- 『Crimson 第一話』 作者:芋煮 / ファンタジー ファンタジー
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大小の国は、大陸に覇を唱えるため、また国家存続のため多くの血を流し、争いを繰り返していた。
その長き戦乱の世も、小国ヴァルドシアに新王が即位した事により急激な変化を向かえる事なる。
ヴァルドシア暦一六八年。ヴァルドシア新国王グラドス=ヴァルドシアは、部下のバルバトス将軍と共に八千の兵を率いて、隣国アドマイア王国へ進軍。
国境を守るアドマイア軍五千破り、続くアバル平原の戦いではアドマイア国王率いる精鋭一万二千を相手に激戦を繰り広げた。
この戦闘で、アドマイア国王はヴァレンシア軍の捕虜となり、ヴァルドシア王国はアドマイア王国を従属させるに至る。
アドマイア国王は、帰順の証に膨大な貢物を送り、公子を人質とし公女をグラドスに嫁がせようとしたが、愛妻がいたグラドスはその公女を将軍バルバトスに嫁がせた。
これに勢いを得たヴァルドシア王国は、敵対していた周辺の三国を十数年のうちに従属させた。
しかし、覇王グラドスも病には勝てず、ヴァレンシア暦一八三年、五十歳という若さで逝去した。
ヴァレンシア王国は、グラドスに公子がいなかった事により、王位継承権一位の異母弟ベルドゥが国王の座を継ぐに至る。
国を継いだベルドゥは、前王の腹心であったバルバトス将軍を反乱鎮圧の名目で左遷させ、己の腹心であるファルマン将軍を起用し、翌年イーゼンシュタイン王国へと侵略戦争を仕掛けた。
百戦錬磨の精兵を率いるヴァルドシア王国。方や、戦らしい戦をしたこともないイーゼンシュタイン王国の結果は火を見るよりも明らかだと思われた。
激しく攻めかかるヴァルドシア軍に対し、イーゼンシュタイン軍は要害を固め、ヴァルドシアの兵站を執拗に襲撃。
兵量不足に悩まされたヴァルドシア軍は、前線に食糧貯蔵の砦を建造させ兵站を確保。
戦局打開のため兵役を強化し部隊を増強したヴァルドシア軍は、自由略奪を許可し兵士を鼓舞した。
物欲の塊となった兵士は、死を恐れず戦い次々と砦を攻略し進軍。
ついに、ヴァレンシア暦一八八年。イーゼンシュタイン王都での激戦を制し陥落さる事に成功したのだった。
蝗の大群の如く王都の市街へと雪崩込んだ兵士は、民衆を虐殺し略奪の限りを尽くした。
女王は毒杯を呷り自決、幼かった王女は少数の手勢と共に王都を脱し行方知れずとなった。
これにより、イーゼンシュタインはヴァルドシアに併呑され統治されることとなるが、それを良しとしない 人々の反乱や兵士崩れの賊による略奪が相次いでいた。
勝利を勝ち得たものの、新たな火種を抱えることになったヴァルドシアは更なる軍事強化を敢行。
それは人々に更なる反抗を生み、戦から十年近く経った今日もヴァルドシア国内は混迷の度合が減ることは無かった。
しかし、その混迷は新たなる人々の台等を促していくのだった…
「ヒルト様、またね〜」
手を振り元気な声色を響かせ、少年が走り去る。
微笑みを浮かべながら少年を見送っていると、見知った顔が走り寄ってきた。
「ヒルト様、こんちゃ」
「あら、フラネスさん、こんにちは」
軽く息を切らすフラネスに微笑み、軽い会釈を返した。
彼女の、片口で切りそろえられた栗色の髪を見るたびに、心の中で感謝の気持ちを抱かずにはいられなかった。
かつての彼女の髪は今よりも長く、見るものの目を吸い付ける魅力に溢れていた。
しかし、ある日教会へと顔をだした彼女の髪は短く刈り取られいた。
理由を尋ねても言ってくれなかったが、彼女が差し出した金貨が全てを物語っていた。
気づいたら、彼女を抱きしめていた。
決して暮らしが楽ではないのに、人の為に自身を投げ出してくれた彼女が愛しかった。
「はい、これ今日の分。ごめんね、今日は少ししか余り物でなかったんだ」
「いえ、毎日ありがとうございます。本来なら、私がもっと頑張らなきゃいけないんですが…」
「何言ってるのさ。ヒルト様だって司祭をしている傍ら、孤児になった子供達の世話をしてるんだし。これ以上頑張られたら、私は遊んでるだけって思われちゃうじゃない」
「そんな事はありませんよ、フラネスさんが教会にきて子供たちと遊んでくれるようになってから、子供達の笑顔が増えたんですから。子供達が笑うようになって、祈りを捧げるに来る人達の顔にも笑顔が戻っていきました。八年の戦争が終わってからは、皆さんの顔に笑顔が浮かぶことは無かったんですから…暮らしは苦しいでしょうが、着実にこのヤンガの街に笑顔が戻って来ているんですよ」
