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『半熟卵mixドリア』 作者:律 / 未分類 未分類
全角4876文字
容量9752 bytes
原稿用紙約14.5枚
 彼女がトイレに行っている間に、思い出してみる。そう、6回だ。彼女と別れよう、と決めてから、もう6回目のデートを重ねている。
 しばらくしてトイレから戻ってきた彼女は、ぼくの正面に座り、「今日は楽しかった。動物園なんて言ったのは久しぶりだわ」とにこり笑った。
「ライオンに餌をあげている飼育員いたじゃない?皮を剥がれたニワトリを檻へ投げ込んでいたわ。ライオンはそれを器用に骨だけ残して食べる。残酷よね。考えさせられちゃった」
 そして彼女は注文したステーキにフォークを突き刺して、それを貪り食う。器用に一口サイズに切って食べる。
 また萎えてしまう。
 ぼくはこの女のこういうところも嫌いだ。
 ふいに出掛かった別れの言葉に蓋をするように、ドリンクバーの烏龍茶で押し戻した。
 なぜそうしたかというと「さよなら」と言ったあとの、罪悪感と、残尿感にも似たすっきりしない感じが嫌なのだ。彼女のためじゃない。自分が嫌な思いをしないため。
 つまりそれこそが、6回のデートを重ねてしまった原因で、しかしぼくは、今回こそは、とそのさよならを言い出すタイミングを探している。幸い、まだ時間だってある。焦らないでじっくりいこう。
 ぼくは長期戦を決め込んで、ミラノ風ドリアの真ん中にのった半熟卵を崩さないようにスプーンで掬って端によせながら、上目遣いで彼女を観察していた。
 もっと嫌わせてくれ。もっと萎えさせてくれ。

 こんなぼくにも彼女を愛していた時期というものはある。合コンで彼女と知り合って、何度かメールや電話を重ねて、そして付き合うことになったとき、たしかその夜は満月だったんだけれど、ぼくは月に吠える狼のごとく、夜の公園のブランコの前で歓喜の声をあげた。
 しかし彼女と付き合い始めてからは、失望と後悔の連続だった。
 例えば、彼女の部屋に訪れてみると、嵐が来たあとのように荒れていて、床にはカップラーメンやコンビニ弁当のゴミが割り箸とペアで転がっていた。彼女はそれを足で退かして、「適当に座って」と微笑む。座れねぇよ、座る場所がないんです。
 彼女の足で作られたわずかなスペースに立て膝をついて、屈んでるんだか座っているんだかわからない体勢で、キッチンで紅茶を入れている背中に「掃除は最近、いつした?」とおそるおそる訊いた。
 彼女は「うーん」と考えるふりをして、「もう何年もしてないよ」と答えて、紅茶を注いだカップをぼくに渡して、自分は比較的ゴミの被害が少ないベッドの上に腰掛けた。
「いただきます」と言って温い紅茶を立て膝のまま啜りながら、「綺麗好き」と言っていた彼女を思い出していた。全くの嘘だった。趣味だと言っていたぬいぐるみ集めも嘘だったし、得意だと言っていた料理も、付き合ってからしばらく経つと心を許したらしく「あれも嘘だったの」と手を合わせて「ごめんね」と謝った。
「じゃぁ、風呂に毎日一時間入っているって言うのも?」
「……嘘よ。そんなに入ってない。30秒くらいで出てきちゃう」
 おまえはしゃぶしゃぶの肉か?それに30秒のうちの一体何秒で体と髪の毛を洗っているんだ?しかも、毎日ではなく3日置き(夏場は2日置き)で入るらしい。
「入らなくても死ぬわけじゃないじゃん」
 彼女の部屋のベランダで鉢に植えられた何かの花が、ぱさぱさになって枯れていて、ここで育てられたことを悔んでいるようだった。
 その姿が、すっかり気持ちを枯らせてしまったぼくに似ていて、哀れになる。

 8回目のデートのあと、彼女とお決まりのファミレスで、彼女は茄子とトマトのパスタを、ぼくはぼくで相も変わらず半熟卵がのったドリアを食べていた。
 ショートケーキの苺も、カツカレーのカツも、好物は最後に食べるタイプで、勿論半熟卵だってそう。ぼくはそれを崩さないように丁寧に端によけてからドリアを口に運び、6回目と7回目のデートのときと同じように彼女を上目遣いで観察していた。
 もっと嫌わせてくれ。もっと萎えさせてくれ。罪悪感も、残尿感も感じないくらいに、大嫌いにさせてくれ。

