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『人間辞退』 作者:turugi / リアル・現代 未分類
全角12075.5文字
容量24151 bytes
原稿用紙約35.55枚
人がゴキブリを嫌うかのように、人間を嫌う「僕」こと「きー君」。それはもう生理的なものと言っても差し支えない。しかし、自分もその嫌っている存在と同じ種であるということは紛いも無い事実である。故に彼は絶望する。醜い人に、病んだ世界に、何より、穢れてしまった自分に――

              『死に逝く者はただ思う』

  ――名前とは、呼ぶものが居て始めて意味を成すものである――


 人間なんて下らない。どうして集団で行動しなければ自分と言うものを安定させられないのか。一人になったとたんに不安になり、他者と意見が違っただけで自分を捨てる。親は理不尽なことばかり言い、僕の言葉なんて誰一人聞こうとしない。集団に居なければ意見をすることさえ許されないのか。じゃぁ、集団に属さない僕の言うことなんて聞いてくれる人は居ない。聞こえない声を叫び続ける僕は一体なんなんだろう……。
 人間は自分と同じ人たちしか認めない。僕はそれを認めない。ならば僕は何なんだ?
 本当に、人間なんて下らない。僕はもう、人間なんて辞めよう思う――。

 中学校の一言卒業文集にそんな事を書いて提出したら先生に怒られた。いや、正確には違う。最初は親を呼ばれそうになったのだ。「お宅の子は困った子ですね」なんて理由からではなく、「お宅の子は大丈夫ですか?」といった理由からだ。そのまま精神病院に通うのも魅力的ではあったが、面倒臭そうなのでその場は、「先生がどんなリアクションをとるか気になったもので」と誤魔化したのを覚えている。そうしたら怒られたのだ。
 我ながら馬鹿ないいわけだと思ったけど、どう答えても怒られていたと思うのでよしとしよう。
しかし何故僕は怒られたのだろう。卒業文集とは中学校生活三年間を通して思ったことを綴るものではないのだろうか。その学校の威厳を保つためのものなのかもしれない。
 しかしそれはもう僕には関係のないことだろう。卒業文集は再提出を言いつけられているが、もう僕がそれを書くことはないのだから。
そう、今夜僕は人間を辞める。
 一概に辞めると言ってもいろいろある。太宰 治の、『人間失格』のように堕落していくことも言えば、非人道的なことを繰り広げる犯罪者となるのも辞めたと言えるだろう。はたまたどこかの組織に体を提供して文字通り人間を辞めるか。
 しかし、どうも面倒臭いことが嫌いな僕は手っ取り早い方法を選ぶことにした。簡単な話、死ぬのが一番だ。
 これは随分と前から決めていたことだけど、方法は飛び降り自殺にしようと思う。いつだったかニュースで取り上げられていた、飛び降り自殺をした少年の遺書の一説にこんな言葉があったからだ。
 「僕は飛び、かいほうされる」何故か解放と言う文字が平仮名だったのを覚えている。
 そこにある意味は解き放たれたのか、開け放たれたのか。それとも死を得ることによってそこに快報を見たのか、介抱を得たのか。
 兎に角、僕がその言葉に感銘を受けたのは確かだ。
 その真意が何であれ、今夜には僕なりの解釈を得ることが出来るだろう。
 場所はここら辺で一番高い建物、つまり学校だ。田舎なのでそこ以上に高い建物はあまり存在しない。ないこともないのだが、そこまでの移動が面倒だ。
こんな時まで面倒臭がる自分に苦笑を漏らしつつ、死ぬ前の人がよくすると言われる部屋の整理とやらをやってみているけど、今一何も感じるものがないのでこのまま家を出ることにしよう。
「ご飯できたわよー!」
 部屋を出ると、母さんの声が聞こえてきた。一瞬ご飯を食べてからにしようかなどと呑気なことを考えたが、
「ちょっと散歩してくるから後で食べるよ!」
 そう叫び返すことで僕の中の迷いも消えた。
