- 『かえる』 作者:ミラノ / 未分類 未分類
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原稿用紙約5.85枚
1.
僕がいくら目を瞑っても眠れないのは、周りが五月蝿いからだ、と先生はおっしゃいました。
そして、もっと気持のよい場所に行けば、きっとスヤスヤと眠れるに違いないよ、ともおっしゃいました。
僕は、どうかどうか、その場所を教えてください。と手を合わせ先生にすがりつきました。
先生はそんな汚らしい僕を少しも疎んぜず、快く承諾し、更には案内までしてやると言うのです。
有り難う御座います、この御恩は一生死ぬまで忘れませぬ、と月並みな言葉しか言えぬ僕を見る目は、まるでカミサマの様な微笑みでした。
僕は最初、肺炎で入院していました。その病自体は先生の腕ですぐに治りましたが、それ以来、何故だか
一日中瞼と瞼が喧嘩している様で、一向に眠いと思わなくなってしまったのです。
そんな僕を、先生は懸命に看病されました。診察、健康診断、精神テストまでそれは幅広く、それは親身になり僕などの身を考えてくださりました。
僕は部落に生まれ、父親は知れず、母親は昼は製糸工場、夜は身売りと二人分の食い物をなんとかかんとか稼ぐような生活でしたので、僕が肺炎になった日にはきっと捨てられるだろうとゾッとしましたが、母はそんな事はしなかったのです。少ない貯金をはたき、この病院にいれたのです。有り難う、有り難うと母に何度もお礼を言いました。母はいともアッサリとこれ位何ともないわ、と言いました。その時僕は、時々殴られたり蹴られたりしたけれども、それは単なる仕事の疲れから来るもので、本当の母はこんなにもこんなにも優しく力強いものなのだなあと感心したものです。
病院に入ってから、二ヶ月もしないうちに肺炎は完治しました。しかしその後に続く不眠が長期に渡り、とうとう僕は二年間、この病院のお世話になっています。その間僕はただの一度も睡魔に襲われないので、薬で最低限の睡眠を摂っているのです。
2.
昭和34年7月の今日。青く澄みわたる空に舞うとんび、緑茂る山から多種多様の虫や鳥の音。山のふもとには、木造の弱々しい家々がポツリポツリとあり、そのなかに青木医院もこじんまりと建っている。厚めのベニヤ板に「青木医院」と筆で書かれた看板、ペンキで白く塗られた壁から模様の様に浮き出る木の色。建物の周囲には、桜の木が囲んでいる。
僕は緑一色の桜を、窓を挟んで眺める。ひとつしか無いベッドに座って。病室にはベッドのほか、小さな引き出しと古めかしい丸椅子がひとつあるだけ。西日が差し込む窓には、まだ太陽は見えない。
「おはよう。一郎君」
「.....あ、先生。おはようございます」
「イヤ、失敬。言えないな。もう11時だョ。アハハ」
ちょっと昨晩夜更かししていてね、と先生は頭を掻いておっしゃった。青木先生は潔い禿頭で、小さな丸い眼鏡ををした歳の頃50か60ほどの方である。あまり背は高くはないので、いつもズボンをダブダブさせていた。
「.....眠れたかい」
毎日訊ねられる質問。そして毎日同じ答えを伝えなければいけないのが、先生に申し訳なくて仕方ない。
「.....イエ、全然.....」
先生は手に持っていたカルテか何かに、さらさらとペンを動かした。
もう四日ほど、一睡もしていない。以前までは薬でなんとか眠っていたが、先生のお言葉によると、これ以上薬を摂取し続けていれば、この先自力で眠れなくなる恐れがある、との事で止められている。四日間、一生懸命眠る努力をしたけれども、やはり一向に駄目だった。ずっと起きっぱなしだと体力の限界があるからと、点滴を打ちながらの四日間だった。
「あの、今日は、よく眠れるという場所へ、連れて行ってくださる日.....ですよね.....」
「.....ウン、それじゃ、お昼を食べたら行くかね」
3.
冷や麦を食べて、一服した後、先生は用意を始めた。カルテのような書類を机にトントン、とまとめたり、ペンを白衣の胸ポケットに差し込んだりしているのを、僕はただ見つめていた。
「一郎君、もう少しで用意ができるから、先に出といてもいいョ」
「.....ァ、はい」
僕は丸椅子からすっくと立ち上がり、先生に軽く会釈をしてから表に出た。早く出かけたかった訳ではないが、先生に促されると、それが一番正しい様な気がして、拒む気にはならないのだった。
外は快晴。建物の影が異様に少ない。地面の小石のひとつひとつがハッキリと見える。
僕は医院からできた影のなかに入り、先生がくるのを待った。
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2005/08/03(Wed)16:51:52 公開 / ミラノ
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■作者からのメッセージ
少しずつですが、更新していきたいと思います。
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