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『春風と共に… 第壱話』 作者:聖藤斗(ひじりふじと) / 恋愛小説 恋愛小説
全角15190文字
容量30380 bytes
原稿用紙約45.7枚

――籠の中の小鳥はいつでも鳴いている。

――自由が欲しいと泣いている。

――開けてほしい。開けてください。

――外には暖かい日差しが待っているはず…。

――そんな希望が私を包んでいた。

――ふいに、誰かが籠を叩いた気がした。

――私が大空へ羽ばたく為の音が、

‘‘春風と共に来たのだった‘‘


    「Adagio」
 
 まだ冬の寒い風が残る中、春は訪れたのであった。新しい学校生活。新しい友達との出会いが、全ての少年少女を待っていた。ただ一人を除いては。
 レンガで固められた大きな壁の中に建つ城のような館。そこに彼女は住んでいた。いつも窓から外の様子を見ては、少しだけ笑みを浮かべながら、楽しそうに自分の館の前を通っていく学生の者達を見ていた。その様子を見ていくうちに、少女はだんだんと目を潤ませていく。そして、一筋の涙を頬に垂らす。少女はその涙を手に持っていたハンカチでぬぐい、再度見続ける。ロボットのように、少女は食い入って外を見ていた。
 少女は外に出たことが無かった。レストランなどにいったことはある。しかし、外ではすぐさま車に乗る。地面に降り立つことは無かった。いつもいつも冷たい手作りの床の上を歩く。部屋の窓は開かず、北を向き、そこから入ってくる太陽だけが少女の全てだった。暖かい太陽の光を全身に浴びてみたい。それが一番の夢だった。自分がお金持ちの娘と言うのを呪った。誰だってお金持ちにはなりたいと考える。だけれど、お金を持っていても、良いことなんて無い。お金を持っていても買うことが出来ないものがある。
「自由」
 それが少女の夢だった。叶うことの無い夢。外の人は叶えることが出来る夢。何故、私だけがこうなるのだろう。いつもそれが頭をよぎっていた。
 不意に、部屋の扉がノックと共に開く。入ってきたのは家政婦だ。ここ数年。父は忙しいとばかり言い、母は会えば必ず「婚約」の話である。うんざりだ。少女は入ってきた家政婦に冷たい眼を向けながら思う。家政婦はおどおどしながら、もう一人の方を連れてきた。母親だった。
「お母様」
「藍、いい加減、お母様の選んだこのお方と婚約をしなさい」
 母は白いアルバムのように厚い本を開ける。そこに現れたのは、一人の男の写真。腹はたるみきっていて、写真越しでも吐き気がする。目は鋭く、他人を見下すような目だ。口元は、たぶん少女のことを考えながら移ったのだろう。気持ちの悪い蛙のような笑みが浮かんでいる。彼は、藍の家と同じくらいの権力を持つ家系だ。その二つが組めば、向かうところ敵なしだろう。しかし、そのために何故、娘の私がこんな目に、と考える。
「嫌です」
「そう、もう少し考えておきなさい。後でまた来ます」
「来ないで下さい!! お母様!!」
 母はその言葉を聞いたのか、聞かなかったのか分からなかったが、結局扉を閉めて、出て行ってしまった。それを見て、藍はうつむいた。
 
