- 『青のブレイカー』 作者:紳夜 / ファンタジー 未分類
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全角54281.5文字
容量108563 bytes
原稿用紙約152.85枚
高校生の上重真人は、一世一代の恋をした。しかし、彼女とは一年以上音信不通に・・・。そして一年後の夏、真人の家の近くで奇妙な殺人事件が起きる。巨人や大蛇の出現。その裏には、壮絶な戦いが繰り広げられていた。
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プロローグ
なぜこうなってしまったのだろう。
溢れ出る異界の闇の狭間で、彼はずっと探し求めていた存在を腕の中に抱いていた。彼の指と指との間から血が零れ落ち、地面を赤く染めていく。だんだん冷たくなっていく少女を抱きしめる。無力な自分の弱さと彼女を失う悲しみが心の中で、ぐるぐると渦を巻いていた。彼は弱っていく少女の唇に自分の唇を重ねる。少女もそれに答えるように彼を求める。そしてどちらともなく唇を離すと、少女は今までずっと伝えたかった言葉を彼の耳元で抱きしめられながら告げた。
―-――愛してる――――
少女は男に体を預けるようにして崩れ落ちる。男は少女に必死で語りかける。しかし少女は笑顔を浮かべると彼の手の中で目を閉じた。その表情は、とても美しかった。彼の頬に涙がつたう。その時背後に気配を感じる。それこそが自分の憎むべき怨敵(おんてき)。悲しみで溢れた心の中にひとつの激情が生まれる。
男の周りに光が集まったかと思うと、それはひとつの影を形成する。男は少女をあずけ、頬に触れ、優しくキスをする。もう彼女は答えてはくれないとわかっていても、男は言った。
――――愛している-―――
とても愛しむような声だった。
影は渦を巻いて、忽然と姿を消した。そこにはもう少女はいなかった。
男は振り返る。
その先には、黒くもおぞましい光を放つ剣をもった闇がたっていた。その顔には光る目と無気味な笑みを浮かべている。
男は地面に深々と突き刺さった巨大な剣を、常人ではありえない力で引き抜く。その切っ先を闇に向ける。
この時、男は心に誓った。この存在をけっして許してはいけない。たとえこの身が砕けようとも、腕が千切れようとも、足をもがれようとも、首をはねられようとも、あれを完全に消すまでは、けしって息絶えずにいようと。
怒りと決意を胸に、彼は走り出す。
楽しかった日々を奪った闇を殺っても、もうあの頃には戻れない。そんなこと、最初からわかっていた。ただ何もできない無力な自分が悔しかった。情けなかった。
みんな消えていくのに自分は・・・・・!
剣は空気を切断しながら相手へと迫る。
相手の剣も、男を切り裂こうと地面を抉りながら振り上げる。
鋼と鋼がぶつかり合う瞬間、大きな衝撃が響き渡る。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 」
「…………」
唐突に頭に浮かんできた記憶のかけら。
男は知らないうちにそれを辿っていた。
あの平凡で楽しかった日々を、夕暮れを一緒に見た仲間たちのことを、彼女のことを・・・。
「この世界にはまだ知らない未知の空間がたくさんあるのよ」 彼女は笑った。自分はこんなにも胸が裂けそうなほど痛いのに、どうして彼女は笑っていられるのだろうと不思議に思った。 彼女は自分の事をなんとも思ってないから、好きじゃないから別れが辛くないのかもしれない、そんな事をいうと、彼女は首筋に手をかけ、背伸びをして、目を閉じ、二人の距離をゼロにした。唇を重ねていた時間は、とっても長かったように感じた。 空の色は青からオレンジへと変わり始めていた。 「大丈夫。きっとまた会えるから・・・この場所で会えるから。」 そう言うと彼女は突然走り出した。もちろんあとを追いかけたが、いくら走っても、いくら探しても、彼女は見つからなかった。 まるで沈んだ太陽のように、見えないどこかへ消えてしまったようだ。 それから彼女の言葉を信じて、彼は待った。 毎日のようにそこで待っていた。 そして今日もまたあのオレンジに染まっていく空を見上げながら待っている。 彼女がもどってくる事を祈って・・・。 彼女との別れの日は、中学生生活最後の夏休みに入る前少し前の、梅雨が明け、真っ赤な太陽が照りつける7月の半ばの事だった。
第一話
それから、二学期、冬休み、三学期と受験、合格、卒業式、入学式。 彼は高校生になった。 高校の場所は、自分の家からは少し離れていたが、「あの場所」に近かった事が決め手となった。 彼はいまだに、待ち続けている。 最初の頃は、何もせずただボーっとしているだけだったが、最近ではベンチに座って読書や、彼女が「非人工的学習机」と名づけた、真っ平らな岩の上でノートと参考書を広げ勉強に耽った。 彼は毎日通い続けた。まさに雨の日も風の日もというやつだ。 しかし彼女は、一度も姿を見せなかった。そして、もうすぐ一年が経とうという頃だった。彼の日課に突然の変化が訪れた。彼はいつも通り、ベンチに座って本を読む。題名は「千と宗男の金隠し」といって、とある世界に迷い込んだ少女とその世界の代議士の男が、悪事で集めた金を必死に隠そうとするファンタジーサスペンスである。かなりの売れ行きで、近々映画化もされるそうである。 彼は楽しそうに読み始める。 すると、その隣に一人の少女が座った。少女は、彼のことをちらちらと見ては、話し掛けようとするが、直ぐにうつむいてしまう。それを4,5回繰り返したところで、一段落ついて本を閉じた彼が気付いた。 「君は・・・」 それは、一週間前の事だった。 体育倉庫にマットを取りに行ったとき、裏でこの少女がいかにも不良オーラ出まくりの上級生ともめていた。今にも上級生が殴りかかりそうな勢いで、最初は見過ごそうとしたが、彼女が「争いは止めるべきだと聞いた」いっていたの思い出し、とっさに上級生を止めたが、もちろんただで済むはずもなく、顔を殴られ、腹を蹴られ、頭を踏まれ、文字通りボロボロになった。 すると少女が大きな声で叫んだ。上級生は怯んだのか、なにか捨て台詞を吐きながら言ってしまった。 彼女に壁に寄りかからせられる。 「ばっかじゃないの? ほっとけばこんなにならずに済んだのに・・・」 その問いに自分は何て答えたのか覚えていない。 そこで意識は、途切れたのだった。 その瞬間、何かとても懐かしい何かを感じた気がした。 気がつくと彼は病院のベットで寝ていた。医者に聞くと、病院の入り口に倒れていたそうだ。一応検査のため一晩入院する事になったため、翌々日学年主任の説教を昼休みまるまる聴くはめになった。 いったい誰が運んでくれたのか、そんな事を考えていたら、一週間が過ぎてしまった。 そしてあの時の少女に声をかける。 「こないだは、あのあと大丈夫だった? 」 「あっ・・・うん。それよりまだお礼してなかったから」 そう言うと、はにかみながら、言った。 「ありがとう」 彼は笑顔で答えた。 「どういたしまして。それでこないだの上級生とはどうなったの? 」 「退学したわ」 彼の顔に驚愕の色が浮かぶ。 「生徒指導部に処分されたとか? 」 「いいえ。自主退学らしいわよ。たぶん罪悪感がたまって耐えられなくなったのよ」 「えっ? そうかなぁ。そんな風には見えなかったけど」 「まぁ、ちょっとイタズラしたけど・・・」 「えっ何? 」 「ううんなんでもない」彼女は首を思いっきり振る。 「それより、あなたのこと教えてよ。私も自己紹介するからさぁ。」 彼はその申し出を快く受け入れる。 「いいよ。ぼくは真人、上重真人(カミシゲ マサト)。16歳。趣味は読書で特技は・・・うーん、人を待つ事・・・かな。一年B組で帰宅部、よろしく。」 この日を境に、この少年、真人の日常に変化が起きはじめる。 それは、運命的な出会いであり、永遠の別れであったり、喜びでもあり、悲しみでもある。 彼にとってこの出来事が、一生を左右する事となるだろう。 そしてその夏がもうすぐ始まる。 真っ赤な水溜りの中に立っている自分。 周りには動かなくなった人たちが横たわっている。自分はそれを気にせず進む。 そして、あるひとつの真っ白な大きな扉に辿り着く。 真人は、自分に言いきかせる。 (だめだ・・・その扉を・・・開いちゃ・・・いけ・・・ない) しかし、自分はその扉に手をかけゆっくりとノブを回す。ガチャ。おそるおそる扉を開く。 そして中を覗き込んで彼が見たものは――――。 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」 真人は目覚める。体を起こし周りを見渡し、夢だったことを確認する。部屋の外からは、暖かな日の光が差し込み、遠くから鳥の囀りが聞こえる。 するとベットの隣の小さなテーブルの上で、携帯が軽快な音楽を奏でる。それを手にして、ボタンをいぢりメール画面を表示すると着信メールが一件。 文面を表示する。 題名:おはよー! 本文:寝ぼすけな真人は起きてますか? 今日は朝練がないから、一緒に行かない? ほら、最近学校の近くで妙な事件があって物騒だから、真人、どっか危なっかしいから襲われないように、私が着いててあげるわよ 真人は少しイタズラっぽく笑う。 「怖いなら怖いって言えばいいのに、素直じゃないなぁ」 彼女は怖いから真人を誘ったのではなかったが、そんな事には疎い真人はまったく気付かなかった。 題名:いいよ 本文:一緒にいこう。駅前で待ってて っと返信して、支度をする。朝食は作っている時間がないのでたいていコンビニのパン類になる。 昼も同じだ。 しかし、夕食だけは今まで手を抜いたことがなかった。今日はどんなおかずにしようか、それも彼の楽しみの一つだった。 制服に着替え、玄関に向かう。 ドアを半分ほど開けたところで、振り返る。 視線の先には、優しそうな笑みを浮かべた女性と朗らかな表情をした男性が写った写真があった。 「行ってきます。父さん、母さん」 どこか寂しさを秘めた笑顔を浮かべて言うと、彼は家を出た。 駅まで十分ほど歩く。道には登校中の小学生が戦隊ごっこをしている。それを見ながら、
「確か今は機構戦隊ジャスカリオンだっけ」
と呟く。別に真人が詳しい訳ではなく、隣の席の宮内 清明が戦隊マニアなのである。そのおかげで、真人は宮内に耳に蛸が出来るほど聞かされ、今から十個前までの戦隊名を順番に言えるようにまでなってしまった。電車に乗って十数駅、四十分程で駅に着く。下りなので、座れないという事はまず無い。読書好きな真人にとって、ゆっくりと読める快適な通勤時間という所だろう。駅に着き、出口に向かうと、改札の向こうに元気に手を振る少女が見えた。 真人も手を振り返す。 こんな感じで彼の一日は始まる。これが真人の日常である。
「また一人やられたらしいわよ」 朝まだ人通りのまばらな通学路を歩きながら、肩に背負ったスポーツバックを直しながら彼女は言った。 「へえ、そうなんだ。・・・バック持つよ」 そういうと、すっとスポーツバックを肩から外し、真人の肩からかけた。 「あっ、ありがとう。・・・そ、それで、やられたのは虎轍《コテツ》のメンバーだって。警察はブラッカーズの下っ端が復讐したんじゃないかって言ってるってニュースでやってたよ」 彼女は、お礼を言いながら顔を赤くして笑った。それを紛らわすように、話した。 この近くには、二つの不良グループがある。ひとつは、昔からここ近辺では、有名なグループの虎轍。 虎轍は、不良グループなのだが地域の人々に親しまれている。その訳は、彼らの実績にある。十年前、彼らの当時のリーダー、虎山轍冶が結成した虎轍は、喧嘩、夜遊び、タバコに酒とそのメンバー全員が未成年者だというのにやりたい放題だったが、なぜか万引き、器物破損などはしなかった。したとしても、リ−ダ−自ら出向き、メンバー全員で土下座という少し変わった不良グループだった。 しかしそのレッテルが、大きく変わる出来事がおこった。そのときこの近所で、連続通り魔事件がおきた。少女が夜道を歩いていると、いきなり後ろから固いもので頭を殴られるというものだった。犯行は、七件にもおよび警察もしどろもどろになっていた時、驚きの通報が入った。 虎轍のメンバーが犯人を捕まえたというのだ。 取り調べるとあっさり自白。 虎轍のメンバーは新聞の一面を飾り、警察から表彰を受けた。それからというもの、彼らは立て続けにひったくりや泥棒、放火魔などを捕まえた。虎轍は不良グループから自警団のようなものになっていった。 それから数年たったある日、ブラッカーズというチームが名をあげた。話ではカツアゲ、親父狩り、麻薬に売春まがいな事もしていたらしい。 ある日、ひょんな事からこの二つのチームの間で抗争が起き、約300人が検挙されるという事件が起きた。 それ以来、ずっといがみ合いが続いている。 そして最近になって、ブラッカーズのメンバーが殺されるという事件が起きた。 明け方に近くの公園の入り口で、あたまから血を流して倒れているところを、近くを犬の散歩をしていた少年が発見した。 警察は、虎轍のメンバーを重点的に調べたがこれといった証拠も出ず、虎轍はリストから外された。 「それでね、発見されたのがこないだとまったく同じ場所なんだって」 彼女のショートヘアーが風でなびいた。 「ふーん。そうなんだ」 真人は適当な相づちをする。
ドカッ!! 彼女に思いっきり脛を蹴られうずくまる。 「イッタ―――――――――、なんで・・・蹴る・・・のさ」 「真人がちゃんと私の話し聞かないからでしょう? 」 少女は、苦しむ真人をからかう様に、足で二、三回小突く。 キーンコーンカーンコーン・・・。 遠くのほうで、チャイムが鳴った。 「あっ、いけない! 遅刻遅刻!! 」 少女は無情にも、うずくまる真人を置いて走り出した。 「ちょっとまって! 酷いよ置いていくなんて、それにこの荷物はどうするのさ! ・・・ クッ!?・・・イッ・・・タ・・・」 立ち上がろうとした足を鈍く地味な痛みが襲う。 「自業自得よ。これからはちゃんと私の話を聞くこと、あとバッグはちゃんと届けに来てね〜。それじゃあお先」 そう言うと、ニッコリ笑い勢いよく走り出す。そして、あっという間に見えなくなってしまった。 「はぁ、まったくもう・・・フフッ」 真人は、道路の先を見て楽しそうに笑った。 彼女は、朱鷺岡 春香(トキオカハルカ)といい、真人が不良から助けた少女である。髪はショートで前髪をピンで止めている。一般から見た印象は大人しそうに見えるが、ある程度仲良くなると、明るくて笑顔の絶えない元気な姿を見せてくれる。顔立ちも整っていて、キリッとした目が特徴だ。一時期、男子の間で、すごくかわいい子がいる、っと話題になったことがあった。しかし最初に驚いたのが、真人の母親と名前が同じというかとだった。漢字は違ったが。 あれ以来、彼女のほうから話し掛けてくれるようになった。 真人は彼女の明るくさっぱりとした所が好きだった。困ったことがあった時、親身になって相談に乗ってくれた。いつのまにか、彼女の隣にいるのが当たり前になっていた。春香は真人にとって大切な<友達>だった。 今までもそしてこれからも・・・。 「にしても、春香は僕のことからかって遊んでるのが楽しいだけなんじゃないのかなー?」 しかし今までを振り返ってみると、春香にはいろんな目に合わされた。 昼ごはんのコンビニのヒレカツサンドを取られ、春香が作った弁当を食べさせられた。その味があまりにも強烈で意識が飛び、気がつくと保健室のベットの中だった。気分がよくなり、保健室を出ると廊下で春香が待っていた。彼女は申し訳なさそうにはにかむと 「明日は・・・もっと刺激の少ないのにするから・・・」といって笑った。 それから約一週間連続で保健室に運ばれた。 あと、学校帰りに不良のグループに絡まれた事があった。 「おら。女連れて調子こいてんじゃねぇぞコラッ! 」 「なんか危ないよ? ねぇどーしよう? 」 「まったく、真人は男の子でしょ! あんな奴らボコボコにしちゃいなさい! 」 といきなり背中を蹴られ、不良達に突っ込んだ。その時運良く、一人の顎にグーパンチがあたり、KOした。しかし一人やったくらいじゃ相手は引いてくれず、一方的な暴力が体を襲った。痛みが強すぎて、意識を失う。真人はとても優しい心地よさで、目覚めた。目を開けると、春香の顔があった。 春香は真人を膝枕をして、髪を撫でている。 「まったくだらしないんだから・・・」 そう言うと、真人のおでこに控えめにキスをした。 