これは本当の話で、決して彼女を煽てている訳ではない。
募金や食料の寄付だけではなく、ほぼ毎日教会に顔を出しては子供達の相手をしてくれているからだ。
「…八年か」
フラネスは呟きながら、思い出したくもないはずの暗い記憶を思い出していた。
国の滅亡、将軍であった父の死、高潔を貫き自ら命を断った母、何もできなかった無力な自分。
だが、そこに両親を失い故郷を焼かれた悲しみはない。
記憶をたどればたどるほど、体の内からは溢れてくるのは祖国を滅ぼし自分たちを支配するヴァルドシアへ の憎しみ。
「どうかなさいましたか? フラネスさん?」
フラネスは声をかけられ、慌てて彷徨っていた視線をヒルトへと戻した。
「…あ、いや。なんでもないよ」
「お悩みでもあれば、及ばずながらお力になりますよ」
悩み?そんな確たるものじゃない。この漠然と渦巻いている想いは、スラムに住む人々なら度合いの違いこそあれ、誰もが秘めていることだとフラネスは思っている。
驚くは、その想いの一端を表に出してしまった自分だった。
「あぁ…いや、ちょっと具合がね。」
「そうなんですか、お大事にしてください。無理はダメですよ」
フラネスは、苦笑いを浮かべ、嘘をついてしまった自分に虚しさを覚えた。だがそれも仕方の無い事だった。
憎しみを外に吐露する事は、他が持っている同じ憎しみを呼び起こしてしまう。
いかにこの聖女の生まれ変わりのような司祭であっても、祖国が、イーゼンシュタインがヴァルドシアに蹂躙され親しい人々が死に逝く様を見てきたのだ。心の底では、憎しみの念を抱かずにはいられないだろう。
優しくしてもらえる事は、嬉しい。でも、優しくされると頼ってしまう。気をつけなければ。
「ヒルト様に心配かけれないからね。家に帰ってゆっくり休むよ。」
ガキんちょによろしく、片腕を上げて崩れかけた家々の間へと去っていくフラネスを見つめながら、ヒルトはゆっくりと暮れ始めた空を仰いだ。
悲しいな…
フラネスは司祭に別れを告げた後に、ひび割れた家が立ち並ぶ裏路地を歩いていた。
歩きながら、ふとヒルト様について考える。
彼女を、怖いとたまに思うことがあった。
普段のヒルト様は、おっとりとしていて、悪く言えば少しとろい所がある。
だが、他人が悩んでいると、それを見通しているかのような瞳で、問いかけてくることがあった。
ああいう人物が、何かのきっかけで化けるのではないかとも思う。
考えを巡らせながら、日の当たらないジメジメとした細路地に足を踏み入れ馴染みの顔を見つけた。
「トマ爺、今日の稼ぎはどうだい?」
「おぉ…嬢ちゃん。今日はてんでだめだぁ」
訛りのある口調で、ぱたぱたと手を振る物乞いの老人の商売道具を覗き込むと、カップの中には銅貨が数枚入っているだけだった。
そっとカップに銀貨を加え、白髭に覆われたトマ爺の顔を覗き込んだ。その顔は、埃に汚れ、目ヤニのついた瞳の片方は白く淀んでいる。
トマ爺とは、鍛冶屋であった彼に騎士だった父が剣を打ってもらった事がきっかけで懇意なった、フラネスにとっては物心つく前からの関係なのだ。
かつては鍛冶で鍛えて太かったその腕は、今は見る影も無い。戦争で一人息子を失ってから一気に老け込んだのだ。
数年前からは働く気力もなくなってしまったのか物乞いの生活をしていたが、その華奢になってしまった腕にはいつも鞘に収められた剣を大事そうに握っていた。
何度か剣について聞いてみようと思ったが、何かを思い出すように剣を、じっと見つめるトマ爺を見たことがあり、それは憚られた。
「良い日もあれば、悪い日もあるんじゃよ。稼ぎが悪くても何とか生きているんじゃ、それは天の思し召しじゃろうて…」
「天の思し召しかぁ…神様なんているのいるのかね?いれば、こんな美しい娘を頬っておかないよ」
「なんじゃぁ、教会へ通ってる者の言葉とは思えんのぉ」
「ふふっ、別に祈りに行ってるわけじゃないね。ヒルト様と子供たちがいるからさ」
「おぉ、司祭様かぁ。あそこの司祭様はべっぴんじゃからなぁ。わしが若ければ、猛烈アタックじゃわい」
「あっはははっ、なぁに年甲 斐も無く、馬っ気だしてるのさ」
こうして私と話している時のトマ爺は、遠目から見るトマ爺とは別人のようだ。
トマ爺にとって血の繋がりこそ無いものの、トマ爺にとって私は孫のようなものかもしれない。
私にとっても、トマ爺は、祖父なのだと改めて思った。
一頻り笑いあい、トマ爺に別れを告げたフラネスは細路地を抜け、表通りへと足を運んだ。
表通りといっても、細々としたものだが、日常品を売る露天が並びそれなりの賑わいをみせていた。