 不意に、コンコン、と窓を叩く音がした。藍は窓に目を向けた。そこに居たのは、黒髪の少年だった。年は藍と同じくらいの年だろう。艶のある綺麗に手入れされた髪の毛。まだ幼げが残った感じの顔立ち。
 藍はその少年を知らなかった。しかし、二階の窓に何故張り付いているのか気になった。窓を開けて聞きたかったが、鍵も取っ手も無いので開かない。仕方なく、藍は窓越しに少年に声をかける。
「何故、張り付いているのですか?」
「春風を追いかけてたら、ぶつかった」
 おかしな言葉だった。全く答えになっていない。しかし、目の前の少年は真剣にそう答えたようだった。
「キミも春風を追いかけてみる? 気持ち良いよ」
 良く分からなかった。自分は幼い頃から色々なことを学ばされてきた。嫌と言うほどに。しかし、その教えられてきたことを応用しても、意味が分からなかった。「春風を追いかけるとは、一体何なのか」今度父上に聞いてみようと思った。
「でも、どうやってあなたはここに来たの?」
「春風を追って気が付いたらいたんだ」
 お互いに話がつがながらず、同時に首をかしげる。その様子を見て、藍はクスクスと笑う。それに乗じてか、少年も思わず吹き出す。
「話がかみ合いませんね」
「あ、だから笑ってたんだ」
 藍は微笑みながら少年をみる。「あなたのお名前は?」と問いかける。すると、少年は白い歯を見せてにやりと笑うと、「耕哉。年齢は十六」と自信満々に答えた。藍は彼が同い年だということに驚いた。身長も雰囲気も、何もかも自分のほうが大人びて見えるからだ。少年も、「お姉ちゃんの名前は?」と聞いてくる。同い年と聞いたら、この耕哉君はどんな反応をするのか。興味があった。
「私の名前は…」
 そのとき、不意にノックの音が聞こえた。多分また母親だろう。しかし、耕哉を見ればすぐさま警備員を呼び出してつまみ出されるかもしれない。もしかしたら不法侵入で逮捕もありえる。藍は耕哉に小声で「今日はすぐに帰って。また今度会いましょ」と言う。耕哉は少し怪訝そうな顔を見せていたが、またね。と言うと窓の枠にかけていた指を離し、下へ落下していった。怪我はしていないかと心配になったが、今は母親にまた文句を言わなければならない。もう一度ドアからノックの音がころがった。
「藍!! 開けなさい」
「何ですか。お母様…」
 藍は冷たい声をドアに投げかける。部屋の外にいるのは確実に母と言うのは分かっている。しかし、あけるわけにはいかない。開ければ、また何十冊と言う富豪の顔写真を見せられ、断ればそこからお説教に入る。
 だんだんとノックの音が大きくなっていく。母の表情が藍には想像できた。昔の貴族のような雰囲気は消え去り、目を吊り上げていることだろう。
 母は権力や財産にしか興味は無い。この間も、力のある政治家の男を家まで招き、私に会わせようとした。その男の姿はみすぼらしかった。脂ぎった髪の毛を七三に分け、てっぺんからは肌色が現れており、来ている服の上からでも分かるような揺れる脂肪。藍は見ているだけでも吐き気がした。加えて、二人きりにされた時が一番最悪だった。母がいったん消えると、男の目は藍の胸のあたりに集中していた。そして、脂汗をかきながらがまガエルのような笑みを浮かべてこれからの話を述べてくる。藍と付き合った先の話だった。向こうは綺麗なことばかりを口にしていたが、藍には腸の奥底がすでに見えていた。この男はどう見たってそんな綺麗なものではない。藍は「偽善者は嫌い」と呟き、男から顔を背けた。その時、藍は和服を着用してお見合いに望んでいたのだが、それが男を興奮させていたのか、息を荒くしながら藍に迫った。遂には押し倒され、接吻まで要求された。悲鳴を上げたところで間一髪家政婦が引き離してくれたが、その時助けてくれた家政婦に母はこう言った。
「何故、そのままにしておかなかった」と…。
 母はこのまま契りを結べば、婚約をせざるを得ない。と言う考えでこの男を呼んだのだろう。聞けば、この男の家柄は富豪の中でも三ツ星らしく、昔には十万相当の札束をたいまつに使うことをしたらしい。
――もううんざりよ!! 私は物じゃない!! れっきとした人なのよ。
 そのときの言葉は覚えている。そして、母が言った言葉もまだ覚えている。
――黙りなさい!! あなたは…。
 
 その時、部屋の扉の鍵がガチャリと開いた。なかなか開けないので、母が家政婦に頼んでマスターキーを持ってきたのだろう。
 母は部屋にずかずかと入ってくると、藍の頬を思い切り引っ叩く。電流のような鋭い痛みが頬に走り、藍は思わず一粒の涙を双方から流す。
「何故あけないの!! 私の言いつけどおりに何故出来ないの!?」
「前にもいったでしょ!! 私は物じゃないって」
「生き物として見て欲しいのなら、私の言うとおりにすれば見てあげるわ。良いわね」
 母の言葉が柔らかくなる。何とかして婚約をさせたいのだろう。しかし、藍は無言のまま母を見据える。母はそんなことにかまいもせずにいつもの様に本を開く。そこに写っていたのは髪をオールバックにした眼鏡男だった。目はどす黒く、一体何を考えているのか分からない危険な表情をしている。
「いや!!」
 藍はその本を突き飛ばすと、開きっぱなしの部屋の扉から出て、普段着のままかけていく。幸い、館内では靴を履いて過ごしているので、玄関から出ても足が痛くなることは無かった。後ろからは「待ちなさい」と言う叫び声が聞こえたが、家から脱出するのだったら今日がチャンスだろう。今日は土曜。ボディーガードや家政婦が唯一休みを取れる日で、いるのは数人の専属家政婦と、メイドのみ。走っていれば追いつける者は誰もいないだろう。唯一信頼している父も海外へ出張であえる。藍はどうにかして父のところへ行こうと思った。
「待ちなさい!!」
 しまった。藍は確実にそう思った。館を出る場所には、二人の門番が必ずいたのだった。走りではその二人のほうが確実に速いだろう。追いつかれるのも時間の問題だ。
 館内の庭を暫く追いかけっこして、藍の体力も限界が近づいてくる。とうとう行き止まりまで来てしまう。壁は高さ的に自分と同じくらい。手を伸ばせば届くが、腕力が無いのは分かっていることだ。
 仕方ない。諦めよう。藍がそう思って目を閉じたときだった。
「手を上げて!!」
 どこからか声がした。藍はとにかく言われたとおりに手を上に上げる。すると、藍の手首を掴んだ二つの手があった。
 藍は上へと引っ張り上げられ、そのまま壁に座り込む。となりにはさっきの少年。耕哉がいた。
「なんか状況的にやばそうだったので、救助に参りました!!」
 そう言うと、少年とは思えない力で自分より身長の高い藍を持ち上げ、壁から飛び降りる。したはコンクリート道だ。飛び降りれるわけがない。しかし、耕哉はあえて飛び降りた。着地と同時に、耕哉の脚に衝撃が走っているのが伝わってくる。しかし、耕哉は痛みがないかのような振る舞いで、「逃げよう!!」と藍に呟く。 
 耕哉は藍の右手を強く握ると、藍を引きずるように走り出す。後ろからは黒服の二人が追いかけてくる。しかし、耕哉の脚は意外と速く、男達を軽く引き離していく。もう止まっても良いと思う場所まで来ても耕哉は止まらず、そのまま走り続ける。藍は追いつくのが精一杯で、だんだんと息が荒くなり、同時に肺も締め付けられるように苦しくなる。
 真っ直ぐと伸びているコンクリート道を全力で耕哉は走り続ける。藍も息を切らしながらそれに何とか付いていく。
――なんで、この人は私を助けに来たんだろう。
 先ほどあったばかりのこの少年。「春風を追いかけてきた」と不思議な言葉を口にした少年。自分を助けてくれた少年。理由は多分無いのだろう。
 けれども、藍にとってはその突然現れた自分よりも少し小さい救いの手が、何故だか暖かく感じた。


