- 『鈴木田中ちゃんぷるー NG』 作者:座席 / リアル・現代 ショート*2
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全角2283文字
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原稿用紙約7.45枚
【ぼん】
「鈴木。盂蘭盆(うらぼん)、行こう」
夏休みも半ば過ぎたというのに、暑さが未だに取れない八月の中旬、田中はそうして俺の家に訪れた。
家には誰もいない。
昨日の朝から家族全員で母親の実家へと足を運び、俺だけが日帰りで家に戻ってきていた。毎年のことながら、早々に帰る俺を残念そうに見送る祖母と祖父には申し訳ない気持ちが充満している。
両親は何も言わなかった。妹は一言
「またね」
とだけ言った。
そうして田中は訪れた。この暑い中、俺が開けたドアから玄関に入りもせず、ただ俺の返答を待つ。
「盂蘭盆(うらぼん)、行くか」
八月の中旬、盂蘭盆。通称、お盆。もとは中国の行事で、苦しんでいる亡者を救うための仏事だ。日本に伝わってから、初秋の魂(たま)祭りと習合し、祖先霊を供養する仏事になったのだそうだ。迎え火・送り火をたき、精霊棚(しようりようだな)に食物を供え、坊さんとかに棚経(たなぎよう)を読んでもらうなど、地域により様々な特色が見られる。
俺と田中は費用も時間もへったくれもないので、花束と水とたわしと鎌を用意する。火はいらないし、ちょうちんもいらない。
自転車を漕いで町を外れ、山道を抜けてからとあるわき道に入ると、町の景色を一望できる場所があった。
ここは、俺達だけの秘密の場所だ。
田中も俺も一年ぶりの到来の為、毎年のように記憶を頼りに辺りを見渡し、進んでいく。
先頭を歩く田中が声をあげた。
「お、いたいた。おっす、尾立(おりゅう)!」
田中が駆け寄り、軽く手をあげる。背後からでも笑顔になっているのが手に取れた。俺もそれに続く。
「よう尾立(おりゅう)、久しぶりってところか、一年ぶりだな」
挨拶しながら田中の隣にたどり着く。
ぽつんと佇む小汚い墓石。まわりには草が生えて、緑がかった年代物。
刻まれた言の葉は尾立(おりゅう)。
それが、あいつの名前だった。
「よーし、年に一度のキレイキレイタイムといきますかぁ」
田中はそういうと、鎌を取り出して周囲の草を刈り始めた。俺は無言で墓石に近づき、水をかけながらたわしで擦る。一年間……いや、数年間の間に蓄積された刺青のような汚れは消えず、表面上の泥やこけだけが落ちていく。
その合間にも、田中は淡々と話を続ける。
久しぶりに出会った親友への今までの出来事、思い出、俺と遊びに行った時の事とか、俺に未だに蹴られてる事とか、妹の話をしたりして、ふざけ半分に俺が軽く蹴りを入れる。
軽くゆれる程度の衝撃に、田中は大袈裟に痛がりながら笑い、俺も笑う。
幼稚園からの付き合いである三人は、ここで出会い、ここで遊び、ここで喧嘩し、ここで仲直りし、ここで絶交し、ここで再会し、ここで友情を誓った。
そして、尾立と別れたのもここだった。
なんてことはない、ただまた明日を言っただけ。
世界一の走り屋になるとここで叫んだ馬鹿な中学生は、元レーサーの父親の無駄にccの高いバイクを駆り、世界一のプロでもできないような速度を出して、そのまま夜へと消えていった。
迎える火も、送る火も、いらない。
俺達二人はあいつがいなくなったとは、これっぽっちも思っていない。
必ず、どこかにいる。そう思うんだ。
あいつは走り続けている。ここではない、どこかで、きっと。
だから、そう思ったから、あえて墓石を立てた。こうしておけば、いつかあいつが勝手に殺すな! とでも叫んで俺達の前に飛び込んできそうな、気がしたからだ。
