- 『好き好き大好き!!』 作者:水芭蕉猫 / ショート*2 リアル・現代
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全角6057文字
容量12114 bytes
原稿用紙約19枚
一人の男のドッキリ恋愛体験。規約に引っかからないであろう程度ですが、微弱な下ネタが入りますので苦手な人はご注意を。
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学校から帰ると玄関の前にバラの花束があった。
そのバラの花束は、アパート三階の通路、俺の部屋のドアの前に無造作に置いてあった。棘が切り落とされた真っ赤なバラの花は、しっかり丁寧に何枚もの白い薄紙でラッピングされ、しかも取っての部分にはピンク色のリボンまでが幾重にも結んであった。
(なんだこれは……)
気味悪く思いつつも、これを退けねば中に入れないので仕方なしに持ち上げると、コンクリート作りの床にぱさりと落ちた白いメモ用紙が目に入る。
なんだろうと拾い上げて中を見てみると、そこに書いてあったのはこんな文章。
『私からのささやかな気持ちです。どうか受け取ってください』
無機質なワープロ打ちの文字には何の気持ちも感じられず、俺は何か手の込んだ悪戯だろうかと思いつつ、くしゃりと紙を手で握りつぶした。
鍵でドアを開いて中に入ると、入って早々ゴミ箱に花束を押し込んだ。
気味悪いこともあるもんだ。
そう思いつつ、狭い部屋にて重たい鞄を床に放り投げると、座椅子に座ってテレビをつけた。
一人暮らしを始めて半年。
俺が高校に入学すると同時に両親の転勤が決まった。成績ギリギリでやっと地元のヘボ高校に受かったような俺は、今更別の高校を受験する気などサラサラ無く、近所の安アパートを借りて不安一杯で生活し始めたわけだが、暮らしてみればなるほど大した寂しさは無く、中々に学校も楽しい。
アパートから十分も歩けば、小学校から一緒の学校に通ってる幼馴染の悪友、千石も居る。もちろん高校も一緒だから、いつでも会える。
少し寂しく感じたら、千石を呼ぶか遊びに行くかする。遊びに行けば千石のおばさんが晩飯ご馳走してくれる。もちろん甘えっぱなしは良くないから遊びに行って、メシまでご馳走してもらうことはあまり無いが……。
しかし最近千石には彼女が出来た。同い年の誠実そうな結構可愛い子だったのを覚えている。だから、俺は気を使って学校以外では千石とはあまり話さなくなったし、家に遊びに行くことも少なくなった。千石が彼女とヨロシク出来ればいいと思う。
『すげーいい子なんだよー』
とか自慢げに話していた千石の笑顔が脳裏に過ぎる。
翌日、バラのこともすっかり忘れていた俺は、テレビを見ながら少し早めの晩飯代わりのカップ麺をすすっていると、玄関チャイムが鳴るのを聴いた。
新聞の勧誘だったら断らなきゃ等と思いつつ、はいはいと言いながら開けてみるとそこに居たのは小さな小包を持った配達員。
「荷物お届けに参りました」
「はぁ、どうもご苦労様です」
受け取りサインにはんこを押して、包みを見ると、受け取り先は確かに俺の名前になっている。そして送り先に住所は無く、名前も明らかに仮名だと思われる『山田花子』。
恐る恐る厚紙を開いてみると、中に入っていたのはぎっしりと詰められているそれはそれは旨そうな高級本格生ラーメンの詰め合わせ。
俺の好物だ。
些か不気味に思いながらも、何袋も入っているそれを箱から出していくと、中にはまた一枚の紙切れが入っている。
『ささやかなの気持ちです。どうか食べてください』
ワープロで書かれた無機質な文字は、昨日のバラを髣髴させた。
途端恐ろしくなった俺は、紙切れを破って丸めてゴミ箱に捨てるとラーメンを箱に戻して台所の隅に置いた。
そして足早に戻るとカップ麺の残りを胃に掻き込んでさっさと布団に入って寝た。
昼飯時、学校で千石にそれを話すと、笑われた。
「お前に気がある奴でもいるんじゃねぇの?」
人の気も知らないで笑う千石に俺は正直ムカっときた。
「なんなら俺がくっついててやろうか?」
「うるせー余計なお世話だ!!」
からかい口調で言う千石にチョップをかますと、その日はもう千石とは話さなかった。
正直家に帰るのは怖いのだが、ストーカーぐらいでビビれるか。自分で捕まえてやるという空元気な意気込みで家に戻ると、郵便受けに、少し立派な作りの表紙が黒い皮で出来た手帳が挟まっていた。
中を開いてみてみると、女みたいな丸文字で書いてある。
『世界で貴方が一番好きです。どうして解ってくれないの? あぁ、大好き、好きです。大好きです。世界一愛しいカズヤ』
『何故貴方は振り向いてくれないのですか? こんなに愛しているのに、どうして気づいてくれないの?』
『カズヤ、カズヤ、愛しいカズヤ。家に居ても外に居てもカズヤのことばかり考えています。切れ長の瞳に少し痛んだ茶色い髪。不機嫌そうな表情が偶に見せる笑顔が溜まらない。好き。好き。大好き』
そこまで読んだ時点で寒気がした。
カズヤというのは俺の名前。
慌てて手帳を閉じると、管理人に見つかったら怒られるのを承知で廊下の窓から手帳を投げ捨てた。
家に入ると即座に鞄を投げだして制服のまま布団に入った。
警察に行くべきか?
