- 『The bear doll』 作者:おしまい君 / ホラー ミステリ
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全角10228.5文字
容量20457 bytes
原稿用紙約31.5枚
いじめられっ子の女の子白崎眞子が、母親に青い熊のマスコットを買ってもらう。彼女はそれに「リミィ」という名前をつけた。ある日、入院している眞子にリミィが話しかけ…。
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少女は、母親の手を引っ張って、私の店へとやってきた。
「ねぇ、ママ。あれ欲しい。」
小学二年生ぐらいの少女は、10分ぐらい前からそう言って母親に駄々をこねていた。困り果てていた母親は、大きくため息をついて、膝を折り曲げて娘と目線を合わせた。
「どれが欲しいの、眞子。」
どうやら娘の強大なるパワーに負けたらしく、観念したみたいだ。あれ、と娘が指差したのは、私特製の青い熊のマスコットだった。なかなかの自信作で、「お客さんいい眼してるねぇ」と言ってみたりした。
「じゃ、これもらいます。」
母親はカバンに手を突っ込んだ。恐らく財布を取り出そうとしているのだろう。
「300円になります。」
せっかくかかったカモだ、逃がすまい、と私は自分の中にある最高の笑顔を母親に向けた。母親は財布から百円玉を3枚取り出し、それを私に渡した。私は、少女が指差しているマスコットを取って、包装紙で包み、両手を差し出している少女に渡した。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
元気良く彼女が言った。
「いやいや。お譲ちゃんこそありがとうね。」
少女は包装紙に包まれた青い熊のマスコットを大事そうに掴み、母親と一緒に店を出た。
さて、そろそろ店仕舞いだし片付けでもするか、とレジから出た時、床に落ちていた黒い手帳のようなものを見つけた。どうやら私の考えはあたっていたらしく、それは光臣学園小等部と金の文字で書かれていた手帳だった。中を開けると、今さっきまでいた女の子の顔写真が張ってあり、その横には白崎眞子という文字が書いてあった。よって、さっきの女の子の名前が白崎眞子ということに認知した。なかなか珍しい客だったので、私は彼女のことを覚えておくことにした。
「The bear doll」
私が「リミィ」を買ってもらったのは、今から7年前のことである。当時私は小学二年生だった。リミィというのは青い熊のマスコットに私がつけた名前である。
私はそのマスコットを宝のように扱っていて、弟はおろか、親にも指一本触れさせなかった。寝る時はいつも枕元に置いて、「お休みリミィ」と言ってから寝るのが私の風習となっていた。
とにかく、私はリミィのことが大好きで何処へ行くのでもリミィと一緒だった。
4年生の遠足の時、私はわざわざランドセルから、遠足用のリュックにリミィ付けかえて遠足に行った。時たま自分のリュックを見ては、歩くたびにぶらぶら揺れているリミィを見て喜んだ。リミィも一緒に遠足に行くんだ、と。
弁当を食べるため、座るため用のシートを芝生に敷いた。うきうきしながら弁当箱を開けると、中には、たこウィンナー、プチトマト、ブロッコリーなどの好物達が体を光らせていた。
やったぁ、と心の中で叫んだ後、私はそれらを次々と口に入れた。
「そんなに食べると喉に詰まっちゃうよ?」
その様子を見て心配になって声をかけてくれたのは、友人の亜子ちゃんだった。私の学校は一年生の頃にクラスが決まったら、卒業するまでずっと同じクラスという仕組みになっていた。
亜子ちゃんが心配そうな顔で私の顔を覗きこんだ。
「大丈夫よ。ちゃんと噛んでるもん!」
私は好物を食べるのに必死で、せっかく心配してかけてくれた亜子ちゃんの言葉を受け流した。亜子ちゃんは呆れてため息をついた。
遠足が終わった後、私達は疲れた表情を顔に浮かばせて、各自宅に帰った。
「お帰り、眞子。遠足どうだった?」
お母さんが私に問いかけた。疲れてじっくり話す気力がなかったので「良かったよ」とだけ言って、自分の部屋に行った。部屋に入った私はリュックを床に投げ捨てて、ベッドにダイブし、即いびきをあげた。