春香は顔を赤くして、ずっと黙っていたので真人は、彼女なりの感謝なのだろうと受け止めた。 不思議だったのが、その時の不良たちと街で会うと、何かに怯えるように逃げていくのだ。 それを春香に聞いても、 「ひ・み・つ! 」 の一点張りで教えて貰えなかった。 「ほんとに僕、春香のおもちゃみたいだよ・・・はぁ」 そんな事ないよ・・・大好きだよ・・・ 「えっ!? 」 一瞬春香の声が聞こえた気がした。 「・・・まさか・・・空耳かなぁ? 」 回りを見渡すが路地には、真人一人しかいない。 「うーん最近眠れないせいかな? ・・・しまった!? 学校!! 」 真人は、勢いよく立ち上がったが、足の痛みに屈し膝を折る。 しかし、 「うおぉぉぉぉぉぉ」 と叫びながら立ち上がり、片足を引きずるようにして、学校を目指した。 その様子を、電柱の上から嬉しそうに見ている人影があった。 「まったく・・・フフッ」 人影は楽しそうに笑った。 三時間前、プログム慰霊公園。この時間に普段はあまり人気が無い公園は、忙しなく動く赤い光と、遠くから近づいてくる甲高いサイレンの音で、異様な状況だった。 立ち入り禁止のテープの前は、騒ぎを聞きつけた野次馬で溢れている。そこに黒い覆面パトカーが停まる。中から三十代後半の男が降りてきた。格好はスーツだが、上着の前は開き、ネクタイはゆるみ、ワイシャツはズボンからはみ出していて、口からタバコを咥えている。 驚いた事に、この男は立ち入り禁止のテープの前の警官に警察手帳を見せた。同業者と思わ無かった警官はやや遅れ気味に敬礼をすると、男はテープをくぐり中に進んでいった。 「ういっす。仏(ほとけ)さんの様子はどうだ? 」 「おお、仙(せん)さん。こないだと同じだよ。ほら」 鑑識の男は死体の上のビニールをめくる。死体には上半身が無かった。 「こりゃひでーや。・・・やっぱりまた・・・」 「ああ。ここを見てくれ」 男は上半身が付いていたであろう部分を指差す。 「この切り口は、刃物で切ったんじゃないな。引きちぎられたんだよ、強い力でな」 「引きちぎるって、おいおいそんなことできるわけ・・・」 「できるわけない・・・。あと可笑しな事は、中身がねえんだ。ギリギリ小腸、大腸が残っててもおかしくはねえんだが、すっぽりくり貫かれちまってる」 「こないだと同じか。やっぱりまた上はこの事を隠蔽するのか」 「ああ、真実は隠す。それが上のやり方だからな」 仙さんといわれた男は、死体に向けて、手を合わせ拝むとゆっくりとビニールをかけた。 「身元は? 」 「十七歳になったばかりの高校生だそうだ。」 「なに!? まだガキじゃねえか! 」 「ああ。まだ将来があっただろうになぁ」 「・・・くそっ・・・」 仙さんは、死体を離れ車へと向かう。 「仙さん、現場ほっぽり出してどこいくんだよ! 」 「うるせー! どーせ一本部のやつ等が全部持ってちまうんだから俺が居ようと居まいと意味ね―だろが。本部のが着たら適当に言っといてくれや」 すぐさまサイレンを外し、パトカーから乗用車に戻すと、犯行現場にたかる野次馬の群れを背に走り去っていった。その野次馬の中に、死体のある場所を見て無気味に笑う人影が居た。 「・・・まだだ・・・まだ足りない・・・」 そう言うと、人ごみを離れ、まだ昇り始めたばかりの太陽に向かって歩いていった。 「ふー間に合った〜」 真人は教室に駆け込むと、滑るように席に着いた。
「なぁ、昨日のジャスカリオン見たか? 」
「見るわけないだろ、子供じゃあるまいし」
また始まった、そう真人は思う。面白そうな表情を浮かべて、話し掛けてきたのは中学時代からの友人の宮内清明(ミヤウチ セイメイ)だ。
「おいおい、戦隊物を舐めちゃ困るなぁ。最近は戦闘より演技、イケメン重視。その為シナリオも月9ドラマさながらだぜ? 」
「はいはい、それはよかったね・・・はぁ、宮内と話すと疲れが十倍に膨れてさらにオマケが付いて来そうになるよ」 「なんだよ、ヒデー言い様だな、どうせ今日もまた朱鷺岡とイチャイチャしてたんだろ? 」 「イチャイチャじゃないよ。話を聞き零しただけで脛蹴られるし、バックは運ばされるしでもう大変だったよ」 机に鞄を置きその上に、ぐったりと体を預ける。
「あのなぁ、普通この歳で男と女が一日ほとんどの行動を共にするって言うのは、一般から見て付き合ってる様にしか見えねーの」
「はいはい。その台詞はお前の戦隊物とセットで耳に蛸が出来るほど聞かされたよ」
真人は宮内の方に向き直り、少し表情を曇らせた。 「しかも、ここの所夢のせいで目覚めが最悪だよ」 宮内からにやけた顔が消え、真剣な表情がうつる。 「また、事故の夢か? これで今月八回連続で同じ夢見た事になるぜ? 」 「うん。しかもどんどん鮮明になってきているような気がするんだ。もしかしたらあの日の事を思い出せるかもしれないんだ」 真人の目には、嬉しさと恐ろしさが映し出されていた。宮内はその様子を、心配してなのか、しかし周りからは眉をひそめ何処か困ったような顔をした。 「なあ。そんなに昔の事が知りたいわけ? 何でそこまでこだわるのさぁ。もう済んだ事なんだから知ったってどうなる事でも無いじゃん」 突然真人が机をたたき、すごい勢いで立ち上がり宮内の裾を掴む。 「父さん達がなぜ死んだのかわかるかもしれないんだ!! それがどうでもいい訳が無いじゃないか! 」 突然の声に周りの生徒は、驚き真人を見る。担任も、入り口の戸を半分ほど開いた所であっけにとられ、中に入らずにいる。 「・・・すまん・・・ちょっと言い過ぎた・・・悪い」 と宮内が謝る。真人もふと我に帰り謝る 「い、いや僕も怒鳴って悪かった」 真人は席に着くと周りは何事もなかったように動き始める。真人はこの周りの反応が気に食わなかった。クラスで唯一友達と呼べる宮内でさえ、そう思う事があった。 その原因は、真人が五歳の頃にさかのぼる。真人の父と母は事故で死んでいる。二人はとある会社の研究員だった。事故とはその二人の職場の研究所が吹き飛んだのだ。真人はその事故の唯一の生き残りだった。警察は真人に事故の詳細を聞きだそうとしたが、事故のショックで記憶喪失になっていると医者が診断したため、断念せざる終えなくなった。その後、事故の原因は研究所の地下のガス漏れによる爆発と言う事で処理された。その後真人は、祖父母の家に引き取られた。祖父母は、とても優しく真人を育ててくれた。しかし、その事でいじめを受けた事もあった。その影響で一時期かなり荒れていた事もあったが、何とか更生して、受験勉強も軌道に乗り始めたとき、真人は一人暮らしをしなくてはいけなくなった。発端は、真人の父の兄、つまり叔父夫婦が、祖父母と同居する事になったからだ。実はこの叔父は金に目がなく、真人の両親が溜めていてくれた財産を狙っている。それを知っていた祖父は、真人を知り合いのマンションに預ける事にしたのだ。食事は最初のうちはレトルトや冷凍食品、たまに自分で作るが、おいしいと言う言葉が無縁の品々ばかりだった。最近は料理の腕は大分マシになり、夕食だけは毎日ちゃんと作っている。そして時々、昔の記憶を思い出す事がある。記憶といっても断片的なもので、それがいったい何時のものなのかははっきりとわからない。その時真人はかならず頭痛に襲われる。酷いときは気を失い倒れてしまう事もある。思い出す事はいつも同じ、母の笑顔、真っ赤な壁、笑う男の声、死体の山、そして・・・・・・。 「・・・と、・・・さと、真人! 」 突然の声で真人は現実に引き戻された。 「えっ・・・どうしたの? 」 「どうしたじゃないわよ。いきなり真人が頭抱えて震え出すんだもん。びっくりしたわよ」 春香は目に今にも溢れそうに涙をためていた。真人は焦る。 「だっ・・・だっ大丈夫だよ。ほら、みて、全然元気でしょ? 」 真人は腕をブンブンと回してみせる。 「ほんとにどこも何ともない? 私に遠慮して我慢してない? 」 彼女は心配そうに聞く。 「うん、大丈夫だからそんな顔しないで、ねっ笑顔笑顔! 」 真人は生まれてきてからこれまでで最高の笑顔を作ろうとした。しかしそこに浮かんだのは、頬を引きつらせた不気味な笑いだった。しばしの沈黙が流れる。それを破ったのは、以外にも春香の笑い声だった。 「ンフフフフ、ハハハハハッ。それで笑ってるつもり!? あっダメ、おなか痛い、ハハハッ! 」 春香はお腹を抱えて笑っている。 「そんなに変!? 今まででにないほどの出来だと思ったんだけど」 「全然! あれならまだ選挙議員の下心見え見えの作り笑顔の方がよっぽどマシってぐらい」 「ひどいよ〜、せっかく励ましたのにさぁ」 真人は膨れた。その様子を見て、春香はクスッと笑う。 「なに言ってるのよ。もとはといえば真人がいきなり意味不明なことするからでしょう? あー心配して損した。もう、こうしてやる! 」 春香は腕で、真人の首を絞めた。その時真人の頭の後ろに柔らかいものがあったってドキッとした。すると何か閃いたように春香は嬉しそうに笑う。 「よーし、心配掛けた罰として今日は私の買い物に付き合うこと、うん決定! 」 「えー。今日は開店したばっかりの駅前の本屋に行こうと思ったのに・・・っイダイ!イダイです!! 」 春香は首を絞める力を増した。 「へー、心配掛けさせといてそんなこと言うんだ。真人って案外冷たいのね」 「ちょっと待ってよ、僕にも予定って物が・・・イダッ!? イタタタッ!! わかったわかったよ。行きます! 付いて行きますから! 」 そう言うと春香はパッと手を離した。その手で真人の手をぎゅっと握る。息を整えながら不思議そうに春香を見ると、むくれた頬が少し赤く染まっていた。 「勘違いしないでよ? 真人が逃げないように、捕まえてるだけなんだからね・・・さっ、せっかくのいい天気なんだから、明日からまた雨だっていうし、今日は日が暮れるまでずっと一緒にいてもらうんだからね! 」 そう言うと、さらに頬を真っ赤にしてうつむいた。 「でも夕暮れまで二時間ちょっとしかないよ? 」 「そういう事じゃなくて、それだけの時間二人で・・・ああもう行くよ! 」 何か言いたそうに振り返ったが、何か思ったのか言葉を止め、急ぎ足で真人の手を引いた。 真人は今までの行動を見て、自分に対して怒りを感じているのだと思った。 「ねえ、そんなに引っ張らなくても・・・おこってる? 」 「怒ってない! 」
即答。 「やっぱり怒ってる」
真人が顔を覗き込む。 「怒ってないってば」
春香は顔を隠すように、そっぽを向いた。その顔には収まったばかりなのにまた少し赤みがさしていた。 真人は困った。今まで親の事で距離をとられる事はよくある事で、近づいてきたとしてもデリカシーとかマナーなんて言葉の欠片も知らないような奴ばっかりだった。そんな中で春香は違った。自分のことを話しても離れようとしなかった。さらには、その事を真剣に相談に乗ってくれた。そのため真人にとって春香は特別だった。その春香にまで冷たくされたらと思ったら、自分が壊れそうでとても不安になった。真人はどうにか機嫌を直してもらおうと考えた。そこである一つの事が思いついた。 「今度の週末どっかに遊びに行かない? 」 「えっ? 」
春香は唐突な誘いに目を丸くしていた。 「ああっ、ごめんそっちの予定も聞かないで勝手に言って、ダメならダメで」 「ダメじゃないダメじゃない!! 行ける! 行ける!! というか週末は暇で暇でどうしようか困ってたから・・・」 春香は慌てて手を横に振りながら、早口で答える。 「そう?よかった、じゃあ決まり。どこ行きたい? 」 断られたらどうしようかと思っていたが、案外簡単にOKをもらって真人はホッとしていた。 「そうねえ・・・映画でも見に行かない? 私見たいのあったんだ」 「うん、じゃあ隣町の映画館だね。待ち合わせは駅前でいい? 」 「いいわよ、時間は・・・そうねぇ、じゃあ八時に北口の改札前集合ね。遅刻したら首絞めるぐらいじゃ済まさないからね」 春香は嬉しそうな笑みを浮かべた。真人はこの笑顔が好きだった。どこか心の奥で忘れていた何かがそこにあるような気がした。それが何なのかは解らないままだったが、とても安らげるものである事は間違いなかった。出会ってわずかな時間だが、春香は真人にとって心を許せる(親友)となった。真人はこの関係がずっと続いてほしいと思った。そして今日も二人は歩いていく。西には真っ黒な雲に覆われた空が拡がっていた。
『いい・・・天気だ・・・』 雲ひとつ無い青い空に不釣合いな、ボロボロな黒い布がポツンと浮かんでいる。とっても不思議な絵である。声はソレから発せられている。その声は、二つの声が重なったような、フィルターにかかってこもったような声だった。 その時突然後ろからなにか硬いものが弾けたような大きな音がした。後ろから黄緑色の閃光がボロボロの布に向かって急速に接近してきた。布が振り返る。その瞬間、球体が直撃、爆発、辺りに煙が拡がる。すると突然なにもない空間が揺らめいたかと思うと、そこに人影が浮かび上がる。影は嘲るかのように笑う。 「へんっ、油断してんじゃねーよ黒騎士!! 」 影は少年の声をあげる。少年の歳は11、12くらいで格好は黒の短パンに緑のTシャツ、頭にはつば付きの帽子を被っている。不思議な事に宙に浮いている。しかしその笑いは、突然の悪寒に掻き消される。 「!? 」 煙の中で青い光が爆ぜた。中からソレは円を描きながら少年に飛来した。 「くっ! 」 少年はとっさに上へ飛び、避ける。ソレを放った者が言った。 『ぬるいな・・・その程度で俺を落せると思うな・・・』 少年が煙に視線を戻し構える。しかし、攻撃の気配は見えない。好機と見てか少年が攻撃の構えに入った時だった。 『・・・甘い・・・』 臨戦態勢の少年への攻撃は思わぬ方向からやってきた。 「ぐはっ・・・!? 」 その衝撃は後ろから少年を襲った。先程放たれた攻撃がブーメランのように舞い戻ってきたのだ。 少年を切りつけ、ソレは煙の中へ戻っていく。すると、ギュイ――ンという金属音がする。 『換気システム起動・・・排除・・・開始・・・』 突然煙はすごい速さで薄れていく。中から声の主は姿を現した。それはボロボロになった布の穴から太陽を反射して光る鎧のようなものが覗いている。 少年の背中からは大量の出血をしている。もし下を誰かが歩いていたら、血の雨が実在すると思い込むであろう事必至の量だ。 「ちっ・・・ほん・・・たいは・・・無傷・・・かよ・・・」 少年は苦しそうに左脇を両手で押さえながら、それでも尚、黒騎士と呼ばれたモノへの戦意を失ってはいない。 『また貴様か、深緑(しんりょく)。悪い事は言わない・・・さっさと去れ』 「黙れよ・・・お情けなんかいらねー・・・てめーは俺が倒すんだ・・・絶対に・・・」 深緑に引き下がる様子はない。それを見て、黒騎士は布の中から青白い光を放つ剣を取り出す。 『子供とは余り戦いたくはないのだが』 「う・・うるせー、子供扱いすんじゃね―よ! 死ね!! 」 深緑は両手から、緑色の光球を黒騎士に向かって放つ。左右から迫る攻撃に、黒騎士に焦りは見えない。すぐそこまで光球が迫った時、剣を構えた。 『覇(は)――――――!! 』 剣には今までにはなかった黒い色が青い色と交じり始める。剣を一振り、右の光球は真っ二つになると、それは光を失いゴミのような小さなカスになる。よく見るとそれは植物の種である。さらに黒騎士は体を素早く半回転。その遠心力を剣に乗せ、左から迫る攻撃を切った、かに思えたが、それは斬撃より打撃に近く、斬るより弾いたの方が正解だろう。そして弾かれた光球は深緑に向かって飛ぶ。
「なに!? 」 少年はとっさにもう一つ光球を放ち、ぶつかり相殺した。辺りに煙が渦巻く。その煙の中から突然黒騎士が顔を出す。 「しまっ――――」 その時にはすでに遅かった。強烈な一太刀を体に浴び、目の前に赤い水が吹き出た。余りに速過ぎて、深緑は自分の血だと気付くのに時間がかかった。そう、斬られた。体から力が抜けていく。少年はそこで意識を失い、落ちていった。 『下らん事で力と時間を消費した・・・今日は帰るか・・・』 布の周りに黒い粒が現れ突然高速で周りを回転する。完全に布が見なくなると音もなく粒は消えた。そこには、もう何も無かった。ただ、青い空が広がっているだけ。その一部始終を見ていたカラスが、虚しく鳴いた。この事を誰かに知らせるように・・。
「わーこれ可愛い!! 」