しかし、家に入られたわけではない。何時も決まって玄関どまりで、しかもここはアパートで、受け取らなければいい話かもしれないが、それでもやっぱり怖い。
千石を呼ぶべきか? いや、しかしまたからかわれるのが癪だ。
遠く離れた両親に電話するべきか?
いやいやいや、相手はきっとどうせイカれた女に決まってる。女にビビるな。大丈夫だこれ以上はきっとないはず……。それにもしかしたら学校の誰かが俺をからかってるだけかもしれない。いやしかしあんな高級そうなラーメンを大量に郵送何てからかうくらいでするものか……。いやいややっぱりどこかの誰かの嫌がらせだろうか。
悶々と考えるうちに夜が更ける。
学校へ行って家へ帰るのがこんなに憂鬱なのは初めてだ。
寝不足なまま授業を受けた俺は、案の定授業中に居眠りして教師に起こされクラスには笑われ、昼飯時にもからかわれ。まったくもって最悪だ。この怒りを千石で発散させようとしたら今日は休みでがっくり来た。どうせまたサボりだ。千石は俺よりアホだからよく授業をサボるのを俺は知っている。どうせまたどっかで遊んでるんだろう。
こんな目にあわせたお礼は女であろうとタダでは済まさないと胸に誓って、俺の部屋へと続く階段を上る。
郵便受けに入っていたのは、茶色い封筒。
茶色い封筒は少し分厚く、何かが入っているのは確実だ。
部屋に入り、座椅子に座って、何が来ても驚くまいと心の準備をしてから開いてみてみると、それは俺の写真だった。
何十枚もの写真が、ぎっしりと茶封筒の中に入っていた。
どこから撮ったのか、玄関から出て行く時の写真から、クラスのダチと談笑している写真、体育でサッカーをしている写真まである。家でテレビを見て寛いでいる俺の写真、通学している途中の写真。何にしても言えることは、俺はこんな写真とって貰った覚えが無いということだ。
そして、入っているのはやっぱり白い紙。
ガタガタ震える手で紙を引っ張り出して中を見ると、書いてあるのはこんな文。
『よく撮れてるでしょう?』
掠れた悲鳴を上げて写真と紙を振り払うように投げ捨てると、誰かに見られている気がして慌ててカーテンを閉めた。
カーテンにしがみ付いたまま床にへたりこみ、どこかで太鼓みたいな音が鳴っていると思ったらそれは自分の心臓の音だった。
ピンポンと玄関チャイムが突然なって、一瞬体が飛びあがりそうになった。
おそるおそる扉の覗き窓から見てみると、そこに居るのは少し大きめの包みを持った配達員。
「荷物お届けに参りました」
「……ご苦労様です」
チェーンロックをかけたまま、玄関のドアを開くと、俺ははんこを持った手だけをだして荷物を受け取った。
受け取り先は俺の住所と名前。
届け先は聞いたことも無いような会社の名前で、荷物の中身欄には『化粧品』となっている。
震える息を落ち着けながら、厚紙の箱を開いていくと、中に入ってたのは、いわゆるアダルトグッズ。
大きな男性器を模したピンクのシリコン製のその器具は、箱の中に堂々と鎮座していた。一緒に入っていたのは白いローション。そしていつもの紙きれが一枚。
文面は読まずに中に荷物が入った箱ごとを床にたたきつけると、居てもたっても居られず足にサンダルを突っかけガチガチ震える手でチェーンロックを取り外し、鍵もかけずに暮れなずむ外へと駆け出した。
どれぐらい走ったろうか。
走りなれないサンダルで、走って走って向かった先は千石宅。
理由はとりあえず奴の家が一番安全だと思ったからだ。
とりあえず今のところ一番頼りやすいのは奴の家だと思った。
どんどんどんとチャイムも鳴らさず千石の家の扉を殴りつけると、出てきたのは千石自身。切羽詰ったような表情だっただろうと思う。慌てて家の中に逃げ込むと、千石はぎょっとした顔で俺を見た。
