- 『ほんとうにほんとう』 作者:せと ゆうじろう / 童話 未分類
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原稿用紙約10.65
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りすは生まれたときからずっとひとりぼっちでした。おかあさんりすは、りすを生んですぐに死んでしまったのです。ともだちもいません。りすにはなしかけてくるのは、いじわるなたぬきの兄弟だけでした。
「やい、みなしご」
お兄さんたぬきが言いました。
「やい、名無し」
弟たぬきも言いました。おかあさんがりすがすぐに死んでしまったので、りすには名前がありません。
「おまえはみなしごだから、かわいそうなやつだ」
「おまえは名無しだから友達もできないし、不幸なんだ」
兄弟たぬきはそう言って、声をそろえて大笑いしました。でも、りすはたぬきたちのことを嫌いではありません。この二匹のたぬきしか話しかけてくれないからです。りすは、悲しいけれど、言い返したり、けんかしたりはしません。
「ねえ、たぬきさん。じゃあ君たちの名前はなんていうの」
りすは明るくふるまいながら、たずねました。
「誰が教えるもんか」
「僕たちはこれからパパとママのところに帰るんだ。おまえにはわかるまい」
兄弟たぬきたちはにやにやと笑いながら、巣のほうへともどっていきました。りすには、あたたかい巣や、家族というものがわかりません。けど、とてもいいものだというのだけはわかります。自分はみなしごで名前がなくて、みんなとは違うんだと思うと、涙がじんわりとりすの目のふちをぬらしました。
そのとき、風がどこからともなく吹いてきました。
「どうしたの、泣いたりなんかして。おいらがかわかしてあげるから元気だしなよ」
風はそういって、びゅうっ、とりすの間まわりにつむじ風をおこしました。
「あの、風さん、あのね、僕とね――」
りすは一生懸命なにかを言おうとしましたが、そのときにはもう、風は遠くへいってしまった後でした。もっと話を聞いてほしかったのに。友達になれたかもしれないのに。りすはどうしようもなく悲しくて、とてもとても悲しくて、涙をぽろぽろ流しました。
しばらくぼうっとしていると、お日さまはもうしずみかけで、あたりはもう薄暗くなり、星がちらちらとりすをのぞきこんでいました。
りすは星が好きでした。ちらちらとあらわれて、夜にはじっとみつめてくれていて、明け方になるとなごりを惜しむようにうっすらうっすらと消えていきます。
「ねえ、星さん」
りすはよんでみました。けれど、返事はありません。りすはあたりをみまわしました。大きな木が一本あるだけで、生き物はいそうにありません。
「ねえ、星さん」
今度は夜に向かってさけびました。
「僕と」
りすは大きく息をすいこみました。
「友達になってくれないかな」
大きな大きな声で言いました。けれど、返事はありません。りすの目には涙が浮かびはじめてきました。でも、りすは首を振って涙をぬぐいました。そしてもう一度息をすいました。
「僕と友達になってくれたら」
りすはもっと大きな声で言いました。
「どんぐりだってあげるし、おいしいどんぐりのありかだって教えるし、きれいな水の飲めるところだって僕は知ってるし、それにそれに、それに――」
りすは精一杯しゃべりました。けど、りすの声は夜空にひびくだけで、だれも、何も、言い返してはきませんでした。りすはあきらめて、寝床をさがしにいこうと思いました。
「どうしたの、そんなに悲しい顔をして」
どこからか声が聞こえてきました。だれもいませんし、風も吹いていません。
「話してごらんよ」
また、声がします。ふんわりとした、あたたかい声です。りすはきょろきょろとしています。いったいだれがどこからしゃべっているのでしょう。
「君の前にいるよ」
耳にとけこんでくるような、やさしい声が言いました。
「みなしごで名無しのりすさんだろう。さあのぼっておいで」
前には、大きな木がありました。りすはとまどいました。木がしゃべるなんて、きいたこともありません。木はそこに生えているだけだと思っていたのです。
「さあ、はやく。のぼっておいで。話をきかせて」
