- 『妖 -アヤカシ- 第一部【了】』 作者:緋陽 / アクション ファンタジー
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全角96313文字
容量192626 bytes
原稿用紙約295枚
世界に蠢く闇、妖(アヤカシ)と戦う破邪法師、黒岸大悟と愉快な仲間たちが繰り広げる痛快アクションコメディ。
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零
夜だ。月の明かりが辺りを照らし、暗闇を漆黒の少し手前の色にしている。
その暗闇の中の都会によく在る高層ビル群の中の一つのビル。その屋上に俺は立っている。
ひゅん、と風が空を斬る音が鳴りやまず響く。早朝であれば気持ちいいのではあろうが、 暗い夜では冷たく感じるだけである。仕事のためとは言え……こんな所に立つのは辛いものがある。
はぁ、と溜息をつく。口から吐き出された吐息が白へと変わる。寒い。まだ冬ではないとは言え夜は寒い。
目立たぬように服装は漆黒のコートを羽織り、腰には銀の弾丸が詰まったコルトガバメントが収まっている。手にはハーフフィンガーグローブを嵌めて道具は何も持っていない。別に持つ必要が無いからだ。
懐に入れていた携帯の着信音が鳴る。
見れば仕事仲間の桐島修慈(きりしましゅうじ)からだった。
「目標確認した。ちょうどお前の真ん前に居る。六百メートルくらい先だ。んじゃ、戦闘よろしく頼むぜ」
「オーケー、了解した」
俺は携帯の通話を切り、懐へと忍ばせた。これから、激しい運動をするから壊れないのかが心配だ。
そして、手を天に翳し在らぬ所から空間を切り裂くようにして出てきた日本刀を手に取る。
「じゃあ……さっさと終らせるか」
俺は目の前を斬り裂き夜の闇へと消えた。
妖−アヤカシ−
其の一【結局俺なにがしたかったんだろうか?】
「あぁ、眠ぃ。誰のせいだこの眠さは」
俺はまだ眠気が覚めないしょぼついた眼を擦りながら呟く。
此処は学校の通り道に在る川沿いの道。ちょうど俺は学校へ行く時にこの道を使っている。
この道は舗装はされていない砂利道だ。だが、それが逆に川からの風と相俟って朝の爽やかさを感じさせてくれる。ざりざり、と砂利を踏み鳴らしながら歩くのはかなり気持ちの良いものだ。暫くこの快感に酔い痴れておこう……。
五分ほど歩いたか。右腕に在る腕時計を見る。学校開始時刻十分前だ。そろそろ急がないとヤバイ。
学校の近くに在る道の途中にある橋が見えてきた。そろそろアイツが来る頃合か……。何事も無いかのように橋を渡る俺。中間ぐらいまで来たときに後ろから足音が聞こえた。
――くーろーぎーしーっ!
叫ぶ声が聞こえる。どうやら俺を呼んでいるらしい。仕方無い、応えるとするか。
「来たか……桜井(さくらい)!」
俺は後ろに振り向いていつも通りに名前を呼ぶ。桜井も気付いたようで手を振って応えた。
黒の学ラン。顔は黙っていれば美形に見える。髪は地毛が赤がかっていて一部に金色のメッシュ(これは染めたと思われる。学校も良く許したものだ)ポケットからはペンギン型の携帯ストラップがはみ出ている。俺の親友といえる存在、桜井一樹(かずき)だ。
「おう! 黒岸(くろぎし)!」
俺は後ろから来た桜井の猛烈なラリアットをしゃがんで躱す。毎回毎回同じことを……飽きない奴だ。見切られてることも解かっていないのだろうか? そんなことも解からずに「よく避けたな!」などと言えるこいつは馬鹿か? 馬鹿なのですか神様?
おっと、そんなことしてる場合じゃない。そろそろ学校が見えてきた。俺は腕時計を見る。
「五分前だ。急ぐぞ」
ちら、と桜井の方を見て確認を取る。俺の合図が解かったようだ。俺達は同時に走り出し校舎内へと足を踏み入れた。靴箱を通り過ぎ、階段を一つ飛ばしで上る。目指すは三階の右端の教室。二年になっても三階に教室があるというのは何故なのだろうか。三階に到着。後は右へ向かって走るだけだ……!
「おおおぉぉおぉ! せやぁ!」
教室のドアを思い切り開けて横っ飛び。それと同時にチャイムが鳴る。セーフだろ?! これセーフだろっ!
丁度俺の左に居た、尾澤漣貴(おざわれんき)に聞いてみた。
「セーフだよ」
ああ、良かった……どうやら、先生はまだ来ていないみたいだ……助かった。
「にしても珍しいな、いつもは遅刻してこないお前がギリギリに来るなんて」
尾澤が聞いてくる。
聞くな、聞かないでくれ。取り敢えずその質問に対しては保留にしておいて俺は自分の席につこうとした。背中から視線が来た気がするけど気にしない。だって、面倒臭いから。
――おい。
背中から声が聞こえた気がするけど気にしない。だって、面倒……。
「がはっ!」
猛烈な刺激が俺の頭部へと流れた。痛い! 激しく痛い! 誰だ、俺の後頭部を思い切り殴った野郎は! 振り向く。……先生だ。しかも、強面で有名な社会の林だ。
あれ? なんでですか? ワタクシの担任は優しい優しい小田原(おだわら)先生ですよ?
頭の中身がクルクルと回っている。これが混乱か。何故だろう、俺の心の中に絶望という二文字が大きく刻まれたような気がしたよ。まじで、どうしよう。あれ? 桜井君、見事に逃げ切ってない? 椅子に座ってるし。椅子に座ってるし! 最悪だ……一人で怒られなきゃいけないのか……!?
俺は近くにいた男子生徒に目線で問いかける。
――……諦めろ。
首を振り、目線で語りかけてくる男子生徒。名前なんて覚えてないけど有難う。潔く諦めようじゃないか。
って諦めてどうすんだよ!!
「すいませんっしたぁ!」
一%の宥恕に期待しその場に土下座、僅かながらに存在した希望に全てを託す。頼むぜ……! 許せよ、林!
にっこりと俺に微笑みかけた林。
その顔に一瞬安堵の吐息を出そうと思った俺。
次の瞬間教室の外へ出るよう促された。
「取り敢えず靴を履き替えて来い。話はそれからだ」
教室に笑い声が満ちる。そういえば……靴箱を『通り過ぎた』っけ……。
俺は足早に教室を出ようとする。また、林から声が掛かった。
「靴は脱いでいけ、黒岸大悟(だいご)」
「解かりましたっ!」
俺は言われたとおりに靴を脱ぎ教室を出て廊下を走る。
はぁ……一瞬でも許してもらえると思った俺が馬鹿だった。許してもらえるはずが無かったんだよなぁ……あの先生の事だ、どうせ戻ったら俺に気を利かせて、水を入れたバケツでも用意しておいてくれているのだろう。その後は皆様もご想像の通り。それを持って廊下にポイ、だ。そして授業が終った後無様にも廊下に立っている俺に話しかけるんだ……! 言うことは一つに決まっている。もう嫌だ。
俺はその後のことを考えるのが怖くなり、思考をするのを止めた。
「桜井の野郎……後で覚えて置けよォォォォォ!!」
俺の学校の生活はこんな感じに進んでいく。
そういう訳で一時間目の社会。ああ、廊下に立ちっ放しさ、バケツ持って恥を晒しまくったさ。悪いか!? ってキレてもしょうがないよな、授業後のお呼びが掛からなかっただけでも良しとしなければ……うん、て事で次の国語の授業へゴー!
バケツを置いて教室へ入る。
教室に入ったら桜井が奇襲をかけてきた。ふっ、一石二鳥とは正にこの事だ。桜井の右腕に俺の左腕を被しクロスカウンター。倒れこむ桜井、あわよくば死ね。
「痛ぇ! おまっ、手加減無しでやりやがったな?!」
「だからどうしたァ!! テメェの所為で俺は廊下に立たされてたんだ! 俺を身代わりに自分だけぬくぬくと生き残ろうなんて考えてる奴ァこの俺が許さんわッ!」
俺は叫ぶ桜井を後にして机に座る。すると、田渕英信(たぶちひでのぶ)が話しかけてきた。
学ランが良く似合う、丸い眼鏡を掛けて、平凡な顔。だが、頭は良く学年で一位二位を争うほどの良さ。髪は黒髪、性格かなり良し(俺の感想)運動神経も中々に良いという、優れた奴だ。見習いたい、畜生。
「大悟……元気なのはよく解かったが少しやり過ぎのような気がするぞ……? 一樹が可哀相だよ、あれじゃ」
「大丈夫だ、八割の力で思い切り殴った」
「日本語になってないぞそれ」
気にするな。俺は一言田渕に言い机に突っ伏した。机の占領は完了独裁体制に入ります。もへー。瞼が閉じられました。睡眠準備完了……レベル七十八、睡魔ミサイル投下!
お休みなさい。俺は二時間目以降の授業は惰眠を貪った。因みに桜井は保健室で眠っていたらしい。ご愁傷様。
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二
――ええか、大悟。霊には三種類在る。一つは陽と呼ばれる存在。これは人に危害などは加えず唯、現世をふらふらとしている奴じゃな。浮遊霊と同じような存在じゃ。二つ目は陰と呼ばれる存在。これは、人に危害を加え、生気を吸い取る輩じゃ。悪霊じゃな。まぁ、まだこいつは可愛い方じゃろう、人を殺したりはせんからのぉ。傷つけるじゃ。そして最後の一つは――
「妖(あやかし)でしょ?何回も聞いたよその話。つまんないよ」
――ほっほ、詰まらんかの? でも聞いておけ、お前には必要な知識じゃ、破邪法師には、な。
まぁ、妖はな……陰の魂が集合体を成し現世へ形を持った姿じゃ。普通の人間にも見れる。じゃが、高度な知識で人間に化け、知らぬ知らぬの内に人間の集まりの中に入り込み――
「人を食べるんでしょ? 知ってるよその位!」
そう、その通りじゃ。人を喰らいその人に成り済ます……性質(たち)の悪い輩じゃな。こういう妖は退治せねばならん。そのために居るのが、お前なんじゃぞ。解かっておるか? おい、大悟――
昼休み。四時限目まで惰眠を貪っていた俺は田渕の平手打ちで眼を覚ました。
「夢か……」
それにしても変な夢を見た。昔のじいちゃんの夢を見るとは……。嫌な気分だ、何も起こらなきゃ良いけど……。
がやがや、と皆が騒ぎ出している。さっさと屋上へ逃げ出したいものだ。俺は自分の鞄から二段重ねの弁当を取り出し、教室を出て行く。目指すは屋上だ。日の光が当たり人があまり居ない。絶好の昼飯スポットだ。当然ながら桜井がもれなくついて来る(どうやって朝の怪我を治したのか。ああ、あんまり深い傷じゃなかったのかな)いつも田渕と三人で昼を喰っているためだ。
恒例のお食事タイム。俺は弁当を広げて、学ランの背広の中から『わさびふりかけ』と書かれた瓶を取り出した。これを俺が楽しそうに飯の上に掛けるのを不思議そうに見ている二人。
「……なんだそれ?」
「あ? 何だよ桜井、知らないのか? わさびふりかけ。ぴりっとしたわさびの味とふりかけの味が見事にマッチしてこれがまた美味いんだわ。かけてみる?」
パス、と桜井が手を横に振る。なんでだよ、美味いのに。喰ってみなきゃ解からんだろうがこの美味さは! 俺は田渕にも進めてみた。イマイチそうな顔をして首を横に振る。喰えよ、ばかー。ばかーばかーばかー。
「ところでさー、この前期末テスト在ったろ? 何点だった?! お前ら! 因みに俺は五教科五百点満点中、三百十点!! どーよこの俺の快進撃、この前は三百行かなかったんだぜー!」
唐突に話題を吹っ掛けてくる桜井。いつも、こいつから話が始まるんだよな。楽しいけど。それにしても……ふっ、その程度か桜井。俺はもっと上だぜ。
「へぼっ! 一樹へぼっ! 俺と何点違うんだよ!」
「あーそうですよー! うっせーんだよ、田渕! お前学年で三位だからって自慢すなー! たかが百六十点違うだけだろー!」
馬鹿にする田渕とからかわれてる桜井の図。はたから見てると滅茶苦茶面白いなー、こいつら。とくに桜井、お前お笑いの道へ行け。そしてヤラレ役となって帰って来い。芸能人でいうなれば……ダチョウ倶○部のアイツ(名前忘れた)だ。後百六十点て滅茶苦茶な差だな。四百七十点かよ、田渕。鬼だ、勉強の鬼。
「黒岸! テメェはどーなんだよ。俺と同じぐらいだよなー?」
あれ、俺君と何年一緒に居ると思ってんの? もう、俺の点ぐらい解かるだろう。いい加減夢から帰って来い。そして現実に絶望しろ。そしてお笑い界を目指せ。ヤラレ役になって帰って来い。
「お前と一緒にすんな! 田渕と一緒にしろ! 四百三十七点は伊達じゃあねーんだよっ!」
刹那、桜井の顔が青ざめていくのが解かる。効果音にでもあらわすとガーン! ッてな感じ。言葉に表すなら「え、うそ、まじでちょっとそれはないだろ? おれをだまそうとしてるんだろ? ほんとのこといえよこんちくしょう、おれとおまえはしんゆうだったはずじゃないかなんでうらぎるんだよー!」みたいな。平仮名なのは仕様だ、焦ってる感じを描ききるためだ。とか俺が考えてる時に桜井は喋りだした。
「え、うそ、まじでちょっとそれはないだろ? おれをだまそうとしてるんだろ?」「オーケーそこから先は読めたから無駄な労力を使わず今すぐ黙れ」
見事なまでの読みだ俺。実は超能力者じゃねぇ? ってかそれほど桜井が単純な奴だっただけか。
「じゃあ、今言おうとしたこと全部言ってみろよ!」
ブチ切れモード。こーなったらもう誰も桜井を止められない。いや、簡単に止められるけど。
そして、言えと言うんなら言ってやろう、だがお前はその瞬間後悔することとなる。
「え、うそ、まじでちょっとそれはないだろ? 俺を騙そうとしてるんだろ? 本当のこと言えよこん畜生。俺とお前は親友だったはずじゃないか何で裏切るんだよー!」
「サイコメトラーかおのれは」
「いや、単にお前が単純なだけ」
思考を読まれるほど単純なだけ。俺はからあげを口に運びながら言った。口の中にご飯を入れていた桜井は怒った。俺にご飯粒がついた。優しかった俺は三百六十度反転……じゃなくてそれだと元に戻っちまうから、百八十度反転。怒りを露わに。
「コロス……!」「生きて帰れると思うんじゃねぇぞ……!」
田渕もなんかキレてた。ああ、ご飯粒つけられたのか。
「えーと、まぁ、ごめんなさいっ!」
謝る桜井。だが、その程度の土下座で俺達を止められると思うな。今の俺達はたとえ目の前に居るのが親友でもまるで、豚のような存在に思えた。人間を馬鹿にした豚には裁きを与えなければならない……! その裁きとは皆さんお解かりの通りだ。
「人類を馬鹿にする豚には裁きを!」「そして、飯粒を飛ばす馬鹿には死を!」
ちゃっかりお弁当タイム。それは桜井の断末魔で幕を閉じた。そして桜井は朝と同じように、いや、それ以上の大怪我で大袈裟に保健室へと向かい、包帯を巻かれた挙句に保健室で「……ごめん」と呟いて就寝してしまった。そのまま起きてくるな、そして消えろ。果てまでも。昼休みはまだまだ続く。
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飯を食い終わってから俺は田渕と別れて一人屋上へ残った。心地良い風をまだまだ感じて居たいからだった。遠くには山と、そしてお隣の大学校舎が見える。教会のように気取った屋根はオレンジ色。空は青く、何処までも蒼く続いている晴天、オレンジ色に見事にマッチしている。それに加えて爽やかな秋の風ときたらもう、それは俺にとって抗いがたいものである。屋上の飛び降り防止のための柵に凭れ掛かり、前傾姿勢で顎をつく。
「はぁ……」
気持ちが良い、昼の授業をサボってここで寝ていてやろうか。
そんな事を考えながら俺は体全体で風を感じる。
ばたばた、と風が俺の服を靡かせる。その気持ち良さに俺は、砂が所々に落ちている地面へと寝転がって睡眠モードへと入った。
瞼を閉じる。だが、それでもまだ太陽の光が眩しい。曇りになってくれんかなー。……お、曇った曇った。俺の視界は太陽が隠れたと同時に暗くなる。そして寝ようとした瞬間。
――なーにしてんのよ。大悟。
女の声が耳に入る。俺が眼を開けると目の前に俺の顔を覗き込んでる渡辺和葉(わたなべかずは)が居た。どうやらさっき太陽が隠れたと思ったのはこいつが遮ってくれていた所為らしかった。
「何って……ねようとしてるんだけど……? 悪いかよ」
素っ気無く応えた俺に対して、和葉はにっかり、と笑顔を浮かべる。その顔が凄く可愛らしかった。
和葉は古くからの友達で学校の中ではかなり美人の方だ。気持ち良いくらいの清々しい笑顔が男子に好感を持たせているらしい。髪は黒くてポニーテール、活発で天真爛漫、といった感じ。運動神経も良く頭の方もそこそこ。優れた奴だ。また、女子の方でも人気があるらしく、一部女子には『和葉姫』などと謳われている。つくづく俺とは次元が違う。溜息出そうだ。はぁ。
「なによー、この可憐で美麗で自由奔放。ナイスバディな美少女の私が来てあげたんだぞ! 嬉しがりなさいよ!」
そうですね、貴方はナイスバディですね。だが一部男子には巨乳だ巨乳だなどと呼ばれていることを、そして一部オタクには「萌え!」などと褒められているのを知らないのでしょうね。いや、知らない方が良いこともあるしね。言わぬが花だな、こりゃ。
「で、その可憐で美麗で自由奔放でナイスバディで美少女な貴方が何故屋上なんかに来てるんだよ。俺はそれが知りたいんだが……俺に会いに来たわけじゃないんだろ? ああ、そー言えば美形で有名な刺瑞(しみず)が居たな……そうか、そっちに会いに来たのか。じゃあな、健闘を祈る」
ぶちん。
何かが切れる音がした。いや気のせいだ。
そして顔を赤くした和葉は、はぁ、と呆れたような溜息を出してそっぽを向いてしまった。……なんか悪いことしたか? 俺。そしてなんだか、苛々したように顔を膨らませ、「じゃあね!」と怒りをぶつけるかのような声を出して屋上を去っていった。……なんか悪いことしたか? 俺。あ、もしかして俺に気があるんじゃ……。
「んなわけねーか」
俺はぼさぼさ、と頭を掻きながら、寝転がってた体を起こして空を見上げながら屋上を出て行った。
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五・六時限目も惰眠を貪った俺。今日はやけに眠い。何故だ。……ああ、そうだ。俺昨日「必殺! 超合金鍍金(めっき)剥し!」などとふざけて深夜二時まで大声で叫んでた気がする。
…………。
ごめん、嘘です。これ読んでる人ごめんなさい。本当は「アチョー!」とか言いながら深夜二時までハチャメチャロックって番組見てました。
「何だその番組」
いきなり、声を掛けられてビクリと突っ伏してた机から跳ね上がる俺。あれ? 俺今なんか言ってたっけか?
「おい、田渕。俺なんか言ってた?」
丁度声を掛けて来た田渕に問いかける。どうやら、俺は夢を見ていたらしい。で、聞くところによるとハチャメチャロックだとかアチョーだとか必殺! とか叫んで六時間目の数学の授業が滅茶苦茶になったとか。……うあぁぁぁ、恥ずかしーー! もう俺生きていけないわ、暫し現実逃避させてくれ、ってか忘れさせてくれ!
エンド。ご愛読有難うございました。
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三
勿論上のは全部嘘だ。惰眠を貪ってたのは本当だけど。ってか俺が終らせない。この話を終らせない。作者を捻じ伏せてでも続けさせるからな。じゃなくて。
俺は今学校の帰り道で歩いている。両隣には桜井と田渕が居る。俺達はいつも一緒に帰っているのだ。帰りの道は川沿いは使わない。桜井たちと一緒に帰るためだ。俺は桜井達と雑談を繰り広げながらただ今橋の上である。
「そーいやさ、渡辺」
唐突に和葉の話題を振り出した田渕。はっ、もしかしてっ!
「もしかしないから。いや、確かに可愛いけど。好みじゃない……ってこんなことじゃなく。今日な、お前探してたぜ? 渡辺。俺にお前の場所聞いてきたぐらいだからなんか大事な用事でもあんのかなーって思ってたんだけど……。お前なんか言われた?」
あー、どうりで。だがなんも言われなかったな……うーむ、大事な用があったんだろうか? 解からん。取り敢えず俺は目の前の質問に答えることにした。
「んにゃ、何も言われて無いぞ? なんなんだ、あいつ」
解からん。
「もしかして……」
多分、もしかしないから。アイツと俺とじゃ分不相応すぎるんだよ、俺が。だから、俺はアイツとの距離を縮めないでいるのだ。解かれ、俺の優しさ。
「ふーん……お前もそれなりに考えてんだな」
「おーよ。つまり、俺みたいな奴と和葉とを天秤に乗せて比べるとあいつの方が百%傾くって事だから。俺みたいな分不相応な奴じゃなくて、刺瑞みたいな分相応な奴を見つけて欲しいんだよ」
まぁ、人の好き勝手だからねぇ。と田渕が呟いた。そう思うのなら俺の優しさに気付け。そして褒めろ、絶賛しろ。賛美しろ、賞賛しろ。などと思う俺は何者なんだろうか。はぁ、と嘆息しながら俺達は丁度横三列になって歩く。
おっとそろそろ俺別れなきゃいけない場所だな……。
と、家の方角の曲がり角に誰かが立っている。横には白のオープンカー。俺は車には詳しくないので車種がどーたらこーたらなどということは解からないが一目見てその美しい曲線美などには目を惹かれた。純白のボディが光を受けて、きらきら、と輝く。そして、その隣には茶髪が肩までかかるぐらいの髪を靡かせている綺麗な女の人。これまた白のミニスカートに純白の服だ。何処かで見覚えが……。俺の懐に入れていた携帯が鳴る。知っている番号だ。帯白真由(おびしろまゆ)さんだ。俺は少し躊躇ってから桜井達に断って電話に出た。
「はい」
「さっさと来なさい。目の前に居てあげているでしょう? 大事な用があるのよ」
其処に居るのは貴方ですか。何となく見覚えあると思ったんだよなぁ……。
「悪い、俺あそこに居る知り合いの女の人に呼ばれたから、今日は此処でお別れみたいだ」
「えー、カラオケは!? ってか、なんであんな美人と知り合いなんだよ! テメェの人生ハーレムかっ!」
桜井が叫ぶ。んなわけねぇだろ! そしてカラオケはパスだ! 俺も叫びながら走り出す。目指すは帯白さんの車だ。ってかさぁ、大声でよびゃいいじゃん。携帯をやたらめったら使うなよ、こんなに近いのに。貴方が来て俺を呼んでくれりゃ良い事じゃないのか? 十円無駄にしやがって……などと念を帯白さんに向けて送ってみる。勿論届かない。
「遅い」
つくなりいきなり文句を言われた。相も変わらず辛口だな。でも、結構急いだんだが……。
「遅いものは遅いの。ほら、早く乗って。行かなきゃならない場所があるのよ」
そうですか。では一人で行けばいいことじゃないんですか? 俺を呼び出す必要性が解からない……。ってか俺の日常を打ち壊さないで欲しい。俺、これからあいつ等と久しぶりに遊ぶ予定だったんだぞ……。確かに俺と貴方は仕事をたまに一緒にしたりするけどさ。って関係無いか。とりあえず急かされるままに俺は純白の車の助手席へと座る。シートベルトを締めて……っと。
「で……何の用ですか? ただ、目的地に着くだけなら俺は要らないと思いますが……」
運転席に座りハンドルを握り締めている帯白さんへの質問。意味不明なことは言わないでくれよ……。
「仕事の話よ。仕事の話。解かる? この頃巷で話題になってるニュースは知ってるわよね? 連続殺人のアレ。妖の仕業だからね。退治してもらおうと思って」
ああ、そーゆーことですか。ならば俺が呼ばれてもおかしくはないな……。
って納得しかけたけどやっぱおかしい。もっと他の奴等がいるだろうに。俺みたいな役立たずを呼ぶなんておかしいな……。俺の担当はこの町だし。他の町や県に行くってのはルールに反する気がするが……。まーた、上の奴等がおかしなことを考えてなけりゃいいけど。その前に俺今日は非番なんだが。妖退治は今日はお休みなんですが。だが、睨まれては文句は言えない。帯白さんが本気だしゃ、俺足元にも及ばないし。
「で、今回の妖は名無しですかね? それとも名前在る強い奴ですか? それを知らないと何も出来ないんで」
因みに名前が在る奴は昔から居る奴だ。人を何十人も殺してるから、警戒のため名前がつけられている。
「ん……貴方は名前在りに何匹出会った? 一匹でも居るとグッドよ」
何がどうグッドなのか。俺の質問は無視ですか? 俺は肩を竦める。この人改めて凄いわ。心が読まれてる気がする。うーむ、謎だな……。俺は指を折りながら答える。
「えーと……三匹です。名前は≪深き紫煙≫ディープパープル。それと≪天上者≫のハイロゥ。≪一撃離脱≫のワンサイドリーブ。この三匹は俺が倒しました。どれもこれも滅茶苦茶な強さでしたね、はい」
てか、俺が今最大に謎なのは何故、妖どもはカタカナ表記が多いのか。一応日本名もつけられているけど。大抵はカタカナの方で妖の名を呼ぶ。後で訊いてみるか? それにしても、何故だろう。なんだか屈辱だ。よく解からんが屈辱だ。外国に負けたと思うと屈辱だ。取り敢えず此処から逃げさせてくれません? 文脈繋がってねぇな、これ。などと呟いてみる俺。
「中々上出来よ……その年で三匹も倒してるなんてね……。貴方十六歳でしょ?立派なことよ、誇ってもいいくらい。貴方ほど若く破邪法師に成れた人ってそうは居ないもの。貴方は凄いわ、私が保証する」
有難うございます。身に余る光栄であります。高速道路の支払いをしている帯白さんに言ってみた。
「さて……此処からは少し飛ばすわよ……黙っといてね、舌を噛みたくなかったら」
え? ちょっと、何処まで行くんですか?
「私の家までよ」
待てやっ! 貴方の家、他の県だろ?! なんでそんな遠いところまで行かなきゃなんないの?! 嘘だろォォォ! もう最悪だ! なんでこの人はァァァァァ!!
そんな俺にお構い無くアクセルを踏み込んで車は時速百六十kmで走り出した。へぶらっ。しかも舌が縺れた。うぐぅぅ。喋れん。だから、オープンカーなんて……。
目の前が真っ暗になった。多分気絶したんだと思う。改めて、最悪だ。
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「着いたわよ」
起きたら目的地に着いていた。あれ? 帯白さんの家って確か純和風じゃなかったっけ? この家賃高そうなマンションが新たな貴方の家となりましたか。じゃあ、あんまり遠くないんだな。このまえ来た時は県を二つ三つ越えたからな……。助かった。俺は車から降りて案内されるがままについていく。う〜む、内部を見るとより高級そうに感じてきた……分不相応だよ、俺の身なりじゃ。ちなみに俺はまだ学ラン。改めて、俺、場違いだ。
それにしても……おかしいな。人の気配が無さ過ぎるぞ? これだけでっかいマンション(二十階建て)だ。普通は人気(ひとけ)があってもいいもんだが……。ま、いっか。
一○○一号室が帯白さんの部屋らしい。おじゃまします。
「適当にくつろいで。お茶入れてくる」
俺は言われた通りに部屋の真ん中にあるテーブルの前にちょこん、と座った。うーむ、この部屋滅茶苦茶綺麗だ。俺の部屋とは比べ物にならん。ソファもふかふか、カーテンはシルク。しかも良い香水の匂いが充満している。良い匂いだ。次元が違う。あからさまに次元が違う。違いすぎる。はぁ。
暫くして紅茶を淹れてきた帯白さんがやってきた。帯白さんのはお気に入りのアッサム、オレンジペコーで砂糖は入れずにミルクのみ。俺のは?
あ、あったあった。
「それ、ダージリンね。貴方、それ好きでしょ?」
何故知っているのかは置いておこう。そう、俺はダージリンの紅茶が大好きだ。ストレートティーが一番好きだ。そして次いでキャンディのミルクティが好きだ。大好きだ。それは置いといて、そもそも紅茶の歴史は古い、一晩では語りつくせないくらいに古い。なので省略させてもらう。しかし紅茶をブラックティーと英語では呼ぶが俺はそれは相応しくないと思う。何故ならば茶葉の色はブラックなのか? と思う。いや在り得ない。ブラックなんかでは決してないはずだ! そして、紅茶はカットの大きさで蒸らす時間が変わるのだ。少ししか教えられないが等級分けを言って置こう。これは基本形、フルリーフ等級の一部だ。スーチョン、ペコースーチョン、ペコー、オレンジペコー、フラワリーオレンジペコーなどがある。まだまだ等級分けはあるがいっぱいあるので此処らへんで終らせておこう。文脈が繋がってないのはご了承だ。
はっ、しまった! 紅茶のことになると見境無くなるんだよなぁ。自重しなきゃな。俺は近くに在った砂糖を二杯溶かし、飲む。美味い。
「……これ、何処で買いました?あ、後カットの種類も。これ滅茶苦茶美味い。帯白さんの紅茶の淹れかたも上手いし……。う〜む、どうしたらこんなに美味く淹れられるのか、教えてくれません?」
「F.T.G.F.O.P(ファインティッピィゴールデンフラワリーオレンジペコー)近場の良い所よ。でも此処は君の家から六十kmぐらい離れてるからね。来るのは難しいでしょー。あと淹れ方のことだけど……精進あるのみね。でもコツを言うならストレートティを淹れるとき、ティーカップも温めとくの。こうすると紅茶が冷めないから美味しくいただけるわよ。あとは蒸らす時間ね。これは自分で微調整。解かった?」
こくこく、と頷いてみせる。参考になるなぁ、この人の言うことは。今度試してみようっと。ああ、それと、この紅茶の値段とかいくらしました? と訊こうとしたけど止めた。野暮すぎる。暫しこの快感に酔い痴れておこう……。
くぴり、と俺はゆったり紅茶を飲みながら紅茶を堪能した。十分間堪能し続けた。すると帯白さんから声が掛かる。
「そろそろ、紅茶飲んで戦闘準備しておいて。妖が来るから」
ごくり。
同時に紅茶を飲み込んだ俺は真剣な表情を浮かべる。……唐突過ぎね? 展開速すぎ。一応真剣な表情で誤魔化してるけどさ。仕事ってのは解かってたよ。多分妖と戦(や)りあうとは思ってた。でもさ、唐突過ぎね?
