- 『イエロー*POOPU 【完結】』 作者:黒アゲハ / 未分類 未分類
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全角12673.5文字
容量25347 bytes
原稿用紙約46.3枚
T
綺麗なんて言葉、私は信じない。
私は決してブサイクなんてわけじゃないって信じてる。
ただ、普通なだけ。
周りから言われる言葉はいつも決まって”頑張れば、それなりに綺麗になる”。
別に頑張ろうなんて思ってないし、第一綺麗になってみようと思えば思うほど、失敗へと繋がってしまう。
なら、最初からこのままでいい。
この普通の顔で一生、そのまま生きていく。
これが私の理想。
きっと。
「理緒。今日喫茶店行こ?」
友達から誘われるのは、これで7回目ぐらいだと思う。
私はいつも断り続ける。
諦めが悪いったらありゃしない。
「ごめん。今日、委員長の仕事があるから」
そう言って、返事も待たず教室を出た。
廊下の窓から差し込む光はオレンジ。
今は夕方なんだと思うのに時間がかかった。
最近、私は時間を気にしなくなってきてる。
いつも同じ毎日の繰り返しなんだから、もうどうでも良いでしょう?
ただ過ぎていく時間なんて、存在しなくていい。
「…真面目ねぇ」
後ろから、突然かかった声。
「私かしら?」
私はスッと振り向く。
廊下の壁にもたれかかっている、女性。
窓に頭があるので、日差しのせいで顔はよく見えない。
でも多分、美人だと思う。
「そう、木差着理緒。あなたよ」
壁から背中を離し、私へと近づいてきた。
いつの間に居た?
私は廊下を真っ直ぐ歩いていた。
こんな女性が居ることを、見落とすはずがない。
「細かいことは気にしないで」
そう言って、私の両頬に手を当てた。
女性の顔は、やっぱり美しかった。
髪は金髪、服装は白の薄いポロシャツ、ズボンは紺のジーンズ。
その金髪のロングヘアーが、開いていた窓から入った風に揺れる。
私は少し見惚れた。
「…あなた、どうして努力しようとしないの?」
「何を?」
私がそう言うと、女性の細い眉が少し動いた。
濃い茶色の瞳に真っ直ぐ見つめられるが、私はどうもしなかった。
それは、この女性が美しかったから。
私は、どうもそんな人が気に入らない。
でも嫉妬なんかじゃないと思ってる。
だって、私は綺麗なんてどうでもいいのよ?
他人なんて、勝手に綺麗になって、勝手に有名になってよ。
その程度しか思ってなくて、今まで周りの美人をしっかりと見たことなんてない。
だけどこの女性は違う。
今まで見た中で一番凛として、覇気がある。
初めてこんな人を真っ直ぐ見た。
「分かってるはずよ?あなた、自分を綺麗にしようとしてない」
「…別に、私あなたみたいな美人さんになろうと思ったことはないわ」
勝手なこと言わないでほしい。
今会ったばかりの赤の他人に。
「私は大野美樹。あなたを綺麗にしに来たの」
「必要ないわ。悪いけど、他の人を当たってくれる?」
そう言ったとき、頬に痛みが走った。
この状態をすぐに理解出来なくて、私は少しよろけた。
頬にじんじんと残る痛みと、女性の怒ったような顔。
それで初めて、私はこの女性に頬を叩かれたということが分かった。
「何…するのよ」
私は女性…大野美樹を睨んだ。
大野美樹も私を睨む。
「嘘つきはいけないわ。あなた、無理してる」
「無理?何のことよ」
大野美樹はもう一度白く、華奢な腕を伸ばした。
その手で私の黒色の髪を優しくかきあげる。
大野美樹の瞳は、さっきとは違う優しい色だった。
「何を恐れるの?女性が綺麗になるのは、当然の権利じゃない」
何を恐れるの?
その言葉は、私の胸に刺さるように残った。
私が、恐れているのは?
何を失敗するのよ。
私は勝算のないことには出向かない主義。
初めから失敗すると思うことなんてしない。
じゃあ、私の勝算のないものは何?
