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『人喰い天狗』 作者:東条沙羅 / 未分類 未分類
全角7338文字
容量14676 bytes
原稿用紙約22.4枚
  人 喰 い 天 狗





むかしむかしのそのまた昔、ある山の麓の小さな村で「人喰い天狗」というものが現れた。
なんでもその天狗は、一日置きに村へ飛んできては、人を喰らって去って行くという。
村人達は、それはそれはたいそう怖がり、夕闇が辺りを包む頃には誰ひとりとして村の外へは出て行かなかった。
扉にはきちんと鍵を掛け、窓には木で出来たつい立を張り、煙の逃げ出す穴々には小枝を詰め詰めして天狗が入ってくるのを防いだ。
それでも人喰い天狗はやって来て、人を喰らって去っていく。そんな噂が経ちこめてから一月ほど過ぎた頃だった。



この村のはずれに、一人の貧しい粉引きの男がいた。
名前を小助といい、年頃三十歳ぐらいになる働き盛りの男である。
一緒に住む嫁はなく、毎日一人で粉を挽いては川下の町まで売りに行っていた。
この日も小助は挽いた粉を売って、僅かなお金を手に家へと帰るところであった。
いつもよりもじめじめとした重苦しい空気が辺りを漂い、小助の歩みを阻んだ。
川下の町から河上の村まで帰るには、いつもなら一時間もしないで帰れるのに、今日に限っては中々着かない。
一時間が過ぎても、まだ着かない。
更に十分、十五分と経ってもまだまだ村は遥か彼方にある。
しまいには、村が自分から逃げているようにさえ思われた。
ねっとりと汗ばむ額を拭い、小助は少し休むことにした。
丁度、街道の小脇に休めるような小さな岩があったので、小助はそこに腰掛けるとはあーっと息を吐き吐き足を揉んだ。
太陽も大分傾き、そろそろ闇がやってこようとしていた。
その微かに暗い天を仰ぐと、小助は人喰い天狗の噂を思い出した。
背筋がゾーっとし、顔はさらさらと青ざめていった。
しかし、よくよく考えてみると天狗は一日置きにやってくるといい、幸いなのかは分からないが昨日天狗はやってきていた。
小助はほおーっと息を吐くと、何時の間にやら額に滲んだ汗をもう一度拭った。
そして、よいしょと立ち上がると再び村へ向けて歩き出した。



それからどの程度歩いただろうか、辺りはすっかり日も落ち、真っ暗闇に月がきらきらと輝いていた。

「はあー、何で今日はこんなに村が遠いのじゃ。これはきっと何かあるに違いねえ。」

小助はぽつりと呟く。
と、前のほうからかさかさと人の歩く音が聞こえてきた。
こんな時間に珍しい人もあるもんだと思いながら、小助はそろりそろりと近づいた。
するとそこには、世にも美しい娘が一人、赤と黒の衣を纏い、ほのかな月明かりに照らされて、しずしずと歩いているではありませんか。
小助は驚いて目を見開いた。

「あらー、こりゃあべっぴんさんだ。おやたまげた、おやたまげた。」

そんな小助に娘は気づき、その薄紅色の唇を微かにあげると、にこりと微笑んで小助を見た。そして、

「こんばんは、こんな夜更けにどうなすったのですか。

最近は物騒ですからね、早くお帰りなさいませ。」

と、鈴の鳴るような声で言った。

「ははあー、それが、行けども行けども一向に里が見えねのです。」

「そうですか。今夜はお暑いで御座いますからね、きっと狐に化かされたのでしょう。この道をお行き下さい、すぐにお里が見えてきましょう。」

そう言うと、娘は道とは言えぬような草むらを、その細くて白い指先でついと差し示した。

「そうですかそうですか、これはご丁寧に有り難う。娘さんも道中気をつけて。」

小助は丁寧に頭を下げると、その草むらの方へと向きを変えた。
それにしても素敵な娘さんだ、どうせ嫁にするならああいう娘がいい、などと考えながら、小助はがっさがっさと進みだした。
すると、後ろのほうで娘が大きく叫んだ。

