- 『The world of memory loss 神の悪戯【完結】』 作者:弾丸 / 異世界 ミステリ
-
全角16742文字
容量33484 bytes
原稿用紙約56.4枚
平凡に飽き飽きした高校生、竜一。もっとワクワクするような一日を望んでいた。だが、待っていたのは最悪の一日。誰もいない。何もかもがおかしい。誰もいないボロボロな駅前に一人取り残された竜一はただ祈るしかなかった。平凡な朝が欲しい。皆と会いたい。神の悪戯が終わるまでに―。
-
1
「日常」というものが退屈だった。帰る家があり、出会う人がいて、友達もいて、寝る床がある。人はそれを平和と呼ぶけれど、当たり前の日常というのが俺には退屈でならなかった。何かが起きて欲しい。普通に朝が来て欲しくない。学校も行きたくねえよ。
〜目覚め〜
青いカーテンが朝日の光を拒んでいて、薄暗い俺の部屋。ゆっくりと目を開けた。
天井―。顔を右に倒す。散らかっている机。勉強も何もしない。ただ好きな漫画をまねしてノートにマンガを書いているだけの机。また天井に眼を向けた。
ゆっくりと上半身を起こした。最初の眼に入るのはいつも小さいテレビ。その後ろにある開かなくなって使えない棚。ああ、なかにはいってる漫画が読みてぇ。あの漫画家の絵は尊敬するのによ。薄汚い茶色の棚に閉じ込められちまって。それも全巻!畜生おれの漫画返せ!
そんなことを考えてるうちに時間は過ぎていく。
「竜ー!何時だと思ってんだい!飯出来たから起きて来い!」
階段の下からうるさい母の声。うっせえよ。おきてるっつの。返事する気にもならない。
ベットから片足を下ろして立ち上がろうとしたときふと気づく。
今日もまた[平凡な日常]が始まるのか。そう考えると立ち上がるのがめんどくさくなる。
仕方なくベットからもう片足を下ろして立ち上がる。目に付いた目やにがかゆい。
そういえば目をこすって目やにが取れるときって気持ちいいんだよな。うん。
……バカか俺は。おきて何分この部屋にいるんだっつの。
ボロッちくて、ガムテープの跡ばっかりの木のドアを開けた。玉子焼きの香ばしい匂い。ちょっとやる気が出たりする。
ゆっくりと階段を降りていくと妹がランドセルをしょっていた。
「おお木ノ実。もう学校かよ。」
靴を履いてつま先でトントンと床を叩きながら妹がいった。
「竜兄ちゃんもねぇ、早く起きなきゃア。高校生は勉強が大変になってねぇ…」
この頃は妹にも怒られる。スイマセン。妹に怒られると変に謝りたくなる。だけどお前まだ小4だろうが!高校の大変さ…。小4相手に情けない。
「分かったから早く行って来い。七時半だぞ。」
木ノ実は振り向いてにっこり笑った。
「竜兄ちゃんもね。」
あーあー。木ノ実は分かってねえなぁ。高校生ってのは七時四十分までに…。
「うあああああああーーー!母ちゃん!制服どこ?!!あーもうもっと早く起こせよ!」
「うるさいね起こしたよ!竜一はどうせおきてからボーっとしてたんだろ!」
ご名答だよクソッタレ!Tシャツとトランクスで寝癖ボンバー。やる気が益々なくなる、朝。制服を急いで着て家を飛び出した。
〜歯車〜
あの朝から地獄へのカウントダウンは始まっていたのか。高校に行くまでに不思議なことがたくさんあった。
駅までダッシュするまでに200mぐらい。その道の途中の生臭いゴミ置き場を通り過ぎたときに不思議なものを見た。
5時前に家をでたはずの、スーツ姿の親父。ぶってりとした体にちょこんと乗っている丸い頭。大きな足に革靴を履いてのっしのっしと歩くあの親父が七時半過ぎにゴミ置き場にいるのだ。ゴミ置き場のゴミを見つめて気をつけをしている。全速力ダッシュにブレーキをかけてゴミ置き場で立ち止まる。
「おい親父。こんなトコで何してんだよ!電車何本乗り過ごし…。」
肩を叩こうとしたとき、眼を疑った。まばたきもせず、気を付けをしたまま、親父は前に倒れたのだ。ドテッと鈍い音がした。
「おい…。親父?どうしたんだよ。具合でも悪いのか?」
親父はまた何も言わず、瞬きもせずにムクリと起き上がった。表情は明らかに固まっている。くるりと右を向いてニマァっと笑った。不気味だ。親父は明らかに変だった。
「ヒヒッ。ヒヒヒッ。ヒヒヒヒヒッ。」
不気味な笑顔で右を見たまま親父は笑った。
「…もういくかんな、親父。」
怖い。狂ったような親父は人間のようではなかった。
また駅に向かって走り出す。駅へ行くまでの一本道で色んな光景を見た。
親父のように瞬きもせず、硬い表情でキャベツを丸かじりするサラリーマン。駅に向かって歩く黒猫の大行進。猫を追いかけているネズミ集団。それを見て号泣する中学生。
なんなんだよ今日は!何かが狂ってる!
でもこれは平凡な日常じゃないよな…。でも待てよ?おれが目指した日常はこんな不気味なもじゃないぞ。もっと心がわくわくするようなアドベンチャーな日常だったはず。
神様ぁ。勘違いしないでくれ。
〜赤い空と黒い太陽〜
駅に着くと相変わらず人はいなかった。小さくてボロボロな駅だ。無理もない。いつもこうだ。バスは来ていない。あーあ。また遅刻かぁ。担任、うるせえんだよなぁ。
腕時計をふと見た。おかしいな。七時四十分。バスが来る時間だ。時計はくるってないはずだ。ベンチにどっかと座って鞄を下ろす。
ふと、空を見上げた。
あれぇ、今日は時間が過ぎるのが早いなぁ。
空が赤い。夕焼けかア。
何かおかしいと思ったら、時間まで早く進んでやがるぞ?