「…本当は…綺麗になりたかった」
私の勝算がないって最初から分かっていたものは、『綺麗になること』。
こんなこと絶対に無理だと分かってた。
だから綺麗になる子が羨ましかった。
ただ自分の本当の気持ちにそむき続けた。
本当は、綺麗になりたいと思っていたのに。
もしも失敗して、今よりも下な顔になってしまったら、嫌だから。
「でも…失敗なんかしちゃったら、嫌…だから私……」
「分かったわ」
女性は、にこりと微笑んだ。
その顔は美しくて、初めて素直に美人だと思えた。
これが綺麗というものなんだと。
はっきり言って、この人はわけが分からない。
いつの間に居たのかも分からないし、さすがに児童の保護者で、この高校に来たんだとは思えない。
じゃあ一体何者?
だけど今は、そんな疑問は抑えなければいけない。
世の中、知らないことは多数あった方が楽しいでしょ?
そんなことを、誰かが言ってたような気がする。
「さあ、ついて来て」
私は素直についていく。
行き先は、どこだろう。
なるべく、人目のつかない場所がいい。
そこなら、もし失敗したって大丈夫だと思うから。
「大丈夫。私は失敗なんて犯さない。いつだって、完璧主義よ」
また笑った大野美樹は、やっぱり綺麗だった。
なのにその言葉は、嫌味なんて微塵も感じさせない。
この人が笑うと、私も自然と笑ってしまうんだと思う。
気がつけば私の口元が、緩んでいたから。
場所は、体育館倉庫だった。
周りに漂う匂いは、とてもいい匂いだとは思えない。
そこらにぐちゃぐちゃに置かれた、高飛びのハードルやバスケットボールをどけ、大野美樹はそこに一つのパイプの椅子を置いた。
「何をするの?」
「メイク。静かに目を閉じててね」
大野美樹は、後ろを向いて、どこかからか持ってきたカバンの中をごそごそと探っていた。
私は言われたので、そっと目を瞑る。
しばらくすると、まぶたに柔らかいものを感じた。
化粧なんてよく分からないから、唇にあたる少し堅いものや、頬に優しく触れるものも何か分からなかった。
「マスカラ、口紅なんて知ってるかしら?」
「名前ぐらいは…」
大野美樹は、そう と言ってから、再び黙った。
そういえば、大野美樹から会ってから、私の気が優しくなったと思う。
今まで誰も寄せ付けたくなかったのに、この人なら、いい。
さっき会ったばかりなのに、何故か信用できる人だった。
「…女性は…誰だって美しくなれる。それが、女性の多くの権利の一つ。よく覚えておいて?」
優しく言った。
大野美樹の時々喋る声が心地よくて、私はその場から全く動かなかった。
そして、大野美樹はしばらく間を空けてから話しかけた。
「目を、開けて?」
目を開けたら、どんな世界が待っているんだろう。
期待と、ちょっとした不安。
だけど少しの幸せが見えるかもしれない。
そして私は、目を開いた。
「・・・・ふわ・・・」
目の前に、大野美樹の置いた三枚鏡があった。
私の顔がそれに映り、私は自分の顔を見て驚く。
今まで、私は鏡を見ることさえ嫌だった。
自分の顔なんて、見てどうするのよ。
がっかりしてしまうぐらいなら、最初から…
「よく見て?これがあなたの顔。どう思うかしら」
どう思うかなんて、聞かないで。
あなただって分かっているでしょう?
私、今すごく綺麗だと思う。
自分でそんなことを思ったりするのはナルシストだっていうけれど、素直に自分は綺麗になれた。
少なくとも、今までの自分よりは。
瞳に乗せたアイラインはとても薄い紫、乾いていた唇は桜色。
頬にはほんのりと濃い肌色があって、多分それ以外はなんの工夫もしていない。
これだけで、人は綺麗になれるんだ?
なら、今まで私は何をしていたんだろう。
ちょっとの努力で、人は変われるんだ。
それを気づくのが、少し遅かった。
そしてそれを気づかせてくれたのが、目の前にいる女性、大野美樹ただ一人。
「…私…これからも綺麗になれるかな」
心配そうに私は言った。
でも、なんとなく大野美樹の言葉は予想できた。
そう言ってほしいという期待も混じりながら。
「当たり前よ。ただ、あなたの心がいつまで綺麗になれるのなら」
メイクは心も変えてくれて、心はメイクも変えてくれる
大野美樹はそういい残し、私に背を向けた。
「え…どこに行くの?」
大野美樹は答えなかった。
だけどそれは私の知らない場所なんだろう。
「内緒」
大野美樹は微笑んで、去っていった。
私はそれを止めず、小さくなっていく背をじっと見ていた。
「あ…ありがとう!!」
聞こえるはずもないその言葉は、むなしく倉庫に響いた。
そこにぐちゃぐちゃに転がっている高飛びのハードルもバスケットボールも、オイルのようなこの体育倉庫中に漂う匂いも
全てはそのままで、ただ取り残されたのは私。
大野美樹は、一体何者だったのだろう。
でもその疑問は、そっと胸の奥に閉じ込めた。
いつか知る時まで、待っていよう。
私の心も体も変えてくれたあの一人の美しい女性に、またお礼を言える日まで
自分から自分のことを教えてくれる、その日まで。
ひょっとしたら私、いつまでも待てるかもよ?