 暫く走り続けて、気が付けばあたりは鮮やかな橙色に染まっていた。場所は駅前。そこでは電車が走るたびにガタン、ゴトンと響きの良い音が一定のタイミングで鳴り、それを聞くと藍は何故かホッとした。
――そういえば、電車と言う乗り物の音を聞いたのは初めてだな…。
 藍にとって、駅から流れる電車の発車音、ゆっくりとしたスピードで走っていく家のとは違う形の様々な車、六時に鳴り響く鐘の音。全てが新鮮だった。そして、その数々のものを見ていると、何故か涙が溢れてくる。胸が苦しいわけではない、叩かれた場所が痛いわけでもない。
 それはきっと、初めて外の世界に羽ばたけたということに対しての涙だと思う。
「さてと、じゃあ俺は、明日も春風を追いかけるために帰るかな」
 耕哉は駅前付近の駐輪場に泊めてある小型で淡いグリーンのスクーターを出してくると、ヘルメットを被った。藍は耕哉がどこに行くのか不安になった。
「じゃね。またどっかで会えたら良いな」

『藍姉ちゃん、キミは自由になったんだよ…』
 
 耕哉の口からその言葉が出た。藍はそれを聞いたとき、父の元へ行くという考えが消え去った。
 スクーターのエンジンを始動させ、いざ出発をしようとしているところで、藍は耕哉の袖を掴む。
「何?」
「連れてって…」
 耕哉は藍の口から出た言葉に驚く。しかし、藍は真剣な眼差しで耕哉を見ている。
「俺のところに来るって…」
「行くところ無いもん…。もちろん、連れてってくれるなら出来ることは私は何でもする!! だから、私を連れて行って!!」
 
 
 藍は以外に綺麗な人だった。長くさらりとした茶交じりの髪に、少し西洋が入った整った顔立ち。そして、きている衣服はオレンジ色のワンピース。見ているだけでドキッとしてしまうものだった。春風を追ってきて意外な人に合えたことが耕哉にとってはそれだけで幸せだった。
 耕哉は目を丸くした。助けた少女が突然口にした言葉。それは「連れて行って」だった。しかし、彼女を助けたのは「彼女が泣いていた」からだった。
 あの時、耕哉は飛び降りた後、再度壁をよじ登って窓の隅で見ていた。そこに居たのは頬を叩かれる藍だった。そのときに「藍」と言う名前だということを知ったのだった。そして、その時に耕哉は「例のお見合い写真」も見ていた。そして、腸を煮え繰り返した。
――どうしてこんな良い人が、あんな奴と結ばれなくちゃならないのか…と。
 そして、彼女が部屋を飛び出したのを見て、どうしても彼女を助けたくなった。
「大丈夫。春風が守ってくれるさ」
 耕哉は壁から飛び降りると、そのまま塀をよじ登ってその細い道をバランスよく走っていく。そして、行き止まり付近で藍の姿を見つけた。どうやら、彼女は捕まりそうになっているようだった。そして、急いでそこまで走っていくと、真上に立ち、大きな声で「手を上げろ!!」叫ぶ。藍は良く分からないという顔をしながら手を素直に上げる。耕哉はその手を掴むと、一気に持ち上げる。部屋にこもりっぱなしのようだったが、以外に軽く耕哉の力半分で持ち上がった。
「なんか状況的にやばそうだったので、救助に参りました!!」
 耕哉はそう叫ぶと、力を入れて藍を担ぎ上げ、黒服の男がぽかんと口を開けてみている隙に、そのまま塀から飛び降りた。その時に走った痛みは中々のものだったが、彼女の体重が軽かったということもあって付加重力は無く、そのまま走る体制へとすぐに移行できた
 それからどれだけ走っただろうか。とにかく駅前の駐輪場まで走っておこうと突然思い、走り続けていた。良く良く考えると、駅前までは十キロはあったはずだ。それを走りきった自分に誇りを感じていた。しかし、耕哉の心臓は止まったときに核爆発を起こしかけていたのは確かだった。


