- 『41人目の生徒』 作者:上下 左右 / 未分類 未分類
-
全角3597.5文字
容量7195 bytes
原稿用紙約10.25枚
今日の僕はとても上機嫌だ。久しぶりに体中をピカピカにされて、新入生の子供達を待つ。そう、入学式だ。まだ世間知らずで、いろいろなものに動揺する子供達を見るのが僕の最初の楽しみ。時間としてはそろそろ体育館からこっちに向かってくるはずだ。もうすぐ僕のパートナーになる子が来ると思うとドキドキが止まらない。
廊下がなんだか騒がしくなってきた。沢山の足音も聞こえてくる。今日、ほとんどの子供達は休みだ。これはすなわち入学式が終わったことを意味する。
先生が「廊下は静かに」と言っている声も同時に聞こえてきたが、いうことを聞くわけがない。好奇心旺盛な子供達は、新しい友達を作るのに一生懸命なのだ。それを妨害しようとするなんて、そんなことはしてはいけませんぜ先生。
騒いでいる団体がどんどんと近づいてくる。この場所は一番端の教室だ。この子供達がこの教室を使うのだということは明らかだった。入学式当日だというのにこれだけ騒がしいのだ。きっとこの一年間でもっと元気なクラスに成長するだろう。
自分がいったいなんなのかを忘れるほどにうきうき気分になる。
やがて声達は教室の前でとまり、木で作られたドアを開いて入ってきた。
最初に入ってきたのはこのクラスの担任になった教師だった。紺色のスーツを着ているのでいつもよりえらそうに見える(こういう日以外は大体普段着でいることが多い)。あの先生は去年この学校に来たばかりの金城先生だ。若いわりにはそれなりの落ち着きを持っていて、とても頼りになると評判になっている。この人なら担任のせいで学校が嫌いになることはないだろう。よかったなこのクラスの子供達よ。もしも厳しい近藤先生が担任になった日には三日と経たないうちに登校拒否になるところだったぞ。前に僕のいたクラスはその近藤先生が担任だったが、あれは厳しかった。この学校にきたいじょうはそれを嫌というほど味わう子が出てくるだろう。
そして、その先生の後ろからはまるで金魚の糞のようにゾロゾロとついていく少年少女達。三年ぶりに見たけどやっぱり新鮮でいいなあ、新入生って。
「それでは、自分の名前の貼ってある席に座ってください」
担任の先生がそういうとみんながそれぞれの席を探すために一斉に散る。全ての机には名前の書いた紙が貼られている。もちろん僕も例外じゃない。その紙にはちゃんと「田中」というどこにでもいそうな名前が大きく書かれている。
さあ、どんな子が僕のところに座ってくれるんだろう。
「先生。僕の席がありません!」
一人の生徒が一番後ろからそう叫んだ。絶対にこういう子っているんだよなあ。前もそういう子はいた。無いわけないって。
「田中の席はそんなに後ろじゃない。ほら、そこだ」
そういって先生は僕のことを指差した。……お前か!?
もしも彼等に僕の声が彼らに聞こえていたならうるさいと怒鳴られていたに違いない。すみません、みなさん。
先生に指摘されて、僕のところにパートナーがやってきた。なんというか、内気ではないが、あまり影が濃いい方でもなさそうだ。目立とうとしなければそれほど注目されはしないだろう。まあ、僕は僕のことを大切に扱ってくれるのなら誰でもいいんだけどね。これから一年間、よろしく田中君。
「えぇ、これからみんなと一緒に勉強をしていくことになった金城といいます。みんな、これからよろしく!」
やってるやってる。黒板に大きく自分の名前を書いて自己紹介をする。毎年どの先生も同じようなことをするんだよね。偶にはユーモアの溢れる人が違ったことをしてくれることを願うよ。
「それではみなさん。お互いを知るために自己紹介をしていこうか」
うぅ、これにも芸がない。若い先生だから新風を吹かせてくれると思っていたんだけど、どうやら期待はずれだったか……。
クラス全体が、半ブーイングのようなもので支配されたが金城先生の上手い口車に全員がのせられて結局やらされるハメになった。
「えっと、僕の名前は……」
といういかにも子供らしい自己紹介が続く。もちろん一人も聞き逃したりはしない。全員が全員、僕の仲間なのだから。
一人一人がその場に立ち、自分のことを次々と紹介していく。そしてついに、田中君の順番が回ってきた。僕は、彼が何か失敗するのではないかと心配しながら見守る。
「みなさん、これからよろしくお願いします」
よかったよかった。何の失敗をすることなく彼は自己紹介を終わらせた。確かに無事に終了することはできたが、僕にはその内容に引っかかる部分があった。
好きなことは特に無し。
彼は紹介の時にそういったのだ。人間は何か楽しいことをしながら生きているのだと思っていた。きっと、彼はそれに気が付いていないだけに違いない。