 玄関を出たとき、「今日はいらない」と答えたほうが良かったかなと思ったけど、それも些細な問題だ。このまま学校に行くことにしよう。
 外はもう真っ暗だった。冬の冷気が身に凍みる。
 一度、もう見るのが最後になるだろう我が家を振り返る。こうしてみると、いつもと違うように見えるから不思議だ。
 今頃になって感慨と言う奴に耽っているらしい。……全く、柄じゃないのだけど。
自分でも意味の分からない笑みを浮かべ、僕は我が家を後にした。
 学校へと続く通学路を歩く。夕食時ということもあって、周囲はいろんな匂いで満ちていた。僕以外の人影は見当たらない。
 ふと空を見上げれば、そこには丸い月が浮かんでいる。僕が人間を辞めた後もあの月は変わらず在り続けるんだろうな、とどうでもいいようなことに思いを馳せ、通学路を唯歩いている。学校までの距離はそんなにない。現に今も通い慣れた校舎が見える。
 僕の人間もどきの生活も、残り数百mで終わりを告げる。
 もうこの理不尽な世の中に苦悩する日々は終わる。クラスメートの馬鹿な会話にあわせる必要もなくなるし、大人を欺く演技をしなくてもいい。そう考えると少し気分が軽くなった。元より重かったわけでもないけど、いわゆる解放感と言うやつだろう。そんな事を考えているうちに、校舎に到着した。校門はあってもないようなものだ。あっさりと飛び越え敷地内へと入った。真っ暗な闇に聳え立つ校舎。普通なら恐いとか不気味と言った印象を受けるのだろうが、今の僕には神聖なものに見えた。
 ……この屋上が、僕をかいほうしてくれる。
 逸る気持ちを抑え、事前に開けておいた窓から難なく校舎内へと侵入する。宿直として泊まる教師はなく、警備員も居ないこの田舎学校に半ば呆れつつも、今ばかりは感謝した。
 窓から差し込む蒼白い月光に照らされる廊下を進み、暗く先の見えない階段を上がる。静寂に支配された廊下には、僕の足音だけが音として響いている。普段の学校ではまずありえないこの静けさに、僕は不思議と気分が高揚していくのを感じた。
 ゆっくりと、踏みしめるようにして階段を登っていく。もう屋上の扉は目の前だ。ピッキング技術もこの日の為に会得している。誰かに見つかることもなければ時間制限もない。
 顔に手をやると口の両端が上がっているのが感じてとれ、自分が今笑っているということに気がついた。この絶望からかいほうされる瞬間は確実に近づいている。
 扉を前に膝を着き、いざピッキングと言うところで、練習の時もやっていたので癖のようなものだけど、ふと扉のノブを掴み回してみた。

 ――すると、錆びた音と共に回るはずのないノブが回った。

 心臓が一気に大きく跳ね上がる。それはさっきまでの高揚感とは種類の異なる、緊張によるものだ。
 ぎぃ……、という音が闇に響き、ゆっくりと扉が開かれていく。

 勢いよく流れ込んでくる冷気のその先に、一人の少女が僕に背を向けて立っていた。

 着ている学生服から、彼女が僕と同じ学校の生徒だということは一目瞭然だった。柵に両腕を乗せ、白銀に輝く月を見上げる彼女の横には緑色のラインが入った上履きが左右揃えて置いてある。確かあの色は二年生のものだ。
 ……一つ年下、二年生か。
 そんなどうでもいいようなことを考えていられるのも、扉の鍵が開いていた時点でこの事態の予想が大体出来ていたからであって、僕の神経が図太いというわけではないと思う。もし鍵がかかっていたなら、僕は気が動転していただろう。むしろ今は、神聖な時が汚されたという理不尽な怒りにも似たような感情さえ浮かんでくる。
 しかもその少女は、あの錆びた音が響いたというのに振り向こうともしないではないか。絶対気付いているだろうに……。
 普段の僕なら好感を覚えるのであろうその態度が、今の僕を余計に不機嫌にさせた。
 勢いよく、開けたドアを閉める。開けた時と同様に錆びた音が一瞬聞こえたかと思えば、直後、大きな金属を打ち付けるような音が闇にこだまする。予想以上の音の大きさに体がびくっ、と反応したのは僕の方で、彼女は相変わらず空を見上げるだけだった。
 ……空に、何かあるのか?