それに太陽がまぶしくない。いつもならこのベンチに座ると太陽の光がまぶしくて目が覚めるのに。
当たり前か。
太陽が、黒いんだもんなぁ。
武者震いが止まらなかった。ニヒニヒ笑っている親父。キャベツ丸かじりサラリーマン。黒猫大行進。猫に勝ったネズミ。真っ赤な空と真っ黒い太陽。何も分からない。家をでるまでは何もおかしくなかっただろう?バスも来ない。誰もいない。周りの家からも物音一つしない。静かすぎる駅前。家に帰ろうか。でもまた道を引き返したら、また不気味な光景を眼にしてしまう。家にも帰れねえのか畜生。
涙まででてきた。バカヤロウ。なんなんだよ今日はさぁ。
鞄をしょってまた立ち上がった。とにかく学校へ行こう。学校へ行けば友達もみんないる。よし、そうしよう。
望んじゃいない日常。神の悪戯。
平凡な朝に戻してくれよ。なぁ、神様。
2
〜電車〜
鞄を持って立ち上がる。立ち上がった反動でベンチが後ろにひっくり返った。
ガシャンという音が周辺に響く。本当に一人なんだ。
ボロボロのスニーカーの靴紐がいつの間にかほどけていた。結ぶのが面倒くさくていっつもほったらかしだ。
ハァ、と一回ため息をついて歩き出す。
待てよ。こんな日に、電車は来るのか?人もいない。バスも来ない。車も一台も走っていない。なのに電車なんて…。
プシュ〜〜〜!キキィィ…。
電車のブレーキ音。良かった。電車は来た!これで希望はつながった!学校に行ける!
「ど…ぁぁ…開きぃ…ますぅ…」かすれた言葉。
運転手まで家の親父みたいになってたら帰ろう。
電車に乗った。空気がムワァとして蒸し暑い。イスにどさっと座り、うつむいた。
「どぁぁぁ…閉まり…ますぅぅぅ…。」
もう気にしないことにした。この放送は。
バリ…。ガブ…。
不吉な音。どこかで聞いた…。
ゆっくり前を見る。
そいつはそこにいた。
キャベツを丸かじりしているあのサラリーマンが、死んだ眼で俺を見ていた。
いつの間に…!俺が乗ったときは俺一人だったろう?!なんでいるんだよ!
人が…おかしくなっていく…。狂っていく…!原因は分からない。だけど多分…。この町の人は全員狂っている。
ひょっとしたら狂っているのは俺かもしれない!俺だけ親父とか目の前でキャベツ食ってる奴みたいにならない! そうか、おかしいのは俺なんだ。
「たす…たす…たふけて…」
「…え?」
おれは鞄を持って他の車両に行こうとしていたが、またその場にゆっくり座った。
「あの、なんて?」
「この町が…狂っていく…。黒い太陽の光を浴びて…。」
まだこの人は親父のように理性を失ってはいなかった。人の言葉が聞こえている。
「くろい太陽って、あの?」
「寒い…。寒い…。」
声がかすれていく。
そのサラリーマンはドサリと座席に倒れた。歯形がついたキャベツが足元に転がってきた。
「あの、大丈夫ですか?」
恐る恐る近づいて体をゆすった。動かない。息もしていない。…冷たい!
「うわぁ!っあぁ…」
死んでいた。死因なんてどこにもない。なのに、冷たくなっている。
ヘタリと腰を抜かす。耳に聞こえるのは、電車の揺れる音だけだった。
死にたい…。
3
神の悪戯から十日前、村法新聞の切り抜きより
「17日、吉良道市の空に、真っ黒な太陽が出現した。早朝のことである。その真っ黒な太陽は光を発していなかったにもかかわらず、空は青かった。
その中で、黒い太陽が一瞬光った、という情報が相次いでいる。気象庁によると、この黒い太陽の原因は分かっておらず、調査中との事。
その日の夕方にはオレンジ色の夕焼けになっていたという。」
A子の日記 日付 7月18日、神の悪戯から十日前。
「今日は朝、食欲がなかった。昨日の夜に遅くまでメールしていたからかな。無理して口に押し込んだら、お腹を壊した。時間通りに家を出れたから良かったけど。
家をでると、何かがおかしかった。太陽が黒い。理科で勉強したのは、太陽の光がないと地球は真っ暗になっちゃうってこと。でも空は真っ青な青空。おかしいなぁ、とおもって
歩いていたら、ピカッと黒い太陽が光った。何色の光だったかな、黄色だったかも。
そしていま日記を書いているけど、学校の記憶がほとんどない。テスト近いのに、勉強のことを忘れている。記憶喪失?タダの度忘れ、気にすることないか。」
A子の日記 日付 7月19日 神の悪戯から九日前、
「今日も食欲がなかった。昨日お腹を壊したから流石に朝ごはんはちょっと遠慮した。やっぱり今日も晴れ。太陽は黒くない!なんだかテンション上がる朝。
なのに、こうして日記を書くと、学校の記憶がやっぱりない。気がついたらリビングのソファに座ってる。う〜ん。ちょっと深刻?」
A子の日記 日付 不明
「体がおもい
もうそれだけ。
てに力が入りません。」
A子の日記 日付 不明
「記憶がない 友達の名前も忘れる。 あし…(以下、判読不明。)
〜110〜
座席に横たわる死体。黒い眼で俺の顔をまっすぐ見ている。俺はまだ揺れる電車の床で腰を抜かしていた。そして右隣にあるのは、歯形が残ったキャベツ。ずっと食べていたせいか、大分小さくなっていた。とにかく、人が死んだという事実が頭の中を回っていた。
人が死んだ。目の前で!何故?分からない。何をしたらいい。運転手伝えるか?…いやだめだ!運転手も狂っているはず。警察!そうだ警察だ!警察の電話して電車を止めてもらおう!
