- 『Code to...』 作者:最低記録! / ショート*2 ショート*2
-
全角5215文字
容量10430 bytes
原稿用紙約16.3枚
Code to...
月に向かって「おはよう」と挨拶をするような生活が始まってから、あと12日で一年になる。充電満タンの体で夜の街へ赴き、予定の時間に予定の場所へ行き、頼まれた取引を行って、頼まれた人のもとへと行く。完全にプログラム通りに実行するだけで、良い住まいも金も物も貰えた。
その為に言われたのは、決して目立たない事と、他との交流を極力絶つ事。そして、失敗を犯さない事。僕自身、孤独が好きだし、目立たないし、言われたとおりにやればまず失敗はしない。依頼人は分からないが、内容からして裏の社会に関わっているのだろうと思うと、一種のスリルもある。僕にピッタリの生活だ。
三重にされた金庫を開け、何も入っていないジュラルミンケースを取り出す。何の為に、わざわざ厳重な金庫に空のケースを入れるのか分からないが、これも指示通りのことだ。
取り出して金庫を再び閉めたところで、電話が鳴った。急いで駆けて出た声は、やはりいつもの声だった。
「4−6−1−604」
この数字の羅列が、依頼の場所と時間の暗号だ。この数字の暗号については、完全に記憶している。
「眠いんだ」
と一言答えて切るのが決まりだ。受話器を降ろそうとすると、いつもと違い「おい」と声が聞こえた。
「まだ何か?」
「ゆっくり休めよ」
それだけ言うと、向こうは切った。
ゆっくり休めよその言葉が意味するのは、今回の依頼は今までとは特別に違うという事。それも最重要機密を運ぶという事だ。急に体中が緊張し始めた、この感じがたまらない。だからこの生活はやめられない。
しかしこの最重要指令が出たのは初めての事で、いささか不安もある。
「大仕事なんだな……」
淡い月光が窓を通して差し込んでいた。夜空に目をやると雲は一つも無く、今日は満月だった。
「さて、行くかな」
一言呟き、ケースを持って部屋を出た。
この時間帯、仕事を終えて帰る人が多少居る。それに紛れれば何の問題も無い。トボトボと歩いて予定の場所まで行く。
壊れた街灯がチカチカと点灯し、その上に烏が止まっている。嫌な組み合わせに、苦笑した。また暫く歩くと、黒猫が前を横切った。更にいつも身に付けていた、お守りさえ忘れてきた事に気がついた。
「……こういうのを不吉って言うんだよね」
立ち止まって思わず声に出てしまい、また苦笑した。しかし、向こうも色々と考えて指示を決めている。プロの言うとおりにすれば、問題は無いはずだ。言われた通りやることだけを考えよう。
やがて、隣町に入りとあるバーの裏にある自販機。横から歩いて行き、小銭を出しながらわざと転がす。
しかしその時、急に誰かの視線を感じた。全身に緊張が走り、そっと振り返って見る。だが、そこには酔っ払いも仕事帰りの人も、鼠一匹すらも居なかった。
気のせいか……ホッとすると、自販機に振り返り、見事自販機の裏に入っていった小銭を、慌てて取りに行く。自販機の裏は色々なゴミでいっぱいだったが、その中に一つだけ綺麗なジュラルミンケースが置いてあった。それと持ってきたケースを取り替えて、わざとらしく「畜生」と一言言って改めて金を出して、適当に何か買ってその場を去る。簡単な事だ。
再び歩き出して、目的の場所へと運ぶ。次は近くにあるアパート。そこの二階の奥にあるゴミ箱に捨てれば良い。
最重要の割には、今回も予定通り終わりそうな気配だった。不吉なジンクスも、誰かの視線も関係ない。ただ前置きの言葉にビビッていただけなのだ。
古びた赤レンガのアパートに着くと、何故か急に背筋がゾクッとした。
「ハハハ、なんでもないよな」
無理やりに笑い飛ばして、アパートに入って行った。急で段数の少ない階段を上り、二階に着くと静まり返っていた。電気が未だついている部屋も、幾つかあり特に何の変哲も無かった。
奥まで歩いていき、誰も居ないのを確認してゴミ箱にケースを捨てる。
「完了」
俺が預かった仕事はやっと終わった。実際この仕事は何人にも分かれて、色々なところに運ばれて依頼主のもとに届くらしい。
何も無かった、無事に終わったのだ。ホッと胸をなでおろし、来た道を帰る。良かった良かった。何も起きなくて。