 そして、二人は今ここにいた。普通なら…と言うか確実に犯罪な二人乗りをして街中をノーヘルで走り続ける。スクーターでも、以外に音は出るものだ。しかも一人乗りに二人乗ればまあ、ガソリンは相当減っていくだろう。とにかく、何かあったら彼女だけでも助かるようにヘルメットをかぶせておいた。
「とにかく、今日一日はうちで休みむといいよ。藍姉ちゃん」
「あの、私こう見えても耕哉さんと同い年なんですけど…」
 その言葉を聞いて耕哉のスクーターが一瞬バランスを崩す。耕哉自身相当驚いていた。背丈は大体四・五センチ違うだろう。そして雰囲気も彼女のほうが確実に大人びて見える。周りからどう見たとしても姉の買い物に弟が運転役で連れられている。と言う感じだろう。
「じゃあ、藍さんで良い?」
「ちょっと堅苦しいかな?」
「じゃあ、藍ちゃん」
「少し親密的かな?」
「では藍ぽん」
「微妙」
「藍っち」
「古い」
「こらぁ!! 貴様ら止まれぇ!!」
 二人で呼び方論争を言い合っていると、後ろから警察がバイクで走ってきた。「やべぇ」と耕哉は呟くと、アクセルを思い切りひねる。
「藍。しっかり捕まっててくれよ? こっから飛ばすから」
 一体、スクーターのどこからこんなスピードが出るのだろう。急激な加速でスクーターの前輪が一瞬上がった。そして前輪が地面に落下しながらスピードが上がり続け、遂には四十キロ前後の自動車を軽々と抜く。前輪が完全に降りたときが一番凄かった。後輪がコンクリートとの摩擦できつい匂いのする煙を吐きながら疾走するスクーター。道路の一番先頭を走っていた二人乗りの大型バイクに追いつくと、耕哉は「お先に」と言って再度アクセルをひねる。大型バイクに乗っていた二人は唖然とし、気が付けば負けるか、と言う対抗心が生まれてアクセルを全開にする。スピードをオーバーした瞬間、後ろにいた警官が大型バイクを見て、「止まれ!!」と叫ぶ。二人はしまったという渋い顔をしながらゆっくりとブレーキを引いて速度を落とし、端によっていく。
 二人は涙ぐみながら警官の尋問に静かに答えていた。

 辺りはすっかり暗くなり、月が太陽の光で黄色く光ながら、スクーターを飛ばす二人を見下ろしている。
 耕哉はブレーキをかけ、少しづつ速度を落としていく。無事止まった所には、一つのこじんまりとした館があった。立て札を見ると「春風荘」と書かれていた。スクーターを館の古びて茶けた鉄の階段の側に置くと、鍵を抜き取って上がっていく。
 キーホルダーについていたキーを取ると、それで「春風荘」の一番端の「007」号室の扉の鍵を開けた。中は電気が付けっぱなしのようで、入ってすぐに部屋の中が見れた。
 以外だった。耕哉の部屋は雰囲気からして少し汚そうだと思っていた。それを自分が一生懸命掃除してお礼を返そうと思っていたが、耕哉の部屋は綺麗好きなのか、埃があるかを見つけるほうが至難の業だろう。部屋は和室と洋室の二部屋があり、障子でその二つが区切られていた。
「藍は和室を使うと良いよ。布団しいておくから。俺は洋室のほうのソファで寝るから」
「悪いですよ」
「良いって。それよりお腹すかない? 食べてから寝ると良いよ。待ってて。今料理作るから」
 耕哉は手際よくフライパンに油をたらすと火をつける。そこに適当に切り分けた肉を放り込んだ。にくは油と共に心地よい音を弾き出し、そしてフライパンの中で軽やかなステップを踏んで踊っている。そこに野菜を放り込み、ドンドンと良いにおいを出していく。
 完成したものは良い出来栄えだった。
「はい!! 焼肉定職耕哉スペシウム!! ご賞味あれ!!」
 藍の前に丁度良い量を盛り付けてある皿を出す。藍は「肉は…」と小さな声で耕哉に言うが、「平気平気」と笑って勧められてしまう。藍はあまり肉が好きではなく、特に油っぽい部分が好きではない。
 藍は、耕哉の「平気」を信じて、口の中に野菜と共に放り込む。
「おい…しい…?」
「良かったぁ。豪邸に住んでいた人だから、庶民の味は口に合いそうに無いと思ってたけど…」
「そんなこと無い!! 美味しいよ!! これ」
 藍は目を輝かせる。それを見て耕哉は心底ホッとする。
 次に耕哉は、和室に布団を敷く。布団のどこを見ても染みは無く、生クリームのように真っ白だった。そして、押入れからもう一つ薄めの布団を持ち出すと、ソファにそれを置いた。
「じゃあ、食べ終わったら流しに置いといて。俺は寝るんで…じゃあね」
 そう言うと、ソファに飛び込んで布団にもぐると、瞬間的な速さで寝息を立てる。それを見てて、藍は感心する。
――私みたいな人を助けてくれて、泊めてくれた。唐突だったけど。やっぱり助けてもらったのは確かなんだから、これから耕哉さんのお手伝いが出来たら良いなぁ…。
 藍は食べ終わると食器を流しにいわれたとおりに置いて、バスルームへと脚を運ぶ。服を脱いでバスルームに入ってみると丁度良い温度のお湯が沸いていた。どうやら、自分が入るということを予測していたらしい。お風呂に入りたいなんて、少し度が過ぎているような気がするが、今回は耕哉に甘えさせてもらうとしよう。そう考え、藍はお湯に浸かった。