綺麗にして、回りに堂々と見えるように、尾立の名をさらけ出せば、羞恥心に絶えられなくなったあいつは必ず現れる。
びしょびしょになった尾立をよそ目に、立ち上がって町の景色を眺めた。
相変わらずの絶景は、数年前と全く変わらない、俺達だけの最高の美術品だ。
「おい、鈴木。なにカッコつけて景色眺めてんだ」
「うるせー」
背後まで来ていた田中に、ちょっと力を入れてローキックをかます。田中は片足を押えて跳ね回る。
その姿が、妙におかしくて、思わず腹から笑っていた。
――相変わらず、お前らは最高のお笑いコンビだな。
田中も笑う。俺も笑う。あいつも笑う。
「さーて、そろそろ帰るか」
金がない為、学校から少しだけ拝借してきたチューリップを置く。離れて眺めてみれば、赤白黄色の花が墓石の前に並ぶ光景は、滑稽なものだった。
田中が手を上げる。
「じゃあな、尾立。今度は彼女を連れてくるから」
俺も手を上げる。
「じゃあな、尾立。ちなみに田中に彼女はいないから。俺の妹以外で田中が彼女作ったら連れてくるから」
「いや、それは無理ではないでしょうか……いい加減交際を認めてくださいよ、お兄さん!」
「誰がお兄さんだ! 当の本人すら認める認めないの話どころかアウトオブ眼中だろうが!」
二人の騒ぎ声が山に響く。蝉の減った山にそれは木霊し、山彦も騒ぎ声をあげる。
また来年、会える日まで。
雨が降って、ぐしゃぐしゃになって、固まってから、また溶けて。それでも再び固まり、絶対に崩れることがなくなった三人の絆は、俺達が忘れない限り、永久に不滅だ。
風が吹いた。どこからともなく、笑い声が聞こえる。
「なあ、鈴木」
「あん?」
「また来年、ここに集合な。友情に誓って」
「……くさいな、それ。まあ、嫌いじゃないが」
自転車で山を駆け下りる。昼にもなっていない山は、それでもやはり猛暑だった。
三人の夏は、これからも続く。
田中がカメラ目線に、つぶやいた。
「鈴木田中ちゃんぷるー、完」
「いや終わらないから」
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2005/08/24(Wed)06:38:07 公開 / 座席
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■作者からのメッセージ
「NG! はいカットカット、ちょっと頼むよおい〜。時間おしてるんだからさあ、ね? 次の一発で頼むよ、はいじゃあテイク7「あとがき」、スタート!」
はい、こんにちは、座席です。
まず、鈴木田中ちゃんぷるー初見の方、ごめんなさい。
鈴田ちゃん(変な略称)はこのような静かな雰囲気ではありません。もしも他の鈴田ちゃんを見る時があるなら、全く違う作風なので心してください。毎回そんな注意書きが必要な気配がしてきた、鈴木田中ちゃんぷるー。
今までの鈴田ちゃんを読んでくださった方、ごめんなさい。
NGです。NG。
ノーグッドでも、ノーギャグでもいいです、とにかくNGです。なにもギャグオンリーの作品じゃないと言い張ってみたい、鈴木田中ちゃんぷるー。
元から脈略のない作品ですが、今回はそれにあわせて謎のストーリー展開。ギャグではないですが、ほんのりまったりを目指してます。とりあえず二人のいつもの雰囲気がこういうノリでも出せてればいいなあ、と勝手な希望を思い書いた時事ネタ鈴田ちゃん。
今現在、「マグナ・バリエーション」を掲載しつつ執筆中なのでしばらくは鈴田ちゃんからも手が離れますが、合間合間で縫うように書いていくかもしれません、一辺倒にしないためにも。
とりあえず鈴田ちゃんを使って、いろんなシーンに挑戦してみようと思う今日この頃。突拍子のない展開があっても笑って許してくださっいや、やめて、ごめ、うわ、いや、いやああああ(了)
※文章修正