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『A man of sleeplessness 第5章  3』 作者:トロサーモン / ミステリ リアル・現代
全角15538.5文字
容量31077 bytes
原稿用紙約51.55枚
街ネズミに殺された僕は、街ネズミに体を弄くられ。美和子さんは何処かへ行く。白い女は笑い。頭痛は酷くなる。惑星づくりの話。
第一章

1、冷蔵庫 

 
 冷蔵庫には何も入ってなかった。コンプレッサーの音だけが鳴る。何もない。
 ここ三日間ろくなもの喰っていない。ろくなものはコロッケだ。
 今日はまだ朝飯も食っていない。もう夜にもなるのに。
 おなかが空いた。おなかが空いた。
 僕は天井を見る。このボロアパートの天井はボロボロだ。
 頭がぼんやりする。これは空腹のせいではなく、不眠症だからだ。思えば最近まともに寝ていない。
 2、3日寝ていないとまるで世界が夢のように思える。全てのものが遠くに感じ、自分を見失う。いわば自分というロボットを操縦している気分になる。
 僕はおなかが空いたが外へ行ってご飯を買う気にもならなかったのでテレビを見る事にした。 
 僕は全てのチャンネルを見るが面白い物をやっていると思えず結局ニュースを見る事にした。
 ニュースではリンゴ爆弾が見つかったとかどうとか言っていた。
 頭がぼんやりする。
 そんな時、突然呼び鈴が鳴った。
一回、二回。
 呼び鈴は何度も何度も鳴る。 
 僕はうるさいなあと思いつつ、よろよろと歩いてドアに向かった。
 ドアを開ける。
 そこには身長120センチぐらいのとっとこハム太郎ようなファンシー的なリアリティからかけ離れたようなネズミが立っていた。
 ネズミ?
 ネズミは僕に話しかけてきた。
「眠たいんですよ。ええあなた眠たいでしょう。あっしは分かるんですよ。あんたは今、このネズミ何いってんだと思っているでしょう。ええあっしは分かるんですよ。あんたは今、このネズミ何いってんだと思っているでしょう。あんたは結局眠たいんですよ」
 僕はこいつ何いってんだと思った。大体何故、こんな時間にネズミが訪れるのかそれが分からない。僕にはネズミの友達はいない。
とっとこハム太郎のようなファンシーなネズミはまだ喋る。
「あんた。あっしの頭を見て下さい。大きな耳があるでしょう。この大きな耳は聞くだけのためにあるんじゃないんですよ。ええ聞くだけのためならこんな大きな耳にしません。あんたは今、このネズミ何いってんだと思っているでしょう。へへへ。あっしには分かるんですよ」
 ますます訳が分からない。こいつは僕に何をさせようとしているのか何の目的でここに来たのか。
 段々腹が立ってきた。
「ネズミをバカにしちゃいけませんよ。あんたネズミをバカにしたでしょう。へへへ。あんた3週間前スパゲッティを食べたでしょう。へへへ。ネズミにはお見通しなんですよ。あんたが思っているよりもネズミにはお見通しなんですよ。」
3週間前スパゲッティを食べたでしょうと言われても、そんな事いちいち覚えていない。
僕はそんなにマメじゃないのだ。そんな事よりもこのネズミは何がしたいんだ?ますます訳が分からない。
「へへへ。ネズミにもいろんな種類がいてねえ。あっしのようなネズミは街ネズミって言われてるんですよ。他にもビルネズミや村ネズミや宇宙ネズミもいるんですよ。ええ。あっしは街ネズミの幹部なんですよ。あんたは知らないと思うけどあっしは街ネズミの幹部なんですよ」
 気味が悪い。なんで僕は今、こいつに街ネズミがどうたらこうたら説明されなきゃいけないんだ。
「ちょっと、帰ってくれないか。俺は今日とても眠いんだ」僕は気だるそうに言う。
「へへへ。あんた眠たいのかい?へへへ。あんた眠たいのかい?」
「眠たいねん。ほんまに眠たいから。」
「へへへ。あっしの目をごまかそうたっていけませんぜ。あんた宇宙ネズミのスパイだろ」
僕は理解できなかった。何故突然現れたネズミにスパイ扱いされるのかが。
「何言ってる?」
「あっしには分かるんです。あっしには分かるんです」
 そう言いながらネズミは自分の耳を探り始めた。
ネズミは耳から自分の身長の二倍はあるであろう日本刀を取り出す。
「えっ何?」
「ファッキンジャップ」ネズミは最後にヘヘヘと笑った。
 そう言ってネズミは僕の体を横に切った。体が焼けるような痛さだった。傷口から血が吹き出る。
 自分のからだが突然軽くなったような気持ちの悪い感触に見舞われる。
 僕の体は真っ二つになったのだ。
 僕は自分のからだから血が吹き出る音を聞きながら死んでしまった。