小学六年生の時、誰かの「早く起きなよ!」という声で眼を覚ました。母が起こしてくれたのだろうと思い辺りを見回すが、母は居なかった。着替えを済ました後、母親が朝食を作っている台所に向かった。
「ねぇママ。私起こしに来た?」
「え?何のこと?というか、今日は自分で起きれたのね。偉いわ。」
母は私に微笑みかけながらそう言った。どうやら母は身に覚えがないらしい。ということは、私が寝ぼけていただけなのだろうか。まぁそんなことはどうでもよかった私は深く考えようとせず、朝食を口に詰め込み、リミィをリュックからランドセルに移して、それを背負って学校へ向かった。
学校に着き、教室に入るためのドアを開ける。すると、早速黒板消しが私目掛けて飛んできた。それは見事私の頭に当たり、髪の毛がカラフルな色に一変した。
これくらいのいじめなら慣れていた。小学一年生からされているのだ、慣れてしまうのも仕方ない。だが、次の瞬間起こったいじめは今までで初めてだった。椅子が飛んできたのだ。それは見事私の頭に命中し、その場に倒れこんだ。頭が割れるように痛く、周りは血の海と化しつつあった。
後ろから飛んできたため、誰が当てたのかは分からなかった。後からクラスメイトに聞いても、恐らく教えてはくれないだろう。当時私はクラス全体からのいじめにあっていたため、クラスメイト全員が敵、つまり四面楚歌の状態なのだ。唯一の友人の亜子ちゃんも、さすがにクラス全員は敵にまわせないため、教えてはくれないだろう。
ドアの開く音がした。ゆっくりと首を動かし、ドアのほうを向くと、信じられない光景を見て唖然としている担任の日下恭子先生が立っていて、その先生の手から教科書やプリントなどが滑り落ちた。
「ど……どうなってるの……?」
先生は顎を震わせながら私を見つめた。
「それが…、白崎さん、机の上に乗って遊んでいたんです。俺達は注意したんですけどやめなくて…。それで、バランスを崩して、後ろに落ちた時、たまたまそこにあった椅子で頭の後ろの部分を打っちゃったんです…。だからやめとけって言ったのに…。」
などというとんでもない嘘を言ったのは、ガキ大将的存在の村上だった。村上は、小学6年生にも関わらず、中2並のごつい体格の持ち主で、一種の武力政治でクラスをまとめていた。頭も良く、運動もできたので、先生は村上をとても信用していた。
「そうなの?村上君。」
「はい。なっ、皆!」
村上が頷けよという視線をクラス一同に送ると、全員同時に頷いた。その中に亜子ちゃんもいたのでショックだったが、村上に脅されているようなものだから仕方がない、と自分を納得させた。
「と…とりあえず、先生はこのことを職員室に言って先生達に知らせてくるので、良い子でいてくださいね。それと、白崎さんは怪我をしているから、触っちゃダメよ。」
そう言って、先生は教室を後にした。すると、真面目だった村上の態度が一変した。
「学校に来るからこんな目にあうんだよ!」
そう言って、私の腹を蹴った。口から嘔吐物が出そうになったが、必死でこらえた。
「いいか、こんな目に会いたくなけりゃあもう学校に来るな。」
村上が、私を見下ろし、そう言った。悔しかった。同い年の子供にここまでやられたのが。
この後、すぐに救急車が来て、私は病院へと運ばれた。
ベッドになっている私の元へ、眼を腫らした母と、心配そうな表情をした父が現れた。
横になっているままだと失礼だと思い、体を起こした。
「パパ…ママ……。」
母が私に抱きつき、何度も何度も頭を撫でた。無事で良かった、と呟きながら…、涙を流しながら…。
「あぁ、本当に無事でよかった…。あんな危ないことをしたお前も悪いが……無事で何よりだ…。」
その時、私は決心した。それまでは、親を心配させてはいけないと思い、学校でいじめられていることは親に黙っていたが、今日はそれを打ち明けよう。
「……ママ、パパ…。ちょっと話したいことがあるの…。」
いざ言うとなると怖くなってしまい、声が小さくなってしまった。
「何?話って…。」
母が私から離れ、父の横に立った。
「実は……」
一度唾を飲む。覚悟を決めた私は、ぱっと眼を見開いて、大きな声で言った。
