オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『力なき破壊 第一章〜第三章』 作者:大輝(ひろき) / ファンタジー ファンタジー
全角25550.5文字
容量51101 bytes
原稿用紙約80.8枚
第一章〜きひ忌避〜
 俺は少し荒廃した町並みを、教室の窓から眺めながら、ため息をついた。
 頬づえをつくのも疲れてきて、手すりにもたれ掛かって外を眺める。
 窓の外を眺めながらいつも思う。
 ――この世の中腐ってる。
 穢れきった人間が再び起こした戦争。
 殺し、奪い、そんなことを繰り返して一体何が残るというのだろうか。
 戦争さえなければ、ここから見える景色は少し無からず奇麗だったはずだ。
 空襲対策の為、日本を膜で包み込むように張られている、分厚い防御膜。これがどのような化学技術で張られているのかは分からない。
 しかしこれは外からの光の半数をさえぎってしまい、いつでも曇っているような暗さにさせる。
 俺が生まれるずっと前は、とても美しい世界だったのだそうだ。天からは光がさしこみ、青天が広がり、そして地上には草花があった。
 だがそれは、戦争という名の絶望そのものに奪い去られてしまった。
 天に広がるは遮光壁。
 地に広がるは冷鉄。
 平和を捨て、争いを無窮に求め続ける理由が何処にあるのだろう。
 そしてここ――
 戦争のさなか、将来役に立つとも思えないような情報ばかり教えこまれる、全く必要性の無い学校。
 こんなところ、本当に無くなればいいのに。
 少し耳を傾ければ聞こえてくる、本当に無為な会話。テレビの話しだとか、遊びの話しだとか、恋の話しだとか。
 一体そんな話しをして何が楽しいのだろうか。時々耳を抑えたくなる。
 そして更に鬱陶しいことに、そいつ等はその話題で俺に喋りかけてくる、毎日毎日。俺は軽く相づちをうつだけで、もう喋りかけてくるな、という雰囲気を出してみるのだが、そいつ等は喋りかけてくる。
 そしてまた、一人男が喋りかけてきた。
「浩一、窓の外なんて眺めてて楽しいか?」
 俺は目を伏せ、少しため息をついてから、疲れた半眼で彼の顔を振りかえり見る。
 雄二だった。最近転校してきたばかりで、生徒の中でも俺に一番喋りかけてくる、俺が一番嫌いな奴だ。
 ガキっぽくていつも騒がしく、授業中ですら喋りまくっている。本当に、同じ十四だとは思えない。背丈も俺より低いし。あ、俺が長身なだけか。
 そんな彼は俺に微笑みかけてくる。俺は投げやり気味に答える。
「楽しくなんか無いさ。でも、何もしないよりましだろ」
 それだけ言うと、俺は再び、頬づえをついて窓の外を悠然と眺めた。
 だが彼は悩んでいるような表情になると、腕を組んで首をかしげた。
「うーん……友達と喋った方が楽しくない? 折角の休み時間なんだしさ、喋ろうよ」
 喋ろうよ、か――ばかばかしい。
 俺はお前達が大嫌いだ。
 そして俺は、こんな奴らと同じ場所に机を並べている、俺が大嫌いだ。
 だが、そんなことを口にはできない。口にすれば、嫌われる。
 大嫌いな奴には、どうでも思われないのが一番いい。最初から存在していないと思わせておけばいい。それなら利も害も発生しない。
 利が発生しないということは、奴らと関係が浅くなれるということ。
 害が発生しないということは、俺が傷つかないということ。
 だから俺は愛想笑いを浮かべる。
「好意は嬉しいけど、今日は少し疲れているんだ。休ませてくれよ」
 こうやって嫌いな奴の為に愛想笑いを浮かべ、自分を偽りつづけ、社会の様に穢れていってしまうのだろうか。本当の自分というものを見失ってしまうのだろうか。
 ふとそう思い、自分が嫌になる。
 だが俺は出きるだけ表情を崩さぬ様、上目遣い気味に雄二を睨む。彼はつまらなそうな表情だ。
 そんなに相手に反応を示してほしいのだろうか。だが、ご期待には添えないな。俺は好意をもたれる為に愛想をふっているわけではない。
 もう俺に構うな。一人に……しておいてくれ。
 だが、雄二は何故いつも俺に喋りかけてくるのだろう。俺は嫌われない程度に、ほとんどの奴は突き放す様接してきた。こいつも同じだ。
 それでもこいつは俺に喋りかけてくる。何故だ、何故なんだ。たまにいる、冷たい態度をとられるのが好きな奴なのだろうか。
 そうじゃなかったらこいつは本気で――
 そこで彼が悲しそうな声音を上げる。
「そうかぁ。まあ暇だったらさ、いつでも話しかけてよ。俺、いつでも話し相手になるからさ」
 それだけ言うと、雄二は男子の取り巻きの中へと帰っていった。
 流石にこれだけ期待を寄せられて裏切るというのも心が痛むが。
 だが俺に雄二は必要無い。俺はこれからもずっと独り。それでいいんだ。
 家族がいない俺には、それがお似合いだ。
 そう、独りでいいんだ。独りなら、裏切られて傷つく心配も無い――
 とそこで、チャイムが鳴り始めた。途端、女子はうるさく騒ぎながら各々の席へと座っていく。男子も席に座り、それでも喋りつづける。
 あぁ、本当にうるさい奴らだな。
 俺は一番後ろにある自分の席に座って、授業が始まるのを黙って待った。


 やっと全ての授業が終わり、俺は鞄を背負ってさっさと教室から出た。
 長い廊下を歩き、階段を駆け下り、あっという間に校門前まで着いた。俺は一瞬だけ後ろを振りかえり、すぐ視線を前に戻す。
 やはりいつもと同じ。誰もいない、声もしない。ただ虚空の風が悲しい、不規則な音色を奏でるだけ。
 孤独とは静寂。独りだから前には誰もいないし、声もしない。
 ――そう、それでいいんだ。
 俺に居場所など無い。
 友達も要らない。
 この道の様に、静寂を歩んでいくのだ。
 何も要らない。
 悲しくなんて、寂しくなんて、無い。
 俺はやっぱり。人間が大嫌いだ。
 体が前へとひとりでに動き出した。抵抗も無く、俺の体は進む。


 だが途中で突然体が止まった。誰かに後ろから、手を握られている。
 はっと意識を取り戻して俺が後ろを振り向くと、そこには雄二がいた。
 彼は俺の手を握っている。俺が止まったのを確認すると、彼はその手を離した。
 それから俺にまた、あの笑顔を向けてきて言った。
「一緒に帰ろ?」
 だんだんと意識が元に戻ってきた。
 しかし、現状はあまりよくなかった。雄二が俺を引きとめて、一緒に帰ろうと言ってきた。
 彼の顔を再び見ると、期待に輝く双眸が俺を覗きこんでいる。
 それに一瞬挫けそうになる。いいよ、と答えそうになる。
 だが、すぐに顔を引き締める。ここで一緒に帰っては駄目だ。ここで帰っては、これからも誘ってくる確率が発生してくる。
 俺は独りなんだ。他人と帰るなど、俺が許せない。
 しかし彼は期待した顔。
 ここで断っても、別に嫌われたりはしないはずだ。
 俺は一度咳き込んでから、小さめの声で答える。
「あ、あのさ、俺今風邪気味だし、雄二にも風邪を移してしまいそうだから、今日は一人で」
 俺が言い終わらないうちに、突然彼は俺の肩をつかんできて、目を大きく開く。
「そ、それじゃあ尚更だろ! 一人で帰ったら余計風邪が悪くなっちゃうよ! 俺が側にいるから、ゆっくり帰ろう。な?」
 俺を覗き続ける。心配、しているような目だ。
 何故だ、何故雄二は俺にこんなにも構ってくるんだ。
 いや、今回は俺のミスか? お節介な雄二の性格も考えず、演技する必要は無かった。
 と言うことは、今から断って一人で帰るのは不可能。断ってもどうせこいつは、風邪になっていると思っている俺に、付きまとってくる。
 仕方が無いか。
「それじゃあ、頼むわ」
「了解!」
 彼はにっこりと笑って、何故か敬礼する。
 こ、これには反応した方がいいのだろうか……いや、バカは無視だな。
 俺達二人は、並んで帰路を歩みだした。