「……取り敢えず詳しく訊きましょーか、帯白さん」
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終
「つまりその≪断片集≫を此処の駐車場に誘き寄せる、ってことですか? 無茶なことをしますね」
今俺はがら空きの駐車場にいる。マンションの近くの駐車場だ。
大体のことは説明されて解かったが、つまりは此処の住民たちを全員車で出かけさせて(術で出かけさせた)がら空きになった駐車場を使って術式展開。つまり、妖を誘き寄せるのだ。そのターゲットが≪断片集≫のフラグメント。で、それを俺が手伝うって訳か。
「いや、違うわよ。貴方がメインで戦うの。私はサポート」
待てや。呼び出しておいてそれかっ! ふざけるなぁぁぁぁぁ!!
「だからね、さっさと日本刀出してって言ってるの。早くしてよ」
はぁ?! 確かに俺の≪八咫烏(やたがらす)≫は空間を切り裂いて自由自在に瞬間移動的なことを出来る。だがなぁ……俺の力じゃ空間を切って繋げてをするのは半径五kmが限界なんだ! 無茶なこと言うなっ!
「ええぇぇ!? ちょっとぉ、冗談はよしてよ!」
「冗談でこんなことが言えるかッ! 先ず貴方が俺の力を把握してなかったのが悪い! 俺いっつも遠くへ行く時は刀持参してるでしょーがッ! マジ止めてくださいよ!」
「そーだっけ? 刀持って行ってた?」
「貴方の家に行く時に刀持参してたでしょーが……!」
しょうがないわね。その言葉で言い合いはいったん幕を閉じた。ってか、大事なことは先に言え。何がなんだか解からず連れてこられた俺も大迷惑なんだよ? 紅茶の件については感謝してるけど。取り敢えず俺は手持ちの道具を確認する。
がさごそがさごそがりっ。
手応えが……! 在った、連梵字のテープ。これさえあれば除霊も退魔もなんでも来いだ。本来ならちゃんとした和紙に書いて巻物とかにして仕舞うんだけど、テープでも十分代用可能だから大丈夫だ。多分。取り敢えず懐に入れててよかったよ、何も無かったらマジで危なかった。確実に死んでたな。あぶねー。俺は躊躇う事無く腕と脚に巻く。よしっ、これで戦えるはず……。
さらに探る。がさごそぱらっ。式神の紙だ! おおおお! これで刀を持ってこれるぞ! よしとりあえず行け! 俺が紙を投げると紙は変形して鳥の姿になった。≪八咫烏≫を取ってきたら空間を切り裂いてひゅんひゅんこれるはずだから……約三十分って所か、持ってこれるのは。取り敢えず帯白さんにいっとかなければ……。
「帯白さん。≪八咫烏≫は三十分ぐらいしたら届くんで、術式展開三十分ほど遅らせてくれません?」
言ってみた。術式の方を見てみた。……展開終ってんじゃん……。
「もう! 先に言ってよ! 展開しちゃったじゃない!」
終らせることは出来ないんですか?
「無理。今終らせたとしても妖はやってくるから」
確実に戦闘、か……。いっつも思うのだが、後先考えず突っ走るのはよくありませんですぜ。……となると連梵字のテープだけが俺の心の支え……文字通りのデッドライン、か? うまー。今俺うまい事言ったよ絶対。
ぞわり、と身の毛がよだつ。鳥肌が立つ。虫の知らせってやつか? などと俺はふざけ半分で笑ってみせる。後ろの方に気配あり。振り返ってみるとそれはただの老婆。焦ったじゃねぇかよ。
俺はその老婆の方に近づいてどうかしましたか? などと訊いてみた。
「危ないっ! 離れて大悟君!!」
帯白さんが叫ぶ。何か俺、悪いことしたか? 普通の老婆じゃないか……。あれ? なんだ、右手が変形してる!?
「のあっ!」
間一髪で横っ飛び。俺の左頬を何かが掠る。……まさかこいつ……妖!? やべぇ……忘れてたっ! 人間に化けれるんだっけ。なんで大事なことを忘れてんだ俺?
振り返り、見る。妖が居ない。
「ふん、誘いに乗ってやってきてみれば……なんだ、雑魚そうな奴が二人ぽっちか。愉しめそうにもないな……せめて、魂を喰らってやるか」
二十代後半の風貌をした男。但し腕が異常に太い。目付きは鋭く脆弱な人なら視線で殺せそうなほどだ。これが、妖。≪断片集≫フラグメント、か。まいったな……人型の妖かよ……。でも、やるしかない、よな。
アイコンタクトで帯白さんは左から、俺は右から回り込む。
「はァッ!」
右、左、右、蹴り! ひゅん、と風を切り空を捉える俺の脚。全部躱されたみたいだ。何処へ……上か! 約六mほど上までジャンプ。構えた左手から――
「砲閃火(ほうせんか)!」
閃光が迸る。だが、それも虚しく空を切り。
「雑魚が」
足を掴まれぶん投げられる。くそっ、受身が取れないっ!
ゴッ
嫌な音と共に着陸。背中を思い切り叩きつけて、口からは鮮血が迸った。
「あ……ぐぅ……」
いくら、潜在能力を連梵字で捻り出してるとは言え……これはキツイ。俺はふらふらと覚束無い足つきで立つ。倒れそうだ。きりきりと痛む腹。気分が悪い、吐きそうだ。だけど……やるしかないんだよな……。ぱんぱん、と顔を叩き気合を入れる。行くぜェッ!
「あああぁあぁぁあぁあっ!!」
俺は怒号と共に走り出す。目標は帯白さんを狙っているフラグメントだ! 当たれェ!!
「――砲閃火!」
結果だけいうと躱された。それだけの話だ。そして俺は鳩尾への攻撃をもろに喰らい天へと吹き飛ばされた。くそがぁ……負けてたまるかよ……。身動きが取れない俺は最後の悪足掻きで追い討ちをかけようとするフラグメントにありったけの力を込めた一撃をかます。頼むから当たってくれ……! 俺の掌から出された閃光はフラグメントを確かに捕らえた。
「やった……のか……?」
「とんだ阿呆だな、虚像の区別もつかんのか?」
声が掛かる。まさか……! 俺が貫いたかのように見えたフラグメントは音を立てて硝子のように崩れ去った。偽者、だったのか……!? 考えてる暇などなかった。俺は後ろから思い切り蹴り飛ばされ、地面へと向かう。背中が痛い、脇腹も痛い。俺、ここで死ぬのか……? 地面に叩きつけられると思った――瞬間に。
式神があらぬところから空間を切り裂いて俺を支える。人型になってるじゃん、偉いな俺の式神。
「式神ぃ……有難う、≪八咫烏≫は?」
こくりと頷き、俺に差し出す。これさえあれば……! ってあれ? 鞘は? ≪七鞘(ななつさや)≫は? ああ、お前持ってたのかよ、さっさ出せ。差し出す式神、受取る俺。
――反撃開始だ。
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――――大悟。なぁ、教えてくれないか?
此処は学校の屋上。いつものように俺と田渕が飯を喰っていたときの事だ。
「なぁ……妖ってさぁ……なんで≪深き紫煙≫ディープパープルとか名前を二つに分けてるわけ?」
からあげをひょいと口に運ぶ俺。今日は桜井は居ない。何故かと言うと、アイツは整備委員を携わっている。なので時々昼休みに仕事をしている時があるのだ。今がその仕事の時。
「田渕……俺に訊くなっての。俺はあまり詳しくないから」
田渕がこんな質問をしてくるのは良くある事だ。だって、田渕は『霊が見える』体質だから、そして夜仕事をしている所を見られたからだ。ま、この説明は後々していくとして。ともかく、田渕はそれからというものの何かと俺に色んなことを質問してくるようになった。例えば、霊を撃退する方法を教えて欲しいだとか、結界の張り方を教えて欲しいだとか。まぁ、こいつの頭のお陰で俺も妖と戦りあうときに少しは楽になったのだが(アドヴァイスしてくれるんだ、しかも的確。その通りにやってれば戦闘が滅茶苦茶楽になる)
「でもさ、少しは知ってるんだろ?」
少しだけな。俺はわさびふりかけをかけた飯を口に運び租借しながら答える。もぐもぐ。やっぱ美味いですなぁ……皆さんもお試しあれ! なー、教えてよとかうるせぇ。解かった解かった教えてやるから少し黙れ。
「あのな……俺達にも二つ名があるような感じだ。妖の場合も同じ。例えば……そうだな、例を挙げよう。俺の二つ名、知ってるよな?」
「≪時空支配≫だろ?」
そ、それ。俺は再度弁当の方に戻り飯を喰らう。
「で、この場合俺の≪時空支配≫の二つ名は、俺の刀……≪八咫烏≫で空間を斬って繋げて出来るから……らしい。で、此処で妖のほうに戻ろうか。つまりな……」
俺は再度弁当の方へ向き直し飯を喰らう。もぐもぐ。ぐっ!? ちょ、ちょっと田渕! マジになるな! ごめん、もったいぶらせてたのはマジ謝るから。本当、ちゃんと説明するから! 許して! 田渕が怒ったー! 怒りの形相を露わにしている田渕。そんなに早く知りたいのだろうか。何はともあれ、これ以上俺の弁当をぐちゃぐちゃにされては困る。すぐに俺は説明を再開した。
「つまりだ。お前が言ってた≪深き紫煙≫はディープパープルの特徴を捉えてるんだよ。こいつは自分の煙で周りを囲んで見えなくさせる。それで、後は対象を嬲り殺しだ。我ながら良く倒せたもんだぜ……」
俺は弁当を食べ終わり、ペットボトルの麦茶をラッパ飲み。ぷはぁ。……解かったか? 田渕!
「全然俺の質問とずれてるぞ! 俺はなんで名前が二つに分かれてるのかを訊いたんだ! テメェで勝手に話を逸らすなッ!」
「ああ、それはただ、外国名と日本名に分けたらしいよ。それだぶるっくあぁ!」
田渕の怒りの鉄拳が空を切る。
「生きて帰れると思うんじゃねぇぞッ!」
うわぁぁぁぁぁぁ! 今回は俺がやられ役かよ! 止めてくれ、ごめん謝るから許してぐらっ!! 結局俺は怒りの鉄拳を喰らってしまい、その場に倒れ伏せてしまったのだった。
現実に戻って……。
ひゅんひゅん、と空間を切り裂く音が響く。俺が刀を振るう音だ。
「ははっ、さぁて、此処からが本番だぜ? こいよ、フラグメント。雑魚って言うからには、この誘い乗らないとなァ、ダセェぜ?」
動じないフラグメント。ちっ、さっさと来いよ。意気地なしが。
「おいおい、こいつは困ったなぁ。天下無敵の妖さんは臆病だったとは! はははっ、コイツァ傑作だぜ」
ぴくりと動く。よし、もう少しだ。もう少しで俺の策戦に嵌るんだ……! 誘いに乗ってくれれば俺が勝つんだ。そのために挑発口調を連発してるんだぜ? 乗ってくれなきゃ困る。
「雑魚雑魚罵ってた割には――フラグメント……テメェが雑魚なのかもな?!」
「調子に乗るのも大概にしておけ、小童が」
後ろから声が掛かる。後ろからか……!? ちっ、だが――こいつも範疇の内だ。目の前を切り裂く。割れた空間の狭間に入り込み姿を消す俺。テメェは俺の術中の内ってか?! 何処へいったって顔してやがる……さて、此処からは俺のワンマンショーだ! などと格好つけてみた。こんな状況でもふざけれると言うのはある意味強みかもしんない。なんちゃって。
「こっちだっ!」
後ろから刻む。深くは傷つけない。これも策戦の内だ。オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!! 右へ周り左へ隠れ上から現れ下へと消える。つまりは空間から出たり入ったりしながら刻んでいるというわけだ。暫く刻んだ後、俺は突如離れたところへ空間を繋げる。ずるり、と這い出るようにして現れた俺に対してフラグメントは墓穴をほったなど笑っている。
「はははははっ! 莫迦めっ! ただやられてたと思うたら大間違いだ! あれも虚像だということに気付かないとは!」
後ろから現れたフラグメント。俺が刻んでたはずの偽者は硝子のように崩れ去る。だが、これも――範疇の内だ。
「ああ、気付いてたよ。アレが偽者だってことは。そして、俺の後ろに居る本物のこともなっ!!」
一閃。
ざくり。俺の刃がフラグメントの体を抉る。血が迸った。紅い紅い鮮血が――。返り血が俺に付着する。気持ち悪い、ねっとりとした感触。俺は≪八咫烏≫を血振りしてから鞘へと仕舞う。俺の勝ちだ、フラグメント。
「あぁああああぁぁぁ! 私がッ! 小童に! 負けるなど、在り得ないのにィィィィ!!」
結局は自分の力に過信しすぎたってことか? 俺は誰にも見えないように少しだけ口元を歪めて笑ってみた。そして、フラグメントの方に向きなおし。
「改めて自己紹介をしようか。俺は黒岸大悟。≪時空支配≫の二つ名を持つ、唯のしがない高校生だよ」
フラグメントは悔しそうな顔をして、俺の前から塵となって失せた。
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戦闘終了後、俺は気絶したらしい。当たり前か、あれだけ出血したんだもんな。貧血になって当たり前。で、帯白さんのお宅に寝かせて貰って……はい朝です。ああ? はいそこの君っ! 今いかがわしい行為したとか思った君、貴方がいかがわしいから。で、朝です。太陽が出てます。
「おはよう、起きた?」
パジャマ姿の帯白さん。俺のことは何も考えてはくれないのか。十六歳の男児の前で美麗な人がシャワーを浴びたと思われるシャンプーの匂いを撒き散らして胸をはだけてるパジャマ姿でこられたら普通の男子児童は平常心を保てません。わざとなのか? 誘ってるのか? どちらにしろ平常を保つ特訓してて良かったよマジで。
起き上がる俺。……えっと……取り敢えず上半身が裸で下着一枚のみということが解かりません。教えてください帯白さん。
「ああ、ちょっと止血してあげたのよ。感謝なさい、あのままじゃ死んでたわよ」
マジですか。
「一リットルは軽くいってたわね」
マジですか。
「嘘よ」
マジですか。って何回マジですかっていわせんだよ。今四回もマジですかって言っちゃったじゃないか。あ、今のも含めると五回ですか。ちっ、仕方が無い。俺は帯白さんに服を求めた。ほら、俺が着てた学ランだよ。もってるだろう? ちゃっちゃと出しなさい。許さないよ。
「あんまり汚かったからクリーニングに出したわ」
おい。呆れてモノも言えません。だから、俺のことを考えずに突っ走るなと言いたい。俺が帰れなくなったろうが。はぁ、今日は土曜日で休みだというのに……。あ、何で解かるかってのは昨日が金曜日だったからね。決して超能力ではない。俺の気も知らずに暢気に笑いやがって……。
「大丈夫、君の日本刀があるじゃない。それで空間を斬って空を飛んでいけば……」
「未確認飛行物体として発見されますね」
言ったろうが。俺が空間を斬って繋げて出来るのは半径五kmが限界だと。人の話を聞け。人にでも見られたら終わりなんだよ。ばかー。
「しょうがないわね……私の服を」「絶対着ない!」
ただの変態じゃねぇか! 俺を汚す気かァ! あとサイズ合わない! 貴方の方が五cmぐらい身長でかい! 関係ないって? 知らねぇよ、着たくないから適当に理由述べてんじゃねぇか!
「じゃあ、服を買いに行きましょうか」
は、何を藪から棒に。俺、布団から出られないんデスガ? 人の話を聞いてくだサイ。やべぇ、この人マジだ、眼がマジだ。焦るなって……だからァ! 俺を無理矢理布団から引っぺがそうとするなって! ああ、やめて掛け布団を取らないで! やめてやめやめやめてぇぇぇぇぇ! どすっ、と鈍い音が鳩尾から響く。俺は一撃で身動きが取れなくなり、為す術も無く、帯白さんに連れ出されてしまった……。
結局俺は黒いコートで裸の身を隠しつつ無理矢理オープンカーに乗せられた。音楽が流れている車内。ああ、これは俺も知っているバンドだ。あかねいろのそら〜しろいくもおいかけて〜♪ じゃなくて。羞恥で死にそうなんですが。恥ずかしい……横を通る車全てが俺を見ている。そして通行人さえも俺を見ている。はいはい、俺は家無き子ですかよっ! くっ、歌でも歌って気を紛らわすしか……! はやく〜かえりたいっ♪ なつかしいわがやへっ♪
やっぱ無理……恥で死にそう……。あ〜め〜の〜ち〜はれのよう〜♪
やっぱ無理です……ああ、紅茶飲みてぇ……。そんな俺のことは一切無視して、車は進むよ進むよ車。行き先は何処なのだろうか? 服屋なのは解かりきっていることだが。あんまり高級そうなところは行かなくていいからな。其処のところは祈るしかない俺。だんだん虚しくなってきました……。ハイなテンションもそろそろ持ちそうに無い。やっぱりこの姿じゃテンションは上がらない。ってか上げたらそれこそ変態だ。俺のテンションのギアはただ今ローです。ごめんなさい、皆さん。展開が唐突? 作者に言え、俺に言うな。今の俺に権限は無い。作者の好き放題にやらせるしかないんだ。後で必ずシバいてやりますから、どうぞこの展開の速さについて行ってやってください。
「ぜってぇ、許さねぇ……っ!」
その台詞は誰に向けられたかというと作者なのだが、帯白さんに勘違いされてしまったらしい。俺の方を睨んで黒のコートに手を掛けた。……言わずともがな。やりたいことは大体解かったことだろう。つまり……
「引っぺがしてもいいの?」
「すいませんマジごめんなさい許してください」
こんないつものような単調な会話が続く。そろそろ、飽きてきた人が続出するのではないか。考えろよ作者。
暫く蹲っていると前方に服屋が見えてきた。……大手会社のスピリオンスーツ。うぁー、良く聞く高級メーカーじゃねぇか。なに、この中にこの恰好で這入るわけ? ちょ、俺の人生最大の恥だから止めて。俺は帯白さんに懇願する。他人から見たらこの図は確実に女王と奴隷の立場に見えただろう。可哀相な俺。
「貴方が選ばないと駄目でしょー? ぐだぐだ言わずに来なさい」
…………。だから、突っ走るなっつってんだろ! 関係無い。一言で一蹴し俺を車から引き摺り下ろす。ああ、通行人が俺の事を見る。きっと女王に引き摺られている下僕の図に見えていることだろう。潜入完了。もう帯白さんを止められるものは居ない。このクソ広い店の中を東奔西走北へ南へ。余すところ無く観察されそして試着され。まぁ、試着をするのは俺なのだが。
「これなんていいんじゃない?!」
なんて笑顔を浮かべて嬉々として俺の服を選んでくれるのは状況によっては嬉しいことなのだろう。この天使のような笑顔を魅せつけられたら……そら、ね。だが、状況が状況だ。今のままでは全然嬉しくない、むしろ悪魔のように見える。ああ、地獄だ……。
三十分後。結局俺は今変な服を着ている。まぁ、普通のTシャツなのだが。服にはあまり詳しくない、とりあえず解かる範囲で説明しようじゃないか。はい、先ず上ね。これは……茶色よりもっと薄い、ベージュよりもちっと濃い、胸の真ん中にはでっかく南国風の木と沈む太陽がかかれている。夏って感じがするね、風物詩。そしてその上に薄緑のチェック柄の白い半袖を羽織り、前はちゃんと絵が見えるように肌蹴ている。悪いか。下は……これなんだろ……適当に、所々に破れているジーンズということで。だって、実にそれに近いんだもん。色が純粋なる蒼ってな感じ。想像できましたか?
シンプル・イズ・ベスト。これを買ってくれた帯白さん。お金は後で支払いに来ます。金額は……上着は大したこと無いんだ。下だよ、二万するよ?! マジかよ! 在り得ねぇよ! 上は合わせて五千円だよ!? 何この差、四倍じゃん! いつからニホンはこんなに腐った国になったのか。俺はこれを人権作文の題にしよう。きっといいものが出来上がる。
「お金はいいわよ。ただ、今日一日付き合ってくれる?」
ええ、いいですよ。どうせ何も無いし、服装もちゃんとしたし。何処へでも。こうなったらやけくそだ。
「じゃあ、先ずは紅茶展ね〜、いやぁ〜助かったわ。子供が居ると安くなるのよあそこ」
くらぁ! 子ども扱いかッ!
「んじゃ、車乗って。近くだからすぐよ」
しょうがない、今回もお世話になったし……付き合ってあげるか……。
紅茶展に付き合ってあげた俺。そして、結局は夕飯まで奢ってもらってしまった。はい、此処で回想シーンね。…………。…………さっさと流せ作者! 早くしろ! 皆さんが待ってるだろ! だから、ぼんくらなんだよ! 登校日に宿題忘れるんだよ!
俺は、紅茶展を楽しんで夕飯まで奢ってもらってしまうことになった。いいですよ、と断っても問答無用に連れ出された。これ以上は流石に負担はかけられない。取り敢えず割りカンにしましょう、などと言ってみることにした。
「だーめ、今日はお世話になったから貴方に負担をかけたくないの」
……? どっちかって言うとお世話になったのは俺のほうなのだが……。ご飯まで奢ってもらったし、紅茶の淹れかたとか店まで教えてもらっちゃったし。今度来るときには絶対に買ってやる。
「お金の方は心配しなくていいわ。だってここは今日……」
此処で帯白さんは間を空けた。にっかりと笑顔で微笑む帯白さん。うーむ、やっぱり綺麗だ、天使みたい。和葉とはまた違う魅力だな……。
「だって此処は……カップル半額だから!」
ちょとまて。俺はなんだ、子供扱いからレベルアップか。つまり、俺は彼氏扱いになったというわけか。嬉しいような恥ずかしいような気分。どう考えても俺はルックス的に帯白さんとは釣り合わない……やっぱり『仮』か……そう思うとちょっとだけしょんぼりとした気分になった。
「あら? 大悟君ってルックス良いわよ? 自覚してないのかな〜」
はい、自覚しておりません。結構な女子に言われたことはあるが全て全否定してきました。分不相応な真似はしません、あと学校では目立ちたくないし(だが、田渕や桜井は十分目立ってるとか言ってくるのだが。何故だ)
「えー? 信じられないなぁ。バレンタインとかにチョコ貰ったりした? 告白されたことは? ラブレターは?」
バレンタイン? 俺の誕生日ですよ、皆俺を祝いにチョコ入れてるに決まってるじゃないですか、男子とか男子とか男子とかから。告白なんて何回もされましたが全部罰ゲームだと思いますよ? 多分。ラブレターなんて、靴箱に入ってたり机の引き出しに入ってたときがありましたが……。うーむ、これはちゃんとした奴っぽかったな。全部断っちゃったけど。ああん? 恨みがましい眼で見るなっつってんだろ。
帯白さんは心底呆れた、という顔をして俺の顔を見ていた。なんだよ……。
「大悟君ってさぁ……鈍感? ニブ男? 何で気づかないかなぁ?」
もういいって。その言葉は何回も聞いた。知らんから、俺はどうでもいいもん。どうせ、皆俺の本性を知ったら逃げてくから多分。あと、大悟君って呼ぶの止めてくれ。
「本性って?」
「後々語りますよ。焦らず焦らず」
もうっ、と帯白さんは苦笑して、俺は店の中へと這入っていった。料理は激しく美味かった。紅茶があればなお良しだったのだが……仕方が無いか。
「じゃあね、車には気を付けなさいよ」
「ええ、では」
喰うの早いって? 知るか、面倒……内容が濃くなかったから省略だ。ご了承下さいだ。はっは。ただし「付き合い始めてまだ一週間なんですよぉ!」などといって俺の頬にキスするのは止めてくださいね。マジで、こっちが迷惑だからね。心臓バクバク鳴ったじゃねぇかよ。くっそ、最後の最後に嫌がらせをするとは……やはり帯白さんらしいな。
俺は自分の心の中でくすり、と笑い、帯白さんに別れの挨拶を済ませて。
「よぉし、じゃあ帰るか……≪八咫烏≫!」
俺はあらぬところから現れた≪八咫烏≫を握り目の前を切り裂いて夜の闇へと消えた。
ちゃっちゃと帰って寝よう。俺が今考えてるのはそれだけだった。ひたすら眠い。今は夜中の十時だし、昨日はあまり寝てないしな。
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其の二【紅茶好きには悪い奴は居ない】
今日は日曜日。基本的に学校と仕事は休みだ。なので俺は今、街中に来ている。理由は紅茶探し&飲みに来たのだ。田舎と都会とが真っ二つに分かれている我が荒薙(あらなぎ)市。基本的に都会を一歩でたらもう其処は田舎だ。水田が立ち並んでいるんだよ? 解かるかな? 因みに俺の家は田舎と都会の分割点より少し田舎側。そして、此処は絶好のポジショニングなのだ! 何故かと言うと学校にも近いしなにより……っ! 今目的地としている、紅茶専門店『ふりーたんぼ』にも近いからであるっ! 紅茶愛好会員としては、此処は絶好のスポット……! さぁ、今日も元気に紅茶漁りだ! って目的が違う。今日は飲みに来たんだぜ、俺。弁えろ。俺の家から徒歩八分。近場には自転車には乗らない主義の俺。何故ならばその方が気持ちがいいから! 今日は全体的にテンポが悪いぞ。さて……どうしたものか……。取り敢えず考えることは止めて、俺は店へと脚を進めることにした。
落ち着いた感じの店内と人ごみで賑やかな店外。さて、どちらを選ぶべきか……よし、今日は外に決めた! 外の空いてる席を探して右へ左へ。結構すいてるなぁ……やっぱ、朝の九時台はまだすいているらしい。十二時台とかは結構混んでいるのだが。数m先に和葉を発見した俺。ふふふ……今日もいつもみたく驚かしてやるか、などとくだらない考えを抱いてみたり。早速実行へ移す。音を立てないようにそっと、しかし素早く俺は和葉の座っている椅子とテーブルを挟んで目の前に座った。社交として挨拶を忘れずに。皆はあまりするなよ。変な人だと思われるからな!
「ごきげんよう、ミスター和葉」
慌ててふためく和葉。わわっわっ! とか手を大袈裟に目の前で振っている。クククク……アッハッハッハ! やべぇ、笑いがとまんねぇ! いつもながらに大袈裟なリアクションを有難う、和葉! ハハハハハッ! 腹を抱えて笑う俺に顔を赤らめて怒る和葉。あ、やべぇ。俺って事に気付いたみたいだ。かっ……勘弁……!
「馬鹿ァー!」
「がっ!」
黄金の右フック。俺の脇腹を見事に捕らえ骨を軋ませる。ぐあぁっ! 折れる! 折れるっててかマジ死ぬって! やめてごめんマジやめて! 謝るから、謝るから! 切なる願いも聞き入れられず。俺はもう一発白銀の左ストレートを喰らってノックダウン。……洒落にならんのですが。じんじん、と痛む頬を抑えながら俺は和葉の前の席に座り、気まずい雰囲気を打破すべく、話題を振ってみることにした。因みに和葉は俺のコーチングのお陰ですっかり紅茶好きとなって今は紅茶愛好会の二週間に一度の喫茶店での集会にも参加している。そして愛好会の集合会場は此処だ。此処はリーズナブルな値段で美味い紅茶を出すことで有名。紅茶に合う菓子など多彩な種類の茶菓子とともに高品質の紅茶とくれば……俺にとっては抗いがたいものである。
此処は紅茶好きの有名スポットとしても知られているしね。へへん。
「怒るなよ……奢ってやるからさ……」
和葉の眼がきらんと光った。いや、気のせいだ。太陽の反射に違いない。ってかちょとまて。千五百円までな? 顔を俯かせ少し残念そうな顔をした和葉はしぶしぶといった感じに頷いた。せんくー。実は俺の財布の中身はそれほどない。ってか、紅茶の茶葉も探しに来たからそれほどの出費はかさみたくないのだ。よって、これは予想外の出費である。飲みまくられては困る。アブナカタァ。結局和葉はお気に入りのアッサムのロイヤルミルクティーを頼んだようだ。ま、俺のオススメだからな、当然好きになるさ。届く間に雑談をすることに。
「ねぇ、大悟ってさ。なんか護身術とかしてる?」
いきなり何を言い出すのかと思えば……そういう話題は後にして欲しいのだが拒否するわけにも行くまい。
「剣術と抜刀術を少し」
取り敢えず答えてやった俺。和葉は何かに期待しているような顔だ。何も期待するな。
「このごろさ、何かと物騒じゃない。だから、護身術でも学ぼうかなーと思いまして。で、教えてくれる?」
面倒くせぇ。俺は一言で済ませ、届いているダージリンのストレートティーを口に含む。濃厚な味わいが口いっぱいに広がり俺は大満足。やっぱ、ダージリンだよ紅茶は。
「なんでよー! 教えてくれたっていいじゃない、ケチ! ケチ男! ばかー!」
「うるせぇ! 解かったから、解かったから早く黙れ!」
但し剣術は駄目だぞ。危なすぎる。
「えー……なんで?」
「剣術ってのは基本的に敵を『殺す』技だから。これしか言えん、今はな。今日の夜俺ん家来たら少しは教えてやるよ。どうする? そんとき色々教えてやるが……和葉、どうした?」
な、なんでも!? と誤魔化してはいるがなんでもないことはないだろうが。顔なんか赤らめて……って、なんか、さっきより生き生きした顔になってるぞ? なんだ? この差は。ったく、女の考えることはよく解からんな。取り敢えず、紅茶を口へ含み、味わう。頼んだケーキは何時来るのだろうか。ま、長かったらその分紅茶を楽しめるんだけどね。ふぅ。ゆったり。
俺はこの後和葉と雑談をした。紅茶の淹れかたはどうするの? とか、昨日のテレビ見た? とか。中々に面白い時間だったな。こんな感覚久しぶりのように感じるよ。まぁ、一昨日と昨日が異常だっただけか……。おっと、そろそろ紅茶漁りに行かなくては……すまんな、和葉。少し用事があるから、これで失礼するわ。
「あ、ちょっと!」
あん? なんかあんのか?