春香はショウケースの中のアクセサリを見ながら言った。 あれから、二人は駅前の商店街に来ていた。約束の通り、春香の買い物に付き合い、ファッションショップ、CDショップ、レンタルビデオ店、真人のたっての願いで本屋にも行った。 そして、だいぶ日が傾いてきたとき、春香がアクセサリーショップを見たいと言ったので今ここにいるという事だ。 「これ綺麗だねー」 「うん、綺麗だねー」 はっきりいって真人にアクセサリに興味はなかった。ただ、春香がよく笑うので、真人も心が落ち着いた。今日はついてきて本当によかったと思った。 その時突然春香の動きが止まる。視線の先を見ると、ひとつの指輪があった。ガラスの青い羽の真ん中に赤い石がはまっている。彼女のこんな姿初めてだった。なのでそれをプレゼントしようと思った。 「春香、それプレゼントしてあげようか? 」 春香は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに困った顔をになった。 「いいよ、ただ綺麗だなぁって思っただけだからさ」 「いや、今のは絶対ほしいって顔だった。それとも僕からプレゼントされるのが嫌? 」 と少し困ったような顔をした。こうすると彼女は必ず、全然!と言って真人の言うことを聞いてくれるからである。そして案の定、彼女は首を横に振った。 「全然! むしろ嬉しいぐらいで! あの、その」 「じゃあ決まり! すいませーん、これください! 」 会計が済むと、春香の指にはめた。左の薬指にはめるのは、少々気が引けたので人差し指にした。春香はその手を胸に当て、顔をほころばせながらじっと見ていた。店を出て、彼女を交差点まで見送ることにした。 「いっぱい買い物したね」 「・・・うん・・・」 「僕も、いい買い物できたから今日は付いて来て良かったよ」 「・・・うん・・・」 春香は店を出てから、無口になってしまった。いつも元気な春香がここまで静かだと明日は雪を通り越して血の雨が降るのではないかと思いたくなる。こうなったのはアクセサリーショップを出た後になったのだから当然原因は真人のプレゼントにあるのは明かだった。現に春香は指輪を大事そうに、両手でしっかり押さえている。プレゼントが彼女にどんな影響をもたらしたか、真人にはわからない。ただ自分のせいでそうなってしまったのなら、っと思うと胸が痛んだ。 「真人」 そのとき突然春香が口を開いた。 「なっなに? 」 何を彼女が言おうとしているのか、次ぎの言葉が真人は気になってしょうがなかった。 「目つぶって、こっち向いてしゃがめ・・・」 この時真人は悟った。彼女は結果的にプレゼントが気に入らなかったのだ。そのため自分を殴るのだと。まあ殴られて許してもらえるならそれでいいと思った。だから真人は嫌な顔一つせずに越を屈めた。左の肩を押さえられる。真人は歯をかみ締めた。しかし次ぎの瞬間、頬に触れたのは、堅く冷たい拳(こぶし)ではなく、柔らかく温かい物だった。 「・・・えっ・・・!? 」 目を開くと自分の頬に唇をつけている春香の顔があった。パッと唇を離すと、 「指輪のお礼よ・・・ありがとうね。あと・・・週末、楽しみにしてるから・・・じゃあね! 」 と言って走っていってしまった。真人はあまりに突発的な出来事に頭がついていかず、その背中を見送ることしかできなかった。その時この風景をどこかで見たような気がした。そう、この状況は1年前の別れと似ていたのだ。それを思うと、春香も消えてしまうのではないかと不安でしょうがなかった。
暗い一室、窓もなく空気は澱み、部屋中に置かれている棚の上には何かの機会の部品が無造作に置かれている。その部屋の一番奥に、古びた業務ようの古びたデスクに座りパソコンをいじっている人影がいる。それは5時間前ほどに少年と空中戦を繰り広げたあのボロキレであった。しばらくそのままピクリとも動かず、画面を見ていたが突然首を上に向けた。 『今日も来たか・・・毎日懲りず良くくる・・・さてそれでは私もいくとするか・・・約束・・・だからな』 立ちあがると金属同士を擦れ合わせたようなガシャン、ガシャンという音をさせながら進む。扉に手を掛けた時、突然びくんと動きを止める。 『この波動は・・・まさか・・・予定より速いじゃないか! くそっ、阻止しなくては・・・真人! 』 ボロキレはものすごいスピードで走っていった。部屋には静けさだけが残る。電源を切ったばかりのパソコンの上には一つの指輪があった。とても古びて所々かけている。それは、今日、真人が春香にプレゼントした指輪に似ていた。
真人は今日もこの場所を訪れていた。高い塀が囲い、広さは東京ドーム6個分。雑木林の広さはその三分の一もありもはや森と呼ぶに相応しい。その上有刺鉄線まであり、まるで砦のようである。通称:プログム慰霊公園。少し変わった名のこの場所は最初から公園であったわけではない。十年前までこの敷地は、プログム機械工業という会社の研究施設だった。当時はその名を知らないほどの大企業であったが、その絶頂期はとある一つの事故から衰えはじめた。〈プログム研究施設ガス爆発事件〉と当時の新聞の一面を飾った。そうその現場がここなのだ。
父と母は、ここの研究員だった。そしてそのせいで、母は死に、父は死体が見つからないほどの大爆発に蒔きこまれたのだった。事件の真相とは何だったのか調べた事もあったが、証言といえば、浮浪者が建物の近くで青い光を見たというホラぐらいしか乗っていなかった。
真人は入り口近くのベンチに腰を下ろす。ゆっくりと沈んでいく夕日がとても鮮やかだった。あの夕日のように、明日になったらまた朝日として現れるように彼女に出会えたら、どんなに嬉しい事だろう。ベンチの上でボーッと赤く染まっていく空を眺めていると、その異変は唐突にやってきた。
真人は体の底まで響いてくるような地響きと大きな揺れに襲われた。
「なっ何だ、地震!? 」
ビックリして立ちあがるが、揺れは嘘のようにパッと治まった。
「・・・あれ? とまっ―――ぐはっ!! 」
真人は突然地面に倒れた。
「な・・・なんだよ・・・これ・・・から・・・だが・・・クッ・・・重い・・・」
自分の体がいつもの数倍重く感じる。必死に首を上げ、周りを見ると近くのベンチは蒲焼のように真っ平らに潰れていて、慰霊碑は横倒れになり半分以上が埋まっている。草花は本のしおりにされた押し花のように地面にペったりと貼りついていた。
しかし、遠くに茂る森の木々達はまるで何事もなかったかのように、ゆったりと葉を風になびかせている。どうやら不思議な現象が起きているのは、真人の周りだけのようだ。それはまるで真人の周りだけ、地球の引力が何倍にも膨れ上がったような。その時、森の奥から鳥達が一斉に、何かから怯える様に飛び立っていった。中には運悪くこの異常現象の中に飛び込んで、地面に叩きつけられるものもいた。真人はそれを横に、鳥たちが飛び立ってきた方向から目を離さない。真人は直感した。何かがいる。とてつもなく、自分達の常識では計り知れない何かが。
すると、そこから鮮やかな青色の光が浮かび上がった。
(青い光!? 記事の証言と同じ? )
光はさらに強まった。すると真人は自分の体にさらに重圧が掛かるのを感じた。
「くはっ!! ・・・い・・・息が・・・できな・・・い」
もうそこは人間の生きてゆく環境ではなくなっていた。その中にいる真人は限界にきていた。しかし、その真人に追い討ちをかけるように、信じられない物が森の中から姿を現した。
「きょ・・・きょっ・・・巨・・・人!? 」
そこには、森の木々よりも遥かに大きな人影が悠々と立っていた。
急激な大気の乱れ、それを感じ取った者は風のようなスピードで木と木の間を擦り抜けていく。どんどん力が強まってゆくのがわかる。しかし完全では無い。すぐに衰弱が始まるだろう。その時が好機。殺るのなら素早くリスクが少ない方がいい。もうすぐ森を抜ける。そこからが勝負。なんとしてでも阻止する。約束の為に・・・。
真人のちょうど死角となる林から飛び出したのは、黒を主としたカラーのバイク・・よく見ると、地面と平行に浮いている。その上に跨るのはボロキレをまとったモノ。
『チッ! ・・・やはり予定より速い ・・・しかしまだ間に合う・・・』
影は布の中に手を伸ばす。中から出てきたのは台形の中を刳り貫いたような物体だった。
影がそれを力強く握り締めると、平らな底面の方から眩い光の柱が吹き出る。身の丈ほどの長さで止まると、それが剣である事がわかる。それを片手に構え、巨人にバイクで一気に詰め寄る。しかし突然飛来した攻撃により、特攻は中断された。
鋭い刃のような物が、何十本と一斉に襲いかかってきたのだ。
『・・・ちっ・・・はぁ!! 』
影が剣を振るう。その一閃でほとんどの針が消滅したが、残った数本がバイクを突き刺した。ガキンッ!!
バイクはバランスを崩し、林の中へ突っ込む。影はギリギリの所でバイクから飛び降り、森の中に着地して、バイクを見つけ近寄ったその時だった。
「さぁ、昼間の決着を着けようぜ!! 」
現れたのは、昼間の少年だった。
少年の周りの木の枝がまるで生きているかのように、くねくねと動いていた。どうやらそれが奴の真の能力なのだろう。
今の攻撃でどうやらバイクの駆動系に異常が出たらしい。これでは間に合わない。
「こないだは油断したけど、今度は簡単にはやられねーからな」
少年は構える。
『あれだけの傷をどうやって・・・まぁいい。邪魔だ・・・時間が無い・・・用が済んだら好きなだけ相手をする・・・だから、退け』
フンッと鼻であしらう。
「そんなんで俺から逃げるつもりかよ。俺は約束したんだ・・・だから絶ってーお前を倒すんだ。それが俺のやるべき事なんだ! 」
影に向かって突き進む。
『・・・ガキが、粋がるな・・・貴様など数分で片付けてやる』
それぞれに抱えた思いは、力となり限界を引き出す。二人は互いに約束というなの刃を思いに乗せぶつかり合った。
真人は、バックで熾烈な戦いが繰り広げている事をまったく知らないでいた。というかそんなのに気が回るほどの余裕は無かった。
目の前の巨人は、何をするでも無くただ立ち尽くしている。よく見ると、頭から角のような物が生えているように見えた。
(巨人じゃなくて・・・鬼? )
恐ろしいほどの重圧の中で、真人はソレに対する恐怖心がない事に気づいた。しかし、このままでは、息絶えるのは時間の問題だということも同じに理解していた。そのとき、突然巨大な影が消えたのだ。かと思うと、光がゆっくりと小さくなっていく。それに応じて体に掛かる重圧も少なくなっていた。起きあがれるまでになったが、体の節々に痛みが走る。
「・・・今の現象は一体なんだったんだろう? ・・・あっそれよりさっきのは!? 」
巨大な影が消えた場所を見つめる。逃げるべきが一番のよい選択なのかもしれない。でももし、あれが両親の事故に関わりがあるのだとしたら行かないわけにいかない。真人は考え、しばらくしてから、森の中に進んでいった。
それを木の上から眺める影があった。それは真人を真剣な表情で見つめていた。
「ここから始まるのね・・・全てが・・・」
そして突然人影は姿を消した。まるで最初からそこには誰もいなかったかのように・・。
夜はゆっくりと更けていく。
金属が擦れる高音、なにかが地面に叩きつけられる鈍い音、乾いた破裂音。
森の西側では、少年と影が最終局面を迎えていた。
「そろそろ、くたばったらどうだ? 」
片で息をしながら、少年は言う。周りを見ると、木々が鋭く尖ったり、捩れたり異様な形をしている。
『それはこちらの台詞だ・・・いいかげんに諦めろ・・・所詮貴様では到底私には及ばない』
「黙れ! お前だってさっきから俺に止めを刺せないじゃないか。だったらお前もそこまでって事さ。違うってんなら俺を一瞬で仕留めてみろよ!! 」
しばらくの沈黙。互いに視線を合わせたまま動かない。
「・・・へっ、図星つかれてなにもえないのか」
『本当にいいんだな・・・』
得意げに話そうとした少年を、低い声で遮った。
「はっ・・・なに言って」
『貴様を本当に殺していいんだな』
少年は悪寒を感じる。
しかし少年は、逃げ様とはしなかった。逆に心の中で勝機を確信した。
「ああ・・・さっさと殺してみろよ」
『・・・わかった・・・』
すると、ボロキレは剣をしまい、手を少年に向ける。するとその手の平に小さな黒い粒が出来たかと思うと、それはものすごいスピードで膨張していった。そしてボロキレが、その影にすっぽりと隠れるほどになったところでそれは止まった。
『さぁ・・・受けるがいい・・・深淵の闇をその目に焼き付けろ! 』
少年は右腕に力を込める。最後の逆転の一撃。その一瞬に全てを掛ける。そして声は轟いた。
『シャドウ・ザ・チェイン!! 』
黒い球体が弾けたかと思うと、それは七つの野獣の頭に変わり、少年の前方から襲い掛かる。
「・・・今だ!! 」
『何!? 』
少年は攻撃に向けて、手を掲げる。そして叫んだ。最後の切り札の名を。 「六甲(ろっこう)盾器(じゅんき)・攻勢(こうせい)逆転(ぎゃくてん)・サベージリバース!! 」 少年の右腕に緑色の盾が付いていた。それから、空間が水面のように波紋が広がる。直後、攻撃は盾に吸い寄せられるかのようにぶつかり、弾かれる。すると七つの攻撃はくるっと向きを変え、自分達の主であるボロキレへ向かっていく。 『!? 』 最後の切り札、それは敵のどんな攻撃をも跳ね返す、絶対の盾だった。 今度はボロキレが驚く番だった。 「さぁ自分の攻撃を存分に味わえ! 」 野獣達は飛来しそして吼えた。凄まじい爆風が駆け抜ける。それから少年を守るように、木々達が折り重なるようにして折れ曲がる。 勢いが収まる。少年は歩き出す。前には大きな窪みが見えていた。 「やったー! 一人で奴をやったぞ―! 」 それは嬉しそうに、飛び上がった。 しかしその様子を、空から見下ろしているモノがいた。それは紛れもなく仕留めたはずのボロキレだった。 『まぁ・・・消してしまうのは簡単だが・・・もう少し・・・生かしておいてやるか』 その時、別の波動が遠くから微かにするのを感じた。 『・・・真人・・・』 影は疾風のような速さで飛び去っていった。 奇想天外な事が次々起こり、もはや戦場と化していた砦のような公園。その入り口の反対の車道に、一台の黒い乗用車が停まった。中に乗っていたのは、二日前の明け方に、現場をほったらかしてどこかへ行ってしまった、仙と呼ばれていた警官だった。仙はハンドルに突っ伏して、深い溜め息をついた。 「ったくよー。あんだけ回って収穫なしかよ」 そう言うと、胸ポケットからタバコを一本取り出しライターで火を付けた。仙は今日1日、単独行動をとった。そのほとんどが、聞き込み、被害者に恨みを持っていた人物はいないか、資料の閲覧、ここ数年に似たような事件はないか、などあらゆる面で調べてみたが、これといって手掛かりはなかった。そうなると、仙がいつもするのは現場に戻ること。仙は、現場にこそ重要な証拠が残っていると考えている。実際に事件で、現場で重要な手掛かりが見つかり、解決に向かった事はいくつもある。今日も仙の読みは、正しかったのかもしれない。しかし、結果としては仙は関わるべきではなかった。しかし、もう手遅れになる。アレを見つけてしまったから・・・。仙はタバコを口から落とした。 「・・・なんだよありゃ!? 」 その視線の先には、青い光を放つ巨人。すぐに萎むように消える。まるでなにもなかったかのように辺りは静まり返った。仙は自分の目を疑う。疲れのせいであんな幻覚を見たのではないか、今日はもう帰った方がいいのかもしれないと。しかしそれで帰ればよかったものを、仙には引っかかる物が一つだけあった。 「もしかしてありゃ・・・まさか・・・」 その時、突然花火が地上で弾けたような、ものすごい騒音と地響きに見まわれた。しかしすぐに、まるで振るえた琴の弦を指で押さえたように、ピタッと止んだ。 「・・・こんどはなんだ? 」 しばらく辺りの様子を伺っていると公園の中で白煙が立ち昇っている。 「ちっ・・・行ってみるしかねーか」 仙は、警戒しながら小走りに公園の中へと入っていった。
