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『雫のはなし 【Overture-2nd】』 作者:さいたま♂ / 異世界 恋愛小説
全角4041.5文字
容量8083 bytes
原稿用紙約11.95枚
この世と異世界を繋ぐ雫の謎。その側面には、少年と少女の物語があった。


 Overture「ここは異世界」
―Nice to meet you too─

 列車が空を飛べるなんて、知らなかった。まあ無理もないよな。この世界に来て色々と不思議なものは見てきたけど、上位を争う仰天ニュースだよ。一つ目の巨大な竜とか、帽子の中から銃が出てきたりとか、魔法のようなあの力とか、本当にすごい。
 夜空を浮遊する大型列車の甲板。ここの世界で出会った少女が楽しそうに俺と話している。夜の闇が辺り一面を真っ黒に染めながらも、隠し切れない光りがどこからか漏れていて、いつもは数え切れないという星たちも、今日はひとつだけ。
「辛くなんか、ないよ。大丈夫」
 そう、隣にいる少女に言われた。
 ここに来て初めて出会ったはずなのに、いつかいたあの世界が、二人の間を通り過ぎたような気がする。



  1st chapter「赤紫の髪の少女の赤紫の目」
 ―Which A or B ?─

 おー、素晴らしい快晴。そう、花山栄次はつぶやいた。真上の空に小さな雲がひとつあるだけで、残り全ては青い海にも似た世界が永遠と広がっているのだ。声も上げたくなる。都会の向こう側にある地平線は、きっと素晴らしいものなんだなと頭に描き、感動する。
 栄次が高校生と呼ばれるようになってから半年は経つ、以前通っていた中学とは反対の方向にある校舎まで歩くこの道も見慣れた。遅刻ギリギリに起きて、朝食の時間もまともにとれず食パン一枚口にくわえて登校。こんな古典的な事を青空の下でやってのけている。しかし、今日はいつもと違う。パンにバターを塗り忘れたのだ。「どんなに時間が突き詰められても、バターだけは忘れまい」と心がけていたのに、忘れた。不覚である。ふと逃げるように空を眺め、なんだかその広大さに吸い込まれそうな気がした。平凡で退屈な毎日、嫌なわけではない。ただ、そこから抜け出してみたかった。「他の誰にもできないような、でっかい冒険がしてみたい」そう思っていたのに、今もこうして、パンをくわえている。味もない。口の中も乾く。牛乳がほしい。いや、贅沢はいえない、水でも良い。
 と、手の甲に冷たい感触を感じた。雨だ。水は水でも、これでは仕方がないなと、肩をおろした。頭上に浮かぶあの小さな雲がおせっかいの犯人に違いない。不思議な天気だ。こういうのを誰かが『お天気雨』と呼んだ事がある。中々のネーミングセンスだ。全国民を代表して乾杯。
 のん気になって『雨』を題材に話題を広げていたが、突然と変な感覚に襲われた。目ではおえない無数の水滴が降り続く中、たった一粒だけ奇妙に輝く雫が目に映る。栄次の意識はその雫から離れることができなくなり、実物以上に大きく見えた。重力を無視してゆっくりと近づいてくる。
 その小さな水滴の中に、栄次の求めていた何かが見えた。水平線しか見えない海。風の音が聞える草原。炎が吹き荒れる山々。ファンタジックで賑やかな街。巨大な怪物やら、ゲームに出てくるような魔法。
 そして、薄く鮮やかな赤紫色の髪の少女。
「あれ?」
 思わず、声が出た。雫の向こうに見えた世界とは違い、アジサイを思わせる少女は、実際に目の前にいたのだ。ゆっくりと舞い降りる雫、そして二人。それ以外の時間はまるで止まっていた。
「あなたには、見えているのですね」
 少女が口を開いた。透きとおった綺麗な響きだ。
 確かに、少女の言うとおり、今までテレビや映画で見たどの風景にも似ていない光景が次々と映し出されているのがわかった。雫は頭上までふり、目の先を通り、やがて鼻の先に当たると、少年とも青年とも言える彼は、黄金色に煌く『雫の世界』に吸い込まれた。
「また向こうで会いましょう、栄次」
 それは、栄次に聞えず終わった。


