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『夜明けは遠い 第一話〜第二話』 作者:ブラ汁 / 未分類 未分類
全角5191.5文字
容量10383 bytes
原稿用紙約16枚
 <第一話 無題> 



 ―――蒸し暑い8月に起きた出来事であった
 例年に無い猛暑。まるで、ハワイの炎天下と日本のじめっとした湿気を足したようなその夏は、例外無く俺が住む町にもやってきた。
「……あー、暑い。何だ、これは………」
 言って、俺は足元の空き缶を蹴っ飛ばした。空き缶は蜃気楼で歪んで見えるアスファルトの上をがらんがらんと転がる。
 ……今日の予想最高気温はおよそ38,5度。地獄だ。
 多分、今年は熱射病やらなんやらで沢山の死人が出る事だろう。間違い無い。
「……こんなクソ暑い中、クーラーどころか扇風機すら無い教室で補習やらされた奴の身にもなってみろっての………」
 やらされた、と、つまり過去形だ。汗をだらだらと流しながら、頭がややぼーっとしながら、汗ばんだ手でペンを握ってひたすら数式とかを書き続けた。
 しかし、もうそれも終わった。後はいつもの登下校のルートを帰って家に着くだけだ。
(まず、シャワーを浴びて汗を落とそう…。んで、着替えて、アイス食って、二時間くらい昼寝して……)
 そんな事を考えているうちに、公園の前に来た。
 学校へ登校する時にも、下校する時にも必ず目に入ってくる公共施設。それがこの公園だ。
 ……何でもここは数十年前、上の人等の「この町には良い桜が無いから、自分達で新しい花見場所を作ろう」という自己満足的な目的で作られた場所らしい。公園の縁にずらりと並んで植えられている桜の木がその証拠だ。
 どの桜の木の枝にも緑色の葉がびっしりと茂っていて、今の状態では、端からぱっと見ただけではそれが桜だとは判別し難い。 
 だが、きっと春になれば全部が全部美しい桃色の花を咲かせて、心にズキュゥーンとくる風景が出来上がるに違いない。
「――その季節になったら適当な野郎連中でも誘って、花見に行ってみるかねぇ。ま、まだ当分先の話だが……」
 ぶつぶつとそんな独り言を言ってみる。
 ……さて、余計な時間を喰ってしまったぞ。早く家に帰って、さっきのシャワーを浴びたりアイス食ったりする計画を実行しよう。
 ―――っと思って、足を進めようとしたその時、 
「―――――――」
 ―――背筋に、ぞくっ、と一筋の緊張が流れた。
「―――……っ!?」
 咄嗟に振り返って、後ろを見る。
 ―――高鳴る鼓動。
 俺のすぐ真後ろに、
 ―――荒ぶっていく呼吸。
 蒼い眼をした彼女は、
 ―――そいつはやってくる、殺ってくる
 やっぱり、平然とした顔つきで立っていた。
「ハロー、加藤政春クン。殺しに来たわよ」
 いつも通りの愛想が良いにこやかな笑顔、いつも通りのよくトリートメントされたしなやかな長い黒髪、いつも通りの赤一色のワンピース、いつも通りの厳ついシルバーボディの回転式銃。
 いつも通りの風貌で、彼女―――通称“フェアリー”は俺の前に現れた。
 ―――ああ、何だ。良かった。この暑さでまいってきている俺の頭を叩き起こしてくれ人がやっと来てくれた。
「―――そいつはサイレンサーを装着出来ないタイプだろう? いいのか、人がすぐに集まる上に足がつくぞ」
「構わないわ。だってすぐに逃げるから」
 即答した。そして“フェアリー”は俺に一歩歩み寄り、銃口をぴたりと向けたまま言う。
「これで28勝28敗かしらね。また同点だわ。ねえ、“アロー・オブ・ルビー”……。短く“AOR”と呼んだ方がいいかしらね?」
「好きに呼ぶがいいさ。
 そんな事より“フェアリー”よ、トドメを刺すならさっさと刺すんだな。長引かせると、この前みたいに頭が吹き飛ぶぞ?」
「あら、ご親切に忠告どうもありがとう“AOR”さん。では、お言葉に甘えて、もうさよならをしましょう」
 嘲笑するように言って、“フェアリー”は引き金を―――何の躊躇も無く、まるでシューティングゲーム機の攻撃ボタンを押すかのように―――引いた。
 直後、ドォンという銃声と共に高速で発射された鉛の弾丸が俺の心臓を的確に貫き、そのとんでもない反動で俺は地面にうつ伏せになって倒れた。
 熱いアスファルトに、どろどろと真っ赤な血溜まりが出来ていく―――。
「じゃーね“AOR”。あー、そうそう、なるべく早く復活してちょうだいね。そうしないと私、ご飯食べていけなくなっちゃうから」
 真紅のワンピースを纏った女性は、その声が最後だった。それっきり人の気配は無くなってしまい、公園の前に広がる灼熱の道路に残ったのは死にかけの俺一人だけ―――
(……今の銃声、近くの住人の聞かれたか。……しゃーない。大事になっちまったらもうお仕舞いだ。この身体は切り捨てて、さっさと新しいのを創るか)
 また、あの胸糞悪い“フェアリー”とくだらない鬼ごっこをしなくては。そうしないと俺、飯を食っていけなくなっちまう。
 ……それは、蒸し暑い8月に起きたいつも通りの出来事であった―――
 ―――まあ、“普通”と比較したら随分と歪んではいるが、だが、間違い無くこれが俺の日常である。
 しっかし“フェアリー”と“アロー・オブ・ルビー”……なんつーか、とにかく滅茶苦茶だぜ? 俺も、あいつもな。



