- 『水が欲しい!!』 作者:おんもうじ / ショート*2 ショート*2
-
全角3104文字
容量6208 bytes
原稿用紙約8.9枚
僕はただ純粋に祈る。誠実かつ堅実で、今となっては厳かであり煌びやかでもある透明な願いを。
水を下さい。
今の東京といえば猛暑で、一歩外に繰り出すとそこには地獄絵図のような光景が広がる。くーらーで冷え切った都民達の体にはその熱線はあまりにも刺激的すぎて、ニュースでは毎日のように熱中生で倒れた人達のことが報道される。
暑いのだ。
とにかく暑いのだ。
そして、厄介な事に今年の日本の中枢部は今、最悪にして最凶なる問題を抱えている。なんと。今この多湿高温なこの土地の上でこの東京は今――水不足に瀕しているのだ。
危機である。一言で言えば危機なのである。人口が急激に減りうる。先述したようなただの温暖化による猛暑ならまだ可愛い方だ。しかし、だ。この非常に残酷たる事態にあわさって、水不足とは!一体どういうことだ、どういうことなんだよ神様――!!!
「助けてー!!!」
と悲痛な声が聞こえる。もちろん僕の心の中でだ。それは自分の声なのかもしれないし、都民全ての心の声なのかもしれない。そう、ここの都民は皆心から哀願の意をこめて天に祈っているの違いないのだ。町中で給水活動が行われていて、人々はまるではちみつにむらがる昆虫のようにそれに我が先にと押し寄せる。しかし僕なんかにはもはやその人ごみのなかで生き残れるだけの体力は残っていないのだ。
僕はホームレスをしている。だから風呂なんてめったに入らないし、普通の人が普通の生活を送るためのほどの多くの水はいらない。しかし、だ。断水が行われている今、この瞬間、この猛暑の中、無銭の僕がだ。クーラーも無いダンボールの家で、どうやって、どうやって暮らせと言うんだ!!!このままではこの夏減りうる人口の先陣を僕が切ってしまう!
「死ぬよ!死んじゃうよ!?ヘルプ!ヘルプミー!!!」
僕が人徳を忘れてそう叫んでいると、暑くて今にも死にそうな顔をした人が目の前をけだるそうに横切った。黒いスーツを着たサラリーマンだ。普通なら僕を変人扱いし、侮蔑の目を剥けながら歩くところだが、この暑さだ。そんなことに無駄な労力を使うまではいかないようだった。僕もそれを嫌でも理解しているからこんな変人っぷりをさらしだしているわけで。
最後に水を飲んだのは昨日。公園を探し回って水を求めた結果、ある公園で幸運にも水にめぐり合えたという訳だった。が、今日になって同じ場所に行くと、そこには昨日とは違う現実がただただ存在するばかりであった。断水されてもなお残っていた水は他の住民によって絞り尽くされていたのだ。何と言う事だ、とよく考えてみれば当たり前の話だったわけではあるが、僕はそのときに生きる希望を失って、その場に座り込んでしまった。それが9時頃の話で、なんとか僕がもう一度立ち直るまでの時間はそれほど時間はかからなかった。とにかく暑いからだ。生きる希望を失うといってもやはり本能的にはただ容赦無い熱線に焼かれるままの身に危険を感じたし、そんな陽のあたる場所でぽつんと焼かれるままに座るとは本当に生死をかけた行動であったとすぐに感づいたからだ。
それからまた水を求め、僕はさまよい、今に至る。
あれから2時間ほどさ迷いつづけ、公園はもう3箇所わたった。それまでに出くわした自販機では取り忘れたお釣りの確認や、自販機の下に落とされた小銭を探し回ったりした。そこで運良く僕は5円玉を2枚も見つけてしまった!なんとご縁のあることなんだ――って10円じゃなんも買えねーっ。
そして4箇所目の公園に僕が到着したのは11時半――公園の中心に柱がたっていて、そのてっぺんについていた――のことで、そのときの僕はもう本当にせみのぬけがらのように魂が抜けきっていて、まっすぐ歩く事さえ憚られていた。ふらふらとした足取りで、なにかうめき声のような声をあげながら、人影のない公園(そこはかなりわきみちにそれた目立たないところにあったし、そこには日陰を作り出すものが極端に少なかったからだろう)を、蛇口を求め歩いた。そして、ようやく見つけた砂場の横にぽつりと佇む蛇口そこに辿り着いた。
そのときだ。