おれは床に座ったまま座席の鞄に腕を精一杯伸ばした。指に鞄の紐が引っかかり、床にドサッとおちる。
携帯は鞄のサイドポケット。チャックをゆっくり開けた。チャックを開けた音が電車内に響く。踏み切りの音が前から後ろに逃げていく。
携帯をあごで開けた。けいれんした指で110とゆっくり押す。
トゥルルルル…
警察が電話出るまでのあいだ、俺の呼吸はどんどん速くなっていった。
「ただいま、留守にしております。ピ〜という音の後に…」
俺の手から、携帯が床に落ちた。カシャンという音を立てて。
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!」
俺は頭を抱えてうずくまった。警察まで狂いやがった!留守なんてありえねえ!
「うわあっぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁ…!」
何もかもが崩れていく。常識が次々と破られていく!誰か助けてくれ。黒い太陽ってなんだよ。黒い太陽の光ってなんなんだよ!
〜過去〜
どこから狂ったんだ?朝起きたときは何もなかったし、空も青かった。
振り返ってみよう、今までの事を。
神の悪戯から、二日前。
サッカー部練習グランドB面
「竜一ぃ!はよボール片付けろ!もたもたしてんじゃ…!おい!」
「せんせぇ!竜一が動きません!」
うつぶせになって動かぬ俺。
「ぬわにぃ!息はしてるかぁ!」
「してまーす!」
うるせぇなぁ。寝てるだけだっつの!
「起きろ竜一!」
立派なあごヒゲを蓄えた監督が中腰でおれの顔を見下ろす。
「う…。うむ?」
「もう下校時刻だ。さっさとボールを片付けて来い。」
のろのろと立ち上がり、目の前のサッカーボールの山を両腕いっぱいに持って倉庫に向かう。
ボ〜っとしてなんも考えていない、抜け殻のおれ。監督、おれは寝不足です。寝させてくださいな。
倉庫の中のボールを入れるケースにゴロゴロとサッカーボールを流し込み、大きくあくびをした。倉庫はホコリ臭い。足がズボっとはまってしまいそうな木の床がギシギシ音を立てた。
顔をあげると、監督が手を後ろに回して立っていた。
「竜一。疲れてるのは分かる。俺だって一日授業やって部活をやるんだ、疲れるさ。
でもなぁ、人間最後までやらねばならんことがあるんさ。たとえば…。そう。人生!ああ、話が大きくなりすぎるかな。」
監督は顔を下に向けた。
俺はゆっくり倉庫の扉の段差に腰掛けた。
「まぁ聞いてくれよ。人生は山あり谷ありというだろ?あれはな、山は上るまでは苦労するけど、くだりは楽なわけだ。そうだろ?山は頂上からの絶景を見てそれからいい気分で気持ちよく下山する。そういうことだろ。そして谷。谷は最初は簡単だ。ただ降りるだけ。」
「谷は降りるのには時間かかりますよ。がけなんですから。」
監督は頭をぼりぼりかいて考えた顔をした末、また下を向いた。
「じゃあ、緩やかな谷としよう。そうすれば谷底まで降りるのは簡単だ。だが後からはきついわけだ。急ながけを―。ああ、緩やかなのか、この谷。
まぁとにかくだ、人生いいことの後には悪いことがあり!悪いこと、まあ努力をした後にはいいことがあるわけなんだよ。お前は今サッカー部のエースだろ。それはみんなの目標になってる。幸福だ。つまりいま竜一は谷底、簡単な下り坂を降りてきたんだ。だがそのままそこにいたらどうなる?誰も気づかない、真っ暗な谷底だ。」
監督は俺の眼をまっすぐ見て真剣な顔をした。
「死にます。」
おれは単調に答える。
「そう、食うものもなく、餓死するだろう。お前も同じだ。そこにいつまでもいたら死んでいくぞ。登るんだ、くじけず、まっすぐに。そのがけ登るためには、部活中居眠りもするなよ?」
おれは砂いじりをしながら、うなずいた。
「それだけなんだ。言いたいことは。じゃあ、気をつけて帰れよ。」
俺は手をパンパンと叩いて監督の背中を見た。帰るかな。
ただいま時刻、11時50分
部活終了、下校時刻から、五時間後。
4
〜欠片〜
その日は星が綺麗な夜だった。すこし肌寒い風が吹く。学校から帰った俺はベランダにいた。ベランダのプランターに植えてある花。名前はなんていったかな。まぁとりあえずそいつに水をやりに来たのだ。空になったジョウロを足元においてベランダのイスに座った。おれが技術の時間につくった特性の手作りイス。そのイスの木の匂いが俺は好きだ。
「人生山あり谷ありか…。」
風が強くなってきた。北風。この時期に珍しい。
空からポトッと緑色の物が落ちてきた。葉っぱ?拾い上げてみると、タダの葉っぱではなかった。
「キャベツ…の欠片だ。なんで振ってくるんだ?」
空には何もない。屋根から落ちてきたわけでもなさそうだ。空は相変わらず星が輝いているだけ。
首を傾げるもさほど気にしなかった。別に深い意味もなさそうだったから。
もう寝よう。部活で疲れた。風呂は明日でいいや。
〜天気予報〜
神の悪戯から一日前。
今日は何故か寝起きが良かった。昨日の夜の肌寒さが嘘のように蒸し暑かったかもしれない。時刻は5時5分。おかしいほどの早起き。自分に拍手。下に下りても誰もいないだろう。木ノ実も母ちゃんも寝てるだろうしな。
そうだ、漫画でも読もう。
「コーヒー少年空を飛ぶ エスプレッソを求めて」
これがおもしろい。コーヒー少年の必殺技が好きなんだよな。
