- 『最悪は更新される』 作者:イヨ / 未分類 未分類
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最 更
悪 は 新
さ
れ る
それは、確かな記憶だ。
もうだめよ、と先生が言う。少年は堅く双方を閉じた。
脳裏には何かの記憶が……―――たしかに
+++
最悪さいあく。
何度もなんども。
俺がやつを見ているほんの少しの間だけでも数十回は言っているんじゃないか?
そう錯覚するくらい。
そいつは一日に何度もその言葉を繰り返していた。
一心不乱……とまでは言わない。繰り返されるそいつの台詞に、クラスのみんなは早くもうんざりしていた。なに、今に始まったことじゃないんだ。
教室と書いてサウナと読む。今日……というか最近はそれくらい蒸し暑い日が続いていた。俺はそこまで暑いとは思わないからいいんだけど。
だけどみんな俺みたいな体質のわけがないんだよね。このクラスの連中は、昼に近付くにつれてどんどん上がる気温にまいっていた。
だから時々いるんだ。「暑いぃーー」って授業中にも嘆く奴。
先生はみんな暑いんだからって。みんなで頑張りましょうって……そう言うばかりだ。
そんな彼女こそ一番汗を書いていたりする。
そんなときあいつはいつも、吐き捨てるように言った。
「何この暑さーー最悪なんだけど!」
ほらきた。
みんな一斉に奇怪な虫でも見るような嫌な目付きでそいつを見た。
気に入らないんだ。
不快なんだ。
他の奴がなにか呟くのはよくても、こいつが言うとなぜか苛つく。
だってみんなこいつのこと嫌ってるんだぜ。
自分より小さくて弱そうなやつが何か言うのが、許せないんだよ。
え?俺?俺だって嫌いだよ。ぶん殴ってやりたくなるんだ。そうしてもいいかなって、最近思ってる。
だけどこのクラスのやつらがそれをやらないのは、年齢の割に寛大なのか、余程穏やかに育ってきたからか。
ぼうってしていたら授業は存外あっけなく終わった。特有のさっぱりした空気が似つかわしくない、じめじめとした室温の中に流れている。
今日は湿度も高い。暑がりにとっては地獄だろうな。
そんなことを考えていたらもう給食の時間だということに気付いた。何故いままで気付かなかったかって?
あまり腹が減らないんだ。これもこうゆう体質なのかな……――
配膳が終わるとそれとは引き換えに楽しい楽しい給食の時間が始まった。
なんかみんな暑くて食欲もなさそうだな。
今日のメニュー。串に刺さった鶏……それがきっとメインだな。
例のあいつはそれを片手に隣りの地味な友達と話をしていたようだ。話とはいってもやつが一方的に、聞いてもいないことをまくしたてているだけのようだけど。
おとなしめな友達は気の毒だとしか言い様がない……――と、そのときやつは手を滑らせた。
鶏の串焼きが重力に逆らうこととは無縁に落下する。
ぼちゃり。
やつの楽しみにしていた(だろう)ごちそうがスープにつかったのと、この世の終わりみたいな顔をしたやつが、お決まりの台詞を口にするのはほぼ同時だった。
「嘘だろ!?最悪ーー!!もう俺これ食べれねーー!!」
は、馬鹿か。
そんなことが最悪なわけがないだろう。
そいつの声が及ぶ範囲のみんなは振り返り、顔を歪めた。やつのスープに起こったこととそのしかめっ面を交互に見て、溜め息をつくような心境になったのは何も俺だけじゃないはずだ。
言うまでもなく俺はこいつのことが嫌いさ。好きなやつなんていないんじゃないか?
だから、ちょっと遊んでやろうか。
俺はそこまで楽しくもないが薄く笑った。自嘲気味だが、意地の悪い笑みだよ、まったく。
その陽も終わるという頃に、廊下ですれ違いざまに、奴の頭をぶった。
そんな強くじゃない。軽くだよ。
やつはそれでも案の定怒り出す。
「なにするんだよお前!痛ってーーッ!!最悪なんだけど!!」
頭をさすりながらやつは喚く。狂ったように怒鳴り散らす。今にも俺につかみ掛かって きそうだ。おお怖い。カルシウムが足りないんじゃないか。もしくはゲーム脳か?
俺はやつとの間に距離をおくと、口の両端を吊り上げて嘲りそのものを浮かべた。
俺にとってはそれが合図だった。
やつの回りを取り囲むようにして、あまりお目にかかりたくないような虫たちが唐突に沸いてくる。
やつは足下を見て、凍り付いた。
しかし動きを止めていたのはほんの一瞬で、すぐさま半ば発狂したように暴れだした。 自分の身に襲いかかりきつつあることが理解できない。そんな風に顔に恐怖を張り付かせていた。当然か。
ただうわ言のように「なんだこれ……!!最悪だ……最悪だ!!」
と呻く。
真っ黒と形容されるにふさわしい感情が、また俺を支配する。
俺はやつを真上から見下ろして言った。
そんなことはないだろう?