「どうしたんだ? そんな慌てて」
俺ははぁはぁと肩で息をしながら千石を見返した。そして、あからさまに腰が抜けるのを感じて、玄関にへなへなと座り込んだ。
「おばさんは?」
「近所のおばさんと一緒に一泊二日温泉旅行に行ってる。親父は出張。今日は俺一人」
千石の部屋でホットココアを飲みながら、小さな声で尋ねた。
震えが収まらぬ体に千石は根掘り葉掘り聞くことは無く、暖かなココアを入れて俺に渡してくれた。
千石の小奇麗に整えられたベッドに座った俺は、ココアのカップを持ちながら、そうかとまた小さく言って、手のひらに伝わるカップの暖かさを感じていた。
「悪い。突然来ちゃって」
ぽつりと言うと、千石は隣に座って言った。
「いや、別に来るのは構わないけど、どうしたんだ?」
心配そうに聞かれてしまって、俺は言いあぐねた。
言ってしまえば楽になるかもしれない。しかし、何と言うべきか。自分の写真がぎっしりと送りつけられたとか、身に覚えの無いアダルトグッズが届いたとかをありのままに言えば言いのだろう。しかし、俺の口は舌が痺れたように言葉を発せられない。思い出すだけで、歯がガチガチと震えそうになる。
俺が何も言えずに黙っていると、千石は小さくため息をついて立ち上がった。
「何かメシもってきてやるよ」
部屋から出てゆく千石の背中を見送り、一人になった部屋で俺は俯いた。
実際的な被害は無いものの、正直に怖い。怖くて怖くて仕方ない。
暖かなココアをまた一口飲んで震えそうになる体を宥めると、容疑者を頭の中にめぐらせる。昔こっぴどく振ってしまった女だろうか。それとも昔虐めてしまったあいつだろうか。いやしかしアレから随分と立ってるけど、いやいや人間と言うのは怖いからまだ根に持ってるかもしれない。
ああでもないこうでもないとうなっているうちに、足元――千石のベッドの下に半分隠れている――に何か紙切れが落ちているのに気が付いた。
拾い上げて見てみると、それは俺の通学途中の写真。しかも、俺はこんなもの撮らせた覚えは無い。
カップを乱暴に床に置くと、屈んだ俺は千石のベッドの下に手を突っ込んでかき回した。
すると、何枚も何枚も出てくる。全部が全部俺の写真。普段から綺麗にしているのか、埃等は一切出てこなかった。
動悸が激しくなる。呼吸が苦しくなる。喉つまりを起こしたような気分だ。
「カズヤ?」
後ろから話しかけられて、自分でも驚くぐらい体が跳ね上がった。
振り向くと、そこに居たのは暖かそうな湯気を立てる丼を持った千石。
「カズヤ?」
もう一度名前を呼ばれると、得も知れぬ不安に息が震えだす。
「見たの?」
丼を、ドアの傍にある勉強机の上に置いた千石は、ドアを閉めて内側から鍵をかけた。
「ねぇ、カズヤ、写真見たの?」
千石が近づいてくる。その表情はあくまで冷静で、声音はあくまで千石そのものだ。いつもと同じ千石が、妙に怖い。
「ど、どういうつもりだ、言えよおい!!」
精一杯の虚勢を張って問いただすと、千石は突然物凄い勢いで俺に向かって土下座した。
「ごめんカズヤ!! でも俺、どうしても我慢できなかったんだ!!」
何度も何度もゴメンゴメンと床に頭をこすり付ける千石に、若干恐怖のような感情を覚えつつも怒りがふつふつと込み上げてきた。結局は千石のイタズラだったってわけかよ。
「謝って済むか!! 凄ぇ怖かったんだぞ!!」
立ち上がって怒鳴りつけると千石はなおも一層床に額をこすりつけて謝ってくる。
「本当に悪かったと思ってる。だって小さいころバラ好きだって言ったしカズヤラーメン好きだから喜んでくれると思ったんだ!! でも俺からだってバレると恥ずかしいから黙ってたんだ。それに俺の気持ち、少しでも解ってほしくて……」
