- 『―時の雫― Fifth』 作者:チェリー / ファンタジー ファンタジー
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全角36454文字
容量72908 bytes
原稿用紙約108.15枚
【prologue】
2010年2月5日 その日は、耶麻島 流夜君の誕生日だった。誕生日、それは生まれた日を記念として祝う、そんなささいな行事。秋風 茜は誕生日プレゼントを、冬は冷えるからマフラーをしわがすこしできている紙袋に入れて歩いていた。すこし緊張して、手に力が入って紙袋にしわができてしまったが、茜はこのほうが自然でいいかも、といつもよりプラス思考の上機嫌で流夜の自宅へと歩いていた。
黒い艶やかな黒髪はわずかに吹く風になびき、落ちる粉雪がその黒髪をうっすらと覆う。まつ毛にもすこし粉雪がつき、茜は指でつついてその粉雪を落した。首にマフラーを巻き、少々厚着の茜。今年はすこし寒い。風がすこし強く吹き、茜は身を震わせてすこし体を縮めるように両手を組む。
「悲しみの粒は喜びに変わる。過去の不幸は未来の幸せに変わる。だから人生とはすばらしい・・・・・・・」
ふと口ずさんだその言葉。耶麻島 流夜がよく口にしていた言葉である。“言葉の創作”。詩や、俳句、短歌などがあるが流夜は作詞が大好きであった。茜はその流夜の作詞した言葉を聞くのが好きだった。歌にしなくてもいい。流夜が口ずさんでくれるだけで、茜の心は幸福に満ちた。
首に巻いているマフラー、これは茜が作ったものである。そして、紙袋の中にはそれと同じマフラーが入っている。今では手作りのマフラーをプレゼントする、ということは珍しいものである。ほんのすこしの金さえあれば女性達は手間を省くために商店から買い入れるであろう。
しかし、茜は決してそんなことをしない。以前にあげた手袋も、すこしつたない帽子もみんな作ったのだ。付き合いはじめたとき茜は初めての流夜の誕生日になにを上げていいのかわからず、商店で高価な香水を買ったが、そのとき流夜は茜にこういった。
――どんなに高価なものよりも、キミの想いがつまったもののほうがどんなものよりも高価だ――
しかし結局そのときは泣きそうな顔になった茜をみて流夜は悪気はなかった、と慌ててその香水をもらった。それからは手作りに熱中した茜は携帯ストラップもみんな手作り素材を買って作った。
今日も、流夜はよろこんでくれるかな?今日も流夜は笑顔をみせてくれるかな?茜は流夜の笑顔や喜ぶ顔を想像しておもわず笑顔がこぼれる。彼なら喜んでくれる、茜はそう思うとすこし歩く速さを速める。
雪がうっすらと積もる道。足跡がわずかに残っている。もしかしたらこれのどれかひとつは流夜のものかもしれない。茜は流夜と同じ大きさの足跡を視線を落として探しながら彼の元へ向かった。立ち並ぶ家々、ねずみ色の電柱、そしてすぐ隣にはわずかに茜よりも高い塀。ふたりで帰るときはよくこの塀で背比べをしたものだった。すこし最近背が伸びた気がする。茜はまたいつかふたりで帰るときに歩きながらこの塀で背を比べてみよう、と思った。茜の身長は166cm。しかし流夜の身長は164cmと、すこし流夜のほうが低い。いつか追い越してやるから、とココへ来るたびに彼は茜に言うのだ。茜はいつもその時はこう言う。
「うん、待ってるよ」
そして、街へ行き地下の電車に乗った。家がすこし遠いことは辛いが、茜はたしかに会えるのならそんなことはどうでもよかった。今日は流夜の家に行くと約束をしていたのだが、委員のせいで今日は一緒に帰れなかった。電車に揺られながら、茜は確実に流夜に近づいていくことを感じていた。
しかし、それは突然起こった。電車のライトは突如ついては消えると繰り返して最後には暗闇になる。さらに地響きがおき、電車は左右に激しく揺られる。茜は振られて掴んでた手すりを思わず放してしまい、床に叩きつけられ、意識はなくなった。
どれくらいの時が経っただろうか。暖房が停止し、あたりは冷えてきていた。茜はおきると寒さに身震いをおこす。そして、右肩はすこし痛みを訴えた。倒れた時に強く叩きつけられたため右肩は少々軽い打撲程度の怪我を負っていた。周りには倒れている人々。まだおきているものはほとんどいない。おきていても動くことをしたくなく椅子に座って頭を抱えていたり、この状況を飲み込めず、座ったまま視線が落ち着かない女性など、さまざまだった。おそらく茜ぐらいであろう。立って、なにがあったのかを確かめるために勇敢にもこわれた扉から出て行くのは。
外はどうなっているのだろうか、この先すでに100メートルくらい行けば目的地にたどり着くはず。東京と埼玉の境、この先それがあるはずだった。埼玉には流夜がいる。大丈夫であろうか。外はどうなっているのだろうか、不安が膨らんでいく茜。そしてトンネルは途中で倒壊しており、茜はその瓦礫の上を進んで外に出た。
埼玉―――はなく、キレイに消えたそこには海が広がった。波音だけがあたりに響き、埼玉、いや新潟、福島・・・・・・ほぼ北日本が消滅していた。広がるのは海、これは日本海であろうか。陸に沿って白く帯びる泡の列、地平線には陸は見えない。もはや北海道までもないのだろうか。それよりも、目の前にあった、ほんの1メートルとも満たないところに会った埼玉は、駅を降りればすぐそこにあった流夜の家はもうないのだろうか。茜はあたりを見回す。瓦礫があったら探すこともできるだろう。瓦礫さえもなく、海が広がるだけなのだ。不気味なくらいキレイで、不気味なくらい透き通るその海は深く、どこまでも潜れそうなくらい深く、茜が足を踏み入れることを拒んでいるようだった。粉雪は海に解け、茜が倒れても持っていたマフラー入りの紙袋は・・・・・・冷たい地へと落ちていった。
――今度俺もプレゼント用意しておくよ。う〜ん、俺は手作りなんてできないけど、腕時計作ってみたいと思ってるんだ。おじさんが詳しくてね。作り方教えてもらってるんだ。俺の想いがつまった時計を、頑張ってキミに似合うものプレゼントするよ。
――え?明日? もちろん! 俺も明日誘おうと思ってたんだ。
――どうだい? この詩は結構自分で作っておいてとても好きなんだ。
――詩を作る時? う〜ん、俺はいつもキミを想いながら作ってるよ。はずかしいな・・・・・・
なぜこんなに彼の思い出が浮かび上がるのだろう。彼はまだ死んだとは決まっていないのに。いや、死んでいない。でも、なぜ涙は止まらないの?まぜ彼の思い出だけが脳裏に渦巻くの?なぜ・・・・・・?なぜ・・・・・・?
「る、流夜くん・・・・・・? 流夜・・・・・・くん・・・・・・・流夜くん流夜くん流夜くん・・・・・・・!あぁぁぁぁいやぁぁぁあぁぁぁ!!」
2010年2月5日 2.5 confusion day 歴史にそう刻まれた。
【First 2011年11月5日・・・・・・】
あれから2年ちかくの時が経った。2011年11月5日。学校に行く度に彼が座っていない席を見つめる茜。今年は雪が少し積もりそうな予感がする。茜は授業中外を見つめ、落ちゆく落ち葉を目で追った。授業が終わり、一人で帰る茜。もう彼と肩を並べて帰ることはないのだ。時ばかりが過ぎ去り思い出だけがのこる。
政府は消えた北日本は消滅し、国民も死亡と説明。現実はあまりにもひどく、儚いものだった。なんらかの超常現象によりこのような事件へと発展したとされているが詳しいことはなにもわかっていないらしい。日本の政治は大きく揺れ、一時期崩壊の危機にまで瀕したが現在は立て直して事なきを得ている。
今日はまた“あの場所”へ茜は行く。それは、綺麗に区切られたあの埼玉と東京の境。茜はあの時と同じ道を行く。雪は積もっていないが、思い出だけは残っている。思い出だけが道しるべになっている。この立ち並ぶ家々と塀。背を比べ合ったこの塀は、あの時とは違い、草がへばりついている。冬になればこの草も枯れるだろう。このなにもない道も、冬になれば雪がほんのうっすらと積もるだろう。この空も今はかすかに雲が漂うだけだが、冬になれば雲が空を覆い、粉雪を降らすのだろう。だが、そんな変わらない毎年は、2年前で止まった。2年前なら隣には流夜という大切な人がいて、一緒に空を見上げたりしてた。
首にかけているロケットペンダントをとり、中を開いた。そこには若い、茜と同じ歳の男性が写っている。すこし長めの黒髪、目にちょっとだけ前髪がかかっている。笑顔で写っているこの写真。最初で最後の撮影だった。あまり撮られることは恥ずかしいから、と流夜はよくカメラから避けていた。茜はお願い!と頼んでやっと撮らせてもらったのだ。彼が死ぬ2日前に・・・・・・。
いや、本当に流夜くんは死んだのだろうか・・・・・・?
