- 『求愛と別れ 前編』 作者:あきら純 / 恋愛小説 時代・歴史
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ラヴァンス王国の王太子であるヴェルディと伯爵の令嬢、ロザリーの愛の物語。引き裂かれる運命の二人の今後とは。
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生を取れば永遠の恐怖と苦痛
死を取れば一瞬の苦痛と無
少女は何を求めるのか。
王太子として生まれて16年の月日が流れた。
父オルデアートは豊かな資源に恵まれたラヴァンス王国の第6代目の国王だ。
皇太子の名はヴェルディ。オルデアート卿の第三子で王太子ヴェルディ・ラファエルだ。国王オルデアートは超一流の政治家であったが、先代ルダン4世の冷酷なまでの家族への態度に似たのか、王妃や子供たちにはあまりかかわりを持とうとせず公式の場以外では会おうとしていなかった。
「王太子様?」
雨上がりの宮廷の庭の片隅にある白いベンチにヴェルディと一人の少女が座っている。声の主はその少女のようだ。
少女の名はロザリー・モザンヌ・ド・ディアカイト。国の大蔵大臣を務めるディアカイト伯爵の末娘で15になったばかりでまだ幼い。
「ん?何ですか」
「何を読んでらっしゃるのですか?」
ヴェルディの読む深緑の本を指した。
「くだらない小説ですよ。ユートシア伯夫人に頂いたんです」
ヴェルディには婚約者がいた。
ただいるという事だけを教育係であるユートシア伯夫人から聞いただけで相手の顔も名前も聞かされていなかった。そんな相手と結婚するのか、それでいいのかと考えることはあったけれど上流社会では一般的なことなので何も言えず、母である王妃リアーナが望んでいることなのでそれでいいと思っていた。
「殿下。王太子殿下。どこにおられるのです。外国語の先生がお待ちですよ」
老いた婦人の声が聞こえる。
「あの声はユートシア伯夫人……。王太子様」
「あぁ、そろそろ行きますね。ロザリー帰りは大丈夫ですか?」
「…はい。皇太子様、お早く」
「殿下、どこにいたのです。さ、先生がお待ちです」
「はいはい、わかってますよ」
急かす夫人を宥めながらヴェルディは宮廷の奥へ歩いていった。
ヴェルディと別れたロザリーは庭に咲いている白い百合を数本摘み、自分の屋敷へ歩いてく。
晴天が続き、水不足が予想され、周辺の町や村の農作物の収穫が悪くなるかもしれないと父から聞かされていたロザリーだったが、午前中に一気に降ってきた雨を見る限り大丈夫だろう、なんてことを考えながら屋敷へ続く白い道を進んでいく。
優しい父、気さくな母、勉強熱心な兄や活発的な姉に囲まれた生活はほかの貴族令嬢よりも幸せだと思っている。
「ロザリーは将来何になりたいの?」
小さい時、そう4つになりかけたかそれくらいの時、聞かれたことがあった。
「王太子殿下とずっと一緒にいたいです!」
家族のみんなは笑っていた。
すぐに兄が「殿下はどこかの国の皇女とご結婚されるさ。ロザリーじゃ無理だよ」と言ってきたことを思い出していた。
そんなこともあったなぁと笑いがこみ上げてくる。
百合を自室の花瓶に生けたころ、窓の外から馬車の音が聞こえてきた。豪華絢爛な馬車で、貴族の馬車だと一目でわかる。
一瞬だが馬車の中にいた人物の顔が見えた。ロザリーと同じくらいの年頃の少女とその母と思われる夫人が乗っていた。二人とも、綺麗や美しいとは遠くかけ離れた容姿だた。
「あれは…・」
ランバール伯夫人とその娘ジュリー。たいした功績もないのに昇格していった将軍の夫人とその長女だ。金で地位を買ったという噂といわれ、周りからあまりいい印象をもたれてない家だ。
「宮廷のほうへ…謁見かしら?珍しい…」
1週間時が流れた。
いつものようにわずかな時間を庭の白いベンチ過ごしているヴェルディとロザリー。
「王太子様、最近元気がありませんね」
「あまり寝てませんからね。読みたい本もありますし。こんなに晴れているとつい寝てしまいそうですよ」
そういってあくびを一回。
「お体は大事にしてください。国のためにも……」
不安げにつぶやいた。
