- 『*幻 想 玉 響*/第七楽章〜第十一楽章』 作者:ゅぇ / 恋愛小説 恋愛小説
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全角30532文字
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第七楽章:盲目のピアニスト
『鎧戸を開けてくれ。光を……もっと光を……』
―ゲーテ―
流麗はゆらりと身体を揺るがせ、ベッドの上に崩れた。幾度か重ねた瞬きも、いまや流麗にとっては意味を成さない。きっとこれは夢幻に違いないと必死で瞼をこすってみても、流麗の暗い視界に光が射しこむことはなかった。
暗闇が怖いのは、この眼が光を知っているからだと思う。
光を失うということは――こんなにも怖ろしく冷たいことなのか。ピアノを弾ければそれだけでいいと思っていたけれど。
(…………怖い、カイン)
光を失うことの怖ろしさを、あたしは甘くみていたのかもしれない。流麗は痛感した。 あたしは負けないわ、と強がることは今の流麗には到底できなかった。
「………………」
ゆっくりと流麗はベッドから足を下ろす。失明したという実感が湧くはずもない――少し時間が経てば再び光が戻ってくるような感覚さえあった。
暗闇の中を、流麗はゆらゆらと歩いてゆく。柔らかな絨毯を素足に感じながら、光一筋さしこまぬ世界を歩いてゆく。
「大丈夫、この家はよく知ってるもの」
何も見えぬ世界では音だけが頼りだった。しかし自分の足音は絨毯に吸い込まれ、心細さのあまり流麗は無理やり声を出してみる。
素足をそろりそろりと踏み出しては手探りで部屋の扉を開け、廊下を歩く。どこをどれだけ歩けばどの部屋に行けるのか、身体が覚えていた。
孤独を忘れたいためなのか、それとも失明したという現実から逃避したいためなのか。 流麗の身体は自然二階突き当たりのレッスン室へ向かっていた。
(カイン…………)
心はカインの名を呟く。レッスン室の扉が開く、聞き慣れた音。
手探りで触れた冷たい感触に、強張った心がほんの僅かに緩むのが分かった。暗闇の中でも眼にまざまざと蘇る、黒き貴公子。スタンウェイと銘打った漆黒のグランドピアノ、あの少し黄ばんだ白鍵と塗料の剥がれかけた黒鍵。
この世で最も愛おしい、流麗の生涯の救世主である。幼い頃からいつだって、辛く苦しいときにはピアノが助けてきてくれた。ピアノの音色で、いつでも癒された。
「ねぇ……。どうしよう」
自分の声が震えていることを、初めて知る。ピアノの鍵盤を撫でながら、流麗は己の動揺を痛いほど知って愕然とした。眼が見えないということへのショックと、ただ眼が見えなくなっただけではないかと無理に言い聞かせる思いが交錯する。
そっとCの鍵盤を叩く――いつもと変わらぬ澄んだ音が防音室に響いた。
それだけでホッとできる自分は、やはりピアノをこよなく愛しているのだろうと思う。愕然とする中で、そうして感じた安堵感だけが流麗を幾分冷静にさせる。
――――大丈夫。きっと今度も大丈夫。
この眼は永遠に見えないままなのだろうか。天国では眼が見えるようになっていて欲しいと呟いて、そうして死んでいくのだろうか。
――――それでも大丈夫。ピアノを弾く腕を失うより、カインを失うよりずっとマシ。
新しい楽譜を読むことはできないだろう。
真夜中にふと目を覚まして、傍らで眠る愛おしい人の寝顔を見つめることもできない。 自分を慈しみ育ててくれた両親の顔を見ることも叶わず、ドイツで出来たかけがえのない友人の顔を見て笑いあうこともできない。
栄光の光を浴び、喝采を浴びるカインたちの姿も見ることができない。
――――でも脳裏には鮮やかに蘇る。
カインの顔も、ジュリアやマリアたちの顔も。
そして黒く輝くピアノの姿も、ショパンやリストの肖像画さえも鮮やかに思い出すことができる。
空の色がどれだけ青いかも思い出せるし、黒々と佇むドイツの森々の姿もすぐに脳裏に浮かぶ。
ヴェルンブルク音楽院がどれほど荘厳な造りで街はずれに聳えているかも――それからどこをどう歩けばピアノ練習室に辿り着くかも覚えている。
――――だから大丈夫。きっと大丈夫。
大丈夫と呟く言霊で己を縛る。光を失っておきながら何がどう大丈夫だというのだろう、とそんなことを頭の奥でぼんやりと考えたけれど、しかしそれを認めたくない。
♪♫♪♬♩♪ ♪♫ ♬♪♫
暗闇で鍵盤を叩くことに慣れないまま、流麗は何度も眼をこすった。眼球をかきむしってしまいたい衝動に駆られながら、思わず鍵盤から指を浮かせ――唐突にこみあげてきた苛立ちをそのまま鍵盤にぶつける。
ひどい不協和音が防音室に響きわたり、その中で流麗の嗚咽が微かに滲んだ。
(……ひどい)
眼が見えなくなるなんて、あたしそんな悪いことしていないのに。
「何でぇ…………」
尾を引いて消えてゆくピアノの音色が虚しい。ピアノに苛立ちと行き場のない激情をぶつけてしまった自分が結局は惨めなだけで、流麗は椅子から崩れおちたまま静かに沈黙を保つ鍵盤にすがりつく。
手が動かなくなるかもしれないと思ったときの、あの深い死のような絶望とは違う。
絶望ではなく、何かもっと別の衝撃が流麗を動揺させていた。
想像ができないのである。光を失うことが、どれほど自分の未来に色濃い影を落とすのか。暗闇で生きてゆくことが、どれほど自分に悲哀と苦悩をもたらすのか。
ドナーが見つからなければいつか失明するとわかっていたにも関わらず、自分では覚悟していたつもりなのにも関わらず、こんなにも衝撃を受けている。
そんな自分が情けなくもあり、哀れでもあった。自分のことを哀れだと思っている自分が、動揺と衝撃の中で滑稽にも感じられた。
「……っ、…………」
生来の性格かもしれなかった。流麗は、それでも声を殺して激情を抑え、胸にそっと手を当てる。
(分かってたことじゃない。自分で覚悟もしてたじゃない。何を怯えることがあるの)
カインが帰ってきたら、笑顔で迎えよう。
カインにだけは、決して苦しむ姿を見せたくない。たとえ苦しみさえも分かち合うのが愛だといっても、決して彼にだけはこの苦しみに同調させたくない。
いつだったか、カイン・ロウェルのCDジャケットに英語で書いてあった。英和辞典を片手に一生懸命和訳した。……あの時、素直に感動した。あの言葉が、常に流麗の胸にある。
『迷うな。迷わされるな。常に自分に問わなければならない。無駄な迷いはないか。最善を尽くしたか。自分に対する猜疑心はないか。自分が正しいと思う道をゆけ。そのときは何も手にできなくても、きっといつか何かがついてくる。
していいのか、してはいけないのか。そんなことは考えるべきではない。己のしたいことを、どのようにして達成するかだけに全てを賭けよ。己がしたいと決めたこと、己がゆくと決めた道に対して、一瞬たりとも気を抜くな。それが栄光への道だ。
環境が良くとも悪くとも関係ない。恨むな、羨むな。全ては己の責任だ。決して心を賎民にしてはならぬ。心はいつでも気高き貴族のままに』
ずっと前から、カインと出逢うずっとずっと前から、流麗には彼しかいなかった。毎朝のように彼のCDを聴いて高校へ行き、毎晩のように彼のCDを聴いて眠りについた。
カイン=ロウェルの記事が掲載された雑誌は全て買ったし、彼が出るというテレビ番組はどれほど夜遅くなってもチェックした。
そしてまるで導かれるように彼と出逢って――それからもずっと流麗には彼だけだった。
初めて彼の音色を耳にしたときの甘い官能的な衝撃は忘れない。
冷たいけれど興味深げな色を湛えてこちらを見つめていたあの双眸も忘れない。
(“環境が良くとも悪くとも関係ない”)
変えてゆくのは自分の力。決して何かを恨んではいけないし、羨んでもいけないと。
「“無駄な迷いはないか”――――……ない。ないわ、カイン」
ひとつひとつ言葉を声に出さなければ、壊れてしまいそうな気がした。だから流麗は、ひとり自分に問いかける。
「“己がゆくと決めた道に対して一瞬たりとも気を抜くな”――抜かない。あたしはピアノに生きるから」
(そう、あたしはこの世で一番大切なものをまだ失っていない)
「頑張るのよ、あたし――――大丈夫。頑張れるわ、今までいっぱい頑張ってきた」
暗闇の中で、自分の声が耳を通して飛び込んでくる。ひとつひとつに頷きながら、流麗は必死で己に言い聞かせた。
そう、ずっと前から。出逢うずっとずっと前から、流麗にはカイン=ロウェルしかいなかった。彼の言葉だけが流麗の心を真摯にうつ。
いつか失明すると宣告されたときから出来ていたはずの覚悟を、静かに確かめてゆく。
「眼が見えないからって、卑屈になんてならないわ」
大切なものはまだあたしに残ってるもの。
♪♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫♪…………
流麗は再び鍵盤に指を乗せる。
…………♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫…………
あなたが好きよと囁く想い。溢れだす水のように豊かで烈しい大河の旋律を思い出せ。
(あたしはまだピアノが弾ける)
雄々しい大地のように広がる激情を忘れない。ベートーヴェンは耳が聴こえなくとも最期までピアノに向かった――彼にできてあたしにできないことなんてない。
(耳は聴こえるもの)
たとえこのまま永遠に眼が見えなくても、あたしは最期までピアノに向かう。人々は嗤うかもしれない。この世で最愛のものがピアノだなんてナンセンスだと。
…………♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫…………
けれどあたしにとってはやっぱり最愛の宝物。この命尽きるその瞬間まで、あたしはピアノと触れ合っていたい。
肌理細かな音色と、何もかもをまるく包みこんでしまいそうなほど雄大な旋律が流麗の脳裏に映像を広げる。いつか昔、ヴェルンブルクコンクールで弾いた懐かしいスコア。ショパンの『英雄ポロネーズ』を弾きながら、その旋律が流麗に光を与える。雄々しく壮大で、騎兵隊を率いる将軍を彷彿とさせる。
たとえばそこに立っているのはフランスの名将ナポレオンかもしれず。
たとえばそこに立っているのはローマ皇帝ジュリウス・シーザーかもしれず。
たとえばカルタゴの名将ハンニバルかもしれず。
流麗の視界は今、暗闇ではない。凱旋する騎馬隊が視える。英雄が視える。自信に満ち溢れた雄々しい英雄の姿が、鮮明に流麗の脳裏に映る。
(あれはあたしよ)
あそこに立つ英雄は、あたし。
悠々とした旋律。堂々とした深みある音色。雄々しく戦ってそこに佇む不可侵の英雄は、あたしだ。
光がなくとも真っ直ぐに生きてゆく――――あたしは英雄になる。
愛している。
あたしの手には、大切なものがまだたくさん残っている。
――――あたしは絶対に幸せになってやる。
第八楽章:君を抱き締めよう、ルリ。(前)
『全てが失われようとも、まだ未来が残っている』
―ボヴィー―
夏の空は青かった。フランスで見上げた空よりも、こうして戻ってきた懐かしいドイツの空のほうが幾分青み深いような気がする。生まれは確かに誇り高き大英帝国であったが、カイン=ロウェルにとっての祖国はすでにドイツになりつつあった。
――三日前からルリ、体調崩して休んでるのよ。
ジュリアの言葉を思い出しながらカインはハンドルを握った。北条流麗は確かによく怪我をする子ではあったが身体は意外と丈夫な方であり、病気にかかることはほとんどなかった。三日間も寝込むなんていったいどうしたのだろう、と少しばかり不安に思いながらカインは家路につく。
落ち着いたミュンヘンの街並みが、ひどく懐かしい。流麗と会うのは本当に久方ぶりである――流麗のモスクワ公演とカインのパリ公演がほぼ入れ違いになっていたせいで、彼女と一緒に過ごせた時間はあまりにも少なかった。
(……大丈夫かな。夏風邪か?)