「浩一家族がいないっていう噂、本当だったんだな」
 雄二はあっけらかんと言い放つ。
 普通、こういうことをあっさり言うものだろうか。もう少し、相手に気を遣う、ということを学んだ方がいいよな、こいつは。
「あぁ。八歳以前の記憶も無いんだし、当たり前だな」
「そっかぁ。あれ? でもなんで浩一は、自分の名前と年齢を覚えてるの?」
「都合がいいことに、それだけ覚えてたのさ」
 俺が愛想笑いを浮かべると、彼も笑みを浮かべる。
 こいつは俺と違って愛想笑いなんてしていない。本当に、眩しい笑顔。俺にはできない顔だ。
 そこで、俺は愛想笑いを保ったままで続ける。
「でもさ、苗字だけは見事に忘れてたんだよな。浩一っていうのだけは覚えてたけど」
 その言葉に彼は驚愕した様子で、少しおどおどして聞いてくる。
「じゃ、じゃあ倉田っていう名前は偽名?」
「そうだ。これ知ってるの、まだお前だけだな。誰にも言うなよ」
「了解!」
 また敬礼だ。
 ――本当にこいつにこんなことを教えてよかったのだろうか。
 確かに、こいつの性格から見てこういう他人の重要な秘密を漏らすようなことは無いとは思うが、この敬礼を見、あまりにも子供過ぎて逆に心配になってきた。
 それなら、俺もこいつの秘密を握ればいい。思いきった質問をしてみよう。
「じゃあ、雄二は皆に隠してることとか、あんの?」
 俺が冗談を言う調子で聞くと、彼の反応は予想以上に大きかった。
 汗をかいて、うつむいて体を震わせている。
 そんなにも知られたくない秘密でもあるのだろうか。
「おいおい、俺に言わせといてお前だけ言わないって言うのは無しだろ」
 チャンスだ。彼がもし本当に、誰にも知られたくないような秘密を握っているのだとしたら、この場でどうこういって聞き出せるかもしれない。
「どうした?」
 彼は顔を上げた。許しを請うような表情だった。
「ご、ごめん……これは流石に言えない」
「なんだよ、言えよ。俺だって記憶が無いとまで言ったんだ。誰にも知られたくなかった過去だ。お前だって言えよ」
 しかし直後、彼の目は強いものに変わった。どこか遠くを見据えているような目。
「俺が握っている情報は国家機密情報。だから言えない」
 国家機密情報だと? 雄二の顔を見る限り、嘘をついてる様にも、冗談を言っている様にも見えない。
 国家機密情報となると、戦争に絡んでくる情報のはずだが。
 ということは、嘘に決まっている。国家機密情報を握っていて、自分はその情報を知っています、なんて自白するわけが無い。バカはこんないい訳しか出来ないのだろうか。
 と、彼の表情はいつもの微笑をたたえたものに変わった。
「それよりもさ、明日暇だからどっか一緒に遊びに行かない?」
「えっ?」
 彼の突然の誘いに、俺は戸惑い、うつむいた。さっきまで考えていたこともどこへやら、今はこの誘いの事が頭を埋め尽くす。
 一緒に遊びに行こう。
 いままで一回も言われたことが無かった。だから、こういうことを言われるのがどういう感覚なのか、俺は今まで知らなかった。
 彼が向けてくる笑顔。それに呆然とする俺。風が髪を撫で、静かな音を立ててなびく。
 とても不思議な気持ちだ。この気持ちはなんだろう。
 自然とわくわくしてくるこの気持ち。
 ――いや、こんな事を考えてはいけないんだ。
 もう決めたじゃないか。
 二度と友達をつくらない、と。
 人を信じてはいけない。変わらないものなんて無い。
 いつかは必ず、別れがやってくる。
 それならどうすればいいか?
 そう、孤独。
 独りでいれば裏切られることなんて絶対無い。
 他者の干渉を遮り、たった独りでいることこそ、頭のいい生き方だ。
 それなら自分で得た利益は全て自分のものになるし、傷つくことも無い。
 俺はうつむいていた顔を上げ、冷徹を装った瞳で睨みつける。
「残念だが、行けないな」
 それに彼は顔をしかませて、怒ったような口調で言う。
「もう、浩一って本当につれない奴だな。そんなんだと、嫌われるぞ」
 この言葉に、俺の中で何かが切れた。いままで我慢してきた感情、それが一気に溢れ出してきた。
 気付くと、いつのまにか俺は彼の胸ぐらをつかんでいた。彼は苦しそうに俺の手を叩きながら、あえぐ。
 だが、口は勝手に動き始める。
「貴様に何がわかる。俺は独りでいたいだけだ。お前みたいなうるさい奴は一番、大嫌いだ。いや、俺は全てが大嫌いだ。嫌うなら嫌え。だがそれ以上に俺はお前等が大嫌いだ。二度と俺に構うな。近寄るな。話しかけるな。バカな頭でも理解できたな」
 俺はそれだけいうと、雄二の胸ぐらから手を離した。
 彼は地面に手をついて苦しそうに咳をしながら俺を忌々しげに見上げる。
「独りを気取って、そんなにかっこいいか?」
 言いながら、無表情の俺を睨みつけたままふらふらと立ちあがる。
「浩一、お前は怖いんだ。前からずっと思ってた。お前は友達に裏切られるのが怖いんだ。それを認めたくないからずっと独りでいて、自分の中で、これでいいんだ、と勝手に自己解釈してかっこつける。そうだろ!」
 俺の腕は勝手に動いていた。
 刹那に拳は彼の右頬を捕え、雄二の体がぐらっとなって彼は口から血を流しながら地面に膝をついた。
 だが直後、彼の足払いに襲われ、俺は体の側面から地面に倒れた。
 倒れた俺の顔面に、雄二の足蹴がすかさず飛んでくる。避けきれず、顔面に直撃した。
 だが、カウンターの要領で俺は彼の腹部に蹴りをいれた。
 双方から血が宙に舞った。
 俺は急いで立ちあがり、彼から距離を置く。雄二も同じ事をした。
 雄二は目を細めて、俺の目を覗きこむ。
「図星だろ。そうやって自分以外はバカだとか、優越感に浸ってんだろ。バカは浩一だ。お前は独りで一体何ができるんだ? 何も出来ないくせに、独りを気取るな」
 も、もう許せない。
 一瞬でもこいつを信じた俺がバカだった。俺と遊びに行こうなんて考えは、どうせ俺以外の男子が皆、都合があってそれで俺しか誘う相手がいなかった。そんなところだ。
 こいつはバカのくせに、ここまで俺のプライドを踏みにじりやがって。
 ……ぶっ殺してやる。
 俺は鞄から三本のナイフを取り出す。
 それを見て、彼は表情を固くして後ずさりした。いい気味だ。死ぬのが怖いだろう? 生きたいだろう?
 だが俺はお前が大嫌いなんだ。
「死ね」
 ナイフを二本彼に向かって投げ、残りの一本で直接襲いかかる。
 ナイフが雄二に刺さる――
 そう思った直後のことだった。突然彼は後ろへ跳びながら握りこぶしを前方へと向ける。
 そして拳を開くと、雄二の目の前に突如として鉄の壁が現れ、ナイフから身を防いだ。ナイフは金属音を立てて、地面に転がった。
 一体どこにこんなものを隠していたのかは知らないが。
 この鉄の壁をかわしさえすればあいつを刺せる。
 俺は速度を緩めることなく、大きな鉄の壁を横切って、冷や汗を流す雄二に襲いかかる。
 ナイフが雄二の心臓を貫通した。
 ――と思ったが、感触が無かった。ナイフの方を見てみると刃の部分がぐにゃぐにゃに折り曲げられていて、殺傷能力を無くしていた。
 呆然と立ち尽くす。そして冷静さを取り戻してきた――
 何故俺は雄二を殺そうとしたんだ。
 これはあまりにも無謀なことだった。やってしまった今更、後悔した。
 手から力なく、変形したナイフがすり抜け、地面に落ちる。
「ご、ごめん。どうかしてたんだ。頭がこんがらがって……わざとじゃない、無意識のうちになってたんだ。ほ、本当にごめん」
 俺は人を殺そうとした。無意識だったとはいえ、同じ事だ。
 ……許してくれるはずが無い。
 彼は学校の生徒、先生、親、皆にこのことをばらすに違いない。
 そうなれば、俺は警察に捕まる。戦争が無かった時代とは違う。未成年でも、罪は罪。捕まるのだ。
 俺の人生は終わった――
 だが、俺の言葉に彼は慌てて返してきた。
「う、ううん。浩一を挑発した俺が悪かったんだよ。ごめん」
 この言葉に、俺は驚愕するしかなかった。
 本当にこいつはバカだ。
 殺されそうになったのに、何を言っているんだ。
 だが――こいつがバカでよかった。
 これなら俺は捕まらない。俺はうつむいてにやりと笑った。
 捕まる心配が無くなった今、思考は別のことを考え始める。
 さっき垣間見た力。突然現れた鉄の壁。
 あんなもの、よく考えてみれば体のどこかに隠しておけるはずが無い。
 鉄は固く、曲げることも出来ないし、服の中に隠していたのだとしてもあんなにも素早く、服が破けること無く取り出せるはずが無い。
 ということは、雄二が創り出したということになる。常識的に考えればありえないが、魔法というやつか?
 そして今まで雄二から得た情報と照らし合わせていくと一つの真実に行きつく。
 雄二は国家機密情報を本当に握っている。そう考えて間違い無いはずだ。
 冗談で言ったのかと思っていたら、本当だった。あまりにバカ過ぎて、嘘だと信じたいくらいだ。だが雄二のことだから、本当にありえるかもしれない。
 あとはこいつの反応を見るだけ。
 いや待てよ、今言う必要は無いんじゃないか?
 もしかしたら情報を俺が握ったことを、雄二を通して国家が知ったら、全てを敵にまわすことになりかねない。
 それにこいつの力は役に立つ。
 決めたらすぐ実行だ。
「許してくれるのか、ありがとう。そこでお願いがあるんだけど――」
 俺は悲しそうな表情を取り繕うと、斜め下を見ながら物言いたげに口を小さく動かしてみる。
 それを見て彼は首をかしげて、なに、と聞いてきた。
 俺は顔をぐっと引き締めて、彼の顔をまっすぐ見た。
「俺の友達になってくれないか」
 俺の意外な言葉に少し戸惑う雄二。
 だが彼はすぐに笑顔になると、頷いた。
「いいぜ、友達になろう」
 それに俺は微笑み返した。
「ありがとう。じゃあ、帰ろうか」
「おうっ」
 彼が笑っている。俺も笑っている。静かな夕日を背に。