「確かここら辺だと思うんだけなぁ? 」真人は真っ暗な森の中を歩いていた。日が暮れてから30分以上の時間が経っている。遠くの見えない道を、樹海の間から漏れる月明かりが照らしていて、まるで道しるべのように見えた。 「そういえば、前にもこんな風に森の中を歩き回った事があったっけ・・・」 真人は1年程前の記憶を振り返っていた。それはけして忘れられない思い出。それが無ければ今の自分はいないと断言できる、それほどの大きな出来事だった。そう、彼女と出会ったのである。 彼女と会うまで、真人はこの場所が嫌いだった。まぁ誰も親の死んだ場所を好む物は少ないだろう。しかも、真人の場合、二人一編に、しかも事故。本人の意思や何やらを完全に無視した早過ぎる死なのだ。さらに自分はその現状にいたのにも関わらず、その記憶が一切無いときている。そんな場所に真人は複雑な赴きで立っている。 その日、真人がなぜ忌み嫌うこの場所を訪れたのかというと、さらに数日前にさかのぼる。図書館の本棚から十年前のスクラップ記事のファイルを取り出し、当時の事件を調べていた。もちろん両親の事故についての物だ。かなり有名だったらしく五つの新聞社の一面を占めていた。その中の一つの文面に目が止まった。そこには、その近辺を住処にしている浮浪者の男の証言だった。事故の晩、男は建物の門の前で寝ることにした。そして、爆発の1時間ほど前に突然の地震と共に広い敷地の奥で青い光がほとばしるのを見たと言うのだ。しかし、内容が信憑性に欠けるというのと、やはり浮浪者の証言というためか警察はその証言を当てにはしなかった。真人は両親の事故がただのガス爆発なんて思っていなかった。なにか裏があるに違いないと、確信していた。別にこれという物があるわけではないが、本能が疑えと叫んでいるようなそんな気がした。両親のことなら、ほんの少しばかりの事でも知りたいと思った。そして彼は忌まわしいこの場所へやって来たのだ。 入り口には薄汚れた看板に〈プログム慰霊公園〉の文字。中には広さをただ埋めるかのように無雑作に置かれたアスレチック。子供の姿は見当たらない。不気味さを感じながら奥へ進むと、ちょっとした広場があり、その中心に真人の身長ほどの慰霊碑が立っている。探すとちょうど真ん中ら辺に二人の名前を見つけた。 「上重神一・・・上重遥・・・」 ボソリと呟いてみると、いっそう苛立ちが募る。あの事故から、死んだ人の為に慰霊碑を建て、公園として造り直したのだそうだ。一見、不慮の事故で失った社会的信頼を取り戻すためのパフォーマンスかもしれない。しかし真人には、まるでとてつもなく重大な秘密を隠そうとしている様に思える。ほかにもこの場所には、まだ事故の原因となったガスが漏れていて近寄ると体に悪影響がでるとか、そこを溜まり場にしていたブラッカーズのメンバー数人が全員突然血を吐いて倒れそして揃って死んだ、などという噂が流れている。どこかのバカがおもしろ半分で考えたのなら別に問題はない。だが噂の発信源がもしプログム機械工業だったとしたらどうなるだろうか。まるで秘密を隠した公園に誰も近づかせたくないようではないか。真人の推理が正しければ、この公園にはまだ何かがある。そう確信していた真人は公園の奥へ進んだ。慰霊碑の広場を抜け、さらさら流れる小川に掛かった小さな橋を渡り、その目的地にたどり着いた。公園の地図には雑木林と書かれているが、規模が違う。そこには奥の見えないほどの森が広がっていたのだ。森は、東京ドーム6個分の敷地面積の三分の一を占める。下手をしたら迷うどころじゃ済まないかもしれない。しかし重大な秘密が隠してあるとすればここの他に無い。 それが両親の事故の手がかりになれば――――。 決意を胸に森の中へと進んでいった。 「・・・完全に迷った・・・」 暗闇の中、雑草は浅瀬の海のように足の進みを阻む。そんな中を一時間歩き続けた時点で奥へ着かないので、いったん引き返そう体を半回転、二時間歩きつづけそして気がついた。そう文字通り迷ってしまった。 「なんでだよ! どうして迷うんだよ!! これぐらいの広さなのに!! 」 真人は持っていた公園内の地図を広げた。よく見ると雑木林と書かれた下に小さな※印の一文があるのに気付く。 「あれ・・・これなんだ? 」 その文章は、雑木林についての注意書きのようだ。真人はそれを見る。 ここは地図で書かれているより広く、道が入り組んでるため迷いやすいので、絶対に立ち入らないでください。 「・・・・・・」 ビリビリ!!両手で地図を引き裂き、それを重ねてまた引き裂きを8回ほど繰り返し、両手を開くと地図は紙吹雪となって風に乗り青く澄んだ空に消えていった。 「思い知ったか、私に逆らうとこうなるのだ・・・なーんちって・・・はぁ。
」 真人はその場で、横になる。 「あぁ、疲れた」 そこに心地よい風が吹き抜ける。暑くもなく寒くもない、ゆったりとした空間が眠りを誘う。半日歩き続けて疲れていた体にはそれに抗うだけの気力は残っていなかった。 真人はゆっくりと目を閉じた。 「ねぇ真人。真人は大きくなったら何になりたい? 」 美しい女性が微笑みながら語りかけてくる。とても心が安らぐ。 (僕の・・・母さん? これは昔の記憶? ) 「えーとねぇ・・・そうだ! お母さんと結婚して、ずーっとずーっと一緒にいるんだ! 」 (幼くて可愛いな・・・何自分褒めてんだろ、恥ずかしい。・・・あれ、母さんが・・・泣いてる? ) 「・・・・・・」
「約束だよ! 」
そう言って右手の小指を突き出す。
「うん、約束」
指切りをすると満足そうに笑った。すると突然真人の母は、手を伸ばし真人を抱き締める。 「お母さん? そんなにギュ―ってされたら痛いよ」 「うん・・・ごめんね・・・」 その言葉は幼い真人に言っているのではなく、もっと遠い誰かに言っている気がした。 そこで真人は急激に夢から引き戻された。 「・・・夢か」 日は沈んでいた。空に浮かぶ月は雲がないせいかいつもより綺麗に見えた。時計を見るとあれから5時間経っていた。前日眠らずに調べ物をしていたせいもあったが、我ながらよく寝たなぁと思った。 「さぁ・・・どうしようかなぁ? もう一度歩いてみるかな・・・ん? 」 今微かに音がした気がした。真人は耳を澄ます。 「・・・ら・・・ら・・・ら・・・ら・・・」 歌のようだ。綺麗な女性の声だった。真人は歌が聞こえるほうへ歩き出す。近づけば近づくほど、歌声は大きくより鮮明に届いてくる。そして真人はこの曲に聞き覚えがあった。 「この曲・・・第九? 」 真人は中3のときクラスでこの曲を、父母の会、いわゆる保護者会で合唱した。しかし真人には両親が来るはずもなく、少し苦い記憶のひとつだった。そして響いてくる歌声は、そんな凍りついた冷たい記憶をも温かく溶かしていくかのような優しさがある。最初はなぜこんな所で歌っているんだろうという不思議から歩き始めた真人だったが、次第にその歌声に魅了され、誰が歌っているのだろう?どんな人なのだろうという好奇心の方が強くなっていった。林を抜けると、そこは八方を森で囲まれた円状の広場のようになっていて、その真ん中に人の大きさくらいの岩があり、その上に月を見上げながら歌う少女が座っていた。髪は腰まで伸びていて、きれいな装飾の施されたカチューシャをしている。黒いワンピースを着て、首には月の光を受けて、キラキラ光る透明の(水晶のような)宝石の付いたペンダントを着けていた。少女は真人に気付かず、月夜に向かって歌声を響かせる。 「・・・綺麗だ・・・」 真人は少女が放つ神秘的なオーラに引きこまれていく。まぁそれも仕方の無い事で、真人だけではなく、今が盛りの男子学生100人中100人が可愛い、または美しい、と絶賛するほどの美形なのだ。さらにワンピースが薄地のせいか、体の形がくっきりと出てしまうが、スタイルは抜群で完全無敵の美少女と言っても過言ではない。 「ら―ら―ら―ら―ら―ら―♪」 歌声が真人の意識を侵食していく。真人は少女を見つめたまま、ホケ〜〜ッ立ち尽くす。 すると少女が歌うのを止め、岩の上からヒラリと飛び降りた。すると突然現れた真人に気が付くや否や、一気に表情が曇った。 「・・・君・・・誰? 」 少女は、動かずこちらからじっと目を離さない、不審者のオーラ全開の真人にヒいていた。しかし真人は、彼女の呼びかけにも反応しないでボ〜〜ッと眺めている。真人は今強力な電流を流され、回路がショートしたパソコンのような状態だった。 「・・・誰なの! 」 少女が大きな声を出したことで、真人の思考は回復に向かった。今彼女が言った言葉が脳にやっと届き、少女が自分に話し掛けていた事を理解した真人は、彼女が自分に不信を抱いているのを読み取ると、焦りながらも不信感を取り払う言葉を探そうとするが、ついさっきまでぶっ飛んでいた頭でそんな高等なことができるわけもなく、 「・・・えーと、その、別に怪しい者じゃないよ? 」 「自分から怪しくないって言う人ほど、怪しいって聞いたわ・・・」 真人の言葉は、少女の不信感を煽るだけ煽って終わった。しかしめげずに、真人は少女に話し掛ける。 「ほんとに何もしないよ。ウソはつかない・・・」 さすがにその真剣な表情を見て、少女は考えた。 「・・・じゃあ三回まわってワンって言って」 少女は手を組んで真人を見据えた。しかし真人は呆然としている。当たり前だが・・。 「・・・はいっ? 」 危うくまたぶっ飛んで行きそうな思考をキャッチして、頭に叩き戻すが疑問しか頭に残らない。「・・・なぜ三回も回ってワンと鳴くというとても古典的な行動をしなければならないんでしょうか? 」 一応聞いてみないと、もしかしたら彼女のちょっと(本当はかなり)ズレた冗談か何かなのかもしれない。 「だって、それが人間にとって最も恥じるべき行為だからよ」 「………。」 かーなりズレた考えの持ち主にであることを理解したが、この際それも個性として考えようと思った。というかそうしないと自分が持たなかった。もしかしたら自分をからかっているのかとも思ったが、まぁとりあえず。 クルッ、1回。クルッ、2回。クルッ、3回。そして、 「ワンッ」 やって見せた。もうこれで笑われようが、いぢられようが、どうとでもなれという気持ちで少女を見ると、彼女の顔には考えもしなかった表情あった。 「うっ・・・グスッ・・・ううっ・・・」 彼女は膝をガクッと折り、ペタンと座り込んだ。真人は突然の事に驚きつつも少女に駆け寄る。「ちょっと、大丈夫!? 」 ついつい怒鳴ってしまったが、彼女は立ちあがり、手の甲で涙を拭うといきなり頭を下げた。 「ごめんなさい!! 」 ・・・・・…??思考がまた飛んだ。少女はさながら思考というなのボールを爽快にかっ飛ばす松井といったところだろうか。なら真人は、ボールをスタンドギリギリでキャッチするイチロー(誇張し過ぎ)だ。そんな事はどうでもいい今はなぜ少女が泣き、謝罪しているのか(謝罪の理由はたくさん思いつくが)知りたかった。そう思って、思いきって聞こうとすると少女が話し始めた。 「私、ここの人たちにひどい扱いをされた事があって・・・それ以来この世界の人、みんな同じように冷たいんだと思ってた。だけど・・・」 少女が頭を上げる。思わず、おお・・、っと呟いてしまう。なぜなら、 「君みたいな、いい人もいるんだね」 そこには、天使のような笑顔があった。大げさだと思うかもしれないが本当にそうに見えたのだ。真人は、そんな笑顔に見とれていたが、はっと我に帰り照れを隠すように言った。 「いや・・・買い被り過ぎだよ、それに謝らないといけないのは僕の方だ。君を怖がらせちゃって、せっかく綺麗な歌を聞かせて貰ったのに・・・」 真人は少女の返事を待つ。しかし十秒経っても返事は戻ってこない。振り返ると、少女は俯いたまま胸の上で手を組んでいる。どうしたのだろうかと考えを巡らす。すると一つの理由が浮上する。少女の歌を彼女の知らない所から聞いていた自分は、いわば盗み聞きをしたという事になる。少女は歌を他人に聞かれるのが嫌だったとしたら、自分への好感度は一気に降下どころか二度と這い上がれないほどの奈落へ落ちる事は間違いない。真人は致命傷を避けるためフォローをいれる。 「い・・いやっ、別に隠れてたわけじゃなくて、えーとそう!! たまたまだったんだよ、たまたま!! 」 ものすごく苦し紛れだ。しかもベタな言い訳。こんなので少女が立ち直る可能性は万に一もないだろう。しかし人とはわからないもので、何気なく口にした一言に予想以上の反応を見せたりする。 「・・・れ・・・い・・・」 少女は呟いた。あまりにも小さい声だったので聞き取れない。 「えっ、なに? 」 思わず真人は聞き返していた。そこで思いもしない言葉が少女から出た。 「綺麗なの? ・・・私の歌」 真人は自分の言葉を振り返る。確かに先ほど、綺麗な歌だと言ったがそれが何なのだろう。 「ああ、すごく綺麗だと思うけど」 そう言うと、彼女は顔を上げた。 (か・・・カワイイッ!! ) そこには頬を染め、少し恥ずかしそうにはにかみながら、意識してはいないだろう上目遣いで真人を見つめる。その姿がなんとも愛らしく、真人はまたもや思考が飛ぶ。ここまで来ると、少女の打率は3割5部2厘という所だろうか。 「私自分の歌を誉められたの初めて、しかも綺麗って誉め言葉の最上級だって・・・」 綺麗が最上級なのかわからなかったが、少女の言う事なら全てきっとそうだろうと思ってしまうほど少女に心奪われていた。 (へぇ、こんな表情もできるんだ) 「私嬉しい、ありがとう」 「あっ・・・うん」と答えるのがやっとだった。 「それにしても・・・」 突然少女に真剣な表情が戻る。真人を頭の天辺から、足の切っ先までじーっと見まわす。 「おかしい・・・こんな濃度の高いところに来れるのは彼らの力以外有り得ないのに・・・それに、結界を通って来たって事にも・・・」 少女は腕を組んでブツブツと呟きながら瞑想に走る。真人は話し掛けた。 「あのー、取り込み中悪いんだけどさ。」 「えっ・・・どうかしたの? 」 真人の言葉にすぐ反応してくるところ、少なかれ信頼は得たようだ。 「いや、実は道に迷っちゃって・・・帰りたいんだけど・・・君、道知ってる? 」 「うーん」 少女はなにか考えているのか、しばらく黙ってしまう。そして考えがまとまったのか、一回うんとうなずいた。 「わかった、君に害はないって事がわかったから案内する」 じゃあ、さっきまでは害があると思われていたのかと思うと、胸が人知れずチクリとする。まぁどうせ僕なんかという無限自虐ループへの入り口に挿し掛かった時、突然手のひらに温かな感触がする。 「どうしたの、行こう? 」 彼女は真人の手を握って引っ張った。少女はさっきまでの疑いがまるでウソだったかのように接してくる。それに女の子に手を握られるのなんて初めてかもしれないと思うと、どんどん脈拍が上がっていくのがわかった。 「あっ・・・うん、ありがとう」 真人は照れながら答えた。しかし少女の口から出た言葉は、その場の空気にはそぐわない意外なものだった。 「お礼は・・・生きて森から出れてからにして・・・」 彼女は真剣な表情で森を見渡しながら進んだ。 「えっ、それってどういうこと? 」 少女はそれ以来なにも言わない。不思議そうな顔をしながら真人がもう一度聞き返そうとした時、突然少女が立ち止まった。 「わ! ・・・どうしたのさ?」 「しっ! ・・・静かに・・・」 十分静かなのに、これ以上どうしろというのだろうか。それよりそこまでしていったい何があるというのだろう。真人も回りを見渡しながら耳を澄ます。するとほぼ正面の林の奥から木の葉がざわめく音が聞こえる。風はない、という事は林の中をなにかが動いている。真人は姿なきものに、底知れない恐怖を感じた。しかし少女は怯まず、真人を庇うように手を横に伸ばし、林の一点を見つめる。少女に庇われる少年、なんとも情けないことではないかと真人は思い、少女の前に出ようとしたその時、林の中から何かが飛び出した。 「わぁぁぁぁぁぁ!? 」 「…………」 その姿の第一印象は犬だったが、どんどん近づいてくるに連れ、その大きさが犬サイズでない事がわかった。言うなれば牛サイズという感じだろう。さらに種類は見た事がないもので、ドーベルのような細い体にハスキーのような銀色の毛並み、例えるなら狼、いや例えなくても狼なのだが真人の頭の中では狼は超貴重動物に指定されていて、そんな物がこんな場所にいるわけがないと思っているので、真人の印象はおっきな犬で留まっている。 真人と目が合うなり、歯を向きだしにして、グルルルルルッと喉を鳴らして激しく威嚇し始めた。 「まって!! この人はただ道に迷っただけなの・・・アレだって憑いてないし」 アレ?アレってなんだ?普通真人の年代でアレという表現は、おもに男の間で、生殖器などに用いられる事は多々あるが、そうなると彼は女ですといわれている事になる。おれは女か?いーや、違う。正真正銘男だ。じゃあ少女の指すアレとはいったい・・。その時一気におっきな犬のボルテージが上がったのか、今にも飛びかかられそうな勢いだった。 「グルルルルルルルッ」 「待ってお願い!! ・・・そうだ、君! 」 「はっ、はいっ! 」 いきなり声を掛けられ、この状況のせいか、いつもより何倍もびっくりした。 「さっきのアレやって! 」 「アレ? ・・・アレ!?そんなことやってる場合じゃ」 「言いから早く!!