 そしてその機会は、ぼくがトイレに立ったときに訪れた。
 用を足して扉を開けると、彼女が口にパスタのケチャップをつけたまま立っていて、あまりにも唐突に「キスがしたくなった」と言った。
 本当に突然だったので、最初は意味がわからずに、言葉が脳に伝達されるまでに多少の時間がかかった。
「ここはファミレスだよ」とぼくは答えた。
「知っているわ」と彼女は口の周りのケチャップを指で拭って、ぼくの下唇になぞるようにつける。ハリウッド映画の女優みたいな仕草だった。実際にそんな場面がある映画を見たことはないけれど、なんだかそんな感じがした。
 そして彼女は、蹴ってぼくを男子トイレに押し込み、器用に後ろ手で鍵をかけた。
 かちゃり。
 その音が彼女になんらかのスイッチを入れると、すぐにぼくの唇は彼女のぼってりとした唇で塞がれ、そして掃除機のような勢いで舌を吸われた。このままだと舌が取れそうで、命の危険を感じたぼくは、両手で彼女を思い切り突き飛ばした。そのキスの勢いでおまえの部屋のゴミを吸い取れ!
「なにするのよ!」
 ぼくはシャツの袖で口をごしごし拭いながら「こっちの台詞だよ!」と言った。「最低だ!」
「なにがよ」
「なにもかもだよ」
 もうたくさんだった。汚い部屋も、三日(夏は二日)にいっぺんしか風呂に入らないことも、ファミレスでぼくの意志とは別に、いきなりキスをされることも。
 ぼくはいよいよ別れの言葉を切り出そうとした。
「ねぇ、なにが不満なのよ」
 彼女はぼくの下半身を指差して「しっかり勃ってるのに」と笑った。
 ますますハリウッド女優だ。相変わらずそんな場面がある映画を見たことはないけれど、なんだかそんな感じがした。
 それっきりぼくはもう何も言えなくなってしまった。

 ふがいないというか、情けないというか、ぼくは本当に駄目な男だ。
 結局、9回目と10回目のデートでも、なんとなく別れの言葉を出すきっかけが無くて、そのままずるずると付き合っていた。
「それはお前が優しいからだよ」と慰めてくれる友人もいた。
「だって、おまえ。何時に電話がかかってきても、きちんと出ているんだろ?」
 ぼくは頷く。
「それに、おまえ。風邪をひいたら看病とかにも行っているんだろ?」
 ぼくは頷く。
「あのさ、おまえさ」
「なに?」
「本当に彼女のこと嫌っている?」
 ぼくは何度も頷く。
 彼女のことを嫌っているということは紛れもない事実だ。彼女と別れられればどんなに良いだろうか、毎日想像をして夢見ている。
 でもぼくは優柔不断だし、弱虫だった。
 ここという場面でここ一番の働きをしたことはないし、欲しいものを相当悩んだ挙句、手にとって、そしてレジに並んでいるうちに、「やっぱり欲しくないかも」と思って、棚に戻して、また考え始める。
 別れを告げるということも、つまりはそうゆうことだ。

 彼女とのデートは22回を数え、そして相変わらず彼女はハリウッド女優のように艶かしい態度でぼくにキスをせがんだし、部屋は汚いままだったし、風呂に入らないせいでパルメザンチーズのような“ふけ”を頭にまぶしていた。
 最近では彼女が結婚をせがまないか冷や汗をかいている。おおいにありえる話だ。
 そんなことを考えているときに、彼女から電話が来た。
「ねぇ、今から会えないかしら」
 少し考えてから「いいよ」と言って、今日こそは別れるぞ、と誓う。
「じゃぁいつものファミレスで」