「里の御方、明日の晩、天狗が貴方様のお宅に参ります。どうかできる限りのおもてなしをなすってください。」

「天狗がかね。分かりました、そうしましょう。出来る限りのおもてなしを致します。」

「きっとですよ、きっとですよ。」

そうしてしばらく歩いていると、木々の間から村の明かりが見えてきた。
やっと着いた家に入ると、小助はすぐに寝入ってしまった。



次の朝、小助は昨日の出来事が本当にあったことなのか、暑さにやられた幻覚だったのかは分からなかったが、とりあえず天狗をもてなす準備をしておいた。
そして日も暮れ晩になると、ピューっという一陣の風と共に天狗が一人舞い降りてきた。
その顔は赤く黒い模様があり、鼻はにょきと長く伸び、翼は烏のように真っ黒だった。
小助は天狗を見るなり「人喰い天狗」のことを思い出して身震いしたが、昨日の娘との約束があったので逃げ出すわけにもいかず、恐怖を押しのけて天狗を迎えた。
貧しい生活なのにも関わらず、出来るだけ豪華なもてなしをした。
暖かな食事によく冷えた水、卸したての手ぬぐいに自ら作った団扇も手渡した。
お酒が欲しいと言えばお酒を出し、肩が凝ったと言えばその肩を揉んだ。
それに対して天狗は満足気に笑みを浮かべると、満腹になったお腹をさすり、団扇ではたはたと風を弄びながら、傍に鎮座する小助に向かってこう言った。

「お前は正直で心優しく、よく約束を守るいい男だ。今日のお礼に、お前の一番の望みを叶えてやろう。」

「そ、そんな滅相も御座いません。私なんぞ、まだまだ未熟な男です。」

小助はふるふると頭を振るって、肩をわなわなさせながら恐縮した。

「そう言うな。明日、お前の望むものをここへ持って参ろう。では、これで。」

そういうと、天狗はばさりと翼を鳴らして、夜の闇の中へ消えていった。

「こりゃあ、人喰い天狗は悪い奴ではないようだ。そうかそうか、人喰い天狗は良い奴であったのか。いやいや、今まで誤解しておったな。これからはあ奴が人を食べんことを願うなあ。」

小助は人喰い天狗に対する今までの自分の考えを、たいそう恥ずかしく思った。



次の朝、小助は目が覚めて驚いた。
粉を挽くため外に出ると、その戸口には一昨日の晩に出会った美しい娘が立っていたのだ。

「こりゃあこりゃあ、娘さん。一体全体どうなすって。」

小助が目をまん丸にしてそう訊ねると、娘は恥ずかしそうに俯いて、あの鈴のような声色で、静かにゆっくりささやいた。

「私は名前をお華と申します。今日は貴方様のところへ嫁ぎに参ったのです。どうか私を嫁としてお迎え下さいませ。」

こうして、小助はあの不思議な夜に出会った娘、お華を嫁に貰ったのである。

「ははあ、本当に天狗様が望みを叶えて下すった。嬉しいことじゃ。」

そして、小助が驚いたのも束の間、お華は袖口からすっと一本の金色に輝く羽を取り出すと、それを小助の目前へと差し出した。

「これは私の嫁入り道具です。これをその石臼で挽いて下さいませ。そして、出来上がった金の粉を、病に伏せる人々にお与え下さい。どんな病気もたちどころに治ります。」

「なんとも美しい羽だこと。しかし、君のものなのにあげてしまってよろしいのかね。」

「ええ、羽はまだ御座います。毎日一本づつ差し上げますので、一本づつ挽いてお持ちになって下さいませ。ただし、絶対に高値で売りつけてはなりません。一口分のこの粉を、茶碗一杯のお米と交換して差し上げてください。」