」 彼女のすごい剣幕に押されつつ、渋々彼女の前に出る。アレ、というのはたぶんというか確実にアレだろう。そんな事をして逆に相手を怒らすのではないかと思うが、今は何もしないで食われるより、何かしてから食われたほうがと思うと、やってやるかという気に(すこーしだけ)なってくる。 そして、真人は力強く回ったのだ。クルッ、1回。クルッ、2回。クルッ、3回。そして 「ワンッ」 真人は、死を覚悟した。頭の中で自分がただの肉槐(にくかい)に成り果てていく姿を想像した。犬が1歩、また1歩と近づいてくるのが、地面の草を踏む音でわかった。そして真人の目の前で止まる。真人は今までの人生が走馬灯のように浮かんできた。父さん母さん、今から行くよ。親不孝な息子でごめんね。そう思った時、予想だにしないことが起きた。 「ペロリッ」 「・・・へっ・・・」 犬は真人の顔を一舐めすると、肉球のついた手で肩をポンポンと叩き、森の中へ歩いていく。去り際にフンッと鼻で笑うかの動作をして、消えていった。 「…………はぁ!?」 あまりに理解できない出来事に、脳内はパンク寸前。というか今のは犬か?何やら同情されあげくに、鼻でフンッて・・・蔑まれた?犬に?というかアレは犬か?という、無限ループがまたもや形成される。 「・・・行くよ」 さっきとは少し様子が違い、どこか冷たく突き放すような口調だった。真人の中では疑問が満ち溢れていたが、少女の態度がどこか異なったことに気付き、問いただしたい衝動を抑え込んだ。少女は一人で歩き始めたので、真人は慌てて立ちあがり、後に続いた。それから少女とは出口まで何も喋らなかった。 「着いたよ・・・」 気が付くとそこは昼間入った入り口だった。 「じゃあ・・・私はこれで・・・」 少女は振り向き、また森へ入っていく。もしかしたらもう二度とこの少女に会えないかもしれない・・。そう思ったとき、口が勝手に動いていた。 「あ・・・あの!! 」 「?・・・」 少女はまだ何か?という表情で真人を見る。しかし真人にはそんな事どうでもよかった。彼女にどう思われていようとも構わない。ただ彼女ともう二度と会えないのは嫌だ。その気持ちが真人を動かした。 「あの・・・また会えないかな・・・」 「!? 」 少女はまさかそんなこと言う筈がないというほどの驚きが、顔に滲み出ていた。 「だめ・・・かな・・・」 もし少女が嫌だと言ったら、諦めようと決めていた。それ以上の行為は少女を困らせるだけだからと解かっていたからだ。少女が口を開くまでほんの2、3秒なのに、とても長く感じた。それだけ重要な一言だからなのだろう。そして少女が呟くように言った。 「・・・怖く・・・ないの? 」 「えっ・・・怖いって? 」 「だって、さっきみたいなのがいるんだよ? 怖いでしょ? もう来たくないでしょ!? 」 突然大きな声で叫んだ少女の体は震えていた。どうして少女は怯えているのだろう。真人は解からない事だらけで何も言えず黙っていた。 「・・・いつも、いつも同じなの・・・」 「えっ? 」 少女は俯きながら、苦笑いをして話し始める。 「最初は・・みんな優しいんだ・・。だけどさっきのを見るとみんな・・離れて行くんだ・・怖いって・・・」 そこで真人は、《さっきの》というのがあの大きな犬であることがわかった。話しの内容も理解できた。彼女が怯えてるわけも。 「だから・・・君も、いいんだよ・・・怖いなら・・・しょうがないか」 そう言うと少女は、涙を流しながらニッコリ笑った。真人にはその笑顔がとても痛々しく感じた。その時、そう、このとき思ったんだ。初めて他人の為に何かしたい。助けになりたい。 僕は、この子を苦しめる全てを壊したい。 彼女を縛りつけている柵を全て壊したい。 彼女の涙の理由を造るこの世界を壊したい。 彼女を護りたい。 「怖くないよ・・・」 「えっ・・・? 」 「君が傍にいてくれるなら怖くない」 少女はまさか、というような顔で真人を見つめた。するとその表情はゆっくりと綻び、たちまち笑顔になった。 「ありがとう! 」 少女はまた涙を流した。真人は近づいて、指先で少女の涙を拭う。 「それに・・・また歌、聞きたいしね」 「・・・うん! 」 少女は真人の温かい言葉に力強く頷いた。 「そういえば、自己紹介がまだだったね? 僕は上重真人」 少女は、手を胸の上に乗せ心に刻みつける様に真人の名前を呟く。そして少女は微笑みながら名を告げた。 「私は―――――」 「宗男…………」 いや、もちろん少女の名前ではないし、あっていいわけがない。実は前に真人が読んでいた本の「千と宗男の金隠し」で物語の結末に、宗男が森に迷う所があり、結局森の猛獣に食われて死んでしまうというもので、まさに今の状況そのものだと思ったのである。 「それにしてもおかしいな。何でこんだけ歩いても足跡一つ見つからないだろう?いや、見つからないって事は、1箇所から移動してないって事か……」 いろいろと思考を巡らせるが、一向に状況が進展する気配はない。それが無性に悔しくて、腹が立った。 「くっ・・・どーしてこの森はいつも僕の邪魔ばかりするんだよ! 」 少女と別れた日、彼女を追いかけたがこの森の迷路のように入り組んだ木々のせいで見失ってしまったことを思い出す。 「くそっ! 」 さらに悔しさが込み上げ、それを発散するように地面のに落ちている枝を蹴飛ばした、が、それは非常に柔らかく、蹴った反動で真人の足に絡みついた。 「あれ? 」 ツタかと思ったが、その細長いものは月明かりを反射して緑色に光りさらに光る二つの黒い玉のような物が見えた時、真人はそれが何なのかを唐突に理解した。そうそれは、
シャ――――――! 「ヘ、へ、ヘビだぁぁぁぁぁ!! 」 真人は足をブンブン振りヘビを払おうとするがなかなか落ちない。真人は仕方なくヘビの首あたりを掴み、足から引き剥がすと、おもいっきり投げた、が、体が強張っていたせいかあまり遠くへはいかず、真人から2メートルくらいの林に落ちると、ヘビは真人に向けて【シャー】と1回威嚇をすると、クネクネと森の奥へと消えていった。 「ふぅ〜〜〜」 真人は糸が切れたように、地べたにストンと腰を下ろした。さすがに何時間も歩いて疲れがたっぷりのところに、今のようなのがきたら、肉体的にも精神的にも辛いだろう。 しばらくそこで休もうかと思ったその時。 「ギャ――――!! 」という奇声が聞こえた。 その声がするほうへ真人は走る。 どんどん声が大きくなっていくので、近づいているのがわかる。しかしその奇声はパッと止んでしまった。だが、方向は把握した真人は木々の間を一気に駆け抜ける。林を抜け出た。そこに広がっていた光景は見覚えのあるものだった。いや、そんな言葉で済むものじゃない。なぜならここは、真人にとって、絶対に忘れられない場所なのだから。 「ここは……」 林を抜けたそこは、少女と出会ったあの広場だった。 「なんだよこりゃ・・・!? 」 普段警察という職業の為か、あまり普通とは言えないような事と毎日向き合っているので、驚く事はめったにない仙だが、さっきの巨人といい地震といい目の前の光景といい、今日は驚いてばかりだ。こんな日は仙にとって初めて、いや《ニ度目》か。 今、目の前には直径10mはあろうかというクレータがあった。中からはまだ新しい熱気と煙を孕んだ風が吹き上げている。これが何によってできたのか、常識人の仙には到底想像できないだろう。ただ解かるのは、今さっきここで、大きな熱と地面を深く抉るほどのエネルギーが弾けたことだけ。 「いったい何が・・・いやそれより本部に連絡した方がいいか・・・」 その時、クレーターを挟んで反対の林からパキッという乾いた音がした。仙がパッと目をやると、そこには5、6歳の男の子が立っていた。仙に見られるなり、くるっと森の中へ走っていった。 「今の子は・・・確かぁ資料で見たような・・・あっ!? 」 仙は思い出した。あの男の子が、最初の猟奇事件の第一発見者である事を。 「おいっ! 待ってくれ!! 」 すかさず仙は少年の後を追っていた。 「しかし何でこんなところに・・・」 そう考えながら、どんどん森の奥へと進んでいった。 真人はある一点のものを見つめて固まっていた。広場の大きな岩の影に何か見えたので近づく。それは動き、声(奇声)を出し、大きさは猫か子犬ぐらい。全身をヘビに絡み付かれている。ここまでの説明なら、まだ普通の常識の範囲内でどうにかできると思う。しかし、その先には常識や今までのうら若な真人の人生経験では、到底予想できない事態を目にする。それには頭部とおもしき部分に三つの突起物がある。パトカーの赤ランプのような目が二つ。お寺の鐘のような、プリン型の体。真人はかつてにこのような突然変異的な生物を見た事がない。仮に名付けるとしたら、物体Xが妥当な線だろう。 「ウグムウウウウウ!! 」 物体Xは助けてといわんばかりにもがく。 「………………」 真人は岩の影に隠れる。 「なにあれ、というか絶対地球で生まれましたっていう感じゼロだよ。どうしよう、助けるべきか? ほっとくべきか? 」 その時になって気付いたが、悶え苦しむ声が止んでいる。気になってそうっと覗いてみると、口から泡を吐き、全身からは力がなくぐったりとしている。確かに気味が悪いが、ここでこいつがヘビに食われて終わったら、ものすごく後味が悪い気がした。 「…ああ、もうなるようになれだ! 」 すぐにヘビを引っぺがすと今度はさっきのようにはならず、遠くまで投げ飛ばした。地面落ちると、真人に向かって本日2度目となる威嚇をして、蛇は林へ去っていった。さあここからが問題である。気絶している物体Xを見つめ、これからどうしようかと考える。起こすべきか、ほっておくべきか。あるいはさっきからピクリとも動かないので、もう死んでいるのかもしれない。起こしたとしても、もしかしたら結構強暴で、襲ってくるかも。いや、ヘビに負けるぐらいだから大した問題ではないか。そう思ったところで、真人は一応警戒して、木の枝で突っついてみる。 「おーい、生きてますか〜? 死んでますか〜? 」 しかしまったく反応がない。 「おいおい、死んでるよ・・はぁ、なんか嫌だなぁ」 真人は諦めて、この得体の知れない物体Xを供養(土に埋めて、物体Xの墓と書いた板を上に刺すだけ)してあげようか、なんて少し外れたことを考えていた時、突然生物の目らしき部分が赤く点灯した。 「のわっ!? 」 情けない声を出しながら、真人は尻餅をつく。その状態でとっさに後退りながら生物の様子を伺う。体を起こし、辺りをキョロキョロと見まわす。すると真人と目が合ったとたん、物体Xは硬直した。 「……………」 「……………」 気まずい沈黙が流れる。しかし沈黙を破って、生物は真人に走り寄った。 「きっ、来た・・・! 」 真人の一歩手前で止まり、見上げてくる。真人はゴクリッと唾を飲む。だが真人を見上げるばかりで、なにもしない。その時変化は思いも寄らない方向で訪れた。 「!? 」 赤いランプから水滴が流れた。それは涙を流しているように見えた。なぜ?真人は底知れぬ疑問に襲われる。気付いた時は、声が出ていた。 「・・・泣いているの? 」 生物はビクッとして、目をゴシゴシ擦った。 (見える・・・のですか? ) 突然真人の頭の中に流れてきた声、というよりかは情報に近い。頭を開いて、無理矢理活字を流し込まれた感じだ。真人は周りをを見渡すが誰もいない。ここにいるのは、真人と、足元にいる物体X。 「まさか、今の君なの? 」 (はい・・・それより本当に見えるのですか? ) 「見えるもなにも、こんなに近くにいるんだから見えて当然だろ? 」 (そんな・・・! ) 明かに頭の中に響く声に、動揺が見える。 (そうか・・・だから・・・) 真人に不安がのしかかる。生物の動揺もそうだが、それよりまさとは今の言葉を聞く限り、自分は普通ではないと言われたような気がした。 「僕が・・・どうしたっていうのさ? 」 待ちきれず、問いただす。そして物体Xは何かを決意したように頷いて真人の顔を見た。 (あなたは破壊者となる権利を得たのです) 「破壊・・者? 」 その時だった。いきなり森の方から甲高い破裂音。ロケット花火の何倍もすごい音だ。振り返ると、林から男が転がり出てきた。その顔には怯え、恐怖、そんな感情が浮き出ていた。次の瞬間、真人は戦慄した。その手には拳銃。そしてこちらを見るなり、すごい形相で走ってくる。だが妙な違和感がある。真人はその違和感の正体に気付いた。拳銃を持っていればたいていのモノは恐怖の対象から除外される。拳銃を持った大の大人がいったい何を恐れているのか。その疑問は、男の叫ぶような声とその後に現れたモノによって理解した。 「つっ立ってないで逃げろ!! 化け物が来る!! 」 化け物?なんだそれ?というのが真人の心境だった。次ぎの瞬間、木が倒れたかと思うと巨大な蛇が姿を現した。木が倒れた、ではなく大蛇に薙ぎ倒されたのだ。真人は立て続けのドッキリで思考が麻痺していたのかもしれない。そして、ボーッとその様子を眺めながらポツリと一言呟いた。 「そりゃ・・・逃げるよな」
真人が物体Xと第一種接近遭遇をする数分前のことだ。
仙は少年を追いかけている。第一発見者のこどもがなぜこんな時間にこんな場所に居たのか。仙の刑事としての勘がガンガンと唸りを上げている。今回の事件を解く鍵はあのこどもにあると見て間違いないと仙は確信していた。しかしおかしい、いくら走っている子供を追いかけているといったって、所詮子供は子供。大人の体力に勝てるわけはない。しかもこどもは手に、茶色い鞄のような物を持っているのに対して、仙は手ぶら。どちらが速いかなんて、体力の差以前に決まっている。もう捕まえていていいはずなのに、さっきよりこどもの背中が遠ざかっているように見えた。
「なんだよ、はぁはぁ、最近の子供は、はぁはぁ、こんなに体力があるのか? 」
こどもが前方で右に曲がる。どんどん森の奥に進んでいるようだ。今になって気付いたが、こどもが走っていった後に、赤い点がポツポツと続いている。仙の長年の経験が間違っていなければこれは血だ。立ち止まり、血を指に取り擦る。まだ新しい。こどもは怪我をしている。それが仙の結論だった。完全に姿が見えなくなったが、血の跡が道標になり追跡を再開する仙。仙はもし自分から逃げている最中に怪我をしたのだったらと思うと、罪悪感が胸を締め付けた。しかしこれが仙の仕事なのだ。どんなに心痛むことがあっても、事件のためには仕方のない事と割り切って今までやってきたのだ。別にこどもが死ぬわけじゃない。ただ少しばかり傷つけただけ。こどもを捕まえたあとで償えばいい。事件の真相を聞いた後で。
「おっ・・・」
林の奥でこどもが立ち止まっているのが見える。仙は走りを緩め、ゆっくりと近づいていった。
「おい坊主、こんな時間に何してんだ? 」
こどもは、振り返る。その右手にはおびただしいほどの血が垂れている。左手には緑色の紐のような物が見える。先ほど持っていた鞄らしきものは見当たらない。
「あの・・・餌を、あげてたの」
「餌? 」
こどもの足元を見ると、小さな蛇が生肉にかぶりついていた。
「それ、坊主のか? 」
「うん、僕の友達。お腹が空いたってわがままで困っちゃって」
こどもは苦笑いしながら言った。
「それより、手。怪我してるじゃないか、ちょっと見せてみろ」
仙は少年の腕を掴む。
「ちがうよ、おじちゃん。この手は大丈夫だよ」
「大丈夫って言ったってこの血じゃ……!? 」
少年の腕を何度も何度も見直すが特にこれといって普通の腕。そう、普通だから可笑しいのだ。怪我一つ見当たらない。
「坊主、この血はどこで……」
「餌だよ。こいつほんとにわがままで、餌を食べやすくしろって。その時に付いちゃった」
左手に持っていたものをよく見ると、犬の首輪とリードだった。少年の後ろに茶色い物が見えた。
「っ………!? 」
仙は絶句した。そこにあるはずの物は、鞄などではなく、茶色い毛をした犬の頭部だった。
「ああ、見られちゃった」
少年は顔色一つ変えずに話し出す。仙は2、3歩退さる。
「お母さんが、あなたのお友達よってくれたんだけど、ぼくは要らなかったんだ。仕方なく貰ったけど、まあ餌になったから調度よかったよ。バラバラにする時に注意したんだけど、血が掛かっちゃって」
その幼い声は、淡々と残酷な言葉を並べる。
「やっぱりいつもしない事は難しいね。今まではただ人を連れてくるだけだったから」
「人? ……人って」
まさかと思い問いただす。