「え、えっと……わ、わたしと……」
「なんだよ。解からんって」
「あ……じゃあね……」
ほいほい、じゃあな。今日の夜来るんなら電話しろよー。俺は和葉に背を向けて歩き出す。……でも結局何が言いたかったんだろうか? 解からんな。ふぅ、と息を吐き出して少し進路を東へと調整。目指しているのは俺のいつも行く紅茶の専門店。さっきの喫茶店とは違うぞ。こっちは完璧に紅茶グッズなどのみを扱ってる店だ。常連客なんですよ俺。マスターがイカしてるんだぜ? ま、店についてからのお楽しみって訳。俺は自然と歩調が速くなった。
「こんちはっ! マスターなんか良いのはいった?」
ただ今到着して、店の中。俺はマスター――織原亀鋼(おりはらきこう)さんに言った。さて、どうかな? どきどき。
「紅茶のことなら任せとけ。そうだな……ダージリンが入ったぞ。何処産だったっけな……ま、お前なら見て解かるだろ」
ほい、これだ。とマスターはこんこんと茶葉の入った硝子の容器を叩く(この店は珈琲店と同じように店先に米を入れるみたいな箱があって其処から茶葉をみながら選ぶことが出来る。サービス精神旺盛の店だ)その先にはダージリン、セカンドフラッシュ(夏摘み)が! みてみると……正確にはダージリン・セカンドフラッシュ・オカイティー(茶園)このあとに英数字がつくやつも在る。高い。ってかこれも十分高い。百g七千七百円也。財布の中身は……一万円。……どうする、金融業者〜♪ やべぇ、此処まで上質なんは中々無いぞ……俺が見てもそうだ、これは上質だと解かる! ちょ、どうしよう! 買うべきか……! とりあえずマスターに交渉開始。マスター、もうちっと安くしてくれない? この茶葉。
「俺は交渉は聞かんな。そっちと交渉してくれ。俺は仕入れの専門」
そっちって……マスターは親指で別のカウンターを示している。しょうがない、行くか。すんませーん。
「はい、なんですか……って、黒岸君か」
取り敢えず紹介しておこう。この人は紅茶愛好会副会長にしてマスターの娘。織原美雪(おりはらみゆき)さんだ。フレームの無い眼鏡が良く似合い、髪の毛は蒼がかっている。服装は赤いエプロン姿。正直言って滅茶苦茶綺麗だ。マニアが見れば堪らないのだろう。俺は変態じゃないからな、念のため。三年生の中でもトップスリーに入る美貌の持ち主と謳われてたりもする織原さん。次元が違います。そして、かなり、商売上手だと思う。紅茶のことでは沼口先輩の次に凄い知識などを持ち合わせ、成績優秀ときたもんだ。つまり、秀才というやつである。副生徒会長。いじょ。なんか用? と織原さんが訊いて来たので俺は用件を話す。ダージリンの紅茶を安くしろ! ごめん、本当はこんなに喧嘩口調で言ってません。むしろ、懺悔するように言いました。
「えー!? あの茶葉を? うーん、どうしよう……」
流石に高級な紅茶。そうそう安くしてはくれんか……。茶葉はFTGFOPだし……くそぉ、欲しいのに。
「そんなに欲しい……?」
「欲しい、欲しい! 喉から手が出るほどに! めっちゃ飲みてぇ! お願いだよ織原さん、安くしてよ!」
頼む! ってか今気付いた、五十gでいいから安くしてっていえば良かった! もういまさら後戻りは出来ないぞ俺! どうする! しょうがないなぁ……と織原さんは呟きなにやら考えている。当たり前か、これほど上質な茶葉だ。安くしたくないのも当然である。ってか俺なら先ず譲らない、売らないから。あっはっはっは。いいんだよ、別に。俺は紅茶の店を持とうとは思ってないから、こんなこと思うのは自由だろ?! ……暫くの膠着状態。先程から五分ほど。何処まで続くのか。
「……黒岸君、誕生日はいつ?」
二月十四日です。とっさに訊かれとっさに答えた。バレンタインが誕生日って結構辛いぜ、皆。もう、馬鹿にされ放題さ……とくに男から。滅茶苦茶虚しいですぜ?
「無理か……はぁ」
え? どうしました、織原さん。えっと、本当の事言っちゃって良いですよもう本当に。すっぱりきっぱり諦めますから。ええ。実は織原さんには無駄な負担はかけられないのだ。この人にいつもお世話になっている。勉強を見てもらったりもした、紅茶の淹れかたを学んだりもした。恩を仇で返すような真似はしない。それが俺の信条だ。んだよっ、似合わないとか言うな! これでも結構悩んだりしてたんだからな! マジで諦めるとか考えてなかったんだからな!
さらに五分経過。長すぎる。いや、長期戦は覚悟の上だったけどな。けどもう、半分は諦めムードになってしまった。ってか諦めようそうしよう。その方が負担をかけずに済む。そう決心して口に出そうと思ったその時。
「……五千円。これ以上安く出来ないわねぇ。どうする、いっとく?」
勿論!
「買います、買います! 有難うございます! うぁー、織原さんにはいっつも無理なことばっか言っちゃったりしてすいません! この恩はいつか返しますよ!」
満面の笑みを俺は織原さんに向けた。グッドスマイル。負けじと相手もグッドスマイル。綺麗だ。もうなんて言うか、可愛いって雰囲気は似合わない! 高貴な可憐で美麗って感じ! 流石にモテモテの人だな……。などと思ったり。ってか、何故に俺の知り合いの女性は綺麗だったり可愛かったりするのだろうか。他人からみれば羨ましいらしいのだが、俺は子供の頃からこんな感じだから全然解からない。さて、どうだろうか。
「お礼は良いからさ……そうだなー。さて、どうしよう」
何がですか。
「ま、いいや」
だから、何が。織原さんはそれ以上は教えてくれなかった。何が言いたかったのか、気になる……。くわっ!
「ってか、織原さん、って呼ぶのやめてよ。いっつもいってるじゃない。美雪って呼ぶように」
「無理です。流石に先輩をそんな敬称では呼べません。俺の気持ちも考えて」
「じゃあ、大まけにまけて美雪さん! でどう?」
それ位ならまだ呼べるか……。
「解かりましたよ、美雪さん」
オッケーそれでよろしい。と一言言って微笑んだ美雪さん。うーむ、美雪さんって言うのはなんか恥ずかしいなァ、などとくだらない考えをしながら、紅茶を入れてもらう。安くして貰ったので百g五千円也。よしよしよっし、これで目標達成だ! あとは、適当にぶらぶらと……。
「有難う、また来ます」
とマスターと美雪さんに一声ずつ掛けて、俺は店を出て行く。さて……どうするか。仕方が無いので暫くぼーっと店の前に立っていることにした。ぼー。どわっ。後ろから予想外の負荷が掛かる。何だテメェやるかァ?! ……って田渕! なんでお前がこんな所に居るんだよ。
「それはこっちの台詞だな。俺のお気に入りの店にお前が居るとは思わなかったよ。なんか、安くして、とか言ってたし。阿保かお前」
「なんでだよ。金が無かったんだしょうがないだろ? ってか、なんでお前が俺のお気に入りの店に居たんだよ。他の店に乗り換えろ。此処は俺の店だ」
以下同文。とだけ田渕は言った。ふざけるな。俺は何年此処に通ってると思ってんだ! いまさら帰ることなんて出来やしねぇんだよ、馴染みの店は変えにくいんだ! テメェ解かりきったことを言うな! ハイ、そう言うことです。田渕はさも当たり前のように俺に言う。……すいませんでした。
「ところで、何買ったんだ? 田渕」
「アールグレイ。良質なん見つけたんだよ。あー、最高だ」
ちっ、至福だ〜みたいな顔しやがって! あん、テメェの服装ばらしてやろうか? 田渕の服装編。はい、いつものようにフレームレスの眼鏡、緑のTシャツ、淡白な上着、下との色の釣り合いが取れてねぇんだよ! 下は普通の茶色のGパン、アクセサリちゃらちゃら付けてんじゃねぇ! 二つ穴のベルト、似合わねぇ! 腕にはミサンガ、願いでも叶うと思ってんのか!? 靴はミズノのスポーツシューズ、街中ではそれ、履いてくんなって! とどめにゃ、ネックレス、消えてしまえ! よくもまぁ、似合わない格好を……ごめんうそですにあいますじつはちょっとくやしくて……だって、こんな平々凡々の顔から滅茶苦茶ルックス良い青年に早変わりするファッションなんざ……まぁ、こいつが似合うだけかも知んないけど。ともかく何故か悔しい。
「おい、大悟。この後予定あるか?」
今何時かによるな。えっと……午後十二時か。
「五時までならオッケー」
「やけに短いな。さては……」
君はどうしてそういう想像ばかりをするのかな? 先約があるだけだよ。護身術の予約。さて、何処に行くんだ? それを言ってくれきゃ何も始まらんからな。
「なに、久しぶりに話そうかなと思っただけさ。お前っていっつも仕事ばっかでつまらんだろ?」
仕事っつってもさ……夜九時からだから普通に遊べるんだよ。まぁ、この頃遊んでなかったのは事実だ。たまには骨を休めないといけないね、人間は。うん。よっしゃ、その願い聞き入れたぜ! 俺は承諾して、田淵についていくことにした。中々に楽しめることだろう。田渕の遊びとかのセンスはピカイチだから。紅茶を選ぶ鑑定眼でさえ優れているしな。俺は田渕と共につまらない雑談などしながら、街中へと歩いていった。
何処へ行こうか、楽しめるといいけどな。
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二
三日前、俺が桜井と帰っていたときのことである。
此処は学校の帰り道。田渕は風邪で休んで今回は桜井のみとなる下校道。ただ今五時十分。十月だからそろそろ秋の夕暮れタイム。気持ち良い風を体に感じて空を見上げる。赤い。う〜む。
「なぁなぁ、黒岸、知ってるか? この頃流行ってるアレ。夜に女が集団に襲われちゃう事件。ちょうこえぇよな」
興味ないでスガ。俺は今最上級の眠気に襲われている。学校で珍しく寝なかったからかな? 実は俺は寝ても成績はかなりいいほうに居るのだが……桜井に言わせると「お前よくそんなに寝てるのに滅茶苦茶な点数取れるよな」とのこと。おまえ、それはアレだよ。睡眠暗示法だよ。つまり眠ってる間でも覚えられるって事。すると興味を持ち出して始めてみた桜井は撃沈。桜井はその時俺を完璧に羨ましがってたことを覚えている。集中力が足りないんだよ、馬鹿。なんてふざけた考えが出来るのも桜井の話全般に一切合財の興味が無いからだろうと思える今日この頃。
「おい、聞いてんの? 巷で話題のこの事件、どーするよ。お前」
俺には関係ないことだろ? 男だし。基本的に夜は外に出ないし。ま、外に出ないってのは嘘だけどな、とは言わない。
「お前は良くても和葉ちゃんがいるだろーが! 守ってやれよ〜」
「はぁ、お前は和葉を狙ってるだけだろ? テメェの恋路はテメェで解決しろよ。お前が守りに行ってやれば良い事だろうに……ちったぁ、考えろ」
はんっ、と俺は鼻で笑い、また空を見る。秋の陽の光が眼に入って眩しかった。ぐぉぉ、いてぇ! 鞄から五百mlペットボトルを取り出し、中に入ってる麦茶をラッパ飲み。ぷはぁ。
「ってか俺が狙ってんのは和葉ちゃんじゃねぇぞ? かやちゃんだ」
かやってさぁまさか、俺の妹の華夜(かや)じゃねぇよな?
「おっ、鋭いな」
ぜってぇ認めねぇぞ。お前とは。
「な……! なんでだよ、かのあの方も言っていた……恋愛は自由だと!」
それがどーしたこのロリコン。俺は軽くいなす。因みに華夜とは俺の妹で中学一年だ。基本的にツインテール。漆黒の髪にうるうるの瞳。まぁ、オタク用語で言えばロリィ体格とでも言うのだろうか。制服が良く似合う。正直言って可愛い。ぶっちゃけ、中学生モデルみたいだぜ!(by桜井)つまり、なんだか、モテてるらしいし。ふぅ、羨ましいもんだぜ。この俺が在って華夜が在るとは信じ難いモンだ。う〜む……。
「うるせぇ! 畜生、認めろよ!」
「いやいやいや、俺は基本的に放任主義だし、誰とでも交際は認める。だがな、桜井。お前は例外だ。お前みたいなチャラ男が彼氏にでもなったりしたらやばいからこのロリコン」
「だ、誰がロリコンだ!」
お前だ、クズ。いやクズ以下が。いやゴミだな。ゴミ以下が。おっとカスか。カス以下が。ってかもう下衆……。
「ふざけんなぁ!」
桜井が蹴ってきた。軽くいなしボディブロー。喘いで蹲る桜井。消えてしまえ恥晒し。後俺がモテると勘違いしてる野郎は一生モテはせん。来世はモテる男に生まれるといいな。などとふざけた願い事をしている俺。桜井はまだ蹲っている。
「くそがぁ……黒岸のばっかやろー!」
俺の右足が火を噴いた。ひゅん、と風を切り桜井へと向かう。しかし桜井はそれを躱す。
「いつまでもやられてばかりじゃねぇぜ! 惚れ惚れするような男、桜井はなぁ!」
右手でクリスクロス。やるじゃねぇの、まだまだ荒いけど。俺はそれを避けてチョッピングライトをかます。今度こそ死ね!
「ごばぁ!」
地面へと叩きつけられる桜井、佇まう俺。遺言があるなら聞いておいてやろう……。じゃあな、俺は此処の道を横に行かなきゃならないから。俺はそう言い残して後を去った。それにしても驚くほど弱いな桜井。鍛え直してやろうか……いや、面倒くさい。しっかし……危ないねぇこの頃は。女を狙う集団ね……和葉は大丈夫だろうか。いや、アイツなら大丈夫だろう。むしろ余裕でいなすかもしれん。女の底力って凄いからなぁ……などとふざけれる俺はまだまだである。はぁ……。
「ってか、華夜の方は大丈夫だろうか……」
念のためにに言っておこう。俺はシスコンではない。これだけは言える。再度繰り返す。シスコンではない。
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ただ今、五時半。俺は田渕と別れて、自分の家へと帰る途中だ。もう十月も終わりを迎えようとしているためか、茜色の空が眼に焼き付く。気持ちいい日差しを浴びながら俺は家のドアを開けた。
俺の家は普通に何処にでもあるような二階建て。但し庭の面積が結構広い。俺は此処でいつも訓練してるわけだが。リビングに着く。……なんだありゃ。俺はテーブルの上に在った紙を手に取る。
「お茶会行ってくる。帰りは十時ぐらいになるから、ご飯は勝手に作って食べて……いっぺん死んで来い!」
だぁ、もう! 今日は華夜が居ないんだぜ!? 料理苦手なのになに無理させようとしてんだよ! この阿保、馬鹿! 鈍間の頓馬にボケ母さん! ……悩んでたって仕方が無い。ちゃっちゃと買いに行くか……。俺は諦めて外に出る。
「わっ、大悟!?」
うぉあ!? そこには和葉が居た。ああ、夜に来いっつったけな。俺は右腕の時計を見る。……六時じゃねぇの。ま、いいとして。ラフなファッションで来たか。合格だ。ってか動きやすい格好で来いっつったっけ? 上はタンクトップで下は普通の長ズボン。しかし……あまりに無防備すぎる……胸の谷間が眼に嫌でも入ってしまう。うぅ、くそっ、誤解されちまうよ……。誤魔化すために上を向いて受け答え。
「おぅ、来たか。取り敢えず上がってくれ。まぁまぁ、遠慮せずに」
家の中へとご招待。どうぞごゆるりと。
「ところで、飯喰ってきたのか?」
卓袱台っぽいテーブルの前に座り俺の家の中を「へぇー、ほぇー」などと、しげしげと見回している和葉に問いかける。……もう一度大声で。飯喰ってきたのかっ! 「へっ?!」とこちらを振り向いた。やっと気付いたみたいだ。
「えっ、まだ食べてないけど?」
よし、ナイスだ。あわよくば飯を作ってもらえるな……飯を作ってもらうかわりに護身術を教える。ふむ、交換条件としては妥当な線だ。よし、これで行こう。これならば何の不自然さもない。かなりナイスな案だと思うが……さて、問題は和葉が料理を出来るかどうか。頼むぜぇ……。半分の期待、半分の不安。今の俺の気持ちはフィフティ・フィフティ。
「なぁ……お前飯作れる? いやー俺の母さんさ、飯の用意も何もせずにどっか行っちゃったんだわ。俺を助けると思って! お願い!」
「え、えぇ!? ま、出来るけどさ……」
俺にも希望がっ! とっさに土下座する俺。お願いだ、この通り! マジで頼む! もう、今晩の飯のこととなると必死よ、俺も。そういえば……思い出す俺。……ああ! ……しまった、材料が無かった。結局買いに行くしかないのか……くそっ、和葉が居れば買い物にも行かなくて済むと思ったのに……。全然見当違いじゃねぇかァ! くっそぉ……。まだ和葉はどうしたらいいか迷っている様子。これでは晩飯にはありつけそうに無い。よし、ここは……最終手段、しょーがないので和葉と一緒に買い物へ行って料理を作って貰える雰囲気にしよう作戦! 因みに成功指数は十%以下だ!(俺の検討)頑張れ俺! 誤解されることなど気にするな、心を無にしろ、雑念を捨てろ、煩悩を廃棄しろ! 大悟、今お前に必要なものは何だ? 飯だろう?! 明日の恥より今日の夕飯、餓死したくなければ恥じらいを消せッ! さぁ、往け大悟よ、お前には未来が待っているぞ!
……俺の中のもう一人の俺に押されて決心。行くぜッ! もう、俺の腹がやばいんだ、恥らってなど居られない! 明日の恥より今日の生! 大悟、行きますッ!
「今から買い物行くんだけどさ、お前はどーする? 来る?」
冷蔵庫を覗きながら喋る。よっし、さり気無い誘い方が飯を作ってくれる可能性をアップさせる! 上手い、今俺は上手いことをした! だが、はたから見れば絶対に今のはさり気無いデートに誘うシーンにしか見えないはず。……俺の家で良かった。外では恥ずかしすぎて出来ねぇよ。雑念を捨て、和葉の方に振り返る俺。
「え、いいけど……私、下らない料理しか作れないよ?」
オーケーオーケーベリーオーケー。どんなに下らん料理でも料理は料理。料理全般作れない俺には崇高さ。
「全然オッケーだ和葉。じゃ、いくか」
俺は玄関へと脚を進める。しっかし、上手くいくときは上手くいくもんだ。不幸中の幸いみたいな感じだけど。和葉が来てくれて本当に良かった。危うく晩飯を喰い損ねるところだった。靴を履いてドアを開ける。レディファーストを忘れずに。最寄のスーパーまで十分ほど。歩いて行く位の考えしか思い浮かばんな……。丁度和葉も歩きのようだし。
俺は頭をぼりぼりと掻く。……行くか。そう呟いて俺は歩き出した。
「何にするの、大悟。リクエストがあるならば言ってくれて結構よ」
「軽めのモン。そのほうがお前も作りやすいだろうし」
「解かった」
で、最寄のスーパーです。正確にはスーパーマーケット丸キリと言う。だから? とか言わない。必死に文章を伸ばそうとしているのが解からんのか。作者がぼんくらだからこうなるんだよなぁ。
ともかく、俺は今和葉と共に買い物に来ている。はたから見れば……なんだ、同居している恋人同士が買い物に来ましたよってな感じ? クラスメートにでも見られたら終了なシチュエーション。基本的にヤバイ。
そんな俺のことは露知らず。和葉は素麺にしよー! などと張り切っていて麺類の棚々へ向かっている。すいません、俺がカートを曳いてるんですけど。おーい、和葉。俺のことを気にしてくれよ。疲れるから。はい、完全無視ですかそうですか。からから、と音を鳴らしながら和葉の場所へ。面倒くせぇ。しかし、俺が飯にありつく為には仕方が無いのだ、大悟。雑念や煩悩を一切捨てて心を無にしなければいけないのだ大悟。そんな事を思うと元気が出てきたり。何故だ。
野菜コーナー。素麺のおかずを考えよう。和葉がトマトに手を掛けている。うっわやめてトマト嫌いトマト嫌いトマト嫌いだからマジでやめて。だって、変な喉越しと後味の悪さ。どんなに甘くって食べ易いとか言ってもそれだけは変わらない。だから、俺は大嫌いなんだよトマトが! 心で叫んでも無駄に決まっている。籠の中に入れられてしまった。三個入り百五十円也。俺の気持ちは一気にどん底へ叩き落された。さながら蝿叩きでやられた蝿の如く。
逆らうことは出来ない。それは俺にも解かっていることだった。くそっ。
にしても和葉、なんだか滅茶苦茶張り切ってるなぁ。スーパーをあっちこっちへ右往左往。自慢のポニーテールが揺れてうなじが見えたり見えなかったり。とても魅力的に思えてしまったのは確かだ。桜井が居たらどんな狂喜乱舞を見せるか。などと想像してみる。
「大悟、結構買ったからレジ行くよ!」
ああ、解かった。俺は返事をしてからから、とカートを曳く。三番レジが丁度開いていたので其処にのめり込む。財布財布っと……。俺はポケットに入れていた財布を取り出す。一応七千は入っているが。大丈夫だろうか。
「千五百六十円になりますー!」
はい全然余裕。俺は千円札二枚を出して手渡す。丁寧にビニール袋に入れていってくれている店員さん。優しいなぁ……。ふと、外側の扉を見る。
純白の服、純白のスカート。髪は茶髪で脱色している。綺麗なボディライン、繊細で可憐。顔は美麗にして飛び切りの美人。……帯白さん、何故にこんな所にいるか。怒るよ。今回は絶対に依頼とかは受けないからな! ってか何で居るんだよ! オカシイだろーが、昨日格好よく去っていった俺の気持ちも考えてくれ! ああ? 何処が格好良かったんだって?! キレるぞッ! ヤバイ、俺の頭が混乱してる。クルクル回ってる。このシチュもどっかで見たことがある気がするが。
まァ待て焦るな俺よ。帯白さんが来たからってどうだって言うんだ? 別に何もやましいことやいやらしい事を想像している訳ではない。つまり、俺は何も悪くないんだ! オーケー、無視していこう。
「大悟、何してんの? なんかあった?」
「ないない! 何にもない! さ、とっとと家へ帰ろうぜ!」
ってなんで俺焦ってんの?! 俺自身の心が解からねぇ!
俺は自動ドアを開け、外に出る。
「大悟君、其処に居たのかぁ!」
速攻かよッ! 待てまてマテ待て! はっ……なんだか後ろからの視線が来てます? ……冷や汗モンだよ。ちょ、ちょっと待っといてくれよな、和葉! 俺は帯白さんの所へ駆け出し一気に距離を詰めとりあえず和葉の眼に届かない場所へと体を移す。やっべぇ、予想外だ。
(なんでこんなところに!?)
何と無く小声。くそぉ、何もやましいことはしてないのに、何故だ。俺の心が解からん!
「えー? 折角届けてきてあげたのに、傷付いちゃうなーお姉さん」
右手には紙袋。その中身を見てみると俺の学ランが入っていた。……そういや、クリーニングに出したとか言ってたっけ。そして受取らずに俺帰ったんだよな……。有難うございます。と取り敢えずお礼の言葉。紙袋を受取る。では。
「はい、ちょっとまったー」
「……まだ何か?」
「あの女の子は何? ガールフレンド?」
「ただのフレンドリーな幼馴染です」
ふむふむ、と深く頷く帯白さん。くそぅ。何かを呟いている帯白さん。何を考えてるのか……また滅茶苦茶なことは言わないで欲しいものだが……。
「じゃ、紹介して」
ほらきた。的外れにも程があると思うのだが。取り敢えず俺が言うことは一つだ。
「後でね」
「テメェ死ぬか?」
何故に男口調? 性格変わったっつーかキャラが変わった。変なキャラ付けすんのは止めてくれ。大分疲れてんだよ俺。って、おいおいおいおい、勝手に自己紹介しに行ってんじゃねぇよ。だから、人のことも考えず後先も考えず何も考えないで行動するのは止めろって言ってるだろ? だぁっ、人の話は聞け!
俺が路地から出て和葉の所へ向かおうとしたときには遅かった。もう、自己紹介しちゃってるよ……。まだだ、まだ間に合うッ! テイク・オフ・スピード、フルバーニアッ!! 疾風の如くにィ!
俺は和葉と帯白さんの間に割って這入り、止める。
「ちょっと、何してんの?!」
「アンタがだよッ! 何勝手に自己紹介してんの!」
和葉が戸惑いの表情。当たり前だよな、って俺を睨んでますがー。アンタ何を言った。
「え、ちょっとねー」
言え、言えよ。さっさと言え! 誤解を招くような言い方したんじゃないだろうな?!
「あったりぃ〜」
…………。
…………。
…………。
……どうしよう。
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ずっと前帯白さんの料理を喰べさせて貰った。滅茶苦茶美味かった。単純なミートスパゲティがあんなに美味いと思ったことは初めてだった。あれ以降、市販のミートスパを喰った事は無い。それほど美味かった。因みに帯白さんは独身だ。だから? とか言う人が居るかもしれない。聞いてくれ。そのあと俺はどうしようもない事を言ってしまったんだ。
そのとき俺は十歳。帯白さんは十六歳だ。六歳違う。
俺はそのときこう言ってしまったのだ。
「お姉ちゃんの結婚相手になりたい」
マジでその後、三年ほど経って後悔。恥で死ぬかと思った。ってか死んだ。精神的に廃れていった。で、マジにしてる帯白さん。……マジになるなよ、ムキになるなよ。十歳の言ったことはまずもって信じるな。オーケー。
で、まぁ。
「いいわよ、貴方は美形になる素質がある!」
とか。
ふざけてんのか、と。
阿保か、と。
馬鹿か、と。
ちょっとまて、と。
テメェの眼は節穴か、と。
もういいです、ほっといてください、と。
やめてくれよ本当に恥だから、と。
本気になってるのはどうか、と。
「じゃ、候補に入れとくわね」
日が流れて帯白さんは俺のところへやって来てこう言った事を俺はまだまだ覚えている。因みに俺はこれを聞いた時に冗句か、と思ったのだが。あとで従兄(いとこ)に聞いたらマジらしかった。おいおい……六歳も違うんだぜ?! 愛に年齢の差は関係ないらしかった。滅茶苦茶迷惑だ。
…………。
……もういっそのこと俺を滅してください。
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三
俺は今最大のピンチに陥っている。瀕死状態。スーパーからの帰り道、普通ならば二人のはずだ。俺と和葉の二人。でも、何故か帯白さんがついて来ている。やめてくれよ……。ってか、何故にこんなに険悪なムードになれる。ほのぼのスタイルで行こうぜ? 躍起になるなよ楽しく行こうぜ、ってどっかの人も言ってたし。
シュボッ! ジッポーを擦る音が聞こえた。……おいおい帯白さん、煙草吸っちゃってるよ……貴方そんなキャラでしたか? ってか、俺の前では煙草なんざ吸わなかっただろうが。険悪なムード、さらに何処かへ驀進中。俺の精神は崩壊しそうだが。
「ちょっと、煙草は吸わないで貰えますか? 黒岸君だって嫌がってるはずですよ」
ああ、嫌がってます。マジやめて。
「あら、すいませんねぇ」
「帯白さん、キャラ変わってますけど……」
帯白さんの無言の目線。何が言いたいのかははっきり解かる。
邪魔するな。殺すぞボケ。
和訳するとこんな感じだ。威圧感で既に殺されそうな俺。この先はどうなるのだろうか? ってか、精神崩壊の危機に瀕している。さっさと家へ帰らなければ……。
家が見えた。俺にも一筋の光明が差し込んだ。これで、開放されるぞッ!