 視線で問いかけても彼女が答えるはずもなく、僕は仕方なく空を見上げた。
 星空。
 そこにあるのは、どこまでも広がる星空と白銀に輝く満月が一つ。いつもとなんら変わりのない夜空だ。どこにも夢中になるような要素なんて見いだせない。
 軽く眉を顰め視線を戻せば、
 ――そこには夜空に浮かぶ月のように淡く微笑む少女の顔があった。
「……君も救いを求めにきたの?」
 唐突にして透き通るようなその声に、僕は思わず頷いていた。
「ふうん、そうなんだ……」
 それだけ静かに言うと彼女は後ろに、つまり僕に背を向けてまた柵に両手をのせた。
「…………」
 ……正直訳が分からない。
 彼女の台詞に反射的に頷いた僕は、軽く首を傾げつつも彼女の隣に歩を進めた。
 微風が僕の中途半端に長い髪をさらう。
「君は何をしているんだ? こんな時間に学校に忍び込んで、屋上の扉の鍵まで開けている。しかも上履きを脱いでだ。そもそも救いってなんなんだい?」
 僕はいくつかの質問を同時にした、彼女の返事も大体予想できる。既に今日自殺する気が失せてしまっていた僕は、彼女に少し興味を持ち始めていると自覚できる。普段の僕に比べれば、幾分饒舌とも言えるだろう。
「自殺。学校に忍び込んでいるのはきー君も同じでしょう? 屋上の扉は最初から開いていたの。上履きは、死ぬ時は揃えるものなんじゃないのかな?」
 最後に、違うの? と言葉を呟き、逐一僕の質問に答える彼女。その目はしっかりと僕を捉えていた。
 彼女の雰囲気から大体率直な台詞が返ってくるであろうことは推測できていたが、第一声が自殺とは思わなかった。しかも、彼女はそれを何の躊躇もすることなく言ってのけている。だから僕も静かにこう返した。
「何故名前を知っている」
 普通を装ったつもりだが、声には少し警戒心が含まれていたかもしれない。
「ん? あぁ、きー君でしょ? 合ってるよね。だって学校で見かけるたびに思ってたんだもん。私と同じだなって。凄く上手な作り笑顔だなっていつも感心してたんだよ? それに無意識に友達と会話してるし、相槌はもう条件反射の域に達していると私は見ましたっ」
 けらけらと笑いながら答える彼女はどこか楽しそうで、それを見た僕の脳内で誰かが告げていた。――こいつは普通じゃない、と。
 ……それなら、俺も普通じゃない。
 心の中でそう呟くと、今の彼女の言葉の意味を吟味する。
 先の言葉から、彼女が僕のことを随分前から知っていたのは明らかだ。しかも結構なストーキング気質と見た。しかし、彼女の言っていることに間違いはない。確かに自分の笑顔は九割方が作り笑顔で、友人と呼ばれる人たちと話しているときもほとんどその内容など聞いていない。適当にあぁ、とかそうか、とか言って頷いているだけだ。
 意見を求められれば、断片的に聞こえた言葉を繋ぎ合わせてそれっぽいことを言っていればその場は回避できる。世の中所詮、集団に属するものが優位な立場を得ることが出来るんだ。吐き気がするほどつまらないが、僕はその中で結構上手くやってきたと思う。
今回の卒業文集の件は、卒業さえすれば他人も同然なのだから最後くらい思いの断片を吐いてもいいかと思っただけのことだ。
 現実はそれすらも許してくれなかったようだが……。
「良く分かっているようだね、ストーカー」
 言い放つ僕に、彼女は詫びる様子もなく尚も話を続ける。
「ストーカーなんて呼ばないでよ。私には歴とした白波瀬・繭(シラハセ・マユ)って言う名前があるんだから。白い波に瀬戸際の瀬。名前のマユは蛹の繭ね? 繭って呼んで下さい」
 聞いてもいないのに次々と言葉を紡ぐ白波瀬は、最後にぺこっと頭を下げた。
 このまま踵を返してこの場を立ち去ろうかとも考えたけど、それを何とか思いとどまった僕は不機嫌な様を隠そうともせず腕を組み、