作者は木屋 別朗(きや べつろう)
なかなか分厚い本で、二冊読めば大体一時間たってしまう。ベッドに寝そべりながら(時々読む姿勢を変える。)一気に読んでしまった。となれば5巻と6巻をよんで6時5分。それでもまだ起きるまでにあと10分ほどあった。
天気予報でも見るか。今日は暑苦しくなりそうだ。
6時五分からの天気予報があるはず。
パチッとテレビをつける。
「今日は全国的に晴れ!晴れ!晴れです!暖かいですよ!ぽかぽかいい天気!気温は最高で18度!」
…は?狂ってるのか、この天気予報氏は。下からは…母ちゃんがおきたのだろうか。物音がする。
「……後、キャベツでしょう。」
「え?」
ブツッ。ザ〜〜〜〜〜〜〜ッ。
ポツリと天気予報氏が言った瞬間、テレビの画面が砂嵐になった。壊れたか?古いもんなぁ。
テレビを消してカーテンを開けた。よく分からん天気予報だったけど、とりあえず晴れるらしい。
勢いよくカーテンを開けた。まぶしいほどの!まぶしいほどの日光―…。
窓の向こうに移ったのは昨日と同じ、キラキラ輝く星だった。
5
〜運命共同体〜
「人間とともに歩み続けるものはなんですか?―はい。そうです。動物、地球…。
それはずうっと前から人間と歩み続けてきました。ですが、歩み続ける間に、動物も人間も、進化してきたでしょう。人間はサルから進化し、動物は…まぁ、動物の進化系も人間なんですかね。まぁ、それは置いておきましょう。人間が生まれてからの話をしてますからね。うん。そう。動物も一緒に進化してきたんです。変わり行く環境にともなってね。
その変わり行く環境についていけなくて絶滅した動物もいるでしょう。可哀想にね。そんな環境を作り上げたのが、人間です。そして環境とともに汚してきたのが、地球です。これらは皆運命共同体です。地球が死ねば人間も動物も死にます。動物が死ねば、人間も滅びます。人間が死ねば!……。これは私も考え中の議題ですがね…」
N○Kの環境の番組でどっかの学者さんが語っていた、わけの分からん話。漫画を読みながら耳に入ってたんだろうか。いやに記憶に残っている。
なら聞くがね、学者様…。
これも、人間とともに進化した地球かい?
地球は朝6時10分回ってもお星様がでるように「進化」したというのか?
バカ言うな。
人間の何が進化したって言うんだ。
何なら証拠を見せてやろう。おれはいたって普通だよ。角も尻尾も生えてねえだろ?
くそったれが。とりあえず下に降りよう。母ちゃんもびっくりしてるだろう。
〜母ちゃん〜
階段をリズムよく降りてリビングの扉を開けた。電気はついている。だが、誰もいない。真夜中のリビングのようにシン、と静まり返っている。聞こえるのは、冷蔵庫の音だけ。
スーッと和室を開けて膨らんだ布団に視線を落とす。
「……母ちゃん。」
反応はない。いつものうるさいいびきも聞こえない。
「母ちゃん。…かあちゃん!!!!」
「ウアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「ヒッ!」
ほ、吠えた!母ちゃんが、吠えた!
心臓が止まるかと思った…。
この人の寝言は半端ない。
「起きろよ。朝だぞ。」
「Zz…」
駄目だ。諦めよう。とりあえずねよう。日本が夜なんだ、みんな寝てるだろう。
そしてあの平凡な朝がきたんだ…。
〜タカ〜
おもいだした。なんで今まで忘れていたんだろう。昨日まであんなに大変だったのに。
監督の話も。キャベツのことも。変な母ちゃんも全部忘れてた。
こんなにど忘れひどかったか?
電車はまだ高校の最寄の駅に向かって揺れ続ける。
あさ、母ちゃんは変ではなかった筈だ。親父も…。
待てよ。
おれは今日の朝親父にはあってない。母ちゃんの顔も…。飯も食ってないし玄関で着替えたし母ちゃんはリビングで朝飯作ってたはず。母ちゃんの顔も一回も見てねえよ!
でも母ちゃんはいたって普通にしゃべってたよなぁ。
とにかく、だ。すべて今日の前兆は昨日までにおきていた。それは断言できる。
これからするべきことは…。
「なんや竜一!まだこんなトコにいたんか?」
村度駅から乗ってきたのは、親友タカ。関西のほうから引っ越してきたから、なまりがぬけない。
「タカ…。」
「よかったわぁ!竜一にあえて!今日は何もかもおかしいんや!」
「やっぱり!よかった!やっとマトモな奴に出会えたよ!」
「家のかあちゃんなぁ!今日に限って朝飯パンだったんや!おかしいやろ?おれは朝飯ご飯って決まってるのに!」
目の前が真っ暗になった。タカまで…。おかしくなってるなんて!なんだよその格好は!
白のランニングシャツに海パン?
「気づかないのかタカ!空は真っ赤に太陽は真っ黒!それに目の前には死体だぞ!」
「て〜ちょうひらくと〜もう〜にね〜んた〜つな〜って〜♪」
涙がでてきた。おれに仲間はいないのか?!頼むから聞いてくれタカ!頼むよ…。
6
〜原因〜
タカはドアが閉まっても歌手の歌を熱唱していた。
耳を塞いでいても、怒鳴ってみても駄目だ。歌うのをやめない。タカまでどうしておかしくなってしまったのか。なぜ俺にはタカのようにならないのか?まるでタカは自分を忘れたようで―……。
自分を……忘れる? そうだ。みんな自分を忘れているんだ。原因は分からない。でもあの空もあの太陽も!本来の自分をわすれているのか!だからおかしいんだ!
