- 『たちばなそう の はなし を』 作者:ソウコ / ショート*2 ショート*2
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「ねぇ、たちばなそうの話をして」
妹は、そういっておもしろそうに目をほっそりと細めた。目の前に先ほど頼んだアイスコーヒーが、てつかずのまま、グラスに霜をこびりつかせている。妹、といっても血のつながりなどない。年が少しだけ離れていて、お互いに姉妹兄弟が居なかったからそう思い込んでいるだけだ。お互いに。第一彼女は立派な社会人なのだし。一種のばかばかしい遊びに他ならない。
たちばなそうの話。そう言われた時に、私は彼を思い出せないことに気がついた。彼は、どんな顔で笑っただろう。
絶望的な気分になりながら私は必死に考える。
「いつも、煙草を吸ってた、かな」
「それで?」
「うん、で。ラーメンが好きだった。毎日食べてたよ」
「ふぅん」
うの音だけを高く発音して、妹は目を伏せた。しばらくストローで氷をグラスのしたに沈めてから、静かに私の方を見る。私は、妹の目があまりにも澄んでいた事に驚いた。全く、黒い瞳。その目に内心動揺しながら、私は必死にたちばなそうに思いを馳せる。怒った時、嬉しい時、彼はどんな声で自分を呼んだんだったか。
「ねぇ。それで、彼はどういう人なの?」
妹の問いに、 私は、また言葉に詰まってしまった。思い出せないわけではなく、その当時はそれが当たり前で、そんな事を考えたことも無かったからイメージが希薄なのだ。あんなに、あんなに愛し合ったはずなのに。
「優しい人」
「どんなふうに?」
当たり障りの無い事を言って見たけれど、妹には通じなかった。首を傾げながら催促してくる。綺麗に肩のあたりで外向きにカールした、ライトブラウンの髪がピアスと揺れる。それが動かなくなるのを待ったのに、私には、答えられなかった。
「たちばなそうは残酷な人ね」
そんな私の様子を見て、妹は眉をきれいな眉間へと寄せた。みるみるうちに、顔が不機嫌になる。
「どうして?」
そうは言ったけれど、私は妹の言う事はもっともだと思った。なぜかは解らなかったけれど。
「だって、彼はあなたにそうなるように振る舞ってたってことでしょ。」
ふっくらとあかい、弾力のある唇を尖らせて彼女は清々しく言い放つ。ああ、そうかもしれない、彼はそういう人だった。だから優しいと記憶している。優しいの隣りにある言葉はきっと「残酷」なのだから。
「優しい人よ」
私はもう一度そういって、目の前のアイスコーヒーを啜った。おおよそ、絶望的な気持ちで。妹は一度フン、と鼻を鳴らしてから
「たちばなそうの話はつまらないわ」
ときれいに淡いさくらいろのマニキュアが塗られた、卵型の爪を眺めた。私は急にほこらしくなった。そうだ、たちばなそうの話はつまらなくてはならない。つまらないことがなにより大切なのだから。そう、彼女の意味も無く美しくそろえられた、爪のように。
「そうかな?」
私は泣きそうになりながら、答える。
妹の身勝手さは、本当にほんとうに清々しい。
そう思って、私は霜のついたアイスコーヒーを啜る。少し苦いそれを、彼が好んだかどうか、私には思い出せなかった。
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2005/07/21(Thu)22:03:58 公開 / ソウコ
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■作者からのメッセージ
お初にお目にかかります。
こういった場で、このように小説を発表するのは初めての事なので、多少緊張しています。
今回の話は、なんでもない事のように見えて、実はそうじゃなかった、という話を書いてみたつもりです。静かに進んでいるのに、どこか、何かがうずまいている、そういう感じを出したかったのですが…
このような稚拙な文ですが、もし宜しければ、ご指摘、御感想、なんでもいただけましたら幸いです。