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『人工太陽鉄の空』 作者:一徹 / ショート*2 SF
全角2927.5文字
容量5855 bytes
原稿用紙約12.45 枚
 空は、空のホログラム。
 その向こうにあるのは、無機質の天井だ。
 そこから一本の糸が、下へスゥーと降りていて、さんさんと輝く球体につながっている。


 太陽を研くものがいる。
 二人。
 若者と、老人だ。
「あ〜、なんかダリイっすねえ」
 若者は太陽の周囲に作られた足場に座り込み、煙草を吸う。
「何を休んどる。とっとと終わらせるぞ」
 老人は若者を蹴り飛ばし、自らは太陽に向かった。
「だってなんか目に悪いじゃないすか」
「そのためのゴーグルだろう」
 強烈な太陽光から目を護るため彼らは斜光ゴーグルを付けていた。
「あ〜、ダリイ」
 そういいながらも、若者は立ち上がり、老人と同じように太陽を研く。
「ホントーに、研かなくちゃ、いけないんすかァ?」
「ずぅっと研かかんと、黒ずんでくる」
「化学の力も万能じゃねえな」
 下げるぞ、と老人は言い、手近にあるボタンを押して足場を下降させた。
「どれどうれ、下の世界はどうなってますかな?」
 鼻歌交じりに双眼鏡を取り出し、下を見る。
「あー、クソ、見えねえな」
「……なにを見ておる」
「いやあね、確かここらへんに温泉街が……」
 無言で殴る。
「イテ」
「バカやっとらんで、とっとと拭けい」


 作業が終わり、黒ずみを示す必要が無くなった。
 これより、世界は黄昏に沈む。

「終わりましたねぇ」
「そうだろ? とっととやれば、こうやって休めるのだ」
 太陽を研いた二人は、足場に腰掛け下界を見やる。
「あー、なんか、オレ本で見たことありますわ」
「なにを?」
「こういうの」
「そりゃ毎日見てるから当たり前だろ」
「いや違いますよ。えと、なんだったかなぁ」
 若者は呻り、はと気付く。
「あ! 夜空っすよ」
 ふむ、と老人は相槌を打ち、再び見下ろす。
「……確かになア」
「でしょ? 結構古臭い写真だったんすけど、確か昔の空って、こんな感じだったらしいっす」
「お主に言われるまでも無い。わしは、実際この目で見たことがある」
 突然の告白に、若者は目を輝かせた。
「もしかして……実は三百歳を超えるご高齢……」
「バカモン、まだ完全に外殻が張られる前に、隙間から見上げただけだ」
「それじゃ見たことにならんすよ」
「いやいや、見たよ、あれは、見たと言える」
「言えませんよ」
「言える」
「言えません」
「言える」
「言えま……」
 ふと、若者は返す言葉を止めた。
「どうした?」
「よーするに、それほどイイモンだったってことっすか……」
 チカチカと、乱雑にうごめく夕暮れのホログラムを見上げる。
 ふつと、朱が途切れ、夜空となる。
 若者は眼を背けた。