そこまで言うと、千石は顔を上げて俺をまっすぐに見つめてきた。
「黒い手帳見てくれただろ? あれ、俺の気持ちだから!!」
瞬間俺は意識が遠のきそうになった。おいおいマジかよ。でも確か千石の筆跡とは大分かけ離れた文字だった気がするが……。
「バレるの嫌で文字練習したんだ……でも伝えるなら普通に書いたほうが良かったと心から後悔してるんだ。ごめんカズヤ、本当にゴメン!!」
頭が痛い。ずきずきする。
「いやお前彼女居ただろう」
「美咲とは別れた」
指摘すると、きっぱりと言う千石。
「何で? お前スゲェ自慢そうにしてたじゃん。喧嘩別れでもしたのか? でも凄い大人しそうな良い子だったじゃねーか」
何とかしないとと思い、おそるおそる千石を宥めようとすると、千石は突然立ち上がって俺をベッドの上に押し倒した。
「ダメなんだよ」
頭の両脇に手をついた千石が本気の目で俺を見下ろしている。冷や汗が止まらない。心臓がバクバクと脈打っている。緊張ではない。これはれっきとした恐怖だ。
「お、おい?」
「ダメだったんだ……カズヤじゃなきゃ勃たないんだ!!」
瞬間、背中に衝撃のようなものが走り、俺は千石の顔面を殴ろうと腕を振り下ろしたが、俺よりもずっとガタイの良い千石にあっさりと腕を封じられてしまう。股の間に足を割りいれられ、急所攻撃もままならず、じたばたと足掻いている途中で千石は泣きそうな声で言う。
「ダメなんだよ。美咲を抱こうとしたらカズヤがちらついてさぁ、胸を見ても腕を触ってもキスしてもさぁ、カズヤの胸はこんなに柔らかくないとかカズヤの腕はこんなに細くないとかカズヤの唇はこんなにツヤツヤしていないとかカズヤの髪はこんな匂いじゃないとかさぁ」
熱に浮かされたようなその声に、寒気がしてきた。
千石の声はまだ続く。
「やっぱり自分の気持ちは抑えられないよぉ、なぁカズヤ、カズヤが好きなんだよぉ」
体が震えてたまらない。
ねっとりと耳元にナメクジが這うような気持ち悪い感触がしたと思ったら、千石が頬から耳元にかけて舐めている。
恐怖に身が凍った俺の耳元で、千石が囁いた。
『好きだよぉカズヤぁ、好きだ好きだ、大好きだ』
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2005/10/03(Mon)15:22:55 公開 / 水芭蕉猫
■この作品の著作権は水芭蕉猫さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
久しぶりに書く、舞台が現代。
三分の一は芭蕉が体験した事実です。
念頭に置いて読めば更に怖くなるかもしれません。
登竜門での限界にチャレンジしたくてしました。
怒られるだろうなぁ怒られるだろうなぁと思いつつ、チャレンジする自分はきっとアホだと思ってます。でもエロもグロも無いからどうなんだろう。
芭蕉は何が書きたかったのか?
迫られる恐怖を書きたかったのです。
なので、別に男性ではなく女性でも良かったわけですが、女性にすると芭蕉のトラウマが深く抉られますのであえて男性にしました。あと芭蕉の趣味も含みます。
ついでにサスペンスにするか迷いましたが、これはサスペンスではないですよね。
これを書くために友人各々に、どこで逃げ出すか聞いたところ写真で逃げ出すそうです。なのであえて最後は二ついっぺんに届くように仕向けてみました。タイミング良過ぎなのはご愛嬌ということで。
苦情、意見、何かありましたら、お手柔らかにお願いします。小心者なので……;