 2nd chapter「シルクハットの男」
 ―Who are you?─

 不思議だ。どんなにあがいても、水の中にいるような感覚は止まない。栄次は、めまいと戦いながらかろうじて意識をとどめている。ついさっきまで自分を取り囲んでいた都会と、少女の姿はどこにもなかった。視界もぼんやりとし、目が開いているかどうか良くわからない。すると、頭にうっすらとした映像が浮かび上がってきた。
 雪の降る寒い冬の中、幼い少年と少女が手を繋いで歩いている。いや、走っている。多分、真夜中だ。こんな暗い中、どうして子供が外を出歩いているのだろう。子供らの歩く道の先には公園があり、軽く雪の積る中、小さな足跡を作っている。栄次は、よく見れば少年の方はなんとなく自分に似ている事に気づき、幼い頃を思い出そうとしたが、それは不可能な事だった。
 次第に、意識を留められなくなり、希薄な空間と共に消えていった。
全身の感覚が戻った時には、雪の面影も無く、栄次の視界は壮大な緑色に埋め尽くされていた。この風景を記憶の隅々まで探してみたが、心当たりのある場所は見つからない。「ここはどこだ?」 と声を出したくなったが、やめた。とりあえず普通に立てることを確認し、その場で足踏みする。
「うーん、まあ、よし、正常」
 繰り返し確認するように言う。右手を動かしたいと思えばなんの逆らいも無く動くし、真っ直ぐ歩ける。二回ほど深呼吸をして心を落ち着かせ、辺りを眺めるのではなく見渡した。一面は涼やかな草原で、ランダムに大小さまざまな木々が並んでいて、形状も見覚えのあるようなものから初めて見るものまである。栄次は、久しぶりに自分の目で見た大自然に圧倒され、嬉しかった。その気持ちが、さっきまで都会にいたという事実と交じり合い、複雑な気持ちになる。
「本当に、別の世界に来ちまったのか」
 自分のいた日本とは違う別の国とも考えたが、なんとなくそうではない事がわかる。勘だ。普通だったらここで驚くべきなのだが、それより先に嬉しいとかわくわくするとかで頭がいっぱいになり、色々な感情に満たされ涙が出そうになったが、すぐそこに人がいる事に気がついたのでこらえた。
 その人は、クールな眼鏡をかけスーツを着込み、同色のシルクハットをかぶった若い男だ。
 男は、栄次を見るなり優しそうに微笑みかける。
「ようこそ、雫の世界へ」
「は、はい?」
「君は、突然降り始めた雨の中、輝く雫に目が付き、触れた。そしたら赤紫の少女に会い、気がついたらここにいた。ですよね」
 栄次は驚き、声を失う。自分がここに来るまでの状況を見事に言い当てられたからだ。まあしかし、パンにバターを塗り忘れたという大失敗までは悟られていなかった。
「何で知ってるんだよ」
「前例がありましたから、ここにいるというのはそういうことなのですよ」
 また、男は栄次に微笑みかける。
「おっと、申し遅れましたね。私の名前はハイロ・ルイス。ルイスと呼んでください」
 自己紹介をされた後、栄次に握手を求めた。
「俺は花山栄次。エイジでいいよ」
 栄次は差し出された手を握り返すと、ルイスの手から自分の体の中に何かが入り込んでくる感触を覚えたのですぐに手を離した。すると彼は、唐突にスーツの胸ポケットからカードのようなものを取り出す。
「それは?」
「通信機です」
 ルイスはカードの表面を指でランダムになぞり、発光と同時に発信音が鳴る。男は、カードを通じて誰かと会話をし始めた。
「リンさんですか。ええ、ルイスです。貴方の言うとおり、いましたよ、水平世界からの訪問者が――はいはい、もちろんそのつもりですよ。ご心配なく」
 そこで、会話は途切れる。用件だけを伝えた無駄の無い会話だ。意図的な電話代節約のようなものだったら、大したものだ。
ルイスと名乗った男は通信機を胸ポケットに入れ直し、栄次の顔をみながら微笑みかける。
「さて、栄次君。これから貴方には私の仲間のいる場所へと合流してもらおうと思います」
「仲間? よくわかんないけど、そんな事言われてもさあ……今会ったばかりの人を信用するわけにはいかないよ」
 と、珍しく冷静になってみる。
「私たちは、栄治君がどうやってここに来たか、この世界がどういうところか、ここで貴方が何をするべきかという全てを知っています。信用してください、大丈夫ですよ。」
 涼やかで完璧な笑顔を見せつけられる。もう、とりあえず信用するしかない。そう思った。ええい、なるようになれ。
「わかったわかった。他にどうしたら良いかわからないし、とりあえずルイスさんを信用するよ」
「はは、ありがとうございます。 ……さて、ここから北西に数キロ移動すれば私たちの乗る列車があります。そこに行くまでに軽く説明をしようと思っていたのですがね、そういうわけにもいかないようです」
 そう言うとルイスは、被っていたシルクハットをはずし、右手の人差し指に引っ掛けて器用に回し始める。
「いきなりどうしたんだよ?」
「上を見てください」
 言われた通り空を見上げてみると、巨大な影がこっちに近づいてくる。今まで見たこともないような生き物で、大きな羽の生えたドラゴンのような体に、顔の半分をも占める一つの巨大な目玉に直接あごがついた頭をしていた。体全体が歪な骨格で岩のような表面を描き、とても迫力がある。
「おお、すげえ! なんだよあいつ」
「独眼竜です。この草原の周りは山岳で囲まれていまして、そこは連中の住処になっているのですよ」
「この世界って、あんなのがウジャウジャいるんだ」
「ええ、そうですよ」
 突然、スイッチでも入ったかのように嬉しくなった。自分の知らない風景を見られただけでも嬉しかったけど、ゲームや漫画にいるような怪物と戦ったり出来ると考えると、栄次はたまらなかった。その気持ちを読み取ったかのように、ルイスは微笑み返す。
「でも喜んじゃだめなんですよね。大概、凶暴で襲ってきますから」
「じゃあ、あいつも?」
「そのつもりでしょうね」
 少し、不安になる。
「でも、大丈夫ですよ。この世界にいる限り奴等と戦えるような力があります」
「力?」
「魔法みたいなもので、まあ、説明は後です」


2005/09/09(Fri)20:01:39 公開 / さいたま♂
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■この作品の著作権はさいたま♂さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 読者の皆様、初めまして、さいたまと申します。こういったコミュニティーサイト自体が初めてなので、何かと不安な事もあるのですが、よろしくお願いします。
 
 今回は連載作品という事ですが、序章から第一章の間が話がぽんと飛んでいて、なんとも作家として卑怯な節がちらついたりと、先行きが怪しいです。現時点ではストーリーの山場もありませんので皆様の目に掛かる事はないかと思われますが、それでも読んでくださった方、心から感謝いたします。

 それでは、今回はこの辺で失礼させていただきます。
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