「うん、ここら辺にいる派手なカッコしたお兄ちゃん達」
やっぱり、と仙はもう一つ聞く。
「そいつらを・・・お前が殺して、蛇に食わせたってのか? 」
「だから言ってるじゃないか! いつもは連れてくるだけだって」
少年は不満そうに頬を膨らませた。確かにこの少年にあんなことが出来るなんて思えない。
「じゃあ誰が殺したって言うんだ! 」
ついつい大声になる。少年は泣き出しそうな顔で走っていくと蛇に隠れるようにしゃがみ喋り出した。
「怖いよ。僕、前のお兄ちゃん達のときみたいに、また暴力振るわれちゃうよ。早く食べちゃってよ」
(なんだ、心の病ってやつか? まだこんな子供が……可愛そうに)
近づこうとした時、蛇が肉を啄ばむのを止め仙に向き直った。
(食わせてもらうぞ、お前の内臓・・)
雑音掛かった声がそう仙に告げた。
「!? 」
仙が呆気に取られた次の瞬間、少年の足元で影が膨らんだがと思うと風船のようにパンッと突然弾けた。その勢いは周りの木を薙ぎ倒し、仙を5、6メートル吹き飛ばし地面に叩きつける。
「ぐっ……一体なんだっていうんだ」
その時、仙の体を大きな影が覆う。目を開いた仙が見たものは、大きく邪悪で鋭い目をした化け物だった。
「僕を虐めたら、僕の友達が許さないんだ。悪い奴をやっつけて、ジャスカリオン!僕を護って!! 」
「ピキュゥゥゥゥゥゥァァァァァァァ!! 」
静寂の闇を引き裂き、巨大な蛇は咆哮する。仙は服の下から拳銃を取り出す。六発式のリボルバーで大蛇の眉間を狙う。発砲音。地面に血が落ちる。それは仙の腕からだった。蛇へと放った弾丸はその硬い皮膚に跳ね返され、仙の腕へと舞い戻って来たのだ。
「ぐあぁ!? 」
仙は腕を押さえ、余りに強烈な痛みに悶える。
「ははは、僕達は正義の味方なんだ、だから悪い奴はやられちゃえばいいんだ。この僕のジャスカリオンに!! 」
殺られる。そう思った時、本能は仙の足を動かしていた。森の出口に向かって走り出す。
「ふんっ逃げても無駄だよ。悪は必ず正義に倒されるんだ。追って、ジャスカリオン!! 」
「ピキュゥゥゥゥァァァ!! 」
大蛇は少年を頭に乗せると、木々の間を縫うようにクネクネと進んでくる。
「あまり子供は撃ちたくはないが・・・くそっ! 」
少年に向け発砲する。その銃弾は見事命中し、少年の右肩から血しぶきが上がる。
「うぁぁぁぁぁ!! 痛い痛いよぉぉぉぉぉぉ!! 助けて、誰か!! ジャスカリオン!! 」
初めて味わう痛みに、少年は泣き叫び助けを求める。蛇の動きが止まった。そのうちに仙は距離を稼ごうと、被弾した腕を庇いながらひたすら走る。
仙の背中を目で追いながら、蛇はとぐろを巻く。頭の上で苦しむ少年を蛇は、頭を下ろし少年を無理矢理に転がり落とす。
「があぁぁぁ!! 」
地面に落ちた衝撃が痛みをさらに膨れ上がらせる。痛みから逃れようと、少年は地面を這い回る。その様子を大蛇が鋭い眼で睨み付ける。
「なんで・・・どうして助けてくれないの? 」
蛇はゆっくりと口を開く。そこから赤い霧が噴き出す。それは少年の口、鼻、耳からどんどんとその幼い体へと吸い込まれていく。
「あ・・・ああ・・・」
少年の目は虚ろになり、もう痛みからの叫びも止まっている。まるで死人のように横たわっている。
(痛みはない。今お前にあるのは憎悪)
「憎・・・悪」
(本能をちっぽけな理性から解き放て)
「本能を・・・解き放つ? 」
(お前は正義なんだろう? )
「そう・・・僕は・・・正義」
(じゃあ、正義ってなんだ? )
「正義って・・・何? 」
(悪い奴を殺す。それが正義)
「悪い奴を・・・殺す。それが・・・正義」
(正義は負けない。たとえ自分が傷だらけになっても、どれだけ痛くても)
「そうだ・・・自分が死にそうになっても、必ず勝つ」
(正義は誰も逆らえない力を持つ。それが正義)
「誰も・・・逆らえない・・・力」
(絶対勝利、それが正義。絶対権力、それが正義)
「それが…………正義!! 」
少年は拳銃で撃たれた右肩を支えにして立ちあがったにもかかわらず、まったく表情を変えない。少年はさっきまで痛み苦しんでいた様とは打って変わって、その顔には禍禍しい笑みさえこぼれる。
「さぁ行こうジャスカリオン。あのおじさんに僕の正義を見せてやる」
少年の目に光はなく、瞳の奥にはどこまでも渦巻く闇が広がっていた。
仙は、石につまずき転がるように林を抜けると、そこは八方を森に囲まれた広場になっている。振り返ると、木々の奥に爛々と光る二つの目がすごい速さで近づいてくる。逃げようと走り出したその時、目の前に高校生くらいの少年がポツリと立っている。仙はその少年も蛇と同じモノかもしれない、と考えたが、少年の瞳からは明らかに驚愕の色が見えたため、仙は少年を逃がそうと警告する。
「つっ立ってないで逃げろ!! 化け物が来る!! 」
そう叫んですぐに、後ろの木々が倒れた。そこには巨大な蛇が口から長い舌を出し、シュルシュルと振るわせている。すると後ろで少年らしき声がした。どうやらまだ逃げていないらしい。仙は少年が逃げるまでの時間稼ぎの為に、効かないと解かっていながらもその巨体に向かって2発発砲する。しかしその硬い皮膚に阻まれ、ダメージを負わせることは出来ない。
(くそっ・・・あいつのどこを狙っても傷一つ付きやしねー。いっそ肛門にでも直にぶっ放してやるか・・・・・・いや・・・待てよ。あんじゃねえか、一発ででっけー傷を作れるとこがよ! )
蛇は、仙を無力と感じたのか、ゆっくりと近づくと仙を中心にとぐろを巻いた。蛇の頭と仙は目と鼻の先までの距離に迫る。それがチャンスだった。仙は拳銃を構える。その頭に狙って。
「くたばれ、このクサレ蛇めが! 」
発砲。その弾丸は蛇の頭の硬い皮膚ではなく、唯一の急所と言える場所へ吸い込まれるように命中する。血を噴き出しながら飛び散る肉片。奇声を上げ仰け反る大蛇。唯一の急所、それは眼球であった。確かにかなり強烈なダメージを与えたが、大蛇は混乱し暴れ始める。尻尾で周りの木々を薙ぎ倒し、のた打ち回り地面を抉る。仙が、その場からボーっと突っ立っている少年を逃がそうと走り出した時、蛇の尻尾が仙の左脇腹に当たり飛ばされる。
「ぐはっ! 」
そのまま木に頭から叩きつけられる。仙の視界を赤が染め始める。そこで仙の意識は途切れた。
「そろそろ、始まるか・・・ん? 」
木の上に立ち、真人達のいる広場で起こる事をただ静かに見つめる一つの影がある。真人を森の入口からずっと付けていたようだ。顔にはオペラ座の怪人のような白い仮面をつけていて、体は羽織った青いマントに隠れている。仮面は空気に乗って辿り着いた悪しき気配を読み取った。先程遠くで戦闘をしていた者のようだ。しかもこちらにものすごい速さで近づいてくる。
「ちっ・・・誰だか知らないが・・・邪魔はさせない・・・はぁあ!! 」
マントから出た手には、どこから現れたのか、身丈程の槍が握られていた。仮面が手を器用に使い、槍を回転させると青い光が円を書くように現れる。
「時と空間を支配する世界よ。その法則を我は一時破壊する」
何もない空間に波紋が広がる。光が突然収束したかと思うと、巨大な羽の生えたトカゲのようなシルエットになり、仮面の周りを回り始める。
「時と空間に命ずる。迫り来る悪しき存在とこの空間の時をずらし、中の者への接触を阻止せよ」
広場を覆うようなドーム状の光が広がると、ゆっくりと空間に溶け込んでいく。光が完全に消えた時、トカゲのシルエットは消えていた。
そして、黒い布を羽織り黒騎士と呼ばれる存在は一点を目指して進んでくる。
『むっ・・・この感じ、結界か。属性は・・・特殊、厄介だな』
進みながら、布の中から光の剣を抜くと、刀身が黒く染まる。前方に向かって切っ先を向け、黒騎士はさらに加速する。
「あれは・・・黒騎士!? 議会最重要危険人物に指定された奴がなぜこんな場所に? 」
黒騎士が結界に衝突する。何も無い空間に波紋が広がり、ドーム上の半透明の壁が現れる。そのとたん強い衝撃波が発生し、周りの木々が根本からへし折れる。
『情報検索・・・結界発生条件を検索。発生条件確認。時間軸への介入開始』
剣が結界にめり込む。
「くっ・・・結界が・・・」
『こんなところで止まっている場合じゃないのだ・・・真人!! 』
「なんだよ・・・これ? 」
目の前に広がる現実がまるで映画のワンシーンのように見えて、混乱というよりも頭の中が真っ白になったが、鋭く頭の中に響く声に呼び戻される。
(早く逃げてください!! )
真人は一目散に逃げようとしたが、蛇と目が合ったそのとたん、体の自由が利かなくなった。
「あっ、足が・・・動かない!! 」
まるで自分の体ではないように、足は本人の命令を無視して平然と地面に貼りついて動かない。
(!? ・・・これが・・・奴の能力? )
そう聞こえた後、大蛇が真人に向かって飛びかかってきた。
「うわぁ!? 」
蛇は真人の目の前でその口を開く。足に力を入れるが、やっぱりまだ動かない。このままじゃ殺される。死にたくない。
「ピキュアァァァァァァ!! 」
「うあぁぁぁぁ!! 」
死を目の前にして、真人の失ったはずの記憶の扉が、軋んだ音を立て、ゆっくりと開いた。
「死からは・・・逃れ、られない・・・の。それが、この世で・・・最もはっきりと、している理よ」
周りには燃え盛る炎。真っ赤に染まった壁。動かなくなった人が折り重なって倒れてる。その部屋の端に、一人の女性に、一人の子供がすがりつくように壁に寄りかかっている。女性の胸には、深深と石の杭が生え、血を吐き出し続けている。
「母さんはまだ生きてる! 今から病院に行けばまだ」
その口を母親の人差し指が塞ぎ、首を横に振る。
「私は、もうだめなの・・・。でも・・・あなたはだめ。何があっても、絶対に・・・死んじゃ、だめ。じゃなきゃ、私があなたと・・・出会えない、から・・・」
そう言うと、母親は何かを見上げるように顔を上げる。真人が振り返ると、そこには銀色の甲冑の鎧が立っていた。
「この人、に・・・ついて行けば、安全に外に行けるわ・・・ 」
子供は母親に抱きつく。
「やだ!! 母さんを置いてくなんて・・・約束したじゃないか。ずっと一緒だよって!! 」
「真人・・・」
鎧はその様子をただ静かに見ている。
「本当は、その約束・・二度目、なんだけどね」
「え? 」
「聞いて。別に、これで・・・お別れじゃないの」
子供は目を丸くして、母親の顔を見る。
「近いうちに会えるから。絶対に」
子供を行かせるための嘘であっても、子供はそれを信じた。
「本当? 」
「ええ・・・本当よ」
「じゃあ、指切り! 」
指切りが終わると、今度は母親が子供を抱きしめた。
「真人に・・・フェシウスの加護がありますように」
「なにそれ? 」
泣きべそをかきながら、尋ねる。
「私の故郷のおまじない」
そう言うと強引に真人を鎧が引き剥がし抱き上げる。
「後を・・・頼むわ」
真人は鎧の手の中で、母親をすがるように見る。
『約束は必ず守る。この命に掛けても・・・といっても、もう命はないがな』
「いいえ・・・あなたには命があるわ」
『そうか・・・ならいいがな。・・・やはり言い直そう。私の全てを掛けて、約束は守ろう、絶対に 』
「頼もしい限りね」
「真人、じゃあまたね」
「絶対だよね!! また会えるよね!! 」
母親は優しく微笑んだ。
「ええ、きっと、ううん、絶対 」
そして鎧は真人を抱き上げたまま走り出す。母親がどんどん小さくなっていく。
「絶対!! 絶対だからね!! 」
母親が完全に見えなくなって、真人は鎧の手の中で泣き叫んだ。鎧はなにも言わず、ひたすら出口へと走る。そこで、記憶は途切れ現実に引き戻される。
「うぅ・・・」
頭が割れそうな痛みがする。記憶を取り戻した代償とでも言おうか。そこで真人は疑問に思う。なんで死んだはずなのに痛みを感じるのか。そして気付く、自分は死んでいない。目を開き前を見て、真人はただ驚くことしか出来なかった。
「ピキュゥゥゥァァァ!! 」
「グウアァァァァァァ!! 」
そこには数時間前に真人達の前に姿を見せた巨人だった。巨人は蛇の上顎と下顎に手を入れ、閉じようとするシャッターを止めようとするように押え込んでいる。その時また声が聞こえる。
(私が押さえているうちに逃げてください)
真人は辺りを見渡すが、さっきまでいた小さな奴がいない。はっとして巨人を見る。
「まさか・・・君が・・・」
睨み合いが続く大蛇と巨人、先に動いたのは大蛇だった。尾を振りムチのように巨人に叩きつける。しかし巨人は怯まず、ナイスタイミングで尾を左脇で挟み込む。その時に隙ができ、下顎を押さえていた左手が外れた。
好機と蛇の牙が迫る。が、巨人は身を屈めてかわすと、空中で無防備になった蛇の体ど真んに向けて、低い位置から一気に拳を突き上げ、槍の如く鋭いアッパーを放つ。
「ピキュゥゥゥァァァァ!! 」
大蛇は悲鳴のような泣き声をあげ、宙を舞う。放物線を描いて森の中へと落ちると、ピタリと反応がなくなった。死んだとは思えない。気絶したのだろう。すると巨人が疲れたように肩膝をつく。突然巨人の体から雪のような光の粒が放出される。そしてみるみるうちに小さくなり、先程の小さな物体Xの姿となる。だが様子がおかしい。息を荒げ、苦しそうに仰向けに倒れている。真人は駆け寄り、抱きかかえる。
「おい、どうしたんだよ! 」
(今の・・・私は不完全なため・・・力を使うと命を削るんです)
「それを解かっていながら、どうして・・・。なんで僕なんか助けたんだよ! 」
表情を感じ取れる顔ではないが、その瞬間真人には笑ったように見えた。
(助けるのに理由なんてないじゃないですか)
その言葉に真人は心を打たれた。
「・・・その言葉、言われるの・・・ニ度目だ・・・」
真人は微笑んでいた。その言葉は、今はいない、少女に言われた言葉だった。真人の手の中で物体Xが苦しそうにもがく。
「おい! しっかりしろ! 」
(早く逃げてください。私は先程の戦闘で、力を使いすぎました。もうすぐこの世から私の存在は消滅するでしょう)
「なんだって!! それって・・・死ぬって事だろ? ・・・そんなのだめだ!! ・・・なにか、なにか助かる方法はないのか? 」
少しの間をおいて、答えが帰ってきた。
(一つだけ、破壊者の権利を持つ者が私に名を与えてくれさえすれば、私は命を取り戻し、あのような雑魚、何匹いようと駆逐するだけの力を奮うことができるでしょう)
「破壊者の権利? ・・・確かさっき僕がそれを得たとか言ってたけど・・・」
(破壊者の権利・・・それは何かを壊したいというとても強い衝動に心を駆られた者が手に入れることができます。そして得た者は、私のような存在の者と《名の契約》を交わす事で強大な力を得ることができます)
「強大な力・・・」
真人はその戦慄の響きに恐怖を感じる。
(しかし、その代償にあなたは自由を失います。もし自由(ソレ)を求めるならそれは破滅を意味します)
「それが俺にはある、ってことは」
(それだけはだめです。あなたには、そんな重荷を背負わせたくはない! )
音はなく、ただ頭に流れてくるその言葉には、さっきまでの機械的なものとは違い、感情が籠もっていたように聞こえる。
「僕の苗字は上重っていうんだけど、その意味は人生の坂道をどんな苦しく、辛く、重い事でもそれをものともせずに上りきる、っていうんだ」
(・・・だめです。あなたを巻き込むわけには)
「もう十分、巻き込まれてるよ」
頭に流れる言葉を塞ぐように言葉を掛ける。
「・・・君は死ぬ覚悟で僕を助けてくれた。だから僕はそれに報いる義務がある」
(そんな・・・義務だなんて・・・)
「それにその名前は、僕の大切な人の名前だから君は気に入らないかもしれないけど」
(その方は、どのような方なのですか? )
真人の表情が曇る。上を見上げ、夜空に浮かぶ月をみる。だが、その瞳はもっと遠くのものをみているようだ。
「その子は・・・疑い深くて、世間知らずで、ドジで鈍感で、ネーミングセンスはゼロだけど」
真人の苦笑いしながら語る言葉のひとつ、ひとつに優しさが詰まっている。
「だけど、素直で、優しくて、すごく純粋で、いつも微笑みかけてくれる・・・。今は何処にいるか解らないけど、きっと何処かで幸せそうに笑ってるって信じてる」
(あなたは、その人を愛していたんですか? )
突然の問い掛けだが真人は迷うことなく答えた。
「ああ。愛してた・・・そして今も」
(・・そんな人の名を授けてもらえるなんて光栄です、けど)
