- 『窓の向こうへ』 作者:マイケル / 未分類 未分類
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これは、遠い遠い昔の話。
自然に囲まれた大きな国があった。そこでは、王を中心に人々が活発に生活しており、栄えた国だった。
この国には不思議な親子がいた。一見どこにでもいそうな母親と、小さな娘だ。
母親は奇妙な術が使えた。直径十五センチくらいの赤い玉を持ち歩き、渇水のときには大地に雨を降らせた。母親は人が良かった。自然と一体となれるような力を持ち、人々の幸福に全力でつとめた。
だが、ときは戦国だった。人々は無意味に赤い雨を降らせ続けていたのだ。王は、母親を兵隊として戦場に送ろうとした。
しかし、母親はそれを拒んだ。彼女には、人を殺すことなど、できはしなかったのだ。これに激怒した王は母親を捕らえると、火あぶりの刑に処した。母親は「反逆者」「悪魔の使い」などと、ののしられ、業火に消えていった。
それを瞳に焼き付けている一人の少女がいた。
母親の娘だ。名をセオナといった。どんよりとした彼女の目は、この世のどの犯罪者よりも、殺気に満ちていたに違いないだろう。
「ふざけるな。お母さんはなにも悪いことはしてない!悪いのは、お前ら人間だ!」
窓からまぶしい光が差し込んだ。涼しげな風が隙間から入り込む。
木がさわさわと音を立て、小鳥たちがメロディをかなで出す。
セオナはベットの上で座っていた。いったんノビをすると、彼女はベットから降りた。
「あ〜ぁ、また変な夢見ちまったぜ……」
あのいまわしい事件から十年あまりたったが、彼女の胸には生々しく傷跡が残っていた。
またいつもと同じ日常が始まる。
一人で朝食をたべ、一人で山奥に獲物を捕りに出て、一人で一日を過ごす。彼女はこの十年余りそうやって暮らしてきた。
狩りの時間だ。獲ってこなければ、一日空腹で過ごすことになる。
セオナはお気に入りのカウボーイハットを被り、地味なTシャツ、半ズボンに身を包み、家を後にした。
今日はいつもと違う場所に行く予定だ。この季節では、いつもの場所で植物が採れない。直径十センチくらいの赤い玉を槍に鎖でつなぎとめた武器。腰にはナイフ。どこから見ても立派な狩人だった。
「何の音だ?」
獲物を無事に収穫し、家に帰る途中だった。ふいにセオナの耳に聞きなれない音が舞い込んできた。
木々のゆれと混ざってよく聞こえないが、まさしく人間の声だった。
セオナの胸は熱くなった。
人間……聞いただけで虫唾が走る。母さんの仇。俺の一生を台無しにしやがって。
セオナは槍を構えながら、声のするほうへ急いだ。
彼女は自分の領域に人間を入れることをひどく嫌っていた。入ったものはかまわず殺す気だ。
行き着いた先は小さな洞穴だった。とても浅く、子供がすっぽりと入れそうなサイズだ。
セオナは草や岩を掻き分けて洞穴を見つめた。
中には、耳のとんがった少年がうずくまっていた。セオナよりもずっとひどい格好をしており、黒い髪はボサボサだった。
「た、たすけて……殺される……お、願い…」
そういうと少年は意識を失った。
セオナは少年をじっと見ていた。明らかに人間ではない。こんなに耳のとがった人間はいないだろう。それに、この少年の着ている服。何年も前なんてものじゃない。何百年も前だろう。セオナが少し触れただけで、服はボロリと欠けた。
少年が目覚めたとき、セオナは静かにドアを開けたところだった。
「おぉ、起きたのか。三日くらい寝てたぜ?」
「……!! ……!? 」
その少年は早口で聞いたこともない言葉をしゃべったが、当然セオナには理解できない。
「はぁ?何?」
すると、少年は気づいたように言い直した。
「きみ、人間? 僕は、リース。エルフ族です。助けてくれてアリガトウ! 」
少しぎこちない話し方だ。大きな青い瞳がセオナを見つめ、部屋じゅうを眺め回す。セオナはぽかんと口を開けて手元にあった椅子に座り込んだ。
「……エルフ族……だって? 御伽噺だと思ってた」
彼女には信じられなかった。大人の子供だましだと思っていたのだ。だが、あの耳、瞳の色、それにあの歌うようになめらかな言葉。そして、何百年たっても少年のままという事実。どう考えても少年リースはエルフだった。
「俺は、セオナ。セオって呼べ。俺の服、そこにおいといたから使いな」
セオナはそういうと、部屋から出て行った。
よろしく……と、かわいらしい笑顔であいさつしたリース。しかし、部屋からはすすり泣く声が聞こえた。セオナはそれに即座に気づき、そっと耳を澄ました。
「母さん、エリー……どうして……? 」
か細い声だった。それはセオナの心を熱く貫いた。彼女は、さっきから右手に握り締めていたナイフの柄を、静かに手放した。
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2005/08/23(Tue)23:30:27 公開 / マイケル
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