煙草の煙が、風に乗ってふいと車外へ出てゆく。流麗のもとへ戻ってきたからには、そろそろ煙草も控えねばなるまいとカインは煙草を灰皿に押し付けた。
――マリアもあたしもちょっと忙しくって、お見舞いに行けてないのよね。
空港から直接寄ったヴェルンブルク音楽院で、流麗と会うことはできなかった。期待はずれであった。ともかく一番に流麗に会おうと思って、学院に足を向けたカインである。しかし流麗には会えず、またマリア=ルッツには公演の話があり多忙らしくて会えずじまい、ジュリアとも数分しか言葉を交わすことができなかったのである。ましてや朝倉鏡とも会えなかったし、ビーリアル=ウェズリーに至ってはお互い完全に無視だった。
森を抜け、青と緑がくっきりと眼に鮮やかな丘陵地帯を車は走る。
(やっと会えるよ、ルリ)
白い肌とぱっちりした双眸。日本人のわりにはすっきりと通った鼻筋と艶やかな唇。身体だけは西洋人よりもひとまわり小柄で、それが男の庇護心を一層かきたてる。
流麗以外に、あんな愛らしい女神はこの世にいない。カイン=ロウェルは、その冷静沈着な美貌とは裏腹にひたすら一途に流麗を想う。朝から晩まで彼女といてもまだ足りない、それほど愛する女だった。懐かしい自宅を見て、きっと中にいるだろう恋人を思う。
車をガレージに止める時間が、ひどくもどかしく感じられた。
――――リン。
(…………?)
玄関口から見渡せる1階のポーチに、風鈴がさがっていた。ドイツの森に佇む洋風の家には一見そぐわないような風鈴が、時折吹く風に優雅に揺れ、儚げな音色を奏でるのである。
もうそんな季節になったか、とカインは思わず口許を緩めた。日本から風鈴を持ってきた流麗は、夏七月になると必ず1階ポーチにそれをさげる。日頃滅多に日本を懐かしんだりすることのない流麗の、唯一の行事でもあった。
……♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫…………
ピアノの音色が聴こえる。
(相変わらず……)
俺が嫉妬するほどに、あの子はピアノを愛している。カイン=ロウェルは思わずそこにじっと佇んで、風とともに流れてくる懐かしい音色に聴きいった。夏の空気に溶けこむ柔らかさが、甘く切なく耳に心地よい。
弾いているのはラヴェルの『水の戯れ』で、なるほど確かにこの暑さも消えてなくなるような涼しげな旋律である。どうせ夢中になって弾いているのだろうと思うと、やはりカインの口許には微笑みが浮かんだ。
(それほど体調が悪そうな音でもないんだがな)
聞き惚れていたのも束の間、流麗会いたさに我慢ができなくなってカインは鍵を取り出した。そっとドアを開け、音色が聴こえてくる二階の防音室へ向かう。防音室をあける音はごく小さかったはずなのに、おそらくその音に気付いてのことだろう。ピアノの音色が止まった。
(…………?)
こちらを向いた流麗の美貌がどこか訝しげで、カインはふと不思議に思った。
『ルリ? どうした、俺の顔を忘れた?』
『――――っ、カイン……?』
何故こんなにも不安げな顔をしているのだろう。
俺がドアを開ければ、ルリは満面の笑顔で抱きついてくるはずだった。安心しきった顔で、はしゃぎながら迎えてくれるはずだった。それが何故こんなにも不安げな顔をしているのだろう。
視線が不自然に揺れている。
『ルリ? どうした、どこか悪いのか』
『あの、カイン……あたし――ごめんね』
『……何?』
『あたし、眼が見えなくなっちゃったの』
少し申し訳なさそうに笑いながら、そう明るく言葉を紡いだ彼女の気持ちはいったいどのようなものだったろう。
――――――――――――――
カイン=ロウェルは、驚くほど優しく流麗のことを抱き締めてくれた。抱き締めてくれる肌越しに、しかしひどく彼が動揺しているのがよく分かった。マリアたちの名は伏せて事情を説明し、カインの頬をそっと撫でたとき、自分でも驚くほど自然に笑顔が零れた。カインがここにいてくれるだけで、自分の心が穏やかになってゆく。
眼が見えなくなるだなんてあたしは何て不幸なんだろう――そう無意識に思っていた心のしこりがなくなるのが分かった。
『ルリ……おまえは本当に』
カインは、決して動揺をはっきり外に見せようとはしなかった。いや、もしかすると彼の表情は動揺に溢れていたのかもしれなかったが、すでに光を失った流麗にはほんの僅か震える彼の肩しか分からない。
けれどカインは、誰よりも流麗の心をよく知っている。だから微笑んで囁いてくれたのだろう。
『おまえは本当に受難が続くな。俺がいない間よく頑張ったね』
心の底に何か暗く重く沈んでいたものが、ふと溶け散って消えたような思いがした。光を失って動揺し茫然としていた気持ちが、それこそ本当にすっと消えた。
『よく頑張ったよ、ルリ。あとは俺の言うとおりに出来るね?』
カインの暖かい腕が、流麗の身体を包み込んでいる。冷房の効いた寝室で感じるその温もりが、今は何よりも流麗を幸せにする。心地よい冷たさを持つピアノの鍵盤とはまた違った、優しく頼もしい温度だった。
『おまえは何も考えなくていいから、とにかく俺と一緒にいな。いいね?』
一緒――その言葉が欲しかった。
『でも、目が見えないことでまた迷惑を……』
『ルリ? おまえは俺を愛している?』
カインは今、どんな顔をしているのだろう。声色は穏やかで美しい。流麗の心を驚くほど優しく温かく溶かしてゆくひとつの音色。カインの問いに、流麗はそっと頷いた。
『……愛してるわ』
この世で一番愛している。
『それなら余計なことを考えるんじゃないよ。おまえと離れない口実ができたんじゃないか。“それ自体の不幸なんてない。自ら不幸を思うから不幸になるんだ”だろ?』
自ら不幸だと思った瞬間に本当に不幸になるのだ、とそういえば流麗の口癖だった。
いつだって前向きに生きていきたいの――いつだって希望を失いたくないの。いつだってまっすぐに生きていきたいの。
それが流麗の望む生き方だったし、それが流麗を励ます呪文でもあった。
『俺たちは必ず幸せになれるよ』
カインの愛を知っている。知っているからこそ、流麗は思う。
きっと今、カインは苦しんでいるだろう。哀しんでいるだろう。
『…………カイン』
『ん?』
ん、と問い返す彼の声がひどく優しかった。流麗の心を少しでも和らげてやろうという気遣いが、痛いほどに感じられた。今はその気遣いに甘えようと思う。
(あたしが唯一甘えていい人だもの)
眼が見えなくなったとしても、カイン=ロウェルが傍にいてくれたならそれで構わない。
眼が見えなくなったとしても、ピアノを弾けるならばそれで構わない。
眼が見えないということでこれから苦しんでいくとしても、けれどもあたしは幸せだと思うことにしよう。
『カイン』
『ん』
『カイン……』
カインの心臓が動いているのが分かる。彼が眼を伏せて優しげな笑みを浮かべる、その表情を思い浮かべた。慈しむように微笑むあの顔が、流麗はとても好きだった。
『俺はいつもルリの傍にいるよ』
どんなことがあっても、彼はすぐ傍にいてくれる――そんな絶対的な安心感は、何か決して消えてなくならない大空にも似た雄々しさだった。カインの胸に抱かれているだけで、それはまた凪の海にも似た静かな信頼感に包まれた。
『……カイン、あたしは不幸なんかじゃないよね』
ほんの一瞬だけカインが言葉に詰まった気配が感じられた。もしかすると彼は泣いているのかもしれない。そんなほろ苦い気持ちを抱きながら、流麗は静かに彼の返事を待つ。
『幸せだろ? 俺とピアノが傍にいるって』
(カイン……泣いてるのね)
涙は見えない。人に泣き顔を見せるような男ではなかったし、今の流麗の双眸には何も映らない。けれど彼の語尾がほんのわずかに震えていたのを、鋭敏になった流麗の耳はとらえていた。
(ごめんなさい)
『幸せ。すっごく幸せだわ』
(本当に、ごめんなさい)
カイン=ロウェルが傍にいるだけで、不思議と和らぐ己の心がひどく不思議に思われた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――――――――なぜ。
慟哭した。
なぜ――――神よ、なぜ彼女から光を奪うのかと。
なぜ、よりによって彼女から光を奪うのかと。
そしてなぜもっと早く、俺は彼女のもとへ戻ることができなかったのかと。
彼は、生まれて初めて声をあげて泣いた。
(……なぜだ)
寝室で安心しきったように眠っているであろう流麗の顔を思う。眠って、そして明日の朝に目を覚ましたとしても、彼女の世界は暗闇のまま。
光のない世界というものは、いったい人に如何ばかりのものをもたらすのだろう。
(…………ルリ)
カイン=ロウェルは、何か金属片が詰まったかのような痛みが燻る胸を抱えて眼を閉じてみた。
ああ、何も見えない。何も、視えない。
――――――――世界が昏い。
流麗は、これからずっと永遠にこんな世界で生きていくのか。
愛するピアノの姿も見ることができずに?