「僕は君を助けたいんだ。僕がそうしたいんだから、君が悩むことじゃない」
真人はそう笑う。
(・・・わかりました。名約儀式目録へ接続を開始)
「うわっ・・!? 」
真人の視界が突然真っ白になる。それと同時に体が浮遊感に襲われ、瞬きをしたその次の瞬間、真人は大きな球体の中にいた。球体の側面には、膨大な量の見たこともない文字が壁に沿うように並んでいた。
(ここには、今までに契約した破壊者達の名が記されています。あなたの名もここに記録されます)
上を見ると、他の文字とは離れ、球体の頂上に赤、緑、銀、青、さらに離れて黒の文字が一際大きく記されている。その文字が発する五色の光が絶妙に混ざり合い、美しいオーロラを作り出していた。真人は、この不思議な空間を唖然と眺めていると、後ろから声がした、と言っても実際は後ろから音がしたのではなく、気配から察した。
(あれは五大破王家の現当主達です。右から、炎の帝王(ヴォルケーノ・ダイナスト)、深緑の王子(フォレスター・プリンス)、白銀の王(シルヴァード・キング)、聖刻の皇帝(クロノ・インペリアル)、そして漆黒の邪王(ダークネス・ブラック))
「何で黒いのだけ離れてるんだ? 」
(漆黒は、我々を裏切り反旗をあげた大罪人です。離れたのではなく、離されたのです)
「反旗・・・大罪人か・・・戦争みたいだな」
(戦争が起きてるんです。あなた方の知らないところで・・・)
「え!? 」
真人は大きな声をあげ振り返る。それはどういう事か?と聞こうとしたが、苦しそうにうずくまる小さな姿が目に入った。しまった、こんな事をしている場合じゃなかった。そう思い後悔しながら、駆け寄る。
「俺はどうすればいいんだ、教えてくれ! 」
(ただ、自分の名を唱えた後に、私の新しい名を唱えていただければ)
「解かった。・・・上重真人。君の名は―――――――ユミナ」
その途端、ユミナと名付けられた者の体内から、周りに広がっているものと同じ文字が飛び出し、壁へと向かって流れていく。それは壁にあたると同時に、掘り込まれたように壁に文字を刻む。
(ユミナ・・・この名が真人様の)
「ああ、大切な人」
あの夏の日から姿を消した少女の名。端から見たら、変かもしれないが真人が常に考えている名前はこれなのだ。
(これで・・・私はもう大丈夫です。が、真人様は・・・)
「いいんだよ。具体的にどうなるかは解からないけど、きみも助けてくれるんだろ? 」
(もちろんです! 何があろうとあなたを守って見せます)
「頼もしい限りだね。・・・よろしくユミナ」
(はい。真人様)
その時、初めと同じであたり一面を真っ白な光が交錯する。その眩しさに目を閉じる。しばらくして、目を開くとそこはさっきまでの森の広場だった。
「ふ〜〜〜〜」
(なに気を抜いてるんですか? 来ますよ)
「えっ? なにが? 」
「ピキュゥゥゥゥァァァァァ!! 」
「ああぁぁぁ!! 忘れてた―――!! 」
真人が安心しきっていたその時、突如として巨大な蛇が飛び出してきた。広場に滑りこむように入ってくると、真人を睨み下を揺らす。口からは涎と思しき液体が流れている。
「ねぇ・・僕、狙われてない? 」
(当然です。奴にとって、破壊者となった今のあなたは、極上のメインディッシュに見える事でしょうね)
「やっぱり〜〜」
(やっぱり、怖いですか? 後悔してます? )
真人にユミナは真っ直ぐな視線を向け、そう問いかける。すると真人は笑い、首を横に振る。
「確かに、少しは怖いけど、後悔はしてないし、別に僕一人な訳じゃない。いざとなったら君が助けてくれるしね」
(ありがとうございます。では早速)
そう言うと、ユミナは真人の前に頭を向けた。
(抜いてください)
「えっ? 」
真人は、こちらにいつ飛びかかってきてもおかしくない大蛇を忘れてしまうほど、頭の中が?で埋め尽くされていた」
(だから・・真ん中の角、抜いてください)
その頭の真ん中にある一番長い角、それを抜けということだと真人はやっとわかった。だが、わかってしまうと、今度は疑問が生まれる。真人は考えた。たちの悪い冗談?なんていっている状況ではない。抜いたらクラッカーのようにパンッと弾けて、緊張をほぐすとか?いやそんな事してるうちに、確実にヤツに食われる。巨大な蛇は、口からだらしなく涎を垂らしながらジリジリと近づいてくる。
「そんなことしてる暇はないと思うんだけど」
(いいから早く! )
すさまじい剣幕に押され、すぐさま角に手を掛け引っ張る。ポンッ!間抜けな音をさせながら簡単に抜けた。
(そのまま、地面に突き刺して、再度引き抜いてください)
「ああ、もうどうにでもなれ!! だぁぁぁ!! 」
一直線に振り下ろされ、砂を飛ばしながら地面に直角にきれいに突き刺さる。すると急に、真人は体が軽くなるような感覚に捉われる。足に妙な違和感を感じて、首を下に向ける。
「うあうわうあわ! あ、足が、足が浮いてる!? 」
真人の体は地面から離れていた。周りの石や砂も地球の引力から開放されたように浮かんでいる。真人をかろうじて地面に体を繋ぎ止めているのは、地面から生えている角を握る手だけ。その手を見たとき、真人は角の形が変化していることに気付く。長い角の付け根から、さらに曲線の角が長い角に沿って、水平に伸びていた。昆虫でいうなら、コーカサスオオカブトの角みたいな。
「ピキュウゥゥゥゥゥァァァァ!? 」
咆哮の先を見ると、大蛇も地面から離れ、混乱し体をくねらせている。まるで周りの引力が無くなったような、夕方の時に感じた、地面に押し付けられるような感覚のまったく逆の現象。
(今のうちに引き抜いて、さぁ! )
真人は、腕に力をいれ足を地面に付け、踏ん張るようにいっきに引き抜こうと力を入れるが、かなり固く、余り進まない。だが、少しずつ、確実に地面から抜かれていき、地面から伸びる角は残すところあと5センチ足らずとなる。力を込め、残りを引っ張り出す。
「抜―――――け―――――ろ―――――!! 」
そして、一気に固さがなくなり後ろに反り返るように倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・あれ!? 」
体に重さが戻ったことへの安心感のあとに、自分の上に何か硬く大きなものが乗っている事に気づく。起き上がり、硬いものが転がり落ちる。それに目を向けた真人は一瞬思考が止まり、そして驚愕した。
「・・・・・・なんじゃこりゃ――――!? 」
そこには、真人の身長ほどもある巨大な剣が、月明かりを反射して鈍く輝いていた。その形は包丁を連想させる。よく見ると、その剣の柄はユミナの角だった。
(さぁ、その剣をお取り下さい)
ゆっくりと剣を持ち上げる。その大きさのわりには、あまり重さは感じなかった。柄を握り締めると、体に力が流れてくるような、そんな不思議なものを真人は感じた。
(重力を操り、大地を制す、七大零器の一つ。重刀神器、ラウンド・ブレイカー、主の命により、今その眠りから目覚めよ! )
・・・・・・特に変化はない。
「あの・・・目覚めよ! っとか言ってたけど、ほんとに目覚めたの? この剣」
(うーん、たぶん大丈夫かと)
「うわ、すっごく微妙な回答。というかほんとにこんな剣であんなでかいのと戦えと?また巨大化してユミナが戦えばいいんじゃないの? 」
(もう巨大化できるほどの力は残っていません。大丈夫、あの程度の雑魚など、今の真人様なら一捻り、のはずです、たぶん)
「ユミナって人を上げて、上げて、落とすのうまいよね。ホント」
(そんな冗談言ってるよりも、来ますよ? )
ついに待ちきれなくなったのか、大蛇が牙を向け真人を飲み込もうと突っ込んできた。
「うわ――!! 」
とっさに剣を立て、蛇の上顎にぶつかり押し飛ばされる。
「くうぅぅぅぅっそが!! 」
剣を地面に付け、摩擦で勢いを殺し、木にぶつかる寸前で止まる。いつのまにかにユミナが真人の肩に掴まっていた。
「おもいっきり不利なんだけど、勝てるのよね? 」
(真人様がその気になればもうバッサバサと)
「もうその気なんだけど」
(まだ足りないんですよ、きっと)
「ああ!! もうやけだぁぁぁ!! 」
剣を上段に構え、蛇に突進する。蛇も真人を突き放そうと尾を叩きつけようとするが、前転や側転など、真人が見事な身のこなしでことごとくかわしていき、やっと蛇の懐に入る。
「喰らえ!! 」
真人は、自分のできる限りの力で、剣を蛇の体にたたきつける。しかし鱗が硬く、まったくといって傷つけることができない。そのことに、戸惑っていたせいで、すぐそこまでに迫る尾に反応が遅れた。すぐに剣で防ごうとするが、構えが緩く剣が手を離れ宙を舞った。そして振り子の様に帰ってきた尾を体に叩きつけられる。
「しまっ―――ぐはっ!! 」
強烈な一撃を全くのガード無しに受けて、真人はボールのように吹き飛ぶ。さらに地面を転がり、木にぶつかって止まる。その顔のすぐ目の前に剣が弧を描きながら落下し、地面に深々と刺さる。
「ぐはっ―――! ゲホッゲホッ! 」
真人の口から血が吹き出る。内臓をどこか傷つけたようだ。真人は立ち上がろうとするが、激痛の余り、体に力が入らない。真人は完全に無防備になってしまった。というのに大蛇は一向に襲ってこない。ただ空を見上げ、唸り声をあげている。その時真人に頭の中に、雑音がかった、ユミナ以外の声が聞こえてきた。
(時は満ちた。我、成長の時。贄を食して、完全に辿り着かん)
すると、林の中から小学生ぐらいの子供が歩み出てきて、真っ直ぐに蛇に向かって歩いていく。しかし、その顔に恐怖はなく、ただ虚ろな表情で広場を進む。
「だ・・・め、だ、そい・・・つに、近づい、たら・・・」
真人は必死で子供を止めようとするが、痛みのせいで声にも力が入らない。子供が大蛇の前で止まると、またあの雑音の混じった声が聞こえてきた。
(我が宿り主よ、今までよく耐え抜いた。そして我と一つになり、完全への礎となれ!! )
大蛇がグワッと口を開いた瞬間、真人は蛇が何をしようとしているのかに気付く。最後の力を振り絞り、蛇に向かって叫ぶ。
「やめろ――――――――!! 」
しかし、真人の声は大蛇には届かず、胴体を咥え持ち上げられ、そのまま子供は蛇に丸呑みにされた。
「―――――――!? 」
真人は絶句した。今、目の前で一つの命がこの世界から消えたということは、真人にとって余りにも強烈な事実だった。そして、それを前にして、声をあげるしかできなかった自分への嫌悪感、無力感、そういう全ての気持ちが一気に真人の中へ流れ込んでいく。その時、真人の中で何かが弾けた。
(真人様!! )
真人は、痛みに苦しんでいたさっきまでとは違い、苦痛など感じていないかのようにスッと立ち上がる。
「おい、怪物!! 」
突然の大声に、大蛇もビクッとして真人を睨む。しかし真人は怯むことなく、その視線を睨み返す。
「よくも殺したな! まだ子供で、将来だってあって、まだまだ楽しい事はこれからだっていうのにそれを・・・!! 」
鬼のような形相の真人の目からは涙が流れていた。
「絶対に許さない。僕がここでお前を殺して、全部終わりにしてやる! 」
真人は自分の目の前に突き刺さった剣の柄を握り締める。そのとたん、剣の刀身が青く光り出したかと思うと、金色の模様で描かれた装飾が浮かび上がる。
(その模様、神器が・・目覚めた・・!! )
五感が研ぎ澄まされるような感覚を真人は感じ、剣を引き抜き、地面に剣を振り下ろす。すると大きな衝突音と共に簡単に直径2メートル程のへこみができる。
「さっきまでと、威力がまったく違う・・・。体が・・・使い方を知ってるみたいだ」
そう言って近くの木に一斬。するといとも簡単に切り倒された。さっきまでとは別人のような真人の気配に大蛇は動きを止める。
「どうした、どっからでもかかってこいよ!! 」
「ピキュゥゥゥァァァァ!! 」
真人めがけて、大きく口を開きその巨体の重さを全て乗せて、真人に牙を向く。しかし真人は動かない。もう、すぐそこまで敵の顎が迫っているのに、真人は避けない。そして真人は微笑を浮かべた。次の瞬間、驚くべき事が起きた。大蛇が宙を舞ったのだ、真人のほんの一振りを食らって。真人は助走をつけ跳躍する。その高さは、蛇よりも高く、優に10メートルを超えていた。まるで真人に働く重力がなくなったかのようだ。そして宙を舞う大蛇に刃先を向け、一気に落下した。落下のスピードは異常に速く、5メートル程の距離を一瞬のうちに詰めた。剣はその勢いに乗り、蛇の腹を貫通。
「ピキュゥゥゥァァァァ!? 」
悲鳴のような叫びが、森に響き渡る。真人は腹に刺さったまま横に振り、腹を引き裂くと剣を抜き、振りかぶる。そして蛇の頭めがけて渾身の一撃を放つ。
「はあぁぁぁあ!! 」
大蛇は顔面から血を噴き出しながら、鎖が地面に落ちるかのように叩きつけられた。それを追って、真人が5メートル位の高さから着地して、何事もなかったかのように走り出す。そして化け物に止めをさそうと剣を構え、大蛇の体を何度も何度も斬り刻む。真人は笑っていた。化け物を殺す、という使命に酔っていたのかもしれない。だが、その行動を止めるようかのように、突然の頭痛に襲われる。いつものよりひどく、頭を押さえ苦しむ。だが、その痛みは急に引き、そして大蛇を見た。真人はハッとした。そこには、全身血まみれで、傷口から内臓がだらしなくはみ出し、ビクビクと痙攣を繰り返す化け物が横たわっている。
「これを・・・僕が・・・なんて事を」
真人は自分の残酷な行為に気付き、激しく後悔し剣を手から落とすと、膝を折り地面に崩れ落ちた。ユミナは真人の肩から離れると、真人の前に立つ。
(何をしているのです? 早くとどめを! )
しかし放心状態の真人にはその声は届かない。
その時、うずくまっている真人に血まみれの大蛇が牙を向いた。
(しまった、重力結界を・・・だめだ間に合わない! )
ユミナは死を悟った。しかし、真人だけはなんとしてでも守ろうと、覆い被さるようにして倒れる。二人を蛇が噛み殺そうとしたまさにその時だった。
林から光の輪が飛び出したかと思うと、弧を描きながらすばやい動きで蛇の体を斬りつける。蛇は怯み二人から離れた。そして光の輪は、ブーメランのようにもと来た林へと戻る。真人も我に帰り、一体何が起きたのかと林の中を見つめる。大蛇も、弱った体をフラフラさせながら姿なき新たな敵に向け林を睨む。すると皆の視線の先から、ボロボロの布を纏った人影が出てきた。黒騎士、そう呼ばれ忌み嫌われ、怖れられる存在。黒騎士が歩くたび、ガシャン、ガシャン、という金属がぶつかり合うような音が響いた。
「何なんだ・・・あいつ? 」
真人は、敵とも見方ともわからないその存在をただ見つめるしかなかった。
「こんなの計算外だ・・・」
結界を黒騎士に破られ、侵入を許してしまったことよりも、なぜこうなったのだろうと仮面は考える。
「こんな事、本には書いてなかった・・・誰かが歴史に介入した? ・・・そんな事できる者なんて・・・」
仮面は悩ましそうに呟く。しばらくして顔を上げると、黒騎士が真人の前に姿を現した。
「・・・とりあえず、今は様子を見よう・・・行動を起こすのはそれからだ・・・」
そしてまた、仮面は、静かに真人たちを見下ろした。
場は黒騎士の登場によって静まり返った。しかしその沈黙を破ったのは、大蛇の咆哮だった。
「ピキュゥゥゥァァァァァ!! 」
化け物は血を撒き散らしながら、最後の力を振り絞り、黒騎士へ突っ込む。
『馬鹿が・・・そのまま逃げていれば、もう少しばかり生き長らえたものを・・・』
その声はフィルターにかかったように篭もっていた。その声のほうに首を向けると、そこに人影はなく、纏っていた布がヒラリと落ちた。大蛇は標的を失い、辺りをキョロキョロする。
『遅い・・・』
声のするほうを見ると、調度月と重なって、宙に浮いていた。その姿を見たとき、真人は驚きを隠せなかった。
「あ、あいつ・・・あのときの!! 」
先程思い出した幼い頃の記憶、そこに出てきた甲冑の鎧。それが今目の前にいる。その姿は中世の騎士を思わせる。黒騎士は手を空に掲げ、冷淡な声で唱えた。
『・・・ヴィシャス』
すると突然月明かりが消えた。空には確かに月が出ているにも関わらず、光りがない。この空間から光が消されたようなそんな感覚。黒騎士の背に黒い粒が集まり始め、それは大きな人の形、いや、化け物の形を造った。
(ヴィシャス・・・どうしてアレがここに・・・? )