どこかにいて、どこかで私を待っているのではないのか?茜はそうよく考えるが、そんなことは現実がすべて消してしまう。埼玉への電車はもうない。だから、今は歩いて埼玉と東京の境を行くしかない。長い道のりだが、茜はどんなに時間がかかってもいく。
歩くこと1時間。茜はようやくたどり着いた。綺麗に区切られたその海と陸。地面には、その境界線には草さえも生えておらず、その境界線をなでればつるりとした感触が触れる。
――生きるということ、そしてなにもない日常こそが幸せである――
誰かは言う。過去にそのことを聞いても茜はその意味をよく理解できなかったが、今ではわかる。それに、今はもう幸せではないのだから。父も母も、もう忘れろというが、茜には忘れることなどできない。
そしてそれからずっとその場に座り込んで茜はただ海を見つめていた。風が徐々に冷えてくるが、茜はかまわずずっと座っていた。なにかを待つように、自らを待ち人のように。海は荒れることなく静かに波打つ。潮風が香る。あたりはもう日が落ちて暗くなり、暗黒が包むが、突如光が差し込んだ。背後から、まぶしいその光は茜を包んだ。
「茜、帰るわよ」
車から降りたその女性は茜のそばへいく。茜はなにも反応しない。もっとここにいたい。いや、ひとりでいたいのだ。どこでもいい。でもどうせなら最後に彼と会おうとしたときの・・・・・・ここに。
「茜・・・・・・」
「先に行ってて。あとでちゃんと帰るから」
茜は立ち上がろうとしない。冷たい地面がぬくもりを得るくらいまで座っていた。どれくらいの時がたったのかなど自覚できていない。
「なに言ってるの。もう11時を回ったのよ」
そんなに時間が経ったのか、と茜は思うが時間が経つだけ、彼を想っているのだと考えると、すこしだけうれしくなる。母に腕を引っ張られ、茜は思わず腕を引いた。まだここにいたい、どんなに寒い思いをしても、ここにいたい。彼にすこしでも近づいているという気がして、茜は離れることをひどく拒んだ。
「子供じゃないんだから、そろそろ戻りましょう」
いやいや、とつかまれたその腕を振るが、母は今度は腰を掴み、車へと運んでいった。
「やめてよ! 離して!!」
ばたばたと足をばたつかせるが、母は強引に車に押し込み、すぐに出発した。向かう先はもちろん家へ。しかし父はいない。毎日研究研究研究、と家にいることは少ない。車からは、夜の星空のように輝く街が見える。高層ビルもぽつりぽつりと電気がついている。空を見上げれば、星たちがオーロラに混ざりながら姿を見せる。2010年のあの事件からオーロラが出現し始めた。これを父は調べているのだろうか。このようなもの研究しているらしいが、詳しくは知らない。
そして家に着き、茜は重い足取りで車を出る。ねずみ色の綺麗な建物。新築のようにおもえるほど外見はいい。父が働いているところでは金銭に一生困らないほどの給与が与えられるから、とりあえずは富豪に入るのではないか。
「中ですこし話しましょうね」
しかし、茜は中へ入るや、すぐに自分の部屋へ駆け込んでいき、鍵を閉める。後から追ってくる足音、そして部屋の前で止まり扉を軽く叩く。
「茜、でてきなさい」
怒るという事をあまりしない母。いや、あまりというよりも、怒ったことなど見たことがない。いつも茜が悪いことをしてもこのような感じですこしやさしさがこもった声をかける。しかしそれが嫌と感じる茜。どうせならしっかり怒ってほしい。幾度も叱り、自分の情けなさを叱ってほしい。
あれからほぼ毎日、夜の月を見ては涙を流し、思い出を振り返っている。電気をつけず、暗い部屋の片隅の机にはくしゃくしゃの紙袋が置いている。いつか渡そうと想っていた誕生日プレゼント。墓地、それはあまりの死者の数にすべて立てることなどできず、海に大きな墓標が立てられている。あそこに置くわけにはいかない。波にさらわれてマフラーがどこかへ行ってしまう。
それに、いつか・・・・・・いつか私から誕生日プレゼントを渡したい・・・・・・・
茜は暗いままの部屋の窓辺に経ち、ただただ月を見ていた。月夜は茜と、その頬を滴る涙の雫を照らす。叶わぬ願いを思うのは愚かなことであろうか。たとえ現実がそれを拒んでも、茜は叶わぬ願いをいくつもの思い、希望を心に思っている。なぜあのようなことが起きたのだろうか、なぜあの時一緒に帰っていなかったのだろか。流夜に待ってて、と一言言えば運命は変わっていたかもしれない。今思うと血が出るまで唇をかみ締め、悔しさがこみ上げる茜。
そして時計を見ると、時刻は1時30分を回ったところ。あれから1時間も泣いていたのだ。茜は1階へ下りた。そろそろ母はもう寝入ったであろう。1階は暗く、食卓のテーブルに天井から吊り下げられた微弱な光を放つライトだけが照らしていた。3人で食卓を囲んだことなどほとんどない。そして食卓のテーブルには小さなおわんに入った白いご飯と、皿にはレタスと卵エッグ、そしてエビフライ。ラップに覆われ、ラップの上には「レンジであたためて」というメモが乗っている。茜はそのメモを取るとしばらく眺め、くしゃくしゃにしてゴミ箱に投げ込んだ。すでに紙くずと化したメモはゴミ箱のふちにはじかれ、床へおちた。茜はレンジで暖めることなく冷え切ったその晩御飯を食した。冷えてもおいしいその晩御飯。さすがに母親の手料理は旨いものである。
食事を終え、シャワー室へむかう茜。“あの場所”に長時間いると体がなにか潮くさい。それにすこし冷風にさらされて体が冷えていた。くしゅん!とくしゃみをして鼻を軽くすする茜。シャワーで体に潤いと、ぬくもりを与え、しばらくまたシャワー室で涙を流していた。
着替えてシャワー室から出ると、居間には母がいた。腕を組み、じっとこちらを見つめている。耳のイヤリングがかすかに光り、しかし長い黒髪に隠されている。
「・・・・・・何?」
「晩御飯おいしかった?」
茜が予想していたことよりもすこし違った母の言葉。なにか起こってくれると思ったが、うっすらと笑みを見せて言った。茜は目をあわせることをせず下を向きながら言う。
「・・・・・・うん」
すると母は「そう」と一言言い寝室へ向かっていった。母は怒るということをほとんどしない。いや、怒ったことなどないのではないか。茜は今までのことを思い出すと、怒っていることよりもほめてくれたり、笑顔で言う母の姿しか見つからない。いまどき変な母親であろうか。
茜はかるく首をひねりながら自分の部屋へ行った。部屋に入るや、すぐにベッドにはいる。夢で彼に会えたらいいな、と今日も祈り、静かに眠った。
翌朝、すがすがしい朝を迎えるが、すこし眠い茜は重い足取りで1階へ行く。いつもどおり、母はいない。仕事がはやいので、昨夜の晩御飯のようにテーブルの上にはラップにかけられた朝食。洗顔と歯磨きをし、茜は食事することなくそのまま家をでた。いつものつまらない学校生活。あの事件により、学校の生徒はかなりの人数がいなくなった。先生も4、5人いなくなった。昔よりもにぎやかではない学校。普通科や文学科を扱っている県立山根沢高校。文学科で彼と出会った。優秀な彼はもうおらず、今では静かな授業を迎える。
退屈な時間を終え、茜はまたひとりで“あの場所”へ向かう。また1時間かけて、その間ずっと彼のことを想って茜は歩いた。街を行けば昔よりも少ないが人ごみができている。昔はもう歩けないというほどの人ごみだったが、いまではすらすらいける。観光者の数は激減し、当時は多くの土産屋や観光地の商店が悲鳴を上げていた。茜はひとつの店で足を止めた。そこは自転車屋。自転車を持っていない茜はそのことを父に言った時、父はお金をくれた。財布をとり、中を見るとお金が約5万。父は少々多めに与えていた。1週間前にそのことを言い、茜は父が一緒に買いにきてくれると思ったのだが、お金だけがついてきた。
茜は1時間もかけて歩くのは最近少々疲れてきたので、自転車は無性にほしくなっていた。できればもっとはやくつくように、スピードが出るものがほしい。マウンテンバイク、それがいいだろう。しかし自分にはそんなおおきく、ごつそうなものは合わないと思い、今ファッションとしてもよく利用される折りたたみ式のマウンテンバイクを購入した。普通のものよりもすらりとしているのでとてもこの形はいい。
自転車に乗り、茜は再度“あの場所”へ向けて出発する。スピードが出るためすこし寒く、茜はかばんからマフラーを取り出して首に巻いた。
「悲しみの粒は 喜びに変わる〜・・・・・・過去の不幸は 未来の幸せに変わる〜・・・・・・」
作曲をしてみた茜。自分で作って自分で気に入ってしまった。だが、歌を歌うたびに涙目になってくるのはなぜだろうか。目をごしごしとぬぐい、茜はしっかりと前を見る。昔なら東京の歩道を自転車で通るということはかなり難しかったであろう。今ではすらすらと行ける。自転車など小学生以来だが、あまりの爽快さと動きやすさに茜は思わず驚く。
そして茜は“あの場所”たどり着いた。自転車を置き、また海辺に近づいた。座ったその時、携帯が鳴った。ぽポケットから携帯電話を取り出し、茜は折りたたみ式のその携帯電話を耳に当てる。
「・・・・・・もしもし?」
「茜、今日は寄り道せずに帰るのよ。私は仕事で今日は帰れないからね」
電話の相手は母だった。今日は帰れないとわかり、茜は好都合、と思った。いつもよりもここにずっといれる。自転車も買ったので遅くなってもいつもよりもはやく帰れるであろう。今日買っておいてよかった、と茜は思い、「うん」と一言言って携帯電話の通信を切る。電源を切り、ポケットにしまい海を見つめた。
それからまたいつものようは彼のことを想いながら海を見つめること数時間。しばしの時が過ぎ、いつしかあたりを暗闇が包む。茜はいつもよりも厚着のおかげで寒さに身を震わせることはなく、思い出を想うことで時間など感じることはなかった。
ふと、そのとき異変が起きた。
―――キィィイィィイン―――
どこからか聞こえる音。茜はあたりを見回した。どこから聞こえてくるのだろうか?茜は耳を澄ますが、なぜか音の確かな方向を認識できなかった。なにか不安になり、茜は立ち上がって自転車に駆け寄る。
―――キィィィィィイィィィィイィィィィン!―――
音はさらに大きくなっていく。茜は自転車に乗り、その場から離れようとした。自転車を思い切りこぎ、進もうとした時、目の前にヒビが入った。空間にヒビが入っているのだ。なにかにぶつかった感触。しかしもろい。茜はブレーキをしようとするが、勢いがついているためすぐにはできなかった。その空間のヒビは大きくなり、割れると同時に暗黒の空間が現れる。倒れこむ茜だが、その空間に引っ張られるように呑まれていった。
どすん!と叩きつけられ、茜は頭を少し叩きつけられた。
「――なんだこいつは!?
「――いったいどこからきたんだ!?」
薄れゆく意識の中、見下ろす複数の人影と、男性達の声が聞こえる。なにがなんだかもわからず茜は意識を失う。ただ、背景はなにか暗くゆがんでいたことははっきりとわかった。
――茜!