「…………」
 無言の返答を返した。
「きー君もうしかしなくても怒ってる? どうして? 自殺の邪魔をされたから? でも、救いなんて存在しないよ? 自殺をしても……、何も変わらないよ?」
 ……なんだこいつは。僕を説得しようとしてるのか? 自分も自殺しようとしていたにも関わらず。
 僕は白波瀬の言葉に幾分かの理不尽さを覚え眉を顰めた。
 本来ならば本当にこのまま帰っているであろう僕がこの場に残っているのは、彼女に興味を覚えているからだ。主に僕は人間嫌いで、同じ人間である自分が嫌だから自殺をしようとしている。これによって分かることは、僕は人ではないもの、つまり異端なものを求めているんだという事。
 そして目の前に居る白波瀬・繭という少女は、今まで付き合ってきた人間と違うものが確かにあった。
 ……そいつが、こんなに普通の事をいうなんて――正直幻滅だ。
「ふぅ……じゃあね、きー君。きー君は、死んだ後何があると思う?」
 話しが飛んだ。
 それを指摘してやろうかとも思ったけど、少し面白そうな話なので僕は素直に返答することにする。
「僕は天国も地獄も信じない。そこにあるのは絶対的な無だ。何も聞こえず、何も見えず、そして何も考えることのない絶対的な無。そこには本当に何もなく、自分がそこに居るということすら考えられない。つまり存在の消失だよ……。よく思春期に陥る思考だろう? 死んだらどうなるんだろう? きっと何もないんだろうな、あぁそれは怖い話だ……、何てね。根拠もない恐怖にさいなまれた結果、天国か地獄かと言う表現しやすい場所に逃げ込むんだ。それがあるかないかなんて関係ない。それがあるから、根拠のない恐怖があるから、人は死ぬことに恐怖を覚えるんだろうね。それが僕には理解できないわけだけど……」
 そこまで言うと一旦言葉をきる。話しが大幅にずれたが白波瀬はそれを気にしている様子は無い。
「じゃぁ、きー君は。死んだ後にあるものは存在の消失だって言いたいんだね。きー君はそれは怖くないの?」
「あぁ、その感性が理解できないよ。だって僕は人間に絶望しているんだから……。世を見てても分かるだろう? こんなにも薄汚れた種は他に存在しない。僕も今まで人間に擬態して生きてきたけど、如何に人間らしく生きるかを命題に生きてきたけど、もううんざりだ。このまま人間としての生活が続くくらいなら、僕は消失を望むね。そもそもだ、世に、僕の場合は人間にだけど、兎に角世に絶望したからこそ救いを求めて自殺するわけだろう? 君のようにだ。だから今更それが怖いかどうかなんて質問自体がナンセンスだろう」
「それが、きー君の死ぬ理由だね。ちょっと残念。私とは考え方が違ったから……」
 屋上の柵に背を預け、夜空を見上げながら呟く彼女は静かに話を切り出した。
「私はね、天国でも地獄でもいいから……。存在して欲しいと思ったから自殺するのかな。だって、そこなら私を呼んでくれる人がいそうだったから……」
「呼んでくれる?」
 その言い方に疑問を覚え問う。
 僕は気付けば彼女の隣まで移動していた。同じように柵に背を預け夜空を見上げる。
 ――そこにあるのは満点の星空と淡く輝く白銀の月だ。
「そう、呼んでくれる……。私はね、いじめにあってたの。小さい頃からずっと……。理由なんて存在しない、誰かが生贄に捧げられるいじめ。その生贄に私は毎回選ばれたわ。家でもそれは変わらなかった……、両親は仲が悪くて喧嘩ばかりしてて、その憂さ晴らしに私がいつも生贄に捧げられてたのよ。周囲の人たちはそれを見てみぬふりばかり……、誰も私を呼んでくれる人なんていなかったわ」
「白波瀬は、そんな人間を嫌いにならなかったのかい? 己の保身に走り、自分が傷つくくらいなら他の誰かが傷つくのを容認する人間を……、嫌いにならなかったのかい?」