U
私の見た目って、どうなんだろう。
もしかして、すごい美人なのかな。自分じゃよく分かんないよ。
でも、私早く知らなきゃいけない。
だけど私だって、自慢はある。
自分の髪に自信がある。
茶色のショートカットで、自分で言うのもなんだけどさらさらしていて、結っても跡がつかないぐらい。
周りからも、何度も言われている。
私は、髪にだけ自信があった。
せっかちなわけじゃないんだけど、ちゃんとした「理由」がある。
皆には秘密にしてある、この想いが原因。
「穂菜は、好きな人居る?」
胸が一瞬高鳴った。
正直に「居るよ」なんて私が言うわけない。
ひっしに表情に出るまことを抑えて、私は焦りつつも言った。
「い、いないよっ」
信じてもらえないと思う。
私はすぐに表に出るタイプだから。
生まれつきで、仕方がない。
そんなところが可愛いとか言われたりもするけど、それはいくら私でも嬉しくない。
つっかえながら言った私を見て、友達はにやりと笑った。
「そっか。頑張れ」
やっぱり、バレたんだと思う。やっぱり私は駄目だな。
もう少し、自分を変えなきゃ。
そのためにはどうしたらいい?
見た目だけじゃ駄目っていうのは、女の勘ってやつで分かる。
別に私は性格は悪くないって思ってるから、あとは見た目だけ。
そうしたら、彼に告白出来るから。
自分の想いをぶつける勇気が、私には少しばかり足りない。
自分の見た目によって、諦めるか実行するか。
それだけで、私のこれからが大きく左右する。
廊下の窓から差し込む光はオレンジ。
今は放課後だけど、私は一人残っていた。
私の委員は、ポスターなどを廊下の壁に貼ったりする作業を行なう。
その残りを自分から引き受けた。
仕事なんかをするのは好き。
だけど今日は早く帰りたい。
早く自分を変えなきゃ。
「…わっ!?」
考え事をしながら曲がり角を曲がれば、お約束的なことが起こる。
誰かにぶつかって、私の持っていたポスターが中に舞った。
「ご、ごめんなさいっ!私ちょっと考え事を…」
「いや、ぶつかった俺も悪かった」
あれ?
この声が聞き覚えのある声で、私はその人を見上げた。
「あ……出雲先輩」
「え?」
先輩も私に気づいたのか、優しく笑いかけた。
ポスターをさっさと集めてくれている間、私の意識は飛びそうだった。
憧れの、先輩だから。
こんなことが起きるなんて夢にも思ってなかった。
大好きな先輩と話すことは久しぶり。
嬉しくて、でも緊張して私の鼓動が先輩に聞こえるんじゃないかとっても心配な時間だった。
「ふぅ…」
先輩と別れてから、私はさっきの出来事の驚きがまだおさまらなくて、教室の自分の席に座って休んでいた。
あの笑顔は、思わせぶり。
まるで私の気持ちに気づいているみたいだった。
ねぇ、ひょっとして私先輩に告白なんてしなくてもいいんじゃないかな?
「…そうだ…私、側にいるだけでいいから……」
人の気持ちは、簡単にかわるものだ。
今だって、そう。
私、先輩の側にいるだけで幸せ。
わざわざ告白なんてして、失敗したらもう先輩とはぎこちなくって、楽しくお話できないかもしれない。
今の状態でも十分話すことはできるし、もうこのままで…
あんなに、決心したはずだったのにな。
「本当に?」
その声は、私に耳に響いた。
誰か居る?