2、内蔵

 僕が目を開け辺りを見渡すと、そこは全く知らない場所であった。
 その場所は家でもなければ会社でもない、手術室のような場所であった。
 僕はそこのベッドのような場所で寝ていた。
 寝ていた。僕の三日ぶりの睡眠であった。しかし寝心地は悪かった。
 僕はとりあえず起きあがろうとした。しかし体は動かない。
 何?と思って体を見ると、僕の体は上半身と下半身に分けられた状態のままでベットに寝転がっていたのである。いや違う。拘束されていたのである。
 僕の体はベッドに括り付けられていて全く動く事ができなかった。
 その時一つの事が頭をよぎった。
 なんで体が半分に別れたのに生きているのか。それどころか、体と体が離れているのに何故か下半身も動かせる事ができるのだ。
 親指を回せと言えば回す事ができる。
 小指を回せと言えば回す事ができる。
 実際にできるのだ。
「へへへ。気がついたようですな」突然右側から声が聞こえた。
 僕は声のした方へ顔を向ける。(と言っても拘束されているのでまともに向ける事はできないが)
 そこには視界ギリギリにあの身長120センチのねずみが立っていたのであった。
「へへへ。宇宙ネズミのスパイさんにはちょっとしたお仕置きをせねばならんようですな」
 ネズミはバカにしたような口調で言う。
 てかそもそも宇宙ネズミって何?
「へへへ。おめえさん何故こんな目に遭ってるか分かるか?へへへ。宇宙ネズミのスパイに何を言っても無駄か。へへへ」
 色々な疑問が頭に出てくる。
 宇宙ネズミって?スパイって?お仕置きって?
「おめえさん。これが見えるか?」ネズミは耳から小さな画鋲のようなものを取り出す。
 画鋲のような物は針の回りに足のような何かがワシャワシャと気持ち悪く動いている。
「へへへ。ちょっとばかり痛いかもな。へへへ。ちょっとばかり痛いかもな」
 そう言ってネズミは僕の上半身の切れているところ―つまり内蔵に手を突っこむ。
 内蔵が焼けるような感覚が僕を襲う。
 僕は痛みから逃げるように叫ぶ。
 「へへへ。あんたの内蔵あったけえな。へへへ」
 僕は痛みから気をそらすため天井を見る。
 天井には大きな眼球が浮いていた。
 眼球はマンガのようにふわふわと漂っているのではなく、まるでビデオの一時停止ボタンを押して静止さしたような。つまり漂っているのではなく静止しているのであった。
 その眼球は僕の顔をずっと見ている。
まるでそこだけ空間が違うかのように。
 突然、体にガラスの割れたかのような痛みが走る(正確には内蔵)。
 僕はまた叫んだ。
 体が痛い。
 何でこんな目に遭っている?ただ家でぼんやりとニュースを見ていただけじゃないのか?僕はそう自問自答する。
 「へへへ。痛とうござんすか。へへへ」
 ネズミは僕をからかうかのようにそう言う。
 僕はこのクソネズミ野郎と言うが疲れてしまって声が出ない。
 ネズミの手は僕の内蔵に出し入れ出し入れする。
 ネズミはその間ずっと鼻歌を歌っている。
 確か映画でこんなシーンがあったような。
 その映画では男が鼻歌を歌いながら女をレイプするんだっけな。
 ネズミは突然僕の内蔵を掴む。
 僕はまたあまりの痛さに叫ぶ。
「へへへ。今この状況から逃げようたっていけませんぜ。へへへ。今この状況から逃げようたっていけませんぜ」
 ネズミは内蔵を掴む力をさらに強くする。
 僕はあまりの痛さに声すら出なくなる。
 「へへへ。へへへ。へへへ」
 ネズミの声が遠くに聞こえる。
 「へへへ。へへへ。へへへ」
 ネズミの声はどんどん遠くなっていく。
 次第に聞こえなくなっていく。
 聞こえなくなっていく。 


そして僕はまた夢の中へ入っていく。




第2章

1、目覚め
 
 

 人は目を覚ます時どこから起きるのだろう。
 美和子さんとつきあい始めた頃、僕は話題に困ってそう言った。
 美和子さんは「脳じゃない?」と言った。
 僕は「じゃあ脳の次は?」と聞いた。
 美和子さんは少し考えてそれからこう答えた。
「たぶん耳だと思う」
 その発言はたぶん正解だと思う。
 
 その日の夢は、ネズミが出てきて僕の体を切りそして内蔵に手を突っこむというものだった。
 そして僕は内蔵をつかまれた瞬間、痛みに耐えかねて僕は夢から目を覚ました。
 
 僕はベッドの上で天井を見ながらああこれは夢なんだなと思った。
 美和子さんはその側でずっと寝ていた。

 
 僕と美和子さんは結婚している。
 僕は会社員で、美和子さんは学校の教師だ。
 僕らの出会いはまだ美和子さんがコンビニでアルバイトしていた頃、僕も同じコンビニで働いていたのが始まりだった。
 それから話すのがめんどくさいから省くけど普通のカップルと同じような感じで暮らしてきて、結婚して、今に至る。
 僕らは今、ほどほどな大きさの部屋があるマンション(家賃もほどほど)で暮らしている。
 お金もないけどとりあえず幸せだった。

 
 僕は不眠症になった。
 何故なったかは分からない、去年の夏ぐらいから不定期ながらなるのであった。
 不眠症になると、世界が遠くに感じる。時間の流れが不安定になる。自分が分からなくなる。涙もろくなる。そしてぼんやりする。
「治るわよ。それまでの間、睡眠薬とか貰うしかないんじゃない?」
 美和子さんは朝の満員電車の中で眠たそうにそう言った。
 と言うわけで、僕の生活に睡眠薬は必需品となった。

