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『うそつき』 作者:早 / リアル・現代 ショート*2
全角1507文字
容量3014 bytes
原稿用紙約5.25枚
「うそつきね」
 彼女は部屋に入ってくるなり、そう言った。
「何が?」
「こんな重症だなんて、聞いてなかったわ」
 彼女はベットの横の、小さな丸イスに腰掛ける。
「ああ」
 僕は点滴に繋がれながら、薄汚いベットの上に横になっていた。
「大したことないよ」
「嘘」
 ぼくは点滴に繋がれた腕を持ち上げて見せて、言った。
「これくらい、どうってことない」
「でも、言ってくれてもよかったじゃない」
 彼女はかっちりとしたグレーのスーツを着ていた。きつく結い上げた髪と、濃いめの化粧が、彼女が仕事場から直接来たということを教えてくれた。
「ありがとう」
「え?」
「心配かけてごめん」
「そんなこと、思ってもない癖に」
 彼女がふっと微笑んで、少しだけ表情が柔らかくなった。
「思ってるよ」
「嘘。あなた、自分勝手だもの。自分がどうなっても、誰かを傷つけても、何も気にしないひとよ」
「ひどい言われようだな」
 彼女の毒舌とも言えるその言葉こそ、よっぽど誰かを傷つけるだろう。
「でも」
 彼女は僕のことを知っているから、そう言ったのだ。そして僕も彼女のことを、少しは理解しているつもりだった。だから僕は傷つくどころか、誇らしくさえあった。
「的を得ている」
 また彼女が笑った。彼女のそんな小さな変化が、僕を幸福にする。
「お腹空いてない? 何か欲しいものがあれば、買ってくるわ」
「いや、いいよ」
「朝から何も食べていないんじゃないの?」
「ああ。でも君が来てくれたから。もうお腹、いっぱい」
「またそんなこと言って」
 お腹が空いていなかったというのは本当だ。でも満腹だったわけじゃない。
 朝から、というのは嘘だ。本当は、もう何日前に食事を摂ることをやめてしまったのか、覚えていない。
 どこかで感づいているのだろうか。彼女は悲しい目をしていた。何気ない様子で僕の、痩せ細った手を握った。
「こんなに痩せて。昔はここから、ハトがでたのに」
「やだなぁ、そんなに昔のことじゃないよ」
 嘘だ。本当はもう手品を辞めて、何年も経ってしまったような気がする。
「じゃあやってみせて?」
「無理だよ。タネがない」
「もう。タネも仕掛けもありません、って言ってたのに」
「あれは決まり文句みたいなものだよ。僕が悪いんじゃない」
「でもやっぱりうそつきだわ」
 そうだよ。僕はうそつきだ。君が思っている以上に、極悪人だよ。だからもう、出て行ってくれないか。
 でもそんなことを、言えるはずもなかった。
 僕は、彼女を必要としている。
「あなたが夢を見せてくれたのよ」
 ぽつりと彼女が呟いた。その言葉は僕に向けられたはずなのに、彼女は自分と会話しているように見えた。
「うそばっかりだったわ。でも、とても綺麗だった。楽しかった。つらいこと、忘れられたわ」
 彼女の目に、涙が光っていた。どうして泣くんだ? 
 今この体が動けば、ハトでもなんでも出して、笑わせてあげるのに。点滴に繋がれたこの体は、もう立ち上がる事すらできない。
「今までありがとう」
 会話をやめないでくれないか。何もかも全て、終ってしまう気がするから。
「わたしのこと、愛してる?」
 溢れた涙がついこぼれた。
 ああ君、そんな顔をしてはいけない。こんな顔をさせてはいけない。お願いだ、笑ってくれ。僕は君の笑顔を必要としている。だから何度でも、嘘をついたんだ。本当だ。
「ねぇ、答えて」
 僕はいつも嘘をつく。彼女の笑顔が見たいから。
 彼女はそれを知っている。いつも知っている。
 変わらぬ嘘で、変わらぬ愛を誓おう。君の笑顔が見たいから。
「愛してる」
 彼女が笑って、それからまた泣いてしまう前に、僕は目を閉じた。
2005/10/11(Tue)00:29:12 公開 /
■この作品の著作権は早さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初めまして。意気込まずにさらっと読める話を目指しました。
 個人的な目標は、『僕』の死をできるだけ間接的に、でもわかりやすくすること、最後のセリフが嘘か本当か読者が自分なりの判断を下せること、あとなんとなく物悲しい雰囲気を出す事です。
 短い話で書きづらいかもしれませんが、感想などよろしくお願いします。ではこの辺で失礼します。
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