クラス全員の自己紹介が終わった。今年もいろいろな生徒がいる。明るい子大人しい子、背の大きい子小さい子。人間はいろいろな個性を持っていていいな、と思う瞬間だ。
「ふむ、全部で40人だな」
最後に教師がその言葉で閉めた。
チャイムが鳴り、初めての休み時間がやってきた。クラスはすでにいくつかのグループができており、教室内のあちこちでおしゃべりをしている。そんな中、何故か僕の使い主田中君だけが席についたまま外を眺めているだけだ。
どうしてみんなと一緒に話をしないの?っと聞いてみたいが僕は話すことができないから不可能だ。ただ、彼のことを見守ることしかできない。
人付き合いが苦手なのだろうか?それともただ単にクールぶっているのか、それは本人にしか分からないことだ。
このままでは問題だ。もったいないと思うが別に人と付き合わなくても学校生活は送っていくことはできる。だが、あまりにも人との溝を深くしすぎてしまうとそれは「虐め」へと発展してしまう可能性があるのだ。それだけはなんとしても回避してほしい。
結局、彼はこの時間に誰とも話をすることなく休憩を終えた。まあ、きっとまだ緊張しているだけだよ。若しくは恥ずかしがり屋さんか。こころの中では友達がほしいと思っているに違いない。
僕は自分にそう言い聞かせる。
休み時間が終わった後、みんなはまた体育館にいってしまった。今はきっと校長先生の面白くない話を聞かされていることだろう。騒がしかった教室が、まるで隔離された病室のように静まりかえっている。とても今まで四十人がこの場所にいたとは思えない。
温度のさがりきった部屋で、僕は一人考えていた。やはり、一年生というものはいい。まだ新鮮さに溶け込んでいないみんなを見るのがとても楽しい。それがここにきたことで成長し、立派になって次の学年に上がっていく。それを見るためならたとえ壊れてもいい、そうとまで考えている。もちろん、田中君のこれからの成長も見てみたい。これからどんな成長を見せて、どんな仲間を作るのか。ああ、楽しみだぁ。
おっ、帰ってきたみたいだ。やっぱり初日だから集会は早く終わるなぁ。教室に入ってくる生徒達の顔を見ながらそう思う。どの子供達もいやな顔をしていない。よかったよかった。
でも、そんなものがどうでもいいぐらいの光景が僕には見えた。
それは笑っている田中君だった。話している相手はどうも後ろの席の田村君のようだ。二人は仲がよさそうに会話をしている。
彼は根が暗かったわけではなかった。ただ単に緊張していただけだったんだね。
僕の気持ちなんて気づくはずもなく二人は席についても話し続けている。
その後は特になにをするわけでもなく学校は終わりをつげた。みんなが一斉に担任へと挨拶をして、入ってきたドアから外に出て行く。ふう、今日が終わったのだ。なんだか、三年生を見ているよりも疲れる。でも、だからこそ面白い。
生徒のいなくなった教室で、担任の金城先生はため息をつきながら乱れた机を直していく。かなりお疲れの様子だ。しかし、その表情はそんなことよりも、これからが楽しみだ、っという顔をしている。もしかすると、僕と同じことを考えているのかも知れない。
黒板を綺麗にし、窓に全て鍵がかかっていることを確認すると先生は出て行ってしまった。急いでいたようすだが、この後保護者に話さなければならないことがいろいろあるのかもしれない。
明日は学校がお休み。入学式はなかなか疲れるので休憩もかねてこの学校はそうしている。はあ、みんなに会えるのは明後日からか……。僕がどうがんばってもどうしようもないのであきらめるしかないか。
僕を、まだそれほど傾いていない太陽が直撃している。感覚というものはないので熱くもなんともない。
学校中が、誰もいなくなったかのように静まり返っている。人間なら空耳が聞こえてきそうだ。そんな中、みんなが来るのを待つために眠りに付いたのだった。
-
2005/07/03(Sun)21:55:47 公開 / 上下 左右
■この作品の著作権は上下 左右さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
読んでいただきありがとう御座います。
生まれて初めてジェルというものを買ったというのに、自分の癖毛には全く効果がなく、ショックを受けている上下です。
久しぶりの短いものです。意外と難しいんですね。近頃死神ばかり書いていたのでどうやって書いていたのかが分からなくなっております。助けて〜。
基本的に落ちがなく、なんだかインパクトの薄いものに仕上がってしまいました。かなりショックです。どうやって今まで書いてきたんだろう……(-_-;) それでは、次回作で会いましょう!