「実は私、学校でいじめられてるの…。」
最初、2人は言ったことが理解できてない様子だったが、私が黙って2人を見つめていると、父も母も理解し始めた。
「な…何を突然言うんだい?」
父が苦笑しながら言った。しかし私は返事を返さず、真剣そのものの顔つきで、父と母を見続けた。
「………本当なのか?」
すると、父の表情も真剣な顔つきに変わった。
「うん、これ見て。」
私は、着ているパジャマの右腕の裾を捲った。恐らく、この時2人の眼には、今まで見たことのない傷跡が大事な愛娘の右腕に刻まれている光景が映っただろう。
「何これ……私は知らないわよ……」
母がそう言って、手で口を隠した。
「これね…、私が小学3年生の時に、彫刻刀でつけられた傷なの。」
「なっ……。誰がそんなことを…。」
「村上よ。」
「村上?村中って言うと、お前のクラスで一番勉強ができて、スポーツも万能のあの村上君か?」
「うん。あいつ、万能でしょ?だから何やっても怒られないと思ってるのよ。私をいじめてるグループのリーダーもあいつだろうし、今回の件もあいつだと思う。」
「今回の件?これはお前がやったんじゃないのか?」
父が私の頭の包帯を指差した。
「うん、私じゃない。誰がやったかはわからないけど、後ろから誰かが椅子を投げてきたの。それが頭に当たったの。やったのも、たぶんだけど村上だと思う。」
全てを言ったこの時、心のモヤが晴れた気がした。父は黙り込んで何かを考え込んでいたが、10秒もすると口を開いた。
「分かった、その件は俺が校長に相談しておく。だから今はそんなこと気にせず、思いっきり体を休めるんだ。いいな?」
「うん。」
校長に相談するという発言に、少し反応した。もし、それで私がいじめらているということが判明したら、最悪の場合は転校とかになるのだろうか?そうなると、私は亜子ちゃんとは遊べなくなる。そんなの嫌だ、と心の中で叫んだ。声には出さなかった。せっかく親が私の為に考えてやってくれてるのにそれを踏みにじってはいけないと思ったからだ。
「入院期間は3日間だそうだ。なるべく毎日来るから、元気にしてるんだぞ。」
父は最期にそう言って、病室から出て行った。母もそれについていこうとしたが、何を思い出したか、ドアの前で止まった。
「あ、そうそう。これ、リミィちゃん。あなた、大切そうにしてたから、此処においておくわね。」
そう言って母は、ドアの横の机の上にリミィをそっと置いた。私は嬉しかった。母が、私がリミィのことが大好きだということを覚えていてくれて、さらにそれを持ってきてくれたことが。母に感謝した。
「じゃあね。」
そして、母は病室から出て行った。
私は、一刻も早く治さなきゃ、とベッドに潜り込んだ。
「…てよ。起きてよ。起きてよ、眞子ちゃん。」
私はベッドの中で寝ぼけ眼を擦った。どうやらあのまま寝てしまったらしい。ベッドから顔を出す。辺りは暗い。恐らく夜だろうと悟った。
「あ、目が覚めたんだね、眞子ちゃん!」
突然、私とそれ以外いない病室から声が発せられた。辺りを見回したが、やはり私とそれ以外は誰も居なかった。気のせいかと思い、油断していると「僕だって。」とまた声が聞こえた。
気味が悪くなった私は、ベッドの中に潜り込み、恐怖から必死に身を守った。
「ひどいやぁ。僕だよ。リミィだよ。分からないの?」
「え?」
恐る恐るベッドから顔だけ出し、リミィの方を見た。確かに、リミィの口が動いている。音もあそこから出ている。ということは、やはりリミィが喋っているのだろうかと思った。
「ほ…本当にリミィなの?」
迷惑にならないぐらいの大きさの声で問いかけると、私を納得させる返事が返って来た。
私はベッドから降り、リミィの元へ向かった。
リミィを手に取り、よく観察するが、普通に人形となんら変わりはなかった。
「やぁ!」
リミィが元気よく挨拶した。なぜか、気味悪いとは思わなかった。そりゃあ、少し戸惑ったりはしたが、そんな、化け物を見たような感じではなかった。
「なんで…なんで貴方喋れるの?」
「さぁ、なんでだろう。僕もわかんないよ。でも、ま、そんなことどうでもいいじゃん。気楽に行こうよ。」
リミィの顔はグニャリと歪んだ。恐らく本人は笑っているつもりなのだろうが、傍から見ればこれは笑っているというよりも、馬鹿にしているようにとれる。