思い出させよう。全てに!少なくとも、タカにだけは!
〜タカ 2〜
タカはその歌を歌い終わったのか、急に静かになった。
ドアに寄りかかり、眠たそうに目をこすっていた。
「タカァ。どうしちまったんだよ。お前はそんな奴じゃねえだろ?歌なんか歌わねぇし、その歌手嫌いだって言ってたじゃねぇか。なにより、そんな格好…しねえだろう?」
「ん。んー。あはひ。」
タカは不気味に笑った。俺は掴みかかろうと思ったが堪えて続けた。
「それにさぁ。おまえは俺の親友だろう?なぁ、タカァ。」
「くひひ。あふ。」
目が死んでいる。俺のほうを見向きもせずに、そっぽを向いてクフクフ笑っている。
負けるもんか!
「答えろよタカ!なぁ!思い出せよタカァ!!」
「うるせえよ!!」
そっぽを向いたまま、タカは叫んだ。
やっと…思い出したか!
「タカ……?」
「良くお前はまともでいられるよ!こんなにも狂った世界で!俺も狂わずにいられるかよ…。朝起きたら天気予報は晴れのち晴れのち晴れのち晴れだってよ!ふざけるなよ。ここまで来るのにどれだけ怖かったか!」
「おれも同じさ、タカ。親父は狂ってるし!みんな自分を忘れたのかと…」
「竜一…!なにが起こってるのかわからないのか?」
「は?」
タカは悲しそうな顔でやっとこっちをみた。
「The world of memory lossだよ…。」
俺は訳が分からなかった。
「な、なんだって?ザ・ワールドオブ?」
「記憶喪失の世界…。神の悪戯さ!」
電車はまるで特急列車のように速度を上げていた。
「神の、悪戯だと?」
タカの関西弁は完全に消え去っていた。
「原因は分からない。でも…。何もかもが記憶をなくすんだ!」
「なんで俺達は無事なんだ?」
タカはその場に頭を抱えてしゃがみこんだ。
7
〜行く先〜
「消えうせるんや。常識も!なにもかもや!」
タカはしゃがみ込んでいった。
「ここは日本だってことも!俺達が人だってことも!」
タカは膝をついて床を殴った。
「それでなぁ!残された者達は…。ただ自分の[存在]を求めてさまよう化け物達から逃げるしかないんだよ。」
訳が分からなかった。そもそもThe world of memory lossってのがよく分からない。
The world of memory loss。直訳で、記憶喪失の世界だと思う。
でもそれは記憶喪失の範囲じゃあないだろう。自分を忘れ、狂っちまうほどなんて。
「タカ。無事な奴らは、ほかにいるのか?」
「わからない…。高校に何人かいるかも…。」
「決まりだ。高校に行くしかない。」
他に無事な奴なんて、探せるわけがないだろう。
……あ。
…妹。
木ノ実…!
あいつ、朝は変じゃなかったはず!
無事かもしれない!
〜駅〜
「村度ぉぉぉこおこお〜えきぃぃ〜。あ〜うぅん。おお〜りぃのかたはぁ〜。」
タカはゆっくり顔を上げた。
「高校…。ついたのか!!」
ついた。長かった。電車に乗っている時間はいつもと変わらないはずだ。心臓がまだバクバクいってる。
「降りよう、タカ!」
鞄を肩にかけ、タカに手を差し出した。
タカはゆっくりと俺の手を掴み、無言で立ち上がった。
プシュ〜〜。
ドアが開く。
その先に見えるのは、希望か。暗闇か。
駅のホームは蒸し暑かった。空は未だ真っ赤で、黒い太陽は決して光を発せず、ただそこに浮いているだけの存在になっていた。
太陽は赤いことを忘れ、空は青いことを忘れていた。
ベンチもさびて朽ち果て、天井はめくれてボロボロになっていた。この駅も、本来の姿を忘れたのだろうか。かなり新しいはずだ、この駅は。
「とりあえず駅から出よう。」
改札に向かって歩き出すとタカが引き止めた。
「待てよ。あの入り口にいる駅員、なんか変だわ。」
その駅員は改札の向こうでうつむき、両腕をダラン、と前にたらしていた。手には、カッターナイフ。近づいたら斬りつけてきそうな感じだった。
「どうする?あいつもきっと自分を忘れて…。」
「どっかのゲームにでてきそうな化け物になってるかもな。」
とにかく、どう考えてもあの改札に近づくことはできなかった。
「どうするよ?」
タカは階段をあごで指した。
「東口から出ればいいだろ。」
またスニーカーの靴紐がほどけていた。
8
〜するべきこと〜
タカがこの状況をよく分かっているのかは、大体見当はついていた。タカはオカルトが好きで、自分ではオカルトで知らないことはないとしょっちゅう自慢していた。実際、タカの部屋にはそれっぽい本が本棚にあざ笑うように並んでいた。
幽霊や金縛り、霊媒、よく分からん怪奇現象。質問すればすぐに答えは返ってくるほど知らないことはなかった。
そのなかで、このThe world of memory lossもあったのだろうか。何をすればいいかまで知っていそうな感じであった。
東口への階段を一歩一歩上っているときに俺はふと聞いてみた。
「これから、どうすればいいんだ?」
タカは目をぎゅっと閉じて絞るようにいった。
「…わからない。ただ、これは怪奇現象の部類に入るとおもう。俺も調べ途中でさ。あー。くそ。昨日もう少し踏ん張ってりゃ調べ終わってたのに。」
駅の二階には何もない。東口に下りる階段があるだけの渡り廊下。ついこの間までとは比べ物にならないほど錆び付いちまった。
貼ってあったポスターもボロボロにはがれていた。
「ちょっと待て。昨日踏ん張れば[調べ終わってた]?ということは大体分かってるんだな?!」
「えーっと。そうなるが、調べ終わってんのは、記憶を失う原因と、その症状。真っ赤な空と黒い太陽とか、どうすりゃ助かるかは、よくわからんわ。でもいまは話してる場合じゃないぞ。とにかくこの駅を出よう。」
東口への階段を降り始めると心拍数が上がっていった。階段を降りて最初に目に入るのは、駅長室。そこをまっすぐ進み、突き当りの売店を右に曲がる。西口より危険は多い。駅長さんと売店のおっさん。駅内に取り残されながら記憶喪失に陥った人たちがいる。我を忘れてからは手の付けようがない。何をしてくるから分からないからだ。襲い掛かってくるかも知れないし、もしかしたらすでに殺しあってるかもしれない。
階段を降りた瞬間、目を疑った。壁にはペンキのような血がぶちまけられていた。
誰もがその光景を見たら言うだろう。
地獄絵図だ、と。
〜恐怖〜
駅長室の曇りガラスは割れていた。そこから駅長の血まみれの手が覗いていた。
「ぁぁ〜。ひひひ。」
血まみれの真っ黒なジャンパー。血まみれのジーパン。七三分けの秀才大学生らしき男はその手に鉄パイプを持っていた。今日が冬だと勘違いして家から出てきたのだろうか?