「知ってるのか? 」
(まぁ、ほんのかじる程度ですけど)
「何なんだ、あの怪物は? 」
(まぁ細かい事は省きますが、三百年くらい前の闇の当主に仕えたとされ、その圧倒的な力でいくつもの戦争を終戦に導いたのち、議会に危険とみなされ追放されたと聞きますが、なぜこんなところに・・・)
爬虫類のような肌、その上から纏う真っ黒な鎧、長い尾に、二本尾の太い腕、翼をはためかせながら上空を悠然と旋回するその姿は、とても空想的な絵で真人の目に焼き付く。
行動を起こしたのは、またも大蛇だった。口をガバッと大きく広げたかと思うと、黒騎士とヴィシャスに向かって大量の紫色の煙を吐き出した。騎士とその従者は一瞬にして、包み込まれる。煙が地面に落ち、草、花に触れた瞬間、ドロドロと溶け始める。
「うわっ、なんだよこの煙は!? 」
(奴らの体内で作られる毒です。草、花は触れただけで溶けてしまいますが、動物や人間は溶けることはありません)
「なんだ、心配して損したよ」
真人はすぐそこまで迫る煙の前で、息を止めるのをやめ、大きく深呼吸しようとした。
(ただ動物が吸い込むとですね、心臓が破裂して、大抵の動物は死に至りますね)
「うん、危うくその実例になるとこだったよ。で、どうするの、すぐそこまできてるけど!? 」
(こうします。重力結界、展開!! )
真人とユミナの周りに青い輪ができたかと思うと、ドーム状の半透明の壁を形成する。煙は壁が放つ光に払われるように霧散していく。
「ふぅ、これで一安心だけど・・・さっきの奴らはだめだったのか? 」
大蛇の様子を見ると、大蛇の煙に包まれたままの黒騎士たちに向かって、激しく威嚇している。
「あいつら、まだ生きてるの? 」
(生命反応はヴィシャスのものだけしかありません)
「じゃあ・・・あいつは死んだ? 」
(それは分りませんが、先程から周りの影があのヴィシャスに吸い込まれています)
「影が、吸い込まれる? ・・・あっ!? 」
真人が辺りを見渡すと月明かりが戻ったのか、光があちこちを照らしている。しかし、おかしいのが、その光は影を浸蝕してどんどん広がっていく、というより、影が少なくなっていて、その為光が強くなっている、という感じ。
「これが・・・影を吸い込む」
そして、影がなくなると広場は、昼間のように、否、太陽がすぐ目と鼻の先にあるのかと錯覚させるくらい、辺りは眩しくて目がはっきりと開けないくらいだ。唯一陰りがあるのは煙に包まれた黒騎士とその従者の下だけ。
(この状況・・・文献に載っていた・・・まさか!? )
「なにがまさかなんだよ? 」
(真人様!! 早くこの場からできるだけ離れないと、じゃないと我々まで巻き込まれます)
今まで冷静沈着だったユミナの声は、妙に必死だった。一体何に巻き込まれるのか、そう真人が疑問に思ったその時、あの篭った声が煙の中から聞こえてきた。
『出力を最小単位に設定・・・。標的にロックオン。我が闇の呑まれ、死という名の黒に染まれ。ヴィシャス!! 』
煙の中で赤い二つの光が見えた。その時ユミナが悲鳴のように叫んだ。
(このままでは、周辺が全て消滅します!! )
「なんだって!? 」
次の瞬間、煙を掻き分けて黒い帯が音速を超える速度で大蛇に飛来する。
『ダークネス・オブ・ゼロ』
大蛇の姿は跡形もなく消滅。それでも直、勢いを失わない黒い帯は地面へと伸びる。その時、真人は気付いてしまった。
「あっ・・・! 」
真人は結界から飛び出し、走り出した。
(真人様、一体何を・・・あれは・・・! )
ユミナは見た。広場の中心にある岩の上に、子供が横たわっている。大蛇に食われた子供だった。先程の真人の攻撃の時に切り裂いた腹から抜け落ちたのだろう。黒い帯は、その子供めがけてまるで計算されたように伸びる。
(まさか、アレを受け止める気じゃ・・・駄目です、早く逃げて!! )
しかし真人は、引き返すどころか速度を上げて、子供のもとへ走る。
『真・・・人? ・・・はっ! 』
黒騎士がそれに気付いた時には、もう取り返しはつかなかった。
岩の前に辿り着くと、真人は剣を横にし、守りの構えを取る。そこへ黒い帯が衝突する。
「ぐあぁぁぁ!! 」
とてつもない圧力が真人を襲う。真人の足が地面にめり込み、ズリズリとゆっくり後ろに下がっていく。衝撃の凄まじさは周りにも飛び火し、真人の剣に弾かれ、行き場を失った黒いエネルギーは稲妻のようにいくつもの細い線となり、地面や木々を襲う。真人は肩膝を付く。手はガタガタと振るえていて、もう体力は限界を超えていた。真人の足が後ろの岩につく。
「もう駄目だ。・・・僕なんかの力で、人なんか救えるはずなかったんだ・・・」
真人は、自分の無力さを改めて知った。
「ごめんね・・・父さん、母さん。ちょっと早めに二人のところに行けそうだよ。もうちょっとで二人が死んだ本当の理由、見つけられそうだったんだけどなぁ・・・」
真人は目を閉じた。もう何もかもを諦めて、死に全てを委ねてしまおうという誘惑に流されそうになった時、真人は懐かしい声に呼び戻された。
「本当にそれでいいの? 」
「! ・・結美撫!? 」
「真人は本当にそれでいいの? 」
「・・だって、自分にはどうする事もできない・・。僕は無力なんだ、君の事だって待つのが精一杯。やっと会えたと思ったのに・・・これでさよならなんて、寂しいな」
「バカ!! 」
「・・結美撫」
結美撫は泣いていた。頬を真っ赤にさせ、眉を吊り上げて、手を握り締め泣いていた。
「じゃあ私はどうすればいいの! もう真人には会えないの? もう私の歌は聞いてくれないの? 一緒に話すことはもうできないの? そんなの絶対にいや! だから諦めないで、お願い、生きて、生きて、また二人で笑おう。私がついてる、守ってあげるから、だから・・・」
「・・・結美撫」
切実な彼女の心は、いつも真人を救ってくれていた。それが突然消えたとき、真人は世界を恨んだ。こんな世界崩れてしまえと、彼女のいない世界なんて消えてしまえと。それでも、退屈な日常に溶け込めているのは、彼女の言葉があったからだ。
『絶対に逢える・・・』
この言葉だけが、真人の心を支えている。そして、その彼女が目の前に立って、泣いている。自分は何を弱気になっているんだろうとかなり自己嫌悪した後に、自分はやれば出来るとまったく逆の感情が湧き出してきた。
「ごめん・・・でももう、諦めない!! 」
「真人・・・! 」
「かなりボロボロになっちゃうかもしれないけど、やってみる。この子を守りきって君を絶対に…」
真人は、決意を胸に立ち上がる。
「約束だよ・・・」
「うん、約束する」
真人が一瞬目を閉じると、もうそこに結美撫の姿はなかった。
「幻覚・・・いや、あまりにも僕が情けないから、結美撫が怒りに来ちゃっのかな・・・。じゃあ頑張ってみますか! 」
真人は剣を握りなおし、体に残るありったけの力を剣に流し込むように、一歩を踏み出す。
「うあぁぁぁぁあ!! 」
また一歩、また一歩と押し返しながら進む。
『なぜ・・・加減をしたとはいえ、破壊神と畏怖されたヴィシャスの最大術砲を押し返すとは・・・』
ゆっくりとだった真人の足も、少しずつ早くなる。黒騎士は真人に起こっている変化に気付いた。
『これは・・・・膨大な重力を自身の体とダークネス・オブ・ゼロにかけ、なおかつこの二つにかかるこの星の下へと働く重力を捻じ曲げ、ヴィシャスに向かって発動させている。しかも意識下でこれを行っているのか!? 』
「ぐぁぁぁぁぁあ!! 」
骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げるのを真人は感じながら、それでも前へ前へと突き進む。そして最後の力を振り絞り、剣を押し上げた。
「消えろぉぉぉぉぉぉ!! 」
その時、真人の背中に巨大な青い影が一瞬揺らめいたかと思うと、真人の剣から青い閃光がほとばしり、黒い帯とぶつかり、相殺した。
『今のはまさか・・・蒼白の神・・・!! 』
一瞬にして静まり返る広場。その光景は、嵐の過ぎ去った後のように、木々は折れ、地面はへこんでいる。真人は力尽き、その場で仰向けに倒れる。ユミナが心配そうに傍に寄ってくる。
(真人様・・お気を確かに・・! )
「ああ、意識は大丈夫なんだけど・・・体がすごい筋肉痛で・・・イテテッ・・・首動かすのも辛いよ。それより、子供は? 」
(大丈夫。真人様が守りましたから、今は気絶しているだけです)
「そう、よかった」
真人が安堵した時、また別の不安が真人を襲った。
『・・・真人』
「!? ・・・お前は、さっきの」
見下ろすように、真人の横に立っていた。
「なんで・・・僕の名前を知っている」
『・・・そんな事はどうでもいい。それより、お前の契約霊・・私に渡せ』
「契約・・・霊? ・・・ユミナのことか。なんでだよ」
『その存在は、余りにも危険過ぎる。お前が扱うに相応しくない。私が回収し抹殺する』
黒騎士は剣をユミナに向ける。
「そんな事は僕がさせない」
真人はボロボロの体を引きずって、ユミナをかばうように腕に抱き締める。
(真人・・・様。)
『仕方ない。二人まとめて抹消だ』
黒騎士が剣を振りかぶったその時だった。突然二人の間に、人影が現れたかと思うと、持っていた長い槍で、黒騎士の剣を受け止めた。人影は、この一部始終を傍観していた青マントの仮面だった。
『貴様・・・先程の結界の発動者だな・・・』
「いかにも。黒騎士、貴公の悪事・・・今夜が見納めだ! 」
『でかい口を叩くが、どれほどの腕前か拝見しようか』
「望むところだ」
どちらともなく刃を弾き、二人とも跳躍し距離を置く。
「黒騎士。間合いを取ったつもりだろうが、私にはお前が目と鼻の先にいるように感じるぞ」
二人の間には、5、6mの間があるというのに仮面はまるで常に黒騎士の喉に刃先を押し付けているような態度だ。
『何を言うかと思えば、とんだ強がりか。そんなにいうなら、私の懐に一撃入れてみろ。それができたなら今日のところは引き下がってやろう』
「その言葉に、嘘偽りないな? 」
『無い』
「ならば、参る! 」
その瞬間、仮面が消えた。黒騎士は辺りを見まわす。
「何処を見ている」
黒騎士の背中から声がした。振り向く間も無く槍が迫るが、肘で柄を払い、軸をずらし回避する。その勢いで、黒騎士は回し蹴りを放つ。仮面は避けようとしない。顔面に黒騎士の足が直撃するその瞬間に、またもや仮面は姿を消した。回し蹴りは不発に終わる。
『可笑しい。動きが速いのかと思えば、影が完全に途切れている。どんなに早く動こうとも、影は残像を残すはず・・・。という事は・・・』
「やっと気付いたか。私の結界を破ったのだから初めから知っているのかと思ったが・・まぁいい。これで私には間合いは無意味と分ってもらえたか」
『時の術法をこう何度も連続で発動させる事は不可能なはず・・・。まさか、貴様は』
また姿を消したかと思うと、仮面は黒騎士の懐にいた。そして、その懐めがけて強烈な突きを放つ。
「我が名は、聖刻の皇帝(クロノ・インペリアル)。この名をその心にしかと焼き付けておけ」
黒騎士は突きを食らい、真横に吹き飛ぶが、体を回転させ勢いを殺し、静かに着地する。
『見事だ・・・。私も舐めていたようだな・・・今日のところは引き下がろう。しかし、次に合う時は手加減はしない』
「ああ、心しておくが、次に合う時は、この少年のほうが私より強くなっているやも知れぬぞ」
『かもな・・・』
その時、林の奥からエンジン音が聞こえたかと思うと、バイクが飛び出してきた。ただそれは地面から浮いている。黒騎士の前に止まると、そのバイクの主は、従者に命じた。
『ヴィシャス』
名を呼ばれた破壊神は、黒い粒子へと姿を変えるとバイクに吸い込まれるように入っていく。すると、白とシルバーで構成された色が、黒とメタリックパープルに変わり、ヘッドライトとハンドルは、ヴィシャスの頭と翼を思わせる形へと変わる。
黒騎士はそれに跨り、消えようとした時、真人が叫んだ。
「ちょっと待って! あんたは母さんと、上重遥とどんな関係なんだ? 母さんの何を知ってる」
『・・・全てだ』
「答えになってない!! じゃあ母さんの死の真相を教えてくれ。あんた現場で俺と母さんに会ってるよな。一体なんで俺を助けた! 」
『・・・今は、答えられない』
「何だよそれ!? じゃあ、お前の名前を教えろ!! 」
黒騎士は振り返ると、真人を凝視しながら黙り込む。その無表情な兜の上からでは感情を読み取るのは難しい。真人が待ちきれず、声をかけようとしたその時、黒騎士はボソリと呟いた。
『セルヴァリー・GOD ONE・・・』
「セル・・・ヴァリー」
すると黒騎士は、バイクに飛び乗る。
『最後に言っておく。俺は常にお前の近くにいる。その力を悪用するような事があれば、真人、お前を殺す。覚えておくといい』
そして、バイクはそのまま走り出す。
『さらばだ、聖刻の皇帝(クロノ・インペリアル)。そして、真人・・・』
一気にスピードを上げ、林の奥へと消えていく。森にはエンジン音が響き渡る。すると、広場に月明かりが戻る。広場はの大半がクレーターだらけになっていたが、中心の岩は無傷だった。そこは、結美撫との思い出の場所、その場所が残っている事に安心したのと同時に、意識が急に霞みがかったように感覚が全て鈍くなっていく。
「あれ・・・おか、しい・・・な。・・・から、だが・・・重、い」
真人は、その場で崩れるように、上半身を倒した。体は重く、頭が働かない。頭、腕、足に鈍痛が広がる。遠ざかる意識の中で、話し声が聞こえた。
「これは・・・本部に・・・」
(わかり・・・さっそく・・・)
「しかし・・・生き残り・・・」
(議会は・・・判断・・・)
「私が・・・預かる」
(承知いたし・・・様)
その時、ぼやけた視界の中で、聖刻の皇帝と呼ばれた者が、仮面を外した。その顔は、影と真人の今の目には歪んで見えなかったが、おぼろげに映るその顔を真人は何処かで見たような気がした。
そこで真人の意識は途切れた。
「ううっ・・・」
仙は目を覚ました。鋭い痛みが体を襲い、そのおかげで一気に意識が覚醒する。仙が立ちあがり辺りを見渡すと、そこには、木々は薙ぎ倒され、地面は穴ぼこだらけの悲惨な現状が広がっていた。
「おいおい、一体これは・・・ん? 」
仙は地面に落ちている小さな手帳を拾った。それには、白銀高校生徒手帳と書かれている。開くと、そこには真人の顔写真の付いた身分証明書が入っている。
「これは、さっきの・・・上重・・・真人か。こいつは当たりかもな・・・」
そう言って、仙は真人の顔写真を指で弾きニヤリと笑った。
「ふわぁぁぁ・・・」
真人は起きた。やけに変な夢だったけど、しかしどこか楽しかった、そんなことを考えていると、
「・・・あれ? 」
背中に妙な違和感を覚える。自分の家のベットはもっと固くて、動くとギシギシいう筈なのにまったくもって静かだ。目を開くと家のしょぼい蛍光灯が、豪勢なシャンデリアに変わっている。
「…!? 」
真人は飛び起き、周りを見渡すとリサイクルショップでニイキュッパでセットで買ったテーブルと椅子が、何百万もしそうな高級アンティークになっている。ベットは折り畳みではなく、木製のダブルベットだった。布団をなぜると生地は柔らかく肌触りがいい。まさにシルクのベット、しかもダブル!そこで真人はやっと気付く。
「うちじゃない!? 」
しかも何やら体がスウスウする。そして自分の体を見下ろしてまたもや驚く。
「は、は、裸!? 」
そして、真人は窓にかかるカーテンの隙間から日の光が差しているのに気付くと、裸にシーツを巻き、カーテンを開け窓の外を見ると、そこには都心のようなごく普通のビルが連なっていた。
「いったい日本の何処だろう? もしかして外国とか」
そういって空を見上げた時、真人は今までの疑問はほんの些細な事だと思い知らされる。
「あ、あれ? ・・!? ち、ち、ちきゅ! ちきゅ! 」
真人は空を指差し、奇声を上げる。それもそのはず、空には自分がいるはずの地球が浮かんでいたのだから。真人は空に浮かぶ故郷にまで響き渡るように空に向かって叫んだ。
「一体ここは何処なんだぁぁぁぁぁ!! 」
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2005/10/08(Sat)01:19:22 公開 / 紳夜
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