- 『紙飛行機、鋼鉄製 0』 作者:炎天下9秒 / リアル・現代 ファンタジー
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全角2839文字
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原稿用紙約10枚
滝川町という町がある。 その町を囲うのは鋼鉄製の壁。まるで町全体が牢獄か何かのように存在している。 非現実的なその町に住むは、非現実的な住民達。
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紙飛行機。
紙で出来ているから、すぐ壊れてしまう。
それは悲しい。
だから、紙じゃなくて鋼鉄で作ればいいと思った。
空を飛ぶ事が出来なくても、壊れる事は無いのだから。
紙飛行機、鋼鉄製
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滝川町という町がある。
その町を囲うのは鋼鉄製の壁。まるで町全体が牢獄か何かのように存在している。そこは日本であって日本ではない、特殊な町。今日も町から人が消え、今日も町には人が増える。信じられないその町には、信じられないものが溢れている。
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学校からの帰り道。何時もは忌々しい長い坂が美しく変貌する。夕焼けの陽に世界は染められ、何の変哲も無いアスファルトも美しく映える。寒々しい百日紅も赤く染まり、暖かい空気に包まれる。私はそんな風景が大好きだ。それはもう大好きだ。
だから学校が終わってもすぐに帰らず、部活中の生徒を横目で見ながら中途半端な夕焼け時に下校する。季節によって夕焼け時は変わるのだけれど、そこは臨機応変だ。
「なぁ、シノ」
感傷的な気分に浸っている所から、グングニルの横槍が突き刺さる。ふと後ろを見れば良く見知った顔。私よりも頭一つ分大きいその長身。林田ミサクラ、それが長年付き合っている友人の名前。背が高い上にスタイルも良い、更には女なのに男らしい所があるので後輩の女の子には大人気だ。
しかし、あれだな。良く漫画とかであるけれど本当に女が女に告白したりするのって正直引く。実際その現場を目撃してしまった私はドン引きした。取り敢えず何時も通りクールに返してやろう。
「なんだいマイハニー」
「所有物になったつもりは無い」
「何だって、君は僕を弄んでいたのかっ!」
変に演劇がかった台詞で繋げる。何だか冷たい視線が地味に突き刺さってくるが、それはきっと耐えなければならない試練か何かだと思う。この試練を越えれば、一回りも二回りも人間的に大きくなれるはずだ。きっとそうなのだ。
呆れたようにミサクラは溜息を吐く。大仰に吐くのではなく、母親が子供の喧嘩を止めに入る前の、やれやれしょうがないわねぇ、と言った感じの溜息だったので少し腹が立った。何だかとってもミサクラからは下に見られている気がする。ガッデム。
「暇だから声を掛けてみた」
「何だか嬉しくない理由だね」
「嬉しくなる理由なんてあるか?」
「例えば私を竜宮城に連れて行ってくれるとか、スワヒリ語をマスターしたとか」
「ごめん、聞いた私が悪かった。後者の意味が分からない」
あぁ、お前が悪かった。笑いながら言ってやった。学校からの帰り道。夕焼けに染まるアスファルト。ひょろりと伸びた百日紅。橙色の世界の中、二人仲良く下校する風景も良いんじゃないかなと柄にも無く思ってみた。自然に口元が綻ぶ。
会話も無く、坂を下る。コツコツコツと、意識的に靴音を立てながらのんびりと歩く。ミサクラの家と私の家は随分と近い。恐らく50メートルも無いだろうと思う。この町に入ってきた時期が同じそのせいだという話を聞いた事があるが、だとしたら私はミサクラと同じ時期に入って良かったと心から思える。
「シノ」
「なんだいマイハニー」
「何か、騒がしくないか」
突拍子も無い真面目な声色。真面目な時と不真面目な時とで使い分けが上手いなぁ、呑気にそんな事を考え、耳を澄ませるも特に何も感じない。だけど、ミサクラが騒がしいと言うならば、何処かで騒がしい事が起こっているのだろう。
「分かんないなぁ」
「結構近いと思う」
「まじでか。危ないかな」
「分からない」
危険なことに巻き込まれるなんて御免だ。しかも大抵の厄介事というものは自分に関係の無い事柄の場合が多い。まぁ、友人の為なら厄介と思わない人間として良く出来ている私にとって、厄介事は自分に関係の無い事間違いないのだけれど。
全くなんだかなぁ、そう口に出そうとした時、目の前に人間が吹っ飛んできた。いやぁ、普通驚くよね、目の前に人間が吹っ飛んできたら。しかもさ、何回かバウンドして自分の足元で止まった場合とか、普通に考えてみようよ。軽く現実逃避したくなるから。
さて、家に帰ったらまずは夕飯の用意かな。あー、牛乳がピンチだったんだっけか。安売りの時買っといて臨時に1本だけで良いかな。その後はあれかな、風呂。いや、他の国には何で風呂という習慣が無いのか不思議だね。あんなに疲れの取れるものは中々無いって。
「シノ」
「なんだい? 私は家に帰ってからの行動を考えている真っ最中なのだからなるべく邪魔しないで欲しい」
「今シノがしているのは何て呼ばれている行為かな」
「現実逃避」
いや、何回見ても慣れないよ。だってあれだよ、人間が本当に宙を舞って吹っ飛ぶ光景なんて普通だったら見ようと思っても中々見れないもんだよ。それが何か、今では日常の風景ですよ。
「こういう時はどう反応すれば良いか凄く迷うんだ」
「取り敢えず救急車じゃないか」
「いや、そういうんじゃなくて、うわぁっ、とかきゃあっ、とか言ってその場にへたり込まなくてはならないとかそういう法律があるじゃないか」
「そうなんだ」
ここで素直に納得してしまうのがミサクラである。何て言うかなー、いまいちからかい足りないような気もするんだけど場合が場合だからなぁ。取り敢えず足元で倒れ伏している人間をどうにかしなくてはなるまい。
「生きてるかな」
「生きてるだろ」
うわぁ、とか思いながらじりじりと近付いてみる。大丈夫ですかぁ、とか呟いてみるも反応は無い。あちゃー、まじですかー。これはやばいかもなと思った時、足首に衝撃を感じた。見れば、右足首をがっちり掴まれている状況だ。白いソックスが血に染まる。
「わぁ、良かった、ミサクラ。生きてたよ」
「あぁ、良く考えたらこの町って案外人死にとか少ないかもね」
「でも取り敢えず救急車は呼んでおこうか」
「あ、私やるよ」
「OKボス」
いきなり人が目の前に吹っ飛んでくるのは心臓に悪いけれど、驚くのはそこまでで後はもう慣れっこだ。ミサクラは携帯電話で救急車一台お願いしますと場所を伝える。日常茶飯事の日常茶飯事であってはいけないこの光景。目の前、足首を掴んだまま動かない血塗れの人間。改めて観察してみればそれが少年である事が分かった。
小さいのに、苦労しているんだねぇ。心からそう思いながら、空に目を向けた。
焼けている空。
焼いているのは橙色。
赤でも黒でも白でもない。
中途半端な橙色。
赤より眩しい橙色。
狂っているこの町には、ぴったりな橙色。
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2005/09/10(Sat)00:13:46 公開 / 炎天下9秒
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■作者からのメッセージ
小説投稿改装おめでとうと浦島太郎な祝福を捧げます。
長編予定の現代ファンタジーです。
逆立ち歩きをしながら本を読んでいたら電柱に衝突し電柱崩壊、警察官に追われながら逆立ちで逃走。しかしそれを上回る逆立チストが現れる。次回、タクラマカン砂漠。
そんなノリでお贈りしたいと半ば本気で思ってます。