私以外の人なんて、誰もいないはずだったのに。
不安と不思議で振り向くと、教室の扉が開いている。
そしてその扉にもたれかかるように、一人の女性が立っていた。
「誰…?」
金髪のロングヘアー。
なんて派手なんだろうと思った。
なのに、この女性にはピッタリだ。
白の薄いポロシャツ、紺のジーンズ。
とても美しく、いわゆる美人な人だった。
今まで見た中で飛びぬけ綺麗なその人は、私へと近づいてきた。
「あ…あの、この学校の人ですか…?」
こんな先生居た?
まさか生徒ではないと思う。
年齢は20歳ぐらいで、瞳は濃い茶色の瞳は、しっかりと私を映しているように思える。
「私は大野美樹。飯田穂菜さんね?」
大野美樹
聞いたことのないその名前は、焼け跡のように私の胸に残った。
でも、この人は怪しい。
この学校に関係のない人だと思うし、どうして私の名前を知っているの?
「細かいことは、気にしないで?私、あなたを綺麗にしにきたの」
金髪のロングヘアーが、入ってきた風に揺れる。
その光景はとても美しく、夕日が女性の美しさをより引き立てているように見える。
「何で私…?」
私は椅子から立ち上がった。
カタンという音がして、それきり沈黙が流れる。
それでも女性は私をしっかりと見つめ、私は視線を逸らした。
「あなた、逃げてるでしょ」
私の胸が、高鳴った。
私は何からも逃げてない。
なのにどうして心当たりがあるようなもやもやした気持ちが膨らむの?
女性は私の前まで来ると、スッと腕を伸ばした。
女性の白く華奢な手は、私の髪に優しく触れた。
「こんなに綺麗な髪なのに…勿体無いわ」
私の髪?
私の髪は、自分の自慢だった。
そのことを言われると嬉しくて、つい顔がにやけてしまうのだが、今は違う。
いつの間にか不安は消えて、この女性への疑問だけが残った。
「あ…あなた、誰なの?」
私がそう言うと、女性は微笑んだ。
「私?私は大野美樹。あなたを綺麗にしに来たのよ」
綺麗?私が?
私を綺麗にしてくれるなら、こんなにいい話はない。
だけどそれはその時による。
そんなに簡単にこの女性を信じてるわけじゃないし、大体私を綺麗にしに来た理由が分からない。
「結構です…」
「無理しないで。あなたの本心なんて、手に取るように分かるんだから」
女性はそう言うと、私に優しく話しかけた。
「あなたはこんなに綺麗なのよ?あともう少しで、あなたの夢が実現するかもしれないのに。叶うことの目の前まで言って後戻りするなんていけない。最後まで行きましょう?」
女性の言葉は、何故か説得力があった。
そして私を席に座らせた。
自分の木造の椅子は少し堅い。
机は綺麗な茶色で、光を反射する。
女性は私の後ろに立った。
「じっとして、目を閉じて?」
ゆっくりと私は目を瞑った。
しばらくして、女性は私の髪に触れた。
それが心地よくて、私はこの感覚に溺れる…
溺れるというか、なんというか
表現の出来ない気持ちよさがしばらく続いた。
時には髪を縛るような感覚も走ったが、私は気にしなかった。
次に目を開けたとき、私は生まれ変わっているのかな。
もしもそうなら、先輩に告白しよう。
側にいるだけなんて、やっぱり出来ないや。
他の人にとられちゃうかもしれないから。
だからなるべく早めに告白しよう?