「お前かよ。駅長を殺したのは。」
駅長は俺の顔を見るたび手を振ってくれた太った気前のいいおじさんだった。
「無駄だ。なにも聞こえはしない。記憶を失ってからの症状は、そう。言語障害と、運動能力が跳ね上がることだ。まともにしゃべれなくなるが、腕力等の身体能力が本来の10倍近く上がるそうだ。」
「怪物じゃねえか。」
俺はタカの話はよく聞こえなかった。というか、耳に入らなかった。
よく見りゃそこの秀才大学生の後ろにも死体の山じゃねえか。
「おい秋葉系さんよ。お前が殺したのかって聞いてんだよ。」
「無駄だって言ってるだろ?」
「じゃあどうすればいいんだよ!」
タカは悲しそうな顔で大学生を見つめた。
「ああなっちまう原因を話してなかったな。原因は…黒い太陽の光、だ。」
でたよ。わけの分からない理論。根拠なんかないのに、それが現実に起きてるって話なんだよ。
「それとな、キャベ…」
「とりあえず、わかった。後で詳しく聞くとするよ。」
おれは転がっていたコンクリート片を思いっきり大学生に投げつけた。いや、元大学生か。腹に直撃。それでも動じず、首をかしげて白目で笑ってる。
「本当に怪物か。どうする?村度高校前駅の怪物、ソンドゴンか?」
「竜一。悔しいのは分かるのは分かる。でも、あいつらと闘えるのはあいつらと[同類]の奴だけだ。……逃げよう。」
歯を痛いほど食いしばった。駅長を殺した奴が目の前にいる。なのに…なのに!
「あいつらは視力が極端に退化している。音にかなり敏感なはずだ。忍び足でも一瞬で聞き分けられて…一瞬で目の前に現れるだろうな。」
「じゃあ。何かを遠くに投げて、気をひきつければ…」
「駄目だ。足音と物音を区別しているからな。」
「だからって正面突破したら吹き飛ばされるぞ!」
「出口は二つしかないか?」
「東口と西口…。それと…非常通路!」
のんきに話している間に、その怪物がこっちにこないはずもなかった。気がつけば、タカの真後ろでウヒウヒ笑っている。
「タカ!」
バゴッ、と鈍い音が響く。
タカの体は、もの凄い勢いで吹き飛んでいった。壁に叩きつけられたタカは声にならない声を上げてドサリと倒れた。
〜 Please live. 〜
タカは頭を殴られ、出血していた。なにより、10倍の腕力だ。壁に叩きつけられた衝撃は半端じゃないだろう。
とにかく、俺は嫌に冷静だった。
タカが、吹き飛ばされて死にそうになっている現実を、受け入れられなかったからだろうか。
「タカ…?」
大学生は折れ曲がった鉄パイプをぶら下げて放心(心などないが)していた。
「だいじょうぶかよ、タカ。おい…。」
頭の中が真っ白になった。ああ、やばい。俺まで狂っちまいそうになってる。心臓が飛び出そうなくらいバクバクいってる。真っ暗な暗闇に突き落とされたみたいだ。どこまでも、どこまでも落ちていく。
ひん死のタカを抱き上げる。
「りゅ…いち…」
口をパクパクさせてタカは必死に言葉を絞りだした。
「こうこう…にいくんだ…。大介がしってる…。詳しいことを…。へへ、もう駄目かもな…。音に敏感、って言ったの俺なのに、俺がべらべらしゃべってたから…。」
「分かった。分かったからしゃべるな。いま、助けを呼んでくる!ああ、駅長室の電話を借りようか?すぐ救急車が来るかもしれない!」
タカはうつろな目でにっこり笑った。
「110番…も。119…も。つながら…ないんじゃなかったか?」
「ああ、そうか。そうだな。…そうだ、ポテチでも食べるか?バッグの中にあるんだ!元気出るかも!……何言ってんだろうな、おれ。」
タカは大学生の方をチラッと見て言った。
「はやく…行かないと。お前まで…死ぬぞ?」
「お前までなんて…言わないでくれ…」
「すまん…。」
タカは涙を浮かべて天井を見た。
「見ろよ、天井は意外と綺麗だ…。」
「タカ…!起きてくれよ。なぁ!!」
「泣くなよ。男だろ??」
タカは目をスッと閉じて、ゆっくり言った。
「人生…山あり谷あり…。緩やかな坂を下りた跡は、険しいがけが…待っている。」
「タカ、なんで監督の話を?」
タカはうっすら笑った。
「生きてくれよ、竜一。」
それが、タカの最後の言葉だった。
これでまた、俺は一人になった。
9
〜自問自答〜
-また人が死んだぞ。-
分かってる。目の前に広がる現実に嘘はないさ。
-死んだのは、お前の親友だぞ。-
それも…分かってる。
-さあ、お前はまた一人だぞ?どうするんだ?-
タカの言うことに従うよ。
-自分だけ、助かるつもりか?みんな死んでいくんだぞ?-
黙ってくれ!俺だって死にたいよ!