新しい楽譜も見ることができずに?
あの美しい双眸に俺の顔も映さずに?
堪えきれずにカインは瞳を開けた。
――――――――今、彼女は何を想っているのだろう。
――――暗い暗い、光なき世界で。
第八楽章:君を抱き締めよう、ルリ。(後)
――マリアとジュリアは嗚咽し、朝倉鏡は茫然と立ち尽くし、ドリスは蒼白になった唇を震わせた。ひとりビーリアルだけは、俺は無関心だというような顔で視線を逸らしていた。
『ルリ、今日は昨日よりも空が青いよ』
ヴェルンブルク音楽院のバイオリン科専門棟、落ち着いた石造りの建物の中心にひらけた中庭のベンチで、北条流麗とカイン=ロウェルは肩を並べていた。真っ白な雲がみっつ浮かんでる、とカインは穏やかな声で流麗に教えてくれる。以前とまるで変わらない彼の態度が、流麗にはひどく嬉しかった。暗闇の中で、カインの声はまるで冬の月のように煌々とした道標となる。
今日は昨日よりも空が青い。
今日の木々の色は、少しくすんだモスグリーンに見える。
今日はほんの少ししか青空が見えないね、雨が降りそうだ――匂いで分かるかい。
そんな細々とした世界の色彩を、カインが流麗に教えてくれた。確かに視界は真っ暗だったけれど、しかし世界の姿はありありと脳裏に想うことができた。
『……ビーリアルがチェロを弾いてるわ』
流麗は見えない空を見上げながら、そっと呟く。
『フォーレ、か。あいつも好きだよな、フォーレ』
『意外と繊細なのよ、きっと』
『さあ、どうだか。俺には悪魔にしか見えないけれど』
時折吹き抜けてゆく風の音が、よく聴こえる。その風に混じって、神に捧げるような甘く神々しい音色が耳元に届くのだった。ビーリアルは――そう、天使の音色を奏でる美しき悪魔だ。
あの夜、自分を驚くほど強い力で抱き締めたビーリアルのことを、ふと流麗は思い出して溜息をついた。あれでも心配してくれているのだ。ただ一言で悪魔のような最低な男だといってしまうことは、当然流麗にはできない。
『カインとビーリアルは……あれね。同じテリトリーにいてはいけない雄の獣どうしみたいね』
カインが、喉の奥で可笑しそうに笑ったのが気配で分かる。彼と同じように微かに笑んで、流麗は噴水の方に視線を向けた。
さささ、という清らかな音。噴水は、西洋が編み出した美しき水の芸術である。流水に美を見出す東洋人とはまた違う、その価値観。確か西洋人は造形された水に美を感じ、日本人は流れる水に美を感じるのだと、そんな評論文を高校一年のときに勉強したことを思い出した。
見えないけれど、視える。それは辛いけれども、しかし貴重な体験かもしれないと流麗は考えるように心がけている。噴水が低く勢いをおさめるときの音と、高く空に向けて噴き上げるときの音の違いも流麗には分かった。もともと聴覚は敏感なほうである。
『そういえばルリ……』
少し沈黙があった。あまり言葉を紡ぐことに躊躇しないカインにしては珍しい沈黙で、流麗は自分の右側に座る彼をそっと見上げる。視線を合わせたいと思っても、それが叶わないのがまだ少し切ない。
からりと渇いた風が吹きぬけ、おそらくカインが持っているのであろう楽譜の数枚がぱらぱらと音をたてるのが分かった。そのうちの一枚がもしかすると宙に舞ったのかもしれない。カインがやや大きく身動きをした。
『なぁに』
風の邪魔が、カインの躊躇を助長するのではなかろうかと思って流麗は促す。
『九月初旬に日本公演があるけど、ついて来れる?』
日本、という単語がひどく懐かしく流麗の胸をうった――懐かしき祖国。愛すべき家族の待つ母国。
カインが日本公演についておいでというならば、喜んでついてゆく。
もしも眼が見えていれば。もしもこの眼が光を失っていなければ……。日本に帰国したらきっと家族と会うことになる。
けれど両親が、そして友人たちが自分の失明のことを知ればどう思うのだろう。怖い、と素直に思った。カインがそれを言うのに幾ばかりか躊躇した理由が、よく分かる。
『………………』
『……嫌なら無理しなくてもいい――極秘で日本に入ればいいから』
知らず知らずのうちに黙りこくっていたらしい。気遣うようなカインの声に、流麗はハッと我にかえった。しまった、と思う。できる限りカインにいらぬ気遣いをさせたくない流麗であった。
『ううん、嫌じゃないわ。でもお母さんたちにはまだ会えない……』
視線を膝あたりに落とし、流麗は静かに息を吐いた。辺りを包む噴水の水音に、吐息がふいと滲む。
失明を知ったときの両親たちの顔を想像すると、とても会うことなど出来なかった。何ひとつ見えない、もはやこの眼には何ひとつ映らないにも関わらず、たまに夢ではないかと思うのである。
もしかして明日の朝起きたときには、今まで通りに戻っているのではないだろうかと。この暗闇はちょっとした冗談で、本当は失明なんてしていないのではないかと、そんなことを思ったりするのである。
けれども幾度瞬きをしてみても、この眼に何かが映ることはもうなくて――こんなふうに自分でもまだいまいち実感が湧いていないのに、親に失明を宣告するなんて出来なかった。
『……ん』
分かってる、というふうにカインが小さく呟いた。
腰をおろしているベンチの縁を、何とはなしに指先で弄んでみる。温かな木の感覚が、じんわりと指先を伝ってきた。どうしよう、と迷う心の中にはしかし、カインが傍にいるというそれだけで安心している自分がいた。こんなにも落ち着いて物事を考えることができているのは、間違いなくカイン=ロウェルという恋人のおかげである。
数年間の間に嫌というほど見慣れたドイツの青空を眼に浮かべながら、流麗はゆっくりと腰をあげた。
『あたし、カインについてくわ。お母さんたちには知られないようにしてくれる?』
流麗が立ち上がるのに合わせて、カインもまた立ち上がる。元来派手な身動きをするほうではないカインだったが、流麗が失明してからは静かに身動きすることをやめるようになった。
あまりに静かだと、流麗が不安になると思ってのことらしい。眼の見えない流麗にも、彼が立ち上がったということが分かるような気配をさせながら動くようになった。優しい――流麗が知りうる男性たちの中で、一番優しい人だった。
※ ※ ※ ※ ※
――あたしのせいなんです、とドリス=マイヤーは紅く可愛らしい唇を震わせてそう言った。流麗が頭部に何らかの衝撃をうけて失明したのだ、という説明をした直後から、彼女が幾度か何か物言いたげな視線でこちらを見つめていたことにカイン=ロウェルは気付いていた。きっと何かを知っているのだろうと推し量ることはできたが、しかし焦りすぎると向こうも話しにくいに違いないと考えて黙っていたのである。
それがたまたま今日、バイオリン専門棟のレッスン室近くで彼女を見かけたため、流麗をレッスン室に残してわざと広場に降りてきたのだった。
『あたしのせいなんです……あたしの』
もともと性根の良い子なのだろう、とカインは思った。震える唇と青ざめた顔を見ていると、彼女が流麗を慕っているのはどうやら真実らしい。
(マリアが嫉妬するわけだ……ルリもキョウも取られちゃあな)
『落ち着いて話してみな。何が君のせいなんだって?』
カインの声色は優しい。どう接すれば女の心が溶けるのか、よく知っている男だからこそ出来ることである。美しき英国の貴公子は、そっとドリスに問いかけた。
バイオリン棟の四階に与えられている、カイン=ロウェル専用の私室である。
『あたし――……あたし、あの』
『うん?』
ドリスが一度大きく唾をのみこんだ。
『誰にも言わないでくれますか』
『ああ、言わないよ。約束しよう』
ゆったりと双眸をドリスに向ける。眼の前に座って落ち着きなく視線をうろうろさせている少女の瞳は、完全に怯えていた。鏡はこの子を愛するようになったのか、とカインはふと他愛もないことを思った。
確かにマリア=ルッツとはまるで毛色の違う少女のようである。自尊心の高い男ならば、マリアと付き合うのは至難の技であろう。なるほど人の心とは移ろいやすいものなのか。
流麗以外の女のことを考えられなくなって久しい。カインは鏡の心変わりを幾分不思議に思いながら、何か重大なことを告白しようとしているドリスをそっと見つめた。
『あの、あたしキョウと付き合ってるんです』
鏡はマリアにきっぱりと別れを告げたらしい。そのことはジュリアからも流麗からも聞いた。
『そう』
あっさりとしたカインの返事に、ドリスはわずか拍子抜けしたような表情を見せたが、かえってそれで心が落ち着いたのか再び口を開いた。
『……でもキョウが付き合ってくれるまでは、すごくマリアに嫉妬してたんです』