 そして、唐突な事件の数々が起こった今日が、幕を閉じたのであった。


「ちょっと!! 藍はまだ見つからないの?」
「すみません。なにしろどこまで逃げたのかが分からないもので…」
「仕方ないわね。どこまで金をつぎ込んででも見つけ出してやるわ。絶対にね!!」


「Andante」

 さわやかな雰囲気が漂う朝。藍はぱちりと目を開いた。、窓から入ってくる暖かい光が藍を照らす。障子の先から香ばしい香りが漂ってくる。藍は目をこすりながら布団から出ると障子に手をかけた。
 その瞬間、障子が大きく開いた。目の前には淡い紺のエプロンを身に着けた耕哉がいた。耕哉は明るい笑みを浮かべてこちらを見ている。
「お早う!! 良く眠れた?」
「え…ええ」
 藍は虚ろな顔をして返事を返す。耕哉の後ろを見ると、テーブルには良い匂いの元が用意されていた。小麦色にこんがりと焼かれたトースト。程よい色合いになっている目玉焼き。そして透き通った色をしている紅茶。どれも見ているだけで口の中に涎が溜まってくる。藍は思わずテーブルに並んでいるご馳走を見て、ごくりと生唾を飲み込む。
「お腹すいてるでしょ? 作り立てだから早く食べよう」
「ハイ!!」
 耕哉の笑顔を見て藍は更に元気が増し、返事をする声にも覇気が出てきた。二人はイスに座る。耕哉は手を合わせて「いただきます」と呟く。それを見て、藍もまねをして「いただきます」と手を合わせて呟く。
 耕哉の焼いたトーストは、何も付けなくても美味しかった。目の前にはイチゴジャム等のビンが並んでいるが、藍はそんなものに目も向けずにサクリト良い音を立ててトーストを口に運んでいく。噛む度に口の中に甘さが広がり、それを感じる度に藍はうっとりとした表情を見せる。
「そんなに美味しい?」
「うん、こんなトースト食べたことが無かった」
 それを聞いた耕哉は満面の笑みを浮かべる。
 藍の言っていることは本当のことだった。屋敷の中で食べるのは最高級の麦を使ったとか何とかのトーストで、焼き加減もしっかりしている。しかし、堅苦しい雰囲気の中で朝食をとるためにその味と歯ごたえは最悪だった。食べ方も気にしなくてはならないし、一日に食べて良い量まで決められている。
 耕哉は食べ終わると席を立ち、曇りの無い綺麗なガラス窓をがらりと開けた。そこからは強くも無く弱くも無い、さわやかな風が部屋に次々と上がりこんでくる。耕哉はその風を身に受け、そして手を合わせるとぺこりとお辞儀をする。
「春風に礼!!」
 耕哉は目を瞑ってそう呟き、笑顔のまま暫く風を身に受けている。藍も食べ終わると、耕哉の隣に行き、同じように「礼!!」と呟いて目を瞑った。
 不思議な気持ちだった。目を瞑ることによって風の姿が変わった。さわやかな風が体を包み、そして耳元で誰かが囁いた気がした。
――春風が来た…、と。
「聞こえた?」
「…何がですか?」
「春風の声!!」
 耕哉は笑みと共に藍に元気良く尋ねた。藍は暫く目を丸くしていたが、耳元で聞こえたあの声を思い出し、微笑みながら頷いた。
「じゃあ俺は出かけてくるね」
「どこにですか?」
「バイトバイト!!」
「学校は行ってないんですか?」
「まあね。俺そこまでお金に余裕が無いからさ」
「親御さんに払ってもらえないんですか?」
「・・・おっと時間時間、そろそろ行かないと減給されちゃう!!」
 耕哉はエプロンをはずして背もたれにかけると、扉の隅に立てかけられてある青いリュックを背負う。耕哉がノブを回してドアを開けると、藍はその後姿に向かって声をかける。
「いってらっしゃい」
 耕哉は振り返ってもう一度笑みを浮かべ、そして「いってきます」と返事を返して部屋から出て行った。それを藍は暫く眺め、急に立ち上がると窓をがらりと開けてベランダに飛び出した。裸足でベランダの床を踏むとひんやりとした硬い感触が感じられる。ベランダにある木造の手すりから身を乗り出して下を見る。二階の高さとは思えないほど遠近感がある。道路にいる人が豆粒のように見える。
 頭が重くなって頭痛が脳を刺激してくる。急に脚の力が抜けてベランダから上半身が乗り出た。
 そこで意識がはっきりと戻り、手すりにかけていた両手に力を入れる。落ちるところだった。手の力も抜けていれば二階から下の地面へ転落していただろう。
「なんだったんだろう…。今の気分」
 藍は今の嫌な気分が頭の中に残る。気のせいだろうと考えることにし、スクーターで走っていく耕哉を見届けた。