「ところで君、村上って言う男子生徒が首領の今のクラスにいじめられているみたいだね。今日の椅子のやつ、僕見てたよ。椅子投げたのも、君がお察しの通りその村上だったよ。」
やっぱり、と心の中で頷いた。
「……やっぱり…」
私が悔しさのあまり歯を食いしばっていると、リミィが安心させるように声を出した。
「ねぇ眞子ちゃん。むかつくことがあるなら、全部僕に言ってくれていいよ?今日も、これからも。グチってくれてもいい。」
「え…それは…あれ?鬱憤を貴方にぶつけてもいいってこと?」
「うん。」
「いいの?」
「もちろんじゃないか。それで君の気が楽になるんだったら、お安い御用さ。」
その言葉を聞いて、私は何度も「ありがとう」とリミィに言った。
正直、私は亜子ちゃん以外いじめについて相談できる人がいなかった。両親は心配をかけるので、相談しないし、亜子ちゃんを除くクラスメイト全員にいじめられているので、クラスメイトに相談することもできない。先生にも何度か相談したが、村上の権力の前では無駄だった。
なので、相談できる相手が増えたことは、かなり嬉しいことであった。
その夜は、寝不足になるといけないですぐに寝た。
翌日、父が私の元へやってきた。どうやら、校長との話し合いの結果の報告に来たらしい。
「ど…どうなったの?」
私が一度唾を飲み込む。父が声を出すために息を吸った。遂に来る、と心臓がドキドキした。
「お前の言ったことは全部校長に話した。」
そんなことはどうでもいい、早く次を言え、と心の中で叫んだ。
「……先生達が全力でお前のことを守ってくれることになった。良かったな、これからは安心して学校に行けるんだぞ。」
やったぁ、と思いっきり、凄まじい声で叫んだ。病院はさぞかし迷惑だっただろう。父にも注意されたが、嬉しさのあまりその言葉は右耳から左耳へと流れた。
とりあえず父が私を落ち着かせた。
「安心して学校に行けるのがいくら嬉しいからと言っても、大きな声を出したら病院に迷惑だろう?」
違うわ、おっさん。私が嬉しいのは、転校しなくて済んだからだ、と心の中で呟いた。
父は少し私に説教をして、病室を出て行った。
私は、ベッドから降り、リミィの所へ行った。
「やったよ、リミィ!転校しなくてすんだよ!」
「…………良かったね。」
リミィの返事には、元気が宿ってなかった。
3日後、私は無事退院することができた。私はそれを伝えるために、早速亜子ちゃんの家に向かった。急いでいたのでリミィは自室に置いてきてしまった。
チャイムを鳴らすと、亜子ちゃんが出てきた。おはよう、というと、亜子ちゃんはぎこちない笑顔を浮かべた。入ってもいい?と聞くと、う…うん、と答えた。
亜子ちゃんの部屋は、2年前と全く変わっていなかった。ピンク色の壁紙…、プーさんの掛け時計、キティちゃんの絵が張ってある机、……!?辺りを見回していた私は眼を疑った。
5年生の頃に、旅行のお土産としてあげたキティちゃんの人形がなくなっていた。入院する3日ほど前に亜子ちゃんの家に来た時はあったのに、何故無くなっているのかが疑問として浮上した。
「ねぇ…、私があげたキティちゃんの人形…どこにやったの?」
彼女は顔を下向きに向けた。そして小さな声で確かにこう言った。
「……捨てたの…。」
「え?」
彼女の言葉に耳を疑った。捨てた?何故?
「何で…?」
「……ねぇ、もう私達、この関係やめない…?正直疲れたのよ…。貴女が可哀想だからずっと一緒に遊んでたけど、このままだと私までとばっちり喰らっちゃうのよ。だから、ね。もう帰って。私に近づかないで。あ、それと、いじめてること、先生にチクッても無駄だからって、村上からの伝言よ。」
彼女のはなったその言葉は、鋭い槍となり、私の心を貫いた。彼女に家を追い出され、気がつけば自分の家の前に立っていた。
昼を知らせるチャイムが鳴った。
「どうしたの、眞子?眞子?」
布団にうずくまって部屋から出ようとしない私に、母が扉越しに声をかけた。しかし、私は返事をしなかった。自分の精神を正常に戻すのに必死だった。