 その日の朝、僕は久々に見た夢を美和子さんに話した。
 「何なのその街ネズミってのは?」
 美和子さんは髪を整えながら僕に聞いた。
 「さあ、わかんねえ」
 僕はネクタイを締めながら答える。
 僕はその日の朝、ゆっくりと腹を触った。
 もしかしたら本当に切れているのじゃないのかと思ったからだ。
 それほどリアルな夢だった。
「そう言えば私も今日変な夢見た」
「どんなの?」
「ドーナツが二つテーブルの上に置いてあるの、私は二つのうちどっちか食べようとするんだけど突然、ドーナツの穴を埋めなければと思うの。」
「何で?」
「さあ?とりあえず埋めなきゃと思ってミルクを持ってくるんだけどミルクじゃ埋まらないの。私は何度もミルクを穴に入れて埋めなきゃと思うんだけど全然埋まらないの。私はそれで酷く落胆して泣いてしまうの。」
「変な夢」
「うん」
 
 僕らは仕事に出かけた。

 僕らは同じ電車に乗った。
 何故かというと途中まで行き先が同じだからだ。
 そこで僕らはいつも話し合う。
 今日の議論のテーマは僕の見た夢と美和子さんの見た夢についてだった。
 
「―で、あなたは街ネズミの幹部に殺されそうになったのね」
「まあ。そんなかんじ。」
「でも何でネズミなの?後、街ネズミって?」
 こっちが聞きたいくらいだよ。

 美和子さんは途中の駅で降り、僕はそのまま一人になった。
 僕は一人になったので今日見た夢について考える事にした。
 しかしアレはホントにリアルな夢だった。
 ホントに痛かった。
 僕は窓から外を見ながらそう考えていた。
 
 
 会社に着き、僕は仕事を始める。
 寝たおかげなのか今日はいつも以上に仕事がはかどった。
「おい、これコピーしておけ」
 僕は部長に言われる。まず部長がどんな人かを見分けるのには服装をチェックした方が良い。
 今日のネクタイは高級ブランド店で買った物。
 今日の靴は革でこれまた高級ブランド店で買った物。
 今日のシャツはユニクロで買った物。
 部長は見栄っ張りだ。
 そして僕は部長のイジメの相手になっている。
 
 僕は煙草を吸いながら、今日の夢を武田に話した。
 武田は一年下だがよく仕事もできたぶんこれから出世していくんだろうなと思う男だ。
「たぶん疲れてるンスよ。先輩そういや不眠症は?」
「ちょっと治った」
「よかったじゃないッすか。先輩」
「どうした。今日は機嫌いいけど」
「実は彼女できたんすよ」
「へえ」
「いや。めっちゃ可愛いスよ」
 そう言いながら、武田は携帯をポケットから取り出す。
「これこれ」
 携帯の画面には武田と武田の彼女が映っていた。
 武田の彼女はお世辞にも可愛いと言えるタイプの顔では無かった。
 僕は言葉に困った。
「先輩?どうスか」
「うん」
「うんじゃないッすよ」
「うん」
「うんじゃないッすよ」
「あ。そう言えば俺まだメシ喰ってなかった」
「話かえないで下さい」
「だって俺まだメシ喰ってねえんだぜ」
「だから話かえないでください」
 そうこうしているうちに昼休みは終わった。
 僕は結局ご飯を食べる事ができなかった。

 僕は昼からも仕事を始めた。
 部長はずっとパソコンでエロサイトを見ている。
 この野郎。はやく仕事しやがれ。

 僕は仕事を終わらせ、そのまま帰ろうとした。
 部長が僕を呼んでいる。
 内容は仕事中ぼんやりしすぎ何じゃないのか?と言う事だった。
 僕は部長に不眠症だという事を打ち明けていない。
 打ち明けたら面倒になるのは分かっているからだ。
 僕は適当にはぐらかした。
「もしまたぼんやりしてたらクビだからな」
 この野郎、エロサイト見てた事ばらすぞ。
  
 僕はそれから電車に乗り家へ帰った。
 家ではもう美和子さんが晩ご飯を作っていた。
 今日の晩ご飯はうな重だった。
「スーパーで安かったの。700円ぐらい?」
「安いなあ」
 僕らは食べている間は何もしゃべらない。
 食べる事に夢中だからだ。
 今日のうな重はとても美味しかった。
「メガネどうした?」僕は優しい口調で言った。
 彼女はいつもめがねをかけているのだが、今はかけていない。
「近いもんは見えるから」
「そう」


 その日美和子さんとした後、美和子さんは僕に向かってこういった。
「ねえ。私がいなくなったら。あなたは私を探す?」
「なんで?」
「良いから答えて」
「探すと思う。」
「ありがとう」
 彼女は僕の上に乗る。
 
