- 『Your Good Time 1〜2』 作者:千夏 / 恋愛小説 未分類
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原稿用紙約11.05枚
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学校の帰り道。一応ここらも都会の類で、幾つもお店がある。洋服屋さん、お花屋さん、コンビニエンスストア。この道はすごい賑やかだ。でも一つ道を曲がると一気に違う世界になる。家ばかりで、店は一軒のみ。その、この細い道にたった一つの店っていうのが時計屋さんだ。私は入ったことがないけれどとても興味があった。
店の看板は少し古ぼけた文字で「Your time」と書いてある。文字は古ぼけているが、実際はまだ古くない店である。私はこの店のあなたの時間、という店名の響きが良くて好きだ。外からでは店内は暗くてよく見えないのだが、夜コンビニに向かう途中に一度、若いお兄さんが出てきたのを見たことある。真っ黒な髪に白い肌で、整った顔立ちをしてたのを覚えている。背も高く、モデルみたいだった。滅多に見れない恰好良い人だったので今でも鮮明に思い出せる。その人の隙間から見た店内には、時計がいっぱい掛けてあった。時計屋さんなのだから普通だと思うけれど、本当に時計ばかりで驚いた。いつか入ってみたいと思った。
―――――――♪
上手く弾けた、と思った。鍵盤からゆっくり指を離し、ペダルから足をゆっくり離す。発表会のときのように。
私は小さい頃からピアノを習っている。発表会にもよく出るし、何よりピアノがとても好きだ。
私の狭い部屋はほとんどがグランドピアノに占領されている。ふとその横の壁を見ると、小さな時計が掛かっていた。埃をかぶっていてもう動いていない。ただデザインが好きで買った覚えがある。ピンクに、赤の文字の時計。高校に入ったことだし部屋をリフォームしたいと思っていた。少し大人な雰囲気の部屋に。私は時計を取り外そうと、いすから立ち上がった。瞬間、
(コンコン)
いきなり、部屋をノックする音が聞こえた。どうぞ、と言って私は楽譜を重ねてからドアのほうへ向かった。
「相変わらずピアノが上手ね」
昔ピアノを習っていた須原紀子先生だった。
「あ、お久しぶりです」
言うと後ろに母が居るのが見えた。いつもの穏やかな笑顔をして、コーヒーカップを二つ持っていた。
「どうぞ中に」
先生を部屋に招きいれると、母はコーヒーカップを私に渡した。そして小さな声で言った。
「先生あなたにお話があるそうよ。長くなりそうだからってわざわざ訪ねていらっしゃったんだから、失礼の無いようにね」
分かった、と返事をし、私はコーヒーカップの中身を零さないようにドアを閉めた。振り返ると懐かしい、須原先生がにこりと微笑んでいた。
「お久しぶりです先生。どうぞそこにお座り下さい」
微笑み返し、先生が座ると私はその向かいに座った。コーヒーカップの一つを先生の前に起き、もう一つを私は一口啜った。
「久しぶりね、佳苗ちゃん。いきなり訪ねてごめんなさい。元気そうで良かったわ」
「いえ、先生もお元気そうで」
「ふふ。まだ生きてるわ」
また、にこりと微笑む。笑えない、先生は今年で何歳になるのだろうか。その言葉は妙にリアルで私は苦笑した。
「そんな意味で言ったわけではないですが。先生は今もピアノを教えているんですか?」
「ええ、一人だけね」
一人だけ。何か特別な一人なのだろうか。聞かずに私は一口コーヒーを啜る。先生も一口啜った。
「本題に、入るわね」
先生の目を見て頷いた。
「この前その子のレッスンしてたら―――――
「先生、この写真の子誰ですか?」
見たら、それは昔の教え子であった相沢佳苗ちゃんの映った写真だった。私は今は唯一の生徒である葉山瑞樹くんの手からその写真を受け取り、手でなぞった。
「懐かしい。この子は昔の教え子よ。相沢佳苗ちゃん。今はもう高校生かしら。この時は中学生ね。中学生にしては大人っぽくて、ピアノ上手だったわよぉ。小さい頃からやってたらしいしね。女の子らしい鮮やかな弾き方をしてたわ。その写真は、佳苗ちゃんが学校で撮ったからってくれたものよ。どっか行ったと思ってたら…私ったら楽譜に挿んでしまってたのね」
懐かしいなと思いながら、私は写真を瑞樹くんに渡した。
「へぇ。可愛いですね、この子。僕多分この子見たことありますよ」
その発言に私は目を丸くして驚いた。見たことあるって、夢とかそういうロマンティックなこと言う子じゃないのに。
「店の前をよく通るんです。制服着てるから通学路なのかな?少し顔付きが大人になってるけどこの子だと思います」
彼は時計屋を営んでいる。世界中に時計やアンティーク小物のマニアのファンがいるらしい。外国からわざわざ来る人もいるのだそうだ。
「すごい偶然、運命的じゃない。今度佳苗ちゃんにも言っとくわ」
瑞樹くんは綺麗な顔を崩さず笑った。本当に運命的だ。瑞樹くんと佳苗ちゃん、年の差はあるけれど美男美女の素敵な二人。きっと神様が巡り合わせてくれたんだわ。
私は勝手に恋のキューピッドになった気がしていた。
―――――ということなのよ」
先生はいつの間にか身を乗り出していた。私は一口コーヒーを啜り、聞いた。