がばっと目を覚まし、茜はあたりを見回した。流夜の声が聞こえたような気がしたが、どこにもいるはずがなかった。ふっくらとした掛け布団。暖かい感触が心地よい。あたりはベッドとトイレしかないまるで牢獄のようなところだった。しかし、エアコンがあり、いい設備の部屋のようだ。壁にはリモコンがあり、おそらく照明の設定ができるのだろう。真ん中には小さな机があった。茜は起き上がり、あたりを歩き回る。扉があるが、取っ手もない。自動ドアかと思い、目の前に行くが、なにも反応がない。部屋の隅には変わった形のテレビが置かれていた。薄い、かと思ったらほんの紙くらいの薄さしかなかった。触れてみると硬い。たしかにテレビのようだが、動くのか怪しかった。電源のボタンの位置は変わっていないようだ。ボタンをおすとテレビは付いた。
「す、凄い・・・・・・」
いつの間にかこんなものが発明されたのか、と茜は感心した。超薄型テレビといってもこれよりは厚い。しかし番組は見たことがないものばかり。なにか入っていないものか、とチャンネルを変えるがどこも見たことがない番組ばかりうつる。
「気分はどうだい?」
すると扉が開かれ、20、30代の男性が入ってくる。長い黒髪で長身、茜よりはずっと大きい。
「あなたは・・・・・・?」
「私はここの施設の一員だ。名前は・・・・・・」
すると男性はすこし間を置いた。いったいどうしたのかわからないが、茜はあまり気にしなかった。
「河島 止昼だ」
「しひる・・・・・・?」
あまりにも変わった名前に茜は思わず聞き返した。止昼はあぁと、うなずいた。ぴしっとした白い制服のようなものを着ており、右胸部分には勲章のようなものが取り付けられていた。
「あの・・・・・・ここは?」
「政府特別研究機関だ。多次元についての研究をしている。場所は埼玉県」
「さ、埼玉ぁ!?」
思わず声を上げる茜。無理もない。埼玉、いや北日本は消滅したはずなのだから。後ろの窓を見ると、埼玉が見えた。そして、その先には綺麗に区切られた陸と海。しかし、なにか変わった飛行機が飛んでいる。かなりの轟音が聞こえ、思わず耳をふさぐ。
「あ、あれは?」
「戦闘機A-368。近くに軍事施設があるからね」
しかし説明されても理解できない。茜はまぬけな表情であたりを見る。窓辺に近づくと、かなりの高さにめまいをした。
「ここは50階建ての49階のところだからね」
変わった風景が広がっている。建物も小さいがよく見れば今までのと少し違うように思える。【未来】それが脳裏をよぎった。
「と、東京は?」
「・・・・・・東京は15年前になくなったよ」
「じゅ、15年前ぇ!?」
未来にきてしまった。いや、ではなぜ埼玉があるのだろうか?茜の頭の中はパニック状態になっていた。それをみかねて止昼は説明した。
「きみは東京から来た、ということのようだね。実は埼玉は消えたわけじゃないんだ。日本は15年前のあの事件によって次元がねじれ、離れ離れになった。きえたわけじゃない。確かに存在するよ。おそらく時の流れが違うのだろうね」
その言葉を聞いて、茜はひとりの男性を思い出した。
・・・・・・・流夜くん
それならたしかに生きているはずである。この世界のどこかに彼はいる。そう思うと探しに行きたくなる茜。振り返り、扉へ駆け寄るが、ドアは開かなかった。
「ねぇ! 外に出して!」
「それはまだ無理だ。だが、いつかは出そう」
「いつかじゃなくて! 今出してよ!」
止昼に駆け寄る茜だが、止昼はポケットからスプレーのようなものを取り出し、茜の口元にそれをかけると茜は力が抜けて倒れこんだ。あたりがぼやけ、茜の意識は徐々に薄れていった。
「茜さん、今は我慢してくれ」
・・・・・・・2026年 1月25日 茜15年後へ
【Second オモイデ】
「演者候補秋風 茜の外出許可はいつできるのですか?」
静粛漂うある一室。止昼の目の前には大きな机、そして椅子に座ったすこし男性。鋭い視線で止昼を見上げる。制服の色は止昼の白い服とは違い黒く、階級は止昼よりも上ということが感じられる。
「少なくとも、あの現象が起きるまでは出すことはできん。緊急班も待機している」
「では、それが過ぎたあとなら、外出を認める、と?」
すると軽く吐息を漏らすその男性。なにか一筋縄ではいかなそうな、深く考えるような表情を見せる。止昼はできれば茜を自由にしてやりたい。いろいろと彼女もここに来て“やるべきこと”があるであろう。止昼は彼女の立場になって考えれば、やはりあのような場所には居たくない。
「しかしだな・・・・・・。多次元からきた彼女を野放しにする、ということも問題がある」
男性はメガネを整えて両手を組んだ。口ごもる感じの口調に止昼は徐々に苛立ちをおぼえる。眉間にはしわが出始めていた。
「では彼女を缶詰状態にでもしろと? 彼女の権限はどうなるのですか?」
「・・・・・・・・・・・・・わ、わかった。あの現象が過ぎた後、少々調べた後なら少しだけの外出許可を出そう。ただし、見張りつきだ」
止昼の力がこもったその言葉に圧倒されたのか、しぶしぶのような口調でその男性は言う。その言葉を聞いて、止昼は眉間のしわがゆっくりと消えていった。それに許可した理由はおそらく止昼の存在はその男性にとても必要なものであるからだろう。右腕、そう言っていい。もうベテランであり、他の者からの信頼も厚い。元来要領がよく、仕事をスムーズにこなす。頭が上がらないとはこういうことであろう。いつかはこの椅子に止昼が座るかもしれない、というほどに期待しているのだ。
「ありがとうございます」
明らかな喜びは表さず、止昼は軽く笑みを見せて頭を下げた。「失礼します」と部屋を出る時に言い、静かに扉を閉める。長くどこまでも続きそうな通路。昼でも照明がついており、廊下は白いということがあって、まぶしいくらいにはっきりと見える。この通路には窓がないので光がかすかに反射している。
止昼は個室へ行き、毎日睡眠をとるために使っているベッドに座った。散らかっている部屋の中。ここは窓があるため照明をつけることはしなくてもいい。そばの小さなテーブルには拳銃が置いてあり、光に照らされてかすかに反射している。拳銃のそばには、空になった古い香水。
その時、突然扉が開かれた。現れたのは若い女性。赤毛で後ろに束ねた髪型のその女性は部屋に入るや、壁にもたれて静かに言う。
「そろそろあの現象がおきるわ」
「・・・・・・綾香研究長。その前に入るときはなにか言ったらどうですか?」
「あら?ごめんなさいね」
その黒い瞳はなにやら部屋中を見渡すように動いている。古いポスターが貼られた壁、そして資料が散らかっている床。綾香はしゃがんでその資料を見る。資料には次元のゆがみや、範囲などさまざまなことが書かれている。専門に動いている者にしかわからないような用語や説明ががびっしりと埋めている。
「なぜ北日本だけなの?」
「・・・・・・・・さぁな。わかれば苦労しない」
もはやこの世界は崩れている。ほかに一応大陸は存在する。アメリカ大陸、オーストラリア大陸、ユーラシア大陸・・・・・・。しかし住んでいる人間、生きている人間は誰もいない。ただ建物だけが残っている。次元のゆがみにより我々だけがこの次元に飛ばされたのだ。
「その香水は?」
テーブルの上の銃のそばにはカラの香水が置かれていた。もうラベルはかすれて文字が見えない。しかし容器はかなりの高価さを感じさせる。太陽のような刻印が彫られている。
「あぁもらい物だ。かなりの高価さに最初はちょっともらうのが気まずくてね。うれしかったんだが、変なこと言ってしまって大変だったよ」
懐かしむように彼は言った。その香水を取り、止昼は眺めた。綾香が思っているよりもかなり古いものである。ほんの1ヶ月前のものなど、そういうものではない。容器は綺麗に洗われているため、かなり古いということは感じさせない。大切にしているのだ。
そして綾香の腰にある通信機が鳴り出した。
「私よ・・・・・・・・・・そう。わかったわ」
通信を切り、綾香は立ち上がった。
「始まったか・・・・・・?」
「えぇ・・・・・・」
そしてふたりは部屋を出た。緊急治療室、そこへ向かった。円を模る治療室。中には数人の白衣を着た男女がいる。綾香も白衣に着替えて中へ入った。止昼は中へ入ることはできないので、別室の中を見れる部屋へ向かった。
椅子が複数あり、窓からは治療室が見れる。治療室の中心の台座には茜が仰向けになっていた。口元には血の跡が付いている。ごほっとまた血を吐き出し、表情は苦痛にゆがんでいる。その様子を見て止昼に不安がどっと押し寄せる。死んでしまうのではないか、と心配して拳に力が入る。壁に設置されているモニターには茜の体内データが表示されている。
「失礼します」
すると一人の女性が入ってくる。
「綾香研究長に頼まれて説明に来ました」
「あ、あぁどうも。よろしく・・・・・・」
研究員の女性は資料を持って止昼の隣の席に座る。メガネが妙に優秀さを漂わせる。いや、優秀かははっきりとはわかっていない止昼だが、メガネ=優秀、もしくは偉い人と思ってしまうのだ。
「現在こちらの時間の流れとあの茜さんの時間の流れが交わることで体内循環が乱れていますが、その乱れを直すために循環鎮静薬を投与します。そして心拍の安定、呼吸器官の安定をするために処置を行いますので。ちなみにこの“ブレイグ現象”が彼女に起きた時間は14分前、3時28分です」
14分前はちょうど綾香研究長と個室で話していたときだ。治療班が待機していたこともあってすぐに処置へ移れたので時間的には手遅れということはない。
「あ、あぁ。わかった・・・・・・」
――あぁ!
――うっぐ!
茜の苦痛の悲鳴がたびたび聞こえ、そのたびに止昼は席を立って茜の様子を伺う。茜は意識はあまりない様で目をつぶっているが、痛みは確かに感じているようだ。額には汗が噴出し、首筋には血管が浮き出ている。綾香研究長がついており、設備もしっかりしているので下手をしなければ、いや下手をしても綾香研究長なら大丈夫だということはわかっている。死ぬことはないだろうが、綾香研究長たちを信じていないわけではないが止昼は心配をせずにはいられない。
それからおよそ1時間。モニターの波打つ二つの線は徐々にひとつに同化していく。それと同時に茜の表情は落ち着き、力が入っていた体はゆっくりと力が抜けていった。
研究員はモニターと資料をしばらく見ていた。落ち着いたといっても、まだ油断できない。綾香研究長は茜の心拍数を計るために、手首に手を当てている。中にいるほかの研究員たちは機材に目を向けている。緊張のこの時間。そして綾香研究長は止昼のほうを見て笑顔でうなずいた。研究員たちは茜の口元の血と額の汗を拭いてやり、治療室から運ばれていった。安心して止昼はため息をついた。
止昼は茜の部屋へ向かった。これで外出許可を与えてもらえる。茜が外に出たいという要望を叶えれる。それにこの世界の現状を知ってもらうにはやはり外を知ってもらうのがいいだろう。今この世界がどうなっているのか、15年前のあの事件によりどれほどの影響が出たのか、おそらく茜の世界はあまり影響はなかっただろうがこの世界では別だ。
「ねぇちょっと」
廊下を歩いていると後ろから綾香研究長が声をかけてきた。もう止昼と同じ制服に着替えていた。
「どうしたんですか?」
「これ・・・・・・」
すると綾香研究長はロケットペンダントを眼前に見せた。綺麗なそのロペットペンダントを止昼は受け取る。中を開けばひとりの男性が写っている。まだ色あせていない。撮ってからほんのすこししか時間は経っていないようだ。
「またね」
綾香研究長はそのロケットペンダントについて話すことなく、その場を離れて行ってしまった。止昼はしばらくそのロペットペンダントを見つめた。彼女にとって時が経つのは遅いのだろうか、そう実感しているだろうか。いや、やはり実感などできていないだろう。こちらの世界の1ヶ月は茜の世界では約1週間ほどでしかない。
止昼は茜の部屋に行くことをやめ、屋上へ向かった。それに茜の部屋に行ってもおそらく茜は眠っているであろう。階段で上がり、屋上に行くと風がゆっくりと流れており、心地よく感じる。わずかに なびく髪の毛。ポケットから煙草とジッポ・ライターを取り出し火を浮かび上がらせながら止昼は煙を吐き出す。ここからは全てが見える。海も、大陸も、地平線も、空も、雲も、太陽も。久しぶりの煙草にこの風景。最高の休憩だ。今まで忙しくて煙草を一服する時間さえもなかった。やっとのことで2日は時間が空き、最後に次元を調べたらいきなり女性とマウンテンバイクが振ってきて、と最後まで大変だった。を仰いで止昼は煙草をまた吸う。
この世界に未来はない、将来、運命、すべてない。我々には家族がいる。ここで働いている研究員、全員ではないが東京、千葉、山梨、京都や大阪など別れた空間に家族、恋人、友人がいる。あちらの空間ではどう思われているのかわからないが、我々は何年も空間の結合、もしくは通行を試みている。たとえ何年経っても、我々は試みるであろう。
果てしなく広がる空。太陽はギラギラと止昼を、そして埼玉も、北日本も照らしている。この世界は一体どういう空間なのか、どうして我々だけがここに飛ばされたのか。長年の研究からはほんのすこししかわかっていない。
煙草の煙は茜にはすこし辛いかもしれない・・・・・・。そう考えると、止昼は煙草を吸うのを止めた。1年しか経っていないというのならば、まだ17歳のはず。煙草を吸える歳ではないし、女性なら煙草の煙など耐えられないだろう。体に煙草のにおいがつくのはまずい。止昼は煙草を投げ捨てた。
「煙草・・・・・・禁煙でもしてみるか・・・・・・」
岐路に立たされるということ、止昼は改めて立たされると実感した時、心は迷いが出ていた。情けない・・・・・・。逃げ腰になって、真実をごまかそうとしている自分が情けない。
思い出に負けたのか・・・・・・?