こんなことは最悪の部類に入らないだろう?
俺がどんなことを言おうがやつはどうでもいいようだった。
俺の声が聞こえてないみたいだし、唇がどう動いているかも見ようとしない。
手をめちゃくちゃに振り回して、顔を汗と涙というありきたりなものでぐちゃぐちゃにさせて。
そんな彼の上に前触れもなく小動物たちがぼとぼとと降って来る。
生きているならまだいい。そぅ、まだいいのだ。だがそれらは既に生物の行うべき活動を停止させていた。
人間のも混ざってたかもね。だってすごい臭気がしたらしいから。そんなことの予想がつく。
それは彼が両手で鼻のあたりを庇うような仕草をしたからわかったのだ。
俺には感覚がまるでない。
やつがだいたい死骸に埋め尽くされると、それらが今度は勢いよく燃え出した。生き物だったものが燃える匂いは、すさまじいよ。
まず、鼻の頭がつんとしてくる。それがじわじわ浸食してそのまま頭痛になるんだ。
これは経験があるから俺は知っていた。
俺はその光景に、つい顔をしかめた。ざまぁない。
やつはもう力の限り暴れたみたいだ。最悪さいあく。
ひきつった声音で言い張った。悲痛にもまだ繰りかえしている。
ほら、最悪は更新されるんだ。
実を言うと俺は、それからやつがどんな恐ろしい目にあったか知らない。
百万回、身が引き裂かれた夢を見たかもしれないし、それこそ地獄絵図の中にお邪魔してきたのかも知れない。
でもこれでこいつはもう安心だろう。
不思議と悪いことをしたという気は起きなかった。
今さっき見たもの以上の最悪なんてそうそう起きっこない。そうだろう?
俺は不完全に動かなくなったやつを見下ろした。
横たわったそいつは動かない。一瞬ショック死したのかと思ったが違った。瞼が変に痙攣していたのでそれとわかる。
余裕で生きている。
妙に自分を大切にすればいい。
俺はなんて親切なことをしたのだろう?
いまの俺の、この大声で笑い出したいような気分。
誰も理解してくれなくていい。
+++
もうそこには何もなかった。目を覆いたくなる甲虫類も、いっそ鼻を切り取ってしまいたくなるような臭気も。
強いて言えばそいつと、控え目にアンモニア臭を放つ液体が広がっていただけだ。
傍らにはほどよい大きさの男がいる。
醜くもなく、美しくもない。無表情なまなざしを、ひたすら下に傾けていた。
背中には変に曲がった、翼と呼ぶには少々抵抗のあるものが生えている。付け根が痛むらしく、男は腕を交差させてそこをさすった。
その動作は従順で、どこかひどくまがいものを扱うかのようだった。
黒く、時間の経過の曖昧いな光の中に浮かんでいる。
もう誰もいない。みんないなくなってしまった。
一面の焼け野原。それは記憶だ。最後にそれだけが残る。もうだめよ。だめなの。そう言った先生。
確かな記憶だった。さだかではない意識の中で、何の規則性もない嗚咽。
音もなく忍び寄る、孤独。
少年は堅くその双方を閉じる。みんな、いなくなってしまった。
気が重くなり、到底光の見えない眠りに襲われていく。
ああ。そうだな、あんたのいう通りだよ。
もう終わりだ。
此所にいるのもいい加減飽きた。
今なら別な場所に行ってもいいだろうかと、ぼんやり考える。
それから、何かどうでもいいことを決めた時みたいに窓の前に足を運んだ。
男はだらしない動作で、コウモリ傘のような黒のそれを広げる。
いつだったか絵本で見た気がする。おじさんの自慢の傘。強張った音をたてつつ羽ばたく。あれはどこで垣間見たものだろう。
まるで示し合わせたように不吉を装うその空へ。
彼は返却を促された。
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2005/08/08(Mon)14:37:05 公開 / イヨ
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■作者からのメッセージ
調子にのってまたしても投稿しちゃいました。
作品リストの『UP!』というアイコンはずっと見てると不思議な感じがしますね。
最近暑いですがみなさん大丈夫でしょうか。夏バテには十分気をつけてください。
もうすぐ長崎に原爆が落とされた日ですね。市民は夏休みでも登校します。
前回コメントくださった方、ありがとうございます!!