その時だった、急に部屋から何人もの人間が出てきて僕を取り囲んだ。
全身が硬直した、焦って取り繕う。
「え、な、何なんですか? あ、あなた達は」
するとそこへ縛られた人が、二人投げ出された。
「これでもか?」
その内のがたいの良い一人が言う。
知らない人間だった。
「全く分からないんですが」
「とぼけるな!」
がたいの良い奴が、怒鳴った。そして、右手を上げると取り囲んでいた全員が銃を突きつけた。
「な……」
それしか声に出ず、ただ全身がガクガクと震え出した。
「これでも言わないか!」
がたいの良い奴が再び怒鳴ったところで、僕はへたへたと座り込んでしまった。
「僕は何も知らないんです、頼まれたからやっただけで、依頼主も知らないし、中身が何かも知らないし。た、頼まれたんです。だから何も知らなくて」
錯乱した頭の中には、死にたくないという念しかなく、何を言いたいのか分からなくなっていた。
「こいつもか」
チッと舌打ちをし、がたいの良い奴が言った。
「こいつも取り押さえて三人とも連行しろ、取り調べだ」
その時、チラッと見えたネームプレートを見て驚愕した。
国連警察
という事は、国家をも超えて世界に関わる重要機密という事……
鳥肌が立った。そんな重要なブツを僕は運んでいたのだ。
「3−6−18」
突然、取り囲んでいた一人が耳打ちした。
「お前にしか出来ない」
小声で囁き、小型の爆弾を手渡した。そしてウィンクをすると、僕に手錠をかけようとした。
僕が望んでいたスリルってやつが、今目の前にある。もしかしたら、地球をかけた大きな戦いに、既に巻き込まれているのだ。全身に力がみなぎる。やるしかない。
手錠をかけようとした、男を殴り爆弾を警察の一段に投げつけた。爆音が一瞬の間に突き抜け、衝撃で天井は落ち、床に穴が開き、轟音と共に彼らは吹き飛んだ。
走って反対側へ駆けて行き、ゴミ箱からケースを取り出すと、的確なルート判断でアパートを脱出した。
全速力で走ったが、サイレンを鳴らして武装した車が追いかけてきた。細かい路地に入り、記憶を手繰り寄せ、3−6−18へのルートを考える。
心地よかった。体中が未だかつて感じた事の無い快感に包まれていた。果たしてこの中に何が入っているのか、そして僕が首を突っ込んだこの事件は何なのか、依頼主は誰なのか。知らなくてかまわないと思っていたことが、急に疑問になって湯水のようにわいてくる。
路地は赤レンガの家々の隙間で出来ている。壁にはラッカーのウォールアートや、落書きでいっぱいで、ゴミだらけ。スラム街を連想させた。きっと反対側からも後ろからも特殊部隊が追いかけてきているだろう。だが、僕には勝てない。自身があった。僕の見つけた最短ルートは……下水道。
この路地裏に並んだ二つだけ店がある。バーと雑貨屋だ。その二つの目の前のゴミ置き場には、普段ゴミでいっぱいで分からないが、マンホールが下
にあり、下水道へつながっている。
しばし走り続け、ようやくその場所にたどり着いた。ゴミ袋の山に潜り込み、マンホールを探し当てる。きつい匂いが鼻をさすが、堪えてマンホールを開けた。
「ビンゴ」
笑みをこぼして、下水道へと入っていった。
きっと此処はそう簡単には分からないだろうが、一刻を争うこの事態。やはり走り続けた。
しかしながら、このブツは一体なんなのだろう。世界をも揺るがす様な物……もしかしたら、これを上手く使えば僕は多大な金を手に入れられるのではないか。或いは、英雄になれるかもしれない。はたまた、世界征服も夢じゃないかもしれない。とりあえず、これが何なのか見てみよう。
そして立ち止まり、ケースを下に置いた。
「今は僕の物だ。もしこれが凄いモンだったら、頂いてとんずらしても良いかもしれない」
ケースを開くと、中にはこげ茶色の袋に入った大きな直方体が入っていた。厚い板のようで、硬くひんやりとしていた。袋を取り出し、ゆっくりと中身を出す。するとクリスタルの様に透き通った、透明の三枚の板が出てきた。
「こ、これは……?」
しかしよく見ると、その板の中にはビッシリと何かのオブジェクトが並んでいる。それも驚くほど小さい三次元の物体が、数え切れないほどだ。
「な、なんなんだこれは」
芸術品? それとも、何かの機械にパーツ? 全く今までに見た事も無い物だった。