 視線を白銀の月から隣の白波瀬に移し問う。
 その彼女の夜空を見上げる喉が、白銀の月のように白く、周囲を闇が支配する中目立っていた。その喉が、僕の問いの返答に動く。
「えぇ、嫌いになんてならなかった……。私も同じだから。いじめられてる時、親に虐待されている時、いつも心の中で叫んでたから……、誰か代わって!! って……」
 そして彼女は僕の視線に気付いたのか視線を合わせてくる。
「でもね、その叫びはいつしかこう代わってたの……。誰か私の名前を呼んで! ってね。だっておかしいでしょう? 私と皆は同じ人間なのに、どうして私だけ物扱いされなければならないの? 誰も
私の名前なんて呼んでくれない……、白波瀬・繭って言う名前を呼んでくれないのよ……。だから、だから私は死のうと思ったのね。きー君の言葉を借りるなら、天国か地獄って言う表現しやすい場所に逃げ込んだの」
 クスクス笑いながらいう彼女は、普段僕の周りに居るクラスメートたちと何等変わりなく見えた。
 それを見ながら、僕は思う。
 ……彼女と僕との決定的な違いは、人間を好きかどうかだ。
 と。
 思いはそのまま言葉として出てくる。
「白波瀬は人間が好きなんだな。だからこうも死後の仮定が変わってくるんだ。僕はそこにかいほうを求め、君はそこに救いを求めた」
「そう、私は救いを求めたの……。でも、そこには救いなんて存在しなくて。……きっと、あるのは存在の忘却。きー君の言う消失ではなくて、忘却なの」
「……存在の忘却?」
「そう……、きー君は言ったね。死後、そこには何もないって……。でもね、きっとあるの。どうしようもない孤独が……。死んだ後思い知らされる、どうしようもない本当の孤独……」
 急に掌を返したように意見を変える彼女の言葉に、僕は多少の混乱を覚えた。
 当の彼女はと言うとそんなこと気にもしていないようで、また白銀に輝く月を見上げ始めた……。
「…………」
 沈黙する僕。
「…………」
 しかし、待てども待てども彼女は言葉を続けようとしない。どうやらさっきので話しは終わってしまったらしい。
 だから僕は尋ねた。彼女の矛盾を……。
「さっきまでの意見とは全く逆に聞こえるが、いったい何故?」
「うん。最初私が言った意見とは本当に逆だよね。……でもそれでいいの。あの考え方は、ずっと昔の私が考えてた理想だから……。さっき話したのが、私の今の考え」
 ……ころころ考え方が変わる人だな。
 思い少し僕は呆れたが、彼女の今の考えと言うのに興味が湧いたのでやはり尋ねてみる。
「どっちかと言えば僕の意見に寄ってきているだろう……。しかしそれとも違う。存在の忘却とか、どうしようもない孤独とか、もう少し詳しく聞かせてくれないかい?」
 こうして人と積極的に話をするの初めてだ。彼女の纏う不思議な雰囲気と夜の学校と言う異端を象徴したような場所が僕をおかしくしているんだろうか? 人間を嫌い、その他を、異端を好む僕にとってこの雰囲気は非常に居心地のいいものに感じられた。
「いいわよ。存在の忘却……。きっと人はね、自殺と言う禁忌を犯した罪を償うために罰をかせられるの。それがどうしようもない孤独。誰にも気付かれない、誰にも話し掛けれない、何にも障れない、何にも出来ない。ただ……、考えることだけが許されるの。一方的に聞こえて、見えて集まる情報の中、反応することは許されず、辞めることも許されなくて、ずっと孤独を味わい続けるの。そんな中、ふと気付くのよ。周囲の人間が、自分と言う存在を忘れていっていることに……。どうしようもない孤独の中、もはや人の記憶の中でしか生きられない存在となった時、感じるの……。自分が忘れ去られていくことを、それが――」
「存在の忘却か……」
 彼女の弁を最後まで言わさず言葉を継ぐ僕。