そんなものだったのだろうか。思い出があるだけ、止昼は辛い。思い出こそが止昼を苦しめていた。これから自分はどうするべきだろうか、これから自分はどうしたらいいのだろうか。自分にある未来とは、どうなるのだろうか。もはや未来と過去はつなげることはできない。15年前のあの事件により、過去はすべてあの空間においていかれた。もう自分には逃げることしかできない。
なぜ日本すべてが飛ばされなかったのだろうか、なぜ我々だけだったのだろうか。考えればなぜ?と幾度も繰り返してしまう。我々はその答えを見つけるために、また日本をひとつにするために動かなければ、走らなければならない。立ち止まっている時間はない。
止昼は屋上から出た。茜の部屋へ向かう。すでに32歳。岐路に立たされるや、答えを出せずにただ情けなく立ち止まって、うろうろしている。その道に進んでもハッピーエンドなんてない、と思ってしまう。
そうこう考えているうちに、茜の部屋にたどり着いてしまった。もっと一人で考えるべきか、答えを具現化するべきか、自問自答は続く。扉を開けて、眠っている茜を見つめる。止昼はロケットペンダントをテーブルの上に置いた。まぶしそうなその表情に止昼は気づき、窓のフェンスを閉める。
時刻は5時を過ぎたところ、茜は起きる様子はない。外出は明日にすることにし、止昼はしばらくその場においてあった椅子に座り、茜を見つめる。夕暮れの空になっても、止昼はずっと茜の部屋にいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あなた・・・・・・茜が帰ってこないの。それに探してもどこにもいなくて・・・・・・。携帯も通じないの・・・・・・」
久しぶりに我が家へ戻った茜の父宗次はそのことを聞き、茜の部屋へ駆けて行った。部屋は暗く、人の気配はない。電気をつければだれもいない部屋だけが広がる。宗次は携帯で茜に連絡を取ってみた。しかし通信はただ「ビィィィイィィィィィ」と異様な音を出すだけだった。なにかが妨害しているように感じられる。
「祐子、すこし行ってくる」
宗次は妻を置いて家を出た。どこかへ探しに行くわけではない。行く先は研究所。スピードの出る高級車のスポーツカーを走らせて大きなフリーウェイを進んでいく。どんどん車を追い越す。スピードはすでに100キロを越している。通り過ぎるライトや、車はすべてぼやけて見えるほど、かなりの速さで進んでいく。
研究所に着き、顔パスで宗次は中へ入った。それほどえらいのだろ。入り口の兵士たちは皆敬礼をしている。門の前に置かれた車のことも何も注意せず、平然と立ってまた見張りをする。
「次元のゆがみが出ていないか?」
研究所内にはモニターがいくつも設置されていた。東京付近の地形を線で表した図。いくつもの線が細かに表現している。
「調べてみます」
「調べていなかったのか? 細かに調べて様子を見ろと言っただろう?」
「す、すみません!」
数々のモニターを見る宗次。後ろに流れる黒髪を軽くなで、目をすこしうすくする。モニターのひとつの映像が変わった。ひどく線が乱れている図が表示されている。周りにいる研究員たちはその図を見て驚いた。宗次もわずかにその瞳を大きく開ける。
「これは・・・・・・どういうことだ?なぜ気づかなかった?」
「も、申し訳ありません・・・・・・」
自分の過ちに青い顔をしている女性研究員。しかし宗次はそんな様子など気にしなかった。研究員をしかることなく話を続ける。
「場所は?」
「東京と埼玉の境で、海に近い場所です」
妻が言っていたことを思い出す宗次。いつも東京と、埼玉の境に行き、時間を過ごしているという。もしかしたらその場所に空間のゆがみが発生したのだろうか、と宗次は考えた。茜が飲み込まれた可能性はある。空間のゆがみの近くにいたり、ゆがみを刺激するとすぐにゆがみは開かれる。
「ゆがみはすでに閉じられており、自然修復の段階まできています。自己修復完了までおそらく1時間」
まだ完全にふさがったわけではない。調べることはできる。宗次は腕を組み、モニターを見上げる。
「調査部隊を送る」
その言葉を聞いて、女性研究員は思わず宗次のほうを見る。
「え!?し、しかし、あちらの空間の障壁や、時間の流れの違いからの体内循環が乱れる現象が・・・・・・」
ほかにもいろいろと言うことがあるが、話の途中で宗次は言葉を返す。
「それは人間の話だ。RB-223型を5体起動しろ」
そしてはい、と言って女性研究員は目の前のキー・ボードに指を動かす。モニターに人型の機械が表示される。左右に5つのメーターが映し出され、すべてOK、と表示された。
「起動しました。空間拡張のための電磁パラジク・ショットも装備させます」
「秋風 茜の生体データを検索してくれ。すべての範囲で」
女性研究員はまたキー・ボードに指を動かした。モニターには北日本がない日本が映し出される。東京、千葉、と検索が開始された。小さな粒、これは人間を表している。どの粒も黒く表示され、数十分後、すべての範囲で秋風 茜は検索されなかった。
「あ、秋風 茜は・・・・・・・検索されませんでした・・・・・・」
「・・・・・・そうか」
死亡している、ということも考えられる。だがそんなことは考えたくない。それにそれなら携帯はなんらかの反応があるはずだ。携帯の電源が入っていない、や現在使われていない、など。しかし携帯から鳴った聞きなれぬあの音はなんらかの妨害電波、次元という壁などにおきる電波と似ている。
「明日22時にRB-223型を送り出す」
【Third 張りぼての街】
目が覚めると夜が明けていたようで閉じられたフェンスのわずかな隙間から太陽の光が覗いていた。茜はいつもよりも気分が悪い最悪な朝を向かえ、いつもよりも強いのどの渇きをおぼえる。それが予想されていたのか、部屋の中央にある小さなテーブルにはジュースが入ったペットボトルが置かれていた。小さな水滴の粒が付着しており、おそらく冷蔵庫か何かから出されてそう時間は経っていない。口は妙に血の味がして、そして茜は昨夜のことを思い出した。
太陽が沈み始めようとした頃、茜はひとり部屋でウロウロしていた。このままもとの世界に戻れるのだろうか、流夜に会えるのだろうかなどさまざまなことを考えていた。扉の前に行っても反応はない。テレビをつけても見たことがないものばかりでつまらない。黙ってすわってじっくり考えようかとした時だった。突如視界が揺れ、茜はめまいを訴える。一体どうしたのか?自分でもわからない。ただ、最悪に気分が悪いということだった。そして、胸の苦しみ、呼吸がしにくくなり、ぜっ、ぜっとまるで喘息のような呼吸になる。そして、吐血。ノドを押さえ、茜はそのまま倒れこんだ。
それからあったことはあまりおぼえていない。ただ苦しかった、ということはなにかおぼえている。ぐびっと勢いよくジュースを飲み干す茜。そこへ扉が開かれる。
「気分はどうだい?」
「う、うん・・・・・・」
一気飲みをしているところに突然こられて、茜はすこし頬を赤く染める。腰に手を当てて、まるで風呂上りの親父がビールを飲む姿だった。止昼が入ってきたので茜はとっさに普通の飲み方に変えるが、全然行動は遅かっただろう。
「シャワー室へ案内しよう。この部屋には付いていなかったからね」
しかしなにも気にしない止昼。それが逆に茜の恥ずかしさを増大させる。
思い返すとここへ来てから風呂にも入っていなかった茜。
「この部屋は簡単な休息のための部屋だったからね。別の部屋に行けばもっと快適に過ごせるだろう」
そして部屋を出ようとした時、茜のお腹からぐぅ〜と空腹の悲鳴が聞こえてきた。止昼は思わず茜のほうを見る。茜はあはは・・・・・・・と苦笑いをする。頬を先ほどよりも赤く火照らせ、お腹を押さえる。
「・・・・・・シャワーが終わったら、朝食も用意しておこう」
別室に案内されると茜はあまりの広さに驚いてしまう。大きな孤を描いた窓、天井から床まで伸びている。近くに行けば落ちてしまいそうだ。中央には丸い透き通ったテーブル。そして壁には大画面のテレビ。横幅が1メートルはありそうだ。走り回ってもいいというほどの広さに、茜は声を出して喜び、本当に走り回る。魚が優雅に泳いでいる水槽はもう茜に至福を与える。
「そこがシャワー室だ」
止昼の指差す先のシャワー室を茜はすぐに駆けていく。
「朝食を用意しておくよ」
「うん!ありがとうございます!」
久しぶりのシャワー、しかも風呂も付いているため、茜はシャワー後風呂を沸かしてゆっくりと浸かった。体を包むぬくもり、そしてバスルームを香るラベンダーの香り。幸せの吐息が漏れ、茜は体を何度も手でなでながら、最高の時間を過ごした。
そして着替えてバスタオルで髪を拭きながらバスルームを出ると中央の丸いテーブルには豪華な料理が置かれていた。茜はひとつずつおいしそうなものを確認していく。ステーキや大きなエビフライ、マンゴーにプリン、・・・・・・プリン!? 茜はプリンを見るや、すぐに座って置かれていたスプーンを取ってプリンを食べ始めた。プリンには目がないのだ。しかしここでプリンが出てくるとは思っていなかった茜。
「おいひぃ〜♪」
「食べ終わったら街を案内しよう」
んぐっ、と止昼の声に驚く茜。思わずプリンを口からこぼしてしまいそうになった。
「おっと、失礼。驚かせたね。まぁ食べ終えて着替えたら部屋から出てきてくれ。着替えはそこのクローゼットのなかにいろいろあるから」
そう言うと止昼は部屋から出て行った。久しぶりの食事ということもあり、茜の手はステーキや、魚、白いご飯など、止まることを知らない。
「おうお〜う。中でお食事中ですか? 演者様は」
廊下で待っている止昼に一人の女性が話しかける。後ろに束ねた黒髪、そして鋭い瞳に整ったまゆ毛。なにか色気が出ている女性だ。
「ヒカリ中尉・・・・・・まだ決まったわけではない」
そう、これでも中尉なのである。普段は私服で行動しており、黒い女性用タンクトップ、そして黒い短めのズボンでよく見かける。その格好が気に入っているのだろう。
「奏者にもまだ会わせてもいない。それに結果も出ていないんだろう?」
「そうだけどさ〜・・・・・・・」
茜のいるへやの扉を見つめるその瞳にはなにか哀しさが感じられた。
するとヒカリ中尉はいきなりなにか匂いを嗅ぎ始めた。
「・・・・・・今日は煙草の匂いしないね」
「あ、あぁ。煙草ね・・・・・・。やめたんだ」
その言葉を聞いてヒカリ中尉は驚愕の表情をする。目をまん丸と開けて、そんなに驚いたのか、と言いたくなってしまう。
「えぇ〜!?ほんとに!?煙草でできてるようなあなたが!?」
煙草でできている・・・・・・いったい今までどう思われていたのか、止昼は不安になってくる。もしかしたら自分の様子はヘビースモーカーよりもひどかったのだろうか。いつも煙草のにおいでも発していた、と思われるとなにかショックな止昼。