いったい何を言いたいのか、よく分からない。それはそうだろう。惚れた男に恋人がいれば、その恋人に嫉妬するのは別におかしなことではない。
『だからバッハの生誕祭の夜――ちょっと捻挫とかでもさせてやろうと思っちゃって、マリアを呼び出したんです……』
(…………)
読めてきた。読めてきたと思う。なるほどマリアが何らかの用で、その呼び出しに応えられなくなったのだろう。
クラスの男子の名前を使いました、とドリスは小声で告白した。
『それで?』
『それで、人が来たからマリアだと思って突き落として……』
どうやらひどく反省しているらしいが、しかしまあマリアだから突き落としても良いという論理は通るはずもない。そう思ったけれども、カインはただ黙って頷きながら、彼女に話の続きを促した。
『で、あたし逃げたんです。あんまり高い崖じゃなかったし、そんなに大怪我なんてしないだろうと思って』
流麗はきっと無意識のうちに手を庇ったのだろう、と容易に想像がつく。
『……それで後から気付いたんだ? マリアじゃなくてルリだったと』
唇を噛みしめながら、ドリスは頷いた。緊張のせいか、彼女の眼前に置かれた紅茶の減りが早い。それでも自分の突き落とした相手が流麗だと知ったとき、流麗は少し擦り傷があった程度でたいした怪我はしていなかったという。少しほとぼりが冷めたあとには、必ず自分から告白して謝ろうと思っていたと。
驚いたであろう――不意に北条流麗が失明した、と知らされて。ドリス=マイヤーも、マリア=ルッツも、朝倉鏡も、それからギルバート=ロウェルも皆それぞれに顔面蒼白のままに立ち尽くしていた、あの異様な光景をカインは思い出した。
あのときのドリスの表情を思うと、心の激情のままに今ここで彼女を責めることはできなかった。流麗を慕うドリスの純粋無垢な笑顔を、カインもよく知っている。
『君はそれで、どうしたいの』
カインは、感情のない静かな声色でドリスに問いかけた。感情がないわけではなく、おまえさえいなければこんなことにはならずにすんだ、と大人気なくなじりたい思いを抑えているためである。
『謝りたい……でも、もうルリに会うのが怖くて』
できることならあたしの目をあげたいけどそんな勇気もなくて、とドリスは呟いた。正直だ――自分の臆病さを知っている。
カインは、ドリスに出したティーカップを見つめながら視線を落とした。扉を出てゆくドリス=マイヤーの小柄な身体がひどく疲れて見えて、それがカインの激情を幾分抑えている。怒りの行き場がない。このやりきれなさはいったい何だ、と思った。
(ルリが待ってる……)
早くレッスン室へ行ってやらなければ、流麗が不安になるだろう。しかし何か不思議な虚脱感に包まれて、カインはしばらく立ち上がることができなかった。
望みはひとつ。もう一度流麗に光を――戻してやりたい。
(……俺の)
もう一度、流麗に光を戻してやりたい。
(俺の角膜は……)
俺の角膜が使えるなら――使ってやりたい。
もう一度、流麗に光を戻してやりたい。
愛とはいったい、何なのだろう。
第九楽章:愛の淵
『Is not miserable to be blind it is miserable to be incapable of enduring blindness.』
(目が不自由なのは不幸ではない。目が不自由なことに耐えられないのが不幸である)
―ジョン=ミルトン―
カイン=ロウェルの帰りを待ち侘びている美しい少女は、その眼の焦点があっていないことで尚更美しくみえた。
『俺だ』
傍に立つのが己の恋人ではないことを、彼女は気配で察しているのだろう。北条流麗の眼が少しばかり不安げで、ビーリアル=ウェズリーは何ともいえない気持ちで彼女を見下ろした。
別に俺のせいではないんだけどな、とビーリアルは軽く舌打ちしながら流麗にもう一歩歩み寄る。
『ビーリアル……』
声を聞いてビーリアルを認識したらしい。決してビーリアルのことを信頼しきっているわけでもないだろうのに、流麗はそれでも幾分ホッとしたような声色で呟いた。なぜこの優しく柔和な子は、こんなにも災難に見舞われるのだろう。
『良かったな、カインが受け入れてくれて』
『……ん』
視線を伏せて、流麗はゆったりと左右の手指を組む。相変わらず細くしなやかな指は、白く美しい。それに触れたい思いを抑えながら、ビーリアルはやはり何ともいえない気持ちでそこに佇む。
『つらいか』
言ってから、我ながら馬鹿なことを訊いたと思った。けれど流麗は、決して不幸そうな顔をしてみせることがない。
眼が見えないということは幸せなことではあるまい――けれど流麗を見ていると、眼が見えないという事実はそれほど不幸でもないのではないかと思えてくるのである。それはひどく不思議なことであり、また周りの人間を安堵させることでもあった。
流麗の本来の優しさがそうしているのか、それが原因でつまるところは強がっているだけなのか。
『つらくないように見える?』
『…………ああ、見えるね。幸せそうだ。眼が見えないってのに』
ビーリアルの物言いは、まったくいつもと変わらない。目の前の麗しきピアニストを優しく労わってやりたいのに、それがなぜか彼にはできないのである。毒づくような言い方しかできない自分が、さすがに今はもどかしかった。
『不幸ではないけれど――今まで感じることができなかったものを感じることができるし――不幸ではないけれど』
『幸せでもない?』
ビーリアルの問いに、流麗はゆっくりと首を横にふった。唇には穏やかな微笑が浮かんでいた。確かにその表情を見る限り、決して不幸な女には見えない。むしろそこらの女よりもよほど満たされて愛されている、優麗な表情をしているのだった。
『幸せなのか』
『幸せよ』
『じゃあ何なんだよ』
扉の向こうを、人の話し声が通り過ぎていった。ぱたぱたという足音が話し声と一緒に通り過ぎていくのを聞いてから、流麗はのんびりと呟いた。
『人間ってホント欲張りなんだなぁ、って最近思うわけ』
『はぁ?』
こんなところが苛々するんだ、とビーリアルは唇を歪める。なぜ最初にさっさと肝心なところを言わないんだ――わけのわからん前ふりをするな。
『何が言いたいんだよ』
ビーリアル=ウェズリーは、待つということを知らない。苛々すれば、すぐに答えを急かす。しかし流麗はそんなことで不機嫌になるような女ではなかったし――むしろビーリアルが急かせば急かすほどゆったりと言葉を紡ぐ。それがまたビーリアルを苛立たせるのだった。音楽以外に通じるところのない二人である。
『眼が見えなくても、あたしはカインに愛されてる』
俺への嫌がらせか、と思った。これでも俺はおまえに惚れた男なんだ、分かっているのか、と思った。
『マリアもジュリアも……それから鏡やドリスも心から心配してくれて』
(俺も心配してるっつの)
内心憤慨しながら、流麗の眼が見えないのをいいことに一応睨みつけておく。
『何だかんだ言いながら、あなたも心配してくれてるんでしょ』
『………………』
あまりにもタイミングの良い言葉に、思わず詰まった。
『照れなくていいってば、ビーリアル』
『おまえみたいなノロマ、誰が心配するかっつの。自意識過剰だよ、いい加減にしろや』
くすん、と流麗が可愛らしい笑みを落とす。窓から吹き込んでくる夏風が彼女の栗色の髪をゆるゆるとなぶり、心地よいシャンプーの香りをビーリアルの鼻腔にまで運んできた。
『幸せなんだけどね』
空は抜けるように青い。青空にクリーム色のヴェルンブルク音楽院時計塔が立派に聳え立ち、中世的な街並みが見渡せる。
この美しい景色を、もはや流麗は見ていないのだ。
『幸せなんだけど――やっぱりもう一度、光が欲しいの。やっぱりこの目で、みんなの顔や、ピアノや、それから景色とか……』
愛する男の顔を見つめることができないまま、彼女は一生を過ごす。愛するピアノの黒光りする姿を見ることもなく、異国の地でできた親友たちの顔を見ることもなく、よく言い争いをした俺の顔を見ることもなく一生を過ごすのか。何ともやりきれない思いが、ビーリアルを襲った。
『この目で見たいなぁ……』
しみじみと呟いた声に、心をうたれた。
初めて会ったのは、日本だった。マリア=ルッツに階段から突き落とされて腕を折った流麗が、帰国してしばらくした頃のこと。教会でのボランティア演奏会を聴きにきた北条流麗とぶつかって、そこでビーリアルはドイツ語で悪態をついたのだった。
――……ボーッとしてるんじゃねえよ、うすのろ。
ドイツ語なんて分からないだろうと思っていたら、後ろから彼女に声をかけられた。彼女は流暢なドイツ語を操っていた。
――ごめんなさい、うすのろで!!