 ――ははははは、本当にこいつは愉快だ。
 こんな簡単に引っかかるなんて。
 雄二は気付いてもいないだろう。
 俺が雄二の力を利用する為だけに、友達になろうといったことを。
 これによって俺は少しの間うるさい奴らの仲間になることになる。偽りの笑みを浮かべつづけることになる。俺にとって最大の屈辱だ。
 だがこいつの力がもし、俺の予想したものだったのであれば。
 この戦争の世の中を変える事が出来るかもしれない。
 誰かがやらなくてはいけないんだ。この争いだらけの世を変える事を。
 その為には。
 こいつを信じこませ、利用し、そして殺す。
 将棋の駒のようなものだ。
 利用する時だけ最大限に利用し、必要無くなれば新しい駒で局を進める。
 俺なら出来る。世界を元あるべき姿に変えてやるんだ。
 この腐った世の中を、光溢れる美しい世界へと。


 夕日に照らされながら高い煙突の上から双眼鏡で、二人並んで歩く少年を眺める少女がいた。
 まだ十五か十六くらいの、幼さが混じった顔立ちに、群青の髪。
 長身痩躯のその体が身に纏っているのは、全体が真っ黒に塗り上げられ、赤い線で模様が刻まれたダークスーツ。
 双眼鏡から顔を離すと、すぐ目につく碧眼。それで彼らを再び一瞥してから、にやりと笑う。
「アトミック、見ぃつけた」





第二章〜へんさ騙詐〜
 目覚し時計の大きな音で目が覚めた。
 上半身を起こして伸びをしながらあくびをする。
 上に伸ばした腕をそのまま目覚ましへと振り下ろし、音を止めてふと時計に目をやる。時刻は六時三十分を指していた。
「まだちょっと早いな」
 二階建てでそこそこ広いこの家だが、俺一人で住んでいるんだ。下におりていってもしょうがない。
 俺は再びベッドへと寝転がり、目を瞑った。
 だが、一度目が覚めてしまった以上、なかなか寝つけなかった。
 そうしているうちに、昨日のことを思い出した。
 ――垣間見た雄二の力。突如として鉄を現した、あの力。
 もし俺の予想が正しければ、あの力は更なる秘密を隠している。
 俺はこれからあいつと上手く付合っていき、そして取り入り、あの力を束ねている国家と繋がりを持つ。
 もしかしたらあいつはもう気付いていると言うことも考えられる。
 俺を信用したからかなのかはしらないが、国家機密を握っていると言い、更にあの力を、国家機密情報を握っていると教えた俺に見せてしまった。
 それだけで、普通はばれたと気付くだろう。
 だが、ばれたと気付けば俺と親密になろうとしないだろう。いや、その真理を逆手にとって、俺を殺そうというこんたんか?
 しかし、あいつに限ってそこまで考えてるとは思えない。いや、やはり国家関係者だ。そこまで底が浅いはずも無いか?
 ということはあいつと付合う時は慎重に。
 ――って、こんなに考えても無駄か。情報が足りなさ過ぎる。
 昨日、三宮に遊びに行こうと誘われ、もちろん俺は了承した。これで心おぎ無く雄二の情報が得られる。
 そうすればこれからのプランもたてやすい。
 ははははは、なかなか面白くなってきたぞ。
 今日から大変になりそうだ。頭もだいぶ使う。思考力を低下させるわけにはいかない。
 もう一眠りしておこう。