-それが出来たら、苦労しない、と?-
そうだよ。
-人生、山あり谷あり、だろ?お前は地獄を見ているかもしれない。-
そう!これは地獄さ!
-馬鹿いうな。地獄ってのは死んでから見るもんだ。-
じゃあこれはなんなんだよ!
お前が降りてきた谷の、上り坂。そう考えることだ。-
…上り坂…?
〜脱出〜
状況を整理しよう。出口は西口と東口。どちらとも化け物がうろうろしている。勝ち目は、ないとする。脱出方法は、後で考えるとしよう。
次に、目的だ。
これからすべきことは、二つ。生きてる人物と合流。それとこの狂った世界を正常にする。出来るかはわからないが、大介は生きてる可能性があるらしい。
それと最後。妹の救出。朝まともだったのは、木ノ実だけだ。
さて、駅から脱出するには、どうするか?二つの出口は塞がれてる。現在は西口にいる。ここから階段を上がり、渡り廊下に出る。[そこに]脱出の糸口があるはずだ。…二つの出口が塞がれてるんだ、ないと困る。
さっそく俺は振り返り、階段に向かって走り出した。チラッ、と後ろを見てもあの大学生は動く気配を見せない。
一段抜かしで階段を駆け上がる。渡り廊下にでると、横の窓から真っ赤な空がみえた。あの空が青色に変わるのは、いつになるだろうか。
時刻、12時2分。腹も減ってきたが、食料もないだろう。肩の鞄の中には弁当がある。電車の中で覗いてみた。入っていたのは、水道水。箱なみなみに入っていた。何で朝気づかなかったんだろう。
ふと、ひらめく。出口は塞がれている。ということは、出口じゃないところからでればいい。そうだろう?考えられるのは、窓。非常口。そんなもんだろう。非常口は希望が薄い。結果的には東口に出てしまう。
…窓?窓っていったら、ここの?二階から、飛び降りるわけ?はっ!なかなかエキサイティングじゃねえか。やるしか、ないってか?
〜窓を割るのは久しぶりだ〜
この駅は、自分をわすれてどんどん古くなっていく。窓もさび付いて、開かない。
落ちていたコンクリート片を思いっきりぶつける。ためらいはなかった。修理代は勝手に請求しろよ。
パリィン!
ガラスが割れる音が響く。懐かしい感じがした。ちっちゃい頃は家の窓割りまくったからな。犯人は俺じゃない。サッカーボールなんだぜ?
窓から下を覗く。…下から見る高さとは違う。半端ない。着地成功もクソもない。飛び降りたら、おさらばバイビーポンポコピーだ。
…では、選択肢はふたつです。1。化け物のいる出口からでて化け物に殴り殺される。
2。もしかしたら着地成功するかもしれない、という馬鹿みたいな可能性に賭ける。
どうします?竜一さま。
飛び降りるよ。頑張るよ。
ためらったら怖くなる。行ってしまえ!
窓枠に足をかけて思いっきり踏み込んだ。
ふわりと体が浮く。
いや、そんな平和なものではないか。
銭湯のあのでかい煙突を頭から真っ逆さまに落ちていく感じだ。息が出来ない。
プツリ、と目の前が真っ暗になった。
まるでテレビを消して真っ暗になった気分だ。
それとともに、激痛が走り、目を開けると自分は線路の砂利の上に大の字になっていた。
せなかが、痛い…。
男、竜一。見事に着地失敗いたしました…。
10
〜立ち上がれない〜
着地予定地点は、窓から右にとんだ駅のホーム。実際は窓の真下の線路の上。
顔を右に倒すと頭から血が出ていた。
―死ぬなコリャ…。
真っ赤な空と向き合ってると息苦しくなる。見たくもないんだよ、おまえなんか。
黒い太陽は幸い駅の屋根で隠れていた。それがせめてもの救いだ。
―痛い…ここで死んでしまおうか??
