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『スミレ』 作者:風間新輝 / 恋愛小説 未分類
全角3427.5文字
容量6855 bytes
原稿用紙約9.85枚
 ――僕は旅人。ギターを片手に世界を旅する。七つの海も、広大の空もすべてが僕の舞台。僕のギターは皆を魅了する最高の武器。どこで弾いても、人が集まる。気分はハーメルンの笛吹き男さ。
「何、書いてんだよ! 紙にこんな絵空事書いてどうなるんだよ! 畜生、歌詞一つ、まともに出てこないじゃねえか」
 俺は一人髪を掻き毟り、叫んでいた。独り言は一人暮らしの人にはよくあることらしいが、自分で実際に言うようになると、少々情けない。俺は21歳の自由人。大学は1年前にやめた。東大に通っていたが、俺にはどうでもよかった。この世のすべてがつまらなかったんだ。俺はドリーマーというより妄想癖持ちの情けない男だ。今もギターで身を成すことを夢見てる妄想野郎さ。どうせ俺にはあいつらみたいにはなれないんだ。

 一年前、俺はあるライブハウスにいた。高校の頃、つるんでた馬鹿な友達達がそこでライブをやるってことで、わざわざ足を運んだ。どうせあいつらじゃ、ろくな演奏しないんだろうなと正直思っていた。あの頃の俺は俺こそが人生の成功者だ。周りは屑しかいないと思っていた。今思えば、明確な夢すら持っていなかった俺こそが屑だったんだ。
 俺はスプレーで未成年の主張がされてしまっているライブハウスの扉を開いた。むせかえるような熱気。入場券をいかしたパンク野郎に渡し、会場へと足を踏みいれた。丁度、あいつらの出番だった。あいつらは革の黒のジャケットに黒のレザーパンツをはいていた。
「今、最高に盛り上がってるバンド、レッドノーズが今夜も盛り上げてくれるぜ! さあ、皆テンション最高潮に保ってるか? Let´s play music!」
 DJが大袈裟に騒ぐが、その声は歓声に打ち消されている。レッドノーズとはボーカルをやっているタカの高校時代のあだ名だ。タカの癖は鼻をこすることだった。そのためいつも鼻が真っ赤だった。でも、まさか、それをバンド名にするとは思わなかった。あいつらの登場で会場はますますヒートアップする。あいつらの一人、タクが思い切りドラムを叩き鳴らし、口火を切った。タクの長髪がこれからの演奏を喜ぶかのように舞い踊る。徐徐にビートは熱く熱く燃え上がる。ドラムの音に合わせ心臓の鼓動がどんどん高まっていく。俺は既にあいつらの創る世界に引き込まれていた。
 ギターのケンがギターを愛するが如く、高く大事そうに掲げ、それから一気に掻き鳴らす。単体だけなら五月蝿いだけかもしれないが、ドラムの補助、周りの歓声のため、素晴らしい音になっている。
 そして、ボーカルのタカがマイクを持った右手を振り上げ、舞台の前方まで疾走する。
 ――命は突如始まり、いつかは終わる。すべてに定めがあるんだ。でも、僕らは輝きだしたばかり。全力で走り続けるんだ。一瞬の灯であっても構わない。一瞬の炎だって周りを照らせるんだ。always run run run! 全力で、ひたむきに。shout shout shout!
 タカはその声に自分のすべてを乗せろように、シャウトする。低音で少しかすれた声で好きになれない声なのに、俺の心に一直線に響いた。生き様を見せ付けられた。そんな気がする。

「今日は来てくれてありがとう! 親友が来てくれてる今日は重大発表があります。俺たち、レッドノーズはメジャーデビューします」
 演奏が終わり、まだ興奮冷めやらぬ中、タカはマイクを使わず、自分の声で話した。なのに、タカの声は歓喜に渦まくこの会場のすべてに響いた。もう俺の耳には何も聞こえていなかった。
 帰り道、俺は一人泣いていた。人通りのない道の隅の暗闇の中で、自分の驕りに、なさけなさに声を上げて泣いた。悔しくて、情けなくて、心が締め付けられるように苦しくて……。