 俺は外出用の服に着替えながら、リビングの壁にかけてある時計を見た。
 七時半、約束の時間までまだ三十分ある。これならゆっくりとしても大丈夫だろう。
 服を着替え終え、リモコンへと手を伸ばしてテレビの電源を入れた。
 その途端、少し気になるニュースがしていた。
「それでは、次のニュースです。TOUA総官の御堂孝三氏が昨夜未明、以前から問題となっていた防爆壁の厚さを、十メートルから八メートルへと変更すると発表しました。これはTOUA総会議で二週間も議論した上で決定されたことです。一部世論からの反発は否めませんが、これで日本の町にも光が見えてくるでしょう。変更は来年2152年の一月、つまり二ヶ月後、夜間に執り行われる予定です」
 TOUAという名前で、少々引っかかることがあった――
 TOUAといえば戦争開幕直後、日米協定を結ばれたとき結成された機関。日本、アメリカ、両国の軍事に対して絶対的な決定権を持つ、国家に勝るとも劣らない権力を持った機関、日米軍事決定有権機関だ。
 東京に日本本部があり、俗によくテュワーと呼ばれている。
 アメリカが同盟を求めてきた理由は、日本の防衛力にあった。
 ロシアが戦争を始めてすぐ、ロシアは核を保有している脅威として、北朝鮮を核爆弾で壊滅させた。
 これを脅威に思った日本政府は、日本上空にあの防爆壁を張り、それに目をつけたアメリカは日本と同盟を結んだのだ。
 日本は平和条約で他国に攻め込めない代わりにアメリカに攻撃を託し、アメリカは日本にアメリカ上空に防爆壁を張ってもらう。こういうわけだ。
 テュワー――そうか! 雄二は国家ではなく、テュワーの者か!
 軍事に対してテュワーは国家よりも権力がある。雄二の力は明らかに武力。
 これで、もう一つ俺の中で引っかかっていたことも解決した。
 なぜ人材の数が豊富な国家は、雄二のような力をもった者を、わざわざ小さく極めて特別な物も無いこの町に送り込んだのか。この町に何か用があるとしても、雄二のような特別なものを送りこむはずがない。
 そこが唯一引っかかっていた。しかし、人材があまり多くないのテュワーならどうだ?
 特殊な力を持ったものを送り込めば危険な任務だろうと死ぬ確率が下がるし、力を持っていない一般人より送り込む人数が少なくて済む。
 テュワー関係者か。もっと早く気付くべきだったな――
 その時、ベルの音が鳴り、天井に設置されたスピーカーから機械の声が響いた。
「訪問者です。未登録の方で御座います」
 雄二か? このインターホン、一度来たことある人ならインターホン押した時の指紋で登録した人の名前言ってくれるから便利だけど、初めての訪問者の名前を言ってくれないのはちょっと不便だよな。
 俺は壁に組み込まれている機械に手を伸ばし、電源を入れる。すると画面に家の前の様子が映し出された。
 インターホンの前に雄二と見覚えのある女子が居た。二人は楽しそうに喋っている。
 俺はとりあえず、雄二のデータを機械に入力した。こうすれば、これから雄二が来たことが分かる。
 小さめのバッグを肩にかけて、靴をはき、急いで外に出た。
「よっ」
 雄二が俺に笑いかけながら、軽く片手を上げた。俺も愛想笑いをして手を振った。
「おはよう」
 俺は返事をしながら、指を扉の中心に当て、鍵を閉めた。
 そして石造りの階段を駆け下りて、二人の元についた。
 俺が雄二に話しかけようとすると、先に雄二が隣の女子を指差しながら話す。
「こいつ同じクラスのフォ……綺羅、知ってるよな?」
 そういえば、雄二と同時期に転校してきた女子が居たな。
 もしかしてこいつもテュワーと関係ありか?
 綺羅は両手を中心でそろえて、軽くお辞儀をした。
 それから顔を上げて、穏やかな表情で俺の顔を覗いてきた。
「喋るのは初めてだね、倉田君。私も一緒に行くことになったんだ、よろしく」
「あ、うん。よ、よろしくね」
 俺は彼女から目をそむけて、思わず早口で言ってしまった。
 女子の前ではどうも緊張して舌が回らなくなってしまうという、忌むべき悪癖は改善しなくては。
 それに気付いたのか、雄二がにやにやと笑ってきた。
「おいおい浩一、綺羅の前では恥ずかしいのか? 綺羅、もてもてだなぁ」
 それに綺羅は顔を赤らめて、くすっと笑った。
「一目ぼれってやつ? 私の美貌に、ハートをダブルクリック?」
 彼女は人差し指を俺に向けて、バーン、と言った。
 これが世間一般で言う冗談という、やつ……なのか?
 ハートをダブルクリック?
 ダブルクリックって、パソコンの話か?
 いや、でもダブルクリックってフォルダを開く時にすることだしな、ハートとか関係無いよな。なにか勘違いしてるのか?
 やっぱりバカは無視だな。
 一目ぼれって、お前ブサイクとは言わないが、そんなに美しいわけでもないぞ?
 でもこれって反応した方がいいんだよな? 俺もちょっと冗談を言ってみるか。
「俺のハートはファイアーウォールで守られているから、侵入不可能だよ」
 言ってから……恥ずかしくなった。でも二人は笑っている。
 ふ、ふむ。ウケたようだ。結果オーライ。
 だが綺羅が突然真面目な顔になって、片手で顎をさする。
「私が言ったダブルクリックというコンピューター用語とかけて来るとは……倉田君、貴方かなりのやり手ね」
 一体何を言っているんだ。マジでバカか? 彼女は何故か期待の光を目に宿して、俺に艶笑を向けながら上目遣いで見てきた。み、見つめないでくれ。緊張するだろ?
 それより――今この時点で雄二と綺羅の関係をある程度知っておかなければ。
 綺羅は雄二と同時期に転校してきた。そして今、一緒に行動している。これだけで綺羅が雄二、テュワーと何か関わりがあることは否めない。それにもし二人が繋がっているのだとしたら、綺羅が雄二と同じような力を持っていると考えられる。だが、テュワーはそんなに人材が多いわけでもない。こんな小さな町に、特殊な力を持った者が二人。明らかに不自然だ。だとしたら綺羅の方は力を持っておらず、雄二の補佐的な役割をしている。そうとも考えられる。
 ならば綺羅の存在は大きい。力を持っている雄二にテュワーや力のことに関して聞こうと思っても、雄二が力を持っている限りなかなか聞き出せないだろうし、そこまでバカとも思えない。
 しかし綺羅ならどうだ。雄二より口は固そうだが、綺羅が力を持っていないのだとしたら? 脅しでもいい。多少手荒なまねをしてもいい。拷問をするのならば、雄二より断然簡単に聞き出せる。力を持っていないから、反撃される心配が無い。
 現時点では分からないからなんともいえないが、綺羅が力を持っていればかなり好都合だ。
 今は雄二と綺羅の関係を聞き出すのが先だが、今聞くのは不自然か? 駅のホームでトイレに行くから着いてきてくれ、なら疑われる心配は無い。初めての友達で俺が雄二と本当に仲良くなりたいと思っている、という演出にもなる。
 よし、とりあえず今は駅へ向かおう。
「それよりもさぁ、早く駅行こうよ」
「そうね、こんなところでのろのろしてたら電車乗り遅れるかもしれないし」
「そうだな、行くか」
 二人はあっさり俺の提案を受け入れて歩き出した。俺も二人の跡を追って歩き出した。
 今日はどうやら晴天のようだ。まあ、あの防爆壁がある限り曇りと同じようなものだが。
 ――ちょっと喋ってみるか。俺はさっと二人の横に並んだ。
「あのさ、今日のニュース見た? 防爆壁の厚さ変更」
 それに二人は、あー、と叫んで俺を同時に指差してきた。
「見た見た! 俺も見たよ!」
「私も見たわ!」
 いちいちうるさい奴らだな。俺はため息が出そうになったが、途中で止めた。
 雄二が腕を組んで、少し真面目な表情になる。
「そもそも、もっと早く防爆壁を薄くすりゃよかったんだよ。十メートルもあったら、地上が暗くなるのくらい分からないのかな? しかも日光を遮るだけで紫外線とかは降ってくるから、日焼けしなくなるとかは無いし、本当不便ばっかりだよな。まあ、紫外線が降ってこなかったら肌真っ白になるから、それも嫌だな……」
 ほうほう、紫外線は遮れないのか。肌が白い人があまり多くないのは、そういう訳か。バカなのに、よくしってたな。それとも、テュワー機密情報なのに口が滑ったとかか? ちらっと綺羅の表情を覗いてみたが、挙動は感じられなかった。動揺が無いということは、機密情報ではないということだな。それとも演技か?
 って、どうでもいいか。
「ERCCで調べるか?」
 俺がリュックから銀色に光るノートほどの大きさの機械を取り出すと、二人は大声を上げて食いかかってきた。
「倉田君、ERCC持ってるの!?」
「えっ、あっうん……」
「高かったろ!? 噂じゃ三十万はするって聞いたぜ?」
「いや、これは五十万した」
『はぁっ!?』
 二人がまた同時に大声を上げた。まあ、驚くのも無理無いな。
 今世の中は戦争で、どんどん景気が悪くなっている。だから物の値段が安くなってて、五十万といっても昔の値段でいえば百万はするらしい。
 しかし、ERCCはそれくらい便利なもので――
 無線ラン内臓で、日本のどこにいてもインターネットにアクセス可能、画面は最先端の電子技術とやらで空中に浮かび上がっている。そのうえ、電子反応によってその浮かび上がっている画面をタッチするだけで操作が出来る。テレビや、テレビ電話機能もついてるし、設定さえすれば最新ニュースをいち早く届けてくれる。更に更に、防水耐熱加工、強化プラスチック外装……どんな状況にでも耐えられ、重さはたったの百グラム。俺の最高ともいえるお供だ。
 彼らは羨ましそうにERCCをみてくる。ははは、そんなに見たってあげないよ。
「じゃ、じゃあさっきのニュース調べてみろよ」
 雄二が腕を組んでいった。もしかして、これが偽物とでも思ってるのか? そんなの画面を起動すれば一発でわかることだろ。
 俺が電源を入れると、途端にデスクトップ画面が起動した。それに二人は感嘆の声を上げた。
「や、やっぱり本物だったんだぁ」
「本物見るのは初めてよ、私」
 二人はまた羨ましそうにERCCを凝視する。まあ、こういうのも気持ちがいいもんだな。俺は歩きながら片手でキーボードに文字を入力していき、昨日のニュースを調べた。
「防爆壁厚さ変更に関して、アームズTVがこれに賛成か反対か、百人に緊急街頭アンケートをした結果が載ってるよ。賛成が69、反対が31。賛成に投票した人の主な要因は、少しでも日本の町が明るくなってほしい、反対の方はこの情報が他国に流れて一斉に爆弾を投下された時、危険だと思うからやめてほしい……俺は断然賛成だけどね」
 二人は俺を挟み込む様に両脇から画面を覗きこんで、興味深げに頷いた。おい、おしくらまんじゅうみたいなことをするな。十一月といっても、俺にとってはまだ暑い季節なんだぞ。
 二人はふむふむと頷きながら画面を覗いたままで、一向に離れる気配を見せない。
 流石にいらいらしてきた。この怒りが爆発する前に、二人を離さないと……
 俺はERCCの電源を突然切る。刹那、思ったとおりの展開になった。
 鼓膜が破れんばかりの大きな悲鳴が双方から上がる。本当に単純バカな奴らだ。行動パターンが見え見えだ。
「見てる途中だったのに!」
「倉田君、ちょっとひどいわよ!」
 はぁ、本当にため息がつきたいよ。ここまで息のあっている人間は見たことがない……今日は雄二と綺羅詮索よりも、二人と普通に話す方が大変になりそうだ。