 そんな僕を咎める様子もない彼女は、月を見上げたまま静かに首を縦に振った。月明かりに顔全体が白く照らされた白波瀬は、目を細めとても悲しそうに眉尻を下げている。
 だから思わず口をはさむようにして僕は言葉を継いだんだ。
「そう……、そうなるとね。きー君もかいほうなんてされないね」
 顔を僕に戻した彼女が苦笑交じりに言ってくる。
 そしてそれを契機にしたかのように屋上の扉に向かい歩を進めようとする白波瀬。
「……何所にいくんだい?」
 思わず引き止めるが、見ても分かるように彼女は帰ろうとしているのだ。
 分かりきったことを問う僕に彼女は律儀に返事を返すべく顔だけをこちらへ振り向かせ。
「帰るの……、私を呼んでくれる人が出来たから」
 それだけ言うと白波瀬は錆びた音の響く屋上の扉を開き、そのまま校舎内へと入っていこうとしたところでまた振り返り、
「白波瀬・繭……。忘れないでね?」
 最後にもう一度名乗ると、彼女は今度こそ真っ暗な校舎内へと去っていった。
 後には、屋上の柵の前に揃えられた靴だけが残されていた。

◇◆

 朝。
 燦々と輝く太陽がゆっくりと空を昇っていく中。僕は昨日自殺しようとしたことなどなかったかのようにいつも通り登校している。
 昨晩は結局あのまま帰路につくことにした。最後に残された靴は今鞄の中にある。
 あえて忘れていったのか本当に忘れていったのかは分からないが、とりあえず僕は彼女の靴を届けることにした。
 ――それは口実で、本当はもう一度白波瀬と話をしてみたかっただけかもしれないが。
 それは僕にも分からない。しかし彼女に興味を未だに持っているのは確かだ。あの幻想的な世界の中で異様な会話を繰り広げたあの時が、本当に幻想ではなかったのか確かめる必要がある。そのためにも、誰も彼女を呼ぶものが居ないと言う教室を訪れる必要があるのだ。僕の嫌いな人間で溢れる教室を。
 時刻は朝の八時十五分。
 HRの時間までには余裕がある。彼女の学年は知っているがクラスは知らないため、僕は一旦職員室に向かい教師に彼女のクラスを問うことにした。
 職員室の前。そこには丁度二年生の学年主任が職員室から出てくるところだった。
「久遠先生。少しお時間宜しいですか?」
 顔には爽やかだと見てとれる笑顔を貼り付け、声は柔らかいニュアンスを醸し出していると聞こえるように努める。
「おや、君は確か……。米沢君かねぇ……?」
「いえ、違います」
 即答する僕。
 ……誰だ、米沢君って。
 二年生の学年主任でもある彼は、今年で定年退職を迎える。いろんな学校を渡ってきたらしい彼は、母校で定年を迎えたいらしく三年ほど前にここに舞い戻ってきたらしい。
 更には最近まで全校生徒の名を覚えるという凄技を披露していたのだが、どうも歳は勝てないようだ。
 それでも名前を覚えていることには変わりなく、今の僕にとってはまさしく適任の存在だろう。
「聞きたいことがあるのですが、二年生の白波瀬・繭さんの教室は何所でしょうか? 忘れ物を見つけたので届けに行こうと思いまして……」
「しらはせ……? もうしかして、白い波に瀬戸の瀬と書いて白波瀬と読む白波瀬かね……?」
 その名を聞いて明らかに表情の強張る久遠。やはり彼女のいじめについては教師の間でも黙認されていることらしい。
「……はい。昨日夜に会ったんですが、何故か靴を忘れていくという大胆な行動に出られまして……。クラスを聞きたいんですが」
 そんなことに興味のない僕は、少し冗談も交え早くクラスを聞き出すように努める。はっきりいって彼との会話は不毛だ。しかし彼の表情は何処かに恐怖すら見える。リアクションが余りにも普通ではなかった。
 そう、例えるならばありえないものでも見ているかのような……そんな表情だ。
「靴……。…………、ワシは、ワシは関係ない! 断じて関係などない!!」
