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『山紫水明』 作者:少年ラジオ。 / ショート*2 未分類
全角1420文字
容量2840 bytes
原稿用紙約4.6枚
深い深い緑が生い茂る。見渡す限り緑である。だがその一つ一つにも表情がありどれも総てが同じと云う訳ではない。先程の緑雨で緑の先にてらてらと露が光る。その露に映る逆さのあたし達ふたり。手を繋いで死に場所を求めるあたし達。道の無い処で何もかもにも迷っている、否彷徨ってるあたし達。此処から出る訳でもなく、出たい訳でもない。
彼、名前は和と云う。和はあたしの手を握りただ黙々と前へ進む、それが前かどうかは解らないけれど。あたしは和に置いていかれないようについて行く。
あたし達は今生きているという実感が湧いてこない。
少なくともあたし達には[生きたい]等とは思っていない。あたし達は着実に来る[死]をひたすらに追っている。否、それが近づくのが娯しくて娯しくて堪らないのだ。あたし達の心にはそういう感情しか残ってはいないのだ。
「ね、和」
「何、流伊」
和の眸の色はとても綺麗だけど、今はその奥に何か、子供みたいな好奇心が湧く。和だってこの世から消えれることが嬉しくて仕方がないのだろう。そう、あたしは彼の眸を見て思った。
「和は、本当に死にたいの?」
「なんで、そんなこと訊くの」
「あたしは死にたい。一刻も早くこの世から。でも和は本当にそう思ってるのか、気になったの。それだけの事なの」
そうあたしが云い終わるか終わらない内に、和はあたしを抱き締めた。深く深く、慈しむように。きっとそれはこの緑よりも深い。でも和のこの思いは変わらない。みんな同じ。あたしが彼を愛すように、彼もまたあたしを愛すのだ。




「此処がいいね」
和が死に場所を決めた。この山を散策して、もう随分と経つのかもしれない。でもあたし達には数十分のように感じた。
「ええそうね、いい場所だわ」
川の上流に位置するのだと思った。流れは速く、崖の中に吸い込まれた川のようだ。
和はあたしの手を一層強く、優しく握った。その手はあったかくて安心できるような、和の魔法の手だ。
「流伊に、会えてよかった」
「あたしも、あなたに会えてよかった」
この気持ちは変わらない。これからもずっと。あたし達が死んでも。あたしは和を愛し続けるんだ。
夢のようだよ、あなたと死ねるなんて。
眼から水が滴れたけどこれは和と死ねる嬉しさで泣いているのだと思った。和もまた泣いていた。
「僕は、可哀相なんて思っていないよ」
時代に流され時代の犠牲者だなんて思わないし思ってもいないよ。
和は右手で涙を拭いながらあたしに言った。あたしも頷いて答えた。今喋ってしまうと、涙の所為で可笑しくなりそうだったから。
「可哀相、なん、て、言われ、たくも、ない、よ」
涙で可笑しくなってしまってもあたしはあなたに言葉を紡ぐ。途切れ途切れで不器用な言葉紡ぎ。
あたしは世の中が可哀相よ、涙でぐちゃぐちゃに成りながら尚もあたしは言葉を紡ぐ。穴空きだらけで崩れすぎた言葉。
「あたしは、和と、遇えた、だ、けで、いいよ」
「流伊、」
「それ、以上、は、幸せ、は、和と、居れる、だけで、いいの」
あなたのことがいとしくてだいすきでしかたがないの。
最後は何を言ってるか解らないぐらい涙が零れた。また和はあたしを強く抱き締める。心地好い感覚があたしを包む。
「あいしてるよ」




さよならと心の中でこの世へ吐いた。きっと世の中は広く浅いから届かないだろうけど。
でもいいの。
あたしは和と最後を過ごせて、一緒に死ねて。嬉しかった、娯しかった。
あたしはあなたをあいしてる。
2005/08/24(Wed)14:59:42 公開 / 少年ラジオ。
■この作品の著作権は少年ラジオ。さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
とある所で別名義で出したものです。

時代的には明治後半〜昭和初期くらいで。とある元ネタがありますが、今は伏せておきます。

ありがとう御座いました。
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