 三十分かけて、やっと駅についた。三宮行きの電車がくるまで、あと六分ある。
 駅はいつもよりひっそりとしていて、人はあまり多くなかった。石造で二階建て、横には駅よりも少し大きめの会社があり、ほんの少し高級感漂う駅。俺たちはその中のあまり大きくないホームで切符を買っていた。切符を買い終わると俺たちは改札を通り、プラットホームへ向かう。その途中、俺はズボンを抑えながらじたばたする演技をした。
「ちょ、ちょっとトイレー。雄二も一緒に行かない?」
 雄二、ここで断ればぶっ殺すぞ。こんな恥ずかしい演技までするなんて、初めてなんだからな。
「お、いいぜ。綺羅は待っとけ」
 期待通りの返事。内心安堵の息をつきながら、俺と雄二は急いでトイレへと向かった。
 時間が惜しいな。トイレに向かう途中でも、俺は構わず雄二に質問する。
「おい雄二、綺羅とはどういう関係だよ」
 あまり疑われない様に、俺は雄二をバカにする様に笑いながら言った。こうすれば大抵の中学生は、恋人か何かと思われていると想像する。
 しかし雄二はなにか包み隠している様子でもなく、あっけからんとした表情で俺の顔を見てきた。
「彼女さ」
 ぷふっ……ここまでストレートに、恥じらいも見せずにこういうことを言われると流石に笑える。
 でも、嘘なんだろ? 分かってるさ。だから、こういう質問を続けていけば綺羅の秘密に繋がるものが見えてくるんだ。
 しかし、聞ける質問は最高でももう二つか三つくらい。雄二は俺に力を見られたことくらいは気づいているはず。そんな相手が、自分やその同時期に引っ越してきた者の詮索をする、これは自分の力への詮索、並びに自分が持つコネクションへの詮索へと繋がることになる。
 それくらい雄二でも分かるはずだ。雄二が分からなかったとしても、綺羅には分かる。更に言えば、綺羅という人物が居る時点で、俺は最低限出来る質問の数が更に減ってしまっているということになる。綺羅が力を持っていないにせよ、雄二同様テュワー関係者なら彼よりも今後厄介な存在となる。だがもし、綺羅が力を持っていないのだとしたら、彼女は必要――いや待て。なぜ普通の女がテュワーという機関に入っている? どう見ても綺羅は知能が高い方に見えないし、少し雄二に似たタイプでもある。十四歳という若さでテュワーに入っているのもかなり珍しい。特殊な技術を持っている様にも見えないし、人材を厳選するテュワーに限ってこんなに普通の女を勧誘するとも思えない。だとしたら。“綺羅は力を持っている”。それしか考えられない。いや、テュワー関係者だという前提がそもそも間違っている可能性だって――
 考えたって無駄だ。今は疑われない程度まで、最大限に秘密を引き出す。
 俺たちはトイレにかけこんだ。俺はさっさとよをたしたが、彼を横目でちらっと見るとなんとズボンをしたまでおろしているではないか。これに俺は一瞬思考回路が停止してしまうが、自分の指名をはたと思い出す。俺はけつ丸出しの雄二に声をかける。
「綺羅と付合ってるって、前住んでたところも同じって訳か?」
 雄二はズボンを引っ張り上げながら、俺の顔を見返してくる。そしてまた忌憚のない声で、あっさりと言い放つ。
「うん、前は東京に住んでたんだけどね。一緒にこしてきたんだ」
 これが嘘でないとすると。東京からきたと言うことから、テュワー日本本部がある東京にいたと言うことになり、雄二がテュワー関係者ということは更に濃厚。同時に、綺羅と引っ越してきたということは、彼女もテュワー関係者である確立がますます高い。手を洗いながら、彼に最後の質問をする。
「なんで二人そろって引っ越してきたんだ。親が居るなら、恋人だからと言う事情で一緒に引っ越してくれるはずもないだろ?」
 その言葉にほんの少しだけ雄二の表情が歪んで、すぐに元に戻った。彼は俺から目をそらして、洗っている手をじっと見つめる。
「親が居ないんだ、俺も綺羅も」
 やっぱりな。でも、そんな悲しそうな声出したって同情しないよ? 俺とお前はうわべの友達であって、敵でしかないのだからな。だが、この質問は秘密を引き出す為にしたわけじゃない。雄二の心を掴むためだ。
 俺はその言葉にはっとして、雄二の顔を唖然と見つめる。
「お前……も?」
 雄二はゆっくりと頷いた。よし、今のところ演技は見破られていないな。
 俺は手についた水を振り払って、少し間を置いてから壁に背中からもたれかかった。
「なんで言ってくれなかったんだ?」
 俺がそう言うと、雄二ははっと顔を上げた。鏡越しに真剣な眼差しで見つめてくる。よし、ここで優しい一言をかければ。
「友達だろ? それに俺、嬉しかったんだ。いままでどんなに求めても、誰も友達になってくれなかった」
 本当は求めたことなんてないんだけど。
「でも、雄二は友達になってくれた……嬉しかった。だから、嘘なんて嫌なんだ」
 俺嘘つきまくってるのに、ちょっと笑える。
「悩みでもなんでも聞くからさ。嘘なんてやめてくれよな……友達なんだから」
 こういっとけば、テュワーのこと自白してくれたり?
 口と心が全く一致していない。あぁ、吐き気がする。なんでこんなバカの為にいちいちこんな演技をしなければいけない。腹立たしい。でも、必要なんだ。
 雄二の目にはうすく涙が浮かんでいた。テュワーにいたからずっと友達が居なかったくちか? ならば更に有効的。雄二の心は鷲掴み。
 それに嘘をつかないと言わせることで、自白の可能性も少しだけ出てくる。まあ、これはあまり期待しない方がいいが。
 よし、最後の仕上げ。俺は雄二に微笑みながら、背中を軽く叩いた。
「彼女に泣き顔見せちゃ駄目だろ? さ、涙拭いて早く行こ」
 雄二は俺に笑顔で振り向いて、浮かぶ涙を右手で拭った。彼は笑顔を保ったまま、頷いた。
 ――成功。雄二から秘密を引き出すと共に、信頼を手に入れた。これで今日から雄二にどんどん踏み込んでいける。
 雄二とこれからも友達……テュワーに入るまでは。


