- 『蝉男』 作者:紫苑 / ショート*2 ショート*2
-
全角1737文字
容量3474 bytes
原稿用紙約6.1枚
病室から見える景色は、真っ白な部屋とベッドと人工的な緑だけ。
おまけに消毒液臭い匂いが、俺の鼻を刺激した。
名も知らない・・・というか知らされていない病気と生きる自分。
聞こえる音は点滴の時計のような音と、呑気な小鳥の囀りだだけ。痩せ細って行く腕は虫の足ようで、親や友人はなるべくその話題に触れようとしない。
懸命な判断けれど、俺はもうどうでもいいから言っても良いのだが。
しかし、この静かな部屋で叫んでいるこの幼馴染は、本当に何でもいう奴だ。
「海っ!ちょっ、海聞いてる?あぁもう!そんなんだからみるみる痩せていくのよっ!」
こんな感じに、俺をいつも悩まさせている。もうちょっとココは病室だし、
静かにしてくれれば、俺は、これ以上の贅沢は求めないのだが。
真っ黒の瞳が大きく開き、長めの髪が揺れる。顔は可愛いに分類されるだろうが
、俺にはこいつをタダの暴力女にしか見えないが。
「みちる・・・うるせぇよ・・。俺は散歩に行く」
「はぁ?私が居ないと何も出来ない癖に何言ってんの!」
「別にお前が居なくても散歩ぐらいは出来るが」
確かに車椅子だが、科学の進歩という奴で、俺独りで散歩は出来る位のものだ。
「う・・・五月蝿いっ!何だ!折角心配してやってんのに!」
「そうか、それは心配していたのか。ならその右手に持っている凶器を病人に向けないでくれ」
ピピピピピピ____と固定の音が鳴り響く目覚まし時計は、凶暴な幼馴染の為に、少しハラハラドキドキの時間を過ごした様だ。
「俺は・・行くからな?来るなら来い。来たくなければ来い」
よっこらせと何とか自力で乗った車椅子の後ろから、
「いっ・・・行くっ!」
と元気な声が鳴り響いたので、俺の口元が少しだけ緩んだ。
人が多い時間には、人は酸素が足りなくなるまでいるが、朝なので、ごく少数の
患者と、看護婦しか居なかった。
そういえばこいつ、昼とかに来ないでいっつも朝くんだよな・・・。変わった奴だ。
外に出ると、日光は俺の瞳を貫いた。眩しい、そんな感覚が久しぶりに伝わった。
「暑いねぇ・・・・」
「そうか・・・?別に俺は平気だが」
「なにぃ!己は感覚まで無くしたのかぁ?」
「五月蝿い。お前が可笑しい」
「このっ!貧弱男めぇ!」
その辺で聞いてきた看護士はクスクスと笑う。多分、こいつが笑われているんだな。
「海君、みちるちゃん。面白いねぇ。今度皆の前でやってよ」
俺も入っていたか。しかも筆頭かよ。苦笑いと言う名の微妙な表情をする。
すると、あら。という顔をして、申し訳なさそうな顔をする。
あぁもう、そんな顔されたらどうすれば良いんだよ。
「え・・・あ、面白かったですか?史緒さん」
そうするとニコリと笑って、
「ええ、とっても」
「それは良かったです」
「はい、それじゃあ」
と言い、あの、白い建物の中に静かに消えていった。
あの、若い看護士は、とても綺麗だ。少し茶色がかった髪に、年齢にそぐわない童顔で、笑顔には誰もが引き込まれる力がある。
下を向いていると、上からヒョコッと顔を出したみちるが。
「海、戻る?」
「あぁ、寒くなってきたな」
真っ黒な髪が、俺の額を流れ、俺は、深い溜息をついた。
「行くぞ」
「うん」
カラカラと俺の移動する音が静かに鳴りながら、また、あそこに向かって行く。
風が少し吹いてきた、朝の九時頃。
俺はまた白い清潔すぎる虫籠に戻った。
『なぁ、みちる』
『何よ、海』
『俺って、セミみたいだな』
『はぁ?貧弱男から改名してセミ男にしてあげても良いわよ?』
『そうじゃねぇよ。』
『変なの』
俺が小さい頃作った物語は、セミが主人公の物語。
このセミの運命は、俺だけが知っていた。
『あと一週間で、死ぬなんて知らないバカなセミは、
毎日、何もせず過ごしていました。
でも、ある日人間の女の子に恋をしました。
すると、生きる事が楽しくなりました。
でも、女の子に恋をしたのは外に出てから六日目の夜。
翌日、セミは死んでしまいました。』
俺はバカなセミ男。
いつ死ぬかなんて、知らないバカなセミ。
俺が死ぬのと恋をするのは紙一重。
『恋をするのは生きて初めて嬉しく想う事だから』
と、俺の作ったしょうも無い物語が、俺が生きないで死ぬ前にに教えてくれたようだ。
-
2005/07/31(Sun)14:43:37 公開 / 紫苑
■この作品の著作権は紫苑さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
暑い中初めまして、紫苑です。
このお話は、果たして終わったのでありましょうか。まぁ、誰に聞いても、真実は
分かりませんがね。
さて、この海という少年は、誰に恋をしたのか?別にコレは誰でもいい。友達だろうが、看護士だろうが妹だろうが・・・。
まぁ、できるだけ家族は避けて欲しい。
別に、この少年は、恋しなくても、楽しかった・・で終わっているかも知れない。
まぁ、こういう読みきり小説はそういう謎が頭の上を飛び交うものかも知れない。
それでは、また私が小説を書くときまで。