<第二話 田村真一>



 同級生である加藤政春君が近所の公園の前で死んだ。

 何者かに襲われて、怪我を負った胸から血を流しすぎて、血液が不足してしまい死んだらしいのです。
 そこまでなら、ただの猟奇殺人で終わるのでしょう。しかしどうも、その事件は“ただの”では済まないみたいだったのです。
 政春君の死体から、鉛の弾丸が摘出されたというのです。
 しかもそれは日本では全く生産されていないタイプの弾丸で、犯人の正体は外国産の拳銃と弾丸を所持している何者か、という事になったのです。
 ……しかしどうやって拳銃を日本に持ってくるというのでしょうか? まず飛行機に乗る前に金属探知機で引っかかる筈ですし、となると―――
(隠密で行動している企業が拳銃と弾丸を生産しない限り、不可能……)
 国内なのか海外なのかは分かりませんが、確実に存在しています。間違い無いでしょう。
(……気になる。危ないと思うけど、詮索してみるかな………)
 どうせ私は暇なのだし、それに――死なんて恐れていませんから、別にいいでしょう。

 ―――――――そう、これこそが17歳の少女、尾口朱美の堕落への始まりであった。


 
 今年で25になる田村真一は、不思議な能力を持っている。
 彼は、皮膚から電気を自由に発する事が出来るのだ。
 そのパワーは微弱な静電気程度のものから、象一頭を軽く即死させたりと様々だが、彼自身、どこまでが限界なのかは分かっていない。
 というより、限界を出してしまったら間違い無く身体の方が耐えられず自爆してしまうので、フルパワーを発揮するのは不可能なのだ。と、彼に係付けの医者はそう言っていた。
 そして―――今の真一はその特技とも言えぬ能力を受け入れている組織に属している。そこにスカウトされたのは二年前の8月くらいであったが、当時の彼はフリーターでろくな職を持っていなかったので、やけになりつつも――最低限の生活と安全を保障するという条件を呑んで――その組織に入った。
 組織の名前は“G”―――目的は主に彼と“同類”である人物の探索とスカウト、そして敵対組織の物理的な壊滅。
 つまり田村真一の仕事は―――“仲間”を増やし、その人間離れした能力で“敵”を減らしていく、というものであった。
 最初の頃はその訳の分からない指令に戸惑っていたが、しかし月日が経つに連れて彼は“G”の生活にすっかり慣れてきてしまった。

 そして今、彼は“G”の幹部から下された命令で、“敵”の討伐の為にある町まで来ていた。
 そこは一般的な住宅街が広がる、平凡すぎる町並みが溢れた場所であった。
「…………」
 中肉中背な彼は普段、ワイシャツの上に黒いスーツという、どこからどう見ても“一般企業に通う至極普通のサラリーマン”という風貌を装っている。この格好ならカモフラージュがし易いからだ。
「…………」
 彼は、やや上り坂になっている歩道を歩いている。ここはあまり車が通らないらしく、通っているのは彼だけだ。
 やがて、暫く歩いていると、坂が終わって平らな道路になった。
 数十m程先の所でなにやら人が大勢集まっていて、騒がしい。
「……ここか………」
 口の中で呟き、真一はその人混みの方に近づく。
 どうやら彼らは、公園の入り口辺りに集まっているようであった。
 人混みの前には立ち入り禁止を示すテープが張っていて、その内側で数人の警官が野次馬に向かって『ここから先は立ち入り禁止です』等と声を張り上げている。
 警官達の足元には、白いテープでかたどられたヒトガタと、赤黒い染みがあった。
(血か……。乾き具合から言って、死後二日は経っているな)
 即座に彼は状況を分析する。こういった事は、彼にとってもう慣れっこであった。
 暫し真一は血の染みを凝視しながら独り言をぶつぶつと呟いていたが、やがて、ふむ、と小さく頷き、いきなり踵を返して先ほど来た道を引き返して行った。