家のドアを開ける。なんだ、騒々しい物音が……。階段からだ。見る。
「ごぁ?!」
「おっかえりー! 大兄!」
気がついたら押さえ込まれてた。ってか押し倒された。手籠にされた。嘘です。玄関先に倒れている俺。その上には人影。そして視線を上に上げると……。
「あ〜ら、お熱いことで」「で、誰なのかな? こちらの女の子は」
眉間に皺寄せて怒らないでください。取り敢えず俺は冷静に答えることにした。だが、俺の腹の上にコイツが乗ってたら説得感が無いだろうけど。取り敢えず言っておこう。
「えー……コイツは華夜。華の夜とかいて『かや』と読みます。俺の血の繋がっている兄弟という事になるな」
ゴッ
「んぐぶはぁ!」
和葉の足踏み。死ぬ、流石に顔面に当たったら死ぬから! はっ、帯白さんもなんか睨んでるし! おいおいおいおい、ちょっと何をしようとしてるの? 和葉は左腕を、帯白さんは右腕を。顔の横まで引き上げて両方の手は拳となっている。さて皆さん……お察しだ。
「「死ねッ!」」
振り下ろされた両の腕。俺の顔面を的確にヒット! もはや、何も言うまい。俺は意識を失った。
「えー、という訳です」
「だからどういうわけ?」
「だからァ、華夜は妹ですっつーわけですよ!」
さて、読者の皆さん。急な展開についてこれているだろうか? 多分ついてこれていないと思うので此処で今までの粗筋を説明しよう。
和葉と帯白さんに殴られた俺は意識を失って直ぐにこの茶の間につれてこられ布団に寝かされ顔面に水に濡れたタオルを掛けられその上から氷を乗っけられ挙句の果てには冷えぴたまで貼られ想像以上の息苦しさを覚え起きた俺。
起きたら俺の顔には何故かガーゼっつーか包帯ってーか……何かがグルグル巻きにされ、右目が見えないといった始末。もう、この処置を行った奴が丸解かりである。
「妹よ……これはお前がやったのか? ってか、何故にお前が帰ってきてる。今日は友達の所へ泊まるんじゃなかったのか?」
顔に巻かれた包帯をこつこつ、と人差し指で叩いて訊いてみる。ま、答えは解かりきっているが。
「うん! えーとね、大兄が一人だってお母さんから聞いたからさ。寂しいかな、と思って」
ほら、やっぱりね。ってかその程度のことで帰って来んでヨロシ。くっ……後ろから視線を感じる。痛い。正直言って痛すぎる。取り敢えず華夜を上へと逃がし和葉と帯白さんの攻撃を正々堂々受けることにした。やっぱまて、視線が怖すぎる。和葉さ〜ん、何でそんなに怒ってんの? 帯白さん、なんでアンタついて来てんの? ……状況説明。
今は俺の家の中。
俺は頭にグルグル巻きの包帯。
テーブルを挟んで和葉と帯白さんが居る。
和葉と帯白さんが睨んできている。
俺に跨る一抹所ではない不安。
因みに帯白さんは俺に妹が居ることを知らない。
田渕らへんを呼んで来たい空気。
正直言って一人では怖い。
どうしましょうか。
「……あれ、誰?」
唐突に帯白さんが訊いてきた。やっべぇ、今めっさ焦ったんですが。案外普通の質問で助かったよ……。この人いきなり意味不明な事言い出すときがあるからな……。
「聞いての通りに、妹です」
「嘘付くな」
嘘付いてどーすんだよ。
俺は焦りにも似た……ってか焦りの感情を抑えながら二人の一問一答に答える。やべぇ、一人じゃ荷が重い。
「じゃあ、田渕君に聞いてみましょーか。呼んで、大悟君」
これが今現在の状況である。
はい、と俺は返答して自分の部屋に向かう。携帯は自分の部屋だからだ。鬱な気分になりながらも階段を上る俺。かんかん、と音が鳴る度に俺は十三階段を上ってるような錯覚に陥った。あの状況は尋問に等しい。まずもって、耐えられん。と、なると今の状況は比較的良い方向へ向かっている。一人じゃ荷が重かったのが、二人になれば軽くなるはずである。そうこうする内に部屋の前。ドアを開ければいつも通りの殺風景な部屋。部屋の中央にはカーペット。部屋の左には勉強机。机の隣にはコンポ。部屋の右の位置にあるのは窓。カーテンは藍色。窓の傍にはベッドがある。っと、携帯携帯……あった、机の上か。俺は携帯を取る。
「う〜ん……」
ベッドから声が。恐る恐る振り向くと……なんだよ華夜かよ。寝顔が可愛い。なんだかうりうり、としたくなる。ってか俺の部屋に来て寝る癖はやめろ。俺も年頃だ。襲わないとは限らんぞって違う違う。それは駄目だろう、近親相姦だろう? やめろやめろ煩悩を捨てろ俺。じゃなくて、それも違うだろ俺。そんなことは問題じゃないんだ。愛の前には……ってとうとう狂ったか俺。それもこれもアイツ等の所為だ、と俺は心の中で叫ぶ。ふぅ、と溜息をついて、部屋を出る。折り畳み式の携帯を起動。目標は田渕だ。
ぷるるるるる……。
お、繋がった。
『なんだ、大悟。なんか用か?』
「ああ、その通りだ。兎にも角にも、だ。俺の家へ来てくれ。頼む、俺を助けると思って、な?」
『ん。どーせ俺もやること無かったしな、行ってやるよ。五分ほど待ってろ』
「サンキュ、恩にきるぜ」
ぱたん、と携帯を折り畳み下に下りる。とんとん、という音が俺の気分をより鬱蒼とさせる。はぁ、と俺はまた鬱気味な嘆息をして下を見やる。
「……和葉か」
階段の下に存在した和葉はジェスチャーでこっちへ来いと命令しているようだった。しゃーねぇ。和葉についていって外に出る。しっかし……何処からこんなに捩れてしまったのか我が生活。最近何かと女に囲まれる傾向があるな。マガジンに連載中のあのカテキョー漫画みたいだ。あー、解かる人には解かるけど、解かった人は別に答えとか言わなくていいからな? 暫し歩いた所で和葉は歩を止めた。振り向く。和葉の瞳は何処かもの悲しげだった。なんなんだろうか、よく……解からない。はぁ、と嘆息してから俺は和葉のほうへと向く。
「なんでしょうか、和葉姫」
和葉姫とは和葉が学校で一部の女子にその美貌と天真爛漫さに眼を付けられて出来た名前だ。一番最初に説明しただろうけど、念のため。
「ねぇ……あの人、誰?」
「帯白真由さんだ。俺のバイトでの上司に当たる人でな。昔からの知り合いというやつだ。それがどうかしたのか?」
…………。和葉は顔を俯かせて黙る。無言の空間が出来た。沈黙が交錯する。視線と視線の交差点。一切の言葉を否定するテリトリー。うぁー滅茶苦茶気まずい。頼むぜ本当に。なんで今日はこんな気まずさをあじあわなければならないのか。くそがっ、胸糞悪ィ。
何故に俺がこんなに罪悪感を抱かねばならんのだァ!
それも、これも、どれも、あれも、かれも! 全部、帯白さんの所為にしてやるッ!
――――大悟ぉ!
後ろから声が掛かった。この声は……田渕だ! ひとまず俺はこの雰囲気を打破出来たので安堵の吐息を吐く。ああ、良かった。死ぬかと思った。帯白さん怖すぎるんだもん……。マウンテンバイクに乗ってやってきた田渕。これならば……。
……って、なんで桜井も居るんだよッ!
「いや〜、近場を通ってさー。俺も手伝ってやるって!」
お前は要らないんだ。田渕だけで結構なんだ。とっとと失せろ。鬱陶しい。……しかし、帰る気配は一向に見当たらない。コイツの下心が丸見えだからな……。妹とは会わせないようにしなければ。って、あれ? 桜井は何処へ行った?
「ああ、桜井なら、あそこだ」
田渕が指を指した方向を見ると家に這入ろうとしている桜井の姿が。くそがっ、やらせるかよォ! 踵を返して立ち行かん! 目指すは我が家の二階だ。桜井、殺すぞ! 靴なんて気にしてられるかッ! 俺は乱暴に脱ぎ捨て階段を二つ飛ばしで上る。桜井の姿がッ! 生き残れると思うなぁ! ってもうドアに手ェかけてる?!
「華夜ちゅわ〜ん!!」
「勝手に……華夜の部屋に……這入るなボケェッ!!」
襟を掴んで強制退場。無理矢理階段から下ろし外へと旅立つ。オォォオォォオ! もう誰にも俺は止められない! 桜井を滅すまでは! 家の外の道路、和葉と田渕が喋っている。気にするか! 俺のほうに気付いたようだ。だからどうした! 俺のギアはトップだ、止めれるモンなら止めてみやがれェ!
俺は左手で思い切り桜井のどてっ腹をぶん殴る、ややアッパー気味に。
「タイラン……――ッ!」
「まて、それ以上は色んな意味でヤバイ!」
田渕……もう、俺は止まれないんだよ……! それに大丈夫だ! verベータだからッ! 空中に浮く桜井。俺はその体に被せるようにして上から右を振り下ろす。
「――レイヴッ!」
俺の世界が紅くなり流動。その後暗転。俺の拳が音速を超え炎を纏う! いや、そんな気がしただけだ。実際に炎を纏ってたら俺が死ぬ。そして俺の拳が桜井の右頬を捉え、骨を鳴らす。まだ……まだァ! 儚い儚い、空に向かってどでかく、派手にぶっ飛べやッ!
「おあぁぁああぁああぁぁぁぁ!!」
バキッ、と音がして桜井は吹き飛んだ。クルクルとジャイロ回転で遠くへ吹き飛んでいく。ゲームならばかなりの爽快感になるのだろう。だが、これは現実だ、リアルだ。やべぇ、今更ながらやり過ぎた。俺は冷や汗を流して後悔。だが、その心配も要らなかったようだ。桜井は空中で受身を取りアスファルトの地面に着陸。ザザッ。地面に靴の裏を擦りながら体勢を整える桜井。……何処からこんなパワーが湧き出てくるのやら。ってか、アイツあんなに運動神経良かったっけか? ってかもう運動神経の問題ではない。もはや人間としての異形の地位まで上り詰めているぞ確実に。
「ふっふっふ……俺の華夜ちゃんを愛するパワーの前には何もかもが! そう、それは神さえもが、俺の前に跪くッ! さぁ退けェ、愚民ども! 何人たりとも俺の邪魔はさせんぞォ!」
「やらせるかよォ!」
「はい、其処までッ!」
田渕が割って這入る。邪魔すんなよッ!
「阿保言うな。お前が本気で戦り合ったら此処等一帯が壊れるっての。理性を保て。アイツは俺が止めるから」
田渕の言葉で俺はクールダウン。……そうだった。本気で戦る必要性が無かったな。ふぅ、やべぇやべぇ、熱くなりすぎたぜ。……はっ、しまった。和葉を置いてけぼりにしてたよっ! しまったァ、今すぐ行かなければ。って、何か喜んでません? 表情がにやけてますよ? ああ、田渕が何か言ったのかな? ならば感謝しよう。ったく、相変わらず田渕は言葉上手だからな。ふと、田渕の方を見る。
「五天掌・縛閃覇!」
桜井、それなんかの暗殺拳の名前変えただけだよな?
「はっ、舐めてんじゃねぇぞ!」
田渕、お前もなんかキャラ変わってるよな? って言うかさ、やっぱ俺が戦り合ってたほうが格段に普通の戦闘になってたと思うんだ。おいおい、ノリすぎだよ田渕。田渕ッ、田渕ィィィィイ! キャラ変わってるから! そこら辺で止めとけッ!
「一撃一殺……乾坤一擲!」
田渕の右腕が放たれ、桜井の鳩尾へと深く入る。崩れ落ちる桜井。あれ、俺の時よりか遥かに弱くなってねぇ? まぁ、いいや。俺は家の中へと這入っていこうとする。……あ、帯白さんを忘れてた。きっと今帯白さんは滅茶苦茶怒っているに違いない。この田渕になんか言われた模様の和葉さんとは百八十度違うはずだ。……やっぱり家に這入らないでおこうかな。あ、でもそれだったらなぁ……また、同じことだ。同じ待たすならまだ短い方を。天丼と鰻丼ならば天丼を。九十九%の死よりも一%の生を。俺は選んでドアを開ける。……あれ? 意外と何も変わってない、ってかリビングからなんか遊び声が聞こえてきてるし。俺は急ぎ足でリビングへと向かい引き戸を開ける。
「……何やってんすか」
華夜と帯白さんがきゃいきゃいとじゃれあってた。さながら猫。ってかもう猫と言うしかない。ああ、俺の心配は何処へやら。此処まで態度が豹変するとは思っても見なかったぞ十六歳の秋。
もう俺は何言う気力も無い。どっかりとその場に腰を下ろしじゃれあっている二人を和葉と共に見守ってやることしか出来なかった。閑話休題。QED。俺は眠い。頭が回っていないので言葉の使い方がイマイチ良く解からないところがあるだろう。まぁ、俺が言いたいことは大体解かってらっしゃると思うがとりあえず。
眠いから寝る。いじょー。
俺はその場に寝転がり瞼を閉じた。
お休み。
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――――っ!
ただ今俺は走っている。夏休み、連日の猛暑。補習。も終って、帰っても良いのだが。しかし俺には仕事が残っている。先生から科された仕事。それは……。
『おい、黒岸。大学の図書館から資料取って来てくれ。今十時だから……十二時までにお願いな。大学の歴史の資料を頼んだぜ』
「はい?!」
という事だ。なので俺は今物凄いスピードで走っている。
「くそがっ! なんでこんなに敷地を広くしたんだよぉ……」
学校の説明をしていなかったか。ならば説明しておこう。
我が荒薙市が唯一全国に誇る学校。ってか、荒薙市唯一の私立学園。それが俺の通う私立神槍月学園(かみやりづきがくえん)だ。出雲地方の言い方で十月という意味らしいがそんなことはどうでもいい。小、中、高、大、幼少の部まである大企業学園。その面積は本当に小さな山ほど在り、この学校を創った創設者、神槍嘆木(かみやりなげき)初代校長は何を考えているのかとすら思わせるほどである。あまりの広さに学校敷地内を移動する主な移動手段としてモノレールまでもが付けられているという化け物学園であって、しかも無料。何を考えているのか。
名門と言われてはいるがそれは一部の学生にしか当てはまらないことであって、事実上は普通の学校。ましてや小学校から通っている奴等は阿保が結構な確率で居るのである。身近な例を挙げると桜井がそうだ。アイツは幼少時から通っていて今も結構な阿保である。これで大体のレベルが解かったであろう。
つまり、ともかく広い。広すぎるのだ。図書なんて図書『室』では済まずに『館』となっている時点で普通であることが窺えない。遠くから来た人のためにある寮まである。その他服だとか、食べ物だとかは学園内で普通に売っている。言えばこの学園自体が一個の世界といえる。
幸いなのは高等学校校舎が我が家から一番近い学校の正門を抜けて直ぐというところだ。一番最初に遅刻しそうになったときは流石に焦ったが、普段通りに出れば遅刻はしない……はずである。あの時は遅くに出たからな……。桜井が来ると解かったのもアイツがいっつもとおる頃合を校舎内から見ていたわけであって超能力などでは決して無い。名前は校舎内で呼ぶようにして呼んだだけだ。『いつもどおり』とはこういう意味で使ったのである。これで最初の方の矛盾は大体無くなったと思えるので図書館に行くスピードを上げる。
「っついたぁ……」
モノレールの大学方面駅から突っ走ってきた俺はようやく図書館に着いた。十km以上はあろうか、我が高校からの距離。隣接していてこの距離とは如何に。俺は腕時計を見る。十時三十分。間に合うな、と俺は落ち着きを取り戻して図書館内へと足を踏み入れる。
「大学の歴史の資料は何処にありますか?」
俺は受付の人に尋ねて場所を確認する。二階の歴史のところにあります、とのこと。
かんかん、と階段を上ってミッション成功だ。結構あっさりいったな、などと笑いながら俺は資料を選びにいく。
「……うっそだろぉ……」
大学の歴史資料の山、山、山。……これを持って帰らなければいけないのか……っ! いやまて、選ぶのはほんの少しかもしれない。俺は僅かなる希望を持って図書館に設置されている電話から先生へと電話をかけにいった……。
その後、全部と言われて苦悩したのはお約束だ。
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なんで俺夢で学校の事思い出してんですか? あ? そんなことどうでもいいから本編始めろ? テメェに言われる筋合いは無いぞ作者。お前がやるべきことをやらないから悪いのだろう俺の所為にするな。
何を言ってるだと? こっちが聞きてぇよ。寝惚けてんだよ頭が。悪いか。ほら、ちゃっちゃと本編始めるぜ? 言うこと聞けよこのぼんくらああシバかれたいのかさっさやれ。書け、奴隷の如くに。
帯白さんはやっと帰った。帰ったときには午後九時を回っていた。なんか、華夜と仲良しになっていた。別にそれは良い。むしろ誤解が解けて嬉しい限りなのだが。ただ、帯白さんは俺に甚大なる被害を出して帰っていった。それは何か。そう、飯だ。俺は未だに夕飯を口にしてすらない。いつもならば俺は六時半には飯を喰っている。実に二時間半も時間をオーバーしているわけだ。そろそろ何かを口にしないとヤバイ。ヤバいったらヤバイ。ということで、和葉と華夜が協力して作ってくれることに。こいつ等は元々仲が良い。古き間柄だからか。などと関係無い事を呟いて俺は居間のテレビをつける。お馴染みの日曜のバラエティ番組。これは俺が毎回欠かさず見ている番組だ。何故か。面白いからに決まってんだろ当たり前のことを訊くな。それ以外に何があるのだ? それとも君達は面白いという理由で本を買ってはいないのか? まぁ、俺の論議はどうでもいい。問題は田渕と桜井がまだ俺の家に居ることだ。
いや、田渕は良い。桜井は駄目だ。いつ妹に手を出すかが解からん。ほっとけば確実にAまではしそうな桜井、俺がさせんが。
ほら、今も俺は気が抜けない。犬のように這い蹲ってコイツは妹のスカートの中を覗こうとしている。天罰。俺のティーソーク(肘打ち)が桜井の脳天を捉え床に伏せさせる。
……堪えた様子はねぇな……っておい、テメェこれをチャンスにと見てんじゃねェよ! てめっ、いっぺん表出ろや!
「俺を止められるものは誰もいねぇぜ!」
「囀んな!」
渾身の右ストレート。気絶しろ。ってか死ね。首が九十度左に曲がり悶絶する桜井。今の内に……こいつを縛っておくのが得策か……。
「田渕、其処の棚にあるロープを出してくれ。コイツを力の限り縛る。暴れんようにな」
ほいほい、と軽い返事をして棚を探る田渕。それでいい。暫くして田渕がこちらを向きぽいっ、とロープを投げてきた。っしゃ、取り敢えず手伝え田渕。……嫌そうな顔するな、テメェ家から放り出すぞ。因みに田渕は「あ、俺今日此処泊まるわ」らしい。まぁ、良い。田渕は良いよ、コイツは信じられるから。で、続くようにして桜井が言った言葉。
「俺も俺も俺もーッ! 泊まるからッ!」
下心丸見えなんだよ。単純明快な野郎が。清々しいぐらいに読め読めだ。むしろ初々しいぐらいに使えない。殺されたくなければ今すぐ此処を出て行くことだ。結果はこの通り。全く聞いてはいなかった。ってか聞いてても多分知らん振りだっただろうことは予測される。それほど単純な男なのだ。はん、金のメッシュが格好良いとでも? シンプル・イズ・ベスト、テメェは人間以下のクズ決定だ。誰かさんの真似してんじゃねェよ。
「そこまで言われる筋合い無し」
「気がついてたのか。だがもう縛り終えた。動くことは許されん」
部屋の隅へと放り投げ俺は再度テレビへと視線を戻す。おっ、コイツ桜井にそっくりだ。ヤラレ役な所が。
「出来たよー」
と台所から聞こえてきた声。どうやら食事が出来たらしい。大分遅くなったが飯だー! 和葉と華夜が居間に降臨。解かりきってるけど服装説明。和葉は先の服装と同じくでエプロンを着けている。ポニーテールが可愛らしい、清々しいほどの笑顔。桜井とは全然違う。桜井、この清々しさを見習え。
華夜はフリルのついたワンピースタイプの服。藍色コントラスト。漆黒のツインテールに良く合う色だと思う。エプロンつき也。……桜井、一歩でも動いてみろ。その瞬間地に沈むぞ。
俺は立ち上がり台所へと向かう。よっと、箸は……と。お、あった。俺は取り敢えず四人分(桜井抜き)の箸を持ってテーブルへと向かう。其処にはロープを解いて華夜に迫る桜井の姿が。……桜井、どうやってロープを解いた。しっかり結んどいたはずなのだが。
田渕の方を見る。やれやれ、手を広げて諦めムード。どうやら止められなかったらしい。こういうときだけ素早い行動力を発揮する桜井。他のところで役に立てろよ。
「桜井……表出ろ」
桜井は呆れた風に俺を見据え。
「黒岸……俺はもう止まれないんだよ」
で、だから? 関係無いな、意味不明だし。滅されたくなければ今すぐこの世を去れ。
ぷるるるるるる……。
電話? ちっ、こんな時にっ。
「田渕、そいつを抑えとけ、直ぐ戻るから」
廊下へとダッシュ。受話器を急いで取り相手側に対応する。もしもし。
『はーい、母さんよ! 今日はちょっと帰らないかもしれないから留守番よろしくねー!』
そんな一言を残していきなり通話は切れた。俺の頭の思考回路も切れる。
はぁ?!
何言い出してんだ?! とうとう狂ったか? クルクルと狂ったか? 違うのか? 狂ってんのは俺か?! いや、待て焦るなよ大悟。まずは整理だ、それが最重要事項だ。
…………。
取り敢えず、だ。居間に戻って飯を喰おう。そして華夜に報告だ。そうしないと色んな意味でヤバイ。ってか和葉に護身術も教えないといけない。何かと忙しいぞ今日は。
かちゃり、と俺は電話を受話器に戻し、飯を喰うために居間へと向かう。…………。
「……先喰っといても良かったんだぞ?」
皆は食事に箸をつけていない。どうやら俺を待ってくれていたようだ。なんだか素朴な優しさに俺の心がじん、と来た。やっぱ持つべき者は友だよな。
「いやいや、やっぱここは待つべきだろ。主役のお前が居なきゃ盛り上がらんと思うしな」
「そうそう、大悟は一家の大黒柱なんだからねぇ」
「当たり前のことだよっ、大兄!」
「俺は今すぐにでも喰いたかった……」
ローキックが桜井にヒット。やはりコイツは喰い意地が張っている。感動していたのに……!
「さぁ、食べましょう!」
今日の夕飯は素麺とからあげとサラダだ。……からあげとサラダが何か違うぞ? 素麺と合っていないのではないか、などと下らん考えを捨てて素麺に箸を伸ばす。
つるつる、と素麺が俺の喉を通って気持ちが良い。っと、言っておかなきゃいけない事があるんだよな。……正直桜井の前ではあまり言いたくないことなのだが。しょうがないだろう。背に腹は変えられず。
「華夜」
「ん?」
「今日は母さんは帰らん」
と一言言って俺はまた素麺へと箸を伸ばす。華夜は困惑の表情。当たり前か、そら、母さんが帰って来んと解かったらなぁ。多分俺でもそうなるよ。
しかし周りを見てみると全員俺の言葉に唖然としている。……お前等には関係の無いことなのだが……。ただ一人だけ例外が。
桜井……あからさまに喜ぶな。あと桜井、お前何処から箸を持ち出した。俺はお前の分を持ってこなかったのだが。
そんな俺のことは完全無視か。そろそろ、皆も元に戻りだした。何なんだと言いたい。
「田渕、お前なんでいきなり泊まるとか言い出したんだよ。お前家はどうした。敢えて訊かなかったけどさ」
田渕君への質問。さて、どう返ってくるかな?
「家に誰も居らん。つまらんから元々お前ん家に泊まろうと思っててそのときに電話が来たんだよ。渡りに船ってことでまぁ、承諾したわけだが」
んじゃ、俺のことをなんか手伝えよ。
「そういやさ、昨日のあの番組見た?」
桜井がいきなり話題を振る。やはり話題を作るのは桜井の得意技(?)らしい。
「ああ、見た見た。ナイトスコープだろ?」
そそっ、と相槌を打つ桜井。
「あののっぽって桜井のキャラに似てたよなぁ」
「いや、似てないって」
全身で否定を表現する桜井。いや、似てたから。絶対に似てた。
「似てるだろ。な? 田渕、和葉、華夜?」
あー、田渕とか和葉とかは知り合いだから良いとして。流石に華夜はアレか。年上の男性には悪いことは言えんよな。しかも髪が赤にメッシュとか不良に見えてしまうことだろう。だが、俺は決して不良ではない! これを華夜に教えておかなければいけないだろう!
「ん、ありゃ一樹だろ? 俺、一樹がテレビに出演してたからさ、皆に自慢しまくってたのに……」
ナイスノリだ田渕! だが、キャラが違う気がするよ!
「髪型の違う桜井君、ってところかな?」
「え……うそぉ!? な、華夜ちゃんはそんなこと言わないよな?」
止めてくれよ……。怖がってんだろーが、殺すぞォ!
「え、あ、はい」
桜井の体が! 宙を舞った! くそがぁ! 全身全霊を込めて犯罪行為に及ばせるかよッ! 桜井は大事な友だ、だからこそ犯罪などしないように道を正しく修正してやるべきなのだっ! それが俺の役目……実力行使でも構わない! むしろ武力行使で挑めぇ! それが俺ルール、第二十一条! 桜井に対してはどんな行動も許される、ルールだッ!
「テメェ、何、やってんだ、よォ!」
俺の豪腕が桜井のボディを捉える! 苦しみその場に蹲る桜井! 何処かで見たぞこの光景! そんなことはどうでも良い。俺は桜井を外へ連れ出して制裁を加えてやったのだった。
そして俺達は飯の間桜井抜きで、くだらない雑談から真剣な政治世論まで。俺達はそんなことはどうでも良いかのように話し合いましたとさ。めでたしめでたし。
いや、まだ終らんぞ? まだまだ続きますぜ?
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ただ今十一時。良い子はもうとっくに寝ている時間だ。その時間に何をしているかというと俺は庭で和葉に護身術を教えている。約束は約束、守らなければ。
「ああ、ちゃうちゃう。こう、後ろへ肘を回す感じ」
「え、こう?」
そうそう、と俺は頷きながらコーチング。しっかし……和葉まで泊まると言い出すとは思わなかったぜ正直に。華夜に毒牙が掛からないようにするため、らしい。そういうことは俺に任せて、お前は家に帰ったほうが良いって。といってみたのだが。
「大悟が一番危ないでしょ」
何を言い出すかと思えば。和葉に言わせれば俺が一番危ない存在らしい。何を……俺は華夜と毎日同じ屋根の下だぜ? 今頃そんな事するかよ。俺は桜井ではない、以上。
因みに今教えているのは捕まれたときの対処法。ああ、煩わしいな。もっかい手本を見せてやる。俺は桜井を呼んで庭へと来させた。
「なんだ?」
「何も言わずに其処に立て」
言うとおりにする桜井。俺は桜井の前に整列するように並び
「いいか、和葉。こうするんだ」
思い切り桜井の足の甲を踏んだ。悲鳴が聞こえたが気にしない。そして俺は振り向きざまに肘打ちを桜井の下顎にかます。桜井が悲鳴を上げて倒れたような気がするけど気にも留めない。解かったか、和葉。
「やりすぎじゃない……」
桜井を指す。其処にはぶっ倒れている桜井が! どうした、桜井、誰にやられたぁ! 返事が無い、唯の屍のようだ。…………。
和葉、解かったか? 本気でやれば相手はこうなる筈だ。
「ちょとまて、それはお前がやるからだろ?」
と田渕が突っ込む。気にするな。
ふぅ、と俺は息を吐き出し、再度和葉のほうに向き直す。
「暫く、休憩にしようか」
くいくい、と家の中を指で指して中へと促す。少々本腰でやりすぎたか。俺のTシャツは汗を吸い込み肌に張り付いている。俺はサンダルを脱いで家の中へ。今テレビはニュースをやっているようだ。まーた、政治がどうとか言ってるよ。やんなっちゃうね。
俺は居間を通り過ぎて台所へと向かう。大悟専用、と書かれた棚の中からティーセット一式を取り出し茶葉を選ぶ。今日の気分は何だろうか。ダージリンか? それともアッサムか? いや、ここは裏を掻いてニルギリで? すると田渕が俺のすることに気付いたようでリクエストを求めた。
「アールグレイで!」
ねぇよ。
「テメェで持って来い」
軽く流し、選別を再開。とりあえず、アッサムで。俺は紅茶を作る準備をして作業開始。……なんで隣に華夜が居るのかなぁ? 良い子は寝る時間だぜ。ちゃっちゃと寝とけよこの野郎。
「華夜、お前明日早いんじゃなかったのか? さっさと寝たらどうだ」
「いいじゃん、今日くらいー!」
「そういって後悔するのは誰だかな」
俺は少しいやらしく言ってみる。
「う〜大兄のいじわる!」
意地悪と呼ばれる筋合いは全く無いのだが。兄の優しさが解からんのか。全く……おっとお湯が沸いたかな。俺は茶葉を入れていたティーポットにお湯を勢い良く淹れジャンピング(茶葉が上下にさかんに大きく揺れる現象。ジャンプしてるように見えることから)を起こし、蓋をして暫く蒸らす。砂時計を逆さにする。オッケー後はこれが落ちきるまで待つだけだ。
俺はティーポットを持ちながら居間の方へと向かおうとする。おっと、その前に。
「華夜……起きてたいなら起きてていいぜ。明日は俺が起こしてやるからさ」
その言葉に華夜の顔が一気に明るくなる。可愛い笑顔、この笑顔を見たらなんだか元気が湧いてくる気がするなぁ……。俺は居間のテーブルにティーセット一式を置く。見ると田渕達がババ抜きをしているではないか。早速俺も入れてもらうか……。
「俺も入れてくれよ、次のゲームから」
和葉が俺のほうを向き、ぐっ、と親指を突き出す。オーケーサインってことか。田渕も突き出す。どういうことだ? ……ああ、成程、桜井君が負けたのか。どうりで手札が無いと思ったんだ。
「どうせなら大富豪やろうぜ、丁度五人居るし」
華夜を呼ぶ。さぁて、勝負の始まりだ……。
手札が配られる。丁度二枚ずつ、田渕が切り分け配っていく。因みに手札は見ない、見たら詰まらん、戦略を立てられてしまう。特殊ルールは一切無しだ! 手札が全て配られた。勝負!
「どうせだ、何か賭けるか?」
といきなり言い出したのは田渕。オーケー、その誘い乗ったァ! 俺は今ハイテンションなので全ての誘いに乗ってしまう。知らねぇな。純粋に勝負を楽しむものとして当然のことだぜ?
「じゃあ、どういう賭けにする?」
「最初に抜けた奴が最後に抜けた奴の大事なものを貰うってのはどうだ?」
俺が提案してみる。これには一同大賛成らしい。ふむ、中々俺も良い事言うじゃん。などと自分で自分を褒めてみる。だって、人から褒めてもらったことなんて……ッ!
第一ゲーム目。…………。負けるとは夢にも思ってなかった……。結果ー、田渕一位、華夜二位、桜井三位、和葉四位、俺……ビリ……。悪いかよッ! キレるぞ! ほら其処笑うな! まだまだだ! 勝負はまだまだなんだよォ!
っと、此処で紅茶が完成。俺はティーカップを五個用意して淹れる。こぽこぽ、と心地良い音がして俺の心を和ませてくれる。やっぱ、紅茶は良いなぁ……。砂糖とミルクはお好みで。配って回ると桜井だけが渋った。あん、俺の紅茶が飲めねぇってのか?!
「わり、今俺腹の調子が優れんのだわ」
ちっ、しょうがねぇな……。と俺が納得しかけていたところに田渕が供えた言葉。これは俺を激昂させるのには十分なる言葉だった。
「ってか、お前紅茶嫌いで珈琲好きなだけだろ」
その言葉を聞き、俺の首が音を立てて回転する。オマエハ死刑ダ……。生キテ帰レルト思ウナ……。自分でも恐ろしく思えるような、正にお化け屋敷の人形のような声。かくかくと口が動き其処からは人のモノでは無い声がッ!