 行為が全て終わった後、彼女の言葉を思い返した。
 たぶん僕は彼女を捜すだろう。
 僕はそんな事を思いながら寝てしまった。


2 病気

 ピピピと小さく体温計の電子音が鳴った。
 僕は体温計をのぞき込むと軽くため息をついた。
 美和子さんがどうだったと聞きながらカーテンを開ける。朝日が家に差し込む。腕で朝日を遮りながら39度だったと言った。
 美和子さんは本当?と戸惑った表情をしながら僕に近づいた。美和子さんは自分の手のひらを僕のおでこに付ける。
 そして手のひらを僕のおでこから話すと戸惑ったような表情を見せた。
「どうするの?今日会社休む?」彼女は家の中を言ったり来たりしながらそう言った。
「そうする。頭がぼんやりする」今日は朝から頭がぼんやりするのだ。たぶんこのままだとちょっと歩いただけで吐いてしまうだろう。
「分かったわ。じゃあ今日は一日中寝とき。…氷枕やったら冷蔵庫の中にあるで」
 美和子さんは服を着替えながらそう言った。
 僕はああと一言言ってそのままベッドへ向かった。そしてベッドに入り横になる。
「じゃあ行ってくるからな」
 うん。僕はボソッと言う。じゃあねーと彼女の明るい声が聞こえドアを開くキィと鳴る音が聞こえバタンとドアが閉まった。
 僕はそれから薄汚れた天井を見つめ、そしてそのまま現実かどうか分からないようなくらいぼんやりとしてそれから夢の中に入っていった。




 ネズミがこちらを見て笑う。
「あんた宇宙ネズミのスパイだろ」


 僕が目をさました時、僕は毛布を力一杯掴んでいた。
 どうやら悪夢を見ていたようであった。
 悪夢はまたいつものネズミの夢だった。
 僕は起きあがる。体はまだ熱っぽく、足下がおぼつかない。一歩歩けばふらふらし、吐きそうになる。
 僕は体温計を取りにリビングに向かう。一歩歩けばふらふらし、吐きそうになる。
 リビングは電気がついたまんまだった。
 体温計はテーブルにあった。テーブルには僕の朝ご飯がまだ残っていた。僕は体温計のスウィッチを入れ脇に挟む。
 その間、窓の外を見る。外はもう暗くなっている。続けて自分の視線を壁に掛けている時計に移す。
 時計の針は8時22分を指している。
 僕はもう一度時計を見た。
 時計の針は8時22分を指している。
 もうこの時間なら美和子さんは帰ってきているのに。僕はそう思った。
 ピピピと体温計の電子音が小さくなった。
 38度だった。ちょっと下がったな。僕は心の中で小さく呟いた。しかしそれでも体はだるく、一歩歩けばふらふらし、吐きそうになる。
 僕はたぶん今日は飲み会なんやなと思い、またベッドに向かった。
 ベッドは僕のかいた汗でぐっしょりとなっていたが気にせず寝る事にした。
 僕はベッドに入るとすぐに寝てしまった。
 明日になれば風邪も治るであろう。
 風邪も治るだろう。
 風邪も
 風邪

 
 そしてまた僕は夢の中へ入っていく。
 

第V章
 
 
 