そりゃ駄目だ。駄目駄目駄目。地獄でタカに笑われる。あ、でもタカは…天国行ったかな…。
待ってろよ。もうすぐ会えるかもしれないからな。
そっち行ったら閻魔様にお願いして俺も天国行くよ…。
目をゆっくり閉じた。不思議だ。
奥のほうに光が見えた気がする。手を伸ばしてみても、その手は閉じた目には映らない。
諦めて目を開けた。また現実が広がる。死んだほうが楽だろうに。神様。何故死なせてくれないんだ?お前が起こした悪戯で、何人もの人が死んでってるんだぞ。
頭がズキズキする。血の海がどんどん広がっている。
ほら、こんなに出血したら普通死ぬぞ。諦めよう。飛び降りるしかなかったんだ。ホームに着地しても同じだ。おれはそこのホームで血を流して倒れているだろう。
どちらにしろ、死んでたわけだ。
そして…
「なんだ?だらしないな、竜。」
低い声がした。
ホームに立っているのは…。そう。まぎれもなく大介だった。
背が高くて、女子に大人気…。タカと同様にThe world of memory lossには詳しいらしい。
「もうちょっと奮闘してるとは思ったぞ。」
「ば…バカヤロウ…。あんな化け物に敵うわけないだろう?」
ヒラリと線路に下りてくる。
「ほ〜う…。飛び降りたわけだ。窓から。」
中腰でおれの顔を覗き込む。明らかに馬鹿にしてる表情だ。
「うるせぇ…。そうするしかなかったんだよ。」
「出血もひどいなぁ。」
大介は鞄を下ろして中から包帯を取り出した。
「用意いいだろ?おれ空手部だからさ。ほら、頭上げろ。」
大介は俺の頭に包帯を巻いていく。
「何でお前ここに?」
「遅刻王大介ってしらねえのか?出席確認なんて一回も出てねえよ。」
大介は包帯を結びながらいった。
「タカが…死んだぞ…」
大介の手が止まる。
「どこで…?」
「東口。」
「そうか…。あいつも…。」
「……?あいつも?」
大介は包帯を結んで俺を起こした。
「新山加奈が、死んだよ。」
「新山が!?」
新山加奈。生徒会会長のくせして男子女子関係なく遊びに行ったりする。
しかもモテるのに恋愛には興味ない罪深き女だ。俺とも仲が良かった。ゲーセンに二人で行ったこともある。
「どこで?」
「立てば分かる。」
俺は大介の手を借りて立ち上がった。
…信じたくなかった。ホームのベンチに血を流して座っているのは、新山だった。
うちの学校の制服は真っ赤に染まり、鞄はズタボロになったいた。
新山の顔が物足りない。あの無邪気な表情は消えていた。
当たり前だろう。頭がぱっくり割れて、顔もズタズタに切り刻まれているのだから。
ぱっくり割れた頭からは脳みそのような赤いモノが垂れ下がっていて、白い液体も垂れていた。顔はもう誰か分からない。
ただ、血まみれの鞄にネームプレートに「新山加奈」と書かれていることだけが、こいつが新山だと確信させる唯一の証拠だった。
ホームによじ登る。もう前は見たくない。無残に捨てられた新山の死体…。化け物に切り刻まれたのだろう。
また一人、大事な友人を失くしてしまった。
〜全ての原因〜
「俺がこの駅に降りたときからいたよ。新山、登校するの早かったからな。」
「…高校にはまだ行ってないのか?」
「おう。おれもついさっき来たばっかでな。」
「お前も、The world of memory lossに詳しいんだよな?」
「詳しいというかなぁ。まぁ、な。朝起きて太陽黒くてもおどろきはしなかったな。」
「この世界はなんなんだ!分からないまま沢山のものを失ってしまった!」
大介はジッと俺の目を見た。
「この世界は、見ての通りだ。原因不明の怪奇現象。記憶喪失の世界だ。一部のヤツらは神のいたずらというが、実際は違う。
原因の一つとして、地下からの電磁波が原因という人もいるな。」
電磁波?あの、地震の前兆に起こるとかいう、あれか?
「この世界が起こったのは、3回目になる。」
俺はハッと顔を上げた。
「3回目?」
「100年前に第一次大記憶喪失が起こった。大記憶喪失は学者達がつけた学名みたいなもんだ。第一次大記憶喪失は30分ほどで終わったらしいがな。全ての人が目を覚ました頃には正常の世界が広がっていたらしい。大記憶喪失で死んだヤツらは事故死で処理された。」
「なんで学者達はその記憶喪失を知ってるんだ?」
「その記憶喪失が起こるのは、中心地から半径2000kmとされている。2000kmギリギリでその町を見ていた学者がいたらしいぞ。」
わけわからん。第一次、第二次ときて、今日が第三次ってことか?
聞いてるだけで気分が暗くなるな。
「そして、今回の中心地が、この駅って訳だ。」
その一言で、おれは真っ暗闇に突き飛ばされた。
その瞬間だった。朽ち果てた駅がふと気づくと、真新しい駅へと変わっていた。
第三次大記憶喪失。大勢の死者。朽ち果てた町。
しかし、町はもうすぐ思い出すだろう。人も自分を思い出すだろう。そして、自分が狂っていたことも、人を殺めたことも忘れるだろう。この惨事を、「事故」として片付けるのだろう。
果たして、それは許されることなのだろうか。何の原因も分からぬまま、この現象は終わろうとしている。
人生山アリ谷アリ。俺は山を登りきっただけなのかもしれない。
Fin
-
2006/04/04(Tue)14:20:41 公開 / 弾丸
■この作品の著作権は弾丸さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
はぁ。はじめまして。弾丸です。この頃ピーマンの肉詰めにはまっています。
The world of memory loss 記憶喪失の世界。そんなのでて来てないぞ、思った人もいるでしょうけど、それはおいといてください。(気にしてないでしょうけど(汗;)
2を更新しました。
3を更新しました。
ポイントがたくさんいただけるような小説を書きたいと思います。
4の前編を更新しました。
あと少し過去編が続く予定です。現在の竜一物語の真相を知る鍵になるはず(?)です。我慢して読んでやってくださいw
5を更新しました。
みなさん、いつもコメント、アドバイス、ありがとうございます。ほんとうに助かります。これからもよろしくです。
6を更新しました。
時間がなかったんで7あんまりかけませんでしたけど、真相編へ動き出してるつもりです。ф(・∀・ )<ホントだよ。
8を更新しました。
小話を、すこし。
タカの話、という部分にて。
たかのはなし、とそのまま入力したら、貴乃花氏とでた。このパソコンも今時のニュースチェックしてるのか?とか思いながら一人で笑ってました。
9を更新しました。
今回はちょいと短めですね。
10を更新しました。
11を更新しました。
今だ完結していなかったこの小説。少しバタバタと終わってしまいましたが、続編に挑戦してみたいと思います。(過去ログに入るとなかなか感想をいただけない事も多いので)とりあえず、完結より「続く」みたいな形でいいかな、と思います。有難うございました。