――TOUA日米軍事決定有権機関 日本本部
 東京にあるテュワー日本本部。外装のコンクリートはなめらかな白で塗られ、優美な雰囲気を漂わせている。天へ伸びるビルは、周りに建っているどのビルよりも高く、土地も広い。
 その中にある、会議室。有に百人は入るであろう部屋の中に整然と、長いデスクが幾許か並べられている。前方のスクリーンにはTOUAの紋章が映し出されており、そしてスクリーン前に議長席が置かれている。
 今、この会議室にある全ての席は人で埋まっていた。その者たちが着込んでいるのはテュワー機関員の正装である、聖職者を思わせるダークスーツ。
 ざわめく空気の中、最前列の男が勢いよく手を上げた。議長席に座る、五十代後半という感じの、目をぎらぎらさせた男が彼を指名した。
 最前列の男は書類に目を向けながら立ち上がって、意見を述べ始めた。
「皆さんもご存知のとおり、防爆壁はどんなに薄くしようが厚くしようが、防爆力に変化はありません。それに防爆壁を張っている“ソムニア”に命令さえすれば、今の防爆壁より強固かつ薄い防爆壁を張ることもできます。奴が命令を素直に受け入れればの話ですが――」
 それにあちこちから怒声が巻き起こる。
「それができないから困っているのだろう!」
「それに、国民の不安はどうなる!」
「そうだ! 防爆壁が予定より更に薄くなると分かれば、薄くなっても防爆力が下がらないということを知らない国民からは、反対の声がまきおこりますぞ!」
 そこで、前方のスクリーンに映し出されていたTOUAの紋章が突然消え、“TERA”という文字が映し出された。
 それに会議室の視線は一斉にスクリーンへと向けられる。
<皆さん、落ち着いてください>
 頭上に設置されたスピーカーから、機械で変換されたような、低い声が会議室全体に響き渡った。それに全員が黙りこくる。またあの声が響く。
<今回の議題、防爆壁の厚さを予定より更に薄くし一メートル前後にするとの意見でしたね? 皆さんのご意見を参考にして、私が後日結論を発表させていただきます。日時については、日本総官の方から指示が出されると思うので、それに従ってください>
 スピーカーが切れる音がするとともに、前方のスクリーンもTOUAの紋章に戻った。呆然と座り尽くす機関員たちを見て、議長が即座に声を張り上げた。
「それでは、本日の議会はこれにて終了とさせていただきます。アメリカ機関員の方は十二階司令室にお集まりください」


 不服そうな表情をして、機関員たちのほとんどが立ち去った。
 ひっそりとした会議室には、もうまばらにしか人はいない。スクリーンも真っ白で、もう何も映し出されていない。
 残っている者たちの中に、タバコをふかし、デスクに腰をかけて話している男が二人いた。
 眼鏡をかけ、どこか近寄りがたい雰囲気を出している男の方が、もう片方の、どこかまだ幼い感じを残している男に問う。
「どうだ海下。初めてのテュワー総会議の感想は」
 海下と呼ばれた男は、頭に手を当ててぺこぺこ頭を下げながらいう。
「影山さんの言ってた通り、なんだか自分は特別なんだ、と少し感じましたね」
 それに影山はおもわず微笑して、そうだろう、という感じで頷き、眼鏡を押し上げてタバコの煙をはいた。
 海下は更に、興奮した様子で続ける。
「それになんだか皆さん、とても凄かったです。問題に対してバシバシと討論しあってて……影山さんは特に」
 最後の言葉は付け足すような感じだった。それにまた影山は思わず笑ってしまう。
 彼はタバコを灰皿に押しつけながら返事をする。
「海下もあれくらいに発言できる様になればいいな。それならば、テュワーの秘密もある程度教えられるのだが」
「え、秘密ってなんですか?」
 海下は目を光らせて、影山に迫る。だが彼はそんな海下を片手でうっとうしそうに払って、ため息をつく。
「発言できるようになってからと言っただろう? そんなに慌てるな。いつか分かる時がくるさ」
「ふーん。じゃあ、あれは誰ですか? あの、スクリーンから声だけが聞こえてきた“テラ”という人物は。これも秘密?」
 それを聞いて、影山の表情が一瞬曇るが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻ってタバコを一本、また引き出してライターで火をつける。
 タバコを吸って、煙をふかぶかと吐きながら、彼は返事をする。
「テュワーの最高責任者は、日本総官の御堂孝三、アメリカ総官のJ・クリフト・ローランス。世間一般ではそういわれているが、本当は違う」
 鈍い海下は、意味がわからず首をかしげる。それにまた彼はため息をついて、彼の顔を見つめなおす。
「テュワー、裏の最高責任者。全機関員に命令を下せ、アトミックに対しても絶対的に指令権を持つ唯一の人物。それが“テラ”だ」





第三章〜邂逅〜
 テュワー一二階臨時設置室――
「それでは只今より、TOUA機関説明会を始めます」
 部屋の一番前においてある、大きな木造のデスクに手をついている男が言った。
 男はテュワーの正装である、聖職者が着込んでいるようなダークスーツを身に纏い、その長身と眼鏡越しに見える冷たい瞳から近寄りがたい雰囲気を放っている。
 影山麟角。それが彼の名である。人材教育部部長という地位にある。
 そして今、彼は前方に並んだ見慣れぬ面々を見回している。まだ十台半ばくらいの少年や四十代位の男性、影山同様冷たい目をもった女。
 その面々は色々だった。海下もその一人だった。
 共通点が無いように思われる彼らには、一つだけ共通点がある。テュワーに入ったばかり、ということだ。
 人材教育部部長である影山は、テュワーのことを説明するために彼らを集めた。まだテュワーに入ったばかりの彼らは、ここのことを全くといっていいほど知らない。
 いや、世間一般的情報程度は下調べしているのだろうが、本当の姿は公に出されている情報とまったく違っている。
 だからこうして影山はテュワーに新しく人が入るたびに説明会を開いているのだ。
「それでは、資料の三ページを開いてください」
 彼らは資料を開く。三ページには挿絵もなく、つらつらと文字が並んでいるだけだった。
 海下も資料を開いて文章をちらりと覗くが、見たことも無いような単語が幾つか並んでいることに気付いた。影山は平坦な声音で文字を読み上げる。
「TOUAとは、The Organization Using Atomicの略で、“アトミックを使う機関”という意味です。これがTOUA本当の略ですが、世間一般には、The Organization which has decisive power and the right to be Used to Japan-U.S. military Affairs、で“日米の軍事に対して決定権・使用権を所持している機関”とされています。それはアトミックというものが国家機密情報であり、外に漏れてはいけないということから、フェイクの意味が使われています。その証拠に、貴方たちの中にアトミックという単語の意味を知っている方はいないはずです」
 そこで冷たい目をした女が手を上げて、立ち上がった。自信に満ちた、小さな笑みを浮かべていた。
「知っています。英語で、原子という意味です」
 影山はそれにため息をついて、目を伏せる。そして呆れたような、どこか憐れみを含んだような声を出言った。
「はいはいありがとう、高崎君。そんなのに即答できて、自分の評価が上がるとでも思ったのか? 国家機密情報が単なる英単語なわけが無いだろう? 少し黙っておけ」
 高崎は不服そうに目を細めて、静かに椅子に座った。影山はデスクにもたれかかり、頬杖をついて神妙な面持ちで続ける。
「それではアトミックというものがどういうものか、説明しよう」


「影山さぁん」
 説明会も終わり、影山は一服しようと喫煙コーナーに向かっていた。その途中、後ろから気の抜けたような声と、ばたばたという足音が聞こえた。
 影山が振り向くと、そこには案の定手を振って走ってくる海下がいた。
 彼は息を切らせながら、影山の横に並んで歩みを緩めた。
「いっやぁ、流石影山さん。今日の説明会は最高でしたよ」
 彼はにこにこと笑ってくるが、影山は前方を見据えたまま、静かに言い放つ。
「何か用か? お前のような奴が上司に媚びを売りに来たわけでもあるまい」
「あらら、読まれちゃってますね。まあ、大学のときの先輩に今更媚び売っても仕方ありませんし。アトミックに関して聞きたいことがあるんです」
「やはりな。何を聞きたい?」
 海下も前方に視線を戻し、微笑を浮かべる。
「ヘヴンの事に関してです」
「ほほう、ヘヴンのことを聞きたがるとは珍しい。普通はソムニアの方に興味を持つと思うのだが……ヘヴンは今神戸にいる」
 それに、海下が首をかしげる。
「何故神戸に?」
「三宮にいるといわれる不法入国者の発見と、優秀な人材を探すためにだ」