小気味のよい性格をしている女だ、と思ったのを覚えている。優しくて穏やかで平和主義だったけれど、流麗ほど気の強い女もなかなかいないと思う。
マリア=ルッツの頼みで北条家にホームステイをし始めてから、何かが狂い始めた。生涯で、女を愛することなんてないと思っていたのに。
『何か弾けよ』
ぶっきらぼうなビーリアルの言葉に、流麗はおとなしく従う。反対向きに腰かけていたのを、くるりとピアノに向き直る。そしてそっと指を鍵盤にのせた。眼は見えていないはずなのに、もうしっかりとその動きに慣れている。ピアノはやはり、彼女の心のよりどころになっているらしい。
『何がいい?』
『フォーレのシチリアーノを』
本当にフォーレが好きね、と彼女は呟いた。ビーリアルがそっと小脇に抱えていたチェロケースから愛器を取り出す。
♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪
一分の狂いもなく、流麗はビーリアルのチェロに合わせてピアノを奏でてくる。これが失明した人間の奏でる音色か、と半ばビーリアルは震え慄く思いがした。わずかに哀しげな旋律。
…………♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫…………
甘やかで秘めやかな音色が、ビーリアルの繊細で伸びのあるチェロに絡みついてくる。創りだす最高の音色――遥か昔の作曲家たちが魂をこめて書き上げた最上の旋律を、時代が変わっても必ず音楽家たちが立派に奏でだす。ビーリアルは、音色の波に身を委ねながら思い出していた。
マリアが言うほど悪い女じゃないじゃないか、そう思い始めて。少しずつ明るく優しい流麗に惹かれて。
…………♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫…………
そしてこの音色を聴いて一発でやられたんだった、と思い出していた。何だかんだと文句をつけながら、ビーリアルはこの日本人の美しきピアニストを誰よりも愛していた。
彼女が自分を愛してくれたわけではない。ビーリアルに熱をあげて尽くしてくれるような女は、他にいくらでもいた。
憎たらしいカインから奪おうと思ったわけでもない。彼から何かを奪うなら、あの男の腕を折ればそれでよかった。
彼女が一番自分に優しくしてくれたわけでもない。彼女は誰にでも優しかったし、ビーリアルに一番優しくしてくれる女だって他にいくらでもいた。
流麗の性格と、彼女が奏でる音色。それ以外に、彼女を好きになった理由なんて分からない。
生涯で、女を愛することなんてないと思っていたのに。
(いつの間にか……)
本当にいつの間にか――彼女の呪縛にかかっていた。
愛とはいったい、何なのだろう。
今この場において、何をどうすることが愛なのだろう。空は青い。雲は白い。森は深々と緑に覆われて、眼に映すだけで心がゆるりと満たされる。この景色を見せたい。光を戻してやりたい。この太陽の光を、もう一度感じさせてやりたい。そう思うことは、自己満足か。それとも愛か。
もう一度流麗に光を――戻してやりたい。
愛とはいったい、何なのだろう。
好きなくせに――好きだからこそ。俺は今までずいぶんと流麗を苦しめてきたな、とビーリアルは青空を遠く見つめながらふと微笑んだ。
――――――――――――
きっとどこかで夢をみている。愛する人のために、すべてを捨てることができたらどんなに幸せだろうと。すべてを捨てられるような相手にめぐりあえたら、どんなに素晴らしいだろうと。
きっとどこかで夢をみている。愛する人にたとえ想われなくとも、その心の片隅には残っていたい。どんな形であれ、その心の片隅に少しでも残像が残っていればそれでいい。ほんのわずかでも面影を残そうと、灼きつけようと必死になってみるのもいい。
きっとどこかで夢をみている――愛する人には、幸せになってほしい。綺麗ごとなんかではなく。
――――――――――――
ビーリアル=ウェズリーは、青空を遠く見つめながらふと微笑んだ。
※ ※ ※ ※ ※
カイン=ロウェルは、ティーカップに視線を落としながら唇を噛んだ。
第十楽章:皆がきみを愛してる。
『深く愛することのできる者のみが、また大きな苦痛をも味わうことができるのだ』
―トルストイ―
――あのとき、ルリを代わりに森に行かせたりするんじゃなかった。
目の前に出されたココアは、もうすっかり冷めきっていた。マリア=ルッツは、自分の眼前のティーカップ越しに向かいに座る男のティーカップを遠く見つめている。この男とこうして向かい合って座るのは、どれほど久しぶりだろう。
『あたしのせいだわ……』
暗く呟く声が、実際出してみるとなおさらに暗く感じられた。
『……俺が悪かった。本当に俺が……』
何の茶番劇よ、皆で責任をかぶりあって。どこのお涙ちょうだいの物語のつもりなの、とマリアは苦々しく思いながら、それでも自分を責めずにはいられない。あのとき流麗を森に行かせたりしなければ、彼女は失明などせずにすんだのだ。
ドリスが憎ければ己も憎く、己が憎ければ鏡さえも憎かった。
少し前までは、いつかキョウとあたし&ルリとカインで結婚式を挙げられたらいいね――なんて笑いあっていて。その幸せな未来図が叶うものだと思っていたのに、現状の幸せはあまりにもあっけなく崩れ去る。
『俺が態度をはっきりさせなかったから……』
鏡がもっとはっきりマリアに別れを告げていれば、ドリスもそこまでマリアに嫉妬することはなかったかもしれない。確かに鏡の曖昧な態度も腹立たしかったが、マリアはすでに鏡を責める気力を失っていた。
流麗のことで頭がいっぱいで、心の隅々から恋愛感情だとかそういったものが流れでてしまったような気がしていた。
(不思議だわ)
いつの間にか、鏡よりも流麗の存在のほうが大きくなっている。きっと鏡にとっても、流麗は大きな存在に違いなかった。ドリスよりもあたしよりも、流麗は鏡にとって特別な存在なのだろう。紛れもない鏡の初恋の相手は、北条流麗なのだから。
みんな、彼女を愛している。
カイン=ロウェルは誰の目にも明らかなほど激しく暖かく流麗を愛しているし、鏡もどこか特別な眼差しで彼女を見守っていた。
ビーリアルも悪態をつきながら結局は流麗に構いっぱなしだったし、ジュリアもまた常日頃から深い友情で彼女を守ろうとしていた。
ドリスは純真な尊敬と親愛を流麗に注いでいる。
彼女の兄もそうだし、ギルバート=ロウェルも流麗を可愛がった。
(…………あたしも)
あんなに殺したいほど憎んでいた――誰よりも憎かった流麗が、今はこんなにも気がかりで仕方ない。カインも鏡も流麗に眼を奪われて、ピアノの才能だって抜きん出ていた。一生の敵だと思っていたのに――きっとこれが愛なのだろうと、マリアは素直に思った。 ここのところ毎日輝いている青空が、ひどく哀しい。この眼を分けてあげられたら、どんなにか良いだろう。そうすれば、この心も少しは晴れるに違いないのに。たとえそれがただの自己満足だとしても、流麗に光を戻してやりたい。
『……どうすれば……』
どうすることが、真実の愛なのだろう。
……♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫…………
不意に音色が聴こえて、マリアは我に返った。何とはなしに、鏡がCDを再生させたらしかった。すぐに分かる。北条流麗の『ラ・カンパネラ』だ。
奏でられる鐘の音。どこか神秘的な北欧の教会を思わせる旋律。それを包むのは青空ではなく、曇り空かもしれない。寒々とした曇り空の下、教会に続く銀杏の並木道。読書をする貴婦人が目に映る。
音色がきらきらと輝く粒子となって、空気に溶けていく。あの教会に行けば何があるだろう。祭壇の十字架を思い浮かべさせるような、神々しい旋律。柔らかな光彩を背負うキリストの姿――教会の扉越しに舞い散る落ち葉、何もかもが煌めいてみえる。
しっとりと指に吸いついてくる触感、というのをマリアは思い出した。ピアノがあたしを愛してくれてるときはね、鍵盤が指に吸いついてくるような感覚がするのよ。
流麗はいつもそんなことを言って、嬉しそうに幸せそうに笑っていた。自分の身体とピアノが一体になって、指先から音色が迸る気持ちがするのだ、と。身体中が音色に満たされ、甘美かつ烈しい音の流れにまるで酔いそうになるのよ、と。
愛している。愛している。この世で一番愛している。彼女はピアノを何よりも愛している。こんなにも幸せそうな音色を奏でるピアニストなんて、この世で流麗以外にいるはずがない。
…………♪♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫…………
どうにもやるせない思いでふと視線をあげて、マリアは息をのんだ。口許を押さえて眼を閉じた鏡のその頬に、幾筋もの涙が流れていた。
(ああ……)
突如、実感が湧いてきた。何で泣くのよ女々しいわね、と思いながらマリアの瞳から涙がぼろぼろと零れた。