「ありがとう。ロザリーは本当に優しいですね…私はもう行かなくては。ユートシア伯夫人が来てしまう」
「…はい。王太子様、無理をしてはいけませんよ…?」
「君のその瞳に、唇にそう囁かれたら誰でも従ってしまいますよ」
紅潮したロザリーの顔を見て軽く微笑み、ヴェルディは宮廷の奥へ消えていった。
翌日、急な出来事が起こった。
ヴェルディ・ラファエル・ド・ラヴァンスとジュリー・ニコラ・ド・ランバールが婚約し、来月には結婚するというニュースが飛び込んできたのだ。
そのニュースに驚いたロザリーはいつもの白いベンチでヴェルディを待っていたが、いつまでたってもヴェルディは現れなかった。
「なぜジュリーさんと王太子様が…」
混乱と動揺を隠せないロザリーは母の元へ行き、詳細を伺った。
「2年ほど前からランバール伯はジュリー嬢を殿下の妃にしたいと考えていたらしいわ。
ずっと王室に手紙と一緒にお金や貢物を送っていたらしいの…」
どうにかしてヴェルディに会おうと必死で手を回し、やっと二人で会えたのはその婚約のニュースを聞いてから3日後の夜だった。
庭師が丹精こめて作った青い薔薇園の中だった。
「ご婚約、おめでとうございます」
ドレスの端をつかみ深く頭を下げる。
「どうも、ありがとうございます。さ、頭を上げて」
最初の会話だった。
ロザリーの瞳には涙がうっすら浮かんでいる。
「泣かないでください、ロザリー」
「申し訳ありません…こうなると……いつか誰かとご結婚されるとわかっていたのに、私ときたら…」
あふれる涙を空色のハンカチで拭う。だんだんその色が濃くなっていく。
「言うのが遅くなってすみません。どうしても言えなくて…・」
「王太子様は何も悪くありません。……それより、庭を少し歩きませんか?」
小さく頷いたヴェルディはロザリーのその細い手に自分の手をつないで、ゆっくり歩き出した。青い薔薇は甘い香りを漂わせながら風に揺らいでいた。
「思い出しますね。あの日のこと…王太子様はまだ5歳で……」
「出会ったときのことですね。そんな君は4歳だったじゃないですか」
二人が出会ったのはヴェルディの妹君であるエリザ王女の誕生を祝してのパーティの時であった。大人たちが誕生したエリザ王女の話や政治の話、流行の衣装の話などでにぎわっている中、やることもなく青い薔薇園で遊んでいるヴェルディのを見つけ、同じ状況だったロザリーが駆け寄ったのだ。
「あの時はお互いの身分を知らずに遊んでましたね」
「あの後、王妃様の横に立つ王太子様を見たとき私は貴方様の名前を大きな声で叫んで…」
「ありましたね、そんなこと」
カラカラと笑い、笑い事じゃないですよ、とため息をつく。
懐かしい思い出が頭を過ぎり、また涙がこみ上げてきた。兄妹のように慕いながらもそこには小さな愛が生まれていたのだと思うと、涙の数はより一層多くなっていく。
「……式はいつになるのですか?」
かすれた声で尋ねる。弱々しく、今にも音を立てずに倒れてしまいそうな、そんな声だった。
「半年ほど先になります…」
そうですか、とロザリーがつぶやいたときヴェルディは右のポケットから銀の指輪を取り出した。小さく薔薇の形が彫ってある、質素な指輪だった。
ロザリーの手をとり、右手の中指にはめる。
「王太子様?」
「いつか渡そうと思って、作ったんです。この薔薇は私が彫りました」
「……」
「いつもつけておいてくれ、なんていいませんよ。ただ受け取ってもらいたかっただけですから」
月が傾き、空がうっすらと明るくなるころ二人は静かにそれぞれの家に戻った。
宮廷ではヴェルディとジュリーとの結婚式の準備で大忙しだ。
続く
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2005/08/31(Wed)04:35:18 公開 / あきら純
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■作者からのメッセージ
はじめまして、あきら純と申します。
初の恋愛物というか。ドキドキしながら書いてます。
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まだまだ未熟者ですがどうぞよろしくお願いいたします。