好きなんだから。我慢することなんてないから。
そのこと全てを教えてくれたのは、この女性----大野美樹さん。
もし私が綺麗になったなら、きっと私の心に一生残る女性だろう。
「目を、ゆっくり開けて」
何分たったのかは分からなかったけど、長い時間だったと思う。
私は女性に言われてから、目をゆっくりと開けた。
自分はどうなったのか
そんなことより、私は未来を見ていたのかもしれない。
「……えっ…?」
女性の持っている三枚鏡に映る自分。
少しパーマがかかった髪。
その髪を、後ろで上のほうに一つで縛ってある。
前のほうに残った髪も意味のあるように見える。
「これ…私……?」
メイクをしたわけじゃなくて、整形をしたわけじゃなくて
髪型一つでこんなに変わる
初めて知ることはレベルの高いものだった。
「さあ、立って。明日成功するといいわね」
「まっ…待ってっ!!」
背を向け去っていく女性に声をかけたけど、女性はとどまることなく歩いていった。
そして教室から出た。
いてもたってもいられなくなって、私も女性の後教室を出た。
そんなに経っていないはずなのに、女性は影もなかった。
まだ、お礼も言ってないのに。
「あ……ありがとうっ…」
私は小さくそう言った。
なんとなくその言葉は女性に届いたような気がして、私は笑った。
明日、私は先輩に会う。
そして、自分の気持ちを伝えよう。
失敗しても成功しても、私が変わったことに変わりはないのだから。
次にあの女性に会う時は、感謝の気持ちを沢山伝えよう。
言葉じゃ伝えられないぐらいの思いだってあるのだから。
その時まで、ずっと待っておこう。
V
私、やっと決心がついたよ。
早く告白しよう。
駄目なら駄目で、諦めよう。
大丈夫、絶対に泣かない…---------
私は、決心をつけ横断歩道を渡った。
キキキキィッッ
頭の中は、その音でいっぱいだった。
寒い…な。
何これ?体がよく動かない。
喋ることも出来ない。
「…っ…こ……こ…?」
やっとの思いで出せた言葉も、声にならない。
ここはどこだろう。
ぼんやりと見える視界。
私は、今仰向けになっている。
空は青くて、雲はゆっくりと流れていた。
その時間がとても長く思える。
私、何をしていたんだった?
何か、大切な何かをやるつもりだったのに
思い出そうとすると、頭が痛くて考えることが出来ない。
「……はっ…ぁ…」
私は、ゆっくりと起き上がった。
やっと体を動かせた。
だが立ち上がることは出来ない。
体中を駆け巡っている、痛み。
熱い。
何だろう、この気持ちは。
何か、とてつもない未練が残っているような気がする。
「…何っ…なのよっっ……」
私の服装は、全く変わらない。
白のポロシャツに薄い茶色のベスト、スカートは緑の生地に赤や茶色などの線が沢山はいっている。
そして私の茶色い、パーマのかかった長い髪も。
確か瞳は黒だったと思う。
「……あれ?」
必死に体を持ち上げ、立ち上がった。
だがその空間は、夢にも思わない場所。
「………空……っっっ!!!」
私は叫んだ。
それと同時に、私が斬る風。
落下。
確かこの二文字が今の状況を表すのに一番ふさわしい。
耳元に聞こえる、風を斬る音。
でも、今の私は叫ぶこともなかった。
何故か?
それは、私が死んだんだということに気づいたから。
一応、ゆっくり思い出せた。
私は彼の家に行くため、横断歩道をわたった。
だがそこに、トラックが突っ込んできた。
そして、今……---------
「私……?」
そうだ、私
彼に告白しようと思ってたんだ
ああ、私告白も出来ず死んじゃった。
どうして?どうして?
私は神に嫌われているの?
せめて、私自分の想いを告げたかった。
今までずっと、ずっと思っていたのに。
…あーあ
悲しすぎて、どうでもよくなってきちゃったよ
私が死んだなんて事実。
死んだなら、多分飛ぶことが出来るだろう。
なんとなく浮遊霊になったつもりで(実際なっているが)トンッと地面に着地した。
痛みは毛ほどもなく、私は何事もないように歩き出す。
私が着地した場所は、道路だった。
びゅんびゅん走ってくる車には、ぶつかっているはずなのに、当たらない。
運転手も私の存在に気づいていない。
……まぁ、今の私に存在なんてないかな。
服装だって何もかもが変わってはいないのに
ただ命を失っただけでこんなにも世界観が変わってしまう。
「…体の痛み…消えてるな」
私は、手を握ったり開いたりした。
私のはいているブーツは、地面に触れたら僅かに音がする。
それが今、全くない。
悲しい。
気が付けば、私は学校にいた。
自分の学校には何故か行きたくて。
校舎には、誰も居ない。
少し寂しかったけど、いない方が良かったのかもしれない。
人っ子一人私に気づかなくって、そのまま通り過ぎられたら
すごく悲しくて、どうしようもないだろうから。
「…ここ…」
私は、教室に入り、一つの机に触れた。
それは、彼の席。
私はそれが何故か懐かしくて、涙が零れ落ちた。
「……告白…したかったよぉ……っ」
私はそこにしゃがみこんだ。
そして、子供のように泣き続けた。
彼に告白したかった。
振られたって良かった。
なのにあんなところで死ぬなんて、ひどすぎるよ。
「私っ…駄目だ…」
やっぱり、諦めるなんて無理だよ。
死んでいたっていいから、私告白したい。
でも、無理だよね
そんなこと出来るわけがない。
彼が私に気づくわけがないし、それに
今の私、きっとすごくブサイクだ…
彼の隣の席の引き出しを開けた。
たまたま、鏡が入っていたので私はその鏡に自分を映した。
映ったものは、どうしようもないぐらい泣き、そのせいでメイクが崩れた、醜い自分。
叫び声をあげそうになった。
こんなんじゃ、絶対駄目だ。
どうしよう、どうしよう
頭がこんがらった。
私、どうしたらいいの…--------!?