 神戸三宮――
「雄二……何故君がここに……?」
「浩一……俺はあの女よりも、お前が好きだ」
「えっ……」
「お前のその可愛い顔に惚れちまった……」
「……俺もお前が大好きだよ」


「何よあの映画!」
 綺羅は頬を膨らませて、不満げな表情をする。
 あぁ、俺も気分が悪い。
 二人に誘われて、見た映画。これが最悪最低で――
 雄二の顔をちらりと見ると、彼は上目遣いに、顔を赤らめて俺を見ていた。
 お、おい、マジか?
 さっきの映画は、偶然にも浩一という少年が主人公で、雄二と言う少年と好きなの女の子を争奪し合うという、どこにでもありそうな話だったのだが。
 クライマックスで意外や意外のどんでんがえし。
 雄二は実はゲイで、浩一、いや俺じゃないよ? こ……浩一に告白して、そして浩一もOKしちゃって。いや、だから俺じゃないよ?
 でも雄二はなんでマジで俺のことを見てるんだろう。マジゲイ?
「お、おい雄二。なんでそんなにもまじまじと俺の顔見てるんだよ」
 綺羅がばっと振り向き、雄二の赤らんだ顔を見つけ、絶叫した。
「雄二がゲイになっちゃった!」
 おいおい、大胆に言うな。雄二はぼけっとしたまま、首をかしげて。
「いやぁ改めてみると、浩一の顔ってかわいいなぁって」
 かわいいだと? かわいいだと? 貴様一体何を言っている……
 かっこいい、だろ!
 かわいいなんて……どこがかわいいっていうんだ!
 雄二の言葉に、少し驚く綺羅だが、ちらっとこちらに目線を向けてきて、はっと気付いたような表情になる。
「ホントね」
 え? ぐ、ぐぅ。女に言われるなんて、ちょっと嬉し……いや、やっぱりかっこいいと言え!
「お、俺のどこがかわいいの?」
 綺羅は目を細めて、俺の顔をいろんな角度から眺め、微笑みながら言う。
「そのちょっと自信なさげな垂れ目と、それに対照的なきりっとした眉が絶妙なバランスをかもしだしていて、更にちょっと頬が丸っこい……これがかわいい男の境地よ。よく見てなさい、雄二」
「おう」
 頬が丸っこいだと? 俺のどこが……あごをさすってみると、確かにちょっとふっくらしているような?
 俺のその行動を見た途端、綺羅が大声を上げて俺を指差してきた。
「そうやって頬が丸っこいって言われて、確認するところがまたかわいいのよ!」
 え、あ、じゃあやめないと。俺がいそいで手をばっと下ろすと、また綺羅が大声を上げる。
「そう指摘されて、恥ずかしくて止めるところがまたかわいいのよ!」
 はぁ? じゃあ、俺どうすればいいの? は、恥ずかしい。だめだ、顔が熱くなっていく。
 顔隠すべきか、いやそうしたらまたかわいいとか――
 って、なに相手のペースに巻き込まれているんだ。これじゃあ詮索どころじゃない!
 ば、バカにしやがって。後で目に物見せてやる。
 顔を赤らまるのもおさまってきて突っ立っていると、綺羅は腕を組んでつまらなそうに俺を横目で見てくる。
「なによ。その後は倉田君が顔隠して、また私がかわいいと言って、倉田君が私達から背を向けたところで、背後からチューしてあげようと思ったのにぃ」
 その言葉を聞いた途端、雄二が驚いた様子で振り向き、綺羅の顔を凝視する。
 俺と言う男がありながら何を言うんだ、って言うんだよな? な?
「き、綺羅……浩一は俺の男だ! チューだって俺がするんだからな!」
 そ、そうきたか……綺羅は大声を上げながら、雄二を指差す。
「じゃあ勝負よ! 雄二、分かってるわよね!」
「おうよ!」
 二人は地面にひざをついて、スタンディングスタートの構えをした。
「位置について」
 綺羅が言うと、二人がばっと顔を上げた。二人のぎらぎらとした眼光は、俺の頬へと向けられていた。
 お、おい、もしかして。
「よーい……どん!」
 二人は唇を突き出して、案の定俺に向かって走り出していた。
 や、やばい。このままだったら俺のファーストキスがこんな奴らに。
 されてたまるかぁ!
 俺たちは街中の視線を集めながら走り出した。


 や、やっと逃げきった。この男子トイレの個室なら流石に追ってくるはずもない。それに、いろんな所に入ったり出たりして錯乱させたから、更に分かりにくくなっているはずだ。
 つまらん喜劇につきあうのもここまでだ。ずっと三人でいたから時間がなかったが、今なら一人。堂々とERCCでテュワーを調べられる。
 いや、一応電子スコープつけて、周りからは画面不可視にしておくか。
 俺はERCCを早速起動させると、右目に小さな片眼鏡のようなものをつけた。これが電子スコープ。画面の光を周りから不可視にすると、この電子スコープでしか画面は見えない。
 ネットに接続し、ERCC本体の下部をスライドさせてキーボードを取り出す。
「T,O,U,A……いや、一応正式名称入れるか。日米軍事決定有権機関。お、早速公式ページ発見」
 そこには、TOUAの名前の意味、主な仕事、機関の構成などが記載されていた。
 たいした情報があるとも思えないし、ほとんどは嘘の情報だろう。雄二の力に関しては載っているはずがない。
 だが、機関構成と仕事くらいは本当のことが少しは載ってるかもしれない。
 調べる価値はある。
 機関構成、と書かれたボタンをタッチし、そのリンクへととぶ。
 ――調べてみたが、特別目立つものはなかった。
 最高責任者、日米二人の総官、その下に次長二人、次長のかなり下のほうに各部の部長、各課の課長――
 そして日本には防衛陸軍、アメリカには戦闘陸軍などが敷かれている。
 そして防爆壁唯一の弱点、水中までは壁がとどかず、そこから潜水艦などで侵入されるというもの。その対策としてハンターキラーなどの海上自衛隊。
 戦争中なら当たり前の構成。
 いや、これにもどうせ一部違う点はあるのだろうが。
 最高責任者が違ったりするのだろうか? いや、それは流石にないか?
 じゃあ次は仕事の方を――
 とその時、突然扉がノックされた。出る気なんてないよ、まだ調べる内容があるんだから。隣開いてないのかなぁ。でも俺出る気ないし、漏らすがいい。ふふっ。
 さ、続き続き。
「ママー、浩一のお兄ちゃんが出てこないから漏れちゃうよー」
「我慢なさい、浩一のお兄ちゃんは変態なんだから、この個室に入った途端貴方の身包みがはがされて、ママもはがされて……あぁ、これ以上は――」
 こ、この声は! っていうか何故男子トイレに、ママなる人が!
 急いで俺はERCCを終了させ、ゴーグルも外して二つをリュックの中になおした。
 こ、これってトイレしていた様に見せた方がいいよな?
 思ったが実行だ。俺は早速ズボンを下ろし、便座に腰掛けた。
「ママ、これは僕が侵される前に浩一のお兄ちゃんをヤるしかないようだね」
「えぇ、ヤってあげなさい」
 や、ヤる? どのヤるだ。闘る? 殺る? 他にヤるなんてあったっけ。
 ともかく、ヤバい。逃げないと。でもどこから?
 逃げるったってズボン上げないと。いや、だから何処から逃げる?
 俺らしくないぞ、落ち着け。
 そうしてるうちにも、扉の上に雄二のものらしき手がかかっていて、必死によじ登ろうとしている。
 こうなったら……強行突破だ。
 俺はズボンを上げ、リュックを肩にかけてゆっくりとドアへと近づいた。
 そしてひどくゆっくり、錠を横に引いていく。そして小さな金属音と共に錠が外れた。途端、俺はドアを思いっきり開けて、もろとも雄二を壁へと叩きつける。彼は短いうめき声を上げると、するすると地面へ倒れこんだ。
 それに雄二を応援していたと思われる、綺羅の動きが一瞬止まった。
 俺はそれを見逃さず、彼女のわきをすり抜けあっという間にトイレからとびだした。
 外は人だらけの商店街。これならなんとか逃げきれ――
「つかまえた」
 後ろから、体が細い両腕につかまれ、視界が一瞬で変化する。
 俺は再び、トイレの中へと舞い戻っていた。
 そして一気に個室の中へと連れこまれる。その中には、艶笑を浮かべる雄二が待っていた。
「だ、誰かぁ!」


