- 『隅にいる子は (改訂版)』 作者:勿桍筑ィ / ミステリ ホラー
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全角7054文字
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原稿用紙約22.6枚
『隅にいる子は』
彼はいつもそこにいる。いつもそこに立っている。授業が始まってもそこにずっと立っている。
彼に会ったのは、僕が四年生に上がって、初めて四年生の教室に入った新学期のことだった。最初僕は、隅に立っている彼を見て、恥ずかしくて椅子に座れないのだと思っていた。僕より早く教室の中にいた子も僕と同じ意見であった。
僕は彼に話し掛けてみようと思ったが、自分も初対面の相手は苦手でもあったからその時は止めた。
僕が教室に入って、数分して女の先生が来た。――担任の先生は、すぐに生徒の数を確かめて、こう言った。
「みんなちゃんと座っているわね」
僕は、先生のその発言には驚いた。隅にはまだ座れずに、困っている生徒が居るではないか。――このクラスを担当するであろうこの先生は、学校の中でも生徒から人気がありとても優しく、誰に対してもこんなにひどいことをする人ではなかった。
「先生!」
するとある友達が、すかさず手を挙げて質問をした。
「何?」
「隅にいるあの子の席は?」
その言葉に僕たちは、一斉に「席は?」や「先生、あの子はどうするの?」とか言い、騒ぎ始めた。僕もみんなと一緒に言った。
「隅……? え?」
先生は首を傾げて、隅を見た。
「みんな、何言ってるの? この教室にはみんな意外には誰もいないわよ」
先生のその言葉に、みんな不思議そうに互いに顔を見合わせた。
「さっさみんな静かにして! 先生の話聞いてね」
「先生!」
生徒の一人が、再び質問した。
「先生怒るよ」
先生には本当にあの子が見えないのだろうか。それとも、唯意地悪をしてるのか?
すると、その言葉に傷ついたのか一人の女の子が急に泣き出した。それをきっかけに、その子を泣かせたと言うことで、先生へ罵声に似た言葉が飛び交った。
「あー! 泣かせたー!」
「先生、本当にひどいよ!」
「最低!」
先生に対する批判で教室内は騒がしくなっていった。
「みんな! 静かにして! 先生が悪かったわ!」
っと先生が謝ってもその声がもうすでに、生徒の耳に届かなくなっていた。
そして、ついには先生も泣き出してしまった。
「――何事だ?」
このクラスだけ騒がしいのを不思議に思って、ちょうど見回りをしていた教頭先生がドアを開けて入ってきた。
「何があったんだね!」
「先生が……。先生が……」
教頭先生は、教卓のそばで泣いている先生に気が付き、すぐさま先生の体を支えて教室から出ていってしまった。
その後、すぐに教頭先生が来て、今後の先生のことや、何が起きたのかとか、色々と説教をしていった。
新学期早々、学級崩壊。
これが彼とはじめて出会った日のことだ。
彼は、ずっとそこに立っている。
僕はある時、彼に話し掛けたことがあった。最初は、恥ずかしく思っていたが、どう思っても彼がずっとあそこに立ち続けているのに、先生は何も言わないなんて、おかしいと思っていた。
彼は何者なのだろう? 何故あそこに立っているのだろう。次第にみんな、ゲームのように彼に話し掛けることをして、正体を暴こうとするようになっていった。
この行動にクラスの中には、「いじめだから止めなよ」と言う子もいたが、先生は全く気にしていなかった。
そして僕もこのゲームに参加していた。僕以外の人はことごとく話を聞けないで終わっていたが、僕はみんなにあっと言わせたく、ある計画を立てて彼の話を聞くことにした。それは、みんなの居ないときだと思った。一人の方が、みんながいない方が、彼は話しやすいと思ったからだ。そして、みんなが唯一みんな居なくなるのは、放課後。
「おい! 一緒に帰ろう!」
帰りの会が終わり、友達が僕に話し掛けてきた。
「ごめん! 今日はやっていきたいことがあるから……」
僕は、両手を会わせて友達に謝った。それと一緒に、今日のことがばれないで欲しいとも思っていた。
「そう。わかった、じゃあ別なやつと帰る」
僕は友達に悪いとも思ったが、今日はしょうがない。
それから数分して、予想通り、教室内には僕と彼しか居なくなった。彼は、いつも通り、帰る仕草など無い。
教室は、静かで、夕日でオレンジ色に染まっている。
僕は、隅に立っている彼に話し掛けるために机から隅に行った。