「たしかに、以前の貴方はまるで歩く煙草同然でしたよ」
そこへ静かな足音で男性が現れる。両手を後ろに回し、紳士という雰囲気を漂わせる男性。
「・・・・・・それはそれは」
止昼は彼のその雰囲気は苦手だった。というよりもなにかいやな感じがわずかに感じる。いつも心の奥になにかを隠しているような、とても自分には嫌なタイプの人間だ。しかも彼はここの所属のものではない。服装も変わった白と青が混じったような制服。後ろには黒いサングラスをかけたふたりの男女がいつもついている。彼らが話しかけたことはなく、頭を下げることもしない。
「そうそう、先ほど結果が出たようですよ」
「ほ、ほんとですか宮津さん!?」
「えぇ。ヒカリ中尉。まぁ結果は47階の体内研究室に、ね。しかし、【神の役割を演じる演者】と【神の台座を奏でる奏者】なんともすばらしい響きだね。そう思わないかい?」
演者と奏者。偉大な存在であり、神の力を保つ体を持つ者と神の声を通すもの、とも言われている。過去の日本には演者と奏者は10数人しかいなかったらしい。
もしも、茜が演者だったら?おそらく一緒に行動できることは少なくなるのではないか。かなり貴重に扱われ、他の政府組織預けられてしまうだろう。今はまだ奏者とのコンタクトがなされていないので、データがそういっても奏者と会わないうちは確かには言えない。
「・・・・・・やっと来たんだね」
「まだ決まったわけじゃない!」
ヒカリ中尉の希望の言葉を止昼は力のこもった声で打ち消す。
「・・・・・・なぜあなたはそんなに拒むの?」
その止昼の言葉にヒカリ中尉は黙っていられなかった。眉間にしわを寄せ、不屈な雹用で止昼を見上げる。
「喜びましょうよ〜」
両手を広げて笑顔を浮かべる宮津。その表情がカンに触る、と止昼は思いつつ口を開いた。
「演者は日本に10数人しかいないんだぞ?」
「だけど、彼女は時間の壁を突破してきた。誰の協力も得ずに、ね。誰かがその壁を壊して入れるならともかく、彼女は何の手助けも得ずにここへ来た。過去にあった偶然か、それとも奇跡でない限り無理でしょう?普通なら時間の壁にぶつかって消滅するのがおちですよ?」
すると止昼は舌打ちをして視線をそらす。普通なら演者が現れたということはとてもうれしいはずなのに、とふたりは顔を見合わせて首をかしげて表情をゆがませる。
「確かに演者はいろいろと大変ですがね大佐。とりあえずは喜びましょうよ。10年ぶりの演者の出現ですよ?」
「10年前の演者は組織政府にひっぱりまわされたあげく、過労でたおれ、最後には反乱分子に殺された!」
その演者の話になり、おもわず止昼は声を上げてしまう。中に茜がいるということがあって、一応は抑えていたつもりだが、聞こえてしまっただろうか、と不安に扉を少しだけ見る。
嫌な雰囲気にしてしまい、また舌打ちをして止昼はゆっくりと孤を描いている廊下の窓へ近づきそとを駄目って見つめた。
嫌になる・・・・・・・ほんとに。
食べ終えた頃には口元にはなにやら魚の骨がついており、ふぅ〜♪となんとも間抜けな、そして満足げな表情を浮かべる茜。
クローゼットのほうへ行き、茜は開けると中にはいろいろな服が掛けてあった。なかをいろいろと見て自分の好みの服を探す茜。しかしなぜだろう。今は1月のはずなのに、外は雪が降っていない。積もってもいない。天候は晴天。1月にしてはやけに暑い。しかもクローゼットの中には半そで、半ズボンなど、夏に着るものばかり。冬服もあるが少ない。他には変わった刺繍の服や、とにかく未来、という感じの服があるが茜にはこれらを着る気など起きない。
「・・・・・・これいいかも」
それは短い台形スカート。赤にオレンジの線が縦に引かれており、バラのデザインが付いている。なかなかファッション的でいい。そして上着はピンクの花柄が白に映えるカットソー。最後に腰に薄いシャツを巻いて完成。茜的ファッションが出来上がった。よく昔は流夜のためにこのような似た服を着ていった茜。なにか昔に戻った気分だった。といっても今日は30過ぎのおじさんが相手である。歯磨きと顔洗いをして茜は部屋を出る。
「お待たせしました」
部屋から出てきた茜を見るや、止昼はこほん、と軽くせきをする。
「あ、あぁ。行こうか」
「・・・・・・どうしたの?」
「ん?なにがだい?」
突然様子を聞かれて踏み出そうとした足を止める。
「なんだか、あなたぴりぴりしてる・・・・・・」
なんらかの雰囲気を読み取ったのか、止昼の様子を感じ取る茜。これには止昼は驚いた。しかし表には出すことはしない。彼女には知られたくはない。
「いや・・・・・・なんでもない。さぁ行こう」
だが茜は止昼の後姿を見て、首をかしげるのだった。
エレベーターに乗り、一気1階へ行くふたり。1階のロビーに出るや、茜はあたりを見回して思わず声を上げる。天井が高く、そこには美しい森の絵が描かれていた。あまり絵は詳しくないが、この上品あふれる美しい絵に茜はとりこになってしまう。
「すごいだろう?この絵は10人がかりで描いたんだ。題名は失われた風景」
「失われた・・・・・・風景?」
「あぁ、もうこのような風景は日本にはないからな」
どこか哀しさがこもる言葉。しばらくふたりはその天井の絵を見る。
「・・・・・・さぁ、行こうか」
そして、ふたりは外へ向かった。外には一台の車、しかし車輪がなく、まさに未来を思わせる車があった。ひとりの男性がこちらを見ると頭をさげた。止昼と同じ制服。しかしきちんと階級があるようだ。
「その子が、例の・・・・・・・ですか。では大佐、失礼します」
敬礼をしてその場から離れる男性。車をここまで運んできてくれたようだ。すれ違う時に茜はかるく頭を下げた。
車に乗り込み街へと出発した。高層ビルが立ち並び、上を見上げればいくつもの車が浮きながら走っている。不思議な風景に茜は興味津々であたりを見る。まるで都会にでた田舎の子のようだ。
「この車はブルーライト・カー、通称BL・Carといってね。車輪のあった部分に光る青いその光は地球引力に反する磁気を発生させることができるんだ」
「へ〜。凄いねこれ・・・・・・。でも名前の由来はそのままだね」
「はは、確かに。科学者というものはネーミングセンスが悪いようだ」
おもわず止昼のその言葉に茜は笑ってしまう。ネーミングセンスが悪い、というのが彼女にはよほど面白かったのだろう。あまりジョークを言えない止昼だが彼女の笑顔を見てほっとした。
「ただ、戦闘機とぶつからないために高さは制限されているからね。本当はもっと高く飛べるんだが、あまり高くは飛べないようにシステムを設定しているんだ」
「え〜もったいないなぁ」
まゆ毛をゆがませて、もっと高いところまで飛びたい、と言い足そうなその表情。確かに絶好の景色を見れる位置まで飛びたいものだ。しかし絶好の景色のほかにも、色々なものが見えてしまう。もはや彼女の想像している景色はないのだ。
「今では人口約3000万人しかいなくてね。生き残った者達は海外に行ったり、ここで次元を調べたり、・・・・・・それかここを支配しようとする者に別れてね」
「支配・・・・・・?」
「あぁ、この世界はもう政治もなにもないからね。当時はとにかく暴動・反乱で大変だったよ」
この街ができるのも、一筋縄ではいかなかったようだ。しかし、今では結構栄えている、と茜が見るたびに思う。街を歩く人々、建物のガラスの向こうに見えるレストランで笑顔を見せて食事をする家族。服装は茜の世界の服装となにか違う。しかしかなり違う、というわけでもなく、変わった装飾がなされているくらいで過去のものとはそう大差はない。
「あそこが軍事基地だ」
指差す二時の方向には先には四方に伸びる板のようなもの、おそらく滑走路と思われるものが付いている建物。妙に大きい建物だ。この街の高層ビルさえも細く、小さく見えてしまう。
「大きい・・・・・・・」
「中には戦闘機とアーマーがかなりあるからね。そうそう、アーマーというのは人が直接人型の機械に乗り込んで操縦するものだ。ひとよりもふた周りほど大きいものだよ」
そしてBL・Carは橋を渡る。大きな川の上に作られたわずかにアーチを描く大橋。かなりのBL・Carが橋を渡っている。川には重装備が付いている船や、普通のクルーザーのような型の船が浮かんでいた。
「それと、ちょっと見せたいものがある」
橋を渡り終え、街を飛行していたが、止昼は突然方向を変える。街からどんどん離れていくBL・Car。高層ビルが徐々に少なくなっていき、そして大きな壁が現れた。
車を止め、止昼は外をでる。その壁には大きな扉があり、見張りが立っていた。見張りとなにか話をしているがここからでは聞こえない。そしてしばらくして外から茜を手招きする止昼。茜はとりあえず止昼のもとへ向かう。
「これを見てくれ」
ゆっくりと扉が開かれた。そして、目の前に現れた光景。それは、廃墟と化した街。かなり広い。見渡す限り、左右を見ても、廃墟、廃墟、廃墟。
「こ、これって・・・・・・・」
「15年前、次元がゆがんだ時、こちらの空間にはかなりの影響があった。境から約1000メートル、衝撃波が走り街を破壊し、それから約1年、ここら一帯に人体に悪影響を与える電磁波が漂っていた。この壁はその電磁波から守るために作られたものだ。未来的、と思っていたようだがそれはそこから見た風景だけ、ただの張りぼて同然さ」
その場にへたりこむ茜。力が抜け瞳にはもはや希望、というものは消えていた。思い出すのは流夜というひとりの、大切な人。東京と埼玉の境、その近くに住んでいた。ここから見れば、流夜の家があった場所は、いや見るまでもなかった。目を開ければすべて廃墟・・・・・・・・。
「今はもう電磁波はない。行くかい?」
この目で確かめたい、そう思う茜。そして廃墟の街へBL・Carは走り出した。
【Fourth 孤独、不安、恐怖、・・・・・・沈黙】
2016年11月6日 時刻 22:59・・・・・・
・・・・・・・・・・・23:00
キー・ボードに指を動かす女性研究員。そしてもう一人研究員が女性研究員の座っている椅子に寄りかかり画面を覗く。
「そろそろ現場につくころかな。次元がすこし反応してるね」
「でも、刀光さん。なぜ秋風さんはわざわざ今日まで時間を延ばしたのですか?修復時に行けば手間もかからないはずなのに・・・・・・。それに今日侵入しても、あの空間ではたぶん3日後くらいじゃないですか?」
女性研究員は同僚の研究員刀光に問いかける。同僚、といっても知識は刀光のほうが上である。だから彼女は刀光に問いかけた。