りすは、やさしい声に動かされて、ゆっくりのぼりはじめました。何度も何度も落ちそうになりながら、小さな体をいっぱいにつかって、なんとか一番低いところの枝にたどりつきました。
「僕のこと、知ってるの」
りすはたずねました。
「ああ、知ってるとも」
大きな木は葉っぱをゆらして、答えました。
「みなしごで名無しのりすさんだろう」
みなしごで名無しのりすさん。でも、りすは、不思議と悲しくはなりませんでした。
「何で知っているの」
「何でも知っているからだよ」
月がりすを照らして、その影が地面に長くのびていました。大きな木の影は見えないくらい、長く長くのびていました。
「どうして悲しそうにしているの」
大きな木が、もう一度聞きました。
「僕はみなしごだから、友達もいないし、不幸なんだ」
「そんなことないよ」
「でも」
りすは言葉に詰まりました。
「僕は友達がいないのはたしかなんだ。だからきっと幸せにもなれないよ」
りすはたぬきたちに言われたことを思い出しました。大きな木は、葉っぱをわさわさと揺らして、少し考えてから、よしわかった、と言いました。
「じゃあ、友達になろうよ」
大きな木はにっこりと笑いました。りすは突然のことに驚いて、目をまん丸にさせました。そんなこと言われたこともないからです。
「でも」
りすはまた言葉に詰まりました。
「どうしたの」
大きなゆっくりと聞き返しました。
「本当にともだちになってくれるの」
「本当だよ」
「本当に本当?」
「本当に本当だよ」
大きな木は大きくうなずいて、ほほえみました。りすは胸が熱くなりました。けれど、こんなにだれかにやさしくされたのは生まれて初めてなので、りすはどうしていいかわかりません。
「でも僕はそれでもみなしごだし……」
「それじゃあぼくが親になるよ」
大きな木はまたにっこりと言いました。
「本当に?」
「本当だよ」
「でも僕は名無しなんだ。だから幸せにはなれないんだよ」
「そんなことないよ」
「たぬきくんたちが言ってたんだ。おまえは名無しだから不幸だって」
りすにとっては、今までたぬきの兄弟に言われてきたことがすべてでした。たぬきの兄弟しかしゃべりかけてくれる生き物はいなかったのです。
「そんなことはないよ。ぼくだって名前はないし、生まれたときからひとりぽっちだよ。でも不幸なんかじゃない。君という友達もいる」
りすは、にわかには信じられません。大きな木が言っていることが本だったらいいと思っているのに。
「でも、たぬきくんはそんな奴おまえしかいないって言ってた」
「それはたぬきくんがぼくのことを知らないからだ。ぼくはたぬき君のことを知っている。何でも知っているよ。りすさんが幸せになれることも知っている」
大きな木は歌うようにいました。そのたびに、りすがのっている木も揺れて、りすもいっしょに揺れました。それがなんだか心地よくて、りすは少し眠たくなってきました。自分が幸せであるか不幸せであるか、自分がみなしごで名無しであること、すべてどうでもよくなってくる感じがしました。
「僕、なんだか疲れたよ。それに眠たくなってきた」
りすは言いました。
「つかれたら、何もしなくてもいいんだ。眠たかったらねむればいい」
「うん」
りすはなんだか素直になれてきました。この揺れる木にずっといたい、そう思いました。大きな木はそんなことお見通しなのか、ずっと枝をやさしく揺らしています。そして言いました。
「ねえ、ずっとここにいていいんだよ。僕たちは友達なんだから。おなかがすけば、ぼくの腕の木の実を食べればいい。寒ければ木の穴にもぐればいい。雨が降ったら葉っぱの中にかくれればいい。暑いならぼくが光をさえぎってあげるから」
木はゆっくり枝をゆらし、葉っぱをさわさわと、子守唄を歌いました。
「ずっとここにいていいんだよ」
大きな木は、ゆっくりと、もう一度言いました。
「本当に?」
「本当だよ」
「本当に本当?」
「本当に本当だよ」
大きな木はやさしく言いました。りすはそれを聞くと、幸せな顔をして眠りにつきました。そよ風が吹いて、りすの嬉し涙をかわかしていきました。
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2005/09/02(Fri)20:41:02 公開 / せと ゆうじろう
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