話し掛けるのはドキドキした。それでも、僕は今日必ず正体を見破ると決めたのだ。
僕は意を決して彼に話し掛けた。
「……ねえ、君? 名前は何て言うの?」
「……き、み、は?」
喋った。僕は凄く嬉しかった。これでみんなに自慢ができる。でも、まだ駄目だ。
「……き、み、の」
彼は再び話した。あんなにみんなには喋りもしなかったのに、何故僕には話をするのだろうと思った。――この時は、放課後でみんないないからだと思っていたが、実はもっと深い意味があった。
「ああ、僕の名前は、きむらさとし」
僕は、彼の俯いている顔を覗きながら名前を言った。
「君の名前は?」
僕は、彼の名前など正直どうでも良かった。そんなことより、早くみんなにこのことを知らせたかった。もう正体などどうでも良くなっていた。
「ぼ、く、の……な、ま、え、は」
うきうきした気分でいた僕には、彼の声が聞こえていなかった。
僕は、彼が何かを言っているのにも気づかずにランドセルを持って教室を出てしまった。
「……な、ま、え、は、き、む、ら、さ、と、し」
彼は誰もいなくなった教室で、一人何故一人の男の子だけに話をしたか真相を話し続けた。もちろんその内容は誰も知らない――。
彼はいつもそこに立っている。
僕は朝学校に着くと、すぐ友達に昨日のことについて話をした。
名前を聞いたことや、彼の声はとても低かったことなどを。
しかし、いくらはなしてもみんな信じてくれる様子はなかった。僕は、みんな悔しいんだと思っていた。
「っで名前は何て言うの? あの子」
話し掛けた友達の中にいた一人の女の子が、僕にそう聞いた。
「え……それは……」
僕は焦ってしまった。そういえばあの時、彼の声を聞けただけでうきうきして名前を聞いたのは良いが、彼の口から聞くのを忘れていた。
「え? 聞いてないの? やっぱり、嘘ね」
女の子が、そう断言すると周りにいた子もみんな僕のことを無視して、別な話をし始めた。
「なんだよ。みんなで僕をのけ者にして……」
僕は、悔しくて独り言を呟いていた。
「何よ! そんな事言うなら、今ここで証明してみなさいよ」
僕の独り言が聞こえたらしく、女の子は反論するように強制してきた。
「分かった。じゃあ、みんな僕についてきて」
僕はみんなを、彼の居る隅に連れていき、みんなの前で彼に話掛けることにした。
俯いている彼の顔を覗き込みながら、話し掛けた。
「君? 昨日はごめんね。みんなと一緒に話そうよ」
彼の前には、僕を始め、その時教室にいたほとんどの子が集まっていた。
「……な、ま、え、は」
喋った。彼がみんなの前で喋った。
「ほらね! 今聞いた? 聞いたでしょ! 僕の言うことが証明されたね」
僕は、彼が喋ったことに再び興奮した。みんなの方を振り返って、指を突き立ててみんなに認めさせた。
「うん。でも待って、何か言ってるよ」
僕が興奮していると、僕についてきた子の一人が落ち着いて僕に話し掛けてきた。
「え?」
その言葉に僕はまた彼の方を振り返り、彼の言葉に期待して彼の俯いたままの顔をみんなで覗いた。
「……な、ま、え、は、」
彼の声は、子供とは思えないほどの声で話している。
その時、教室に男の先生が入ってきた。新学期の初日に泣いてしまっ他薦生の変わりの先生だ。
「はい! みんな座って!」
先生は、パンパンっと手を叩きみんなに注意した。それにより、彼の声は完全に掻き消されてしまった。
僕が、先生の言うとおり、席に座ろうと彼から立ち去ろうと後ろを振り返りみんなにも呼びかけようと思いみんなを見たら、みんなの顔が真っ青になっていることに気付いた。
「ん? どうしたの? みんな、先生来たよ――」
その時だけ、教室内の音という音が全て消え去ったような気がした。今の状態だと、一人一人の心臓の音とかが聞こえるかもしれない。
「きゃぁぁぁぁ!!」
そしてすぐに、ある一人の女の子が金切り声と呼ばれる声を出した。それを始めとして、新学期の如くみんなが騒ぎ始めた。今度の場合は、罵声をあげるのではなく、みんな悲鳴を上げていた。僕は何が起きたのか分からなく、その場に立ち尽くしてしまった。
先生は、一生懸命みんなをなだめている。
僕はとっさに、彼を見た。
「あれ?」
彼の姿が消えていた。どうしてだか分からない。でもこれだけは言える。この騒ぎは彼の発言によって生まれたものだ。――僕は、その発言の内容を知らない。
この騒ぎを聞きつけて、他の先生方もやってきた。
そんな中、僕はみんなに真相を聞こうと、何故か分からないが、怯えている友達に近寄ったが、何も話してくれなかった。