「綺麗にして差し上げましょうか?」
突然、後ろからかかった声。
私は驚き、振り向いた。
私の開けた扉の前に立っている、一人の女性。
金髪でロングヘアー、瞳は濃い茶色。
とても美しかった。
「だ…誰?」
まず私は、辺りを見回した。
今の自分が、他の人に見えるわけがない。
だが、周りに人がいるわけない。
女性の瞳は、私だけを映していた。
「わ……たし…?」
私は自分を指差し、問う。
すると女性は微笑んだ。
「そう。柿本憐さんね?私は大野美樹。あなたの願いを叶えに来たの」
女性の笑顔は、とても綺麗だった、
しかし、今の私には怪しい人にしか見えなかった。
白の薄いポロシャツ、紺のジーパン。
ファッションセンスなんてものはよく分からないけど、多分センスはいいんだと思う。
「そ…か」
私は力なく言った。
もう、誰も私にかまわないで。
そういうのが本心だけど、失礼だから言わなかった。
「でも、ごめんなさい。今の私は、意味がないよ…綺麗になる、意味なんて」
その時、女性はしゃがみ、私の目線にあわせた。
そして、優しく言う。
「大丈夫。たとえ幽霊だって、綺麗になることには意味があるわ」
”告白するんでしょう?今の状態で行ってはいけない”
女性はそう言った。
はっきりいって、意味が分からない。
この女性の頭は狂っているのではないか?
それに、私が見えるということが何故か恐ろしかった。
「そんなの、きれいごとよ!もう手遅れなの!私だって、綺麗になりたかったよ!でも、でももう……っっ!」
自分でも、何を言っているのか分からない。
集点のあわない目で、私は女性を睨んだ。
「綺麗になりたかった あなたそう言ったわね?」
女性は、また微笑んだ。
そして、立ち上がる。
この状態では見下ろしているようだが、全く嫌味っぽくはなかった。
「彼の席に座って?少し落ち着いてから、あなたを綺麗にしてあげる」
本当に?
ほんの少し、期待してしまった。
この人は、新手の詐欺なのかな。
でもまず私は、彼の席に座った。
「…綺麗になれなかったら…どう責任とる?」
私は冷たく言う。
もしも酷くなってしまったら、どうしよう。
この場で呪い殺してしまおうか。
そんな気はさらさらないが、脅すことぐらいなら出来るはずだ。
なんたって、私は幽霊なのだから。
「その時は、その時よ。きっちり償うから」
私は反射的に瞳を閉じた。
何かが始まるような気がして。
目の前は、真っ暗。
ただ、夕日が私の瞳に当たっているのか、少し明るかった。
しばらくして、顔にふんわりと優しいものが当たった。
瞳の上、唇、頬……--------
全てをきっちり丁寧にやっているように思えた。
私が次目を開けば、どんな世界が待っているのだろう。
とりあえず、彼のところへ行こう。
彼が私のことが見えなかったのなら、それは所詮叶わぬ恋だったから
もしも、彼が私のことを見えたのならば
その時、全ての気持ちを打ち明けよう
「さぁ、目を開けて?」
女性の優しい声。
私は静かに目を開けた。
そして鏡に映ったのは、美しい自分だと願いながら…------------
W
「ねぇ、理緒」
私は隣にいる理緒に話しかけた。
返事はない。
やっぱり、悲しいのかな。悲しいよね?
