- 『今日も伊藤さんは不敵に笑う』 作者:新先何 / リアル・現代 ショート*2
-
全角1049文字
容量2098 bytes
原稿用紙約3枚
二十歳の高三伊藤さんは今日も不敵に笑う。彼には悩みもないし常識もない伊藤さん。町であったら伊藤さんて呼んであげてください。
-
僕の通っている高校には二十歳の高三がいる。二年だぶっている男なのだが、彼はこの学校では伝説と呼ばれている。
この学校で最初に大食いでチャレンジしたのも彼だし、この学校の窓ガラスを一夜で全部障子に変えたのも彼だ。校庭の隅にある飼育小屋を彼のプライベートルームにした事もあるし、学年主任の小澤のカツラを全校朝礼の時に引っぺがした事もある。
なぜそんな事をするのかを聞いても「おもしろいから」としか答えない人。
まあ馬鹿なのだが、そんな彼を僕たち生徒と教師は尊敬とあきらめの意味を込めて伊藤さんと呼んでいる。
今日も伊藤さんは不敵に笑う。
偏差値三十という落ちこぼれ高校に通う僕は今日も伊藤さんを見ていた。
高三になって進路などを考えなければいけない時期なのだが、落ちこぼれの僕たちはそんな事はどうでもいいのだ。ただ毎日が楽しければいいのだ。これは伊藤さんの受け売り。
だから僕たちにとって伊藤さんは大切な存在だった。
運がよく、僕は伊藤さんと同じ教室になれた。だから為にならない授業より、今どっかから持ってきたペットボトルでロケットを作ろうとしている伊藤さんを見ていた方がお得なのだと思う。
ロケットの制作段階は発射準備にかかっていた。床に設置したロケットを見ると伊藤さんは満足げな顔をしてから、鞄の中に入っていた空気ポンプを取り出した。ロケットの軌道上であろう場所にいた生徒達は一斉に机ごと端による。教師も教室の隅に移動しどっかの誰かが書いた随筆を投げやりに読み始めた。
伊藤さんは大きな声でカウントダウンを始める。それに合わせて僕たちも声を揃えた。
5・4・3・2・・・
ロケットは1のコールを待たずに勢いよく飛び上がった。伊藤さんと僕たちの1コールは歓声と雄叫びに変わった。
ロケットは軌道を大きくそれ障子を突き破り青い空に吸い込まれていった。教室には拍手と教師の怒鳴り声が鳴り響いた。
その後僕たちは伊藤さんに賞賛の声をかけたが、伊藤さんは軌道がそれた事を不満に思ったのか二号機の制作にかかり始めていた。
びしょぬれになった教室では小一時間騒ぎがやむ事はなかった。
それから、今日伊藤さんはショックな事があったらしい。
空に打ち上げられたペットボトルロケットは伊藤さんのプライベートルームに落ち、伊藤さんのDVDデッキが壊れたそうだ。
それにより二号機は作るのを断念したらしいが、今度は安全な気球を作るそうだ。
青い空と青春が似合う伊藤さん。
今日も伊藤さんは不敵に笑う。
-
2005/09/23(Fri)18:42:57 公開 / 新先何
■この作品の著作権は新先何さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
学校でタイトルが浮かんでそのまま一気に書いた作品なのでパンチが弱いです。自分の中で格好いい人を書きたいと前から思っていたので頑張ったのですが、やや不満足の格好良さです。出来れば伊坂幸太郎の「チルドレン」に出てくる陣内や「アヒルと鴨のコインロッカー」に出てくる河崎やドルジが目標です。
でも結構このタイトルと伊藤さんが気に入ってます。
あっこの話に出てくる伊藤さんと今これを読んでる伊藤さんや皆様の近くにいる伊藤さんとは何の関係もありません。当たり前ですが。気分を害された方が居ましたらここで謝ります。どうもすいませんでした。
以上、新先でした。