 夢と現実の境目から声が聞こえてくる。
「へへへ。」
 この声はあのネズミの声か?
「へへへ。おきな―」
 所々、途切れて聞こえる。
「へへへ。起きなせえ。へへへ。起きなせえ。」
 突然、僕の頬に衝撃と痛みが伝わる。
「宇宙ネズミのスパイさん。ヘヘヘ。あんた寝てたらすむとおもってんじゃねえぞ。へへへ」
 僕は夢から現実に引き戻されそして目を開ける。
 目を開け周りを見渡すと僕はビルの屋上にいた。
 ビルの屋上だと思ったのは直感と風だ。
 強い風が吹いている。強い風はそこら中に風と音をまき散らす。
 自分の右耳に声が聞こえる。
「へへへ。一回死んでみようぜ。へへへ。一回死んでみようぜ」
 ネズミの声が聞こえる。ネズミの声はどこか嬉しそうであった。
 僕はネズミの顔を見ようとする。しかし、何故か頭が動かない。
 「へへへ。おめえさんサーカスって知ってるか?へへへ。おめえさんサーカスって知ってるか。」
 ネズミの声が徐々に僕の正面に移動していく。声とぺたぺたと耳にまとわりつくような足音も聞こえる。
 そしてネズミの姿が僕の眼球に映る。
 しかしネズミの姿は見えない。その代わり、シルエットだけは見える。
 ネズミは突然空を見上げながらテノールボイスで叫んだ。その声は生理的に嫌悪感を持つような声だった。
 ネズミはまだ叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
 そして突然、空から第一次世界大戦で使われたような大砲が落ちてくる。そして大砲が地面に衝突した瞬間、何故かコンクリートは柔らかくなり、クッションのようになった。
 ネズミは僕を指さした。
 「へへへ。そこのスパイさんは今から死ぬんだ。へへへ。」
 その声を聞いた瞬間。全ての物が止まったような感覚が僕を襲った。止まったというのは時間の事だ。
 突然、時間が動き出した。
 何故か僕の体は大砲の中に入っていた。大砲の中はひんやりとしていたがその中にいると精神を蝕まれそうな奇妙な不快感はあった。僕は抜け出そうとするが、あまりにも狭すぎて無理だった。
 ネズミが突然三大テノールのような声で叫ぶ。その声はまた生理的に嫌な物であった。
 3。ネズミが叫ぶ。
 2。ネズミが叫ぶ。ネズミの声にノイズのような物が混じる。そのノイズは徐々に声を小さくしていく。
 1。ネズミが叫ぶ。完全にノイズの方が上回る。
 ファッキン。ネズミは冷たく言い放つ。
 突然。どんと全身に衝撃が入る。その衝撃は骨など体の至ると子をしびれさせたり麻痺させたりする。
 耳がきーんと音が鳴り、潰れたような錯覚が僕を襲う。
 そして僕の体は大砲から打ち出されていく。
 僕の体はどんどん高度を上げ、高層ビルの間をすり抜けていく。
 僕の今いる高さは高層ビルの70階部分です。
しかし一回上げられたもんは落ちていくもんだ。
 僕の体は高度を上げるのを止め、降下を開始する。
 僕の体は徐々にスピードを上げ落ちていく。
 僕の今いる高さは高層ビルの50階部分です
不思議な感覚だった。僕の体は360度ぐるぐると回る。地上が見えたと思えば、青空と太陽が見える。地上が見えたかと思えば、青空と太陽が見える。
 僕はその時、人生で生まれてはじめてスカイダイビングをした。
 なかなか良いもんだなと思った。
 僕の今いる高さはビルの30階部分です。
しかし、僕の体にも異変が生じ始める。
 突然、僕の体が裂け始めたのだ。とろけるチーズのCMのように。体の皮膚が裂けていくのを僕は初めて感じた。
 あんまり痛みは感じなかった。それよりも何故裂け始めたか疑問であった。
 僕の今いる高さは高層ビルの20階部分です。
 思い出した。僕の胴体は一度二つに分けられたんだ。
 ついに僕の体は二つに分かれる。
 高層ビルの10階部分です。
 僕の下半身は空に上昇する。まるで風船のようにふわふわふわふわ上がっていく。
高層ビルの5階部分です。
 一方僕の上半身は内蔵をぽろぽろこぼしながら降下していく。
 地上が近づく。段々近づいていく。
 車が見え、人が見え、地面のマンホールが見える。
 そして体は叩きつけられる。残っている部分が全部潰れた。トマトのようだった。
 僕はその瞬間、うあと大声を上げながら夢から覚めた。
 
 第4章

消失

 僕はまた必死に毛布を掴んでいた。パジャマは汗びっしょりになっていて、その汗はベッドのシーツまで湿らせていた。
 僕は荒くなっていた息を段々落ち着けると、一度深呼吸をした。
 夢だ。体は繋がっている。内蔵はこぼれていない。
 僕は腹を触りながら心の中でそう言った。
 腹はちゃんと繋がっています。
 腹はちゃんと繋がっています。
 僕は毛布をもう一度掴んだ、寝室は真っ暗であった。 
 あれ?今何時だ?僕はそう思い、時計を見にリビングに向かった。
リビングは静寂の世界であった。正確には時計の針の音と冷蔵庫のコンプレッサーの音が響き渡る奇妙な音の世界になっていたが。
 僕は手探りで壁にある電気のスウィッチを押すと、六つある電球のうちの二つほどの電球が切れた状態で電気がついた。
 その瞬間、明かりが僕の目に突き刺さった。明かりは容赦なく僕に襲いかかる。
 僕は目が痛むのを我慢しながら壁に掛けてある時計を見た。
 8時22分。
 僕はもう一度、時計を見た。
 8時22分。
 僕はベランダの方へ目をやった。
 ベランダはリビングの奥にあり、一枚のガラス戸で仕切られている。そして今はそのガラス戸に加えて灰色のカーテンも付いていた。
 灰色のカーテンはきっちり閉まっていた。僕はカーテンのところまで行って勢いよくカーテンを開ける。
 外は真っ暗だった。
 夜。
 排ガスで星空は隠れてしまっている。
 俺は一日寝てしまった?いやそれはいくら自分でも寝過ぎだろう。
 ここで僕はとある事に気が付いた。
 美和子さんがいない。
 まだ仕事なのか?
 僕はここ最近、美和子さんの姿を見ていないような気がする。
 とにかく僕はまず、体温計で今の自分の体温を測る事にした。
 僕が体温計をはかっている間、両手は開いている。だから、美和子さんに電話する事にした。僕は自分の携帯電話を取りだし、彼女の電話にかける。
 僕はボタンを押す。
 すると、スピーカーから音声が流れる。彼女の声じゃなかった。
 声は無機質なロボットのような声であった。
 「タダイマコノデンワバンゴウハツカワレテオリマセン」
 僕は電話を切った。そしてもう一度、彼女に電話をかけた。
 またもや、無機質なロボットのような声がスピーカーから流れる。
 「タダイマコノデンワバンゴウハツカワレテオリマセン」
 僕は電話を切った。 
 彼女の電話番号が通じない?そんなバカな。きっと何かの手違いである。僕はそう思いもう一度電話をかけた。
 しかし流れてくる音声は無機質のロボット声だった。
 「タダイマコノデンワバンゴウハツカワレテオリマセン」
 僕は体温を測り終えたのも気が付かなかった。
 熱はなかった。
 