 彼女はウインナーがトッピングされたピザを頼んで、ぼくはいつもの半熟卵がのったドリアと、それと二人で飲む赤ワインを頼んだ。
「今日はトイレでキスはしないからね」と皮肉めいて言ってみせると、彼女は意味深な笑顔を浮かべて、ピザを頬張った。ぼくはその笑顔を不安に感じながら、半熟卵を傷つけないように端によけて、これまでのデートのときと同じように彼女を上目遣いで観察する。 さぁ、今日こそおまえを嫌わせてくれ。もっともっと嫌わせてくれ。もっともっと萎えさせてくれ。罪悪感も、残尿感も感じないくらいに、大嫌いにさせてくれ。殺意を覚えるほど嫌いにさせてくれ。
 ドリアを食べるぼくを見て、彼女は「それ、好きだね」と言った。
「安くて美味しいんだよ、これ」
「ちょっともらっていい?」と彼女は訊いた。
「どうぞ」とぼくはスプーンと皿を彼女に渡して、お礼に、と貰ったピザを頬張る。
 彼女はまずスプーンを舐めてからドリアに取り掛かる。
 その、半熟卵を最後に食べるのがぼくの楽しみなんだ、と言おうとしたときに、彼女のスプーンが端へよけた半熟卵を無残にも潰して、中からオレンジ色の黄身をとろりと導き出す。
 こうゆう感覚、どこかであったなとしばらく思いを巡らせると、幼い頃遊んでいた公園がシャベルカーやブルドーザーに潰されて、そこにマンションが建つ感覚に似ていることに気がついた。
「あ」と一言呟いたけれど、彼女の耳まで届かずに半熟卵はドリアとどんどん混ぜられていく。「うまひょー」と彼女はよだれを飲み込み、笑顔を浮かべて、ドリアを頬張る。
 楽しみにしていた半熟卵。
「きみはさ」とぼくは震える声をなるべく抑えて訊いた。「ショートケーキの苺は最初に食べる?最後に食べる?」
「最初!」と彼女は頭を掻きながら即答で答える。
「ぼくは最後に食べるタイプなんだ!わかる?ねぇ。わかるかなぁー!」
 その半熟卵はぼくが最後の楽しみに残しておいた半熟卵で、それをきみが食べてしまったんだ。
 ぼくがテーブルをバンッと勢いよく叩いて「いいかげんにしろォォォォォ」と立ち上がると、彼女は異変に動じることなく「おいしかった」と言って、ドリアの皿とスプーンをぼくに返した。
 さぞおいしかっただろうよ。
 そして彼女は口を拭って、それから「たのしかった」と言った。
 ぼくは何が楽しかったのか意味がわからずに、他の客の視線を背中に感じながら立ち尽くしている。
 もしかしてこいつはぼくが怒っているのがそんなに楽しいのか?どこまで失礼な女なんだ。やっとぼくは、罪悪感も、残尿感も感じないくらいに、殺意を覚えるほどに目の前の女を大嫌いになれた気がする。ぼくの沸点は半熟卵を潰されるということだった。
 言うぞ。言うぞ。言っちゃうぞ、この野郎!
 しかし彼女は「最初の合コンも動物園デートも、映画館も楽しかった」と言って、そのあとで唐突に「別れましょう」と言った。
「は? マジで?」
 なんだか知らないけど、座りつつそんな言葉を呟いてしまった。
 あんなに別れたくてしょうがなかったのに、自分が嫌われて捨てられるんだと思うと急に怖くなった。
「なんだか、こないだのデートで思ったんだけれど、私とあなたは合わないみたい」
 そんなのぼくは22回前から思っていたことで、今だって思っていることなのに、それなのに、彼女はひとつ前のデートでそれを思ったばかりなのに、今日別れを告げている。 おそるべし行動力。
 そしてぼくがまだ彼女を愛していた頃に買ってあげた指輪を、薬指から外して、ワイングラスに、ぽちゃん、と落として見せた。文字通り、ぼくに見せるように落とした。
 その仕草はハリウッド女優のようで、相変わらずそんな場面がある映画を見たことはないけれど、なんだかそんな感じがした。
 彼女は「さよなら」と言って“ふけ”の浮いている髪をなびかせながら去っていく。
 テーブルの上では冷め始めたドリアが寂しげに佇んでいて、外には好きと言ったあの日と同じ満月が浮かんでいる。
 ぼくはもうひとつ半熟卵がのったドリアを頼んで、何度も言えなかった言葉を負け犬のように、呟く。さよなら。さよなら。さよなら。さよなら。
 ドリアを持ってきたウエイトレスがそんなぼくを気持ち悪そうに眺めていた。


                                  (了)


2005/08/01(Mon)01:24:18 公開 /
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■作者からのメッセージ
本人は真面目に恋愛しているのに、はたから見ればそれが滑稽だったり。この場合は別れようとしていますが、そんな滑稽な話を書きました。暇つぶしに読んでいただけると嬉しいです。
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