異様な雰囲気が、僕の目の前に突如流れ出す。視界に紫色じみた空気が充満していくようだった。そしてその空気が段段中心に終結して行き、蛇口の少し上で形をなした。
それは何の形か、と言われれば形容しがたいものであったが、あえて言うなれば、丸い、ひまわりの輪郭をかたどったような形であった。
ついに幻覚か、やばいな――と僕が思っていると、その紫の空気はあろうことか喋り出した。僕は人の脳とはすごいものだな、と感心しながらも呆然とそれに耳を傾ける。
――やっとのことでありつけたようだな。そう、ここには水がある。おまえの欲している、おまえの命をもたらす生命線、それがここにある。もしもここでおまえが水を飲まねば、おそらくおまえの命は今日中に果てるだろう。それはそれは、苦しいものになるだろうな。体が干からびるまでおまえの意識がそれを苦痛として受け入れ、悲痛にゆがめられたまま死ぬだろうな。だが、ここで飲めばおまえは助かる。おまえの負担は極端に減り、楽になるだろう。選択肢は残っていまい。さあ、飲め、私の声を無視するなよ。私がお前の助け舟だ。さあ、飲め――
暑さで眩暈がする。この煙の声をどれだけ理解できただろうか?自分でもそれはわからないが、とにかくここに水があるようだ。でも、これは自分だ作り出した声だ。信用しようという方がばかげているし、そもそもあるかどうかといえば無い確率の方がすこぶる高い。今日回った三件の公園もそうだった。だからここでもないのかもしれない。そしたら本当に命の危機だ。
だが、何故か安心感はあった。その言葉を妙に信じられたのだ。それは暑さでどうにかなってしまったぼくの頭が勝手に起こしたものかもしれないし、本当に霊的なものでそれが現実に起こっている事象だからかもしれなかった。
とにかく蛇口をひねってみよう。と、僕はその蛇口に手をかけた。フッと笑い声が聞こえたような気がした。
僕は手をかけた蛇口を、おそるおそるひねる。本当にここで水がなければ先ほどの声のように、僕の命は果てるかもしれない。正直体力や精神力も限界だった。ここが最後の望みの綱だ、とも思っていた。にしてはこの命がかかった行動にそれほど危機感を感じていなかった。本当に人の脳はすごいな、と思う。
じゃあっと音を上げて、そこから水が流れ出した。
僕はそれを呆然と見つめる。信じられない、本当だった。本当に水が出た。これでまた生き残れる。まだ生きる希望をもつことができる。今の暮しは辛いにせよ、本能的にだろうか、純粋に嬉しかった。
僕は蛇口から出てくる水を両手ですくい、口に運んだ。――おいしい。喉からその潤いが流れてくる。乾ききった体内に生命の息吹をもたらすような感覚。体内を回る血液をみずみずしく、神々しく潤わすような感覚。その悦楽に浸っていると、目の前の視界が急にぼやけだした。それに反比例するように先ほどの紫は視野を占領して行くように巨大化していき、最後に目と口ができ、簡単な化け物のような形になっていった。意識は朦朧としている。もう何が何だか認識できない。途切れ行く意識の中で、何か聞こえたような気がした。
――やっと人の魂にありつけたよ。久しぶりのご馳走だ。じっくりと堪能するとするかな
そこにはただ、とうの昔に断水で枯渇した何も流れ出る事のない蛇口と、砂場に倒れる薄汚い不精な男が佇んでいるだけだった。
fin
-
2005/08/16(Tue)20:01:10 公開 / おんもうじ
■この作品の著作権はおんもうじさんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
ええ、また意味分からない作品を行き当たりばったりに書いてしまいましたが、オチにひどく悩みました。皆さん理解していただけたでしょうか。まあ、理解していただけなくても仕方ない、書いていてこういう書物は苦手かも、と思いました笑 てか水をみんなで求めてバトルって楽しそうだな、って思って書いたのに結局こんな形で……。最後いきなりでてきた紫の化け物も唐突でしたね。はあ、でもちゃんと物語をすすめるほどの根気がわいてきませんでした。あしからず。
さらりとお思いになってくれたことを仰っていただければ幸いです(^○^)