「いやな、わし、明日死ぬらしい」
 研きながら、突然老人は言った。
「遺伝子検査したんすか」
「一年前にな。で、結果が昨日来た」
「珍しいすね〜、グッドタイミングじゃないすか」
「お前もやっておいたほうがいいぞ。分かるのは、いいことだ」
「あ、オレはもうやってますよ」
「いつ?」
「来年。なんか先祖が紫外線浴びすぎで、遺伝子ぶっ壊れて、一族短命なんす」
「はあ、たいへんだな」
「でもま、知るってことはいいことだとは思いますよ?」
 太陽は研かず、いつかと同じように双眼鏡で下のほうを見る。
「ヤメロと言っておる」
 蹴った。
「いいじゃないすか、減るもんでないし」
 愚痴りながらも、老人に倣い太陽を研く。
「なんつーか、便利になりましたねえ」
「なんだいきなり。いや待て、この間は化学はダメだとか言っておったろ」
「人の考えは日々変わっていくもんすよ。それに、ほら」
 目の前の“人工”太陽を叩いた。
「本物だったら一瞬でジョウハツっすよ? それを、こんな、素手で触れるなんて」
「赤外線は無いからな」
「光量だけってやつっすよね」
 直径およそ十メートル。これ一つで、この地区一帯――半径百キロメートルの円形――を照らしている。
「ハア、ホント、便利だ」
 吐き捨てるように、言った。
「不満そうだな」
「不満つーか……なァんか、ねえ」
「物足りない?」
「まあ……そんなところでしょ」
 老人はふうむ、と呻り、
「君は、小説というもの読んだことがあるか?」
「バカにしてるんすか? ありますよ、当然」
「書いたことはあるかね」
「いや、ないです」
「わしは書いたことがある。若いころにな、何作品か書いて、一つ本にもなった。結構売れたよ」
「面白かったんすね」
「周りはな。だが、わしは、ちっとも面白く感じなかった。なんでこんなくだらんものが出版されて、他の力作が受け入れられないのか、気に食わなかった」
「くだらん? いやでも本になったんでしょ」
「今でも思う。あれはまぐれだ。あんでテキトーに書いたものが受け入れられたのか」
 その意味を若者は考え、思い至った。
「爺さんのことだから、他のやつは設定とか書式とか、ぜェんぶガッチガチだったんじゃないすか?」
「そういうことだ。分かるな、小僧」
「自由が無かった、と?」
「登場人物が動いていなかった。わしが、動かしておった」
「じゃあツマランに決まってます」
 蹴られた。
「イテッ」
「ふん」
 鼻息荒く、老人は手すりにもたれ、
「まあ、な、わしほどの偏屈が凝りに凝れば、動きが取れなくなるのは当然だった」
「この世界も同じこと、と?」
 老人は頷き、
「では訊く。これは、悪いことかね?」
 若者は考えた。
 答えを待たず老人は続ける。
「太陽を見上げるものでなく、資源として扱うことで、科学は発展した。今の地球は、まさしく宇宙船地球号と成り果てた」
 では訊こう、と再び老人は尋ねる。
「あらゆる自然現象を科学の下に押さえ込み、あらゆる災害を回避した。この世界の全てが分かる。いつ地震が津波が干害が冷害が洪水が起こるか、遺伝子から人間関数を編み出し、性格行動そして死、人間の行き着く限界を知り世界の“果て”を知り、終焉すらも予測している。予想、ではない。予測だ」
「その結果、世界に面白みがなくなっても仕方ない、と?」
「そういう道を辿ってきたのだから、しょうがないとは思わないか?」
「それは――先代が決めたから……」
 だがしかし安全だ。
 老人の小説のように、がんじがらめ、拘束されているわけでも動かされているわけでもない。自然に、自由を、謳歌している。
 だから若者は、こう言った。
「悪くは、ない」








































































「わし、生きてた」
 翌日、老人はそういって若者の前に現れた。
「九十九・九九パーセント、わしは死ぬはずだったのだ」
 あいにくピンピンしている。
 若者は笑った。心底笑った。
「葬式代がパァだ。昨日、やっておいたのに」
「バッカでえ、マジ、バッカでえ」
 腹の底から、大爆笑した。


 掃除が終わり、太陽は眠りに付いた。
 黄昏も終わり、夜が訪れる。
「帰るぞ」
「いや、ホント、お元気ですなあ」
「ふん」
 足場が上昇していく。
 双眼鏡を覗き、思いついたように地平を見やる。
 ぼう、と隣の太陽が上っているように、見えなくも無い。
 それはさながらダイヤの指輪のようで。
「まあ、今んところはこんなもんで勘弁しといてやるさ」
2005/08/31(Wed)01:35:20 公開 / 一徹
■この作品の著作権は一徹さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 はい、ども、一徹です。
 今回はSF風にまとめてみましたが、どうでしたでしょうか? 予備知識も無い若造が、と怒られるかもしれませんが、あくまでテーマ重視、SF知識を満たすものでないということだけ、頭に置いてもらえたら嬉しい限りです。
 テーマは……まあ皆さんでどうかお考えお願いいただきたい。いやね、書いてるときはあいまいながらあるのですが、書いた後見てみると……うーん、言葉にするのって難しい。怒らないでくださいね、ホント。
 虚偽王よりも短くなってしまいました。SSだから、関係ないのかな? 一応終わってますが、破綻しまくりとも取れて……そこは、率直なご意見ご感想お待ちしております。
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