 僕はとにかくこの異常事態を考える必要があった。彼女がいない。家出?家出だとしても思いつく理由が見あたらない。二つ目。誘拐である。誘拐の可能性は極めて高い(電話が通じないところとかだ)。しかし電話が通じないにしても普通なら呼び出し程度であろう。それが何故、電話番号が使われていませんレベルまで行くのであろうか。とにかく、彼女がどうして消えたのかは分からない、しかし一つだけハッキリしている事がある。それは彼女が今ここにいない事だ。 
 僕はひらめいた、彼女の職場に電話すればいいじゃないか。僕は早速電話をかける事にした。
 ぷるるるるるる。呼び出し音が鳴る。ぷるるるるるる。呼び出し音が鳴る。僕は呼び出し音が大嫌いだ。この待っているという感覚が嫌いなのだ。電話するのに待ちたくないのだ。しかし8時台だが人はいるのだろうか。もしかしたら校務員さんだけかもしれない。
 ギャチャと音が鳴り、スピーカーから声がする。
「はい。桃山市立小学校です」声は太い。どうやら男のようだ。
「あのこちら井上美和子の妻ですけどもあのー今日、そちらに出勤していますか?」
「どうされたんですか?」
「いや、帰ってきていないんですよ。家に」
「いや井上美和子さんなら昨日も今日も無断欠勤をしていますが…」
 僕は驚きを隠せなかった。何故、昨日も今日も出勤していないというのだ、今日は一度も姿を見ていないけど、昨日は姿を見た。昨日はあんなに行ってくるって言ってたのに。
 何故?
「ああ。そうですか。ありがとう御座います」
 そう言って僕は電話を切った。
 彼女がいない。
 昨日、今日出勤していない。
 僕は玄関に行き、今日の新聞がまだ新聞受けに届いているかどうかを見た。新聞は案の定、まだ新聞受けに入ったままであった。
 彼女は新聞を読むのが趣味なのに?
 僕は訳が分からなくなった。家にいない。電話が通じない。学校に出勤していない。そして、家に一度も帰っていないかもしれないという事だ。
 訳が分からなくなってきた。
 僕は考え込んだ。しかし考え込んでいると腹が空いてきた。僕は冷蔵庫に何かないかと思い冷蔵庫の扉を開けた。
 冷蔵庫特有のブーンと言う音が鳴る。コンプレッサー。
 僕は中を漁っていると、コロッケと漬け物の間に封筒がが一つ入っていた。
 僕はとりあえずコロッケを取りだして、電子レンジに入れた。そして暖め終えるまでの間に僕は封筒を開け、その中身を読んだ。
 封筒の中にはバタフライナイフと紙切れと小さなカギが入っていた。カギは頭の方が丸くて先に黄色い名前入れが付いている。そこには井上美和子と書いてあった。
 これは学校のカギかな。とりあえず、明日行ってみよう。バタフライナイフは何故あるのかが分からなかった。そして紙切れには「逃げるな。戦え。バタフライナイフを使え。カギはロッカーのカギだ。見つかるな。家に来るのが本物だ。あいつらを殺せ。腹を切れ」と書いてあった。文字は彼女の文字ではなかった。文字は荒っぽく読みづらかった。
 そして何より何故こんな物が入っているかである。僕は封筒に入っていた三つのもの全てを入れた。そしてコロッケを食べながら。彼女が何処へ行ったか考えた。
 

 僕はその日、また不眠症になった。そして、全ての事が始まった


第五章 痕跡 前編。

 「朝を迎えました。朝日が世界を照らしています。今日も一日頑張りましょう。では一曲お送りいたします。曲はマリリン・マンソンでロック・イズ・デッド」NHKのアナウンサーは静かにマリリン・マンソンのロック・イズ・デッドを紹介した。そしてラジオのスピーカーからはマリリン・マンソンのロック・イズ・デッドが流れ出してきたのだ。その曲は朝に似合わなく、そして前後のアナウンスとも繋がっていなかった。純度百パーセントのハードロックだったわけだ。
 僕は時計を見る。朝の7時を迎えている。彼女が消えてから僕は結局一睡もできなかった。僕は一晩中、冷蔵庫の中に入っていた封筒を見つめながら、コロッケを食べていた。端から見れば僕は変かもしれない。妻が失踪してしまったのに心配そうにしない夫など。僕は昔からそうであった。何事にも一歩離れた感じで見ていたのだ。もちろん今回の事はとても不安だ。しかし、じたばたしても彼女は帰ってくるわけではないのだ。僕にできる事を考えるのだ。そして僕は一晩中、封筒とコロッケを食べながら考えていたのであった。
 僕はとりあえず、彼女の痕跡を調べる事にした。もちろん警察にも言う、しかしまだ失踪2日目である。ちょっとした自分探しかもしれない(そんな事はあり得ないと思うが)とにかく色々騒ぐのは後である。とにかく地味でもよいから彼女の痕跡を調べるのである。
 10時になった。僕は今日も会社を休む。もしかしたらリストラされるかもしれない、その時はその時だ。リストラされたらされたでいい。そんな事よりもとにかく彼女の方が心配だ。
 僕はとりあえず、彼女の実家の方に電話をかけてみた。
 プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。
 呼び出し音が鳴る。
 プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。
 呼び出し音が鳴る。
 ガチャとグチャが混ざったような音が鳴り、受話器のスピーカー部分から声が流れてくる。
「はい、市川です。」女の声。美和子さんのお母さんだ。
「あの。トモキですが。」
「あ〜トモキさん。どうしたんですか?」
「あのそちらに美和子さんはおりませんか?」
「美和子?…いませんけど?どうしたんですか?」
「あのー。失踪したんです。美和子さんが」
 この後の事はよく覚えていない。突然、自分の耳が痛くなった。耳の痛みはすぐさま頭に達し、僕は頭を抱えた。美和子さんのお母さんは明らかに先程と違う口調で僕に喋りはじめた。口調ではない。声色だ。女の声から男の声になったようだったのだ。
 僕はその後、頭痛に耐えかねて倒れた。そして倒れる前に聞こえてきた言葉が二つある。
 「ネズミは後ろにいるか?」と「腹を切れ、今すぐ」だ。
 




