- 『OUR HOUSE Z 【1(微修正)】』 作者:甘木 / リアル・現代 ショート*2
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原稿用紙約17.5
枚
■1 帰宅
俺の名前は森泉浩之(もりいずみ・ひろゆき)。北海道の公立高校に通うどこにでもいる高校3年生だ。自分で自分のことを言うのもなんだかくすぐったい感じもするが、クールでありながら熱い魂を持った17歳。ま、熱い魂が勉強の方に向かったことはないけどさ。
自己紹介ついでに俺の家族も紹介しておこう。
親父・正稔(まさとし)。食品会社の研究所に勤める41歳。己の欲することには努力を惜しまない性格。時には家族すら犠牲にしても自分の趣味を優先させる(て言うか、一人息子を実験台にしたり犠牲にしたりするなよ)。
母さん・諒子(りょうこ)。41歳。元国営放送のアナウンサーで映画にもでたことがある。世間では美人と言うことになっている。けど、息子から見れば常識が欠如した単なるおばさんだ。
ペット・クルツ。体重6キロの虎柄の雄猫。何事にも動じない性格は大人の風格すら漂わせている。ツチイナゴの佃煮と茹でトウモロコシとベビースターラーメンを心より愛するナイスガイだ。なお、天敵はアメリカザリガニと酔っぱらった親父。
この3人と1匹が暮らしているのが築50年を超えるボロ家。床は抜け、窓枠はアルミじゃなくって木製という年代物さ。だけどこのボロ家には俺の17年分の思い出が詰まっている。他人が見たら大した思い出じゃないだろうけど、俺にとっては大事な思い出なんだ。
アクションもサスペンスもラブロマンスもない平凡な日々の記録。つまらないかもしれないけれど、俺の思い出に付き合ってくれよ。
◎ おかえり
「静かすぎる。うぉ!」
自分の声大きさに自分で驚いてしまった。小声で呟いたつもりだったが、やたらと響いて……家の中が静かすぎるのがいけないんだよ。
日曜日の夕方なのに家には俺しかいない───日曜に誰もいないなんて滅多にないから、自分の家ながら知らない家にいるような違和感を感じてしまう。
べつに家族が事故に巻き込まれたとか、一家離散したわけじゃない。親父は木曜から出張、母さんは友達と一泊二日の温泉旅行、クルツは一昨日からプチ行方不明中。ま、ガキの頃から両親が共稼ぎの俺としては、親が不在の状態は当たり前と言えば当たり前の状態なんだけど。それでも日曜の夕方には誰かかれかはいた。人がいれば生活音というものがある。いつもは気にもしていない音だけど、それがないだけでこんなに寂しいものになるとは思わなかったなぁ。
テレビをつける気にもなれず、茜色から群青色へと変わる居間でタバコに火をつけた。
ちゅじゅっ。ふぅううう。
タバコの樹脂が燃える音って案外うるさいな。
「ただいまぁ」
居間が限りなく闇色に近い群青色に支配されたころ母さんが帰ってきた。
「あら、浩之いたの? 真っ暗だから出かけているのかと思ったわよ」
「おかえり。悪ぃ、居眠りしていた。で、温泉はどうだった?」
「良かったわよぉ。見て見てお肌もつるつる。どう、浩之も触ってみたいでしょう?」
荷物を置いて母さんはポーズをつける。スーパーのマネキンのような安っぽいポーズだ。「湯あたりしてるのか?」
「ひどい言い方ね。本当は触ってみたいくせに、テレちゃって。浩之はまだまだ純情ね」
母さんはにやらにやらと嫌らしい笑みを浮かべ、ポーズをつけたまま着替えに行く。
まったくなに考えているんだよ。前から頭のねじが緩んでいると思ってたけど、温泉に浸かって完全に抜けやがったな。
でも、温泉の効用に頭のねじ抜けなんてあるのか?