「ふぅ、明日花くん。わかってないね。1時間であの距離までRB-223型を5体運ぶなんて、まずかなり急がなければ無理だろう?RB-223型は約200sの重さがある。それが5体だよ?重量耐久大型トラックを出さなければならないし、まずスピードは出ない」
「・・・・・・というと?」
すこし理解した、というような表情の女性研究員明日花。ため息交じりで説明をまた続ける。個人モニターを操作し、ここ研究所と次元がゆがんでいた場所があらわされ、線でつながれた。
「1時間後なんてどう考えても間に合わないんだよ。なら、時間を費やして万全の準備をして行ったほうがいいだろう。たしかに修復時よりは次元を拡張するのに時間と消費が多いが、そのほうが良い選択だ。それに時間といってもかなり、というわけでもない差だからね」
へぇ〜と関心する彼女。こんな研究員に頭を抱える刀光。そして画面に映し出されるいくつもの線の壁。これは次元をあらわしている。その次元の壁の線はゆっくりとゆがんでいき、ひとつずつ切れていく。
そして付け足すようにまた口を開く刀光。
「それに次元は境のある程度の場所からなら開けると思うしね」
しかし女性研究員明日花の反応は聞くたび関心の表情。ここでは一番無知なのではないか、と思ってしまう。
すると画面反応が出る。ゆっくりと次元の壁の線は切れていき、その域は広がっていく。約1時間、次元におよそ縦と横5メートルくらいの穴ができる。明日花の個人モニターと、中央に設置されている大きなモニターに【接続完了】と画面に表示された。
そこへ秋風 宗次がやってくる。後ろに流れるやや短めのその黒髪をなでるようにさわり、モニターを見つめる。耳につけている小型の通信機に片手をあて、通信をしているようだ。
「・・・・・・あぁ。彼らはもうそこにいるな?壁を解いてあちらの空間にRB-223型をおくるんだ」
通信機から片手を離す。カツン、と足音をたてて中央に近づいてくる宗次。娘を心配している、という表情は見られない。なにかを取られたような、そんな感じに思える研究員明日花。宗次を見るや、刀光は持ち場にもどる。茜もキー・ボードに指をあてモニターに視線を移す。
「・・・・・・次元はどうだ?」
「はい、乱次元も発生していません。順調です」
両腕を組んで宗次はしばらくモニターを見つめる。なにか深く考えているようだ。ここの研究員はみな今回の目的は【秋風 茜の救出】とあっていつもよりも集中しているが、研究員明日花には父宗次だけ目的は同じでも、なにか意味が違うように思える。
「あとは任せた。私は研究所長室に戻る。なにかあったら知らせてくれ」
明日花に近づいて宗次はそう言うと、振り返ってそのままこの次元総合研究ルームを出て行った。
廊下を歩けば、次元総合研究室よりもカツン、と音が響く。高級の靴は良い音が鳴る、と聞くが宗次にはその音が良い悪いなどよくわからない。いや、わかろうともしないのかもしれない。彼にはささいな事など無意味であり、興味を持たない。この静かな廊下に響く音も、彼には耳に入っていないのだろう。
妻には連絡をしていない宗次だが、連絡をしなくてもいいだろうと思い通信機に当てかけた片手をズボンのポケットにしまう。仕事柄理解してくれる。ただ、娘のことはどう説明するか、それが問題だった。
しばらく考えた末、妻にはなにも言わないことにする宗次。今は連絡などするほど暇ではなく、いい訳を考えるなど馬鹿らしい。
「3日か・・・・・・・・」
あちらにRB-223型がたどり着いた時にはすでに3日は経っているだろう。茜がなにかを吹き込まれないか、心配になる。しかし、
「・・・・・・・・・いや、心配ない、か。“あれ”がある・・・・・・・・・・・」
薄く笑みを見せて宗次は静かに廊下を歩いていった。カツン、と足音は廊下を静かに響いていく。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
廃墟と化した街を進んでいくBL・Car。茜は窓をじっとみつめ、当時そこになにがあったのか、想像していた。よく埼玉の、東京にちかいところなら流夜とともに行ったものだった。埼玉名物の草加せんべいをよく買ってもらい、ふたりで食べて、近くの公園で座って笑顔の子供達をみたり、と思い出がいくつもいくつもあふれるほど蘇ってくる。たかが1年少し。しかし、その思い出を共に作った大切な人は・・・・・・・・・・。
「住所はどこだい?」
「・・・・・・・・三津光市紅陽街5−17−9」
しかし、もはや住所など意味があるのだろうか。ここはもうすべてが廃墟。ある程度あった場所しかわからない。衝撃波によって住所も吹き飛ばされた。徐々に茜の表情は元気さがなくなっていく。その横顔を見て、止昼はなにか違う話をしようとする。
「そういえば気づいたかい?1月だというのに雪どころか、暖かいということに」
「・・・・・・うん」
今の季節、普通なら風が冷たく、雪がぽつりぽつりと降ってもおかしくないはず。しかし、空は晴天。暖かく雪が降ることは想像もできない。異常気象、といってもこんな話は聞いたことがない。
「次元が別れてからここの季節は狂ってね。5月から8月まで“秋”。8月から2月まで“夏”。2月から4月まで“冬”。そして4月から5月までが“春”。つまり春・秋・夏・冬になってるんだ」
「・・・・・・・・そうなんだ」
しかし、今は興味ないというような返答。驚いた様子もなく、おそらく頭の中は流夜のことでいっぱいなのだろう。窓を見るその顔はずっと動かず、今はなにを話してもこちらを向いてくれることはないだろう。
「ここだよ」
BL・Carを止め、ふたりは車をおりる。カチャン、と一歩地に足がつけば瓦礫の音が鳴る。下を見ればもう土と瓦礫だけしか見えない。花はあったのだろうか、道路のコンクリートはあったのだろうか。もう跡形もない。
砂混じりの風が流れ、頬にちくちくと粒があたる。目を薄く開けていないと目に粒が入ってしまう。ここは風が強い。すると止昼はサングラスを用意してくれた。鋭い視線の表情に見えるそのサングラスをふたりはかけた。
廃墟の中を進み、しかし廃墟を抜けることはなく同じ風景をただぐるぐる回っているように進んでいく。しばらく歩いていると海が見えてくる。東京と埼玉の境、おそらくそこが一番衝撃波の影響が強かったようだ。地面がえぐれて自分の背よりも3倍くらいの高さにまで地面がもりあがっている。
「あぁ、ここだ」
すると止昼は地面からぐにゃぐにゃに曲がった鉄の板を取り出す。【三津光市紅陽街5−・・・・・】と残りはすこしかすれて見えないが、確かにここのようだ。しかし、なにも変わらぬ廃墟の風景。かすかに地面には鉄道の部品があったり、とおそらく駅の場所。
茜は過去にあった場所を思い出し駅から彼の家へ向かうのを想像しながら歩き出した。北に伸びる駅、駅を降りて西にまっすぐ。街に出たら今度は住宅街へ。左、右、まっすぐ・・・・・・・。
しかし、目の前には、また廃墟が広がるだけ。瓦礫を探り、なにかないか茜は一生懸命探し始める。地面に座り込み、手で瓦礫をどかしたりしていく。石に皮膚が傷ついても、爪が削れても。
「お、おい! なにするんだ! もうここにはなにもない!」
「探すの!」
「何を言うんだ!」
そして腕が止まる。現実を受け入れたくない。しかし、目の前には残酷な現実がひろがるだけ。探れば探るほど、残酷だけが見つかり、現実が待っている。大きな声で泣く茜。響くその声は空へ溶けていき心に染みる。あの事件により思い出も、彼さえも消し去ってしまった。埼玉に来て、もしかしたら彼と会えるかも、どんな姿になっていてもいいから、彼に会えるかもと思い、孤独もすべて我慢していた茜はなにかが途切れたようにいつまでも泣きつづけた。
日が暮れ始めた頃、BL・Carはまた街へ戻った。泣きつかれた茜は助手席で眠っている。街へのゲートに行き、見張りに小窓から声をかける。
「今日は“敵”はいませんでした。手間が出なくて良かったわ。大佐」
すると後ろから声をかけてくる一人の女性。その女性は止昼が振り返ると敬礼をする。
「織奈中尉。機械オイルの匂いがすこしするぞ?」
「あら?そうですか?」
織奈中尉(おりな)と呼ばれたその女性は腕の匂いなどを嗅ぎ始める。この時点で敵がいない、ということは嘘とわかる。しかし普通に考えて敵はいつも回りにいるのだから、このような発言はすぐに嘘とわかる。ただ、彼女には敵のいない世界を望んでいるゆえだろうか。いつもこのような嘘の言葉を言うのだ。
右のまゆ毛部分についている傷、あごの左部分についている傷。服に隠されている腕も、服をめくれば傷がいくつも見える。敵はいつも回りにいる、そう意味しているような傷だ。若い女性には見られないその傷。それほど世界は変わっている。
「無人機アーマーは何体いた?」
「ざっと、8体です。やはり改造されていて少々手ごわかったですが、私たちの敵ではありません」
自慢げにバイクをふかす織奈中佐。織奈中佐はT-Bike、通称ターボバイクというBL・Carのバイク版を移動に使用している。スピードもでるためよく好まれる。だが彼女のは、所々によく見ないと気づかない程度の小さなオイルが付着した跡が付いていた。まだ渇ききっていない。無人機アーマーに流れるオイルの跡であろう。
「悪いな。護衛なんて頼んで」
「いえ、いいですよ。それとほかの部下達はもう帰りましたので、ニックと悠と蓮があとでジュースでもおごってくださいですって。私にはキスでもしてくださいな♪」
その言葉を聞いて止昼はバカヤロウと言うと、と笑みを見せ、開かれたゲートをくぐりT-Bikeを走られて街へ入る織奈中佐。染めた茶髪の髪はなびき、嫌なオイルの匂いをかき消す良い香りがその場に残る。止昼もBL・Carに乗り、街へ入った。
そして、茜がこの世界に来てから三日目の朝を迎える。目が覚めると、寝室の大きなベッドの上にいた。ベッドの向かいの鏡に自身が映し出され、赤くなっている瞳に気づく茜。そして、またあの時のことを思い出し、表情はゆがみ、瞳から涙の雫が滴る。
確かに、会っても彼は15歳年上の32歳になっている。しかし、会うことでこの辛い状況を絶えれたかもしれない。孤独、不安、恐怖。それが、今こころにどっと押し寄せている。
耐えれるか・・・・・・・・・・・?
答えはNO。今までは会えるという希望が支えていた。そして会えたことで彼が支えてくれる、そう思っていた。支えのない舞台は所詮崩れる。想いが強いほど、舞台の支えは崩れていくのだ。
茜は重い腰を上げて寝室をでた。中央の丸いテーブル、そこには昨日と同じく豪華な料理が置いてあるが、食べる気が起きない。洗面所へ行き、歯磨きをする。その後、情けなくぐしょぐしょになったこの顔に、熱いお湯でぬらしたタオルを押し付ける。
耐えれるか・・・・・・・・・・・?