 突然取り乱し始めた久遠に、眉を顰める僕。いじめに関係ないということなのだろうが、それを黙認している時点で共犯とも言えるだろう。教師と言う立場なら尚更だ。
「……で、彼女のクラスは何所なんですか?」
 取り乱し、尚も自分は関係ないと呟き言い張る久遠に嫌気のさした僕は、これで三度目となる質問をした。
「校庭側から……、今は使われていない第二資料室前に行って見なさい……」
 それだけ言えば久遠は逃げるようにしてその場を去っていった。
 
 ……一体何故第二資料室なんだ。しかも校庭側から。
 疑問に駆られつつも僕は言われたとおりの場所に行ってみることにする。
 第二資料室とは、第一資料室の隣にあるというわけでもなく。学校の端の方にある資料室のことだ。本来ならばこちらの方が先に出来た資料室なのだが、歴史ある我が中学はあとあとになってもう一つ資料室を造ることにしたのだ。その時場所的にも資料の勝手的にも新たに出来た場所の方が学校側に適していたため後から出来た資料室を第一資料室としたらしい。その際に必要な資料は第二資料室から第一資料室へ移されているので、第二資料室に訪れる者は、生徒はもちろん教師でさえ居ないほどだ。
 そんな事を考えている内に第二資料室前に来る。ただでさえ人が来なくて薄気味悪い場所なのに、今は朝の時間帯でここには日が当たっていない。夜の間に冷えた冷気がまだここには残っていた。
 ――まるで、朝の世界からここだけ切り取られたかのような錯覚に陥る。
 と、そこには何か石碑のようなものが一つあった。何か文字が彫ってある。やはり石碑らしい……。
 そこにはこう書かれていた。

『白波瀬・繭。千九百五十五年・二月二十五日 没』

 墓石だ。
 これは石碑ではなく墓石だったのだ。
 それを読み取った瞬間、僕の中で体温が一気に下がるのを感じた。いや、周囲の温度が下がったように感じられた。もちろんそれは気のせいに過ぎないのだろうが、僕の中で何かがはじけたのは事実だ。
 ……僕は死人と喋っていたのか。だからあぁも彼女に惹かれたのかもしれない。
 そう、人間を嫌いそれ以外を愛する僕にとって、彼女はかけがえのない存在だったのだ。何ともったいないことをしてしまったんだろう……。
 不思議と恐怖は感じられなかった。ただ、体が冷える中僕はニコニコと笑っているのだから。
 目の前の、如何にも忘れ去られたような墓石を前に手を合わせる僕。その墓石には苔が生えており最近花を添えた後すら見当たらない。
「……存在の忘却か」
 思わず呟く僕。
 その後は、墓石をたわしで擦って苔を落としたり早々と咲いている野花を供えてみたりとしているうちに時間が過ぎてしまった。既に朝のHRは終わり一限目に突入している時間だろう。
 一通りきれいにし終えた僕は一人自己満足に浸り、ふと思い出した。
 鞄の中の靴だ。
 昨晩の白波瀬の忘れ物だが、僕が話していたのが幽霊ならおかしな話だろう。これは五十年も前の代物になるのだから。
 ……それにしては綺麗だったよな。
 そう思いながら取り出した靴は、五十年と言う月日に相応しい見た目をしていた。所々苔が生えており、穴も見え色もすっかり茶色に変色している。
 こんな不思議な体験は初めてだ。
 取り合えず靴を墓石に返した僕は屋上に上ってみることにした。昨日彼女と出合った場所だ。
 皆が授業を受けているので、昨晩と同様。静かな校舎を黙々と上っていく。昨日と違うところと言えば、その静寂が集団が息を潜めているような隠れているような感覚に陥ることくらいだろうか。これは静寂ではなく、沈黙だ。
 僕には昨日の夜の校舎に満ちた静寂よりも、今の人間が多く居るにも関わらず皆一様に息を潜める現状の方が遥かに恐ろしく感じられた。