私だって、大切な友達を失ったんだから
「穂菜…私っ……」
理緒は私に抱きついた。私は一瞬同様したが、頭をなだめるように優しくなでた。
ふるふると小刻みに震える体の振動は、きっと泣いているからだろう。
私も自然と涙が頬伝う。
「燐…、私達、一生忘れないからね」
燐は交通事故で亡くなった。
私達は葬式に来たのだ。
だけど、人前で泣くのは恥ずかしくて、ずっとこらえてた。
お葬式が終わって、帰り道。
やっぱり泣いてしまった。止まる様子なんて見せないぐらい、沢山流れた。
私ね、燐に私の綺麗になった姿を見てほしかった。
大野美樹 っていう人に、すごく綺麗にしてもらえた
信じてもらえないと思うけど、伝えたかった。
なのにそんなことも叶わなくて、正直ショックだった。
もっと一緒に過ごす時が、ほしかったのに
「…理緒、穂菜」
周りはコンクリートの塀などがあった。
車が通るのが少ない道を選んで、この道を二人だけで帰ってた。
燐の、葬式から。
じゃあこの声は誰?
私はゆっくりと振り向いた。
私の知っている人物であってはならない。
だってそれが常識だから
死んだ人なんて、この世に存在してはならないんだから
いくら願っても、そんなことはないから……
私は振り返るより先に、穂菜を見た。
さっきまで私をなだめてくれていた穂菜を。
燐と私と穂菜は、親友だった。
仲良し三人グループ とは、私達のこと。
私ね、燐に私の綺麗になった姿を見てほしかったんだ。
髪型を変えただけだけど、綺麗になれた。
それから綺麗になる自信を与えられて、今私頑張ってる。
なのに燐は亡くなってしまって、当然だけど、悲しかった。
穂菜はゆっくりと振り返る動作を見せる。
私もつられて、振り返った。
そこに立っている人物を想像しながら
だってあなたでしょ?
そんな期待と不安。何故か?
もしも、そこに居るのがあなたなのであれば
恐ろしいなんて思わない。ただ
私達がどんな反応をしてしまうのか、怖いだけ。
でもやっぱりそこにあなたが居たら嬉しいから
だから、ちょっとした期待
「……あ…」
二人は振り返った。その動きは遅い。
きっと私だと分かっているのだろう。
ねぇ、もしもあなた達が私の存在に気づいて、理解してくれるのなら
私の口から言わせて?
『大好き』だって
そして、私のことを認めてほしい。
最初から認め合ってたけど、ただ一つ叶わなかったもの。
皆、綺麗になりたいって願ってたんだ。
私は信じてた。皆は綺麗になれるって。
でも、私だけ取り残されちゃいそうで、怖かった。
だけど、大野美樹に出会ってから、私変わることが出来たんだと思う。
ねぇ、私の姿を認めてくれる?私が綺麗になったってこと認めてくれる?
理緒と穂菜は、私を瞳に映した。
「……燐っ」
二人の声は、重なる。
分かったの?私の存在に気づいたの?
少し戸惑った。ただ会いに来ただけだけど、見えなかったらどうしようかと思ってたから。
いや、本当のことを言えば、見えないだろうと思っていた。
だけど、ひょっとしたら心の底から思っていたかな?
「理緒……穂菜、私が見えるの……?」
「……当然……でしょっ………」
きっとこの二人なら、存在を分かち合えるって
「どうして…?」
木差着理緒と飯田穂菜は、柿本燐に問う。
燐は嬉しそうな顔を一度したが、すぐに無表情に戻った。
「私…どうしても、二人に会いたかったから……」
燐は口元をもう一度緩め、真っ直ぐ二人を見る。
二人は一瞬戸惑うが、すぐに微笑んだ。
「ありがとう…私達もだよ」
「燐っっ…もう会えないとばかり思ってたのにっ」
穂菜は、燐に抱きついた。
幽霊の身だとしても、この三人の心は共通していたから。
「…燐も穂菜も、綺麗になったね」
「理緒も…穂菜も」
「燐も理緒も」
三人はお互いの存在を認め合っていた。
分かち合い、信じ合い、共に笑い、共に泣き、共に同じ時を過ごしていた。
三人の瞳から流れる、一筋の涙。
理緒はそれから友達が増え、穂菜には一人、先輩の彼氏が出来た。
燐はその後ある人物に想いを告げた。
その心は通じたが、すぐに燐は消えてしまったという。
三人は、たとえ離れ離れでも、心はいつも一緒だと誓っていた。
* アナザーストーリー *
私?私は大野美樹。
世界中の女の子を、綺麗にするためにここに存在している、一人の女性。
金色のロングヘアー、白く薄いポロシャツに、紺のジーパン。
いつもメイク道具やヘアゴムは、欠かさず持ち歩く。
何故か?それはいつだって女の子を綺麗にするため。
私が女の子の全てを綺麗にせず、誰が綺麗にするの?