答えは、NO・・・・・・・・。
だが、なぜ自分はここにいる?茜は考えた。ここに来れたのなら、帰れることも可能ではないのか?彼らはなぜなにも話そうとしないのか、茜は不思議に思う。いまは帰りたいという思いが強く、すぐにでも部屋を出て止昼に会いに行こうとした時だった。ちょうどドアが開き、止昼がやってくる。
「ん?もう起きたのかい?」
「・・・・・・・・ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」
その真剣な表情からなにを聞かれるのかある程度察した止昼は茜を中央の椅子に座らせ、自分もその向かいの椅子に座る。
「ねぇ、私はこの世界に来れたんだから、帰ることもできるんじゃないの?」
「確かに、な」
「だったら帰らせてよ!」
すると腕を組んでなにか難しそうな表情をする止昼。返答の遅さに苛立つ茜は目の前の豪華な料理が置かれているテーブルを思い切り叩く。
「帰らせて!」
果物やサラダなどが跳ねる。置かれていたコップもカタンと跳ね、透き通る青いジュースの粒がテーブルに数滴落ちる。
「帰してやりたいが、こちらからは無理なんだよ」
その口調は嘘を言っている訳でも、ごまかしているわけでもないと感じられる。しかし、だれも知っている人がいないこの世界。大切な人も・・・・・・。その孤独が心を蝕む。父と母の元に帰りたい。この世界は残酷だけを見せる。それよりなら、もとの世界にいたほうが、いい・・・・・・。
「キミは次元の壁を越えてこちらに来た。次元を行き来できることがわかる。しかし、こちらの世界ではその次元の壁には行けないのだよ。なにかが妨害して、次元が開けないんだ。あちらから来ることはできても、帰ることはできない」
顔をうつむける茜。もはや声を出す元気さえ損ねてしまった。その言葉は、あまりにも茜の心に響いた。袋小路に追い詰められ、希望にすがるもどの希望も、なにかに妨げられる。茜を拒むように、茜にはここにいなければならない、という義務を押し付けるように。
「今日の夜にキミに会わせる人がいる。それまでずっとここにいる、というのも退屈だからどこか行こう」
言葉になにも反応せず黙っている茜。止昼は席を立って部屋を出る。今までは、流夜に会えると思っていた。それが元気の源。しかし、すでにそれさえも尽き、希望までも尽きた茜にはもうどうしようもなかった。
「どうした?」
静粛漂う一室。また止昼はココへ来て椅子に座っている男性の前へ行く。見上げる男性。いつもこのような様子だ。両腕を組み、今日も冷静さと、渋さを見せている。
「燕時司令官、余っている時間、今日の10:00から5:00まで秋風 茜を“あの人”の家に連れて行きます」
「あぁ・・・・・・・彼女のところか。わかった。しかし――」
止昼はその続きを引き取った。
「護衛つきで、ですね」
うむ、とうなずく燕時司令官。そして止昼は「失礼します」と部屋を出る。
そして茜と止昼をのせたBL・Carは街を走る。南に立ち並ぶ塀とは逆の、北へ向かいBL・Carはそのまま10分走り続ける。車内ではなにも言わない茜。
外を見つめ、ずっと顔をこちらに向けることはない。
「あともう少しでつくよ」
「・・・・・・・・・」
昨日とは違い、なにも反応しない。昨日なら会話がいつも続いていたのに、もうさきほどからずっとこの調子である。茜を見ると、外の防壁を見ている様子に見える。そこで止昼は防壁のことで話をする。
「あの防壁は電磁波から守るために作られた、といったけどね。電磁波のほかに敵からの侵攻も防ぐために作られたんだ。ここはもう警察が機能できなくなったからね。我々に対して反乱分子がでてきて今はもう撤去するはずのあの壁も残すことになったんだよ」
「・・・・・・・・・・・」
しかし、返事は沈黙のみ。反応もない。なにか話すことがないか、と適当に思いついたことを話してみる止昼。
「そうそう、キミがいた建物だけどね。あそこは国家機関FARAN(ファラン)といってね。次元調査や軍の指揮を主に行っているんだ。キミのようなあちらの次元からきた人間の保護もここで行っている。だがFETTOM(フェットム)の判断でいろいろとあるが頑張ってくれ」
「・・・・・・・・・・・」
また返事は沈黙のみが返ってくる。まるで壁に話しかけているようだ。しかし、話すことを止めない。とりあえずFETTOMのことについて話すことにした。
「FETTOMとはキミのようなあちらの時限から来た人間、演者と呼ばれているが、その演者と、そして演者と似た奏者についてなどを研究したりしているところだ」
「・・・・・・・・・・・」
こうも反応がないと話す元気さえ小さくなっていってしまう。BL・Carは浮遊しているため音が静かなので沈黙がやけに場を濃く漂う。まるで濃霧に包まれたような雰囲気だ。ふたりなのにひとり、そんな気分が心に染み付く。
そして茜と止昼と、沈黙を乗せたBL・Carは住宅街へつき、ひとつの家の前で止まる。かなり回りとは違って大きい。庭まであり、プールも付いている。
「ここだよ」
ふたりは降り、止昼は扉のブザーを鳴らす。そして扉が開かれ、中から女性が現れる。銀の髪の色をしているその女性。日本人と外国人のハーフであろうか。瞳も綺麗な銀色だった。
「待ってたわ。さぁ入って」
「・・・・・・・お邪魔します」
「秋風 茜さんね? 私は渡島 ミスズ。よろしくね」
【Fifth 希望と想い】
「縁者はあのアイアン・メイデンに今日は預けることにしたのですか」
「その言葉で呼ぶのは失礼じゃないですか?宮津さん」
今日はなぜかふたりの男女はいない。廊下で偶然会い、話をすることになったのだがヒカリ中尉はあまり彼とはふたりで話すことなどないためか、それかなにか苦手と感じることからか、彼の言葉にただ言葉を返すようなようすだった。今日の服装も変わった白と青が混じったような制服。これは組織FETTOMの制服である。着るのが義務付けられているため、彼を見るといつも同じ制服だ。
「名前は何でしたっけ?」
頭を悩ます様子を見せる宮津。
「ふむ、キミは話題をふることは少ないんですか?」
ただ返事を返すだけのような様子には宮津も気づいていたようだ。まゆ毛をゆがませている宮津。
「さぁ、どうでしょうかね?」
「それでは今日はすこしキミに利益がある話をしましょうか」
「偶然会った、じゃないようですね」
皮肉の笑みを見せる。すると手を広げてみせる宮津。なにか空を掴むような仕草をすると、突如一輪のバラの花が現れる。紳士らしくその花をヒカリ中尉へ渡す。
「どうしてキミはFARANなどにいるのかね? FETTOMはキミに一番合うと思っているのだがね。このさい、キミにFETTO――」
「そういう貴方はなぜFETTOMの人間でありながらいつもここ国家機関FARANの本部を歩き回ってるの?」
途中で言葉を打ち消し、皮肉の表情を見せて宮津の言葉の返答をごまかすヒカリ中尉。とげが付いていないバラの花を見つめ、ヒカリ中尉は胸のポケットにその花を入れる。
「ふぅ、まったくキミはとげの――」
「ない美女、とか言わないでくださいね」
宮津の言葉を予想していたのか、そのさきを引き取るヒカリ中尉。笑みを見せ、すこし鼻で笑う。とげのない美女は一筋縄ではいかないもの、よくそういう言葉を耳にする。彼もそのことを言おうとしていたのだろう。
「これは一本取られましたねぇ」
声を出して笑う宮津。そんな宮津にヒカリ中尉はため息をついて前をつかつかと歩いていく。なにか彼とは馬が合わない感じのヒカリ中尉。かれの雰囲気に飲まれてしまいそうでこの状況から逃げ出したかった。
しかし彼はここによく来ているのでまた会いそうな気がする。おそらく演者のデータを見たいからであろう。FETTOMは設備はあまりよくない。データ化することも苦労している連中だ。演者と奏者に気を取られて時代に乗り遅れた連中、と言ってもいいだろう。
「また、な・・・・・・・・・」
そしてうしろからかすかに聞こえてきた宮津の言葉。ずっと見られている感じがし、ヒカリ中尉はその視線をまくように廊下を歩いていく。粘着質のような視線、これが彼女は苦手だったのだろう。監視、というような視線だ。どうもずっと見られているようでいやな気分になるのだ。紳士の性格がそれをなんとか中和しているが彼が苦手なのか変わりがない。後ろを振り返ると、すでにそこには宮津の姿はない。ヒカリ中尉はため息をついて廊下を歩いていった。
ぽかぽか日より、目の前にひろがるプールと草木が茂る庭。大きな木には鳥達が美しい歌声を奏でる。そして、お茶とダンゴ。
「食べないの?」
渡島 ミスズは皿のダンゴを取る。ギシ、と軽くなる機械音。ミスズの腕は義手のため、動くとかすかに音が鳴る。しかも両腕、両足が義足に義手。しかし指一本自由に動かせるようになっているようで、不自由はないようだ。
「あんこにしょうゆも、それとゴマもあるよ?」
「・・・・・・・・・・」
う〜ん、とあたまをぽりぽりかいて少し困った表情をするミスズ。別に茜は人見知り、というわけでもない。どちらかというと断然人懐こいだろう。初めてでもすらすらと会話ができる。そう、ミスズも聞いていてのでこの矛盾に戸惑う。義手・義足が影響をあたえた、というわけでもあるまい。ゆっくり会話でもして、彼女をリラックスさせて考える時間を与える、ということだったが、これでは彼女の心はただ沈んでいくだろう。
彼がいれば良いのだが、と周りを見るがどこにもおらず、結局庭を見ながらしばらく時間を過ごす。彼女の考えていることはなんとなくわかるが、ミスズはどうすれば良いかわからない。彼女がこの調子であると、話しかけるきっかけも掴みづらい。もうひとり誰かいれば良いのだが、と思うが茜をつれてきた当の本人はこの広い建物をおそらく放浪中。
やはり一人で考えさせたほうが良いのかもしれない。しかし、話し相手としてそばにいてくれ、といわれたので離れるわけにもいかない。そこで考える。
そして、しばらくの葛藤の末、ひとつの結論が出る。
「・・・・・・離さなければいいよねぇ」
「・・・・・・・ぇ?」
そう、離れるのが駄目というのならば自分が行くところに茜を連れて行けば良い。そうすればそばにいる、ということは守っている。ドライブにでも行きたい気分、それもこの結論により可能になる。
「ドライブ行こう!」
そして茜をつれ、車庫へ。自慢のBL・Carのスポーツカーを見せて茜を助手席へ押し込んだ。
「これドアが上にスライドするんだよ。すごいでしょう?」
「う、うん・・・・・・」
上下にがちゃがちゃドアを上げ下げし、なにかうれしそうに語るミスズ。最初見たときはおしとやかに見えたのに、と茜はこのギャップに少々戸惑う。そしてスポーツカーは走り出した。
「ねぇ?茜ちゃん」
「・・・・・・はい?」
「ここにはもういたくない?」
茜は返答にすこし詰まる。うん、と言ってしまえばなにかここを侮辱しているような気がする。しかし、答えはそれしかないのだ。本音を言い出せずに返答をせず、うつむく茜。
「確かに、帰りたいと思うよね。でもね、それは私たちも同じ」
「・・・・・・え?」
顔を上げ、ミスズのほうを向いた。ミスズはとても哀しそうな、昔をなつかしむような表情をしていた。
「みんなもとの世界に戻したいのよ。元の世界に戻して、親友や家族、それに大切な人に会いたいのよ。会うことなら貴方がいるからできるでしょうね。でもね、あの空間は私たちと波長が違うし、・・・・・・・みんな日本全てが戻った状態が本当の再会なのよ」
本当の再会・・・・・・・。その言葉は茜の心に深くしみこんだ。そうだ、辛いのは自分だけじゃない。この世界にはおそらく東京に住んでいた人がいただろう。東京に恋人がいた人もいるだろう。立場はどうであれ、皆茜と変わらないのだ。
「彼も、大切な人が東京にいてね」
「止昼さんも・・・・・・」
「・・・・・・・止昼?」
するとなにかミスズは聞き覚えのない言葉を聞いたような表情をする。茜は首をかしげた。いったいどうしたのか、茜にはわからなかった。
「うん、一緒にいたあの人」