――それから、一応落ち着いたものの彼の発言を聞いた僕以外の友達は怯えていたり放心状態で居たりするので、その日は一度クラス全員を帰させることにしたらしい。
彼はいつもそこに立っている。
今日は、昨日のことがあり、みんな休んでいる。でも僕は、彼の発言内容を聞いていないので休まなかった。それに、僕以外にも休んでいない子もいる。それは、僕たちの行動をいじめだと見ていた子たちだ。
教室にはクラスの半分位だけ。――隅には、やはり彼。半分は来ているので、学級停止にはならなかった。
先生は、昨日何があったのか全く理解できていなかった。それに、未だ先生は彼の存在に気づいていない。僕は、彼のことが気になった。でも、彼のせいでみんながああなったこともあって、怖くなってしまった。
そして僕は、彼を見るのはやめた。見るのを辞めたと言うより、見れない。しかし、僕の背中には朝から帰るまでずっと、背中に彼の視線を感じている。ずっと見ているのだと思ってしまう。――それから一年間は、ずっと彼の視線を感じ続けた。
次の日には、休んでいた子の何人かが来た。
でも、この子達が来たことにより、僕は何故か不思議な気持ちに陥ってしまうことになった。それは、声を掛けても、誰も話してくれないこと。
「みんなどうしたの?」
僕は気になり、何度何度も話し掛けた。しかし、みんなは何も話してくれない。
次の日には、ほとんどの子が揃った。でも、何故か僕には、みんな目も合わせてくれない。目を合わせるどころか、ここに僕がいないように感じてきてしまった。
僕は、みんなと同じように恐怖を感じてきた。
僕は、実はここにはいないんじゃないか? 本当は今、彼と同じ状態とか。怖い。怖い。何故だろう。今まで普通に暮らしてきたのに、彼に話し掛けた日から突然こうなった。いや、実は彼と出会ったあの日からずっと……。
彼はいつでもそこに立っていた。
この一年で、僕の立場は大きく変わった。学校にはとても居にくくなった。友達も先生も声を掛けてくれなくなった。「何で話をしてくれないの?」、っと聞いても何も答えてくれないし。
そして最後には僕の唯一の心の支えであり、話し相手は、両親だけになっていた。
彼はいつもそこに立っていた。
僕は、あの日から一年経って、五年生になった。五年生の教室にはいると、今まで何も喋ってくれなかった友達が、何故か五年生になった新学期の今日はみんな声を掛けてくれた。嬉しかった。更に、隅に目をやると彼の姿は無くなっていた。
数分後先生も来た。あの時の女の先生だった。――学級崩壊になり、先生は精神的に病んでしまったようで、ずっと学校には来なかった。学校を辞めるのではないかとも言われた。でも、今までお世話になった生徒から、励ましの言葉がきてまたこの学校に来ることを決めたという。
「みんなちゃんと座っているわね」
あの時のように先生が確認を取った。
「はい!!」っとみんな一斉に発言した。
やっと元通りになった。この一年恐怖だった。彼に出会ったあの時から恐怖の連続だった。いや、でも最初は彼と友達になりたかった。彼が可哀想に感じたからだ。でもそう思ったその日から、僕の学校生活の一年が恐怖に変わったのだ。
これで僕の学校生活で起きた事件の話は終わり――。
全部元通りになった。
「ただいまー!」
この日、六年生になった少年が学校から帰ってきた。
その声に、家の中にいた少年の親が返事をした。
少年は、親にも会わずに即部屋に行った。
「はあー疲れた」
少年はランドセルを机の上に置いた。
部屋には窓が一つあり、机はその窓の方を向いて置かれている。部屋には、少年の好きなアーティストや、アニメのキャラクターのポスターが壁に貼ってある。ドアから真っ正面には押入がある。この部屋の造りは、上から見ると細長い長方形である。
少年は、部屋にはいるとすぐ窓際にある机に向かった。自分専用のパソコンを起動し、ホームページに二年前の忘れることもできない彼についての物語を書くことを思いついたのだ。――学校で先生の話を聞いているときに、突然頭の中で何かがひらめいた。あの事は、もう僕しか覚えていないことだった。
学校で友達に、二年前のことを尋ねたところ、
「何のこと? 隅に?」
っと何も覚えていなかった。
「さーて、何て書くかな?」
少年は早々に、彼について書き始めた。恐怖は未だにあるが、少し薄らいでいたのは確かなことだ。まずは題名から。
「題名。題名。題名……」
なかなか題名が決まらないでいた。その時、またもや頭の中で何かがひらめいた。――『隅にいる子は』。