暫くして着替えを終えた母さんが居間に戻ってきた。ソファーに沈みこむようにだらしなく座り、
「温泉も良かったけれど家が一番ね、ほっとするわ。ねぇ浩之、お土産あげるからコーヒー淹れてよ」
○○温泉銘菓『五色饅頭』と書かれた包みを投げてよこす。
「今どき土産に温泉饅頭かよ」
「ここの温泉饅頭は美味しいのよ。粒餡に漉し餡に白餡にウグイス餡にキーウイ味」
「キーウイ味? キーウイ味って本当に美味いのか」
「知らない」
「知らないって、いま美味しいって言ったじゃないかよ」
「だって去年までは四色饅頭だったのよ。キーウイ味は今年の新作なの」
キーウイって微妙な酸味があるよな。キーウイ味ってことは餡が酸っぱいのか? 酸味のある饅頭って……。
「食べるのが楽しみよね」
マジかよ。
母さんが帰ってきてから程なくして親父も帰ってきた。
「ただいま」
疲れた響きが玄関からすると同時に何か重い物を置く音がする。
「ふぅ、今回の出張はきつかった」
ネクタイをだらしなく弛めた親父が、溜息とともに居間に入ってきた。
「おかえり。なんだかくたびれてるぜ」
「当たり前だ。休みなしで8時間も車を運転してたんだぞ。遠距離出張は飛行機を使わせて欲しいぜ、まったく」
親父はぶつくさ言いながら、凝りをほぐすように首をゆっくり回す。
「浩之、土産が玄関にあるから運んでおいてくれ」
「土産って変な物じゃないだろうな?」
過去にはツチイナゴの佃煮とかシマヘビだとか、怪しげな土産があっただけに俺は親父の顔を見つめた。無精ヒゲは伸びているけれど、少なくても何か企んでいるような表情は浮かんでいない。
「普通の食い物だから安心しろ」
親父は面倒くさそうに言ってタバコに火を付ける。
玄関にはジャガイモが入った段ボール箱と、ラベルが印刷されていない4号サイズの缶詰が10個ほど転がっている。少なくてもシマヘビやモモンガのような生き物の姿はない。俺は少し安心してそれらを運びこんだ。
「この缶詰って、何の缶詰?」
俺は運びこんだ缶詰のひとつを掲げて見せた。ラベルはないけどズッシリとした重さがある。
「ん? それはトド肉の大和煮だ。缶の上に赤いマジックでDって書いている方はエゾシカのすき焼き。今回は2種類も缶詰を作らされたんだ。本当にまいった」
親父は食品会社の研究者だが、北海道内各地の農協や漁協に依頼されて新製品や試作品を作りに行くことがある。だいたいが地域の名産品を使ったお菓子とか特産品の缶詰が多い。どうやら今回はトドとシカがいる地域に行っていたみたいだ。
それにしてもトドとシカねぇ……。
「で、美味いの?」
「食えば解るさ、夕飯のおかずにでもすればいいだろう。あっ、俺は車の中でおにぎりを食ってきたから夕飯は要らないから」
親父は早口で答えると、俺の視線から逃れるように台所に行ってしまう。
「私も夕飯は要らないわよ。お昼ご飯が遅かったからお腹がすいていないのよ」
母さんも間髪入れずに言う。
じゃあ今この家で腹を空かせているのは俺だけかよ。
俺が夕飯をどうしようかと思案していた時、
「なぁあぁぁ」
ベランダの向こうから鳴き声が響く。
「浩之、クルツが帰ってきたわよベランダを開けてあげて」
「母さんが開ければいいだろう」
「私は疲れてて立ち上がる元気もないのよ」
母さんはソファーに全身を預けてぐったりしている。親父も疲れたという顔でビールの缶を大儀そうに持ち上げる。
わかったよ。しゃあねぇな。
「にゃぁなぁぁ。なぁふにゃん」
「おかえり。一昨日からどこに行っていたんだよ」
「なふぅぅん、みゃゃゃん」
まる二日ぶりに見るクルツは変わっている様子はなかった。どこでどうしていたのか解らないが、痩せてもいないしケガをしている様子もない。ただ、体中にヒッツキムシ(オナモミの実)が付いている。足、背中、脇腹、ピンっと伸ばした尻尾の先にまでくっついている。