「まぁ、その前にお前の大切なモン貰うな」
「ごめん、ちょとまってく」「無理」
改行すら出来ないぐらいに即答された俺。ま……マジか……。
田渕は少し考えるふりをして時間を延ばす。……気分は裁判所に居る被害者だぜ……。決めた! と一言。そして掌をぽんと叩いた。ごくり。
「お前の一番大事にしている茶葉を貰おうかな。今日買ったダージリン」
田渕はにやり、として宣告。死の宣告。正に死刑判決。
ああぁぁああぁあ! 俺のダージリン! 今日買ったダージリンがァ! 折角、五千円にまけてもらったのにィ! 助けて! ごめん謝るからそれだけはァァァァァ!
「無理」
俺の気持ちはどん底へと堕ちて俯く。渋々俺は大悟専用と書かれた棚から今日買ってきたダージリンを袋ごと持ってきて渡す。嗚呼、虚しきや。あんなにも美しき下弦の月が刃のようじゃ。あまりの悲しさに俺の頭も混乱気味。なんでもするから……ッ! 返してください!
「しょーがねぇなー……はい、うつ伏せになってワンと叫べ。そしたら返してやるから」
…………。お前等の前で恥をかけということか……っ。見かけによらず残忍な田渕。だが、返してもらうためにはそれしか無いのか……。なんだか、皆もにやにや、と笑っている。恥ずかしい。こんなに皆が見ているとは思わなかった。ってか皆がこんなに俺に期待してくれているとは正に夢にも思わなかった。違う方向の期待であろうが。
背に腹は……! 俺はうつ伏せの体制をとる。そして。
「……わん……」
これには誰もが大爆笑。辺りには笑い声が響き騒々しくなった。信じていた華夜までもがくすくすと笑っている。……恥だ。きっと俺の眼には涙が浮かんでいることだろう。顔が熱くなる。きっと、かぁぁぁ、と俺の顔が紅潮している事だろう。
学校で広まらない事を祈る。
「あっははははは! いやー、笑った笑った! 面白いわー! ほい、約束どおりに返してやるぜ。大事にしろよー?」
まだまだ、腹を押さえながら笑いを噛み殺している田渕が俺に差し伸べたダージリン。不幸中の幸いとでも言うのだろうか? ともかく戻って来て良かったよ……。美雪さんに謝らなくちゃならなかったぜ。
この後三ゲームやった。
桜井が三戦全敗。全てを奪ってやった。弱いな、弱すぎる。喧嘩も弱いし全て弱い。チャラ男に続き、称号ダメ男を授けよう。
午後の十二時。寝る時間になってしまったので、俺達は各自の寝る場所へと移動した。
------------------------------------------------------------------------
「なぁ、今更思ったんだがお前等泊まってよかったのか? 明日学校だろ?」
「はぁ? 何言ってんの? 明日十月十日、体育の日で休みだぜ?」
嘘ぉ! え、うそぉ!
此処は俺の部屋。田渕と桜井、そして俺が寝る場所だ。俺がベッドの上に座り後の二人は地面に座っている。この後の桜井の行動には気をつけなければいけない。何故ならばすぐ隣が華夜と和葉の寝る部屋だからだ。さておき。
「嘘だろ?」
「マジだよ」
嘘ぉ! 俺は急いでカレンダーを見る。次いで目覚まし時計(何月何日が書かれている)次いで腕時計、次いで田渕を見る。……マジか。俺は荒くれた心を静めて眼を閉じる。オーケー大体状況は呑み込めた。
因みに桜井は泣き顔だ。大富豪に負けて大事なものを取られたかららしい。コイツの大事なものを言っておこう。腕時計(八万円)シューズ(二万円)そして、珈琲豆(キリマン)を取ってやった。珈琲豆は捨ててしまったが。悪くは無い。悪いのは勝負に負けてしまうコイツの運の悪さだ。こいつに情けなど無用なのだ。
俺は立ち上がり窓を開けて夜空を見上げる。今日は満月らしい。きらきらと輝いている月がやけに幻想的だった。……あ、雲で隠れちまったか。
「今何時だ?」
俺は田渕に訊く。
「十二時半だ」
……寝るか。
「そろそろ寝るぞ。ほらほら、さっさと布団用意して」
そうやってまくし立てる俺。二人とも寝袋を取り出しその中へと這入る。いや、潜り込んだ。俺が電気を消す。ふぅ、と溜息と共に俺もベッドに這入った。
…………。
「桜井、やっぱお前表でろ」
暗闇の中、蠢く影あり。その後外から叫び声が聞こえたという。俺には関係の無い話だが。
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其の三【VS闇よりの使者?】
一
――……キィィィィィン……――
刃と刃の擦れる音が辺り一面に響く。
夕方五時半、黄昏時。俺は今何も無い川原で戦闘中。いつもならば在り得ない時間帯だ。
しっかしなぁ……。
妖とは戦うと思ってても……。
「まさか人間と戦るとは思っても見なかったぜ……」
刃で刃を受ける音が、辺りに響く。
俺はバックステップで相手との間合いを広げて一息つく。実力は五分五分ってところか……。
「如何したんですか? ふふっ……」
チィッ、不気味な含み笑いしやがって……。俺は一度≪八咫烏≫を鞘に収める。抜刀術の準備といったところか。
深呼吸。
一回、二回、三回。
四回目で息を大きく吸い込んで地面を蹴る。
相手の目の前に一気に移動。正に一瞬の出来事。俺は一気に刀を鞘から引き抜いた。
「ハァッ!」
一閃の太刀筋。横一文字に軌道を描き、相手を真っ二つに切り裂いた。やったか……。……いや、違う。これは残像か……。残像を残すってことは相手のスピードが軽く音速を超えてるってことだよな……。
やべぇ、こりゃ、力量を測り間違えたか。
ふと見れば相手は遥かに後ろの木の下に居た。……無傷って訳じゃ無さそうだ。
「少しばかり貰っちゃいましたか……」
よく見れば、腹部に切り傷が在る。……それほど堪えてる訳でも無さそうだ。結構渾身の一撃だったんだけどなァ……。
…………。腹部の傷がパキパキ、と氷で埋められていく。≪自己修復(リカバリー)≫出来るとか聞いてませんがー。相手を倒すにゃ、一撃で致命傷を与えるか、回復速度が追いつかないくらいにギッタギタにするしかないってことか……。
「そんじゃ、お互いに準備運動は終りにしようぜ」
その言葉に相手はぴくり、と反応した。
そして笑顔で
「はい、そうしましょう」
と頷いた。
------------------------------------------------------------------------
話は朝まで遡る。
朝、俺は眩しい陽の光を浴びて眼が覚めた。今日は十月二十九日。十日は何事も無く、スムーズに終ってしまって、田渕たちは帰っていった。ただ一人桜井だけは最後の最後に華夜に迫ったらしいが。悪・即・斬。桜井はその瞬間地に伏せて倒れていたらしい。やったのは俺なのだが。
俺はベッドから這い出て着替えようとする。すると思わぬ客が来たようだ。
「大兄ぃ! あっさだよー、おきろー!」
コイツが上着を脱いだところにバッドなタイミングで来てくれた訳だ。ざけんなよ。さて、普通の女なら此処で怯むのだろう。だがコイツは兄妹だ。んなこと気にする奴ではない。突撃してくる。直に胸から突進され、少しふらつく俺。ぐ……ぅ……。
「起きてたんだー! 偉いねー大兄!」
解かった。頼むから抱き付かないでくれ。妹とは言え流石に恥ずかしいものがある。あ……あと胸が当たっているぞ。慎ましやかな胸が。にんまりと笑う華夜。何処かいやらしい意味が込められているその笑みに俺はたじろいだ。そしてその後赤面して俺から離れる。よし、それでいいんだよ。だがその後爆弾発言。
「か……硬いし……おおき」「それ以上言うな!」
俺が赤面するわっ! 朝の爽やかな空気を汚さないでください。お願いしますから。シャレにもならんから。
「はいはい、出て出て」
俺は華夜の背中を押して部屋から出す。素早く制服へと着替え下へ。居間には朝飯が用意されてあった。いつも通りだ。飯、味噌汁、魚の干物。完璧なまでに日常的な朝食を作り出す母の想像力には感服致すもんだな。席について俺は食べだす。もくもく。中々に美味い。時計を見てみた。七時十五分。
ふむ……五十分に出れば余裕で間に合うから……。俺はそれまでの間何をしようかを考える。それもいつも通りにテレビを見るということに決定した。
十分ほどで平らげ食器を洗いに置く。テレビをつけるとニュース番組が流れた。丁度次のニュースを放映するところらしい。
『では、次のニュースです。一昨日の深夜に荒薙市一丁目の高架下でバラバラになった解体死体が発見されました。見た所によると鋭利な刃物か何かで五肢を切断された模様です。殺された男性は……』
俺はそのニュースを見て不快になったので急いでチャンネルを変えた。朝っぱらからバラバラ死体なんて言ってんじゃねぇよ。チャンネルを変えた先でもまた同じニュースをやっていたので俺は嫌になってテレビを消して、チャンネルを放り投げた。
「はぁ、やな感じ」
なんだか思いつめたような顔をしていたらしく華夜が俺を心配して覗き込む。
俺は華夜の髪をくしゃくしゃと鷲掴みにして撫でる。テメェが心配するようなことでもねぇよ。と俺は言っておいた。……嫌な気分だ。
「母さん、俺今日早めに出るわ!」
そういって俺は玄関に走り、学校へと向かった。
「華夜、何でお前まで来るか」
俺は学園へと向かいながら歩く。その隣には自転車に乗った華夜が居る。まだまだ、行かなくてもいい時間なのに。なんでだろう、付き合いというやつか? ははっ、と自分で言ったことに笑い、華夜のほうへと向きなおす。我が家から中学校までは中々に遠いので自転車通学が許可されているらしい。いいよなぁ。
「鞄入れさせてくれよ。重いんだわ」
と俺は頼んで自転車の籠に入れる。あーっ! と大声が俺の耳の中に入る。
「じゃあ、大兄が自転車こいでよねっ!」
……つまりは二人乗りか。いいだろう、別に困ることなど何も無い。俺は快く頷いて華夜を自転車から降ろす。俺がサドルへと座り、走り出す。後ろから華夜が乗って完成。ぶらり、ゆったりと自転車は進む。
「大兄ってさぁ、好きな人居るの?」
突如として駆けつけた質問。なるほど、華夜は先生を困らせるのが好きらしい。
いねぇよ、と軽く払い除けて俺はペダルを黙々と漕ぐ。もうそれは奴隷の如くに。周りの景色が流れるように過ぎ去っていく。風情を感じたり。
「信じらんないなぁ」
「信じようが信じまいが真実だからしょうがないだろ」
嘘を言うわけにはいかん。嘘をつく奴はなんとやら。
其処から先はあまり会話も無く、あっという間に学園の正門に着いた。俺は此処で降りて華夜と別れる。
「華夜、怪我すんなよォ!」
「大兄こそねっ!」
誰に向かって言ってんだよぉ! 全くもって馬鹿にした態度だな……。遠くなって見えなくなっていく華夜を後にして俺は門をくぐった。
「……くっだらねぇ」
いつもの一日が始まる。
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一時間目、国語。二時間目、数学。三時間目、英語と来たら。
ただ今四時間目。地獄の林。コイツは何かというとすぐ人を叩くし、勝手にこっちに質問してきて答えられなかったら罰という最悪の先生だ。ってか先生ではない。極道に近い。顔に傷あるし。目付き悪いし、鋭いし。何かと敏感だし、趣味がコンバットとか極道そのものじゃねぇのか? はん、白のスーツってのが一番極道に近いか。授業開始のチャイムが鳴る。やべっ、用意用意っと……。
俺は机の上に社会の用意を出す。ただ今習っているのは日本史だったり。基本的に俺は社会が苦手なのに、歴史分野とかやめて欲しい。全然答えられないからなぁ……。
先生が来て、授業開始。ほんわかとした空気が一変。緊張が張り詰めたような空気が辺りに広がる。少し触れれば切れてしまいそうな緊張。さて……どいつが一番最初にこの糸を切ってしまうのか……。俺は自分がそうならないように必死に祈る。
来るな来るなくるな来るなくるな。俺の頭にクルナという呪文が刻まれた。前々から思ってたかもしれないけど。
「桜井、この質問に答えてみろ」
どうやら最初の犠牲は桜井のようだ。よっしゃ! 俺は心の中でガッツポーズ。桜井ならば面白いことをいってくれるに違いない。だっていっつもアイツ的外れなこと言ってたし。固まる桜井。さぁて、どうくるか……!
「この城を作ったのは誰だ?」
こんこん、と黒板に貼った写真を叩いて示す。それの名前は……豊臣だッ! 多分。だが桜井はこう答えた。
「ま……町大工?」
…………。無言の空間が出来る。その後沈黙を破るように大爆笑。笑い声が満ちる。阿保だ。それはなぞなぞとか、とんちとかのやりすぎだよっ! ハハハハハハハ! いやぁー、やはり桜井はおもしれぇ! 阿保の大王だ! 中学生よりかも阿保かもしれない! やべぇ、腹が捩れる……! そして桜井には罰が下ったようだ。
「阿保かっ! 桜井、お前はこの時間中立っとけ!」
「はいぃぃ!?」
ちっ、今回は軽めだったか……。つまらんな。この前の男子は廊下に出される&水バケツをもって立たされる、だったからなってそれ俺か。
林が俺の方向に向いた……嫌な予感。
「黒岸、これは何か。答えろ」
黒板に貼ってある火縄銃の写真。くっ、これを詳しく言うのか……。だが、甘い。俺は火縄銃に関しては滅茶苦茶調べてきたんだよぉ! 俺を舐めるなよっ、林! 起立!
「火縄によって発射薬に点火させて弾丸を発射する方式の小銃。一五世紀後半にヨーロッパで発明され、日本へは天文一二年(一五四三)ポルトガル人によって種子島(たねがしま)に伝来した。種子島。火縄筒ともいい、飛距離はそれほど無く今とは違いかなり近距離で打たなくては人は殺傷できなかった。あと、玉の詰め替えに二分ほどかかる、手間の掛かる銃であった……」
どうだっ!?
「よろしい。中々勉強してきたようだな」
この程度でよろしいならば軽いもんだ。ふん、と鼻を鳴らして見下すように桜井を見てみる。ククッ、悔しがってるよ。わっかりやすいねぇ。俺は席について再度教科書へと眼を移した。
「桜井、お前は俺を何度怒らせたら気が済むんだ?」
林の声。どうやら桜井は中指を俺に立てていたらしい。それが林に見つかり、自分にやられているのだと勘違い。桜井君、自業自得というやつだ。たまには怒られるのも良い薬だ。
だから……とっとと廊下で恥を晒して来いっ!
桜井は引き摺られるようにして廊下へ。林は気を利かせてバケツに水を入れて来た。その分の授業が差し引かれて俺達は嬉しく思い、桜井は晒される時間が短くなって少しは嬉しく思ったのではないだろうか?
恥なのには代わりは無いがなぁ!
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もぐもぐぱくぱくごきゅごきゅむぐむぐばりばりごっくん。
「ぶはっ! いやいや、やっぱわさびふりかけが一番だねぇ!」
いつものように昼休み、学校の校舎の屋上。十km先に隣接している大学のオレンジ色の屋根が見える。やはり、隣接していてこの距離とはつくづくこの学園はマンモス学園だ。
田渕と桜井がいつものように居る。……おい、桜井。いつまでも俺を恨みがましく見てんじゃねぇぞ。社会の授業ではお前の不手際が悪いんだからな。
「いや、テメェの所為だ」
ざけんな。
「俺の所為にすんじゃねぇよ」
魚のフライを口に運びながら反論。どう考えても俺は悪くない。それは田渕が証明してくれるはずだ。な、田渕?
「ん、ああ」
ほれ見ろ。ったく、いやだねぇ。怒る桜井など完全無視して俺は勝手に話題を変える。
「なぁ、この学園ってさ……つくづくマンモス学園だよなぁ」
「マンモスっつーか化けもんの域だな。ありえねぇもん普通。こんな広さの学園。しかも移動手段にモノレールだぜ? これだけでも普通じゃないってんのにねぇ」
そうだよな。文化祭なんて学園規模だ。まさにカーニバルというのに相応しい。そういえばカーニバルって謝肉祭って意味だったな。肉に感謝しとくか。くわばら。
爽やかな風が屋上に吹き晒す。気持ち良い秋の風。髪がたなびき服が揺れる。やはり、外で喰う飯はいい。そういや田渕っていつごろこの学園に来たっけか……。
「田渕、お前いつ頃この学園に来たっけ?」
中学二年、と軽く答えて俺のからあげに箸を伸ばす田渕。てめっ、誰がやるか! 素早く俺が拾い上げ口へと放る。勝った! 俺はからあげの味を口の中で味わいながらガッツポーズ。っしゃぁ!
「阿保かお前」
桜井に言われたくねーんだよ。ボケがッ! 俺の手刀が喉元を的確に捉え貫き、穿つ。
「うぐぼぇあ!」
喉元を押さえて悶絶する桜井。もはや、息も出来まい。取り敢えず俺は桜井の弁当の中に入っていたイカ天を取って食べる。桜井は藻掻き苦しみながらも俺の行動を阻止しようと脚で攻撃してきた。しつこい。
上手にいなして残り半分のイカ天を喰う。ぱっくん。同時にあああぁぁあぁ! と絶叫が谺(こだま)する。うるさい。俺と同じく田渕も嫌がっているだろうが。
俺は立ち上がり桜井の所まで行ってシュート! ボールは桜井の頭だ! 悲鳴が聞こえたがしらん!
「だから……大悟……やりすぎだっての! 一樹に同情するよ……」
「大丈夫だ! 今回は思い切り蹴った!」
「全然大丈夫じゃねぇ!!」
俺は弁当へと箸を伸ばして最後の飯を口へと含む。ツン、とした辛さが俺の鼻に抜けて心地良い。その余韻を残しながら俺は弁当のふたを閉じて仕舞う。
さてと……俺は桜井を保健室に連れて行くために背中に乗っけて屋上を出ようとする。
「待て、俺が運ぶ」
声を掛けられる。悪いな田渕、じゃ、任せたぜ。俺は田渕に桜井を渡して屋上の端っこに移動しようとする。するとまた田渕から声を掛けられた。
「今日は気をつけて行けよ、仕事。なんか嫌な予感がするからさ……」
「おいおい、お前もかよ……気にすんな。俺の悪運の強さはお前も知っての通りだろ? 死にゃせんさ」
だったら、いいけどな。田渕は意味深な一言を残して去っていった。あぅー、気になる。……しょーがねぇ、暫く此処に居るとすっか。もう、誰も来んだろ。俺は給水タンクが置いてある場所へと移動する。其処にはもう一つ部屋が在って、その上に上れるようになっている。此処からの見晴らしと風が心地良いので屋上に居る時は大抵此処に居るんだが。つまり俺の特等席。俺は鉄製の梯子をかんかん、と踏み鳴らしながら上る。
よっと……。部屋の上に着いた俺は立って辺りを見渡す。遠くに見える山々の紅葉の紅が空の蒼に映えて爽快感を演出してくれる。秋の風は冷たいが、それは同時に俺の頭をもやもやをすっきりさせてくれる気がした。
あー、快いな。俺はその場に腰を下ろす。
しっかしなぁ……シリアスに行くのは中々難しいもんがあるな……。俺は心の中で笑った。
――大悟ぉ、どこー?
ふとしたら、なんだろう、下のほうから声が聞こえるぞ? 下界を見下ろす神様の気分で俺は一階層下の屋上を見る。……和葉もしつこいな。一体全体、俺に何の用が在って来るのだろうか。それともただ刺瑞さんを探しているだけなのか。はたまた先生から伝えられた用事を伝言しに来たのか。どれにしても俺にとっちゃ微妙に迷惑行為だ。俺の携帯からアポイントメントを取ってから来い。とって来いや! 口で言ったって無駄に決まっているが。
「此処だ此処ー!」
俺は和葉に手を振って応える。こちらに気付いたようだ。和葉も手を振って応えた。
「なんでこんなところに居るのよ〜」
「此処が気持ち良いもんでね」
梯子を上ってくる和葉に対して俺は素っ気無く答えた。その答えを予想していたかのように和葉は微笑んだ。……可愛いよなぁ、畜生。ポニーテールが風で靡きより一層和葉を魅力的に見せる。あーあー、ったく、こんなのが俺の友人に居ると俺の存在感が薄れてくんだよな。いやはや、もっと普通の知り合いは居ないものか。俺は頭の中で詮索する。
……畜生、いねぇや。俺はもう少し普通のやつを知り合いにしとけばよかったと後悔。……まぁ、今で十分楽しいのだが。
「どうしたの、にやけてるよ? なんか」
……無言で顔を修正。無意識とは怖いものだ。
「で、お前は何で屋上に来たんだよ」
「いやいや、大した事ではないのですが」
何が大したことではないのか。まさかっ……文化祭の準備を手伝えというのか?! いや、それは無いだろう、あってたまるか。そんな事になったら俺は体全体で拒否してやるぜ。アイアム ビジィ! 忙しいんだからな!
俺は深呼吸して和葉を見据える。何が来るか……体育祭の準備は全身全霊で断ったからまず来ないだろう。文化祭は拒否るから関係ない。あとは……学校行事あったっけか?
いや、学校行事とは限らないだろう俺。焦るな、またこの前みたいに護身術教えてっ! とかになるかも知れない……これは断る理由が無いからな……どうにかして切り抜けなければなるまい。
俺が黙々とどう切り抜けるかを思考中に和葉は質問を吹っかけて来た。は……はえぇよ……もちっと考えさせろよ……。
「大悟ってバイトしてるんでしょ? どんなバイト?」
なっ……! そっち系で来ましたかぁッ! しかもその質問は俺にして欲しくない質問ランキング第一位! あまりにも会心の一撃! あまりにもクリティカルな問い掛け! エクセレントなまでに的確に急所を捉えて捻り潰す! 俺の心はもうズタズタさ! 俺の精神はもうボロボロさ! さぁ、漢、大悟! どう切り抜ける?!
「……お前もバイトしてんだろ? お前はどうなんだよ」
「私はいいの、大悟のことだよ!」
逆小手返し、話を逸らす作戦は失敗に終った。ならば次の手段!
「そういや、そろそろ文化祭だな……」
「話題を変えるな」
……つまり、俺に死ねと言うことか? 流石に和葉に「俺は実は妖を退治してるんだ!」などと言えるはずも無い。ってか言ってもただのイタイ人呼ばわりだろう。
どーしろってんだよ!
はっ、キレちゃあ、いけないよなッ! 焦ったって何も生まれないんだ! 此処は熟考だ……それしかない、ってかそれしか出来ない! ただしあまりに時間を掛けすぎるのもダメだ。時間を調整しつつ……。
「……なんて言ったらいいのか解からん。とりあえず保留ってことにしといてくれねぇ?」
「教えてよぉ!」
其処まで喰い付いて来るとは思わなかったぜ、和葉。だが、マジでこれ以上言うことは出来ないんだよ……俺の気持ちも察してください。そして退け。此処は退け。
「教えてくれないと……」
和葉さん、手をわきわきさせないで。その動作から俺はある一つの行動が読み取れた。つまりは……俺をくすぐるのだ! 俺はくすぐられるのが嫌いだと解かっていての行為に違いない。まずい、逃げなければ……。
俺は急いで旋回し下へ向かって飛び降りる。着地の衝撃が少しばかり痛かったが気にしてはいられない。
「まてー!」
「誰が待つかッ!」
俺はありきたりな会話を済ませドアへとダッシュする。おりゃあぁあぁぁぁああ! ドアの前に着きノブに手を掛けた瞬間……!
「がっ?!」
ドアが開き俺の体に直撃! 特にドアノブが俺の鳩尾に入った。そしてドアの向こう側には女の子が!
「ご、ごめんなさい……」
咄嗟に謝ってくる女の子、反射的なものなのだろう。だが、今の俺はそんなことを聞いてられるほど余裕は無い。後ろからは和葉が迫ってくる。俺は悪いとは思っていながらも目の前の女の子をすり抜け階段を下る。一段飛ばして二段飛ばして一気に六段飛び! 着地の反動を横にずらして勢いを失くさずに動く。無駄な動きは一切出来ない……! 何故ならば追手を振り切らねばならんからだ! 流動。俺は風になる……俺は階段を全部駆け下りて一階に到着。
選択肢は三つだ。右の通路を抜けるか、左に抜けるか、外に出るか。腕時計を見ると昼休みはあと三十分は在る。此処は外に出て時間を潰すのが得策だろう。
俺は靴を履き替えて和葉に見つからないように素早く外へと出た。
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二
高校のすぐ傍にある広場の蒼色ベンチ。今俺は其処に座っている。
和葉からは逃げ切れたものの、これから二十分間は校舎内に這入れない。しかも十分休みと下校道でも多分同じことが言えるだろう。つまり、逃げなくてはならないという事だ。
「くそぉ……腹痛ぇ」
俺はドアノブが直撃した鳩尾をさする。まったくもって、無機物は手加減というものを知らない。もろ入った。はきそうな気分の悪さだ。
「それにしても……可愛かったな……」
多分上の学年だろう、上靴の色で確認が取れた(三年は藍、二年は緑、一年は赤)。童顔で中学生っぽい顔、真ん丸猫眼、蒼の瞳に蒼のハーフフレームの眼鏡。蒼がかった髪の毛、ショートに揃えていた髪。背は低かったなぁ。なんて名前だろか……蒼尽くしだから蒼子とかだったりしてね。一目惚れじゃないと思うが訊いてみたいとは思う。
もしかして……これが恋……?
「なわけねーよな」
いつものように戯言をほざくのは止めるか。さぁて、いつ和葉が来るやもしれん。此処はまた移動した方が良さげだな……。広場ではサッカーをしていた。いきなりボールが飛んでくる。
「のぁ?!」
咄嗟に右手を出してボールを掴み回避。あっぶねぇな! 気をつけろよ! わりぃわりぃと謝ってくる男子。見覚えがねぇなコイツ。まぁ、別に知り合いってわけでも無さそうだし無視っといても大丈夫か。
しっかし今の奴やっぱ印象に残るな……。珍しい眼の色してるからか? 金色の眼というのは滅多に見ないしな。此処日本では。其処まで考えて俺は少し急ぎ足。なんとなく和葉に追いかけられてる気がするからだ。
「勘弁して欲しいぜ……」
気がつけばもう、昼休み終了十分前。それほど逃げに徹していたのか……。くそっ! 和葉があんなこと訊かなければ俺は、昼休みを謳歌出来てたんだぁ! 俺の昼休みを返せェェェェェェ!
「あ、あの……」
うわぁっ? な、なんだぁ? 後ろからの声にびっくりして振り返れば其処には俺の鳩尾にドアノブをぶち込んでくれた女の子が! 間近で見ればすごい美形だ、いや美人だ。う〜ん、可憐というより清楚って感じかな? 和葉とは対極を為す存在として重宝されるキャラに違いない! 重要人物であればの話だが。
「だ、大丈夫ですか……? えっとさっき、ドアにぶつかってたから」
「あ、ああ……全然大丈夫。頑丈だけが取り得だから」
嘘だ。本当は痛いです。でもこんなに心配顔で真剣になって俺のことを考えてくれる人には滅多に出会えるものではない。つまりぃっ! 此処は何かしら相手を気遣う心が必要なのだッ! 熱く語る俺。心の中で語るもの程虚しいものはない。
「で、なんで俺の居場所が解かったわけ?」
馴れ馴れしい俺に対して女の子は嫌な顔一つしない。いい子だな。くいっ、と指を横に突き出しその方向へ視線を遣る女の子。つられて俺も同じ行動を。…………男の集団?
「あの人達に、訊きました」
おっとりとしておしとやかな声。俺はその声にくらくらさ。でもな……かなり視線を感じるんだよこれが。ちくちくと刺さってくるんだよこれが。この女の子には悪気は無いんだろう。周りからの男子の目線が痛いんだよこれが。うぁー、この女の子って滅茶苦茶モテてるんだなー! などと確信中。
「ああ、もし良かったら名前でも教えてくれない?」
さっきから訊きたかった質問。
「紅阪神海(あかさかこうみ)と、申します」
……紅阪……? あかさかって……まさか!
「あ、紅阪グループの人かな……?」
「はい、紅阪グループの会長を、父に持っています」
な、ナニィィィィィィ?! 紅阪グループと言えばその名の通り世界に羽ばたく航空企業! 日本に根を持ち世界に勢力を広げていき二年前にとうとう、ジャルなどを追い越してダントツ一位となったあの企業?!
紅阪の飛行機は安全性に優れており安い価格で世界を横断したりしなかったり出来るという有名かつ有名かつ有名! 日本の世界に誇るモーストファモラスだ!
俺は今そんな人と会話しているのかッ?! な、なんて分不相応な……! 無礼だ、あまりにも無礼すぎるぞ、俺! 俺のような一般人が安直に会話して良い人ではないのだ! いや、それはただの俺の偏見かもしれないが。
緊張感が増す。こんな上級階級の人と話せるなんて滅多無いことだぜ。わざとらしく腕時計を見てみた。十分前。
「え〜っと……そろそろ戻らなきゃいけないから……では」
「あ、あの……」
なんだ? 俺は振り返って立ち止まる。なんだろう……。
「良かったら名前……教えてく、くれませんか……?」
そういやそうだ、俺は名前を言ってなかったな。相手の名前だけ訊いて俺の名前を言わないというのは無礼だ。礼儀知らずだ。此処は答えて置かなくてはならないはずだ。しっかし……未だに信じられないよな。マジで。紅阪グループのご令嬢様がこんな学園にいるとは思いませんでしたぜ。もっとお嬢様学校へと道を歩んでいるものだと思ったが。違う違う! そんなことはどうでも良くて! 今は目の前の質問に答えなければ!
「あー、黒岸大悟と申します。以後お見知りおきを」
俺はそう言い残して素早く高校校舎の方へと脚を進める。素早く、そして気配を隠しながら、だ。和葉に見つかるかもしれないからな……てかずっと捜していたのならば良い根性してるよ。頼むから捜さないでくれよ……! 祈り、思い。正に神様に向けられた言葉、神なんてこれっぽっちも信じていない俺。罪深いものを感じてしまった。何故だ!