題名が決まった途端、一気に書くことができた。
だが、話が中盤になった頃に突然手が止まった。
「え……」
何かが、隅にいる。
「お、お母さん?」
だが、返事はない。
返事はない。でも、絶対に隅に何かいる。
彼についての話が中盤に差し掛かったとき、あの時のあの視線が背中に感じたのだ。あの時の恐怖は、今でも鮮明に思い出せる。だが、あの時の視線とは間違った感じだ。――あの時は、背中にとても重苦しく、恨みのこもった視線だった。何でこんなに見るのだろうと思っていたが、結局その原因は分からなかったが。――しかし、今はそれとは全く逆に、何か良いことがあったかのような視線である。笑っている感じもある。
「え……あ……」
少年はいつの間にか、嫌な汗を掻いている。そして、顔面蒼白である。
この状況では部屋から出て、親を呼びに行きたかったが、そんなこともできない。 少年は自分を落ち着かせるために、目を強くつぶった。
「居なくなってくれ。居なくなれー」
少年は声を出して強く願った。何度も何度も呪文を唱えるように。
そしてこの声に、親が気付いた。そして部屋に来た。でも少年は親の存在に気付かないにでいる。
「どうしたの?」
親が少年に呼びかけた。だが、少年は全く気が付いていない。
「そう」
少年が何も返事をしていないのに、少年の親は何かを聞いてリビングに戻ってしまった。
少年はそれから少しして目をゆっくり開けた。親が来てから、背中に視線を感じなくなったのだ。少年にとっては突然だが。
「誰もいない……よな」
少年は首を回して部屋全体を見回した。
「はあ」
視線を感じなくなったのは正解だった。部屋には勿論のこと誰もいない。
少年は、再び話を書き始めた。恐怖がまだ継続していて、なかなかはかどらなかったが、パソコンに向かって四時間位だろうか、少年が家に帰ってきたのはお昼、そして今は、夕日が輝いている。今まさに書き終わった。
「はあ。よし! できた。これでみんなに公開できる」
少年は、それをネット上に公開して、パソコンの電源を切って、部屋から出た。
リビングには、母親と父親が居た。
「あ、お父さん帰ってたんだ」
少年が声を掛けると父親がこちらをふと見た。でも、すぐに目を戻した。
「なに? 無視?」
少年は呆れて、リビングにあったソファーにに腰掛けた。
「お母さん、何か無い?」
少年は昼からずっとパソコンをしていたので、お腹が空いていた。
しかし、少年の呼びかけには誰も答えない。
少年は声を上げた。
「何だよ! 僕が何したって言うんだよ!」
それでも少年の親は、何も表情を変えずにいる。するとその時やっと父親が口を開いた。
「おかえり」
「ただいま」
少年は答えた。だが、少年はすぐにそれが自分に対して掛けられた言葉ではないことに気が付く。
少年はあることに気が付いて再び声を上げた。
「え!? うそ……――」
部屋には今、少年の他に三人リビングにいる。
一人は、母親。一人は、父親。そしてもう一人は……。
少年は、それを見た瞬間に言葉と、もっと大切な物を失ってしまった。失ったのではなく、取られたと言っても間違いではないだろう。
少年の存在はなくなった。この瞬間に。
少年の存在は、別の物に変わった。この瞬間に。
少年の両親だった人の子供は、少年が四年生の時に出会った、あの時隅にずっと立っていた“きむらさとし”と言う、当時四年生だった少年と同じ名前になった少年に――。
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2005/10/05(Wed)22:27:10 公開 / 勿桍筑ィ
■この作品の著作権は勿桍筑ィさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
どうも、勿桍筑ィです。
皆様、コメントありがとうございます。あれから、この話を何度も読み直して気が付きました。――自分の文章力の無さに、驚いていてしまいました。皆様の言葉の中に、「読者にもっと親切に」ッという言葉があったと思いますが、その言葉を受け、大幅修正・加筆させていただきました。これでも、まだ分かり難いところがあると思いますが、ご容赦下さい。
彼の言葉の真相、私にも分かりません。何でしょうね。(笑)
この作品で一旦落ち着き、(覚えていただいているか分かりませんが)連載している方を仕上げるように努めたいです。
それでは、読んでいただいたら感想・指摘等を願います。
±点だけ付けるのはご遠慮下さい。
では、失礼いたします。