「そうかそうか。分かった、そうしよう。」

小助はお華から羽を受け取ると、約束どおり臼で挽き、町へ行っては病に伏せる人々に、茶碗一杯分のお米と引き換えに分け与えた。
それはどんな病も治し、大衆はこぞってその粉を求め、茶碗一杯の米を欠かさず持ち歩いた。
この粉の噂はたちまちに広まり、人喰い天狗の話は人々の頭の中から段々と薄れていった。



それから幾日か経った頃、小助の家の隣に住むケチで強欲な冶太郎(ぢたろう)じいさんは、その噂を小耳に挟むと、自分もどうにかしてその金の粉で儲けてやろうと企み、小助の家の戸をコンコンと叩いた。

「はあい、今開けますよ。おやおや、こりゃあ隣の冶太郎じいさんじゃあないか。どうなすった。」

「いやあ、それが、最近どうも体の調子が悪くての。お前さんがいい薬でも持っていないかと思って訊ねたんじゃが、何かないかのう。」

「それなら、どんな病も治すという金の粉があるから、それを一つあげましょう。」

「そりゃ、有り難や有り難や。」

こうして、欲深い冶太郎は茶碗一杯のお米と引き換えに、まんまと金の粉を手に入れたのである。翌日、冶太郎は再び小助の元を訊ねた。

「小助さんや、小助さん。昨日の薬がどうにも効かなくてね。今一度、薬をもらえないかね。」

「おや、それはお気の毒なことをした。ほれほれ、これをお持ちなさい。」

「いやいや、すまないね。」

そう言って冶太郎は米を差し出し、金の粉を受け取った。
次の日も、そのまた次の日も、冶太郎は金の粉を貰いにきた。
そして、それがある程度溜まると、冶太郎は町へ下り、お金持ちの館へ行っては金銀財宝と粉を交換した。
また、町では冶太郎が、小助の安い粉は偽物で、自分の高い粉こそが本物であるとふれ回ったので、人々はこぞって冶太郎に金や銀を渡して粉を受け取った。
ついには、小助は嘘つきの卑怯者だとまで言われ、粉売りの商売さえ儘ならなくなり、小助はどうにも困ってしまった。

「小助さん、最近あまり元気がないようで御座いますね。いかがなさいましたか。」

「ああ、お華。それが、隣の家の冶太郎じいさんが、先日体の調子が悪いと言って何度か金の粉を貰いに来たんだが、どうやらそれは嘘だったみたいでなあ。そのわしのあげた粉を、町で金銀財宝と交換しているってえ話だ。おかげで、わしの粉は偽物にされ、人々は粉を手に入れるため、我先にと財産を冶太郎に献上しているのだよ。わしがじいさんに粉を渡したばっかりに。ああ、一体どうしたら良いのだろうか。」

眉間に深い皺を寄せて、小助ははたはたと涙を流した。
それを見たお華はにこと微笑み、お気になさらぬようにと言って小助を宥めると、早々と床の準備をした。
小助もお華に言われるがまま床に就くと、間もなくしてすうすうと寝息を立てた。
お華はそうして小助が寝入ったのを確認すると、そろりそろりと床を抜け、玄関の戸を引いて外へ出た。
そして、梅雨時の湿った空気を顔に受けつつ、隣家に住む冶太郎の元へとささと向かった。



コンコン、と、戸を叩く乾いた音が、静かな室内に響き渡った。

「ほいほいほい。誰じゃ誰じゃ、こんな夜中に。」

「こんばんは、おじいさん。夜分に大変申し訳有りません。」

「おお、これは隣の小助のお嫁じゃねが。どうした、どうした。」

「ええ、それが、先ほどお山の麓で天狗様にお会いしたのですが、その天狗様が明日の昼にこちらへお尋ねになりますから、出来る限りのもてなしをして欲しいとおっしゃったのです。どうか、天狗様のお望み、聞いてはもらえないでしょうか。」