愛とはいったい、何なのだろう。
流麗と出逢って初めて、そんなことを考えてみる。きっとあんな子とはこの先巡り会えない。
あの眼にもう一度、このあたしの姿を映したい。あの眼が、もうこの先一生何も映さないだなんて許さない。
もう一度視線を交わして、昔はあんなこともあったよね、と笑いあいたい。あんなに仲が悪かったのに、今ではこんなに仲良しね、と。北条流麗は、かけがえのない友達――流麗は、マリアにとって最早失うことのできない友達になっていたから。
※ ※ ※ ※ ※
ゆっくりとドナーカードを身につける。
愛とは自己犠牲の精神だと、いつか本で読んだことがあった。
きっと真実を知れば彼女は怒るだろう――。
けれど彼女に光を戻してやりたい。みんな彼女を愛しているから。
みんな、彼女を愛しているから。
※ ※ ※ ※ ※
ポテトとベーコンを炒めた美味しそうな香り。いつもならガーリック味にするのだが、明日も学校があるということで、無難に塩コショウで味付けしてあった。カイン=ロウェルの貴公子らしい気遣いである。
ランチョンマットの右手にはスープ。今日がオニオンスープだよ、と夕食の用意をしている途中でカインが言っていた。流麗は手探りでスプーンをとる。
『今日は何をかけようか』
流麗が失明してしばらくは何をするにもカインがつきっきりで、こうして食事するときにもスプーンを持たせたりフォークを持たせたりしていたのだが、今では和やかに喋りながら見守っているだけである。
まだ少しばかり危なっかしい仕草の流麗を、彼は常に優しげな眼差しで見つめているのだった。流麗は――そんな彼の双眸の色を窺い知ることはなかったが――それでもゆったりとした時の流れのなかで、優しい眼差しの気配だけは感じることができた。
『アシュケナージのショパンが聴きたいわ』
『ショパン? 何にしようか。バラード集?』
流麗の座る椅子の左手に、CDラックがある。そこには膨大な数のクラシックCDが並べられていて、流麗はその光景を眼裏に浮かべながらリクエストする。
『…………バラードとスケルツォが入ったCDあったでしょ? アシュケナージがジャケットのやつ』
『ああ、コレね。何番?』
CDケースが触れあう微かな音とともに、カインが目当てのCDを取り出したのが分かった。トレーが開く音、カインがCDをトレーに乗せる音。流麗は今起こっている光景をありありと脳裏に描きだす。
『スケルツォの2番にしよ』
『ん』
幾度かのスキップ音の後に、心緩ませるピアノの旋律が流れはじめた。失明してから、心が敏感になったような気がする。眼から余計な情報が入ってこないせいか――何というのだろう。純粋に音色を感じられるようになった気がする。
漫画だとか小説だとかで盲目の人間が出てきては、「心の眼」でものを見るのだと言っていたことを思い出す。そのときは何とも思わなかったけれど、今なら分かる。心の眼は確かにある――暗闇の中で流麗はそれを知った。暗闇の世界は、考えようによってはむしろ純白でもあった。
『美味しい?』
指先に、ブレーチェンの少しぱりぱりとした固い皮の感触を感じながら流麗は頷く。温めなおしたブレーチェンの上でバターが溶けていくのを想像しながら、ゆっくりとそれをちぎり、口に運んだ。
『バターが足りなかったら言いな』
『うん、ありがとう』
パンを口に含んだまま流麗がオニオンスープに手を伸ばした――その瞬間、電話が鳴った。少しばかり驚いて、流麗は手をとめた。
スケルツォの音色が図らずもかき消され、わずかに眉をひそめる。夕食時に電話がかかってくるなど滅多にないことである。カインが席をたつ気配を感じながら、流麗もまた電話を置いてあるチェストのほうに視線を向けた。
『え?』
カインの怪訝そうな声を、スケルツォをBGMにしながら聞く。いったい誰からの電話なのだろう、と流麗は不思議そうに小首を傾げた。
『本当ですか!?』
(……カイン……?)
怪訝そうな声が、突然喜びを隠し切れないような声にかわり、それがかえって流麗を不安にさせた。感情の起伏を露にすることなどほとんどないカイン=ロウェルが、珍しく声をうわずらせている。
中途半端にパンを持つ手を宙に浮かせたまま、耳をすませた。
『ええ、分かりました。本人に話してみて、また後日連絡させていただきます』
言葉を言い終わるか終わらないかのうちにカインが電話を切った。いつも相手が電話を切るのを確認してから受話器を置くカイン=ロウェルであった。
『ルリ!』
ねえ何の話だったの、と問いかける間もなかった。突然すぐ傍らに彼の気配を感じ、感じたと思ったらあっという間に抱きすくめられた。
(…………!?)
『ルリ、朗報だ。いい報せだよ』
そういってから、いい報せだよ、と彼はもう一度呟いた。カインが今どんな顔をしているのか、なぜか流麗には手にとるように分かる。あの涼やかな眼元を歪ませて、口角をあげているに違いなかった。声色でも分かる――今、彼はなぜか本気で喜んでいる。
『ルリ、角膜が見つかったんだ』
一瞬、流麗の頭がまっしろになった。
(――――え?)
伝わってくるカインの体温。体温なんてなさそうに見えるけれど、やはり彼にもぬくもりはあるんだと妙なところで感心する。スケルツォの音色だけが、ゆるりと自分の身体をひたしていくのが分かった。
『角膜が見つかったんだよ、ルリ。移植が可能になったんだ』
――――――――――――――
麗しきドイツの森。
聳える尖塔、見晴るかす街並み。
古より零れ出づるとめどなき旋律よ。
この青き空、暮るれば耀く満天の星。
滔々と流れるヴェルンブルクの調べに包まれて。
愛しき聖地よ、永遠に。
永遠に美しからんことを――永遠に彼女を見守らんことを。
――――――――――――――
さようなら。
さようなら、ルリ。
第十一楽章:遥かなる愛の幻想(上)
『愛は全てを望み、しかも滅びない。愛は自己の利益を求めない』
―キルケゴール―
アクセルを踏み込みながら、遠き日々を愛おしく思いかえす。空が青く輝いている。空がこんなにも美しいことを、生まれて初めて知ったような新鮮な気持ちだった。きっと人が暗闇を怖れるのは、輝く光を知っているからなのだろう。
もうすぐガードレールにぶつかる、と思った瞬間、手ではなく眼を庇った。命よりも大切だったこの両手で、彼女への贈り物を守る。これが愛だと信じたい――たとえ自己満足だと罵られたとしても。それで彼女の眼が、愛しい人々を映すのならば。
――流麗。俺、絶対戻ってくる。戻ってくるから、絶対待っててな。
――うん。……約束だよ。
――当たり前だ、約束だよ。忘れんなよ。
なあ、流麗。ドイツへ発ったあの日から、俺はおまえを傷つけてばかりだった―――。
もう会うことなんてないだろうと思っていた。こちらはドイツで充実した日々を過ごしていたし、流麗はきっと日本でピアノを弾いているのだろうと思っていた。まさか親友のカイン=ロウェルが、彼女と出会うなんて事態はまるで想像していなかったのだ。
きっといつの間にか遠い存在になっていって、お互い別々の道を歩んで、そしていつしか記憶の彼方へと薄れていくのだろうと思っていた。
再会した瞬間から、彼女に対する恋心が再び色濃く燻りはじめた。きっともう会うことなんてないだろうと思っていたから、抑えていられた感情――けれどもうマリア=ルッツという恋人がいて。
ごめん、と呟いた声は虚空に消えた。カインが流麗を気に入ったことは誰の目にも明らかだったし、流麗もまたカインを慕っている。その事実は、実のところ秘かに鏡を苦しめた。もしもマリアがいなければ。もしもカインがいなければ。そんな自分勝手な想いは何度も脳裏をかすめたし、マリアに別れを告げて流麗のもとへゆこうと思ったことだって幾度もある。
マリアに苛められてもびくともしない、そんな流麗がたまらなく愛おしくなることもあった。
(流麗)
何よりもピアノが好きで、ピアノさえあれば何もいらないというような少女だった。世界中であれほどピアノを愛し、ピアノに愛されている人はいないだろうと思われた。世界のトップピアニスト――天才と謳われた鏡は、心のどこかでいつも流麗を畏れていたかもしれない。やがて流麗がクラシック界へ飛び出してきた、あのとき誇りかな気持ちとともにどこかそら怖ろしいような心持ちに襲われたのを、今でもよく覚えている。
彼女があのしなやかな手指を鍵盤に走らせると、まるで音色が甘い水のように迸るのだった。心地よい愛の波濤。技巧の熟練度はいうまでもなく、その音色がもつ情念の深さはどんな心の冷ややかな人間をもとろりと溶かしてゆく。
どんなに苦しく辛いことが続いても、彼女は決してめげなかったな――と、今更ながらに鏡は思い出した。階段からマリアに突き落とされたときも、彼女は気丈にふるまっていた。カインの婚約者に苛めぬかれたあのときも、後遺症が出たあのときも、いつだって彼女は傷つきながらも大地にしっかりと足をつけて歩いていた。
