- 『道を阻む雪』 作者:風間新輝 / ショート*2 リアル・現代
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全角1961.5文字
容量3923 bytes
原稿用紙約5.65枚
雪と道の話。SS
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果てしなく続くかと思われる道を僕はバイクに乗り、走る。果てなき道は僕にとって、絶望や恐怖であると同時にまだ先があるという希望でもあった。限界以上に疾く走り、風をも追い抜こうと言わんばかりに僕はバイクを加速させていた。
僕のバイクには、白く薄手の服を来た僕の彼女も乗っていた。きっと長く黒い髪が風に棚引いているだろう。背中から伝わる彼女の体温は冷たかった。そして、僕の体も冷たくなっていた。今は真冬なのだから、寒いのは当然だった。
急遽減速をし、僕は途中のパーキングでバイクを止めた。
「寒くはない?」
僕ははおっている革のジャンパーを彼女の肩にかけた。
「もうすぐ、霞峠だからね」
僕は彼女に微笑みながら、話しかける。
ええ、楽しみ。あの青空が見えるといいなぁ。
霞峠はずっと前から彼女が行きたいと言っていた場所だ。見晴らしがとてもよく、澄んだ空気が自慢のスポットらしい。僕は何度も素晴らしい青空を収めた写真を彼女に見せられていた。何が彼女を惹きつけているのかを聞いたことはなかった。感性的なものに理屈を求めるのは、野暮な気がするからだ。
僕はバイクに跨り、停止していたバイクに火を入れ、また走り出した。徐徐にバイクのスピードを上げ、風と一体化しようとしていた僕の頬にひんやりとした何かが当たり、すぐに溶けてなくなった。少しスピードを落とし、空を見上げると雪が風に舞っていた。
やんでくれるといいけどな。彼女が見たいのは青空なんだから。
「ほら、雪だよ。見てごらん」
そのように思いながらも僕は彼女に話しかけていた。彼女からの返事はなかった。音はバイクのエンジン音と風にかき消されてしまうのだ。雪はうっすらと道路に積もり、無機質で味気のない道路を彩っていく。白が辺りを埋めつくそうとする道にしっかりと黒を残しつつ、僕は霞峠へと急いだ。
ここが霞峠か。確かに見晴らしが良さそうだな。雪景色ってのも、なかなか趣きがあっていいじゃないか。これなら、彼女も満足してくれるだろうな。
高地故の冷たい空気はいつもことなのだろうか。頬に当たる風は冷たく、感覚がなくなるような錯覚がする。
白が点描のように周りに拡がっている緑の木々を染めていく。遠くまで灰色の空が続いていた。切れ目がないかのように。白い雪はなにもかもをを覆い尽くしていくかのようだった。しかし、実際にそうにはいかず、ただゆっくりと時間が流れていた。
「ほら、君が見たいって言ってた。霞峠だよ。君が見たいって言ってた青空ではないけど、雪景色ってのもいいだろう?」
僕は何も言わない彼女を抱きしめ、端正な顔をした彼女にゆっくりと口づけをした。やはり、彼女の唇は冷たかった。僕の目からは一粒の泪が溢れていた。
「もう、帰ろうか? 寒いだろ?」
僕は彼女の黒髪についた雪を払い除け、囁いた。
ええ、帰りましょう。ここは寒いもの。
僕がバイクに跨り、鍵を差し込むと同時に、赤く点滅するライトが視界に入った。僕のバイクの前にパトカーが一台止まり、白衣の男が後部座席から降りてきた。
その男の頬には青痣があった。それは僕のつけたものだった。その男はゆっくりと僕の方に歩んできた。
「わかってるだろう? もう、その娘は死んでいるんだ。なあ、早く親御さんに返してあげないといけないんだ。わかるよな?」
その男は僕を憐れむかのように見てきた。僕にはその理由はわかっていた。
「あんたに言われなくてもわかっているよ! 彼女が、彼女がもう、僕に笑いかけてくれないことも。彼女を連れ出すことが異常だってことも!」
僕は叫んでいた。彼女が若くして死なざるを得なかったという世の中の不条理に。ここで叫ぶことに意味などないとわかっていながら、それでも叫ばずにはいられなかったのだ。
「僕はそれでも彼女をここに連れてきてあげたかったんだ」
僕の声はかすれていたし、小さかった。恐らく、男には聞こえていなかっただろう。でも、それでも良かったのだ。僕はただ悲しみを言葉にしたかっただけなのだから。
彼女は警察官によってパトカーに乗せられ、親の元へと帰っていった。僕は彼女を手放したくなかった。でも、これ以上、僕の我儘に彼女を付き合わせることもできなかった。心は離したくないと張り裂けんばかりに主張していたが、頭は自分にできることは何もないと諦めにも似た達観をしていた。
僕は膝を雪に埋め、彼女の連れていかれる様子を見ながら、ただ泣いた。声を上げ、無力な子どものように。大きな大きな声で。雪はただただ肩に降りかかった。重くないはずなのに、あまりにも重く僕には感じられた。
僕は雪を見る度にこの日のことを思い出すのだろう。
純白で残酷な雪はただただ降り続け、地面を白く染めていた。
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2005/10/26(Wed)22:39:54 公開 / 風間新輝
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■作者からのメッセージ
人物描写はほとんどありません。登場人物に名前もありません。自分にとって大切な人に置き換えて読んでいただければ、ますます儚さが増すかなという僕なりの試みです。賛否両論(否だらけかも)あると思います。賛成か反対かの意見も感想に添えていただけると、とてもありがたいです。