「大悟さん……かぁ……」
俺は走りながらにかすかに聞こえた台詞を脳内で反復して反芻して。……耳が良いのも困り者だな、あの台詞はどんな意味を秘められているのかは知らないが、やはり気になってしまうじゃないか!
チィ、と舌打ちして俺はさらに速度を上げた。今の俺は一陣の風、遮るものなど何も無いはず……!
靴箱、階段、そして教室前の廊下。全ての難関を潜り抜けて俺は今、教室の扉の前にいる! 此処までくれば和葉も流石に追ってこまい! 俺は勝利の確信を胸に抱き、いざ這入らん!
がらり。
「待ってたわよ……!」
目の前にはポニーテール。鬼のような形相をした女。悪魔のような微笑みを魅せる和葉の姿が! なんでこんなところにぃぃぃぃぃ! 俺は咄嗟にバックステップ、はんば反射的にそれを行った。
呼吸。呼吸しろ! 焦って息する事すらも忘れるほどの驚き、威圧感。自然と肩で息をしてしまう、いや、肩で息をしなければ間に合わない、窒息死する! 背中に何かが当たった。……壁?! じりじりと間合いを詰める和葉。このままでは……くすぐられる&絞られる!
やられてたまるか……くそ……こうなれば……! 俺の頭の中にある一文が構成された。『殺られる前に殺れ!』
「悪い、和葉! 少しの間眠っててくれ!」
「えっ、きゃっ?!」
俺は和葉の左腕を捕り引き寄せる。俺の右手はパーの状態。それを腹に向かって押し当てて右足を踏み込み――!
「はっ!」
内部へと圧力を掛ける。針圧! 正に針の先に圧力を掛けるように、一点集中!
ばさり、と俺の体に倒れ伏す和葉。
大丈夫だ……手加減はした。本来ならば内臓破裂ぐらいは覚悟していないといけないのだが、多分気絶程度で済んだと思う。ってか済んだと思わせて欲しい。
……周りにあまり人が居ないのは助かった。チャイムが鳴る五分前だからか。あぶねぇあぶねぇ。
「あー……しまった、この後どうするか考えてなかった」
取り敢えず俺は和葉を抱きかかえて保健室へと向かうのだった。誤解されないよう慎重に身を隠しながら、だが。
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和葉を保健室のベッドに寝かして五時間目。俺も寝入る。だってさー、理科だよ? 俺の得意分野なんて寝るに決まってんだろ! 化学とか物理とかなら寝ないけどな、生物とか暇なんだよォ! っていかんいかん私情丸出しじゃねぇか。じゃあ、寝ちゃったし六時間目行くか! 説明などいらんだろ! さぁさぁ、行くぜッ?!
「くっそだりぃ」
俺はただ今教室移動の真っ最中。体には剣道の防具、肩には竹刀を背負っている。そう、六時間目は体育。合気道と剣道の二種類から選択する授業だ。まぁ、得意分野で単位を稼ごうということで剣道を選択したが、これが……皆が弱すぎて話にならないのだよ全く。
「いや、それはお前が強すぎるだけな」
黙れ桜井蹴飛ばすぞ。因みに田渕は合気道を選んでいる。奴の実家が合気柔術をやっているのだ。つまり、強い。合気道というものは相手の力を受け流しその力を使って自分の腕力など関係無く吹き飛ばせるという非力な人にも出来る武術である。田渕の場合それに柔術が加わっていると思ってもらえればいい。
「桜井はなんでこっちを選んだんだっけか」
「合気道がダサいと思ったからだよ」
俺は話題が無かったので何気ないことを訊いてみたら。これだ、調子乗りすぎ。
「ダサいとか思ってるお前もダサいよ桜井。その髪の色は誰を真似したんだ?」
「テメェにはわかんねぇよ」
解かりたくも無い。今でも疑問に思うのはコイツの髪の色は学校という環境に相応しくないのではないか。今俺が此処で制裁を加えても良いくらいだ。コイツは弱いからな。
っとぉ、着いた着いた! 高校校舎から歩いて一、二分の所に在る格技場。これがまた広い。一階は柔道&空手。二階は剣道。三階は合気道と分かれている。
軽く一階ごとに三百人は宴会が出来るからこれがすごい。学園とかの宴会は此処でやってるらしい。俺も入りたいんだが。酒を飲ませろォォォ! 失礼、取り乱した。
「さて、行くかぁ? 桜井」
「おうよ!」
俺達は意気込んで二階を目指す。
広間。マジで広い。広すぎる。しかし実際はこの半分しか使わないというのが勿体無い感じがしてならない。半分で宴会を! などと思うのは俺だけで良い。
楢観好(ならみよし)先生が正座で座っていた。流石に威厳があるな……。
「黒岸か……」
「ご無沙汰です」
「剣道部に入らんか?!」
ぜってぇやだ! コイツいっつもこれだよ! 俺と会うたびに入らんか入らんかってテメェはオウムくぁ!? いい加減にしてくれよ、こちとらクラブとかは嫌いなんだよ! じゃあ何故紅茶愛好会にはいってるのかって?! 紅茶が好きだからに決まってんだろ! 紅茶好きの奴に悪い奴はいねぇんだよッ!
論点がずれた、修正しようか。
「丁重にお断りさせて頂きます……ってかいい加減にしてください訴えますよ」
訴えれるもんならな。軽く笑って応じた楢。剣道の実力はかなりのモンなんだけどなぁ。二刀一決! とか。授業開始のチャイムが鳴る。総勢十五名の男子生徒達が血みどろの戦いを繰り広げる! ……わきゃない。
準備運動から始まった授業。こきこき、と俺の骨が鳴る。
「すりあーし! はい、めぇーんめぇーん!」
言われた通りに実行する。めぇーんめぇーん! こてぇ! 次、実践訓練! 竹刀と竹刀が弾き合う音が響く。俺の相手は見知らぬ男子生徒となった。
「手加減はしてやるって、硬くなるなよ」
一礼。そして、竹刀の先端をお互いに合わせてはじめッ!
「めぇぇぇぇぇん!」
と開始と同時に飛び込んできた相手、俺はそれを横へと弾き胴をかます! ……決まってしまった。ちょ、ちょっとまってよ。速すぎるって……。次の相手を探す。
勝負が終ったら次の相手を探して戦うのがこの授業でのルールだからだ。お、居た居た! 俺は近づいて
「やろうぜ」
と話しかける。快く頷いて俺と対峙する相手。目線はギラリと鋭く相手を見据えるこの眼は本物だろう。
……出来るなコイツ。剣道部所属かな? だとしたら良い逸材持ってんじゃねぇの剣道部は。などとふざけている間に開始の一礼を相手がしてきたのでこちらも返す。
竹刀の先端をお互いに合わせて――!
先手を取ってきたのは相手、狙いは甲手らしく俺の右手を狙ってきた。軽く後ろに下がりそれを躱して反撃。軽くいなされて両者共に間合いを測る。ふぅ……相手は動かない。俺を待っているようだ。ならばコッチから攻めてみるか?
「疾ッ!」
素早く間合いを詰めて受ける面積の少ない突きを狙う。出来うる限りに速く! 相手はギリギリで首を横に傾げ躱した。中々良い反応速度だ……。こりゃあ、面白ぇな。ならば……これならどうだ。
俺は竹刀を振り上げて渾身の力を込めて振り下ろす。当然のことながら相手もこれを避けんとガードしてくる。かかったな……! 俺は手首を返して相手の左側面をなぞる様に振り下ろし――胴を狙って薙ぎ払う。
「どぉぉぉおぉ!」
わぉ、バックステップで避けるとかかなりの反応速度じゃねぇの。見るところ相手は本気で来ているようだ。ならば……こちらも本気を出さねば無礼というものだろう。
「どーだ! 黒岸よ、我が剣道部エース紅阪を倒せるかぁ?!」
などとほざくおっさんを発見。嫌でも耳に飛び込んできた言葉が俺をさらに好奇心旺盛にさせてくれるぜ……! 『剣道部エース』こりゃ、今年の剣道部は強くなりそうじゃねぇの!
クックック……楽しめそうだぜ!
「準備運動は……これくらいにしようぜ紅阪君よォ! 本気で行くぜ!」
うずうずとし始めていた脚に喝をいれて一気に加速。相手の目の前まで来て竹刀を最小限の動きで振り下ろす。パン、と小気味良い音を奏でて竹刀が竹刀を弾く。まだまだ……!
三連打。全て面を狙っている訳ではない。胴と甲手もいれて三連打だ。かろうじて、といった感じもあるが全てを弾き返してカウンターに胴をしてきた。……違う、狙いは甲手か?! 俺の読みは当たったらしく直前で軌道を変えて俺の左甲手を狙ってくる。だがそれを読んでいた俺は手首を軽く返して竹刀を横から弾く。俺は後ろに退いて間合いを広げる。ふぅ、と息を吐いて相手を待ち構える。追い討ちを掛けるように相手が突っ込んできた!
かかったッ! 俺も突っ込んで一気に間合いを縮める。そして――
「めぇぇぇぇぇぇん!!」
――――……パーーーーンッ!
正に刹那だった。勝負は一瞬で決まった。勝者、俺。この事実は変わらない。久々に燃えた相手であった。敬意を表しよう!
「やはり、お前はわしの見込んだ男! 剣道部に来い!」
ざけんな! 俺が折角人を褒めているところなんだ! 滅多に無いところなんだぜ! もうちょっと盛り上げろよ!
よく見ると負けた格好のままで震えている相手。お、おい……そう気に病むなよ。……ん? これは落ち込んでる雰囲気ではないな……ってことは!?
「す……すごい強かった……! 僕に剣道を教えてください!」
防具をとって俺の手を握ってきた。
俺の第一印象は『強い奴』から『変態野郎』へと二秒で変わった。脳内思考が遁走を始める。逃げろ。逃げろ逃げろ! 本能が語るままに俺は剣道場の端から端まで横断して逃げる! ヤバイ奴と関わっちまったもんだぜ……!
「くそがっ……なんでこうなるんだよォ!」
剣道場に、俺の声が、谺した。
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「ぎゃはははっ! お前おもしれーな!」
バキィ!
「お前……変態だったのか」
ドガッ!
帰り道、近づく雑魚どもを蹴散らしながら桜井と田渕と俺との三人で橋を渡っていた。俺はあのあとクラスの男子達に馬鹿にされ、あだ名が変人になりつつある。そうならない為にもクラスメート達に解からせなくてはいけない。この我が拳をもって。誤解されたままでは嫌なので家に帰ったら思索を巡らせなくては……。
――紅阪豊(ゆたか)と言います! 剣道部所属二年二組です! どうぞよろしく! 時々剣道部に遊びに来てくださいってか僕に剣道を教えてください!――
あの後の自己紹介イベントで俺の頭は正常を取り戻し、コイツも紅阪グループの子孫だと知った。今日一日で紅阪グループと妙な縁を持ち合わせてしまったに違いないと俺は踏んでいる。全く、ろくなこっちゃねぇ。いや……それほど悪くは無い……? ふむ、大企業を味方に回しておくと良いことがあるかもだな。良しとしとこう。
「剣道するやつって変な奴居んのなー」
「それはお前の偏見だ桜井」
俺は桜井に突っ込みをいれつつ田渕とも会話をする。
「紅阪グループってアレだよな。有名な航空会社だよな。なんで俺達の学園に来てんだ? もっと上流階級の学校とかがあるだろうに……」
「知るかよ」
ははっ、と笑って応える俺。それにしても……いやいや、今日は疲れた。家に帰って紅茶でも飲むのが一番だね。今日の仕事はほどほどにしといた方が良さそうだ……。
帯白さんも居ないし、ゆったりとまったりと行かせてもらおうじゃないか。
おっと……早いもんだな、俺は此処でお別れか。
「じゃあな、俺コッチだから」
じゃあなー、と桜井が手を振る。……ん、どうした田渕なんか用か? 俺のほうに向かってきた田渕。なんなのだろうか。
「気をつけろよ。……俺の感は当たるぜ?」
…………。
不安にさせるなよ。俺は苦笑して応える。だが、田渕の顔は真剣そのものだった。
「解かったよ。気をつける」
俺は取り敢えずそう応えておいた。なんだか、真剣になりすぎだよ田渕。そんな悪いことはそうそう起こるもんじゃないし。あと俺には昨日母さんに置いておいたプリンを食べられたという不幸があった。つまり今日は何かしらの良い事があるはずだ。釣り合いが取れるように設定されているのだよ世界は。
などといつもと同じように、そんな戯言を呟きながら空を仰いだ。
いつものように紅く染まって茜色。陽の射し方が低く俺の影が長く伸びる。ただ今五時半。黄昏時。多分黄昏時だ。合っている筈……。
……にしても、やっぱりこの路地は人通りが少ないな。それがいつもにも増して周りの木々の枝擦れの音が哀愁を漂わせている。
「季節が〜わり〜の、かぜ〜がふ〜く……」
お気に入りの歌手グループの歌を口ずさむ。BGMが俺の脳内に流れて安らぎの時を与える。
その時だった。
俺の目の前の地面に穴が開く。否、地面が穿たれた。音は無い。周りを見回す。人影も無い。
「……何処から……」
ゴッ
今度は音が在った。音がした方向、後ろを振り向く。そこには一回り大きな穴。よくよく、見てみればそれを開けていたのは氷の塊らしきもの。
「……妖……!?」
気付いた時にはもう遅い。爆音に似た轟音が俺のすぐそばで鳴り響き、俺は走り出す。そうすると俺について来るように、轟音は俺の後ろでけたたましく鳴り響く。
ざっけんじゃねぇぞ……こんな、まだ夕方で明るい時に襲ってくるなんて……ふざけるなふざけるなふざけるな!
「なんでだ……こんな明るい時から戦闘をおっぱじめれば、アッチだって都合が悪いはずなのに……!」
走りながらも思考する俺の頭。こういうときにも冷静に対処できるのは便利というのだろうか。ってか、田渕の嫌な予感てのはこういうことか……。しかし、この程度の嫌な予感ならば。
「慣れたもんだぜ……田渕」
俺は目の前に手を翳す。
「来いィッ!」
ずるり、と俺の目の前、あらぬところから出て来た≪八咫烏≫を手に取り俺は一振りする。よし、これで準備万端のはず……。俺は目の前を切り裂いて空間に狭間を創る。勿論この程度で振り切れるとは思っていない。俺の目的は他のところだ。
さて……鬼が出るか蛇が出るか……。
でもさ、鬼と蛇って比べるまでも無く鬼の方が怖いよな。絶対怖いよな。せめて鬼が出るか龍が出るかぐらいにしといてくれればどっちも怖いし諺の威厳が出ると思うんだよね俺は。
まだまだ、俺の頭は余裕らしい。自分で褒めてやりたいぐらいな阿保さ加減だ。
俺は空間を通り過ぎて川原に出る。此処が俺の目的地。人目を気にせずに戦り合える場所。多分本気で戦っても大丈夫だとは思うけど……。本気にならないほうが良いって言われてるしなァ。危ないからって。
それは何故か、俺が未熟だからである。多分。まぁ、この説明も後々していくとしよう……?
……お客さんが来たようだ。
「初めまして……黒岸大悟さん。私は≪氷獣≫フェンリルと申します。以後お見知りおきを……」
俺の後ろに存在したその男……否、妖は紳士的な態度で俺に自己紹介した。俺は振り向く。其処には二十代前半であろうと思われる風貌、髪は長く腰まで届き、目付きは柔らかく、穏やか。体格はほっそりとしていて、しかし貧弱という要素は全く無く、しなやかといったほうがいいだろう。妖か……? いや、人間か? 解からんな、異形の人間とも言えるし。ってか妖の雰囲気しないし。こう……びしびしくる何かが無い。何なんだろうか。取り敢えず確認作業でもしてみるか。
「随分と礼儀正しいんだな。妖さんよぉ」
俺の言葉に目を細めて反応し、反論してきた≪氷獣≫とやら。
「いやいや、私は妖ではありませんよ。貴方達と敵対する組織ですが……ね……」
初耳なのだが。ちょとまて、俺の頭が混乱してきたぞ。
まぁ、取り敢えず……敵ってことか。
俺達と敵対するってことは、つまり妖側にいると考えて良いわけだ。多分。ならば、遠慮はいらない。手加減無用の容赦無し。情けも不要で、同情の余地など全く無し。
戦闘は免れないね。じゃ、戦闘前恒例の会話と往こうか。
「さて……その敵対組織とやらが俺に何の用かな?」
「いえいえ……解かっていることでしょう?」
始末。消去。滅殺。殲滅。討伐。……あとなんか連想する言葉あったっけか?
まぁ、いい。
ならば。
「ふーん、じゃあ、も一、二個質問。お前等の目的と、敵対する訳を」
にっこりと笑う。
「教えるとでも?」
当たり前か。いくらなんでも情報提供に来てくれたわけではないのだからな。しかし≪氷獣≫は思い出したという風に手を叩き、俺に喋りかけてきた。
「ああ、そういえばですね。君は私を此処に誘き寄せたとでも思っているのでしょうが……残念ながら、私が、君を此処に連れてきたのですよ」
「はぁ?」
俺が素っ頓狂な声を上げると同時に周りが蒼く光る。
この光は……結界か……! 機械が動くような音がして周りに見えない壁のようなものが創られたらしい。関係ないが。
この程度、俺が突破できないとでも思っているのだろうか。≪八咫烏≫の能力ならばこの程度……。
俺は刀を振る。空気を切り裂く音がした。
…………。
「あら……?」
空気を斬れても空間が斬れない。も一回振る。ひゅん。空気が斬れるだけで、空間に狭間は出来ない。も一回。ひゅん。更に追加で。……切り裂けねぇよ……。
「無駄ですよ。此処は私の≪領域≫です。貴方の≪能力(ルール)≫は適用されません」
……つまり、俺の能力は使えないってことか。一気に俺のヤル気が失せた。クールダウン。クールビズ。二死満塁でサヨナラホームラン、みたいな。いや、それだと熱く燃え上がるな、気持ちが。
訳がわからん、自分で考えていてよくこうなるものだ。
「んー、もういいや。じゃ、始めようぜ」
俺は眼を猫のように細め睨み、手に持った≪八咫烏≫を構えなおす。
「では……参ります」
≪氷獣≫はにっこりと笑って応え、手から氷で出来たと思われる刃を出して、握った。
刃と刃が交わる音が、谺した。
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三
戦闘を始めてから十分ほど経ったか……。今のところはお互いに実力を測り合っているところ、そしてお互いの準備運動を兼ねた戦闘だろう。俺もそのことは重々承知のうえだし、≪氷獣≫とやらもその位は解かっていることだろう。俺は≪八咫烏≫を鞘に収める。勿論勝負を諦めたわけではない。これが俺のスタイルだ。あんま使わんけど。
「さて……んじゃ、こっから本気で行くぜぃ……!」
俺は屈んで構える。≪氷獣≫も察したようで身構えた。
……行くぜぇ……。
「それではこちらも本気で行かせて貰いますよ……」
≪氷獣≫は手を前に翳し、周りに力を集中させる動作をした。すると周りの水分が凝固したのか、氷の塊が次々と創られていく。……おいおい、そんなことまで出来るのかよ。便利な能力も在ったものだ。こちらは空間を切り裂くしか出来ないというのに……。いや、使い方が悪いだけか。
などと考えている暇も少ししかない。氷が集中して、槍のような形になっている。……俺を貫こうってか?
「……では」
予感的中!
空気を切り裂く音が大気に満ち、猛スピードで俺に迫り来る氷槍。
「くっそが……」
俺は刀を鞘に収めたまま平行移動。俺の居た場所に氷が突き刺さる。こんなの喰らったらひとたまりも無い。冷や汗が俺の頬を伝う。なんかもう、極限状態過ぎて笑えて来た。多分、今俺の顔はにやけているはずだ。あはははははははははははは、ってなんかのホラァ映画か! 実際にホラァ映画のワンシーンでこれを使われていたことは見たことは無いが。
「よっ……と」
俺は地面に落ちていた石を拾い上げて、投擲。松坂級の速度で投げたよ。当たり前だ。ってか松坂古いっていうな。素晴らしき投手を育んだ北海道の大地を思い知れ。
結局石は氷に相殺されてしまった。大方予想通りだが。
「んじゃ、これならどうだ」
俺は脚に力を集中させて一気に移動。一瞬で≪氷獣≫の目の前に出る。手加減はしない、一気に決める! 俺は刀を引き抜いて――振り薙いだ。剣閃が横一文字に煌く。
≪氷獣≫の体が真っ二つに割れる。しかし。
「手応えが……」
無い。つまりこれはダミーか。
思ったとおりに俺が切り裂いた≪氷獣≫の紛い物は氷の塊となって砕ける。
……やばっ。俺は後ろへと遠退いた。俺の予想が当たっているのならば……氷が襲ってくるはずなのだが。いや、まさか、その裏を掻かれたか……。
「ちぃっ……」
横っ飛び。そして俺の立っていた場所に、大きな氷の槍が突き刺さる。あっぶねぇ……。ふむ、俺の読みの鋭さも舐めたものではないな、などと自画自賛しつつも俺は横っ飛びを続ける。
「やられましたよ……瞬動が出来るなんてね。いや、それにも増して読みの鋭さが素晴らしい」
気付けば俺の後ろ、十mほど先に≪氷獣≫が居た。
「へぇ、お前も縮地出来んのかよ……驚いたぜ」
俺は振り向いてすまし顔。上手く作れているだろうか、此処は相手を怯ませれるところなのだが……。
そう上手くはいかんか。やはり、上手く作れていないようだ。≪氷獣≫の笑い方でそれが解かった。
とんとん、と俺は地面を蹴る。あー、くそ……。状況分析でもしてみるか。いや、力量計測かな。そんなことはどうでもいいか。しっかし、≪氷獣≫の氷の弾丸はキツイな……あれで大分削られる。間合いはかなり広いと考えていいだろうと思う。それに比べてこちらは貧相だな。刀が一本。終了。まぁ、何とかなるだろう。破邪法師には術とかがあるのだよ、君達。
俺は右手を熊手の形にして、力を収斂させる。
「爆炎と共に舞い上がれ……」
刹那で≪氷獣≫の懐に潜り込み、
もう、一刹那で手を腹に当てる。
そして――
「――封爆華(ほうばくか)!」
俺の右手と、相手の体が、爆ぜる。
俺は反動で後ろに下がって、相手は反動で吹き飛んだ。
……手応えはあった。無傷じゃないだろう。だが、またさっきみたいにリカバリーされたらな……。
先程の爆煙が≪氷獣≫の姿を見えなくしている。
「やりすぎた。いや、でもアレ位しないとなー。まぁ、傷付いて無い訳は無いだろうけど」
煙が晴れる。その向こう側には胸が焼け焦げている≪氷獣≫の姿が。やはり無傷ではなかったらしい。まぁ、リカバリーされたら元も子も無いのだが。俺は刀を握り直し、居合いの構えを取る。
「はっ!」
抜き放って一閃。この間合いでは届かないと思うのが普通だが――俺の太刀は間合いなど関係無い。
――抜刀、燕閃牙(えんせんが)。簡単に言うと遠くの相手を斬る技だ。あまり、関係ない話題もしていられないので抜刀術の話も後回しだ。今はコイツとの決着をつけねばならんからな。
只ならぬ気配を察知したのか、≪氷獣≫はジャンプして避けた。
「くぅ……やりますね……ならばっ!」
パキパキと、俺の上空が凍りだした。……ぜってぇいてぇぞこれは。冗談じゃねぇ、喰らってたまるかッ!
俺は刀を鞘に収める。打ち破れぇぇっ!
「――燕閃牙ァ!」
俺の放った剣閃は確かに氷を切り裂き、貫いた。だが、また直ぐに音を立てて修復される。……効果無し。次なる策を探すしかない。時間はあまり無いが。
ああ、もう。俺の楽観主義頭も流石に今の状況ではふざけれないようだ。しょうがない、逃げれるところまで逃げるしか――。
「逃しませんよ」
がっちり、と俺の脚が固定されて動かない。
あちゃー。忘れてたよ。こいつ氷を操れるんだっけ。気付かないうちに脚を固定されてたとは。逃げられんな、こりゃ。さて、どうするか……。どうせ、術とか使って逃げてもまたやられるに決まってる。脱出は不可能、か。しかし、潔く死ぬって訳にもいくまい。ってか逝きたくない。
おっと、良い手があるじゃん。俺は思考を一時中断してその方法に全てを託す。多分いけると思うけど……。俺は≪八咫烏≫を空中にぶん投げて、氷の塊に突き刺した。
「何を……悪足掻きですか、みっともない」
嘲るような笑みでこちらを睨む≪氷獣≫。俺はそれに軽く応える。
「なんとでも」
俺の笑いにどのような意味が込められているのかは≪氷獣≫は知る由も無いだろう。ってか知られてたまるか。
「では、もうお別れですね。堕ちろ――」
創られた氷の塊。俺の頭上に落ちてくる。そんなことはどうでもいい。精神を集中させなければ……。
「んじゃ、いってみますか――」
直後、空間が戦慄した。
「焔蛇刀(えんじゃとう)――食い尽くせ!」
その言葉を合図に、氷の塊に突き刺さっていた≪八咫烏≫は焔を纏った。辺り一面を照らし出す太陽のように、焔を纏って、氷を砕く。
いや、砕いたのではなくて溶かしたのかな? などとふざけれる俺は通常の思考に戻ったようだ。全く、この術のことを忘れるなんて、なんて馬鹿で浅はかなんだろうと自分でも思う。
跳躍して焔が消えた刀を取り、振り薙いで牽制。
「そんな術があったんですか……」
悪いね、と俺は呟いて刃を向ける。≪氷獣≫も手から出した刃で応戦してきた。火花が散る。辺りは既に暗い。飛び散る火花が互いの顔を一瞬だけ照らす。じりじり、と刀が詰め寄る。やはり、力では相手のほうに分があるようだ。このままでは押し負ける……!
俺は左手を離してパーの形を作る。
「ちぃっ!」
感づいたか、≪氷獣≫は刃を大きく振って俺を吹き飛ばす。だがもう、遅い。
「砲閃火!」
左手から放たれた閃光は一直線に≪氷獣≫へと向かう。いける! そう思った直後に音が鳴って閃光が消える。……ちっ、氷の盾で焔を打ち消すとは……。やはり、実力差は五分五分だろうと思う。着地した俺は戦術を練りながら走る。何故か空中に浮いている≪氷獣≫から狙われないように、だ。見てみれば氷の槍がまた生成されている。あれで俺を貫く気なのか……。だが、先程のように、避けたり、弾き返したりするだけだ!
次々と地面に突き刺さっていく氷。円を書くように回る俺。刃を地面に突き立ててがりがり、と陣を描いているのだ。気付かれないように、まぁ、なんとかなるだろう。
「どうしたのですか? 急に大人しくなりましたね」
語りかけてくる≪氷獣≫。
「はん、いやなに。敵わないと思ったから逃げてるだけさ」
真っ赤な嘘。こんな嘘にも引っかかるような馬鹿ならばもう、なんか、戦る気すら起こさせないよな。
がりかりがりかり。
もう少しで陣が出来る。感づかれて無ければいいのだが……。あとは運任せだな。俺は一気に疾走する。地面を削る音がより一層大きくなったが気にしない。此処までくれば、多分大丈夫だ。がちん。金属質の音が鳴る。陣の完成の合図。上手く出来ているかなど考えている暇は無い。此処は山奥での修行場じゃないし。田舎の帯白さん家でも無いのだ。あそこだったら公に出来るんだけどなぁ……。まだまだ、俺の頭は余裕である。この殺るか殺られるかの状況の中でこんなことが考えられる奴はそうは居ない。自分で思って自分で苦笑する。
俺は≪八咫烏≫を地面に突き立て、跳躍する。
一瞬で≪氷獣≫の背後を取り、思い切り蹴飛ばした。
「なっ……」
防御はしたものの反動さえは押さえ切れないのか、地面に向かって落下、否、降下? いや、飛行といったほうが良いか。流石に地に這い蹲る愚行はしない。空中で受身を取って見事に着地する。だが、やはり反動は抑え切れていない!
「かかったァッ!」
俺はぱん、と手を叩きそのまま印を結ぶ。≪詠唱短縮(ファステスト)≫! ばっ、と手を地に翳し、叫ぶ。
「煉獄より来りて、灼熱と為さん! ――獄焔殺陣・烈破ァ!(ごくえんさつじん・れっぱ)」
描いた陣が光る。凍結の蒼ではない、灼熱の紅の光。
直後。
これでもか、というほどの焔があがる。キャンプファイヤーの比ではない。全てを燃やし尽くす業火。全てを浄化する劫火。匹敵するモノはこの世には存在し得ない……はず!
勝負は決まったか……? いや、これほどやっても倒れない相手だとは既に解かっているだろう? 俺。油断はするな。過信慢心すべてを捨てろ!
――その時、蒼い閃光が奔った。
「≪氷獣咆哮≫……バニシングイート!」
ぱきぱき、と凍る焔。その様は正に氷獣が暴食するが如し! やっぱ、一筋縄じゃいかねぇか……。氷の中から出て来る≪氷獣≫。流石に無傷ではない。体は焼け焦がれ、ボロボロだ。はぁっ、はぁっ、と荒い息遣いまで聞こえてくる。
……勝負は最終局面らしいな。ならば……本気でいくしかねぇ! 今までも本気だったけど、もっともっとだ! ……何をする気だ……? ≪氷獣≫は自らの胸に手を当てている。しかも、其処の傷がだんだんと治っていっているではないか!
「≪自己修復(リカバリー)≫……? いや、≪完全治癒(リザレクト)≫か!」
こんな所で高級な法術が見れるとは思わなかったぜ……。でも、確か、自分の傷は完全に回復するけど精神面ではかなり削られるって聞いた事がある。つまり、上手く術が発動できなくなったり、動けなくなったりする、情緒不安定ってな感じになるらしい。回復役が居るのならば未だしも、一人でそれをやるのは諸刃の剣に等しい行為だ。まさか、退散するつもりか……? 流石に精神を全て磨り減らす訳ではないだろうからなぁ……。
どちらにしろ、多分次の一撃が、ラストチャンスだ。
ししょー、『アレ』を使いますよ……勘弁してくれよな!
一撃で決めたいところだから、仕方ないんだから……!