亜子ちゃんが私と関わらないのは、私と関わっていると、自分も被害を受けるからなんだ、と何度も自分に言い聞かせた。しかし、そうする度に、もともと私は嫌われていて、仕方なく亜子ちゃんは一緒に居てくれた、という全く逆の思いがそれを妨害した。
長い長い戦いの末、勝利したのは後者の方だった。
それを理解した瞬間、涙腺が壊れ、大声を出して泣き始めてしまった。
泣きたかった。泣けば、その涙が全てを洗い流してくれると思ったから。いじめの思いでも、さっき亜子ちゃんに言われた槍のような言葉も、勝利した後者の思いも。
どれだけ泣いただろうか?かなりの時間が過ぎた。涙はもう出なくなり、声もかれ果てていた。
「どう?スッキリした?」
私が泣き止みかけた頃、リミィが言った。
「う…うん…。」
涙声でそう答える。
「じゃあさ、話してくれない?君が泣いてた理由を。僕が君を楽にしてあげるよ。」
この言葉を聞いた瞬間、何を悲しんでるんだ私、と思った。亜子ちゃんがいなくなっても、リミィがいるじゃないか。そう、リミィが…。
私は、青い熊の人形を抱きしめて、また、何度も「ありがとう」と呟いた。リミィが照れくさそうに、苦しいよ、と言ったので、一旦ベッドの上に置いた。
「で、何があったの?」
私は、亜子ちゃんの家であったことを全て話した。リミィは、話の所々で私に共感するように何度か頷いた。
話し終えた時、気のせいか、リミィが不敵な笑みを浮かべたように見えた。
「うぅん…。じゃあさ、もう亜子って子と関わっちゃダメだよ。」
「え?何で?」
「何ででも。いじめられ続けたいの?」
「いや、そういう分けじゃ…」
「なら僕の言う通りにしてたらいいんだ。分かった?」
「う…うん…。」
何故だろうか、その時私は「うん」としか答えることができなかった。「う」と「ん」以外の声を出そうとすると、声が出なかったのだ。リミィの言った通り、その日から私は亜子ちゃんに関わらないようにした。
でもいじめが止むことはなかった。何度かリミィに文句を言おうとしたが、そうする度に、その時だけ声が出なくなった。私はリミィに操られているのでは、と思ったが、さすがに人形に操られるはずはないか、と思い、その考えは却下した。
私は嫌な目にあう度にリミィに相談した。そしてリミィはいつも私に得策を教えてくれた。
しかし、どれだけ時がたってもいじめが止むことは無かった。それどころか、段々自分が不幸になっていくように思えた。しかし、やはりリミィには逆らえなかった。そして、小6の3学期、卒業式を控えた1週間前、悲劇は起きた。
私は亜子ちゃんに学校裏に来るよう呼ばれた。久しぶりに亜子ちゃんから話しかけて来てくれたので、嬉しくて溜まらなかった。疑ったりもしてみたが、そんなことをするのは亜子ちゃんに失礼だと思い、言われた通り、学校裏に行った。学校の帰り際に行ったのでランドセルにぶら下がっているリミィも一緒だった。
行く途中、様々な妄想が脳裏を駆け巡った。わざわざ学校裏に呼び出して、何をする気だろう?仲直りとか?まさか、また今回もいじめで、ビックリ箱で私を驚かすとか?
そんなことをしているうちに、学校裏に着いてしまった。亜子ちゃんは既に学校裏で居た。
「ごめん…待った?」
息を切らしながら、亜子ちゃんにそう言った。
「ううん……。別に待ってないよ…。」
亜子ちゃんが怒ってないことを知って安心した。
「で、話って何?」
「……ごめんね。」
「え?」
「今まで、貴女をいじめて…ごめんね。悪いと思ってるわ。」
え?亜子ちゃんが放った信じられない言葉に、耳を疑った。
「だから…ね。もうこれからは貴女をいじめたりはしないわ。」
そう言って亜子ちゃんは私を抱いた。久しぶりの亜子ちゃんの温かさに包まれて、気持ちが良かった。
「ほ…本当?」
「えぇ、本当よ。」
「ありがとう…。ありがとう…。」
私が嬉しさのあまり目から涙を零すと、亜子ちゃんが大声で笑いながら、くっつくな、と言わんばかりに私を突き飛ばした。
亜子ちゃんがポケットに手を入れ、手探りに何かを探す。ポケットから出てきたのは、刃渡り15センチほどのナイフだった。刃の部分に覆い被さっているカバーを取り、刃先を私に向けた。
「だから、今から貴女の顔に傷をつけて、昔の貴女を無くしてあげる。で、これからは、その貴女をいじめるの。どう?これなら文句ないでしょ?」
え?