 真っ白。
 何もない。
 真っ白。
 何もない。
そこには何もなかった。ただただ真っ白な世界が広がっているだけだった。僕は気が付くとここにいたのであった。ここは何処だ?そう思っていても、答えを導き出せる物は何も無し。僕は360度ぐるぐる回りながら何処なんだと思っていた。
「気が付いた?」
 突然、女の声がした。その声は、冷たかった。
 僕は声をした方に顔を向けた。そこにはピンク色のブラウスを着た20代前半の女の子が立っていた。彼女は長い黒髪を時折くるくると触っていた。
「誰だ?」
 僕は彼女に言った。
「とにかく、私が話している間は話しかけないでね」
 彼女の声を聞いていると心臓に直接氷水をかけられたような気分になる。彼女は抑揚のない喋りで僕に喋りかける。
「あのね。私の言う言葉を覚えておいてね、いい?」
 僕は何の事はさっぱり分からなかったがとにかく頷く事にした。
「君は、今捜し物をしているの?」
 彼女は僕に向かっていった。
「妻を捜している。」
「その奥さん」
 彼女派そこで一旦喋るのを止めた。そして次にこう言った。
「奥さん、ネズミに連れ去られたから当分帰ってこないよ」
 僕は彼女の言葉に驚きを隠せなかった。何故この女はネズミについて知っているのだろうか。
「何故、ネズミの事を?」
彼女は僕の質問には答えず続けて、喋りはじめた。
「君、絶対にドアを開けない方がいいよ。」
「何だって?」
 何故、この女は僕しか知り得ない情報を知っているのだろうか。
彼女ははさみを取りだし、僕に向けてちょきちょきした。
「もし開けたら、死んじゃうよ?それとも今死にたい?」
 彼女ははさみをチョキチョキとさせながら冷たく僕に言った。
「まだ。死にたくない」
「…そう。これで、君は今死なずにすんだの」
「……」 
 僕はつい黙ってしまった。訳が分からないのだ。まずこの空間から意味が不明であった。何故、僕はここにいる。家で電話をしていただけじゃないか。
「そうだ、今から、凄い事が起きるよ。見たい?」
 彼女は長い黒髪を触りながら言った。そして、何もない場所を指さした。
 そこから、大きな白黒テレビが突然現れた。
「今から、凄い事が起こるよ。」
 テレビは映像を映す。映像は、どうやら飛行機の中を映していた。しかし様子が変であった。皆が叫んでいるのだ。皆、凄い顔になっている、泣き叫んでいる顔。天井からは酸素マスクが垂れ下がっている。時折、アナウンスがなっているが誰も聞いていない。
「この飛行機、落ちるんだよ。」彼女は楽しそうに言った。
 テレビのチャンネルが変わり飛行機を遠くから撮している映像になった。
 手ぶれで荒いが、飛行機がどんどん高度を落としているのはハッキリと分かる。
 飛行機は高層ビルに突っこもうとしている。
「君が生きた分、この人たちが死ぬんだよ」
 高層ビルに飛行機が突っこんだ。音は無く、映画のようだった。
「何で。こんな物俺に見せたんだ!」
 僕は彼女の肩を掴んで言った。
 彼女はそれでもいつもと変わらないしゃべり方で僕に話しかける。
「今日から街ネズミと宇宙ネズミで戦争が起きるよ。テロは街ネズミのせい。街ネズミ。宇宙ネズミ。街ネズミ。宇宙ネズミ」
 彼女はクスクス笑いながら街ネズミ、宇宙ネズミと言い続けた。
 テロ?なんだよそれ。戦争?何なんだ?一体これは何?
「宇宙ネズミって何なんだよそれ?何?それは何?」
 僕は彼女に向かっていった。
「もう時間」彼女は唇の前に人差し指を置き、お静かにと言った。
 すると突然、彼女は大きな声で叫びはじめた。
「溢れる。溢れちゃう。マヨネーズが溢れちゃう。マヨネーズが。マヨネーズが。溢れる。マヨネーズが」
 彼女はぐるぐる回りながら叫び続ける。
 僕の頭は急激に痛み出した。 
 そして僕はそのまま倒れ込んだ。
 床は妙にフカフカであった。


