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『後悔の妖怪』 作者:シヅ岡 なな / リアル・現代 恋愛小説
全角2072文字
容量4144 bytes
原稿用紙約7.05枚

おい天井。
今のあたしみたいに、好きでもない男とえっちした後、ますます空洞化が進んでしまった身体を、どうしようもないやと諦めて持て余しながら、失笑しながら泣く女の子を、お前は何回見下ろしたんだい?
今夜のあたしは、お前の中では何人目だい?
甘ぁいオレンジ色の照明で染まった部屋なのに、天井だけが、暗黒。
ゴージャスを精一杯演出した安物のシャンデリアが、視界の中でゼリーのように形を変える。
透明な、女の妖怪になる。
ラブホの天井に住み着いて、愛がないところで股を開けた女子(おなご)を上から見下ろして、「死ぬほど後悔しろよな」と恐ろしい形相で言い聞かせ、それでも後悔しない女子には容赦なく牙を立てて食らうんだ。
でも食らうのは上半身だけ。
大罪を犯した下半身は、死んでからも「恥じ」だと言い、あそこの穴がよぉく見えるように両足を開かせて縛って、天井裏に並べられる。

うーん、水木しげるは好きだけど、見た目そこそこなハタチの女子大生の妄想としてはあんまりよろしくないのだろうなぁ、多分。


トランスが大音量で携帯から鳴り出し、男が起きた。
あくびをしながらメールをチェック。
「てゆうか腹減ったし」
チョコバットみたいな素っ裸でシャワーを浴びに行く。
男がシャワーを浴びている間も、何度か馬鹿なオンガクが鳴った。
逆の方向にパカッとしてやろうかと思ったけど、なんとなくやめた。
男の携帯に触りたくなかった。
阿呆がうつりそう、と思った。
おいてめぇよぉ、やったくせにかよ?
あぁそうよ、二時間前までこいつのを入れて喘いでたくせに、好きじゃなくても、これっぽっちも愛なんかなくても、少なくともこの男の体温だけは、あたしにとって「不」じゃなかった。
のに、それなのに。
二時間百二十分七千二百秒という時間が、あたしを正気に戻す。


男がシャワーから戻ってくる前に、さっさと服を着て、ぱっぱと化粧を直して、すっかり巻きのとれた髪をくちばしでとめて、あたしはブーツに脚を入れた。

「なぁ、何時までだっけ?あとさ、お前カネある?」
バスタオルを腰に巻いた男が、気まずそうな演技をしながら聞く。
「死、ん、で、し、ま、え」と口の中で言ってみた。





肌寒かった。
夏が終わったばかりなのに。
女の子達は焼いた肌を枯れ色のファーで最小限に隠して、最大限の露出をしている。
真冬でもきっと夏が恋しいのに、秋をちゃんと受け止めている。
みんなあたしの分身に見える。
あたしも、きっとみんなの分身に見えてるんだろうな。

肌寒かった。
ゲスなホストが声をかける、気安く肩に触る、ちょっとだけあたたかいと感じてしまう。
アフター中のキャバ嬢と目が合う、どこかで会ったことがある気がする。
コンビニのごみ箱を漁るホームレスの後姿に思い出す、重ねたのは「オトウサン」。
高校の同級生と駅でばったり会う、あたしに童貞をくれた、あたしは処女をあげたっけ。
あー、うすら寒い。

「今なにやってんの?俺働いてるよ、普通に。トビやってる」
がらがらの終電なのに、座らずに、つり革にぶら下がって、あたしを見下ろして話す。
「今日仕事終わりにたまたま飲んでたんだけどさ、お前は何?合コン?」

高校時代、付き合っていたわけでもないのに、好き合っていたわけでもないのに、そうなった。
顔をまじまじと見上げてみる。
こんな顔、してたっけな。
「でも俺すぐわかったよ、お前のこと」
あたし、変わってないんだろうか、そんなにも。
「んー、いや変わったよ、女っぽくは当然なったし、お前きれいになったわ」
自然な邪気のない顔で笑う。
「でもたぶんどんなに変わっても、俺わかると思うなぁ、お前のこと」

鼻声のアナウンス。
作業着のポケットをまさぐって、言う。
「言っとくけど俺、仕事柄ペンとか持ち歩いてるだけだから」
あたしの手首を不意に掴んだ大きな手の感触に、胸がおかしな鳴り方をした。
あたしの手の甲に、ボールペンの尖ったペン先は結構痛かった。
プシュー、と音がして、ドアが開いて、「じゃあ」と言われて、ドアが閉まる。

肌寒かった。

「あの頃」は、「好き」も「愛」もなかったのに、ただ「初めて」というだけで美化できている。
「今」は、「好き」や「愛」のないところでさ迷って、もういくら探したってここにはないんだって思い知らされても、それでもなんだかあるような気がしてる、そんな模索中の自分を、「あの頃」みたいに美化したいんだけど、それは無理というもの。



手の甲の、十一桁の数字は、強くこすっても滲まない。
強く強くこすったら、赤くなって、痛くなって、冷や汗が出て、寒気がした。

死ぬほど後悔しろと言われても、あたしは「絶対に後悔なんかしてない」と言う。
食われてしまいたかった。
視界がゼリーのように歪んで、曲がっていく。
終点でドアが開くと、そこにいたのは透明の妖怪ではなくて、夕方誰もいない教室で、シャツのボタンを外されて、抱き締められて目を閉じる、十七のあたし。

あたしは手の甲を噛みながら、声に出して「死、ん、で、し、ま、え」と泣く。








2005/09/21(Wed)04:17:30 公開 / シヅ岡 なな
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■作者からのメッセージ
久しぶりにきました。書いたのも、久しぶり。あまり納得のいく出来ではありませんが、感想・指摘などいただけたら嬉しいです。
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