走ってきた亜子ちゃんが持っていたナイフが頬をかすめた。一筋の赤い線ができ、そこから赤い液体が顎へと伝った。
「貴女の可愛いお顔に傷が入っちゃったわね。どうする?」
亜子ちゃんは不敵な笑みを浮かべ、私に言った。
「ねぇ…何で…こんなことするの?」
涙は止まっていた。が、まだ声は少し涙声だったので、その声で亜子ちゃんに問いかけた。
「貴女の顔を見てるとむかつくからに決まってるじゃない。だから私がこのナイフで少しでもマシにしてあげようとしてるんじゃない。感謝してよ、全く。」
問いかけに答え、私を睨んだ。そしてナイフをこっちに向け、突進してきたその時だった。足を挫いたのか、地面に凹凸があったのかは分からないが、何らかの原因で、亜子ちゃんはこけてしまった。その反動で、手からナイフが飛んでいき、私の目の前に落ちた。
どうしたらいいのか分からなかった。ナイフを手にとっていいのかも、このまま逃げてもいいのかも。
背後から声がした。
「コロセ!コロスンダ!ソノナイフデ、ヤツノノドヲヒキサケ!」
背負っているランドセルにぶら下がっている、リミィの殺気が篭った声だった。
「で…でも…」
私は戸惑った。殺せといわれて、そう簡単に無二の親友だった子を殺せるはずがない。しかし、ここで殺らなきゃ、私はここで顔に傷をつけられ、これからもいじめられ続ける。
私は、どうすればいいんだ。
「コロスンダ。ハヤク!」
体が言うことを聞かなくなった。リミィに操られているのだと悟った。勝手にナイフを手に取り、亜子ちゃんの方向に向いた。何度も心の中で、やめろ、と叫んだが無駄だった。じわじわと亜子ちゃんのほうに近づいていく。無駄だと分かっていても、何度も、やめろ、と心の中で叫んだ。
「や…やめて…。助けて……。」
腰を抜かして地面に座っている亜子ちゃんが、歯をガチガチ言わしながら、様々な命乞いの言葉を言った。しかし、リミィは殺しをやめようとはしなかった。
のっとられた私の体のナイフを持った右腕が、高く振りかざされた。その切っ先には、亜子ちゃんがいた。
「コロセェェェェェェ!!!!!!」
怒り狂ったようにリミィが言った。私は、ナイフを彼女に刺した。
いつの日か、リミィが言った。
「僕、自分のこと僕って言ってるけど、雌として作られたみたいなんだ。」
ナイフが刺さった後の青い熊の人形のはらわたからは、真っ白い綿がもこもこと、はみ出していた。
私は、リミィが私の体を使って亜子ちゃんを殺そうとした時、全力を使って、操られていた自分の体を取り戻し、手に持っていたナイフでリミィを突き刺したのだ。私は、これからもいじめられる方を取った。
亜子ちゃんを見ると、まだ恐怖で体を震わせていた。
彼女と視線を合わせるため、彼女の目の前でかがみこんだ。
「亜子ちゃん。もう大丈夫だよ。」
私は彼女を安心させるため声をかけた。彼女がゆっくりとこっちを向いた。
「………眞子ちゃん…?」
震える声で私の名前を呼んだ。
私は、手に持っていたナイフで、彼女がつけた頬の傷に一本つけたし、頬に十字傷を作った。ナイフの通った後は、赤い筋ができた。
「どう?可愛くなった?」
彼女に笑みを向けた。彼女は私に抱きつき、号泣しながら何度も「ごめんね」と言った。
「ごめんね…、ごめんね…。私、村上達に脅されてたの…。もう貴女とは縁を切れって…。だから…だから…。……ごめんね…。」
「もういいよ。だからね、帰ろう。」
気がつけば、私も涙を流していた。十字傷に涙が触れた時、ちょっぴり傷が痛かった。
あの後、私なりにリミィについて考えてみたのだが、私が思うに、あれは、人間の憎悪、憎しみ、怒りなどの感情が作り出した、悪魔の産物だったのだと思う。
彼女が私を不幸にしていたのは、私の不幸が彼女の餌だったからだと思う。今思えば、買った頃に比べて、私が突き刺したリミィはやけに大きかったように感じられる。恐らく餌を食べているうちに、動けない彼女はぷくぷくと太っていたのだろう。
ところで、中学2年生の今、亜子ちゃんと私は一緒に仲良く登校している。村上達も大人になったのか、いじめをしなくなった。
今の私の幸せ、もう誰にも止める事はできないだろう。
親も、友人も、青い熊の人形も…。
END
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■作者からのメッセージ
初めまして、おしまい君です。よろしくです。
さて、こんな感じの作品に書きあがってしまいましたが 汗
やっぱりまだまだ技術面とかが劣っているので頑張っていきたいと思います。
こんな作品ですが、よろしければご意見お願いします。