 スクーターの乾いた音を辺りに響かせながら耕哉は走る。青いヘルメットを被っているが、耕哉には全くと言って良いほど似合っていない。ほとんど「打ってたから買った」程度だろう。
 コンクリートで固められた道をタイヤが踏みしめていく。時速十五キロの鈍いものだが耕哉の一番の相棒でもある。普段は鈍い動きしか出来ないこのスクーターは、いざと言うときになると普段とは比べ物にならない爆発的なスピードを出す。
 そんなスクーターは今日ものろのろと走っている。目的の場所はこの町の隅の辺りに建っている「近藤ビル」の六階である。全体が黒く鈍い光を放っているので隅にあるのにも関わらずビルの名前を出せば「あのビルね」と言われる。つまり目立っているということだ。
「お、着いた」
 ブレーキを徐々に引き、アクセルを戻していく。だんだんとスピードが落ちていき、黒く鈍い光を放っているビルの前に丁度良く止まった。耕哉はスクーターから降りるとビルの右手にある道を通っていき、薄暗い細道にスクーターを置く。そして軽やかな足取りでビルのドアの前に立つ。「IDをどうぞ」と機械の一定の音程で放たれる声に従い、ポケットから黒いカードを取り出すとドアの横にある小さな横穴にカードを差し込む。カードは横穴に引き込まれて数秒後に吐き出される。それと同時にドアがウウィィィィンと響く音を立てながら開き、耕哉を招き入れる。耕哉はカードをポケットにしまいこむと笑みを浮かべながらビルに入り、入ってすぐにあるエレベーターの上ボタンをポチリと押す。数分もしないうちにガラリとエレベータのドアが左右に開いた。耕哉はエレベータに乗り込むと慣れた手つきで「六階」のボタンを押した。ドアが閉まり、小さな衝撃と共に上へと上がっていくのが分かる。
「藍さんは家で何やってるのかなぁ?」
 耕哉はその事が心配でならなかった。家での身なのだから外に出ては危ない。
「まさか外には出てないだろう…」 
 ベルの鳴る音がしてドアが開いた。六階に着いたのだ。耕哉は不安を振り切るように首を左右に振ると、エレベータを後にした。
 エレベーターを降りてすぐ右側に「春風るぅむ」と書かれた扉がある。耕哉は真っ直ぐにその扉へ向かう。扉の前まで来ると耕哉は右手でドアの中央辺りを二・三回叩く。
「耕哉です」
 耕哉は扉越しに強めの声で叫ぶ。すると中から「入りな」と言う高い声がかかる。その声を聞いたあと、耕哉はノブを回して扉を開ける。
 中はゴミ捨て場としか良いようが無かった。カルビーポテトチップスの空袋、マックのシェイク、山積みになった雑誌の数々。
 ゴミを隅にどけてどっかりと座る茶髪の長い髪の人がいた。耕哉はその人を見つけると、ため息を吐きながらその「女性」に話しかける。
「荒田さん。部屋片付けないと客来ませんよ?」
「現代を生きる若い男よ。ゴミを片付けるとか客来ないとか今の話をするな」
「じゃあイツの話をすれば良いんですか?」
 荒田と呼ばれた女性は耕哉のほうに振り返る。そしていたずらな笑みを浮かべて「輝く将来の話だ」と自信満々な顔をして言い放った。服は清らかな雰囲気を感じさせる水色の和服。整ったバランスの良い体つきで顔も良し。と言っても良い女性なのだが、言動や考えていることがへんてこで、行っている仕事も謎が多いために気味悪がって男性(耕哉除く)は近寄ってこない。
 荒田の胸にネームプレートが一つぶら下がっていて、「しゃちょー 荒田奈央」と彫られている。
「で、今日の仕事は何ですか?」
「いつもどおり、客を待つこと。自給二千円ね」


 荒田は耕哉にそう言うと和服の中から煙草の箱を取り出し、一本口に咥えてライターで火をつける。
「やっぱタバコは良いねぇ。この苦味がたまらない」
「一日に三十本も吸ってたら癌になりますよ…」
 荒田は別に、と言う表情で耕哉を見る。耕哉はため息をもう一度つくと春風るぅむの角にある窓を思いっ切り開ける。心地よいが勢い良く部屋の中に飛び込んでくる。部屋中の煙たい匂いも一瞬で消え去り、空気だけ清潔になる。
 しかしその清潔な気持ちも春風るぅむを見た瞬間すっきり消え去った。
「…荒田さん・・・」
「あぁん? 何耕哉」
 あきれ交じりの笑顔を浮かべて荒田を見る。
「とりあえず部屋掃除くらいしましょうよ」