 ―――そして坂道を歩いている途中、彼は急にぴたっ、と立ち止まり、後ろに振り返って平静な表情で言った。
「―――何の用だ、フェアリー」
 すると、さっきからずっと彼の跡をつけていた“そいつ”も立ち止まり、真一に向かって冷たく言い放つ。
「別に。ただ、偶然顔見知りの奴を見つけたから追ってみただけよ」
 彼女―――フェアリーは不敵だ。
 フェアリーのそれは真一と同年齢かそれより二つ下くらいで、それほど歳に差がある訳でも無いのだが、しかし確かに彼女の振る舞いからは“キャリアの圧倒的な差”というものが表れていた。
「偶然、か。まあそれは別に否定しないが……。どうしてお前はまだここに留まっている。今回のアロー・オブ・ルビーならもう仕留めてきたのだろう?」
 真一も堂々とした口調で言い返す。
 ―――彼と彼女の間合いはおよそ8メートル。そこそこ遠いが、けれどその気になれば即座に詰められる差ではあった。
「そっちの方は、ね。でもね、昨日私に緊急指令が入って、その指令を遂行するまで“サンプル”としての仕事は中断させるよう言われたのよ」
「緊急指令? まさか、お前も“デストロイ”の討伐を―――」
 言いかけて、彼ははっとした。彼に与えられている任務の内容は、他言する事を――というより、どの組織も例外無くこのルールは共通しているのだが――許されないのであった。
 しかしフェアリーは全く動じず、そのしなやかな黒い長髪を片手でくるくると巻き上げたりしながら、
「そうよ。危険度特A級の人間兵器“デストロイ”……それを木っ端微塵に殲滅する事が緊急指令の内容よ」
 と、“他言禁止”である筈の事を冷静に言い放った。
 この不敵な発言に、さすがの真一も、むっ、と唸ったが、それもほんの一瞬だけだ。彼はすぐに普段通りの仏頂面になり、言う。
「目的は同じという訳か。だが俺はお前と競うつもりも、妨害するつもりも無い。課せられた任務を遂行するだけだ」
「違うわね」
 素早く言い切った。そして彼女は言葉を続ける。
「貴方はそれだけで終わる筈が無いわ。そっちの方の任務を終えたら、“G”と敵対している組織“リバース”に所属している私を個人的な行動という事で捕まえ、捕虜として“G”に連れて行く気なんでしょう?」
「……………」
「無駄よ。貴方程度じゃ私の足元にも及ばないわ。馬鹿な事は考えないで、“デストロイ”の方に集中する事ね」
 何の遠慮も無く彼女は責めるように言ってくるが、しかし彼女が言った事は全て事実で、真一は一言も言い返す事が出来ない。
 彼は、無表情でフェアリーの方を見据えたまま突っ立っている。
「それじゃあ……私は今から待機状態に入って休んでくるけど、貴方も一息ついた方がいいわよ。忠告しとく。その格好で炎天下を歩き回っていると、いずれ熱中症になって間違い無く死ぬわ」
 言い捨てて、彼女は真一に背を向けた。そのまますたすたと歩いていき、坂を登り終え、そして呆気なく彼女の姿は消えた。
「……………」
 やや上り坂になっている道路に、真一がだけが取り残されてしまう。
「……熱中症、か」
 黒いスーツに身を包んでいる彼はそんな事を呟いて、上を見た。
 空は雲ひとつ無い快晴だった。頭の上でぎらぎらと太陽が照っていて、まさしく真夏という言葉が最も似合う天気である。
「……暑いな。適当なホテルでも見つけて、そこに泊まるか」
 ぶつぶつと呟きながら、真一はフェアリーとは逆方向に坂を下って行く。
 鼻や額に大量の玉の汗を噴き出している彼は、それから先も何か小さく独り言を言い続けながら、歩いた。
2005/08/18(Thu)01:07:16 公開 / ブラ汁
■この作品の著作権はブラ汁さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初めまして、ブラ汁という者です。
 前々からこういうのを書きたいなぁ、と頭の中で思い描いていたのですが、今回、思い切って文章にしてみました。
 しかし慣れない事ですので、まだまだ未熟な所があるかと思いますが、日々精紳していくよう努力します。
 どうか皆さん、宜しくお願い致します。
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