なにか考えるミスズ。しかしすぐに彼女は返事を返す。
「・・・・・・・あ、止昼くん!うん、ごめんねちょっと考えてて・・・・・・」
スピードを緩め、いつしか高い所まで来ていた。山にさしかかっているようで、街を見下ろせる位置まで来ていた。なにもない丘。絶好の景色のこの丘には人の気配はない。まだ昼にもなっていない時間帯だからであろうか。そこで車を止めるミスズ。なにかスイッチを押すと、天井の窓が開いた。ミスズは靴を脱いで椅子にたって窓から顔を出す。風が吹いているようで、銀のつややかな髪が風になびく。
「気持ちいいよ?」
茜も思わず窓から顔を出したくなり、靴を脱いで椅子から立つ。窓から顔を出すと、気持ちい暖かい風が吹いた。季節は春だからであろう。暑すぎず、そして涼しすぎない風。これはもう最高の風だった。
「ひとりで落ち込んでないで。落ち込んでたら私になにか話してよ。この世界はみんな貴方と同じ。私も、東京にね。母さんが待ってるんだ」
そしてミスズは自分の過去のことを話し始めた。
「あのときは母さんが足を怪我したらしくてね。母さん病院にいるっていうから電車に乗って病院に向かってたんだけど、突然電車は宙を舞って、私の体を容赦なく砕いて、潰していったわ」
義手のその両手を見つめるミスズ。忘れられたぬくもりという感触。もはや15年前のあの事件はいろいろな物を奪ったのだ。
「でも・・・・・・私はもう大切な人も・・・・・・・」
「でもね、その人はあなたが今何をすべきなのか、あなたがどういるべきなのか。考えてみて。みんなの想いが、希望があなたに託されてるの」
――生きるということ、そして何もない日常こそが幸せである――
何もない日常、それはもうない。だけど、世界を元に戻したら、日常、そして幸せが戻ってくるのではないか? 茜はなにか心の違和感が消えたような気がした。すぅっと抜け、孤独、不安、恐怖が消えていった。私は一人じゃない。もう不安じゃない。戻れないなら戻してみせる!その決意が恐怖を消した。
「ミスズさん・・・・・・」
「ん?」
茜は笑みを見せて言った。
「・・・・・・ありがとうございます」
一言にいくつもの想いを乗せたその言葉。そしてふたりは丘を下っていった。立ち直るにはまだすこし時間がかかるかもしれない。だが、これからのことを受け止めるべき、そう茜は思った。
「燕時指令! 軍事基地まで来てください! 次元に反応があります!」
放送されるその声を聞いて燕時は腰を上げて部屋を出た。部屋を出るや、ひとりの女性がやってくる。手には資料を持っており、おそらくこの次元の反応についてのものだろう。
「燕時指令。次元は縦横約3、8メートルの大きさ、生体反応はなく、物質反応が5つあります。先ほど障壁に数回にわたり攻撃をしかけてきています。これは影から機械と思われますが・・・・・・」
早歩きでいき、軍事基地まで瞬時にいけるCルームへ入った。扉が閉まり、移動が始まる。
「機械がどうした?」
「そ、それが・・・・・・・こちらのRB-223型と同じタイプなんです・・・・・・」
「な、なんだと!?」
それはありえない話だった。あちらの空間ではとうていこちらの技術に追いついているはずがないのだ無人機精密機械RB-223。アーマーとは違い、指令を打ち込めばそのとおりにこなし、100以上の戦術、フォーメーション、戦略をプログラムされている。対テロ兵器ということもあり、重装備である。
数秒後、扉が開き、そこには軍事基地の本部が広がっていた。移動、というよりも転送のほうが正しいだろう。Cルームを使えばたとえ数キロ離れていたとしても数秒でたどり着く。多くの軍事員達が中央のモニターの前にいたり、椅子に座ってキー・ボードを忙しそうに打ち込んでいる。燕時司令官は近くで椅子に座っている一人の男性に状況を聞く。
「状況は?」
「はい! ただいまRB-223に対してこちらもRB-223を5体出動させました。そのほかにヒカリ中尉、ニックが現場に出撃しています。織奈中佐も現在現場に向かっています」
しかしRB-223のことは驚いたが、5機だけということはどういうことだろうか。戦力は圧倒的にこちらのほうが上。耳に通信機を取り付ける。
「次元の占拠、および敵の殲滅を実行せよ。現場の指導はヒカリ中尉にゆだねる」
もしも次元を占拠できれば空間にはいれるだろう。あちらから開いてくれているなら妨害も何もない。おそらくRB-223が代わりの妨害のでもしているのだろうが、戦力差は歴然である。
「燕時指令官。大佐に悠と蓮はどうしたのですか?」
「彼は秋風 茜の保護をしている。悠と蓮は彼女の護衛だ。しかし君達でできるだろう?」
「はい!」
360度すべて外を見渡せる指令本部室。ヒカリ中尉たちを乗せるヘリが南東へ飛んでいく。大きさが3、8メートルということから、次元を閉じるのを早めるためかもしれない。反乱分子ではない。明らかに別の空間から、東京の人間からの侵攻。
「なぜ・・・・・・なぜ彼らは侵攻などを・・・・・・・!」
唇をかみ締める軍事員たちはモニターをにらむように見つめる。
「ニック!行くよ!」
現場に着いたヘリから降り、ヒカリ中尉とニックはライフルを手にして駆けていく。他に二機のヘリが到着し、兵士が十数人降りてくる。ヒカリ中尉のそばにあつまり、皆敬礼をする。
「フォーメーションSTGの隊形で行動します」
「よし! 各自移動開始!」
ヘリがその場を離れ、ヒカリ中尉はニック、そして3人の兵士を連れて廃墟に身を隠しながら進んでいく。まだ距離は10数メートル。フォーメーションSTG、またの名を【ショットガン隊形】。周りを見れば台形方の隊形ができている。そして、戦闘にはRB-223が五体。
「残り16メートル。南東に2体、南に1体、南西に2体。肉眼で確認しました」
耳に取り付けている通信から声が入る。ここからでは瓦礫で見えにくい。おそらく戦闘の兵士の報告だろう。
「3メートルそのまま進行! それぞれ進行し、持ち場に付いた時点で遠距離射撃開始! RB-223は攻撃をすぐに開始せよ!」
晴天のおかげで暑く、待機することもかなり苦しいのこの戦場。肘をついてライフルを構えるも、瓦礫が熱をもってきており、肘が焼ける気分だった。
カカカカカカ!
所々から配置に付いた兵士が遠距離射撃を開始する。こちらのRB-223を補助する役割のため、きちんとこなさねば貴重なRB-223を失うことになる。あちらのRB-223とは違い、こちらのは形が少々違う。名前も付いているのだ。クイーンにビショップ、ナイトに、ルーク、そしてボーン。キングは?と思うところだが、キングは現在新たな進化のために開発中である。
小型銃を二丁装備しているクイーンはRB-223の細かい間接部分をねらう。ビショップは少しはなれたところで待機している。重装備、主にロケットランチャーを使うのでビショップは最後に動く。そしてナイト、ルークは中距離、主にライフルをし使用、ボーンはビショップの守護をしていた。同じタイプだからか、敵のRB-223も同じ行動を取る。
しかし、そこでヒカリ中尉たちが遠距離射撃により形勢を徐々にこちらを有利にもっていく。
「しかし、RB-223がなぜあちら側があるのか、そのほかに不利な状態にもかかわらずRB-223をたったの5体だけというのが引っかかりますね」
「それも引っかかるけど、まずは次元の確保をしないとね!」
RB-223が戦っているところよりも後方に見えるが、すでに修復が始まっている。
もはや形勢は有利、敵のRB-223が倒れるのは時間の問題だった。次元は複雑な割れ方なら時間がかかるが、円形を保っていれば予想よりも修復は早い。それに空間への道がふさがり、次元のゆがみの調整にはいると空間へは入れない。それを計算してのことだろう。報告では3、8メートル。しかも次元を見れば綺麗な円形を保っている。
「すでに15分経過!」
「敵のRB-223、クイーン型大破!」
「よし! 各自進行! 遠距離射撃を左右から実行、次元のゆがみに近づくんだ!」
そして各自進行していく。左右からRB-223を射撃しながら、次元のゆがみに近づいていくが、次元のゆがみのそばに敵のRB-223ボーン型が近づいた。ビショップを守らず、明らかに次元のゆがみを守っている。
「ちっ! ボーンに各自攻撃!」
ナイトとルークは敵の同じ型と相手にしているためこちらには被害がない、と思われた。しかし、
「て、敵のビショップがロケットランチャーを構えました!」
するとヒカリ中尉たちに背を向けて敵のビショップは攻撃を受けているにもかかわらずゆっくりと標準をつけている。
もはやクイーンの攻撃で蜂の巣状態になっているにもかかわらず敵のビショップはまだ動く。
「に、西側兵士退却!」
ヒカリ中尉は通信でそう報告するが、その時には遅かった。クイーンの連射により腕も足もぼろぼろになるが、倒れる間際にロペットランチャーを発射した。
「通信・・・・・・途絶えました。敵のビショップ大破、同時にルークも大破・・・・・・」
およそ10人の兵士が命を落した。しかし形勢は揺るがない。すでにこちら側が有利ということは動かないだろう。そして、事態はさらに急変していく。
「ヒカリ中尉! ナ、ナイトに高温現象が見られます!」
プログラムにはあるはずがないこの現象にどうすればいいかわからないヒカリ中尉。司令官に通信をすることにした。耳に手を当てようとしたとき、ちょうど指令から通信が入った。
「各自退避命令を実行せよ! 高温現象はおそらく爆発するものと思われる!」
「はい! 指令!」
そして通信を変える。
「各自退避! 爆発の危険性あり。現場からできるだけ離れよ!」
そして兵士達は避難していく。クイーンら5体もその場から離れた。現場には次元のゆがみの前にたつボーンと、煙が上がっているナイトが残される。そして、離れているとき、衝撃が地を走り、現場には煙が上がった。とても大きく、おそらくその場にいたら跡形もなく吹っ飛んでいただろう。すこしでも判断が遅れていたら巻き込まれていたかもしれない。その衝撃でヒカリ中尉たちはかるく飛ばされるも多少の怪我ですんだ。
「指令、次元は・・・・・・?」
「次元はなにも反応がない。それとさきほど爆発時に次元に異様な電磁波が確認された。爆発時に次元になにも反応がないことから強引に開けることも侵入することもできないとおもわれる。あの爆発時にそうなる仕組みだったのだろう」
ヒカリ中尉は振り返ると、次元のゆがみがあったところには、ボーンがわずかに跡形を残していた。
「ヒカリ中尉、帰還せよ」
「しかしどういうことですかこれは? 一体彼らはなにを目的にきたのですか?」
「兵力を削るためにきたのか?」
「いや・・・・・・」
燕時司令官は考える。次元が開かれているとわかれば、すぐに駆けつける。それに挑発的な攻撃をしかけてくるRB-223。なにかひきつけられた、というような感じだ。もしかしたら侵攻はフェイク?
「おそらく目的は別にあったのだろう。まだ断定はできないがな。ほかに次元が開かれていなかったか、生体反応、機械反応はなかったか調べてくれ」
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2005/07/18(Mon)14:36:32 公開 / チェリー
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■作者からのメッセージ
う〜ん、設定はやはりむずいですねぇ。そうか、季節の設定ちょっと無理がでてきているです〜。どうしましょうか、と考えているところ。とりあえず狂っている空間、ということを考えていましたが、深く考えるとやはり無理が生じてきましたねぇ。あぁ〜、とりあえずそこらはもみ消しちゃおう(まて まぁ考えているには考えているのですけれども、ちょっと説明を出すタイミングを考え中です〜。う〜ん、このさきはどれくらい長くなるんでしょうかねぇ。5でまだほんのちょっと、一応ほかにも作品を出したいため更新を早めていますが、うずうずです(笑)ではでは、ご指摘・アドバイス等をよろしくお願いします。