「あの…その方は今何歳でどんな方なのでしょうか」
私の見たあの人が葉月瑞樹というのなら、少しは運命を信じてもいいと思った。
「真っ黒な髪に美白で、とっても素敵よ」
私の中の葉月さんが微笑みかけてきたのだった。
○
私はピアノの横の壁に掛けてある時計を、そっと外した。埃がすごい。息を止めて、ゆっくりと廊下に出す。
「はぁ」
時計を出しただけだが、私はピアノのいすに座って一息吐いた。どうしてあんなに埃が溜まるまで放って置いてしまったのだろうと、自分を恨む。こういう作業は苦手なのに。
ピアノを弾こうと思い、私はレッスンに持っていく用のバッグからコピーした楽譜を取り出した。ベートーヴェンのピアノソナタ第十四番嬰ハ短調「月光」第一楽章。最近お気に入りの曲で、他の曲の練習そっちのけで弾く。私は早い曲よりゆっくりな曲の方が好きなのだ。弾くのも、聴くのも。
―――――――♪
そっと鍵盤から指を離した。まだ頭の中で一定のリズムが流れている。私はこの曲の徐々に流れる感じがとても好きだ。物凄いピアノを聴いたときは涙が流れそうになったほどである。
楽譜をバッグにしまい、私は分厚い冊子のハノンをパラパラと捲った。半分くらいのところで、一枚の白い紙が挿んであった。須原先生が来た時に葉山さんのアドレスと電話番号を書いた紙をもらったのである。今思うと私が持ってる意味は無いと思うのだが、須原先生がさも当たり前のように渡してきたので、勢いでもらってしまったのだ。これをどうしろと。会ってもいないのに。
私はとりあえずスカートのポケットに畳んで入れて、財布と携帯電話だけ持って外に出た。親には掃除の息抜きにコンビニ行ってくると言って。
私は散歩が好きだ。老けてるな、と言われればそれまでだが、散歩はお金もかからないし新たな発見もあるし、何より急がなくていい。健康にもなるし。大袈裟に言えば、散歩同盟があれば入ってもいいくらいだ。
ふと、前方から同年代の男の子が歩いて来るのが見えた。私は道の端に寄り、知り合いなのか誰なのかを見定める。五十メートルくらいのところでそれが誰か分かった。同じクラスの葉山翔太くんだ。中学のときはしょっちゅう学校の友達に会うことはあったが、高校に入ると色々なところから来るので道端でばったり、というのは滅多に無かった。彼は明るめの茶髪に少し派手な格好のわりに気さくで良い人だ。しかも顔はけっこう美男子といった感じである。友達も多いのだろう。はたして私のことを覚えているのだろうか。
歩みを緩めた。葉山くんがこちらに気付いてはっとする。にこりと笑ってくれた。
「偶然、相沢さんじゃん。何してんの?散歩?」
私はつられて笑顔になって言った。
「よく分かったね。散歩してたの。葉山くんは?家ここら辺なの?」
「うん、ここら辺、つーかあの家?」
にかっと人懐こい笑顔になって、指差したのは大きなマンションだった。まだできて新しいので、引っ越してきたのだろうか。この辺で大きな建物と言えばそのマンションで、周りは低いのでそのマンションは際立っていた。
「えーすごい!あのマンション高そうだよね。まだ新しいし。引っ越してきたの?」
「そ、二年前にね。微妙にご近所さんだし、クラス一緒だし、縁あるなぁ。よろしく佳苗」
いきなり名前を呼び捨てにされたので私はドキッとした。まだ一人としか付き合ったことがない上に呼び捨ても女友達かその元彼しかいなかったので、私にとってそれは強烈すぎた。耳が赤くなる。
「よ、よろしく」
私の様子に気付いた葉山くんは、
「かなり可愛い。いじめすぎちゃってごめんね。じゃ、ばいばい」
あっさりと手を振って歩いて行ってしまった。今時の女子高生である私が言う言葉では無いけれど、今時の高校生って凄いな、と思った。
またしばらく歩いていると、私はふと葉山という名前に縁があることに気付いた。葉山くんと葉山さんは兄弟、そんなことを考えてしまう。しかし年の差があり過ぎる気もする。でも二人とも顔は整っているし…。
私は方向転換して、家に帰ることにした。須原先生に電話しようと思いながら。
つづく
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2005/10/09(Sun)15:37:04 公開 / 千夏
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■作者からのメッセージ
こんにちは、千夏です。前回レスくれた皆様、本当にありがとうございます!覚えててくれた方もいて…感謝感激雨嵐ですwそしてまた読んでくれた方ありがとうございます★
メッセージの前に、一つ謝らなければならないことがありました。前回の投稿者からのメッセージのところに「ところで、この話はどうでしたか?」って書いてあるんですよ!自分で書いたんですけど!これじゃもう終わりって言ってるようなものですよね;誤解させてしまって申し訳ありません…。まだ続くのでしばらくこの作品をよろしくお願いします;
今回は、もうなんでも来いって感じで。葉山2が出てきました。関係ないですが私は葉山さんのほうが好きです(爆
次は多分葉山翔太くんのほうに何かやってくので、暇なときどうぞ読んでやってくださいw 千夏でした。