 目の前にそびえる屋上の扉。時々徘徊している教師には遭遇することもなくここまで来ることが出来た。ピッキングの道具は一応鞄の中にあるが必要ないだろう。何故なら僕は昨晩鍵を閉めることなく屋上を後にしたのだから。
 だから何の疑問も持たずドアノブに手をかける僕。
 予想通りドアノブが回る……。
「…………?」
 しかしドアが動かない。いくら押しても動かないのだ。ドアノブが回っている角度からして鍵がかかっていないことは明白なのに、一向にドアが動く気配はない。
「どうして……」
 呟く僕の目に、ドアの周囲が見えた。そこには――
 ――そこにはボトルがねじ込まれていた。
 屋上のドアが開かないようにいくつものボトルがねじ込まれていたのである。簡単な話しだ。これならいくら鍵が開いていようとも屋上に侵入できるはずもない。なのに昨晩は入れたということは……、僕は本当に白波瀬・繭の幽霊とやらと遭遇してしまったらしい。
「はは……。あはは……、あはははははは」
 僕は笑った。人間を辞めようとした僕は本当に人を辞めたものに遭遇してしまったらしい。それがなんとも可笑しく思え、僕は腹がよじれるほどに笑った。
 ひとしきり笑い終えた後、僕は流石に笑いを堪え始め。しかし未だに高揚した僕の頭は考える。
 ……と言うことは何かい? 僕は幽霊に死ぬんじゃないって諭されたわけかい?
 それが滑稽に思え、僕はまた笑いそうになったが何とか堪える。なら、彼女が言っていた話は本当なのだろう。最初の死についての概念が生前の彼女のもので、後から出てきた説が死後悟った事実と言うわけだ……。
 現に彼女は多くの人に忘れられ、墓石は苔が生えるほどに放置されている。
 ……さしずめ久遠は、生前の彼女の同級生といったところか。
 思いその偶然に口の両端が上がるのが分かる。こんなに自然に笑顔が出てきたのは何年ぶりだろう。
 傍から見れば薄気味悪いことこの上ないだろうが、そんなことは関係なしだ。
 しかし、死んだとしても僕の求める世界はないらしいことが分かった。それでも今の世よりは遥かにマシなように思えるが。今は死なないでおくとしよう。
 何故なら、僕が死んでしまえば白波瀬・繭の名を呼ぶ人は一人も居なくなってしまうのだから。
「おはよう、白波瀬」
 墓石に戻り、一応挨拶を済ませた僕はこれから毎日呼ぶことになるだろう名前を前に軽く手を振り、既に授業の始まっているであろう教室を目指す。
 まぁ、このくだらない人間擬態生活ももう少し続けるとしよう……。

 ――そう、せめて白波瀬・繭の名を忘れるまで。
2005/09/03(Sat)22:48:34 公開 / turugi
■この作品の著作権はturugiさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめましての人は初めまして。そうでない方はこんばんは、turugiです。前回の【BRESS】を完結させ間もないので、載せようかどうか迷ったのですが、前作は一気にUPしたので読む人はそうそう居ないだろうと判断し、載せさせて頂くことにいたしました。
私の小さな心臓はチクチクしてます。えぇ、ハートブレイクです(違
今回の人間辞退ですが、太宰先生の人間失格は関係ありません。題名も思いつきです。連続搭載や、題名など……規約にビクビクしながら投稿しています(何
内容ですが、【名前】というものにひたすらこだわった作品です。少々ありきたりに過ぎる点も否めないのですが、最終的に、最初の一文と最後の一文が生きていればいいなと思います。
感想、アドバイス、批評、誤字脱字、お勧めのコーヒー豆等、書いていただければ幸いです。
では皆様、縁が合えばまた逢いましょう。
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