見ている人間がいたたまれなくて涙をこらえるほど、彼女はいつでも凛然としていた。ピアノを何よりも愛していた、あの初恋の女の子。
(流麗…………)
いつしか彼女も鏡への思いを捨て、カイン=ロウェルとの道を選んだ。きっとこれでいいのだ、と鏡も自分の未練がましい気持ちに終止符をうった。あのときは――確かにマリアのことが愛しかったのだ。彗星のようにあらわれた日本人の少女に、いろいろなものを明け渡してしまったドイツ人の少女。
彼女に抱いたのは哀れみにも似た感情だったかもしれないけれど、確かに愛おしいと思っていた。マリアの姿を、流麗を手放した自分と重ねてでもいたのだろうか。思えば、そこから間違っていたのかもしれない。
机上に佇むひとつの写真立て。数年前のリサイタルで撮った和やかな写真が、色褪せないまま鮮やかな光彩を放つ。今はもう戻れない、美しき日々。もう戻れないからこそ、この眼にあまりにも美しく鮮やかに映る。
燕尾服の青年がふたり。華やかなドレス姿の女性がふたり。英国の貴公子カイン=ロウェルは、ヴァイオリンを片手に抱いたままもう一方の手で愛しい恋人の腰をそっと支えている。薄いレモン色のドレスを着た北条流麗が、その手の中で笑っていた。いつのまにか仲良くなったマリア=ルッツと頬を寄せ合って、ピースサインでおどけている彼女の眼は、このときは確かに色々なものを映していたはずだった。
美しい女の子ふたりを挟んで、朝倉鏡もまた朗らかな笑顔で写真に映っている。燕尾服のまま、マリア=ルッツの肩に手をまわして――……。
(俺があのまま……)
あのままマリアを一途に愛していれば、何もかも穏やかに済んでいたかもしれない。流麗がマリアと間違って崖から突き落とされることもなかったかもしれない。流麗が失明したことを聞いてから、あまりの衝撃にドリスへの愛情もふっつりと影を潜めてしまった。 暗闇に、苛まれるのである。夜が来るたびに、窓の外に暗闇を見るたびに、流麗の世界はもう永遠にあの状態なのか、と。誰のせいだ、と。
――あたしのせいだわ。
マリア=ルッツはそう言った。
――どうしよう、あたしのせいだ。
ドリス=マイヤーもまたそう言った。
北条流麗は、どれほど皆に愛される女であることか。きっと誰かが眼を流麗に差し出すだろう、と鏡は思った。放っておけばカインを筆頭に、必ず皆が角膜を流麗に提供することを考えるだろうと思った。
マリアも考えるだろう。ドリスも考えるだろう。ジュリアも考えるだろうし、ひょっとしたらあの性悪のビーリアルもそんなことを考えているかもしれない。
(俺は同じ日本人だ)
角膜を提供するなら同じ日本人がいいかもしれないじゃないか、と鏡は唇を歪めてみる。男は皆、英雄になりたいのかもしれない。そしてひとりの人の心に、永遠に面影を灼きつけることを夢見るのかもしれない。
(ごめん、マリア)
はるばると広がる美しい大空を見上げる。
誰に何と言われようと揺るがない事実。流麗のことは、俺が一番よく知っているんだ。誰よりも先に、流麗と出会ったのはこの俺なんだ。あの幼かった日々を、毎日のように一緒に過ごしたのは俺なんだ。だから、いつか大事なところで彼女を助けるのも――きっと俺なんだ。俺でありたいんだ。
たとえ同じクラシック界で、別々の道を歩んでいたとしても。きっとそこには揺るがない、友愛に似た愛情があったと思う。
(ごめん、ドリス)
だからたとえマリアに恋愛感情を抱いていたとしても。だからたとえドリスに恋愛感情を抱くようになっていたとしても。俺はきっと何かあれば、流麗をとるだろう。
「ごめんな、流麗」
日本語で呟く謝罪の言葉。真実を知ったらきっと怒るだろうな、と思いながらとめられない激情。もっと流麗と、笑いあったりしたかった。
大切な大切な、今思えば本当に愛していたのは流麗だったのかもしれないと思えるほど大切な幼馴染み。恋愛対象だとか、そういうことは別として。この世で一番大切なのは、やはり北条流麗だったのだろう。
「約束守れなかったしな」
ドイツへ発つあの日、戻ってくると誓っておきながらそれを破った。今、なぜかそれだけを切に謝りたかった。
窓の外、雲ひとつない碧空。故国から遠く離れた異国の地で、俺たちは別れを告げる。 ひょっとすると――俺だけ先に、日本へ帰ることになるのかもしれない。鏡にとっては、いつまでも、彼女の眼は明るい光を映していなければならないのだった。いつまでも、あの純粋な笑顔でピアノを弾いていなければならないのだった。
だから、鏡は立ち上がる。
「思ってなかったよ」
何かを噛みしめるように立ち上がり、机の引き出しをそっと開けた。
「まさか俺にこんなことする力があるなんて、さ」
ゆっくりとドナーカードを身につける。
愛とは自己犠牲の精神だと、いつか本で読んだことがあった。
きっと真実を知れば彼女は怒るだろう――。
けれど彼女に光を戻してやりたい。みんな彼女を愛しているから。
――――――――――
アクセルを踏み込みながら、遠き日々を愛おしく思いかえす。空が青く輝いている。空がこんなにも美しいことを、生まれて初めて知ったような新鮮な気持ちだった。きっと人が暗闇を怖れるのは、輝く光を知っているからなのだろう。
もうすぐガードレールにぶつかる、と思った瞬間、手ではなく眼を庇った。命よりも大切だったこの両手で、彼女への贈り物を守る。これが愛だと信じたい――たとえ自己満足だと罵られたとしても。それで彼女の眼が、愛しい人々を映すのならば。
麗しきドイツの森。
聳える尖塔、見晴るかす街並み。
古より零れ出づるとめどなき旋律よ。
この青き空、暮るれば耀く満天の星々。
滔々と流れるヴェルンブルクの調べに包まれて。
愛しき聖地よ、永遠に――――。
永遠に美しからんことを――永遠に彼女を見守らんことを。
さようなら。
さようなら、流麗。
大切な、俺の幼馴染み。
* * * * * *
そこに愛がある。
やがて暗闇に差し込む一条の光。
※ ※ ※ ※ ※
カイン=ロウェルは遥か遠く天を仰いで瞠目した。角膜を提供してくれた死者名を医師から聞いたときは、心臓が止まるかというほどの衝撃を受けた――彼の行為はそう、まさにカインが悩みぬいた末に思いとどまった行為であった。流麗が誰を愛しているか、それをカイン自身がよく理解していただけに、自ら死を選んで角膜を提供するということができなかったのである。
――死んだのか、キョウ。
衝撃と悲しみに、全身の血の気が引いてゆく妙な感覚。手術室にいるはずの北条流麗が、今何よりもひどく愛おしい心持ちがする。まだ子どもだったあの頃、突然日本からやってきた少年ピアニスト朝倉鏡。凛とした顔立ちの、少しやんちゃな少年だったことをカインは今でも覚えている。浅く広い付き合いをモットーとしていたカインにとって、彼は思わぬ闖入者でもあった。気が強いわりに優しくて、だから少し優柔不断で――結構誰にでも優しいようなところがあった。女の子にももちろん人気があったし、朗らかなせいで男子からもよく慕われていた。
流麗と出逢うまでは、確かに鏡のピアノの音色が世界一だと思っていたものである。
――ルリのために死んだのか、キョウ。
そろそろ病院に、マリアやドリスたちが駆けつけてくる頃だ。どうやって起こった出来事を告げればよいのだろうと、そう考える気力も今は失せていた。全身を襲う脱力感を、さすがのカインもどうすることもできない。
(他に方法が……なかったのか)
鏡を責めることももちろんできなかった。きっとそれ以外にどうしようもなかったのだろう、と無理に思ってみる。流麗にはそれだけ人を虜にする力があったし、同じく流麗を大切に想うひとりの男として鏡の気持ちは痛いほどよく分かった。
昔から。流麗と出逢うよりももっと昔から、鏡は彼女の話をよく口にしていた。
俺の幼馴染みにものすごく綺麗な音色を奏でる子がいるんだ。
悔しいけど、世界で一番ピアノに愛されてる子なんだ。
もしかしたらクラシック界に出てくるかもしれないぜ。
きっとおまえも気に入るよ――……。
(ルリは、そうだな。ものすごく綺麗な音色を奏でる)
交通事故だったと聞いた。鏡は首からひっそりとドナーカードをさげていたという。手はひたすらにふたつの眼を庇っていたという彼の最期を聞いたとき、カインはもう涙を抑えることができなかった。
(ルリは世界で一番ピアノに愛されてるよ。おまえの言ってた通りだ)
誰も自殺だとは言わなかった。言わなかったが、鏡がみずから命を絶ったのだということは、カインだからこそよく分かっていた。
(クラシック界に飛び出してきたじゃないか)
絶対に俺のポジション抜かれるよ、と言いながら自分のことのように喜んでいた鏡の笑顔を思い出す。流麗に異常なほどの敵意と憎悪を抱いていたマリアをなだめていたのも、鏡だったとカインはふりかえる。
マリアが流麗を苛めるたびに、おまえにもいいところがあるんだから、と。せっかくそんな素敵な名前があるんだから、と。そう言ってマリアを落ち着かせていたのは鏡だった。
(おまえの言うとおり、俺は本当にルリを気に入ったよ。本当に……ルリを愛している)