俺は覚悟を決める。
チン、と刃を鞘に収めて構える。
戯曲は終りにしよう。
此処からは、終極へと移行しようじゃ、ないか。
「なぁ、≪氷獣≫……フェンリルさんよォ……」
誰にも聞こえないように呟く。
俺は、覚悟を決めた。
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――――大悟。お前に黒岸の血統……焔術の極意を今から教えることになる。お前に……十三歳のお前に、この術を習得させる冪(べき)ではないのだがな……。しかし、お前は黒岸家が始まって以来、三人目の天才だ。天賦の才を持っている。故に、今此処で、この術を習得させる。おまえに、その覚悟は……在るか?
道場、その一角に袴姿の俺が正座をしている。その目の前に立っているのは俺の父さんだ。……二年前に死んでしまったはずの、父さんの姿が在った。
ああ、これは過去の事なんだな。俺が十三歳の時に、秘術を教えてもらった時をなんで思い出しているんだろう。……俺にはまだ未練があるのだろうか。いや、断ち切ったはずだ。『アレ』は確かに三年前に失敗してしまった。父さんを焼け焦がし、右手を使えなくしてしまった。……その後から使うことは無くなったが……。全く、全然未練たらたらじゃ、ないか。俺は。未だに恐怖しているのか? あの時のように、惨事を招くのは嫌だから。恐怖しているのだろうか……。
――――ならば、ついて来い……。
動き出す父さん。俺も後に習ってついて行く。俺の右手には体格に比べてかなり大振りな刀が握られている。……妖刀≪八咫烏≫……。
「僕は……僕のために歩くんだ……」
俯いて、呟いて、決意して、ついて行く。淡々とした緑色が横を通り過ぎていく。床は漆を塗られていて焦げ茶色の木が美しく光る。静かだ。近くの山々の万緑はゆらゆらと風に揺られていて、何処か幻想的。蝉の声だけが、ミンミンと騒ぎ立てる。俺は父さんの後を黙々とついて行った。
――――此処ならば大丈夫だろう。では、教える……。黒岸家の極意を。
父さんは振り向いて語りかける。此処は道場の裏の山の川沿い。確かに此処ならば焔術が暴発しても、父さんの水術でなんとかなるだろう。……山火事とかにはならないよね……。
「では……いきます……」
――勇を持てして刃と為して
――義を持てして鞘と収めん
――我が斬るは悪の存在(こころ)
――我が守るは正なる意志
――救うためには何も求めず
――守るためには何も恐れず
――闇に紛れて光と為せ
――是即ち
――刃の極意也
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時刻は既に六時を回っただろう。もう季節的にも冬のため周りは既に漆黒の闇に包まれている。川原。佇む影が二つ。俺と、≪氷獣≫だ。冷たい風が吹きさらす。寒い。ふぅ、と俺は冷たい、突き刺すような冬の空気を肺一杯に吸い込んだ。全く、昔のことを今思い出すとは俺も余裕だな。
……かれこれ五分間、俺も相手も動きは無し。この勝負は先に動いた方の負け、ってな感じがする。つまり……長期戦だ。≪氷獣≫も逃げたいのはやまやまなのだろうけど、動いた瞬間に真っ二つとなるのは目に見えているのだろう。
……………………。
動く気配無し。仕方が無い……。こちらから仕掛ける!
「……黒岸流抜刀術……秘術……」
ぽつり、と確かめるようにして呟いた言葉。≪氷獣≫の耳に届いたらしく、右手を突き出してきた。多分、先程出したバニシングイートとやらを出すみたいだ。……抹消喰らい、ねぇ。物騒だ。
勝負は一瞬。
刹那で終る。
それでは――。
「――――四神四鏡(ししんしきょう)朱雀!!」
「≪氷獣咆哮≫バニシングイートッ!!」
蒼の閃光と紅の螺旋が、交じり合い、爆ぜる。
決着。
「何故……」
下半身が無くなった、いや、灰燼になり消え去った≪氷獣≫が問うてくる。
「信念の……強さだろ……」
俺は答える。既に左腕は使い物にならなくなっている。凍傷などではすまないだろう。まともに動くかどうかさえも不安だ。
「じゃあな、≪氷獣≫……フェンリルさんよォ」
俺は、灰に成っていく姿を見ながら、そんなことを呟いた。
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終
とことこ、と路地を歩く。時刻は既に七時。そろそろ家でも夕飯の支度をしている頃だろう。今の俺はそんな場合ではないのだけど。
「……マジいてぇ……動かないんじゃね、これ……」
はぁ、と嘆息して俺は自分の左手をまじまじと見詰める。最早凍傷を通り越している左腕。ってか凍っている。氷が纏っている。まるで左腕が氷像みたいだ。
このままでは学校生活どころか日常生活にも支障をきたしてしまう。左腕が動かないとは、考えたくないね。戦闘にも不便だし……。ん、待てよ……。
「あ、帯白さんが居たか……あの人法術使えるし」
そうと決まれば善は急げ。俺はポケットから携帯を取り出し素早く電話を繋ぐ。ぷるるるるるるるる、と機械質な音が繰り返される。……居ないのか……?
『あ、はーい。大悟君何かよー?」
あ、繋がった。じゃ、用件を言おうかな。
「えー、妖と戦り合って左腕が凍らされまして重傷っす。正直動くかどうかすらも不安なんで、取り敢えず見て貰えないかなー、って思うんですけど」
『何? 話してみてみ」
「電話でっすか? ……勘弁してくださいよ。金かかりますって。明日ぐらいにそっち行きますから、その時話すってのは駄目ですかね」
『ああ、コッチ来るの。住所教えてないはずだけど」
あ……しまった。なんて馬鹿なんだ俺。……じゃあ、住所教えてくださいよ。
「めんどい」
死ね。死んで奈落で詫びて来い。誰にかってそりゃ、皆にだよ。
『……JRで来るなら、神戸駅で降りること。私が行ってあげるから」
「サンキュです、帯白さん。では」
ぱたん、と携帯を折り畳む。そして俺は空を仰ぐ。星空。山に近いから都会よりは見えるし、しかも冬に近づいてきているから空気が澄んでより一層見やすくなっている。
……全く、我が儘な人だ。住所ぐらい教えてくれたっていいのにな。嘆息する。はぁ。
しかし、気になる……。アイツは結局なんだったんだろうか。敵対組織と言っていたけど……俺はそんな話を聞いたことが無い。俺だって破邪法師だ。こういうことは聞かされてもいいはず。それとも……上の奴等が敵対組織の存在を知らせたくないのか? 解からんな。……まぁ、なんにせよ、だ。
「結局は敵が増えたってだけだろ……?」
そゆこと。俺は自分で言った言葉に自分で反応する。ははっ、と笑ってまた空を見上げた。きらきら、と光り輝いている星空は何処か幻想的で美しく感じた。
≪氷獣≫にやられた左腕が疼く。はぁ、アイツの氷の所為で……。厄日だ、などと考えながらも歩を進める。先程までの戦闘が嘘のよう。だが、疵(きず)がある限りこれは本当のことなのだろう。
はぁ、と嘆息して前を向く。所々に街灯の明かりがぽつぽつ、と見える。
「季節外れの蛍かよ……」
そう見えただけなのだが、思ったことを口に出してみた。ふふっ、と笑みが零れる。
気がつくと既に家の前だった。……あー、左腕のことはあんま言いたくないなー。母さんも華夜も俺が妖退治してるってのは知ってるけどやっぱりこういう怪我すると心配するし……。
「……しょうがないよな」
俺は呟いて、ドアノブに手を掛ける。
秋の風がまた、吹きさらした。
-----------------------------------------------------------------------
其の終【可愛い子には足袋を履かせろ。いや、別に可愛くは無いが】
一
俺の町から駅二十二個目の駅。JR神戸駅、時刻はただ今九時二十三分。神戸ついたどぉぉぉぉ! ……すまない、久々の都会で狂ったようだ。じゃあ、帯白さんなんかほっといてどっか遊びに行くかッ!
「マテや!」
……すいませんでした。帯白さん。そう、俺はもう帯白さんと合流してしまっているため遊びには行けない。元々左腕を直してもらいに来たんだけどね。取り敢えずゆったりと溶かしに溶かして一時間後に漸く全部の氷が解けた。全く動かない。ざけないでください。あーあ……もしかしたら義手かなぁ、この若さで。
「俺の人生が……」
まぁ、多分帯白さんなら良い人知ってるだろ。なんとかなるさ、という俺の持ち前の気軽さでその場を乗り越えた。帯白さんと一緒になって歩く。周りから見られたが気にしない。どうせ、腕の事を見ているわけじゃない。俺と帯白さんがどういう関係なのかということか、もしくは帯白さん綺麗だなー、それかうわぁ、女王様と下僕の図に相応しいとか! うっせーんだよ、悪いかァァ?! ああ、どうせ俺はなよっちく見えますよ、頼りないですよ阿保ですよォ! そんな眼で見るな、いや見ないでくださいお願いします!
っと、思考が乱れた、ってか狂った。すまん、深くお詫びする。
暫く歩いていると見えてきた白のオープンカー。車種とか年代とかは全て知らないが美しい流線型のフォルムが嫌でも眼を惹く。素人にも素晴らしい車であろうことがすぐに予測できる点、これはかなりの車なのだろう。価格とかが。帯白さんが這入るように促してくる。逆らわずに受け流し、俺はばたん、と車の座席に座りドアを閉める。……視線が痛い気がするが気のせいだ。特に男の視線をより多く感じる。ちくちく。程無くして帯白さんが運転席に座り、車が発進した。
車内にはFMのラジオのBGM。この歌俺が知ってる歌だ。ってか好きな歌手だ。ああ、和む。そうして、車は高速へと入っていった。因みに神戸駅を指定したのは高速が近いかららしい。……決して近いとは思えないけど。
暫くしてマンションに着いた。この前来た時とは違って人気に満ち溢れている。やはりこうでなくてはならない、などと俺は一人で頷く。エレベータで上へ。
がーーーーーーーー、と機械的な音が響く。そして。ちん、と音が鳴る。正に電子レンジ。我ながら意味不明だが。
十階、その一〇〇一号室が帯白さんの家だ。いや、部屋といった方が正しいのかな? 手馴れた動作で鍵を出してがちゃり。部屋の中へと這入る。
綺麗に纏まっている部屋。部屋の中には香水か何かの匂いが満ちている。あまりに匂いがキツすぎるとかえって不快になるが流石は帯白さん。不快にもならない。
ぱたぱた、と効果音を発しながら救急箱を持ってくる帯白さん。……頼りねぇ! これは絶対に救急箱では完治出来ないであろうモノなのに……ああ、この人が急に阿保に見えてきた。言葉には出さないけど。
なにやら難しい顔。どきどき。
「あー、無理! 義手造って貰いましょ、楽だし」
テメェ楽だとかいう理由で義手を嵌めさせんな! ってか真面目に見たのかよ!?
「見たわよ、失礼ね。そんな事言ったってねー。無理よ。神経筋肉その他諸々。ぜーんぶ、壊れちゃってるもん。もし、貴方が戦った相手が絶対零度を使えたら左手無くなってたでしょうねー。いやいや、そういう意味ではラッキーよね」
全然ラッキーではない。アンラッキーだ。くそが、この人信用して損した気分になった。……はぁ、と俺は嘆息して天井を仰いだ。空と違って全然蒼くなくて、清々しくさせてくれない象牙色。空が見たい。ああ、この人と関わって本当に良かったのか悪かったのか。……考えたって始まらないよな。
「じゃあ、その相手の話、教えてくれない?」
「ああ、そういえば電話で妖っていったでしょ。アレ間違いでしたわ。俺達の敵対組織らしいですわ」
「違うわよ、相手の話をしてんのよ話せこのぼんくら」
両手が伸びて俺の頬を抓む。そして左右へと引っ張る。ぐににににに。痛い、痛いって言ってるだろ! やめて下さいよマジで! もう……なんかなぁ。調子狂っちまうだろーが。
「じゃ、簡単に説明しますよ。俺は敵対組織に居る≪氷獣≫……フェンリルって奴と戦いました。するとこうなりました。終了」
死ね。と一言で一蹴。ざけんな、死ねるか。と反論。簡単に説明するっつったろ。真面目に話すと疲れるし何よりも長くなるから嫌なんだよ、読者も読みにくいし。
そんなことは委細構わずおらおら、と急かし立てて来る。やめて下さいマジで。
しょうがないので俺は話すことにした。≪氷獣≫の容姿とか、戦闘の内容とか、どんな技使ったかとか、どんなことを言ってたかとか、勝ったのかとかを全部纏めて一気に話した。所要時間、一時間。全てを話し終えてからの第一声はこれだった。
「四神四鏡は使うなっつったでしょ! どーりで体中ボロボロなわけよ……」
すいません、今なんて言った? ボロボロ? それじゃあ、俺は動けないのでは? 因みに始めて戦闘で使ったときには体の骨という骨が軋んで脳が蕩けそうになった。簡潔に言うと死に掛けた。それ程危険な技である……はず……。まぁ、俺は黒岸の血統の規格外ってーか枠外ってーのかは知らんがなんか、違うらしいんでまだ、それなりに大丈夫だったらしい。確か、俺の歳で使った奴が何人か死んでるらしいし。それ程ヤバイのだ。
「取り敢えず体は直すわ」
寝転がって、と。言われたままに寝転がる。……服を脱がそうとするな。自分で脱ぐから。俺は何かいやらしげに蠢いている帯白さんの腕を止めて起き上がり脱ぐ。……脱ぐ必要性は何処にも無いはずでは?
漸く治療に専念してくれた。俺の胸に手が当てられて、淡い光が漏れる。……ちょとまて、手付きがいやらしい。
「すいません、手を動かさないで」
睨まれた。まずもって男に対するセクシャルハラスメントだ。在り得ないな、この人は。時々コイツ本当に女か、と思わせるときがあるし。……だからァ!
「手を止めろ!」
また睨まれた。いや、俺は正論を言っている。絶対に間違ってはいない! 屈服するな、恐れずに立ち向かえ! でないと何も得られない! さぁ、大悟明日を開け!
「うっさい、知り合い紹介しないよ」
…………。卑怯だ、狡猾だ、小賢しいぞ! せこいせこいせこいせこいーッ!
……悪足掻きだけどね。
だが、それでいい。足掻いて藻掻いて苦しみぬいて、何かを掴め、漢、大悟!
「そういえばさー、好きな人居るの? 大悟君って」
何を言い出すか。
「居ませんよ」
と答えておくことにしよう。ってかなんで唐突にそんなことを言い出すの?
「いやいや……大悟君も男なんだなー、と思って」
下品なネタは止めてくれおっさん。おっさん、やめろっつってんだろ! 其処はやめろって! ……あははははっ、やめろ、脇腹を、くす、ぐるなななななああはははは!
「ほれほれ」
やめっ、まじ、やめて、くるし、ははははひゃひゃひゃひゃ! や、め、れ……。
……死ぬかと思った。帯白さんのおっさん加減は何処まで行くのやら。
「……で、帯白さん。この知り合いとやらには何処へいけば会えるんですか?」
「秋田」
はぁ?!
「なんとかなるわ……根性で」
はぁ?! ふざけるなよ。マジでやめてくれ。明日も学校があるんだ! 今日だってサボってまで来たんだぞ! これ以上労力を使わせないでくれよ……。あと金も使わせないでくれ。しかも根性ってなんだ、根性って。
……はぁ。嘆息する。この人に会うといつもこうなった気がする。マジで物事が大事に発端し巻き込まれるのだ。在り得ねぇよ。在り得てたまるか。くそぉ。
「ああ、代金は私が持つわ。お金の心配は一切いらないから」
「え、えぇぇぇ?! ちょっ、本当にすいません!」
「いいのよ、堪能させてもらったし」
……前言撤回。謝る必要全く無しだ。こぉのおっさんめが!
俺は淹れてもらった紅茶を飲みながら考える。……にしても秋田。きりたんぽでも喰ってくるか。秋田といえばきりたんぽしか浮かんでこない俺の頭をどうにかして欲しい。京都といわれれば生八橋だ。大阪といわれればたこ焼だし、島根と言われれば出雲蕎麦。此処まで来たら解かると思うが、沖縄といえばサーターアンダギーだ。……予想と違うとか言われても知らん。見えん聞こえん言わん! 訳解からん! 俺は冷静さを取り戻すため、もう一口紅茶を口に含んだ。今回は些か甘みが強いようだ。しかし、くどくなく、滑らかな口当たり。突き抜けるような豊満な香りが鼻に抜けて心地良い。
嘆息する。今のは帯白さんに対してではなく、俺に対して、だ。今回の戦闘で俺の未熟さが解かった。抜刀術の秘奥義とも呼べる技を使ってしまったし、最大奥義を使ったくせに左腕が動かなくなってしまった。これは俺の未熟から来たことだ。ああ、畜生。強くなりてぇなぁ。本当に切に願った。
……この左腕はどうしよう。ああ、包帯でグルグル巻きにして骨折したとでも言えばいいのか。不便だが、まぁ、仕方が無いと言えば仕方が無いのだろう。
暫くは無言の空間が出来た。俺は天井を見上げながら、紅茶を飲んでいたし、帯白さんは静かに紅茶を堪能しているようだった。こうしてみるとなぁ……かなり綺麗なんだけど……おい、おっさん。まじまじと見るな。
「それで、秋田には何時行くの? 明日、明後日?」
「……決めてませんけど。まぁ、あと一週間もすればテスト前の休みです。それを利用しようかな。ってか、なんでそんなこと訊くんですか。帯白さんが行くわけではないでしょう」
「何時来るか伝えとかないといけないでしょー」
それもそうだ。俺は紅茶を味わう。こくん、と俺の喉を通るときの清々しさがなんとも言えない。ふと、時計を見やる。十二時だ。そろそろ昼飯の時間帯になってしまった。さて、どうしよう。
近場の店でも探すか。帯白さんの家の近くということで。滅多来ないし。此処は結構に美味い店があるからな。さてと……ああ、左手使えないんだった。どうしよう。
「食事は私の家で食べていきなさい」
迷っている俺に背後から帯白さんが言った。どうも、と一言返して俺はまた紅茶を飲む。すると帯白さんが動き出した。どうやら食事をマジで作ってくれるらしい。さて、何を作るのだろうか。
帯白さんの料理はどれも美味いのでまぁ、基本的に何でも良い訳であって、本人は和食より洋食の方が得意だとか何とか言ってるけどどちらも美味い。世界三大食文化の全てを作れるということは料理人にもなれるのではないか。
「……どーでもいいけどな」
腹ヘリ。
「大悟君、何が欲しい? リクエストがあるならば出来得る範囲で応えるわよ」
「何でもいいです」
作りがいが無いわねー。とぶつくさ言っている。今食べたいものなんてないもん。しょうがない、何でも良いってことにしといてくれ。
左腕を見る。来た時には巻いていた包帯が解かれて生身の腕が見えている。……気持ち悪ぃ。
食事がやってきた。速い。流石は帯白さんだ、などと感心しながら料理を見る。……ミートスパ。発音的にはスパゲリィと聞こえてしまうのは何故か。英語の授業で始めて聞いて、うっわ、食欲なくすだろこれ。などと下らん考えをしたものだ……。フォークを上手に使ってクルクルと巻く。もぐもぐ。美味い。
「相変わらず料理上手いっすねー。絶品ですよ」
全くの本心から出た言葉。嬉しそうな顔をする帯白さん。うむ、綺麗だ。さも上品に食べる帯白さん。マナーがなっている。もくもく。懐かしいぞ、この味は。子供の頃に喰ったきりだっけ……。
「ああ、美味かったァ!」
俺は満足気にそう叫んで腹を押さえる。口の周りにミートソースがくっ付いているようなのでぺろり、と舌を突き出して全部取ろうとした。ふっ、がめつい奴め! まぁ、俺のことなんだけど。
「食後のデザートは……」
ちらり、と俺を見る帯白さん。……みなまで言うな。ってかもう、アンタのそのネタには飽き飽きしてきた。……じりじりと間合いを詰めないでください。いや、お願いだから。俺は少しずつ後退。多分行き先は玄関だ。ずりずり、とまだまだ間合いを縮めてくる帯白さん。……勘弁してくれ。おっさん。
仕方なく俺は立ち上がって、後ろ歩き。
「え〜っと……それではまた!」
一気に玄関まで走り去り、外界へと出る。あの人のあーいうところが苦手なんだよッ! 直してくれないものか……いや、簡単に言って直せるものではない。もう、あの人はおっさんと化している。
俺と二人きりになったら本性現すんだからなー、もう。
エレベーターだと追いつかれる気がしたので階段で降りる。螺旋階段になっていて。降り難い。だが、今の俺にそんなこといってられる余裕は無い。だだだだっ、と駆けるようにして降りる。
地表が近くなってきた。もう二階だ。此処からならば……っ!
「でぃ!」
落下。だん、と着地の衝撃が骨に伝わり軋む。関係あるか! 生きるか死ぬかの生存競争には負けられねぇんだよッ! 訳も解からず駆け出した俺。しかし此処は地元ではない。荒薙市ではないのだ! ってことで早速。
「……迷った」
しょうがない、六十km近くあるって言ったって走りゃ、一日で着くだろう。俺は荒薙市の方向を訊いてその方向に脚を進める。丁度この方角には前、帯白さんから訊いた紅茶専門店が在る筈だ。寄り道していっても誰も怒らないだろう。そうと決まれば善は急げ。一気に走り出す俺。
二十分ほど走っただろうか。到着。……あぶねぇ、女ばっかだと這入りにくいけど此処は男もちゃんと居る。オッケーイ。じゃ、這入ろうかな。俺はドアを押して中に這入る。いらっしゃいませー、と決まり文句を店員さんが言ってくれた。……よく見たら紅茶を飲める空間が在る。じゃ、先ずは飲んでみることにしよう。奥のテーブルに向かってどっかり、と腰を下ろす。メニューが置いてあり其処には色々な紅茶の注文が書かれていた。
ふむ、何を飲もうかな〜、と悩んでいる内に店員さんが来てご注文はお決まりですか? と訊いてきた。
俺は「まだです」と軽く応え店員さんを見る。
いや、やっぱ……決めた。
「ああ、やっぱりダージリンのブラックで」
かしこまりました。とお決まりな返事をとびきりのスマイルと共に返してくれた。たたたっ、と手馴れた動作でカウンターの奥へと姿を消していく。……しまった、左手を包帯かなんかでグルグル巻きにしないと。多分今の人もこの左腕を見て気持ち悪くなってしまったことだろう。深くお詫びを申し上げなくては。俺は逃げる時にどさくさに紛れて持ってきた自分の鞄をあける。
「包帯は……と、在った」
包帯を取り出して、左腕に巻き始める。雑だが何もしないよりかはマシだ。……ふむ、それなりに見た目はいい。
五分たった。紅茶が運ばれてきた。ケーキがあった。置かれた。何故?!
「ケーキは頼んでないですよ」
取り敢えずアレだ。ケーキの分まで金は払えねぇぞ。ウエイトレスさん。しかし、そんなことは解かってると言わんばかりに微笑んで言った。
「まぁまぁ、お姉さんからのサービスよ。大悟君」
……何故俺の名前を知っている。この人は初登場だし俺も見たことが無い。名前なんて教えた記憶すらない。……まぁまて、相手が知っているだけかも知れない。もしかすると大昔に会っていて、俺の名前を伝えられたのかもしれない。この可能性は否定出来ないな。いや、一番濃い線かもしれない。ってか濃い線だろう。取り敢えず訊いてみないことには始まらない。
「なんで俺の名前知ってるんですか」
さてね〜、と意味深な一言。……まさか……。
「帯白さんの友人ですか?」
「あったりぃ〜」
あんのおっさんは! 勝手に人の事をペラペラと喋るなっつってんのによォ! ああ、もう! あの人は口が軽すぎる! この前だってそうだ! 俺が本を読んでいるとその本何? とか訊いてきてその質問に応えなかったら、大悟君って冷たい人なのよーとか町中に広めやがった!
今回はなんの噂が広まっているか解からない! 心して構えろ! 俺!
取り敢えず目の前のケーキを貰っておくことにした。
「有難う御座います」
感謝しなさい、と一言言い残して去って言った友人さん。全く……世の中は狭い。俺はフォークを持ってケーキを食べ始める。携帯の電源は切っておいたので邪魔するものは居ない。
ダージリンを一口。
「……美味いなぁ」
素直な感想が出てしまった。いいね、これ。この場所来たら絶対に飲むことにしよう。うぃなー。
十分ほど経ったか。そろそろおいとまするとしよう。いつ帯白さんが襲ってくるやもしれん。用心に越したことは無い。さぁ、出発だ。でも帰りはどうしよう……。マジで走ろうか。でも疲れるしな……。
取り敢えず俺は心配するのをやめてレジへと向かう。ついでにダージリンの茶葉が在ったら買っておこう。そんなことを考えながら外を見てみると。
白のオープンカー。流線型のフォルムがやけに美しく、素人の俺が見てもそれは素晴らしい車だと解かる。周りの風景に純白のボディが映える。そして乗っている人がまたすごい美人。白のスーツを着込み、仕事のスタイルかと思われるような服装が、彼女の私服だ。
……帯白さんが何故此処に居る! はっ、しまったっ! 此処は元々帯白さんが通っている紅茶専門店! そしてこの辺りにはこれ一軒しかない! つまり紅茶好きの俺が此処に来るのは当たり前の道理! 読まれていた……だから急ぐことはしなかったのか!
しまった……完全に読み間違えた。……しかし幸いなことにこちらにまだ気付いていない! これを利用するか……。俺はW.Cと書かれた扉の中に這入り、息を潜める。これでやり過ごせればかなり良い事なのだが……。いや、相手は帯白さんだ。俺が出て来るまで動かないに決まっている。此処は近づいてきたら一気に扉を開けて縮地で脱兎の如くに外に出るしかない! 金はそのときにでもレジに置いておけばいい。ならば……そうと決まれば準備だ。ケーキの分は払わんぞ。ダージリンのブラックだけで、五百二十円。税込価格だろうな……。
かつ、かつ、かつ、かつ。
甲高く音が響く。多分これは帯白さんの靴の音だ。近づいてくる。……止まった!
「今だッ!」
バン、と思い切りドアを開け放ち一気に移動。因みに縮地というのは日本古来より沖縄武術の一つの歩行だったはず。確か、重力に逆らわずにそれを利用して一気に跨ぐ感じで走るらしい。それによって一瞬で移動したと錯覚させるものらしいが……。関係ない、一瞬で移動したのには変わりないから。いっとくが、俺の縮地はそんなものじゃなくて、自分の体内にある『氣』と呼ばれるものを脚に集中させて爆発させ、移動するものだ。俺が術を使うときと同じような感じ。だれから習ったかは秘密だ。ふっ、イッツ ア ミステリアス!
「逃すかッ!」
むんず。
ばたばた、と空を掴む俺の腕と脚。襟首掴まれて苦しい。何故見切られた! 如何に帯白さんと雖も……アレだ。縮地中の相手を捕まえるのは至難の業のはず! くそぉ……。
「なんで、捕まえれるんですか……。いくら帯白さんでも俺が見えた訳じゃないでしょう?」
「まぁ、瞬動すると思ってたし。軌道が読みやすいから」
縮地と瞬動はほとんど同じものだと思ってもらえればいい。って関係ないね。
俺は離してください、と一言お願いして手を離してもらった。ああ、苦しかった。俺は時間を確かめるべく店内の時計を探す。午後二時十二分。ああ、そろそろ、帰ってしまいたいくらいの時間だ。
「取り敢えずそろそろ帰りたいんですけど。秋田と決まれば準備ぐらいしたいし」
俺はレジに向かって歩き、その近くにある紅茶売り場の茶葉を見ながら言ってみる。こんな格好で言ったら反感を買うかも知れんが。
「しょうがないわね、車に乗って」
こう言われたのは俺が茶葉を買って(ダージリンとアッサムを五十gずつ。計五千三百二十円也)すぐ後で、俺は歓喜しながらお礼を言い、車へと乗り込んだ。
起動音が鳴ってすぐに動き始める車。高速道路へはすぐに着き、其処からはただ景色を眺めるのみとなった。BGMはFMラジオから流れる歌だ。オープンカーの為、風がびゅんびゅん、と体を切り裂くように過ぎ去っていく。髪がばたばた、と靡き心地良い。
「ねぇ……」
帯白さんが唐突に話し出す。何処か真剣な表情で。何処かしらはふざけているようだが。
「敵対組織って言ってたわよね? それってどういうことなのかなぁ……」
「俺が知ってるわけ無いでしょう、帯白さん。解かってたら全部話しますよ」
そうよねぇ、と首を傾げる帯白さん。危ないからっ。
「まぁ、なんにしろフェンリルさんはB級ぐらいの妖に匹敵するぐらいかな。大悟君の話を聞いてると」
ああ、話してなかったな。妖にはランクが在って上から、SS、S、A、B、C、Dまで在る。お解かりの通り右に行くほど雑魚だ。D級は名無しの妖に相当する……はず。
「そういや、このまえ戦り合った≪断片集≫って何処に位置するんですか?」
「C級」
……アンタ一人で始末できたじゃねぇかよっ。俺が居る意味無しか! むしろ邪魔になったじゃねぇかよ俺がっ! 必要ないのに呼ばないでくれよ! と思ったところで後の祭りとでも言うのか。過去は変えられん、だから未来に向かって走っていくのだ。……良い事言ったな、俺。
「めんどかったんだもん」
だから奈落の底で詫びて来いっ!
「話を戻して……じゃあ、ありゃ多分、一番下に位置しそうな感じねぇ。大悟君如きに強い刺客を送りそうに無いもの。いやいや、ある意味運が良かったわね」
さらっとしれっと、侮辱されたよな今。
「ってか、なんで俺に刺客を向けたんでしょうかね、帯白さんの言動だとまるで俺達に対する宣戦布告、みたいな言い振りでしたよ?」
うんうん、鋭い。などとこちらを向いて頷く帯白さん。前見ろ。どわぁっ!? 車にぶつかりそうになった所を間一髪で帯白さんがハンドルを切り回避。……心臓に悪い。
そんな俺のことなどいざ知らず。帯白さんは話を繋げる。
「うん、多分ね。何かするつもりなんじゃないかしらねぇ。妖と組んで私達を潰しに来るのかしら……。おぉ、怖い怖い」
しかし、帯白さんの顔は笑っている。色んな意味で俺は帯白さんのほうが怖いと思った。ただ純粋にそう思った。出来ることならば此処から飛び降りたい気分だ。滅。
「はぁ、それだったら結構ヤバイことになりそうですね。上は動くんでしょうか」
「大事になる前には動くでしょー。給料貰う時に言ったりしてもいいんじゃない?」
「一匹倒して一万円とか割に合わないんですが」
ランクによって違うらしいが。
「B級倒したでしょ? 五万ほどプラスされるはずだけど」
マジかよっ! いやいや、父さんが逝ってしまってから二年ほど経つけどね。俺の収入が月平均十万だったからなぁ。家族には苦労かけるよ……。マジで。因みに家族の稼ぎ手は俺であることが今の話で解かっただろう事である。ならば、俺を哀れに思って俺に寄付しろ! 五十万ほど!
