- 『殺人』 作者:水瀬利 / 未分類 未分類
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王位継承争い。有能で追従していきたい王か、操り人形にして好き放題してやるか。意思のある人間には、運だけでは勝てません。
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カザルカナルアベア共和国。
国王死去。
(−セオリ)
「当然セオリ様だ。理解力、計算力、気の抜き方。下々の扱い。完璧だ。」
重臣達の主張。
「完璧なものか。セオリ様は国王様にもお后様にも相貌が似つかわしくない。御血が違うのでは?」
この陰湿なやりとりの中一人気楽な王子がいた。
「ラキシ」
ラキシは兄を捜した。木の下に来たところで、幹を見ていたら後ろで着地する音が聞こえた。
振り返ると兄のセオリが幹に手を着いていた。ラキシは背の高いセオリをふり仰ぐ。
「お兄さま。お父様は死んだのですか?」
「ラキシ、何の心配もない。」
セオリはラキシの両のほほを包む。
「お父様は御迷いではないのですか?」
セオリは現実を認識できないラキシを哀れみ、それ故愛しく思った。
兄弟は敵の始まりと言うがらきしに限ってそのようなことはない。
ラキシは10歳児の知能しか持ち合わせていない。
そして見目形が先代王によく似て美しい。
「お前がイイコにしていたら、何の危惧はいらないよ、ラキシ。」
「セオリ様はもう、ご自分が王になったかのような振る舞い。」
「戴冠式までまだあります。」
重臣達は礼拝堂に目を向ける。
ラキシが棺の前でひざまずき、喪服を着て、宙を見ている。
「なんと・・」
荘厳な眺めであった。
ラキシのとなりの教育係に皆気付いてはいたが、ある思いが重臣達を支配して行く。
ラキシなら、こちらの自由に政治を操れる。
セオリは先代王に、十代にもならないウチから仕えていた側近を手にした。
「セオリ様。重臣どもの無知蒙昧な様を私は心から厭い、悩みとなっております。」
「わかろう。しかし今の私では何も出来ぬ。重臣どもは何したかにしたと口やかましいが、私がやらなければ誰がやったというのだ。」
「セオリ様。戴冠式を。ちょいとばかり早めましょう。先代国王には地下室を、あなた様には玉座を・・。」
セオリは長年城にいる割には挙作の冴えないこの男を内心では信用していなかったが、話が分かるだけに頼らざるをえなかった。
ラキシの元へ向かう。
中空にあった視線が俺に焦点を合わせる。
美しいラキシ。
可愛いラキシ。
「お前がもう少し大人になったら、お前を誰にも触れさせはしない。」
セオリはラキシに接吻せしめた。
ラキシはポカンとセオリを眺め見ていた。
(−ラキシ)
私は王位などいらなかったのに、私が父様に似ていると言うだけで候補に入れられてしまって、大層お兄さまはお怒りになりました。
お兄さまは父様にも母様にも似ていません。その点お兄さまは不利なのだとお兄さまの側女たちは言いました。
私は今夜お兄さまの雇われた殺し屋か、お兄さま本人に殺されるでしょう。
それでもかまいません。
愚かな私は殺されたいのです。
お兄さまの怒るところが見たかった。
城の毎日は淡々として、さざ波すらない大海のどよめきに似ている。
けれど不安がある。
私はお兄さまとは口の交わりの経験がある。
私は殺されずに慰みの道具にされるのではないか。
「お前がもう少し大人になったら、お前を誰にも触れさせはしない。」
ああ、昨日の逡巡がまた訪れていたのか。
お兄さまは王となって、謀反人の疑いのある私を裁きに掛けていらっしゃる。
あんまりと言えばあんまり。
私にそのような力はありません。
宮中のお医者が、私の頭の働きは十歳くらいにしか発達していないと言ったそうです。
あるいは心の発達が遅滞なのだそうです。
「命が惜しいか?」
「お兄さま、王様、私は何も悪いことは考えていません。」
今気付いたのだけれど、私の身の回りの世話をするもの、友達、教育係がいません。
「質問に答えなさい、命が惜しいか?」
分かるように言って下さい。
「お兄さまが信じて下さいますなら、何もいりません。」
その後私はどうしたろう。
鉄格子の中で私の教育係が会いに来てくれた。
「・・さま。人に見られないようこっそり来たのです。どうか、あなたは辱めをうけるくらいなら命を絶つとおっしゃいました。これを…」
これは何?
教育係は走り去ってしまった。
お兄さまの靴の音がする。
私は教育係が渡した小瓶を手に持ち、口に含んだ。
お兄さまが私に口付けた。
あとは何も覚えていないのです。
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2005/09/10(Sat)01:44:09 公開 / 水瀬利
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