 俺は自慢のギターを鳴らしていた。
 ――人は夢を見る。夢は人を見る。輝く所に光があるように暗闇には闇がある。すべてを包む闇がある。夢も、人もすべてを包む。
 俺は唄う。力の限り、ギターに合わせ、唄う。この小さなアパートで誰も聞かない歌を唄う。
「ユウ君、今日も唄ってるんだね。頑張って」
 扉を開け、入ってきた女が言う。菫だ。半年前にライブハウスで知り合った俺の彼女であり、ただひとりのファンでもある。俺にはもったいない美人だ。菫は僕の何処に惚れたというのだろうかと思い、聞いたことがある。東大を蹴ってまで、ミュージシャンを目指しているところが好きなのだそうだ。東大を蹴ったのはどうでも良かったからだし、ギターは高校時代からの趣味だが、ミュージシャンになろうとしたのは半分以上あいつらの影響だ。だから、少々後ろめたい気がする。日々日々、魅力的になる菫に少し嫉妬している俺が情けない。菫は優しく、俺を甘やかす。この空っぽの俺を。
「菫、今日はどうしたの?」
 俺は来てくれてありがとうとは中々言い出せない。つい、ぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「これ、見てよ」
 菫は鞄から音楽雑誌を取り出す。大手の音楽雑誌で、扱うのはヒットしているミュージシャンだけで、インディーズの俺が載っているはずもない。
「このレッドノーズってユウ君の友達でしょ?」
 菫は嬉しそうに話す。
「そうだけど」
 見せないで欲しかった。太陽のような光のもとでは、俺のようなちっぽけな闇は掻き消されてしまう。
「後、これ持ってきたの」
 菫は俺の気のない返事のためか、話題をかえようと更に鞄から何かを取り出す。
「これ、オーディションの申し込み書なんだけどさ」
「ごめん。今日は帰って」
 菫は悲しそうに出て行ってしまった。菫は俺の心配をしているだけ。そうだとわかっているのに。俺の情けない狭い心は、菫があいつらと俺を比べ、馬鹿にしているように受け取ってしまっていた。しばらくの間、俺は自己嫌悪で無気力状態だった。

 3日後、菫からメールがあった。
 その文面は「私が気にさわることしたんだよね。ごめんね」というものだった。
 俺が悪いのに。俺には返す言葉はなかった。自分が情けない人間だと思っているが、それを菫にさらけだす勇気はなかった。情けない俺を晒すと菫がいなくなってしまいそうで怖かったのだ。俺はギターを意味もなく、激しく掻き鳴らす。弦が一本切れた。それでも掻き鳴らし続けた。この行為に意味はなかったのだから、弦が切れていても関係なかった。

 あのメールが届いてから、1週間が経った。
 菫に謝ることもなく、ただ時間を潰すだけだった。携帯電話が俺の創った自作着信音を響かせる。電話をかけてきた相手は菫だった。
「もしもし、私だけどさ。私、これ以上あなたと付き合っていけない。あなたが悪いんじゃなく、私が悪いの。ごめんね」
 俺をユウ君ではなく、あなたと呼んでいるし、菫の意志は固いのだろうか。
「そっか。別れよう」 
 俺は本心にはまったくない言葉を告げていた。菫は電話を切った。ツーツーという音だけが、鳴り続ける。素直に謝れば、許してもらえたのだろうか。俺を試しただけだったのかもしれない。こんなに未練が残るなら、早く謝れば、良かったのに。どれだけ俺は菫の期待を裏切っていたんだろう。俺は煙草を吹かし、相棒のギターを抱き、人知れず泣き続けた。

 それから、俺は毎日、昼はバイト、夜はライブハウスで技を盗むという行為を繰り返した。
 気がつけば、2年の年月が流れていた。俺は初のテレビの歌番組に出ていた。
「今日のゲストはドゥンケル・ハイトさんです。曲は菫。ではスタンバイしてください」
 司会者が俺を紹介した。ドゥンケル・ハイトはドイツ語で闇という意味だ。
 もの哀しくも、どこか愛しいメロディを俺のギターは紡ぎだす。
 ――春に咲く菫は乾いた俺にすべてを与えてくれた。紫色が優しく俺を包み込む。すべてから護ってくれた菫。俺のすべてだった菫。なのに、なぜ、捨ててしまったのだろう。自分を闇だなんて気取って、菫の艶やかな色彩に気付かなかったのさ。少しでも外に目をやれば、世界には光が溢れていて、俺の闇がちっぽけだと気付いたのに。後悔だけが続く。俺は今日も菫を探し、旅に出る。七つの海も広大な蒼い空も、どんな所でも探し出す。いつか、菫を見つけるまで。辛くても、苦しくても。菫が全てなのだから……。
 俺はすべてを込め、唄う。3年前に聞いたレッドノーズの曲のように心に響く力があるかどうかはわからない。
 それでも、一握の希望を込め、唄う。
 ただ、唄う。

2006/03/24(Fri)15:24:35 公開 / 風間新輝
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■作者からのメッセージ
その後を書くつもりは今のところありません。その後はご想像におまかせします。
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