「ふっふっふ、倉田君のホッペは柔らかかったわぁ」
「ふっふっふ、浩一の唇は甘酸っぱかったぜ」
「黙れ!」
 こいつ等は、本当に妄想癖が強い。
 個室に連れこまれ、俺はキスを迫られたが何故か二人は途中で止めた。
 結果としてはよかったが、やはり冗談だったということだったのだな。
 とんだ冗談に付合わされてしまったものだ。
 いつもならキレるところだが、我慢しなくては。
 腕時計を見ると、時針はすでに一時を指していた。そういえば、腹が減ったな。
 商店街の、人が行き交うど真ん中で俺は立ち止まった。
「そろそろご飯食べない?」
 それに二人は目を光らせて、二人そろって頷いた。
『行きたい店がある!』
 二人が同時に手を挙げて、同時に言った。本当に一心同体だな。
 まあ、俺はたいしていきたい店があるわけでもないし、二人に従うか。
「何処?」
『スカイラット!』
「あぁ、あの中華料理店か。あそこ美味いよね」
 スカイラットと言えばチャーハンが美味かったよな。餡かけそばも美味いし、キムチラーメンも美味いし、ツバメの巣も美味いし――あぁ、よだれが出てきた。
「それじゃあ綺羅、浩一、行こうぜぇ」
 雄二が前方を指差しながら、元気よく行進しはじめた。本当に子供なんだな。疲れるよ。
 俺は行進する綺羅と雄二の後ろからゆっくりとついていきながら、久しぶりに来た商店街を見まわした。
 三ヶ月前はなかった大きな衣服店、アイスクリームの店。それくらいで、あまり変わったところは見られなかった。
 おっと、こんなことに気を取られている暇はなかった。早くこの二人の詮索をしなきゃな。
 でも、今日見た限りではどうもテュワー機関員として相応しくないくらい、子供じみた行動が多かっ――
 刹那、後ろから物凄い殺気が溢れ出した。心臓が射ぬかれた様に、俺は一瞬硬直した。
 前方にいた二人が物凄い形相で後ろを振り向いてきた。俺もそれに反応するが如く硬直が解け、後ろを振り向いた。
 しかし後ろは街を行き交う人達ばかりで、とくに変わった物はなかった。そして、振り向いた時には殺気は消えていた。
 俺は首をかしげながら前方に向き直ると、俺の前に二人がいた。俺が驚いて一歩のけぞると、雄二がいつもとは全く違う、平坦な声音で俺につぶやいた。
「スカイラットに行っててくれ」
 えっ――
 気付いた時には、もう何処にも雄二と綺羅はいなかった。
 ど、どうなってる。どうなってるんだ。
 さっき放たれた殺気が関係してるのは間違い無い。でも、これだけじゃ駄目だ!
 この状況ではあの二人についていき、殺気の正体を見極めることがベストだった。しかし、もうすでに二人は何処にもいない。
 くそ、一杯食わされた。こうなったら、スカイラットで待っておくしかないじゃないか。
 ……まあいいだろう。二人がいない間に、じっくりとこれからの事を考えよう。
 いまさら窮策を出しても無駄だ。
 俺は少しずれたリュックをかけなおして、ふたたびスカイラットへと向かった。


 三宮から少し離れたところにある、廃墟となった大きな工場。
 二年ほど前からはもう誰も近寄らなくなり、来月にも取り壊される予定である。
 工場は中央に大きな空間があり、その周りを囲む様に壊れた機械やコンピューターが並んでいる。
 誰もいないはずの工場に、三人の人間がいた。
 一人は大きな機械の上に座りこんでいる、碧眼の少女。赤い線で模様が入ったダークスーツを身に纏っている。
 それに対峙するは、中央にたたずむ雄二と綺羅。
「お前、アトミックだよな。その青い目見れば分かるぜ? 何故俺達をつけたんだ、答えろ」
 雄二が碧眼の少女を睨みつけたまま言う。それに少女は微笑んで、返答する。
「まあまあ、まずは自己紹介しようよ。アトミック名でね? 私はラスター。“輝”って書いてラスター。お兄ちゃん達は?」
 二人は一瞬戸惑ったように目を合わせたが、前方に向き直って雄二が言う。
「……俺はヘヴン。“天”と書いてヘヴン。そっちはフォーチュン。“占”と書いてフォーチュンだ」
 ラスターはそれに、ふーんとあごをさすりながら二人を眺めた。
 その眼差しは、まるで全ての者を疑っているようなものだった。
「で、私に何か様?」
 ラスターがそう聞くと、雄二はきっと睨み返す。
「こちらのセリフだ。それに見た限り、お前テュレイトの様だが?」
「テュレイト……あぁ……そうよ、私反逆者」
 ラスターが人差し指をくわえて、ぽかんと彼を見つめる。表情を崩さず、彼は頷いた。
 綺羅が一歩前に出る。
「反逆分子は処分する。それがテュワーのルールよ。覚悟できてるんでしょうね?」
 それを聞いて、ラスターはため息をつきながら目を瞑って、立ちあがった。
 二人が反射的に、体制を低くして構える。
「へー、お兄ちゃん達自信満々なんだ。でもごめんね」
 彼女はかっと目を見開いた。
 刹那、空気が揺れる。工場一帯に常人なら耐えられぬほどの殺気が溢れ出す。
 その殺気は本当にどす黒いものだった。全てを殺してやる、全てを消してやる。
 そういうものに溢れていた。
 強大過ぎる殺気に一瞬潰されそうになる二人だが、なんとか持ちこたえた。
 ラスターはにやりと笑みを浮かべる。
「私、だてにテュワー抜けてないから」
 途端ラスターの姿が霞み、足元にあった機械が真中からぐにゃりと捻じ曲がった。機械は左へと崩壊し、大きな音をたてて地面へと倒れた。
 左に機械が倒れたということは、右に移動したということ。
 二人はとっさに右を向くと、少し上にある二階の手すりに片手でつかまり、握り拳をつくった右手をこちらに向けているラスターがいた。
「お掃除始め」
 ラスターは握り拳をぱっと開いた。途端、ラスターの周囲に小さく割れたガラスのようなものが大量に現れ、雄二たちへと放たれた。
「任せろ!」
 雄二が、握り拳を作った右手を前に突き出し、手をぱっと開いた。
 そして雄二の背中辺りからぐにゃぐにゃした鉄が現れ、それが彼の前方で固まって鉄の壁を成形した。
 綺羅は飛び込む様に雄二の背後へとまわった。
 金属音が響いたかと思うと、周りの地面に大量のガラスが刺さっていた。
「左行け!」
 雄二と綺羅は鉄の壁を放置し、左右に分かれて弾ける様にとびだした。
 雄二がちらと振り向くと、鉄の壁がラスターに蹴りで吹っ飛ばされていた。
 ラスターは体をかがめて地面に着地し、ゆっくりと立ちあがって残念そうな表情をする。
「お兄ちゃん達も速いね。でも鉄の壁を現した事で前方にいる私の姿は見えず、キックは成功するはずだったんだけどなぁ」
 二人はその言葉を聞いて、舌打ちした。こいつは分かっていたのだ。
 雄二が鉄を主に使うこと、防御の方法はあの鉄の壁だということを。
 でなければ、ラスターがこんなにも速く蹴りを飛ばしてくるはずが無かった。
 彼は感じていた。昨日、浩一との帰路で少し上の方からアトミックに見られていたことを。
 ラスターはつま先で地面をとんとんと叩いて靴のずれをなおす。
 そして憎悪の光を含んだ瞳で、彼らを嘲笑する。
「でも死ぬのは、テュワーのお兄ちゃん達だよ」
2005/07/10(Sun)16:59:08 公開 / 大輝(ひろき)
■この作品の著作権は大輝(ひろき)さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 少しだけサスペンスが混じっているファンタジーです。
 全体を通して、浩一の内面的描写が多くなると思います。
 それでは、宜しくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除