「なうん、にゃふん」
なにを言っているのか解らないけど、クルツはにゃんたら鳴きながらやたらと俺の足に身体を擦りつけてくる。数日家を空けたお詫びのつもりかもしれない。
「ななん、にゃうん」
ずずり、ずり。執拗なほど身体を俺の足に擦りつける。飼い猫が身をすり寄せてくるのは可愛い。飼い主冥利とも言えるだろう。でも俺が穿いているのはスエットパンツだ。クルツが身体をすり寄せてくると……ひょっとして自分の身体に付いたヒッツキムシを俺の足で取ろうとしているんじゃねぇだろうな。
「クルツもお土産を持ってきたの。浩之、よかったわね。今日はお土産がいっぱいあるじゃない。夕飯はお土産を食べたら」
スエットパンツに付いたヒッツキムシを剥がしている俺に向かって嬉しそうに言う。
は? 温泉饅頭(キーウイ味有り)とトド肉の大和煮(エゾシカのすき焼きでも可)とヒッツキムシを夕飯にしろってか……どれが主食なんだよ。いや、その前にヒッツキムシは食い物じゃねぇだろう。
◎ ただいま
「たぁだいまぁ! あっ、クルツ発ぁ見!」
帰ってくるなり母さんはソファーの大の字になって寝ているクルツに向かって突進する。バンザイ状態で四肢を伸ばしているクルツの前足を抑えつけると、
「んんん、クルツぅ」
おもむろにクルツのお腹に頬ずり───いや、母さんの顔面によるクルツの腹研磨ってぐらいの荒々しいさがある。
「ふなぁふなぁぁぁ」
前足を押さえつけられたクルツは逃げることもできず、首を振りながら哀れな鳴き声をあげる。
「クルツ、お腹がプニプニして気持ちいいわよ。んんん、可愛いわぁ」
クルツは体重6キロのデブ猫だ。脂肪がいっぱい付いているから、腹が柔らかいのは認めるけど、どこをどう見ても可愛い要素なんてないだろう。
「クルツ、クルツ」
「んにゃにゃ、んにゃにゃ」
執拗に腹研磨が続く。
苦悶というか、迷惑極まりないというか、クルツは複雑な表情を浮かべて鳴き続けている。それでも母さんに遠慮しているのか、自由な後ろ足で猫キックをすることもなく必死に堪えている。
クルツにも損得勘定ってものがあるんだな。いつもクルツにエサをやるのは母さんの役目だ。その母さんを怒らせたら冗談抜きで伝統の猫マンマが1週間は続くのは確実。たぶんクルツの心の中じゃ食欲と鬱陶しさがせめぎ合っているんだろう。現在食欲が優勢のようだ。
「母さん、クルツが嫌がってるぜ。もうそのへんで勘弁してやれよ」
母さんは顔を上げると前足を押さえたままクルツの顔をじっと見る。なんだか前後左右にフラフラして危なっかしい感じだ。
「クルツ嫌じゃないわよね。もし嫌なら嫌ってはっきり言いなさいよ」
前足を押さえられたままのクルツはげんなりとした表情を浮かべ、ぺてっぺてっと弱々しく尻尾を振るだけ。
「ほらぁ、クルツは嫌だなんて言ってないわよ」
正気か? クルツが答えるわけないだろう。
「浩之、あなた目が悪いんじゃないの?」
俺の方を向いた母さんの顔は赤かった。摩擦熱でここまで赤くなるとは思えない。おまけに目もとろんとしている。
「酒飲んでるのか?」
「ん。んん、飲んだわよぉ」
「下戸のくせに酒飲んで、猫に絡むなんて大人げない。歳いくつだよ」
「41歳よ。大人だからクルツに頬ずりするのよ」
母さんはクルツの前足から手を放して偉そうに胸を張る。
何で胸を張るんだよ。酔っぱらいのすることはわからねぇ。
「今日の飲み会で会社の人が子供の写真を見せてくれたのよ。3歳の女の子で凄く可愛いのよ。それを見ていたらなんだか懐かしくなっちゃって」
なにが言いたいんだ? 酔っぱらいの理論はようわからん。
「で、それがクルツの頬ずりとどう関係しているんだ?」