気がつくと、板の右下に小さなスイッチの様なものがついている。
「これを押すのか」
それを押した瞬間、板の中を急に青白い光が通り抜け、オブジェクトが板の中で輝き出した。
「な、何なんだ?」
オブジェクトが分かりやすくなったので、それを覗き込んだ。その時だった、急に頭の中が焼け付く様にして、大量の何かがなだれ込んで来た。映像のような、画像のような、そして大量の文章のような、決してそれと断定できないが、兎に角大量の何かが僕の体に入り込んできた。そして全身が熱くなりだした。
「あ、熱い。熱い!」
熱い程度じゃなかった、溶けてしまうような強い何かが僕を包み、痛みに喘いだ。悲鳴をあげても、もがいても、止まらず必死になってスイッチを切ったが、それでも直らなかった。そして、意識が遠のいていく。
「ぼ、僕は……」
足音が遠くに聞こえた。それが下水道の中を響く。此方に近づいて来……る………
「愚かな……」
目の前には熱でグニャグニャになった、スクラップが一体転がっていた。そしてその前には、開いたジュラルミンケースと、盗まれた国家機密。
「こいつを運べ。そのケースと機密もだ」
部下たちが動き出し、やっとこの大騒動は幕を閉じた。一ヶ月前、国連の調査団がアメリカ大陸の遺跡で発見したが、調査団に何人か居た考古学者の内の二人が盗み出したものである。
「見てしまったのか」
突然ヌッと隣に現れた者が言った。
「ダ、ダニー博士」
この人は神出鬼没だ。今夜勝負して、必ず取り戻すと約束していたが、こうも突然現場に来るとは。
「愚かだな。並みのロボットじゃあ、これは読み取れん。尤も、高性能でも無理だろうがね」
「一体、これは何なのですか?」
ダニー博士は眉間にしわを寄せて言った。
「君が知る必要は無い」
「……ですよね」
「なーんて、意地悪言うと思ったか?」
おちゃらけたポーズをとって、にんまりと笑う。
「博士……やめてくださいよ」
この人はよく分からない、と改めて実感した。
「はっはっはっ、君も長い付き合いなんだから、そろそろわしの性格を覚えなさい」
全く無邪気な人だ。
「まぁ、いずれこれの研究は、世界的に発表される。今君に言ったって変わらん」
「して、それは?」
「かつて、この地球を支配していた……そして我々の創造主だとされる人間達の遺物だ。今はまだ分かっている事が少ないが、一部人類の歴史が複雑且つ大量のコードで刻まれている事が分かった」
「本当ですか!」
素直に驚いた。我々ロボット達が、長年に渡り分からなかったことが、もうすぐ明かされようとしている。
「うむ、これを詳しく分析すれば、何のために我々は人間達に作られたのか、何故彼らは滅びてしまったのか、それからこの地球の長い歴史が分かるだろう」
「そう……ですか」
すると、ダニー博士が笑いながらバンバンとたたいた。
「何を落ち込んでいるんじゃ」
「いや、落ち込んでいるんじゃなくて、なんと言うか、驚きと嬉しさと感動で胸がいっぱいで」
照れ笑いをしながら言った。
「あ、ところで、あいつはなんであんな風になってしまったのですか?」
「余りに大量の情報を一気に取り込んだからじゃよ。あれは視覚的なコードだから、ダイレクトに流れ込んでくるんじゃ」
「なるほど」
「まぁ、わしらが視覚的に読めるという事は、人間達はわしらの体の中にアレを読める様なプログラムを潜在的に入れている。さしずめ、人間達からわしらへの手紙ってところじゃな」
「そういう事ですか」
大事件も幕を閉じ、歴史に残る大発掘が行われた。ホッとすると急に疲れが出たような気がした。
「人間って、どんなだったんでしょうね」
「さぁな。ただ、きっと素晴らしい生き物だったんだろうよ」
人類からの手紙(コード)は、たった今我々ロボットに正式に手渡された。そこに立ち会えた、俺は幸せだ。
下水道の異臭が鼻をつかなければ、今日は最高の終わりを告げる事ができただろう。
-
2005/07/22(Fri)13:37:35 公開 /
最低記録!
■この作品の著作権は
最低記録!さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
最後はもっとスッキリ終わらせようと思っていたのですが、長ったらしくなってしまいました(汗
感想・ご指摘ぜひお願いしますm(_ _ )m