「天狗様?これは奇妙な巡り合せじゃ。良い良い、丁重にもてなし申上げよう。」

「本当ですね。絶対にですからね。では、天狗様にそうお伝えしましょう。」

そう言うと、お華はススと戸を閉め、冶太郎の家を後にした。



翌日、小助は今日も麦と金の羽を挽いて町へ売りに行った。お華はそれを見送ると、昼間は一人で針仕事を行った。
そして、お天道様が天高く上ると、一陣の風が冶太郎の家へ向かってビュウと吹いた。

「おお、天狗様、ごほりごほり。お待ちしておりましたぞ、ごほごほ。ささ、どうぞこちらへ。」

冶太郎は言われたとおり天狗を迎え入れた。
しかし、たんまりあった金銀財宝は一体何処へ隠したのやら、金貨の一枚たりとも落ちてはおらず、いかにも貧乏そうにわざとらしく咳き込み、大分着古した着物を着ていた。

「へえへえ、わしはこの通りお金もなく病気がちでござんして、何分もてなすものも御座いません。ごほほ、ごほほ。僅かではありますが、これをどうぞお食べ下さい。」

そう言って冶太郎が差し出したのは、草臥れた茶碗に注がれた少々の麦飯にしわがれた梅干が一粒乗っかったものと、温まった水が一杯だけであった。

「ほほお、お主の心、しかと受け取り申した。」

そう言って天狗は茶碗を手にすると一口にご飯を食べ、温まった水を一気に飲み干した。
そして、烏の翼をばさりと広げ、昼の空を高々と飛び上がっていった。
その姿を見送ると、冶太郎はにんまりと口の端を上げ、しししと息を吐くように笑った。

「しめしめ、人喰い天狗めも、このわしに騙されおった。わしに適うものは誰もいないのじゃ。馬鹿な天狗め、しっしっし。」

そう呟くと、冶太郎は隠していた宝の山を裏の林から持ってきて、豪華な衣服に着替え、白い米を一人で2合半も炊いてはそれを食べつくし、冷たく冷えた井戸水を持ってきてはそれをごくごくと喉を鳴らして飲み干した。
そうして、辺りがほのかに暗くなってくると、冶太郎はうとうとと眠り込んでしまった。



コンコン、と、戸を叩く乾いた音が数回鳴った。
冶太郎は夢見心地でその音を聞き、寝ぼけ眼で戸を開いた。
そこには怖い顔をした小助の妻が、白い顔をほのかに赤くさせて突っ立っていた。

「こんばんは、おじいさん。」

「おお、これはこれは小助のお嫁さん、どうしたもんか。」

「どうしたもこうしたもございません。昨日の晩、あれだけ念押ししておいたのに、貴方様はお約束をお守りして下さらなかったではないですか。」

「ほ。昨日の晩とな。そうさのう、わしゃあ年も年じゃからあんまり良く覚えてはおらんのじゃ。」

冶太郎は半分閉じかけた瞳を遠くへ逸らし、無理やりに扉を閉めようとお華を押し出した。

「覚えてないとは言わせぬぞ、この小癪な老父め。私が小助さんに差し上げた金の粉を奪い、それによって成した財で贅沢な暮らしをしようなどとは、天が許してもこの人喰い天狗が許さぬぞ。」

そう言うと、美しいお華の顔は見る見る内に真っ赤になり、背中からは真っ黒な烏の羽が生え、手には鋭い爪が光り、鼻はぐんぐんと長く伸びていった。

「ひ、ひいいい、まさかお前さんが人喰い天狗。た、助けてくれ、助けてくれ。お金は全て返します。豪華な食事もお出しします。だから、どうか命だけは。お助けを。」

冶太郎はだらだらと汗を流して飛びのいた。あんまり勢い良く飛び出したもんだから、先ほど自分が食べて放っておいた茶碗だの湯呑みだのにつまづいてしまい、這うようにして家の奥まで逃げて行った。
その姿の情けなさといえば、何にも例えようがない。