 3

 僕は目を覚ました。頭の後ろがまだズキズキとする。僕は髪の毛を触った。髪の毛は寝癖で空に向かって撥ねている。妙に体が痛い。僕はその場に座り込んだ。
 僕はさっき見ていたのは何だったんだと思った。夢?それにしてはやけにリアルだった。あのフカフカ感がまだ体に残っている。気持ちの悪いほどのフカフカ。マシュマロのようだった。まだ、体にフカフカとした物が残っている。でも、僕はずっと、ここで倒れていたはずだ。夢?そう言えば、前にも水に浸かる夢を見た。そん時もこんな感じで体中に気持ちの悪い物が残っていた。それと同じだ。僕は辺りを見回した。僕はずっとカーペットの上で寝転がっていたせいか、顔に痕が出来ていて、それが痛い。窓から入る日は朱色。僕は時計を探す。壁に掛かっている時計は4時半を指していた。畜生。美和子さんの学校に行くの忘れてた。
電話の受話器が外れたままで、ブラブラと垂れ下がっていた。電話の受話器は夕陽に照らされて、赤くなっている。僕は受話器を元に戻した。
 頭が痛い。僕は頭痛薬を取りに、台所まで行った。
 頭痛薬はナショナル製の白色の冷蔵庫の3段目にあった。箱が冷やされて冷たくなっている。
 僕は箱を空け、カプセルを2粒取り、口の中に水と一緒に流し込む。ちょっとだけ冷たい。
 僕は飲み込んだあと、胸に手を当てる。水が流れていくのが手を通して分かる。
 頭痛が治るまで横にでもなっておこう。僕はそう思い、リビングの床にごろんと寝ころんだ。床はさっきの真っ白な空間に比べ固く寝心地は悪い。こんなに寝心地が悪かったかな。僕は天井をぼんやり見ながらそう考えた。まったくもって奇妙な気分であった。現実感がないのだ。美和子さんが失踪したのも、これまで起きた出来事全て。まだ、あの夢の方が現実のような気がする。
 『君が生きた分、この人たちが死ぬんだよ』ヒヤリと何か冷たい感触が耳に走った。さっきの言葉だ。アレは夢だ。アレは夢。フカフカした感触は現実にはなかったんだ。僕は自分に言い聞かせた。窓から夕日が差し込んでいる。夕方か。もし美和子さんの事を調べるんであれば、今行った方が良い。もうすぐで夜が来る。そろそろ、頭痛も治る頃だ。もうだいぶ、頭は軽くなった。美和子さんの学校へ行こう。
 僕は立ち上がる。そして、一度水を飲み、スーツに着替え(やっぱりこう人に頼む時はこういう正装をしなければと思ったからだ)家のカギとバイクのカギを取りその後バタフライナイフとロッカーのカギを取り、玄関に向かった。玄関は真っ暗で何も見えない。僕は明かりのスイッチをつける。明かりがつき、脱ぎ捨てられている僕の靴と美和子さんの靴が光に照らされる。そこに、失踪する前に美和子さんが履いていった靴はなかった。僕は適当に美和子さんの買ってきた茶色の紐靴を履く。靴は妙に温かく、気持ちが良かった。しかしその感覚が何故か苦しかった。改めて、美和子さんがいない事に気が付いたからだ。急に寂しくなる。この家には僕一人だけだ。そのうち、涙が出てきた。一粒。二粒。ポタポタ涙が落ちていく。頭では行かないといけない事は分かっている。でも、体が動かなかったのだ。涙は止まらない。美和子さん。美和子さん。僕の目の前にあるドアを開けて帰ってきてください。いつものように。コロッケを袋一杯に買ってきて。安かったからって言って。僕は座り込んだ。
「あーカッコわりぃ…」そう呟いた。自分でもびっくりしたが声はもの凄くかすれていた。
 僕は涙をスーツの袖で拭う。
 僕はポケットから、煙草を一つ取り、何処かのレストランのマッチで火をつけた。
 煙草をくわえる。外に出よう。
 僕はカギを回し、カギを開ける。ドアノブを回す。
 白色のドアがゆっくり開き、ゆっくりと光が入ってくる。
 僕はドアを閉め、カギをかける後。もう一度だけ涙を拭った。

 第6章

 
2005/09/03(Sat)15:53:07 公開 / トロサーモン
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■作者からのメッセージ
久々にまた更新。忙しくて更新できない。今回は試行錯誤の回です。一つ目の山場が終わり一段落の辺りです。今回はスーパーカーのYES、TRIPSKY、ストロボライツ、ストーリーライター、ユメギワラストボーイ。くるりの惑星づくり、マッド・カプセル・マーケッツのMIDISURF。ミッシェル・ガン・エレファントのガール・フレンド。エリックサティ。などなどの曲で出来ました。こうしてみると今月はスーパーカー月刊かもしれません。スーパーカーは個人的にもの凄く好きなバンドです。解散しましたが…。もし聞いていない人がいれば聞いてください。
今回の話はちょっと地味かもしれませんが(この話自体地味かもしれませんが…)皆さん、離れないでください。
もし良ければ感想をお書きくださいませ。
でわ、最近ますます、音楽を聴いていたらもの凄く泣きそうになったトロサーモンでした。

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