これといった目的もなく、ぼろ布でできた露天を冷やかし、馴染みの老婆に声をかけて通りをぶらつく。
どれ位ぶらついただろうか。
「いやぁーー!!」
喧騒を貫く、女の悲鳴が空気 を裂き、一呼吸おいてにわかに通りは前にも増した喧騒に包まれた。
人が集まり、円状の人垣がすぐに出来上がっていく。
フラネスも悲鳴の方向へと駆け出し、人垣をかけわけて最前列へとたどり着く。何があったかは、直ぐに 把握できた。
馬に跨る、赤鎧に身を包む将軍風の男、そして護衛風の兵士が二人。
表情一つ変えないその酷薄な顔の額には、鋭い傷跡が残っている。それが余計に、この赤鎧の男の凄みを増していた。
男達の下には、うずくまったまま動かない年端もいかぬ少年。
「モリス!・・・モリスゥ!」
その子供を抱きかかえ悲痛な声をあげているのは、先ほどの悲鳴と同じ声。おそらく少年の母親だろう。
赤鎧の男は、集まってきた群集に向かい不遜な態度で口を開く。
「俺は、領主に招集され城へと行く途中だった。そこにガキが突然飛び出してきた。まったく不幸な事故だ。」
なんと言う事をしてしまったのだ、といった風に形だけ空を仰ぐ赤鎧の男。
だが、そこには一欠けらの罪悪感も、悲しみ、焦りさえもない。酷薄なその顔に浮かぶものは、嘲りの笑み。
あぁ、あの表情…あれは、あの時の兵士達の表情だ。
王都が制圧されたあの日。ヴァルドシアの兵は、暴の獣となり街へ放たれた。
家々は略奪され、逃げ遅れた男達は殺され、女は陵辱の限りを尽くされ男達と同じ運命を辿った。
母は、幼い私をクローゼットへと無理やり押し込んだ。
『泣いちゃ駄目。貴方は強い強い騎士の娘。愛しているわ』
クローゼットの中で泣き叫ぶ 私に向かい母が言った言葉。
これが、母の最後の言葉だった。
母は、家へと押し入ってきた数人の兵士に襲われ、自ら舌を噛み切り誇り高く死んだ。
兵士たちは母を嘲笑い、私の見る前で、息をしなくなった母を陵辱した。
胸が熱くなり、目が赤で染ま想いが逆流する。
気がつくと、フラネスは飛び出し男の前へと飛び出し、無言で馬上の男を見上げ睨み付けていた。
ダメだ、ダメだ!頭では分かっていた。しかし、それを抑える事はできなかった。
渦巻く憎しみが、怒りが、それを許さず、フラネスの口からは言葉が飛び出していた。
「この獣たちめ…」
「な、なんだと!小娘がもう一度言ってみろ!」
「お前たちは、獣だと言ったんだ!」
「おのれ!黙って言わしておけば!」
うろたえていた衛兵も、己を侮辱する言葉にいきり立つ。
「私たちの故郷を壊し、家族を殺したお前たち人間じゃない!人間なら、人込みを馬で走れば、こうなる事はわかる!」
飛び出そうとした衛兵を制し男が、言う。
「獣だと?家畜どもが何をほ ざくか。家畜を殺した所で何だ?家畜は人の為に殺される事を誇りと思え!」
「か、家畜だと…!?」
「ヴァルドシアに占領され統治されているお前たちには、お似合いだ。さもなくば、ゴミを漁り、肩を寄席って生きている汚らしい溝鼠だ!」
「き、貴様ァ!」
笑う男につかみかかろうとす るが、男は鷹のような鋭い目でフラネスを睨み付け、邪魔だとばかりに槍の端で突き倒した。
みぞおちを突かれ、フラネスは両膝を着き、地面に顔から崩れ落ちた。
息苦しさと痛みのため、声を出すことも、身を起こすこともできない。
「くくっ、溝鼠には泥がお似合いだな。精々、苦しむがいい」
「将軍、あまりお時間を取られては…」
「そうだったな。これ以上、こんな事に構っておられんな。女、せめてもの情けだ、受け取っておけ!」
男は、叫ぶと腰に括り付けた皮袋を息子を抱く母親へと投げつけた。
ひっ、と息を呑む母親の顔に皮袋が当たり、開いた口から銀貨が零れ落ちる。
「行くぞ!」
男が号令を出し、馬を翻す。衛兵を二人もそれに倣い、人垣が割れできた道を駆けていった。
倒れながら見る、賭け去っていく男達の様子は、涙と土ぼこりに混ざり形を成していなかった。
「くそう…」
そう呟くと、フラネスの意識は闇へと呑まれた。
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2005/07/16(Sat)17:09:10 公開 / 芋煮
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■作者からのメッセージ
初投稿の芋煮です。お願いしますm(_ _)m
普段は、拝見させてもらってるだけですが、今回自分でも書いてみようと思い、PCと睨めっこしてました。
一言で言えば英雄譚です。
右も左もわかりませんが、色々指摘していただけると幸いですorz