- 『蒼の精霊姫』 作者:輝月 黎 / 未分類 未分類
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原稿用紙約3.8枚
■序章■
その森では、曙の頃と月昇の時には全ての影が蒼に染まる。
だからそこは単純に蒼の森と呼ばれていた。
しかしそれは愛称――否、通称でしかない。本当の名など誰も呼べないからだ。
そこは巫女姫の住まう森。
世界の安寧を祈り支えてる精霊の姫君の直轄する、聖と邪が混沌と存在し、人間の存在を絶対的に拒む森。
畏れ多いとして、その場の正しい名称など、封じられていた。
その畏怖の象徴であり絶対不可侵である筈の“蒼の森”で、何故か、人間の少女が一人で泣いていた。その場に座り込み俯きながら、押し殺しても尚高い嗚咽を漏らしていた。
時間は、丁度頭頂から陽光が降り注ぎ、それが緑の木漏れ日になる昼の最中。
そこは森のどの木よりも大きな樹の立つ場所だった。
一体、その苔生し威風堂々とした大樹は、どれだけの時を生き抜いて来たのだろう。そんな幾億とすら思える歳月に遠慮するように、――はたまたその場にある全ての生気はその樹に奪い去られたかのように、その樹の周囲には綺麗なまでに他の息吹がなく、開けた場所となっていた。
そしてよくよく見れば少女の華奢な手首には、装飾のように繊細な鎖が絡み付いていて、それは大樹の節くれだった根の一本へと、蛇のようにうねりながら繋がっている。
その開けた場所を取り巻く精霊達は、何故か用心深く鎖と少女を観察しながら、気付かれないようにこそこそと言葉を交わしていた。
淡く透き通るような青い髪の、水属性の者が言う。麗しい忍び笑いの中で、とても楽しそうに。目の前に玩具が置かれた子供のように。
「ねぇ、あの娘……生贄かしら?」
深緑の瞳の、森自体の精霊が言う。普段なら慈愛に満ちているのだろう表情を、物珍しそうに軽妙に歪め。まるで何かを期待するように。
「姫様への、捧げ者だろうな」
寡黙な筈の地属性の精霊まで、今ばかりは高揚を抑え切れない様子で声を漏らした。
「また、この時が巡って来たんだ」
ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ。
彼等の声は、そのまま森のざわめきとなった。それに怯えたかのように、少女はより泣き声を高くする。
それに精霊達は、尚言葉を募らせる。今度はいとも不愉快そうに。
「うるさいな」
「嫌よね、人間って」
「姫様の神饌になれるのにね」
「名誉なことなのにね」
「うるさいね」
ざわざわ。ざわざわ。ざわざわ。ざわざわ。ざわざわ。
そのさざめきに応えるように、木々は陽光を一時のみ遮り、森を薄墨の蒼に染めた。
■一章■
そこは人間の知り得ない奥地。……凡そ穢されたことなどないに違いない、そんな玲瓏とすらした泉の水の揺らめきの奥で、一人の姫君が眠っていた。
ゆらゆらとする水面で屈折し、歪んで届いた光は、同じようにゆらゆらとたゆたう彼女のまっすぐな藍色の長髪を鮮やかに彩る。
冷たくて柔らかさを感じない純粋な水に、しかしその姫君は心地よさげに眠り漂っていた。
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■作者からのメッセージ
超絶にお久しぶりです、或いは初めまして。
将来の夢は物語で金を稼げるようになることと公言する不肖物書き駆け出し、輝月 黎(キヅキレイ)と申します。
あー……これまで続かなかったネタの数知れず。そしてまた完結していない物語は無数に転がっとりますが、これもそうそうすぐ終わるなどとは思えませぬ……(既に土下座)
現段階では主題の見えないやたらと回りくどく指示語の多いこの話、ゆっくりと生暖かい目で見守っていただければ幸いです。
※今回かなり微妙なところで切れていますが時間のなさ故です……重ね重ね申し訳ございません。