「赤ちゃんや子供に頬ずりした柔らかさが懐かしくて。でも、ウチにはちっちゃい子はいないじゃない。だからね、クルツに頬ずりしようと決めてたのよ」
「はぁ」
「せっかく教えてあげたのに生返事ねぇ。ひょっとして一人息子の浩之を差し置いてクルツに頬ずりしたから拗ねちゃったのね。ごめんねぇ」
母さんは酔っぱらい特有の飛躍論法で、地球上の思考とは思えない結論を導きだし、うんうんと独りで納得している。
「な、何言うんだ。俺はもう17歳なんだぞ。どこの世界に17歳の男が母親に頬ずりされて喜ぶヤツがいるんだよ」
「恥ずかしがらなくても良いわよ。母親にとって子供は幾つになっても子供なんだから。いま頬ずりしてあげる」
母さんはフラフラしたまま俺をじっと見ている。
こ、壊れた。母さんが壊れた。誰か助けて……。
俺の顔を見ていた母さんの表情が泣きそうに歪んだと思ったら、
「浩之ごめんなさい」
両手を合わせて拝むようにして頭を下げる。
「浩之、可愛くない。顔怖いし、アゴに無精ヒゲが生えているし、頬ずりしたくなぁぁい」
助かったぁ。
「昔は可愛かったのに……赤ちゃんの頃なんか女の子に間違えられるほど愛くるしかったのにぃ。ごっつい顔になっちゃって……お母さんは哀しいわ」
余計なお世話だ! 好きこのんでごっつい顔をしているわけじゃねぇ。俺だってハンサムな顔で女の子にキャーキャー言われてみてぇよ……ちくしょう!
「だ・か・ら……浩之の代わりにクルツに頬ずりする!」
クルツは母さんの頬ずり地獄から解放されたと思っていたらしく、相変わらずソファーの上で腹をだして寝ていた。そこに母さんの急襲。猫といえども咄嗟に反応はできなかったようだ。またも前足を押さえられ、
「クルツ、クルツ」
「うななななぁぁぁぁ」
腹摩擦が始まった。
酔っぱらいは嫌だねぇ。
狂気に支配される居間にはいられねぇ───俺は自分の部屋に戻るべく立ち上がった。
「母さん、あんまりやりすぎるとクルツの腹の毛がすり切れるからな、適当なところでやめてやれよ」
「うん、わかった……クルツ、クルツ」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああ」
母親の愛情って怖いなぁ……。
第1話終わり。でも続く……。
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2005/08/31(Wed)14:07:47 公開 / 甘木
■この作品の著作権は甘木さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。ほぼ1ヶ月ぶりの投稿。前作の「OUR HOUSE」がパワーアップして登場です……すみません。嘘です。パワーアップどころかダウンしているかも。ヤマ無し、オチ無し、意味無しの相も変わらずの本格的ヤオイ小説ですが宜敷お願いします。前作同様週一で更新できればいいなぁ、なんて考えていますがどうなることやら。
なお、前作の「OUR HOUSE」も今回同様SSの連作形態を取っています。どこから読んでも問題はないと思いますが、もし「OUR HOUSE」興味を持たれた方がいらっしゃいましたら1〜3話は過去ログ「-20050430」に、4〜9話は「-20050615」に、10〜13話は現行ログにありますので読んでいただけると幸いです。
こんな駄文ですが読んでいただけたら感謝に堪えません。また、感想・意見・罵詈雑言などありましたら忌憚無く書いていただければ幸いです。
生きて帰ってきました。靴擦れと筋肉痛で少々死にそうですが……帰ってきたら自宅のPCのモデムが死んでいました。交換に約一週間。当分PCが使えない状況です。感想を下さった皆さんへのレスは遅くなります。スミマセン。とりあえず微修正をしました。