鏡と流麗を並べても、きっと流麗を選ぶだろうと思うほどに。
――おまえに感謝してしまう自分が、俺は非情なようで怖い。
親友の死を悲しむ気持ちと同じくらいに、愛する流麗に角膜を提供してくれたことに感謝する気持ちがある。それでも友達のつもりなのか、とカインは己の心の中で苦悩していた。
心のどこかで思っている。これで流麗の眼が見えるようになる――ふたたび彼女の眼に光が戻る、と。そんな自分がどうしても残酷に思われて、カインは動揺を隠せないのだった。けれど分かっている。鏡はきっとこれで満足しているだろうということ。カインがここで純粋に感謝して、そして流麗の眼に光が戻ることを鏡は望んでいたに違いない。いや、そう思わなければやりきれなさに死にたくなる。
空が青い、と思った。悲しいことが起こるときは、なぜかいつも青い空だ。なんでだろう――そんなことを思っていた、そのときに携帯が鳴った。
※ ※ ※ ※ ※
『カイン。どうか、俺のしたことに怒ったり悲しみに暮れたりしないように。どうか素直に喜んでくれることを祈るよ。俺はやっぱり流麗に恋愛感情を抱いているわけではないと思うんだけれど、それでも彼女が何より大事なことには変わらないんだ。俺がこうして本心を書き残してでもおかないと、たぶんおまえたち皆してぴいぴい泣いてそうだからね。俺の気持ちはしっかりここに書いておいたから、そこのところよろしく。俺はマリアも好きだった。ドリスも好きだった。俺の妙な優柔不断さが、何か皆を傷つけたような気もするんだ』
自分のことをよくわかってるじゃないか、とカインは涙の滲む瞳で手紙を読んだ。目頭に次々と熱いものがこみあげてきて、唇を噛みしめる以外になにもできなかった。
『いつか流麗も真実を知るときがくると思う。そのときには、くれぐれも彼女を頼むな。何も死ななくていいだろうと思うかもしれないけど、俺が生きてたら流麗のことだし、角膜返すとか何とか言い出しそうだろ。それにきっと俺が生きている限り、彼女は罪悪感に苛まれることになるから――まあ、簡単にいえば英雄にならせてくれってことさ』
何てバカな英雄なんだ……。思わずカインの双眸から、あたたかい涙が零れて落ちた。いったん溢れだした涙は、もうどうにも止めることなどできなかった。
※ ※ ※ ※ ※
――マリア。本当にごめん。おまえを好きだと思った気持ちは嘘じゃなかったし、遊びで付き合ったわけでもなかった。流麗やカインと一緒に、四人ずっと仲良くやっていけると思ってたんだ。ドリスが現れてから俺の気持ちが動いてしまったのは、もうどうにもいいわけがたたないから、俺は何も言えない。でも今でもおまえのことは大切だと思ってるし、決して嫌いになんてなってないよ。でも本当にごめん。命を賭けてまで何とかしてやりたいと思うのは、何でかドリスでもなくて、幼馴染みの流麗だったんだ。マリア、おまえにこんなことを頼むのは間違ってるかもしれないし、都合のよすぎることかもしれないけど、俺が死んだあと、流麗のことは頼むよ。最近見てて思ってたんだ――マリア、今はもう正直、俺より流麗のほうが大事になってるだろ? どうか、流麗とカインを頼むよ。おまえと過ごした日々のことも決して忘れない。今までありがとう、マリア。ずっと気高いピアニストでいてくれることを願うよ。
※ ※ ※ ※ ※
――ドリス。きみと出会って、きみに惹かれて、結果としてマリアもきみも流麗さえも傷つけた。そのことを先に謝るよ。本当に悪かった。きみに惹かれたのは、もしかすると流麗によく似た純真さがあったからかもしれない。流麗によく似た音色を奏でていたからかもしれない。本当にごめん。きみと出会ってからは、確かにマリアよりきみに惹かれて……たぶん恋をしていたと思う。流麗を突き落としてしまったことを、心から悔やんでいただろ。あのあとでものすごく反省してたろ。たぶん誰も、ドリスのことを怒ったり恨んだりしていないから安心しな。流麗もカインも、マリアもだ。だからドリス、マリアのことを嫌わないでやってくれないか。気位が高くて、人と打ち解けるのが苦手なだけだから。ドリス、俺が死んでもどうか暗くならないで。どうか流麗とカインの前では明るくふるまってやってくれ。流麗は俺の何より大切な幼馴染みだ。カインは俺の何より大切な親友だ。頼むね。今までありがとう、ドリス。
※ ※ ※ ※ ※
ドイツ語で認められた手紙は三通。カイン=ロウェル宛、マリア=ルッツ宛、ドリス=マイヤー宛。机の中にひっそりと並べられてあった。カイン=ロウェル宛の封筒の中に、もう一通の手紙が入っていた。頃合いを見計らって彼女に、とメモも一緒に。
流麗、俺がドイツへ発つときにした約束、覚えてる? 俺は必ず戻ってくるって言って、おまえは必ず待ってるって言った。おまえが待っててくれてることを心のどこかで知っていながら、約束を破ってごめん。ずっとそれを謝りたかったんだ。
俺たちはいろんなことを経験して、同じ世界で別々の道を歩き始めた。カインとおまえが愛し合うようになって、正直最初は微妙に嫉妬したりもしたけど、でも心から祝ってるよ。お互いベタ惚れのカインと流麗を見るのが、楽しかった。おまえが失明したとき、俺だってカインと同じくらいショック受けてたんだぜ。何せ元凶は俺だったし。だから、贈り物をやるよ。恋愛とかなんだとか、そんな関係には結局ならなかったけど、この世で一番大事な女の子は流麗だったよ。もう一度、おまえにカインの顔を見せてやりたい。マリアやジュリアたちの顔を見せてやりたいし、日本にいるおばさんたちの顔も見せてやりたい。俺とおまえは生まれたときから結構毎日、嫌ってほど顔つき合わせてたしさ。だから有難く受け取りな。おまえが何もかも知るときは、きっとカインが大丈夫だと判断したときだ。だから決してすべてを知っても苦しまないで。ちょっとだけ悲しんで、ちょっとだけ泣いて、あとは心底から毎日俺にお礼を言うだけでいいからな。おまえがあんまり苦しんだり自分を責めたりすると、カインやマリアたちも同じように苦しむから、どうかいつもどおり笑っていて。今度はちゃんと手だけじゃなく、眼も大事にするんだぞ。俺はホントにひとりの人として、流麗のことが大好きだった。流麗の奏でるピアノが大好きだった。俺の誕生日はおまえと一緒の日だから、3月14日にはカインとマリアと四人で撮った写真の前で一曲捧げるように(笑)今までありがとう、流麗。俺はこれでちゃんと幸せだから、おまえもカインたちとどうか幸せに。
たった一通だけ、日本語で書かれた手紙。それは父母宛でも日本の友人宛でもない、北条流麗という幼馴染みに宛てたたった一通の手紙だった。
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2005/08/13(Sat)12:59:57 公開 /
ゅぇ
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■作者からのメッセージ
あぁもう、ホントすみません。何か角膜云々のことを考えると彼しかいないんじゃないだろうかと医学に詳しくないゅぇはこんなことを考えていたのでございますぅぅぅ(≧□≦)いやね、最初は本当にビーリアルが旅立つ予定だったんですが、やっぱり西洋人と日本人じゃ違うのかなぁ、とか。何かそういうことを考えた結果、この人に白羽の矢がたったわけなのです。何かもうこれはホントいろんなところから「そりゃないだろ」的な批判がすっ飛んでくるかもしれませんが、いやどうか皆様こらえてこらえてっ!!だってほら、まさかカイン殺すわけにもいかないし――同じ日本人同士のほうが良さそうじゃないです!?笑……関係ないのかなぁ。ここまで停滞気味だった玉響ですが、こっから最後に向けて動かしていこうと思います。そして明るいほうへもってくぞ!!っと決意。飛んでくるであろう鋭いご指摘に耳を塞ぎ目を閉じつつ(コラ)、おとなしく昼寝へ戻りたいと思います。読んでくださってる皆様、本当にありがとうございます。もうホント心から感謝感謝でございます。どうか最後まで見捨てないでいただけたら、とっても嬉しいですっ。ではでは――あっ、高校野球見なきゃ!!
書き足していくうちに、ここまで追加してしまうことになりました。大修正(笑)
※甘木さんは、だから怖いんですよ。ツッコミ入れないでくださいぃ〜直せないから!!(笑)ともかく都合のよいように進めてしまってる強引な作者ですから…ぐすん。医学的なところ、臓器提供のところ、どうか何も言わないで……………笑
追記:あと提供する相手を選ぶことはできないと思いますが(なら書くな)、物語の進行上『鏡が流麗に角膜をあげた』ってことにしたくて――おいおい穴だらけだなこの物語、と影で笑ってやってくださいませ(笑)ちなみにHPで公開する玉響シリーズは、この『幻想玉響』省きます。『神様、聴いていて』までで止めるか、『幻想玉響』というタイトルでまったく違うストーリーにする予定ですので、暗いのが嫌な方はそちらで(ぉぃ