「ひ、ひひい、ごめんなさい、ごめんなさい。」

冶太郎は恐ろしさのあまり肩を震わせ、頭の上で手のひらを合わせてなにやらぶつぶつと唱えていた。

「お前の心は酷く醜い。浅ましい老父め。」

人喰い天狗は、大きな大きな口をがばと開けると、一息に冶太郎じいさんを喰らってしまった。
そして、天狗がばさりと飛び立つと、家はがらがらと音を立てて崩れていった。
後には奇妙な静寂だけが、ひっそりと残った。



一方小助は、今日も粉が売れなかったので、一文のお金もなく家へ戻ってきた。
すると、その日はめずらしく、お華の姿がどこにも見当たらなかった。
そして、隣の家にはがやがやと人だかりが出来ており、歩み見てみれば家は崩れ、じいさんの姿はどこにも見当たらない。

「一体これは、どうしたのだね。」

「いやいや、何でも人喰い天狗が現れたって話でさあ。今まで静かにしていたもんだと思ってみりゃあ、この有様よ。しかし、ここまで派手にやってくれたのは初めてのこってえ、よっぽどのことがあったんでしょうなあ。」

「そうか、人喰い天狗が。」

小助は冶太郎を気の毒に思いつつも、お華もいなくなっていることに不安を覚えた。
と、ふと後ろに人の気配を感じて、小助はそろりと振り向いた。
そこには、ちょいちょいと手招きをしているお華の姿があった。

「おお、お華、お前さんは無事だったかい。良かった良かった。お前さんもいなかったから、もしやもしやと思ってな。」

そう言って笑顔でお華の方へ向かう小助に、お華も少し寂しそうににこりと笑みを返した。

「小助さん、お帰りなさいませ。これは私からの最後の羽で御座います。」

「最後とな。そうか、嫁入り道具も底をついたのか。今まで有難うなあ、お華。でも、最後の一つはお前が持っているといい。大事な嫁入り道具だから、最後の一つぐらいはお前が持っていてもいいだろう。」

そう言って小助はその羽を受け取らず、そのままお華の手の上にそっと置いた。
お華はその羽を優しく包むと、はらはらと泣き出した。

「小助さん、貴方様は本当に正直で心優しい良い人でいらっしゃいます。私はそんな貴方様だからこそ惹かれたので御座いますよ。」

そう言ってお華は小助の手を掴み、その手に金の羽をふわりと置き返した。

「小助さん、貴方様は人喰い天狗が叶えた貴方様の望みは、私が嫁に来たことだと思っておいででしょうが、本当に叶えたのぞみというのは、人喰い天狗が人を食べなくなることで御座いますのよ。貴方様は天狗にお会いしてから、天狗は良い奴であるとお思いなさった。私はそのことが嬉しくて嬉しくて、だから、貴方様の元へ嫁いだので御座います。それは私の意思であり、私の望みであったのですよ。ですが、貴方様は私とのお約束を賢明に守って下すったのに、私は貴方様の望みを裏切ってしまいました。ですから、私はもうここへはいられません。今日までの毎日は楽しく、喜びに満ちておりました。本当に本当に感謝しております。ありがとうございました、小助さん。今までも、これからも、心からお慕い申し上げております。」

そう言うと、お華は固く握っていた小助の手を離し、烏の翼をぱさと広げて、涙と共に紅に染まる夕暮れ時の空へと飛び去って行った。
ひらひらと舞い降りた烏の羽は、足元に落ちるときらきらと光り、金色の美しい羽へと姿を変えた。

「そうか、人喰い天狗はお華であったか。」

そうぽつりと呟いた小助の頬を、一滴の涙が通り過ぎていった。



それ以来、人喰い天狗は忽然と姿を消したのだった。








2005/07/04(Mon)00:48:04 公開 / 東条沙羅
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■作者からのメッセージ
児童文学で、昔話に近いものです。
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