滅びた高等生物のこと。今の私達がこうしていられるのも実はその生物のおかげなんですよ。知ってましたか? ええ、そうです。私達の先祖は彼等の隆盛と共に数を増やして、彼等の滅亡の時ようやく彼等との共生関係から独立しました。最近になってかつて隆盛を極めたその種族の言語が解明され始めました。ええ、彼等はいくつかの言語を持っていましたが、その内の一つ、これは割と少数派の言語なんですけど先生はこの言語が一番好きなのでね、その言葉で彼等はこう呼ばれていました。いいですか、ノートの用意はいいですか? ここテストに出ますからねぇ。……はい、これなんて読むかわかりますか? ……全く無知な子羊ばかりで疲れますねぇ。これは「人間」と読むんですよ。は? ……字が汚くて読めなかった……? はい、君、顔と名前を覚えましたよ。後で生徒指導室に来なさいね。遺書を書いといた方が賢明ですよ?
はい、人間という種は高い知能を持っていました。一説には私達の知能を凌駕していたのではないかと言われています。本当かどうかはわかりませんけど。彼等は地球に多くの不思議なものを残しました。例えばこの校舎、これは元々この場所に建っていたんですよ? 元が何の建物だったのかはわかっていないんですが、うちの学校は守銭奴の校長が財布を守ってますから、改装も何にもしないまま使われてます。……ったく、あのじじいときたら……。でも出来たら改装してほしいところはありますし、出来たら先生の給料も上げてほしいところですけど、何千万年も前に立てられた割には綺麗でしょう? この建物はたまたま立地条件が良かった為に余り風化することも無く残ることが出来たんですけど、人間が生きていた頃はもっとたくさんの建造物が地上にはあったらしいです。他にも最近の発見では地下にも建造物を立てていた痕跡があるそうですよ。不思議ですねぇ。
でねぇ、今回のテスト範囲の中で一番重要なことをこれから黄色チョークで書きますからね。絶対テストに出しますからね。先に宣言したんですからちゃんと覚えておくんですよ。これさえ覚えておけば0点だけは免れますからね。ふふっ、そこに君、喜びすぎですよ。
はい、それでは書きます。
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黒いフォルム。扁平な体形のそれは六本ある内の、一番前にある細長い肢でノートを持ち、反対側の肢にチョークを持って黒板に向かう。長い鞭の様な触角は黒板に奇妙な文字を書き付ける度神経質そうにぴくぴくと揺れ、生徒達には見えない口蓋の周辺に生え揃った不気味な何百本という不潔な毛がワシャワシャと蠢いた。人間で言うなら腰の辺りだろうか、その辺りに彼等の呼吸器官は存在するらしく、不気味なフシュフシュという音が規則的に教室に鳴り響いている。
その人間とほぼ同じほどのサイズの生物は、背後に彼よりも幾分小さい同種の生物を従え、彼等に何かを教えようとしているらしかった。
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はい、読みますよ。
「人間という種族に依存しつつ、彼等よりも長い歴史を持つ我々の先祖は生きていました。そして光の無い極寒の世界を進化、退化を繰り返して生き抜いたのです。人間達は小さな私達の先祖を『ゴキブリ』と呼びました」
覚えましたか? 私達はこのゴキブリという種族の子孫なんですよ。彼等はその生命力と強烈な環境適応能力によって今の時代隆盛を極めています。
チャイムが鳴りましたね。……君、授業が終わったからってすぐにノートと教科書を閉じて、どういうつもりですか? 失礼でしょうが。全く、最近のガキはなってないんですから。
じゃあ来週のテストに向けてちゃんと家に帰ってからも無駄な努力をするんですよ。いいですね。
終わり
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2005/10/12(Wed)18:18:50 公開 / 恋羽
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■作者からのメッセージ
意味わからなくてすみません。
お読み頂きありがとうございました。出来ましたらご感想などお聞かせ願えたら幸いです。
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