- 『いたみ。』 作者:邪悪の化身ダリオ / ショート*2 ショート*2
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俺は走っていた。硬いアスファルトに、足の皮がめくれ激痛が走る。肌にできた無数の切り傷に汗が沁みている。痛い、痛い、痛い、痛い――!だから、殺す。
痛覚がタナトスへ転化する。その感情を途絶えさせないように、いったん走るのをやめ上着のポケットから極太のサインペンほどの円筒を取り出した。上程から三センチほどの金管が突き出ている。缶のひやりとした感触を楽しむあたり、俺にはまだ余裕があるのかもしれなかった。しかし、その余裕も今は憎らしい。円筒を顎の下まで持ち上げ、管を鼻の穴にあてがった。そして、捨て去るように、溶け合うように――俺は鼻から息を吸い込んだ。
「――――!」
息が詰まる。体は軽い。血液が沸騰する。
「ギイイイイイイッ」
俺は走行を再開した。速く、疾く、ハヤク。十メートル置きの常夜灯が、五本流れていく。六本目の手前で左に折れ、二階建ての家の群に入る。――ココだ。そう確信した。
後は、五十メートルほど正面に行くだけ。そう思うと、俺の顔は毒キノコでも食べたように歪んだ。それは、悦びに。そして、憎しみに。肺と声帯が暴走し始める。
「うひゃひゃはははははッッ」
両手を左右に大きく開き、哄笑する。気分がいい。実に、気分がよかった。背筋を反った姿勢から、反動を利用して前屈する。陸上のクラウチングスタートのような姿勢から、思い切り脚を前に運んだ。が。
「――――ギ――――」
足がもつれ、先走った上体は前方に投げ出された。手の平でアスファルトをはたき、起き上がる。左手から血が噴き出した。痛い。血が傷に沁みる。痛い。
「痛い痛い痛い痛いッ」
許さない。俺は、殺す。俺をこんなふうにまでした張本人を、殺す。切り刻み、刺し貫き、焼き尽くす。胸ポケットに金属を確認して、俺は改めて走り出した。
街灯を五本走り抜け、首を捻って左を向いた。こみあう家屋の中に、その一軒を見定めた。白い壁面、屋根を挟んで上下に二つ。二階に一つだけ光る窓がある。それを睨みつけ、幅一メートル半ほどの簡易門に手をかけた。ノブを毟り取るように回し、奥に開け放つ。玄関の引き戸に走りより、迷わず取っ手に右手をかけた。力を込めて左に引くと、何の抵抗もなく扉は開く。俺はいよいよ、奴に近づいた。
「すぐに殺し――」
痛い。脛をしたたかに打ちつけた。土間からうまく上がれなかったのだ。手を突いて起きあがり、土間につながる段差を睨む。こんな物に俺が。こんな奴に俺が。俺は拳を振り上げた。
「この下衆がッ」
振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす。十回を超えたところで、段差が赤く濡れているのに気づいた。血。俺が、血を流させた。俺が、こいつを、傷つけた。
「ああああああッ!」
痛い。痛い。痛い。痛い。……けれど俺の勝ちだ。
ぐしゃぐしゃに割れ、白いものがむき出しになった拳を左手で庇いながら階段を駆け上った。右に木製の引き戸。迷わずそれを開け放つ。六畳間、天井に蛍光灯、正面に勉強机。そこに、座っていた。麻薬の売人が、こちらを向いて。黒の長髪に、細い体躯。彼女の薄い笑みは、能面のようだった。
「ふうん。来たんだ」
台詞はそれで十分。俺は胸ポケットから飛び出しナイフを取り出した。指ではじき、刃を出す。
憎い。二重まぶたも、組んだ細い足も、紅く薄い唇も。その眉も、瞳も、頬も、うなじも額も耳も鼻も顎も喉も鎖骨も胸も腰も上腕も前腕も掌も親指も人差し指も中指も薬指も小指も腹も尻も腿も膝も脛も脹脛も踝も両足も。全部、俺が。
――――殺してやる。
「でも――」
体勢を低く。右手の痛みはとうに消えた。
「――残念――」
上体を捻る。ナイフは後ろへ、左手は前へ。
「――貴方は私を――」
振りかぶる。ナイフを上から、そして。
「――殺せない」
振り下ろす。上から下へ。上から下へ。上から下へ。
視界は赤。血の色。眼前には女。麻薬の売人。微動だにしない。笑っている口元。嘲笑している目元。白桃色の肌が、今は赤。絹糸の髪が、今は赤。背景が消えた。黒の中に、赤二つ。赤い彼女と、赤い俺。
赤い、彼女。俺の、好きだった女。俺の、大好きな女。俺に、薬を売った女。俺が、殺そうとした女。美しい女。美しすぎる、女。
その彼女は――返り血を、浴びていた。
痛みなど、とうにない。左手のナイフも霞んできた。ただ、今は彼女を知覚するだけで、せいいっぱいだ――
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2005/07/02(Sat)00:07:20 公開 /
邪悪の化身ダリオ
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■作者からのメッセージ
どうも、邪悪の化身ダリオです。授業中に書いた小説をアップしてみました。初めてのSSでしたが、わりとすらすら書けた印象があります。しかし長編のほう進まないな……。がんばって書くので、どうか見放さないでください(泣
では、コメントをよろしくお願いしますっ。