別に私以外でも、メイクの上手い友達さえ居ればなんてことはない。
じゃあ私の存在意義は何?
私は、ある特例の女の子にとっては、必要な存在だと信じてる。
それは、心に傷を持つ女の子や、深い悩みを持つ女の子。
時には、幽霊だったりもする。
心の傷は、普通じゃ癒えない。深い悩みは、すぐには埋まらない。
それを全て『綺麗にすること』によって変えるわけじゃない。
全ては、自分自身だから。だから、私はその手伝いぐらいならしてあげられる。
私が、世界中の女の子を綺麗にするなんて目標を持っているのは
私みたいな、惨めな思いをさせたくないから。
昔、私には好きな人がいた。
でも私はその人になかなか想いを打ち明けられなかった。
自分に自信がなくて、努力さえしようと思えなかったから
そんな日々が続いたある日、その人は死んでしまった。
『私、何をしていたんだろう』
何もいえず、何も出来ず、そのまま終わってしまった。
後から後悔したって、もう何もかもが遅い。
私はその日、死ぬほど後悔をした。
あんなに好きだったのに、何も出来ずに時は過ぎた。
情けない。
情けなくて、情けなくて。
だから私は、もう二度とこんな思いをしたくない。
そして、もう二度とこんな思いを誰にもさせたくない。
これから先、誰もをこんな惨めな思いをさせないなんて、そんなことは言えない。
だけど、手が届く範囲だけ なんて、そんなちっぽけなものじゃない。
私が精一杯、限界を超えるまでの女の子を、綺麗にさせてあげたい
ただ、それだけなの。
それは幽霊だって同じ。
ただ命を失っただけで、全てが変わるわけじゃない。
成功するためのちょっとした手伝いじゃなくて、自分の成功を自分自身で心から強く願うため、私は女の子を綺麗にしてあげるの。
さぁ、次に私はどこへ行こうかしら。
綺麗になりたいと強く願う女の子の元へなら、どこだって行ける。
だからいつの日か、女の子たちが心から綺麗になる日を誰よりも望んでる。
綺麗になればいいものじゃないけれど、人生の歩みの第一歩に、それは必要だから…
だから私…大野美樹は、今日もメイク道具を持ち、歩き出す。
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2005/07/02(Sat)16:04:19 公開 / 黒アゲハ
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■作者からのメッセージ
やっと連載ものです。
のわりには一話が短いですが、これが精一杯だったり。
でも頑張りました。
メイクはよく分からんのですが(ぇ
とにかく、書いていて楽しかったです。
ちなみに、主人公はどんどん変わっていきます。
基本は、一話ごとに。
2話あとがき
とにかく疲れました。
まぁ私の文章力じゃこのあたりが精一杯なのですが、皆さんレスを下さってありがとうございました。
一つ一つのアドバイスが身にしみていきます。
ちゃんと理解しています。
ただ、そのアドバイスをいかせる時がいつになるのやら(汗;
とりあえず、これからも頑張っていきます。
そういえば、最近私の書いてあるような漫画が増えていますね。
いえ、決して盗作ではありません。
絶対に。
そんなことをしても、何にもなりませんでしょう?
三話あとがき
少しずつ上達できたらいいな
なんて勝手なことを考えている私でございます・・・・
今回は、新パターンですね。
何故幽霊に大野美樹は触れることが出来るのでしょうか・・・
それは永遠のなz(黙れ
四話あとがき
ついに最終回。
実は理緒と穂菜と燐は親友だったのです。という設定でした。
ちょっと無理があるかも?
と思いながら、勢いで突っ走りました。(それだけじゃないですよー)
アナザーストーリー あとがき
これは、大野美樹の正体について。
まだ分からないこともあるかもしれませんが、まぁ人生ちょっとミステリアスなことがあっても、楽しいですし。
全てが分かるより、ちょっとだけ謎が残る方が、良いじゃないですか。(ぇ
それでは今まで、ありがとうございました。
また次回作で皆様と会いたいです。
まだまだ未熟な私ですが、これからも見ていただければ、光栄です・・・