「今回ばかりは連合に感謝しますよ」
日本妖討伐連合。まぁ、通称、連合? だと思う。因みに補足するならば、日本だけに限ったことではない。外国にだって妖風なモンスターが居るのだ。日本ではたんに、妖、と呼んでいるだけである。……あぅあ! 説明しにくい! つまり外国にも化け物が居てそいつ等を倒す奴等も居て……。
≪対悪魔≫エクソシストだの≪蒐集≫ハンターだの≪討伐部隊≫バニッシュメントだのがそうだ。こいつ等の説明は面倒臭いのでパスさせてもらう。
後々関わることがあるならば、説明させてもらおう。これはあくまでも日本の話なので。
「でまぁ、俺が会う人ってどんな人なんですか?」
「ん? ああ、知り合いの話ね。神檻佳奈子(かみおりかなこ)って名前で性別は女。職業は人形師だったかな? ま、会ってみれば解かるわよ」
お楽しみは取っておけタイプかこの人は。
今はそんなことはどうでも良い。どうせ会えば解かることだからな。保留。
「あと、彼女を取り巻く人達がこれまた面白くてね。会ってみると良いわよ」
この人の面白いは別の方向に傾いてるから信用しない方が良い。……反面会ってみたい気もするが。
「楽しみにしておきますよ」
と俺が言った後、話題は無くなり無言で運転をし始めた帯白さん。俺にとってはその方が有り難い。俺はまだ死にたくないからである。
車は一陣の風となりて走り去っていった。
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終
「そういや、お前左手どうしたの?」
「言ったろ。敵と戦り合ったときに負傷したんだよ。骨折ってことにしてるけどな」
ふぅん、と頷いて田渕は紅茶を口に運ぶ。
話を戻そう、と俺は紅茶を飲み込む。
「そういうわけで俺は四日後秋田へ行くことになった」
学校、休み。土曜日。紅茶同好会の部室、旧生徒会室。俺と田渕しかいない部屋。紅茶の匂いが充満しており、俺にとってはパラダイス。しかも此処には多種多様な茶葉が置いてある。淹れ方の練習にはもってこいだ。
俺は取り敢えず田渕の淹れたアールグレイを飲みながら秋田へ行くぜ宣言をしてみる。因みに帯白さんと会った日から三日経過している。展開が急だって? …………。
かちゃり、と田渕がティーカップを置いた音が響く。
「マジか。お土産よろしくな」
ねぇよ。
「金」
うっわひでぇ、と田渕は大袈裟に振舞う。そんなことされても俺は買う気にはなれない。金を貰わない限りは。結構ヤバイのだ。俺の財布の中身。諭吉さんが消えていっているために、そんな状況になっている。……ああ、紅茶の買い過ぎだって解かってるよ。うん、解かってるさ。俺の経済状況を良く考えてから言って欲しいものだ。それでもコイツは執拗に責め立てて来る事だろう。えげつない。本当に友と呼べる存在なのだろうか?
「で、何処行くの?」
俺は内ポケットを探り紙を出す。住所等が書かれている紙だ。それを田渕に渡して俺は紅茶を口に含む。コイツに知らせた後、桜井とかにも知らせなくてはならない。言わないと煩いからなぁ……。俺は窓の外から降り注いでくる日光に眼を細めながら外の木を見る。高校の部の中で一番大きな木。今でも鬱蒼と生い茂り紅々と木の葉を風に揺らしている。……至高のひと時だ。ふと、眼を戻せば田渕が紙をテーブルに置いている。読み終わったか。俺は紙を手に取りポケットへと仕舞う。……田渕、どうした? 顔色が……。
「ん、いや、なんでも」
挙動不審されてそんなこと言われても説得力ねぇぞ田渕。明らかにおかしい。なにがあったのか、それは俺には解からない。が、しかし、かなりの事であるのは間違い無いだろう。
……敢えて聞かないで置いてやるか。そっとしておいてやるのもまた重要。
俺は紅茶をごくり、と一気飲みして立ち上がる。
「何処行くんだよ」
桜井たちにも伝えにいかねぇとなんないんで。と一言伝えて俺は部屋を出ようとする。すると
「……健闘を祈るぜ……」
あん? 俺にはその意味が解からなかったが、取り敢えずああ、と頷いておいた。
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たんたん、とアスファルトから音が聞こえる。恐らくは俺の足音であろう。こんなに高く響くのは空気が乾いている所為ではないのか、などとどうでも良い事を頭の中で考えながら俺は歩く。
広い学園の敷地。ゆうに一万u在るというのが気に喰わねぇ。広けりゃいいってモンじゃない。中身だ、中身が重要なんだ。量が多くても内容が薄っぺらい小説なんか読みたくないだろう? そう、その感情と同じものを今の俺は抱いている。神槍初代校長の気が知れないというのはそこ等辺の事だ。
……まぁ、十分面白い学園ではあるのだが。鬱蒼と生い茂る木々の紅色の木の葉の隙間から少しばかりの陽射しが眼に入る。……眩しい。俺は眼を瞑って立ち止まり、また開いて歩き出す。
やっぱり秋田へ行くというのは少しばかりどきどきする。あまり他県へは行かないので修学旅行気分なのだ。いや、一人旅の気分か。どちらにしたところで楽しみなのは事実だ。俺は浮雲がかった足並みを必死で押さえ込みながら歩く。桜井にもこのことを伝えなくてはならないのだが……。
「いいや、メールで伝えりゃオッケーだろ」
俺は携帯を取り出し、速攻でメールを打ち始める。かたかた、とボタンを叩く音が聞こえて直ぐに已む。
『俺は四日後テストの休みを利用して秋田へ行く。土産は無い。土産話を持って帰ってやるからその点は気にするな。それじゃ』
送信、と。ぱちん、と携帯を折り畳みポケットへと仕舞う。
途中に在った自動販売機でジュースを買って飲んだ。うん、勿論午後の紅茶のミルクティー。好きな物は好きなのだからしょうがないだろう? ……和む。
ふと我に還ると目の前には運動場があった。その横には蒼色のベンチ。其処には紅阪神海先輩が居た。……見なかったことにして……っと。だってさ、後ろにあんな男のオーラ纏わしてたらそりゃ、近づきたくないわ。確実に男どもが何処かに隠れて見守っているに違いない。確実に言える、断定出来る。俺は踵を返して運動場から離れるようにして歩を進めた。気付かれないことを祈るばかりである。俺はまだ死にたくない。しかもオタク連中に捕まって死ぬなどもっての外だ。なるべく気配を押さえて……と……抜き足差し足忍びあ――
「大悟さぁん!」
しぃぃぃぃぃぃっ! 俺はビックリして、前へと突っ伏す。こうなったらもう誤魔化せきれないぞ……どうする大悟っ!
「……コンニチワ、アカサカセンパイ……」
俺の声がぎくしゃく、とぎこちなくなる。ヤベェ、ドウシヨウ……。純粋無垢なる紅阪先輩を相手にしないなどなんだろう……本能が許さない。くぅ……くそぉ、そんな眼で見ないでくれぇ。うるうるとした瞳でマジでどうしたの? って顔しないでくれっ。
「あの、どうしたんですか……?」
「ああ、いや、別に。ただ秋田へ行くにはどうすればなぁ、と思っただけでありますよ、先輩」
ふむ、口調までおかしくなった。成程、とうとう俺もヤバイ。
「秋田へ行くんですか?」
しまった、バレた! 何故……。超能力に違いない。
「ええ、少し野暮用で……テスト前の休みを利用して、ね」
にっかりと微笑んで応えてみせると先輩もにっこりと清楚に微笑う。やっべぇ……可愛い。しかし、そろそろ視線だけじゃなくて実力行使に出てきそうな奴等が居る。気配で解かる。この場合気配だけでなく殺気が籠っているので尚解かり易い。とっとと愛しの紅阪先輩から離れろ……! と視線と殺気で語り掛けてくる。怖い。今すぐ逃げ出したいくらいなのだがそうも行かずになんだか複雑な心境だ。嬉しいような、悲しいような、死に掛けなような……。
ぶるぶる、と顔を振るい、嫌な考えを捨てる。マジでやばいから。洒落にならないから。
「じゃあ、お土産をよろしくお願いしますね!」
……財布の中身をよく見てから考えます、先輩。とはいえ、やはりこうされると買わなくてはいけないような……。桜井以外には買って来てやるか……。金銭の都合は母さんから何とか出来るだろう。
「ええ、じゃあ。さようなら先輩」
俺は手を振ってその張り詰めた空気の空間から出て行こうとする。すると呼び止められて。
「あの……下の名前で呼んでくれませんか……?」
刺すような視線が本当に俺を刺しかねない。殺気が先程よりも充満している。ヤバイ、これはどう応えても負けな気がする。例え、勘弁してくださいといったところで殺気の主達はテメェ、俺達の愛しの紅阪様をとか言うのだろう。例え、いいですよと言ったところでテメェ俺達の紅阪様を呼び捨てするなとか言うのだろう。残された選択肢は無い。デッド オア アライブではなくてデッド オア デッドだ。死か死、どちらかを選べといっているようなもの。……逃げるか? いや、それはそれでまたこの人と会ったときに大変な事になるだろう。それこそ嫌だ。では、どうしろというのだ? ……此処は素直に承諾しておくべきか……。いや、はっきりと言った方が良い! 気が退けるんだ! マジで! 本来先輩後輩の仲だし、やはり下の名前は駄目だ、俺の気が退ける。
「なんていうか……やっぱ気が退けますって。神海せんぱ――――」
――――ああああああああ! ……死んだ。和葉達の所為で癖になってしまってるからか?!
命の保証はされていない。逃げるしか……無いッ!
俺は踵を返して走り出した。行き先など決めていない。諦めに諦めた末の逃避行。まだ死にたくは――!
走る俺の目の前に現れたのは屈強な男。ピンクの法被を着ており、Tシャツには紅阪LOVEと書かれている。ハチマキをしており、これも紅阪LOVEと書かれている。くそがっ……近頃は武道派のオタクも居るのか! 悪いが死にたくは無い。全力で行かせて貰う!
「だぁっ!」
ボディブローを打ち込んでさらに走り出す。疾走する。光の世界でより迅(はや)く!
高校の校舎を横切りさらに学園内を疾走する。駅が見えてきた。学園東駅と書かれたその場所はモノレールの発着場。因みに学園には十三個の駅がある。さらにはバイク専用道路などもあるので事故の心配も結構少ない。おっと、今はそんなことは重要ではない。逃げなければ……。
駅に這入り、走る。勿論モノレールに乗るなんて愚は冒さない。それだと次の行き先に待ち伏せされる可能性がある。ここは南口から出るべきか……。踵を返して南口へ。何故学園にゲーセンが在るのかが謎だ。シュークリーム屋の良い匂いが俺の鼻の中を擽る。階段を手すりに乗って滑り降り(怒られた)着地して外界へ。丁度その時モノレールが来たので丁度良い。きっと、アイツらは俺が乗り込んだと思っていることだろう。この内に逃げる!
…………大分来たか。撒けただろう、多分。今日は疲れた……。家に帰って寝るとしよう。丁度良い感じに此処は学園の南側だ。一体何km走ったんだ俺。推定十kmだな、こりゃ。
……疲れた。近場の喫茶店か何処かで時間を潰してから帰ろう。
俺は近場の喫茶店を探して、丁度良い所に見つけたので這入ることにした。喫茶『トワリゾン』……聞いた事が在るような……。ふん、そんなことはどうでも良い。俺は関係無く這入ることにした。
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紅茶(アッサムのミルクティ)とケーキを注文しただ今休憩中。戦士にも休息が必要なのである。もう、届いている紅茶とケーキを味わいながら俺は嘆息する。今日は何故か……アレだ。皆との遭遇率が高い。田渕は意図的に誘った。だが、神海先輩(結局馴染んだ)は偶発的……。このままじゃ和葉とも会いそうな気がする。桜井は除外だ。俺はそう思いながら紅茶を口に含み、味わう。
「難儀なもんだよな、まったく」
俺はそう呟いて、ケーキを食べ終えた。そして紅茶を飲み終えようとした時。
ポニーテールの漆黒の髪がゆらりとしなやかに靡き、うなじを滑らかに魅せる。紅のスカートが上着の白に映え、蠱惑的だ。多分、これがこの喫茶店での制服なのだろう。周りに同じような服が見受けられる。艶やかな肌は白く光り、雪のようである。……渡辺和葉の登場だ。
しまった、此処は和葉のバイト先だっけ。……だから、追っ駆けの男どもが多いんだなぁ……。そう、よく見渡すと周りには男ばかり。そして和葉に視線を向けている辺り、和葉が来たタイミングを見計らって注文を頼む辺りからして、コイツ等はどう考えても追っ駆けである。
……逃げよう。此処も危険地帯だとは思わなかった。此処で和葉が俺と接触したらまた、追っ駆けどもに追い回されるに違いない。厄日だ。そういえば今日は仏滅か。どうりで……朝観た占いも大凶だった。占いなどは信じないがこれからは信じていこうと思う。マジで。
どう逃げようか。困った。確実にレジを通るため、レジの当番が和葉に替われば帰れない。しかし、だからと言って直ぐに出たら和葉に見つかる可能性がある。しかし、此処は店内だ。和葉がいつ此処を通るやもしれん。ふぅ、と俺は大袈裟に溜息をついて肩を竦める。……動くしかない。しかし、慎重かつ素早く動かなければならない。縮地を使ってもいいのだが、それだと不審に思われること間違い無しだ。学園で変な噂は立てたくないからな。……慎重に和葉の動きを洞察する。和葉はそのままカウンターの奥へと姿を晦ませた。行ける! 俺は速攻で立ち上がり早歩きでレジへと向かう。五m……着いた。テーブルの上に置いてあったレシート用紙を渡して会計を済ませる。合計六百二十円也。小銭が無かったので千円札で会計を済ませて外に出る。
渡辺和葉さんが居た訳で。
王道って言うか、お約束って言うか……見なかった振りでイケるだろ。
「大悟?」
いや、違う。俺は黒岸大悟ではない。フェイン・フォルナルテだ。
「阿保な事言わないでよ」
「阿保はお前だ。俺はフェイン・フォルナルテだっつってんだろ!」
其処まで言ったところで俺は走り出す。しかし、フェイン・フォルナルテって誰だ?! 自分で考えた名前にしろ滅茶苦茶な名前だ、狂ってる。
後ろを振り向くと顔が見えてバレるので見ないが……追ってきているようだ。走る音が聞こえる。何時の間にかマジになってる俺。ヤバイ、歯止めが利くところで抑えんと。じゃり、と足を踏み鳴らし急カーブ。そして、其処で止まって和葉を待ち構える。……此処まで来たら誰にも見られんだろ。はぁ、追っ駆けの学生どもは怖いからな。俺は近くに在ったベンチに座って携帯を取り出す。メッセージあり。開いてみると思った通りに桜井からだった。
『何で土産くれねーんだよ! ケチくせぇ奴だな、お前には情というものが無いのか? 普通は親友として当然買って来るべきものを何故買ってこない?! 今度俺が何処かへ行ったとき土産買って来てやんねぇぞ? それでもいいのか? 良くないだろ? じゃあ、買って来い……そ』
此処まで読んだところで俺は見る気を失くしたので削除対象に。ボタンを押そうとしたところで何者かに携帯を盗られた。てめっ、何しやがる!
「何しやがるじゃないでしょ、大悟! 何で逃げるの!?」
死にたくないからです。と、答えられる訳も無い。取り敢えず
「いや、俺四日後に秋田行くからさー。いいじゃねぇの、これ位」
冗談冗談、と笑って答える俺。反面和葉はええ?! と声を上げて驚愕の表情を浮かべる。なんだよ……悪いかよ……。
「お土産よろしくねっ!」
「その台詞も聞き飽きた」
全く、そればっかりかよっ! 俺は遊びに行くのではない! 今もこうして左腕を包帯でぐるぐる巻きにして如何にも病人風の格好をしているだろう! この左腕を直しに行くんだよ! 正確には義手を嵌めに行く! さっきだってなぁ……大変だった……財布を出すのにも一苦労、金を出すにも一苦労。片手じゃ行動も大分制限される……。いや、紅茶は淹れてもらえばいい話だ。華夜が淹れてくれるのでその点では別にさほど苦労はしていない。しかしそれでもっ、片腕失くしては戦いにくい。刀を振るうのにもより力が要る。しかも強力な術を使う為の印を結べないというのが痛い。
説明しておこう。強力な術を使う為には印を結ぶ必要がある。この印で自分の『氣』とか『魔力』とかを外界へ影響させる。言わば、扉を開ける鍵。そして発声……『呪文』とか『詠唱』とか言われるものはその扉の中身から力を引き出す。そして、外界に放出して術の完成。外界に影響を及ぼすタイプはこちらのやり方が多い。
自分で人形を作り、それを戦わせるとかいった、内面に影響を及ぼす術は別にこういうやりかたじゃなくてもいい。より強力にしようとすれば補助の陣を描かなくてはいけない時もあるが。
この前の獄焔殺陣がそうだったように、だ。
話が逸れてしまったな。ま、笑って許してやってくれ。俺を。
「ん、それだけ伝えりゃいいや。それじゃな、色々準備あるし」
俺は笑って和葉に手を振る。
「あ……」
和葉が何かを呟いた。なんだ?
「いや、なんでもないの」
と声を張り上げて大袈裟に手を振り答える。……なんなんだよ、ったく。
俺は髪を掻きながら近くの駅へと向かった。此処は南の地域。俺の家は東。よってモノレールで移動しなくてはならない。だからだ。全く……。
「難儀なモンだよ……」
はっ、と笑い飛ばし、俺は歩を進めた。
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いつもと変わらぬ日差しがカーテン越しに差し込んでくる。柔らかく、暖かな光。
「……なんか、嫌な気分」
そういえば、リアルな夢を見た朝は寝起きが良く、夢の内容を覚えていないが何故か不機嫌な気持ちになるという話を聞いたことがあるような……。つまり、どんな夢だったか、忘れてしまった。
まぁ、それでいいのだろう。思い出したら何か嫌な感じがする。気にしないことにしよう。
さて、帯白さんと会った日から丁度一週間が経つ。今日は飛行機で秋田へと飛ぶ日だ。代金は帯白さん持ちというなんとも有り難い旅。俺はあの後渡された紙を机の上から取り、見る。そこには住所が書いてあって、この、なんちゃらかんちゃら一丁目が神檻さんと呼ばれる人形師が住んでいるところらしい。さて、どんな家なのだろうか。興味がある。見てみたい。もう暫くの辛抱だ、と俺は自分に言い聞かせ服を着替える。……取り敢えずこれ位の格好で良いだろう。上は紅のTシャツと蒼のジャンパーのコントラスト。下は普通に茶のGパンだ。これ位しか持っていないからな。聞くところによると秋田は寒いらしい。なので寒さ対策に、ふっかふかのコートを持ってくことにした。鞄に詰める。
「入れェェェ!」
ぼふっ、と音を立てて入った。……爆発しねぇだろうな。
「おっはようぅ〜! 大兄起きたぁ?」
安心していられるのも束の間らしい。勢いよく扉が開き其処から元気の良い華夜が飛び込んでくる。突然の不意打ちに俺は倒れた。がふぁ。大袈裟な音が鳴り、二階に谺する。いや、今のはきっと一階にも聞こえたことだろう。痛みを感じない左腕。くそっ、痛覚まで消されたのか……ってか、てめっ、人の気持ちも考えろ。
「起きてる。起きてるからとっとと失せろ。俺は忙しいの」
軽くあしらうと華夜は、ぶ〜、と不満げな表情を浮かべて俺を見る。……そんな眼で見るな、俺まで悲しくなるから。前々から思ってたけどコイツは人に哀れむのが得意っぽい。例え家無き子となっても多分生き残れる。そんな雰囲気を持っている。必殺技は『眼で哀願を誘う』だ。視線で殺すのではなく、哀れんでもらうのだ。これはある意味強い技だと思う。相手の心をグッ、と掴んで離さない。うむ、イチコロだな。俺の愚考はどうでもいい。しかし、此処に来て俺もまた、ふざけれるようになってきたか、と自分で苦笑する。
ほれほれ、出て出て。と、華夜に頼み込み出てもらう。俺も出るんだけどね。階段を淡々と下りていく。なんだか修学旅行に出る前の学生みたいな感じだな。いや、俺学生だけどね。居間にはもう食事が作られていた。……いつもとなんら変わらないな……。飯と味噌汁、アジの開き……ってまぁ、王道だな。美味いからいいんだけど。
「いただきます」
席について恒例の行事をする。これがなくては日本の食卓とは言えないだろう。色々なものの命を貰うのだ。感謝しながら食べなくてはならない。普段から食事を粗末にしている奴は考え直せ。自分は命を貰っているのだ。重大さを思い知り、感謝しなさい。それが俺から伝えたいことだ。
黙々と食事を喰らう俺。あっという間に全ての料理が無くなる。
「ごちそうさま」
ただ今七時三十分。九時には空港についていなければいけないので、急がなければなるまい。まぁ、車ならば三十分前後で空港までいけるというのがこの町の良さでもあるのだが。しかしながら、我が家には車が……。在ることには在る。運転できる奴が居ない。宝の持ち腐れというやつか……。しかぁし、俺はそんな時に助っ人を頼んだ。田渕が父さんを呼んでくれたのだ! 田渕つきだけど。文句などは言っていられない、準備を整えなければ……。
俺は母さんに金を一万円程貰い、財布に入れる。これが今回の土産資金だ。桜井以外には買ってきてやろうと思う。財布を鞄の中に詰めて背負う。……刀って大丈夫なのかな……? いや、きっと大丈夫だろう。預ければ。うん、きっと……。
「いってきます」
「いってらっしゃーい!」
華夜の元気な声に押されて外に出てみれば、時刻は七時三十五分。そろそろ来るはずだが……。お、来た来た。黒のボディを煌かせ、車高は低くスポーツカーであろう。……高級車じゃん。ああ、駄目だヤバイ、どうしてこう俺の友達には……。いや、そんなことはどうでもいい。乗せてもらおう。
「あっはっはっはっ! 久しぶりだな黒岸君!」
「久しぶりですね、衝地(しょうじ)さん。よろしくお願いしますね、空港まで」
任せとけ、と四十代の無精髭を生やした合気柔術家は頷いた。どちらかというと四角い顔つき。体格はがっしりとしていて太い……のだが、殆どは筋肉で覆われており、肥っているという訳ではないようだ。動きも見掛けに拠らず俊敏で、百m十二秒だとか。速い。いや、俺は縮地が使えるからもっと速いけどな! って自慢じゃなくて。……でもな、此処まで袴で来るこたぁ、ねぇだろう? この後練習とかするのかもしれないけど、俺の気持ちも考えて欲しいものだ……。俺はトランクに刀と荷物一式を入れて後部座席へと這入る。
「よぉ」
田渕英信の登場である。俺もよっ、と応対してその横に座らせてもらった。ふかふかのシートだ。気持ち良い……。そうこうする内に車は進む。話も進む。
「黒岸君! 君は剣術をやっているんだよな? どうだい、平行して合気道のほうもちょいとばかし齧ってみないか? 結構便利だぞ、合気道は!」
がっはっは、と豪快な笑いを零す衝地さん。
「いや、結構剣術の方だけでも厳しいんで、少し……」
「そういわずに!」
「父さん、やめてやれよ」
と田渕が乱入。ナイス! イッツベリーベリーナイスなタイミングだ! 合気道もやってみたいけど、やっぱり剣術で精一杯だしな。余裕が出来たら習ってみようと思うけど。
田舎道を進む車。この調子だと十五分程度で着いてしまうだろう。早く着くことは良いことだ。
「で、何処へ行くんだって?!」
「父さん、言ったろ? 秋田だって」
親子揃って仲がよろしい事で。俺は浮いた存在だよ今は。BGMは無し。ラジオぐらいつけてもいいんじゃねぇの? いや、俺の好みの問題であって、他人の事には口を出す筋合いは無いな。
はぁ、と俺は眠る体勢へと移行する。眠らせてくれたら、の話だが。
勿論眠れるはずも無い。こうして気持ちを落ち着かせようとしているだけの話だ。……落ち着けーおちつけー……。あ、やっぱ無理。不可能。俺は眼を開けて外を見ることにした。
「大悟」
おわっと。なんだ田渕。
「もっかいあの紙見せてくれ」
「あいよ」
俺はポケットから紙を取り出し見せる。
……見間違いだろうな、と呟きながら紙を見詰める田渕の目線は怖かった。…………。暫くの間。
「……やっぱり、健闘を祈るわ」
だからなんなんだ!? いや、マジ不安だから!
それきり、無言の空間が出来上がった。いや、衝地さんはその方が良い。マジで安全運転してください。帯白さんのでもう俺はトラウマに成り掛けている。あの人の運転は非常にヤバイ。運転に非ず、だ。言うなれば……車のレースに出れそうな危ない運転。運転している方は良いが、乗っている方は堪ったものではない。あわよくば死ぬ。藁をも掴む勢いで念じるから。本当に怖い。機会があれば乗ってみると良い。ジェットコースターだから。
命が惜しけりゃ乗り込むな。
「……はぁ、金属類って飛行機に乗せれたっけ?」
「知らん」
やっぱり? 後は運任せか……。
「んじゃ、有難う御座いました」
「おぅ、じゃ、またな!」
此処は空港。ただ今八時。一時間は暇を弄ばなければいけない。いや、別に良い。この頃は暇というものをイマイチ味わえていない気がする。此処で存分に味わっておこう。
……なんか、不安だし。
はぁ、と色々なものが雑じった溜息を吐き出す。空港内に這入り、そこ等辺の椅子へと腰掛ける。……秋田便、九時十五分発也。あーあ、つまんね。携帯でもいじっとくか。
携帯を取り出してカチカチとゲームで遊ぶ。テトリスはやはり暇潰しに最適だ。何万点いくか……密かに桜井と張り合ってたりする俺もまだまだ餓鬼である。いいもんねー、大人はまだ早いィ!
ふん、と思考を一旦停止させてテトリスへと集中する。
ぱしん。
携帯が盗られた。……またか。
「和葉か?」
俺は顔を見上げて携帯をとった人間を見る。みたまんま、ってか予想通りに和葉だった。柿の葉色のワンピースタイプの服を着てどうやら俺を見送りに来たらしい。
そんな事しなくても俺は死なないっての。いや、これは関係ないか。死ぬ死なないは。俺は頭をぼりぼり、と掻きながら立ち上がる。
「……あのね……はい」
持っていた鞄の中から取り出したのはどうやらお守りらしい。安全、と書かれている。……わざわざ俺の身を案じてくれたのか、コイツは嬉しいね。などとふざけてみる。受け答えは自然とお決まりだろう。
「有難う、和葉。大事にするわ」
其処で和葉は顔を赤らめた。
暫くの沈黙。
俺はそれがどういう意味かは解からない。
暫くの膠着。
俺は何をしたら良いのかも解からない。
そして和葉は何かを決心したように。
顔を上げて、そして――。
「大悟……貴方のことが――」
かちり、かちり、かちり。
時計の音がより一層大きく聴こえる。
たん、たん、たん。
フロアを歩く人々の足音が直ぐ其処にあるような錯覚を起こす。
「―― 」
飛行機が通り過ぎて、微かにしか聞こえなかった言葉。
ばっ、と踵を返して走り去る和葉。
……今の言葉は……?
飛行機が通り過ぎた所に放たれた言葉。
その言葉の真意は、定かではなかった。
俺はその場に呆然と立ち尽くし、そして。
「全く……俺もそうだった、ってやっと気付いたよ、和葉」
俺は頭をぼりぼり、と掻いて座る。
見ればもう早いもので、八時四十五分だ。
そろそろ行かなくてはなるまい。
自然と口元が歪む。良く解からない感情。いつもならば、はっ、と笑い飛ばせたのだろうけど……。
「難儀なもんだよなぁ、和葉」
俺は和葉から受取ったお守りを握り締め、フロントの方へと歩を進める。
死にはしないよ、和葉。
そう、戻って来て。
俺の気持ちも伝えるさ。
――暫くのお別れだ。
俺はふふっ、とにやけながら、荷物を預ける。
「んじゃ、往きますか……」
たんたん、と足音が鳴る。
俺はまた、くだらない事を考えながら、飛行機の中へと乗り込んだ。
第一部 〜了〜
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2005/09/19(Mon)17:37:57 公開 / 緋陽
■この作品の著作権は緋陽さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
終ったっ! 第一部、終了です! 此処まで読んでくださった皆さん本当に有難う御座いました! では、次回予告を!
秋田へ飛んだ大悟……。其処に待ち受けていたものとは?! 人形師、四肢が義体の少女、絵を書く殺し屋! この四人が交わった時、何かが起こる?!
「私は貴方を認めては居ない……!」
白銀の剣閃!
「悪いが此処は通せない」
迸る鮮血!
「負けるか……よぉぉ!」
運命は如何に?!
……すいません、真面目にします許して。やってみたかったんですってマジで! 本当に! 許してってやめこr(略
さて、此処からは真面目に。
最後の和葉の台詞は各々で想像してください。まぁ、ほとんど一つしかないだろうけど。だって、こうした方が余韻残せるって思ったんだもん、許し(ギャー
何処かがおかしければ言ってください、出来る限りに……直します。
そんなこんなで第一部が終了。第二部に這入ります。ああ、新規投稿しますので其処のところはご了承ください。第二部は多人数視点でいこうと思っております。これもご了承(ぐあー
兎にも角にも、此処まで読んでくださった皆様、感謝感激雨霰で御座います。第二部のほうも読んで下されれば光栄に思います。では、第二部で。さよーならー(ザクゥ