 藍は和室の床に寝転がりながら天井を見ている。微かに香るい草の匂いは藍にとってとても新鮮だ。
――確かに…私は籠から出れたと思う…。
 藍は頭の中で耕哉の顔を思い出す。曇りない笑みがくっきりと頭に浮かんでくる。その表情を見ていると不思議と自分にも笑顔が浮かんでくる。しかし、それでもだんだんと苦笑いへと表情は変化していく。
――でも…私は…まだ何も進んでない気がする。
 畳から上体を起こすと壁に目を移す。昨日は気づかなかったが、一枚の絵がそこには飾ってあった。
 絵は不思議な柄で、太陽が明るいオレンジで描かれ、周りは灰色の風のようなもので囲まれている。しかし、風に逆らうようにひまわりが太陽をしっかりと見つめ、そして輝いている。
 絵の隅に「春風のように…」と小さく書かれてある。それを見て、藍はだんだんと「春風」の意味が分かってきた気がした。
――春風って言うのは…。
 その時、和室からでも分かるくらいの音が玄関のほうから響いてきた。藍はその音に驚き、部屋の隅まで行くと身を固める。
 ガン、ガン、ガンガン。
――嫌な予感がする。
 藍は危険を察知すると和室の押入れに入り、布団の中に潜り込んだ。その時丁度に玄関の扉が開いた。と言うか、思い切り開いたようだった。
「どうだ? ここにお嬢様はいるか?」
「いや、分からない。とにかく隠密に事を進めるぞ」
 男が二人、のようだ。しかし押入れを占めて布団に入っている藍に姿は分からない。男達はガサガサと物音を響かせながら辺りを探っているらしい。しかし、まだ和室は調べに入っていないようだ。
「おい、和室があるぜ」
「もしかしたらいるかもしれないな」
 ガサー―。
 障子の開く音が押入れにも聞こえてくる。男達は二人。押入れを調べに入るのも時間の問題だろう。
 藍の心臓が高鳴り始める。頭の中には「捕まる」や「GAME OVER」の文字が敷き詰められていく。
「おい、押入れ調べたか?」
「いや、まだだ」
――大変。見つかっちゃう!?
 藍は生唾をごくりと飲み込んだ。

 耕哉は不意に、この時期には珍しい生暖かい風を感じた。
「何だ? この生暖かい風は…」
「春風じゃないのかい?」
「いや、違いますよ。春風はもっとさわやかですもん。この風はべとつく感じです」
 ゴミ溜めに等しい部屋を掃除しながら耕哉は自信満々に言い放つ。聞いた荒田はあ、そうとでも言いたげな表情をこちらに向けながらタバコを灰皿に押し付けている。そして再度新しいタバコに火をつけると静かにすい始めた。
「何かやばい事がありそうな気がする…」
 耕哉はマドから青い空を見上げる。太陽がまぶしいくらい自己主張をしている。
 そんな時だった。春風るぅむのドアが三回ノックされる。荒田はタバコを灰皿に放り投げると子供のような無邪気な笑みを浮かべてドアまで歩いていく。耕哉は片付いた部屋を再度確認し、掃除し残したところが無いと分かり安心した。
 荒田がドアを開けた。そこに立っていたのは派手な衣装で身を包んだ少し太り気味の女性だった。髪は何かの製品でべっとりと撫で付けられ、顔には化粧品が厚く塗りたくられていることがはっきりと分かる。一言で言えば「おしゃれを通り越して気持ち悪い」だ。実際耕哉はドア越しに立つ女性を見て吐き気がした。
「何でも屋『春風るぅむ』ですが、何か御用ですか?」
「ええ、ここに来たのは他でもないわ。この娘を探して頂戴」
 荒田は香水のキツイ匂いがする写真を手に取る。そして写真の中の絵を見てフムフムと頷く。耕哉も見たいと思ったが、後で手伝わされるのだから見ることになる。今は静かにしておこう、と窓から顔を出して外の景色を見ながらそう思う。
「人探しですか。報酬は高いですよ?」
「もちろん用意してあるわ。二千万よ」
 女性はガマガエルの様な笑みを荒田に向けると背後に声をかける。すると黒いスーツで全身をがっちりと固めた男性が二人部屋に入り、持っていたジュラルミンケースを丁重に開けた。
 一瞬輝いて見えた。ジュラルミンケースの中に入っていたのは「福沢諭吉」札が何枚かの束に分けられてぎっしりと詰め込まれているのだ。
「どうです? 引き受けてくれますか?」
「分かりました。では前金として五百万、成功報酬として千五百万と言うことでお願いします」
 荒田はそう言うと自分の名詞を女性に渡す。女性は満足したような表情を見せて、百枚の束を五つ荒田の手に置くと部屋から出て行ってしまった。
「荒田さん。気になったんですけど、何で銀行に振り込んでもらわないんですか?」
「そんな事したらやる気が下がる。そんだけだ…」
「はぁ…」
 耕哉は荒田の言葉を耳に入れながら机の上においてある写真に目を写す。
 その瞬間、耕哉の目が丸く開いた。
「あ、そうそう。今回の仕事はでか過ぎるからお前は駄目。一ヶ月くらいバイトは無しだ」
「…分かりました…」
 耕哉は呟くくらいの声で静かに荒田に返事を返す。荒田は耕哉の様子がおかしいと少し首を傾げた。元気がとりえの彼に元気が無い。荒田はまあいいか、と呟くと隅においてある肩下げバッグを肩にかける。
「春風を追いかけるのもほどほどにしなさいよ。とりあえず一ヶ月分の給料三十万は渡しとくから」
「分かりました!!」
 荒田が出した三十枚の福沢諭吉を引っ掴むと耕哉は春風るぅむを脱兎の如く飛び出ていった。その光景を荒田はポカンとした表情で見ていた。
 耕哉は丁度良く開いていたエレベーターに滑り込むと一階のボタンを強く押した。扉が機械的な音と共に閉まり、一瞬からだが軽くなった。六からだんだんと小さい数字へとライトが移っていく。しかし、耕哉にとっては遅いほうだった。
「早く!! 早く!!」
 耕哉はエレベーターを催促する。しかし当たり前のようにエレベーターの速度は変わるわけが無い。
 チィン。
 ベルが鳴り、エレベーターの扉が開くと共に耕哉は再び走り出す。自動ドアを難無くクリアして外へと出ると、ビルの裏路地に向かって走り、スクーターの元まで走り、グリップをギュッと握り締める。キーを叩き込むように差し込み右に捻る。エンジンが作動すると共にアクセルを思いっきり引いて裏路地を走り出す。途中勢いが衝きすぎて前輪が思いっきり上に上がる。自動車をグングンと抜いて耕哉は走っていく。
 目指すは自宅だ。
――こっちの顔は見られたけど、名前は割れてないはず。でも、もしかしたらって考えると…。
「ああもう!! とにかくつっぱしれぇ!!」
 ヘルメットを被るのを忘れ、警察が追ってきているのも気づかずに耕哉は公道を突き進んでいく。既に速度は百四十を切っている。一体このスクーターのどこからこのスピードが出ているのかが気になって仕方が無い。

「押入れを空けるぞぉ!!」
 男の声が響く。藍は自分を囲っている布団をギュッと抱きしめる。
――駄目だぁ。もう見つかる!!
 その時だった。開けっ放しのドアからスクーターの尋常ではない音が響いてくる。男達はその音を聞いたとたん、どたどたと音を立てて部屋から出て行った。
 藍はそっと押入れを空ける。久々に見た光が目に入り、つぶれそうな感覚がした。押入れから飛び出て和室を見回すが、そこには誰も居ない。藍はほっと一息ついてその場にへたり込む。
 開けっ放しの入り口のほうから誰かが入ってくる音がした。愛は隅でみがまえながら入ってきた者を見据える。
「藍ちゃん…」
「耕哉…さん?」
 目の前に居たのは全身水浸しの耕哉だった。どうやらバイクから降りてから階段を一気に駆け上がってきたらしい。藍は安心して、涙をぼろぼろ流しながら耕哉に飛びつく。耕哉は嗚咽を漏らしながらなき始めた藍の頭を撫でながら目を閉じる。
――どうして、あの母親は藍さんをそこまで探すんだろう…。
 耕哉は昨日のことを思い出してみる。お見合い写真の中の絵がくっきりと鮮明に映し出される。
――今日分かったのは、顔を見られただけで場所を探られてしまう…。
 開けっ放しのドアから入ってくる風が少し心地よかった。
「藍さん。大丈夫!!」
「え?」
 涙の跡が残っている目をこちらに向けながら声を出す。
「どんな状況になっても、僕は一緒に逃げたあげるから!!」
 藍は、耕哉の自身の篭った一言を聞いて、再度泣き出してしまう。最後には「怖かったよぅ」と何度も言いながらだった。
 耕哉は目を瞑りながら必死に祈っていた。
――春風よ。この人をどうか守ってあげてください…と。
 
 しかし、良く考えれば、この頃から耕哉の心の中は不安定になっていたのかもしれない…。
2005/07/31(Sun)22:51:24 公開 / 聖藤斗(ひじりふじと)
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■作者からのメッセージ
明るい恋愛…。はい、そうなります!!(心配になってきた)
 とにかく、最近ハガレン(アニメ)のブラックなストーリーに影響されっぱと言う状況です。てかうちにあるゲームマンガはブラックなストーリーです(DGとかHXHとかバイオとか…)
菖蒲様、京雅様、clown-crown様、甘木様。ご感想・アドバイスどうもありがとうございます!!本当に大事なところが抜けてますね。キャラの感情をもっと深く入れたほうが良い所、誤字・脱字(修正頑張ります!!)とにかく、まだまだボロボロな所が大量にあることを知りました!!(要精進!!)
と言うことで、次回も頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!!予定では五話完結予定です。
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